べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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男の子は成長し

「余裕の顔を崩してないな」

 

 放送席に移り、モニターが見せるセシリアと楯無の試合はセシリア優勢のまま経過していた。IS戦闘の優劣を表面的にしか判断できない俺にも、この試合はセシリアに軍配があることは分かる。

 セシリアが再びアリーナに姿を現した時から、既に試合の結果が見えてしまいそうな雰囲気がアリーナ全域を支配していた。心臓を鷲掴みにされている、と生殺与奪権を奪われた錯覚に脂汗が滝のように流れ出してしまった。全身が恐怖していると知った時には、顔色は死人に匹敵する真っ青さだった。

 それでも放送席から逃げ出さないでいられるのは、セシリアがこちらの敵ではないと分かっているから。幾ら殺気に怯えさせられても、俺を直接害するなんてことはあり得ない。あり得ないと思いたい。

 

『万に一つも、楯無君には勝ち目はない。怯えと焦りを感じているようだ』

 

 ケータイ越しに聞こえてくる広場天子の声。淡々と国語の教科書でも読み上げているような味気ない声音だ。俺は「そうなのか」と返事を返しながら試合運びを見守った。

 

『そうだ。楯無君の学園最強なんて馬鹿みたいな宣伝は、脅かす弱点にもなっている。最強と名乗る以上は負けは許されない、ということではない。彼女の立場と思惑が弱点へと変えてしまっているんだ』

 

「全然意味が分からんぞ。つまりどういうことだ」

 

『いつかは分かる。今は黙って見ていれば良い』

 

 目の前に居たら肩を揺すって理由を問いただしくなるほど、謎ばかりを与えてくる回答だった。

 広場天子がこの場に居ないのは、自分の正体を知られることを今は良しとしなかったからだ。深く理由を話してくれなかった為に、彼女が何を考えているかは分からない。だが、セシリアは特に訝しむこともなかった。だから俺も疑問を表に出さずにいるのだが、やはり気になるものである。

 

『言わないよ』

 

 だそうだ。こう言われてしまえば取りつける可能性はゼロに等しい。素直に諦める他ないだろう。ならば、勝利の確定している試合が終わるまでの間に、聞いておきたいことでも聞こうか。備品室での話し合いで、気になっていたことがいくつもある。その瞬間はセシリアの用事の方が優先されつつあって、俺が多く口を挟むことはできなかった。でも今はそれができる。

 

「聞きたいことがある」

 

 なんでも口に出すことは重要だ、と広場天子は言っていた。その通りに俺は言葉を紡ぎ出す。

 

「ボーデヴィッヒ博士はラウラの中に魂を入れるために三度儀式を行った。確かそう言ってたよな?」

 

 心の中を読める相手に、確かめるような言い方は要らないだろう。率直に核心部分だけを投げつけて、答えを求めればいい。だけど、俺はあえて回りくどく話を進めた。話しながら頭の中を整理するために。

 

「三度の儀式の内、二度は失敗した。お前はその時に、ラウラに魂を定着させられなかったことが失敗と定義したな。儀式自体は成功していた。一度目か二度目の儀式でセシリアが呼ばれたって。本当にそうなのか?」

 

『君の言いたいことは理解できる。だけど、あえて君の口から聞こうか』

 

「わざわざありがとう。俺の想像なんだが、セシリアは二度目の儀式で呼ばれたんじゃないか」

 

『それで?』

 

「一番最初の儀式で呼ばれたのは広場天子、お前じゃないのか?」

 

『どうしてそう思う?』

 

「お前がやけにセシリアに尽くすからだ。前世で知った仲じゃないかと思ったんだよ」

 

 俺は君を信頼している。それだけは信じてほしい。でなければ、君を助けようなんて動かなかったのだから。あの言葉が事実だとすれば……いいや、あの言葉は事実だ。俺は事実だと考えている。だからこの仮定を思いついたのだ。

 

「それに知り合いじゃない相手に対して、殴られたりしても尽くすことができるのか」

 

 少なくとも俺にはできない。暴力を振るった知りもしない赤の他人に尽くすことなんて。俺がセシリアに協力するのは、ある程度知った仲であるからだ。たとえ解放されて、今までのセシリアと違いあったとしても知っているから協力できた。たとえ嫌々であっても逃げ出すほどではない。

 

『ふ……ん。中々に厄介だね、町田先生は。中二病と言ったかい? 荒唐無稽な理論を紡ぎ出していた日々が論じさせたのか。困ったよ』

 

「お前の言っていた常識を一切合切捨て去って、を俺も実践してみただけだ。だから中二病言うのやめろ」

 

『それは失礼』

 

「分かってんなら良しだ。でだ、お前がセシリアと知り合いじゃないかと思ったのは、備品室でお前が転がされていたからだ。お前の特殊能力があれば逃げ切れるはずだろ。捕まるなんてヘマはしないはずだ。それなのに捕まっているのは、殴られても殺される目には合わないと分かっていたからだろ」

 

『……あー。それについてはきちんと訂正しておこう。俺はセシリア君を寮の自室に監禁して、暗示から解き放った。その後すぐにセシリア君が俺の位置を探り当てたのが分かった。どうしてバレたのかは、彼女の勘が野生動物のそれよりも鋭かったからとした言いようがない。俺はその時学園の屋上に居たが、すぐに逃げようとした。冷静に話し合うことを考えると暫くは身を隠した方がいいと思ったからだ。思考が読めるなら、それを利用してうまく逃げられると思ったんだよ。結果はすぐさま見つかって殴り倒された。分かるか、学園に居ることはバレたと思ったのに、セシリア君は真っ直ぐに屋上を目指してきたんだ。それも外壁のくぼみやでっぱりを利用して昇って来たんだ。いくら俺でも足がすくんで動けなくなるさ。結果すぐに逃げられないことを悟って、甘んじて暴力を受けたに過ぎない。だから君の言っていたkとおは間違いだ。俺は見事にヘマして捕まっただけさ』

