べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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行くと言って

 主兵装であるウイング・ユニットが斬り落とされたシルバリオ・ゴスペルが海面へと叩きつけられる。水柱を上げて姿を消した敵機を、三人は警戒の色を宿したまま海面を見下ろす。

 

「やったのか?」

 

「……あー。多分やってないんじゃない?」

 

 神経の摩耗に荒い呼吸を繰り返す箒が海を見据える。意識しなければISの能力を走らせることができないようで、自分の目しか頼っていない。

 深い溜息を吐き出した鈴は投げやりに返す。箒が「どうして言える?」と問いかけたが、鈴は無言で首を振るだけで詳しくは答えなかった。

 二人より離れた場所で警戒を露わにしているラウラは、ハイパーセンサーでシルバリオ・ゴスペルの水没地点を調べる。様々なセンサーを駆使して、敵がまだ息を止めていないことを知ると、二人に警戒するよう言って上昇する。今は海面近くに居る方が危険であると判断したのだ。

 二人がラウラに倣って海面から離れる。すると、海面がぼんやりと光り輝く。普通のISが見せる反応ではない。スペックにもこの手の光を出すような兵器は搭載されていなかったはずだ。 アメリカが情報の全てを開示したわけではない。断定などできるものか。ブリーフィングで見た情報を鵜呑みにすることができなかったラウラはハイパーセンサーによる情報収集を行う。眼前に様々な観測データが表示され、光の正体を少しずつ暴いていく。

 

「本番はこれからというわけだな」

 

 収集したデータを元にして光の正体がISの進化のモノだと判明した。敵は戦闘の真っ只中で突然進化を始めたのだ。

 セカンド・シフト。頭の中を過ぎった言葉に、手強くなることを理解した。負けはしないが、機体の損傷は覚悟すべきだな。

 海面に浮かんだ光の円がゆっくりと収束していく。光の円は海に溶け込んでいくように小さくなり、やがて消失してしまった。文字通りに消失してしまえば越したことはないが、実際っはセカンド・シフトの終わりを告げただけだ。敵は失ったエネルギーと装甲を全て回復している。

 しつこいだけの相手ならマシなのだがな。ラウラが嘆息を飲み込んで身構える。目で見て相手の動きを判断しているために、海の底からやって来る相手には完全に後手に回らざるを得ない。

 緊張の一幕が下りたのは、ラウラが真下に敵の反応を捉えた時だ。海水を纏った銀色のISが飛びあがり、身体中から生えたエネルギーの羽を飛ばしてきた。

 避け切れるか、とラウラは回避運動に入る。高速のエネルギー弾の隙間を縫って被弾を免れたが、敵はラウラを一番の脅威と認定したようで、周囲を飛び回りながらエネルギーの羽を散らせる。

 

「ラウラ!?」

 

 箒の声がエネルギー弾の嵐に混じって聞こえてくる。救援に向かうが、敵は予測もつけられないような軌道で接近も射撃も許しはしなかった。

 

「邪魔だ」

 

 近すぎる距離感にラウラは惜しみなくレールカノンを捨て去る。物々しいテクノロジーの筒を切り捨てたことで被弾面積は減るが、同時に最大火力を喪失する痛手を負う。

 ラウラは前後左右の物理シールドの裏側からハンドガンを取り出す。レールカノンとは比べられない火力の低さは心許無いが、素手で相対するよりかはマシだ。

 ハンドガンを片手に、ラウラは目をギョロつかせて暴力の雨粒を掻い潜る。隙を見てハンドガンの引き金を引くが、火薬によって撃ち出される弾丸は電磁加速されたレールカノンに劣る。シルバリオ・ゴスペルは非力さを飛び回って嗤う。

 

「囮になってやる。やれ」

 

 エネルギー弾が視界を掠めていく。弾幕の密集し始めている。こちらが最小限の回避運動をしていることにようやく気がついたのか。感情のない敵からの表情のない殺意に、ラウラは少しずつ押され始めていた。ハンドガンに予備弾倉を装填して牽制弾を放つ。風に乗って飛んできたゴミだな、とラウラは思った。銃口をシルバリオ・ゴスペルに向けるが、目の前でエネルギーの羽同士が接触して爆発が起こり、視界を潰されてしまった。

 細やかな真似を。舌打ちして爆発の火球から離れるが、敵は既に正面から移動していた。背後からのエネルギー弾の群れが殺到する。ラウラは振り返るなり回避に専念しようとするが、振り返り様にハンドガンが被弾し、爆発によって使い物にならなくなった。爆発の衝撃で体勢を崩したラウラを後に続いたエネルギー弾が降り注ぐ。

 二枚の物理シールドがわずかに抵抗を見せるが、ダメージが飽和した盾が爆発にひしゃける。ラウラは裏に装備していたアーミーナイフを手に取ると、役目を終えたシールドを投げ捨て身を軽くする。

 

「すぐに離れなさいよ!」

 

 鈴が衝撃砲を連射して、ラウラに迫るエネルギー弾を相殺する。

 

「忘れるな、三対一だ」

 

 箒がブレードで斬りかかる。シルバリオ・ゴスペルは急加速で回避したが、ラウラはその隙をついて接近、アーミーナイフを銀色の装甲に突き立てる。開いた手で敵の首を掴み、何度もナイフを突き刺してダメージを与えていく。しかし、相手もただ刺されることはせず、自爆覚悟でエネルギー弾をぶつける。

 

「無茶をする!」

 

 背後から斬りつけることは卑怯とされることだが、箒は逡巡を見せずにシルバリオ・ゴスペルの背中を斬る。背中から生えてきたエネルギーの羽が箒を吹き飛ばすが、彼女はブレードを投擲して食い下がる。

 

「アンタもでしょ!」

 

 炎を纏った弾丸が空気を焼き払う。連結させた青竜刀を回転させて衝撃砲の後に突撃する。ラウラが引っ付いて離れない中で、箒に背中を付け狙われる中で、シルバリオ・ゴスペルはさらに鈴の攻撃に晒される。全身からエネルギーの羽を生やしてハリネズミのように弾幕を張る。

 海域が小さな爆発に満たされる中で、三人は喰らいついて離れようとはしない。エネルギーの爆発に身体を痛めつけられようとも、箒と鈴は復讐の念で引き下がろうとはしなかった。ラウラには二人ほどの熱意はなかったが、戦いが始まった以上はすごすごと諦める気はなく、二人に負けない勢いがあった。敵の首を掴んで離さず、一心不乱にアーミーナイフを突き立て続ける。爆発によってナイフがへし折れると、武器を捨てて拳を叩きつけて攻撃を続行した。

 シルバリオ・ゴスペルは正面に引っ付いて離れようとしないラウラを、加速力で振り落とそうとする。その間にもエネルギー弾を撒き散らして、迫る二人を牽制する。

 シルバリオ・ゴスペルの拳がラウラの腹を打ち据える。速度でも爆発でも噛みつきをやめない相手に、今度は拳で叩き落とそうとする。

 

「畜生めが!」

 

 三発、四発と拳を受けてISが悲鳴を上げる。エネルギーの限界が近いことを警告で知ったラウラは悪態をつく。離れても遅く、このまま攻撃を続けても敵を倒せる可能性は低い。どっちを選んだところでラウラ自身はリタイアせざるを得ない。後は、敵が生身の人間を放っておいてくれるかどうかだ。

 最後のエネルギーを犠牲にしてラウラは拳を放つ。同じタイミングでシルバリオ・ゴスペルの拳も迫り、互いの拳が互いにダメージを与える。

 そこが限界だった。ラウラのISは粒子となって消え去り、待機状態に戻ってしまった。再び敵の拳が放たれ、生身の身体に突き刺さった。強化された肉体であってもISの拳は重い。戦闘で疲労し尽くした身体はまともに受け止めることもできず、ラウラの意識を刈り取って海面へと叩き落としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで。どうして大した怪我もなく夕食を食べてんのよ!?」

 