 

「……壁昇ったっていうのかよ」

 

『流れるようにな。風の様だったよ』

 

 昔を懐かしんでいるかのようだった。それも昨日今日の話ではなく、それよりもはるか昔のことを。俺の持っている先入観がそう思わせているだけかもしれない。

 ケータイを耳に当てた状態を維持したまま、試合を映し出しているモニターに目をやる。楯無のISがボロボロになっているのが見えた。セシリアの方には傷らしい傷はなかった。原作を知っているだけにセシリアと楯無の実力の差が奇妙に映ってしまう。後半になってくると楯無が強いのかどうかも怪しい場面が多かったけど。

 

「何か叫んでるな」

 

 モニターが追いかける楯無の口元は忙しなく形を変え、対戦者であるセシリアに何かを言っている。感情的で冷静さを欠いているのか、表情もいつもの人を食った雰囲気が鳴りを潜め、戦闘中も損なうことのなかったインテリジェンスも失われている。唯一失っていないの血色くらいか。

 

『教えてあげようか』

 

「頼む」

 

 プライバシーの侵害になるかもしれないが、好奇心を優先させてしまおう。バレていることがバレなければ知らないを突き通せるしな。

 

『一字一句正確に話すのは面倒なので簡単に言おう。私は学園最強でなければならない』

 

 楯無の持つブレードが宙を舞う。セシリアが力任せに手から弾き飛ばしたのだ。

 

『あの子を守るためには私が越えられない壁にならなきゃいけないのよ』

 

 マシンガンで牽制した楯無がハンドグレネードを投擲。わざと弾丸を当てて爆発させ、視界を遮ると、周囲を回転しながらマシンガンを撃ち放つ。優れた腕前は剣舞みたいだ。

 

『完璧でなければ可能性が生まれてしまう。可能性を見出せば辛い世界に突き進んでしまうかもしれない』

 

 黒煙の中に叩き込まれる鉛玉のジャブは化け物を止めるほどのものではなく、黒煙から飛び出したセシリアが真っ直ぐ楯無にアサルトライフルを向けた。

 

『あの子にはそんな辛い世界に来てほしくない。生まれはどうにでもできないけど、姉妹だから、私が姉だから手段がある』

 

 アサルトライフルからマズルフラッシュが確認できた。吐き出された弾丸は楯無の回避パターンを熟知しているかのように、回避運動の向かう先へと叩き込まれた。逃げた先に来た弾丸を無理矢理避けた楯無を、セシリアが左手で殴りつける。

 

「簪のことを言っているのか」

 

 妹の更識簪。姉の才能に嫉妬して塞ぎ込んだ少女だ。IS学園の生徒で、日本の代表候補でありながら専用機を持っていない。正確に言えば専用機が出来上がっていないのだ。一夏のIS開発が優先されてしまった為に、簪の為に作られていたISは手つかずになった。彼女はその為に一夏に多少の恨みを持ちながらも、姉への対抗心に自らの手でISを組み立てていたはずだ。確か上手くいってはなかったな。一人で作ると、頑なになって助けを得られずにいたんだっけ。

 広場天子からの情報を纏めてみると、どうやら楯無は妹の為に完璧であること、学園最強であることを望んでいるようだ。理由はなんだ?

 

『彼女の家系は対暗部用暗部。日の当たらない世界の人間だ。妹は根暗で引っ込み思案。とても暗部の当主を張れる器にはない。そういうことだろう』

 

「なるほど。だから自分が当主に相応しいことを知らしめようとしているのか。妹を想っての行動ってわけか」

 

『妹のは明るい道で生きて欲しい。そう思っているようだ。実力がなければ役立たずの烙印を押されて野に放たれる。そうなれば更識の名前は関係なくなる。それで妹は晴れて一般の生活を送れるのさ』

 

「妹は姉を嫌っているみたいだけど。それでも正解なのか?」

 

『知らない。ただ、姉の想いは一切伝わっていないことだけは確かだ。同時に楯無君の思惑通りに進んでいることも確かだ。だからこそ自分を打ち負かす可能性のあるセシリア君を監視していたのだろう。本音君と虚くんを使って』

 

 広場天子はさらりと言ってのけた。俺は思わず目を見開いてしまった。そこに何もないというのに。

 

「二人が監視役?」

 

『その通りだ。本音君の方は好意的に接していたみたいだがね。虚くんの方は意図的にセシリア君に好意的な態度を取っていたみたいだ。もしかしたら、セシリア君の腹の内を探れるかもしれないと思っていたみたいだよ』

 

「は、腹黒いな。生徒会って奴は」

 

『組織としては当然だ。不穏分子に対してはある程度警戒すべき。そういう意味では織斑一夏や、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルル……シャルロット・デュノア、それと俺も対象に入っていた』

 

「お前も?」

 

『正確にはIS学園所属女子生徒だ。脅しをかけたり、信憑性のある情報を与えたりしていたからね。情報の信用性と敵になることの危険性を見せつけていた。おかげでセシリア君の欠席を承認させられたんだ』

 

 中々に考えて行動していたらしい。これはもうセシリアの関係者であることは疑いようがない。しかし本人が黙秘するのなら、俺は真相究明を諦めるしかない。しがない身分では無理強いもできない。男の立場は弱いからセクハラを訴えられたらおしまいだ。


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