 大宴会場に鈴の叫び声が響き渡った。端にいた生徒までもが何事かと顔を向け、教師たちが「騒ぎ過ぎですよ」と注意をする。千冬が無言で睨み付けると、鈴は顔を俯けて視線を逸らした。

 しかし、追及の意志は折れたわけではないようで、すぐさま顔を上げて小声で怒鳴り込んだ。

 

「心配させておいて、どうして平然と飯食ってんの。ちゃんと精密検査は受けたのよね!?」

 

 キンキンと五月蠅い。ただ切って置かれただけの魚、刺身と呼ばれる海の幸を口に運んだラウラは隣人を疎ましく思いつつも、下手に苦言を寄こせば加熱してしまうと黙って好きにさせていた。二切れ目の刺身にわさびを乗せて口に運び、あまりの刺激に心身共に黙らなくてはならなくなった。

 

「あ、アンタねぇ。そんなに沢山わさびを乗せたら駄目じゃない」

 

 追及の姿勢が一転して、鈴は蹲って唸るラウラの心配する。鼻の奥がツンとして息をするのが辛い。涙が止まらない。多くの留学生がそうであるように、ラウラもまたわさびを甘くて見て痛い目を見た。二度とわさびは使わない。ようやく復帰したラウラは心の中で決意して、わさびを遠ざけた。

 

「ええと。大丈夫?」

 

「大事ない。わさびを甘くみた私の責任だ。もう二度と食べるものか」

 

「何を子供みたいな宣言を。それより質問に答えてよ」

 

「丈夫だから」

 

「それで済む問題じゃないでしょうが」

 

「済む」

 

 凡庸な肉体とは違い、父親の夢の実現によって強化された身体は体格差のあるレスラーの攻撃だって易々と耐えられる。空腹時は弱まるが、そうでなければ耐久力は並ではない。ISの拳を受けたのは初めてだったが、父親の夢は伊達ではなく強かった。

 生きて帰ってきたことが示す通り、戦いはラウラたちの勝利に終わった。

 シルバリオ・ゴスペルに殴り飛ばされた後、ラウラは意識を失った。気がついたら鈴の抱きかかえられていて、どんでん返しの戦いは終了していた。ISを身に着けた一夏が居たために、おそらく一夏が敵を倒したのだろう。撃墜時に負った酷い火傷が見えないのが気になったが、空腹に脳みそが運動停止したラウラにはどうでもよかった。

 倒されたシルバリオ・ゴスペルの装着者は、箒に抱きかかえられて気を失っていた。確か名前はアリス・ステイススだったか。彼女は今、暴走によって後遺症が生じていないかの検査を受けていたハズだ。

 同じく検査を受けなければならない目にあったラウラは、大宴会場でのんきに飯を食っている。事実、何の問題も怒ってはない。骨が折れた感触はなく肉体の違和感はない。事情が事情だから精密検査は学園に戻るまではできないということもあり、ラウラは食事に精を出していた。空腹が限界値を迎えているために、スルスルと飯が喉を通る。

 

「アンタ、よく食えるわね。アタシなんて疲れて食べきれないっていうのに」

 

「腹が減れば食う。当たり前だろ。要らないのなら寄こせ」

 

「はい、わさび」

 

「それは要らない」

 

 わいわいガヤガヤと賑わう生徒たちの中に、時折こちらを盗み見てくる者たちが居ることをラウラは確認した。此度の事件は一般生徒たちには伏せられている。事件が起きたことは告げられていたらしいが、それ以外の情報は一切降りて来ず、好奇心を刺激された生徒たちは真相を知る人間に聞き込もうとしているようだ。しかし、現在は教師たちの目があり、また情報をペラペラ話すような口の軽い人間はいない。箒と一夏は教師側に近い席で食事を取ることで追及を免れ、教師から遠い席にいる鈴は、話しかけ辛いラウラと一緒に居ることで生徒たちを近づけさせない。

 上手く利用されているのをラウラは感じながらも、鈴の分の食事を得られたことでチャラにする。これで隣がセシリアなら最高だったかもしれない。

 

「なんていうか。セシリアが居ないせいか、アンタも本音もちょっといつもより元気がないわね」

 


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