べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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家を飛び出していきました

 食事が終わり、空腹を満たしたラウラは昨日と同じように砂浜に来ていた。昨日とは違い、砂浜は頭上の月に照らされていた。視界の明るい砂浜はゴミはなく清掃と自然保護の行き届いた綺麗な場所だった。

 旅館を離れるように歩く中でラウラは履物に鬱陶しさを感じた。旅館で貸し出されているビーチサンダルは履き慣れているものではなく、歩く度に不愉快な感触が足元から這い上がって来る。ラウラは嫌になってビーチサンダルを道中で脱ぎ捨てた。忘れてなければ帰り際に回収すればいいだろう。

 足の裏に砂粒が引っ付く。歩いていけば付いたり離れたりを繰り返し、なんとも言えない心地よさを感じ取る。砂を蹴飛ばすと風に吹かれて散乱していく。

 風呂上りの火照った身体に潮風が張り付いてくる。涼しいとは感じるが、しばらくすれば肌のべた付きに、また風呂に入らなければならないだろう。

 ならいい。ラウラは仰向けに倒れる。旅館で配られた浴衣が砂に汚れるのを気にせず、空を見上げる。

 考えてみれば、過去の自分は夜空を見上げたことはなかった。見る者と言えば母親の友人だという男の顔と、血に沈む敵の身体くらいだった。景色を注視する余裕がなかったのかもしれない。知らずに失ったママの恨みを晴らすだけに生きてきた。それは今日見た箒や鈴と変わらない姿だ。あれほど醜いものなのか、と思うと同時に、ラウラはかつての自分も醜かったのかと過去を振り返った。復讐の念に駆られ、敵を殺して歩いた日々に変則的にやってきた頭痛は感じなくなった。あれは、もしかして復讐はいけない、とママが忠告してくれていたのかもしれない。醜い私を救うために頭痛という形で呼びかけていたと思いたい。男の持ってくる薬に頼っていたけど、頼らないほうがママを感じられたのか。

 外気に身体が冷え切る。だけど、寒いとは思わない。砂浜に四肢を投げ出して、そのまま眠っても構わない。風邪を引いたらセシリアが全てを思い出してくれるかも分からない。思い出すきっかけでも十分だ。

 風と波の音に瞼が下がる。穏やかな時間が流れる。

 しかし数分もせずに、砂浜を踏みしめる足音がラウラの耳に入り込んでくる。位置は遠い。旅館方向からこちらに近づいてくる。音の具合から判断したラウラは、だからといって何かするでもなく仰向けの姿勢を崩さなかった。

 月明かりが砂浜を明るくしているとはいえ、注視しなければ認識できない。近づいてくる人物たちは、離れた位置にいるラウラに気がつかず、岩場のある方へと向かって行った。

 

「何をするつもりだ?」

 

 ぼんやりと浮かび上がった人影の顔が箒と一夏ということもあり、ラウラは立ち上がって砂を払うとひっそりと後をつけた。

 逢引という奴か。奴らはこれから不純異性交遊でもするのか。好奇心と脅迫材料の採取に背中を押されているラウラは展開を気にして、岩場に背中合わせで座りだした二人に見えない位置で聞き耳を立てる。

 だが二人の会話を聞いていると、どうやら一夏の心配や何やらで面白い話は一つも飛び出さなかった。つまらない、というのが正直な感想だった。男女が揃えば発情して、勢いのままわんわんにゃーにゃーするものだと思っていたラウラは肩透かしを食らった気分だった。これ以上に聞き耳は徒労でしかないだろう。

 付けてきた時と同じく、足音を立てずにその場を離れる。旅館方向へと向かうと、先ほどまで寝転がった場所で仰向けに倒れた。

 夜の空気で砂が冷え切っているのを感じると、ラウラはあくびをして夜空を観察する。澄んだ空気が見せる空は、果たして過去の世界にあっただろうか。夜空を見上げることのなかったことを悔やんだ。

 暫くぼんやりと過ごす。気がついたら目の前を人影が全速力で駆けて行った。後頭部で纏めた髪の毛がはためくのを見て、箒だと当たりを付ける。何を急ぐ必要があるのか、とラウラは両腕を支えに上半身を起こすと、旅館向けて走り去る箒の背中を見送った。さきほど岩場でロマンスな雰囲気を見ただけに、あそこまで無粋なダッシュをする意味が分からなかった。

 セシリアが言っていたな。あの朴念仁に振り回されている姿が面白いと。ラウラはケータイを取り出して朴念仁の意味を調べようとする。しかし、全てのモノを旅館に置いてきたことを思い出して諦めた。今手元にあるのは修理を必要とする待機状態のISくらいだ。

 朴念仁とは何か。分からないなりに予想してみる。暫く考えてみても答えは出てこない。

 ケータイくらいは持ってくるべきだったか、と旅館方向に目を向ける。そろそろ戻るか、と腰を上げて体中についた砂を払い落としていく。

 

「あれ? ラウラか。何やってんだ?」

 

 ラウラが歩き出そうとすると、声がかけられる。振り向けば平然とした顔の一夏がいた。髪の先端から水滴がぽたぽたと滴っているのを見るに、一度海に飛び込みでもしたのだろう。

 

「こんな時間に泳いだのか?」

 

 ラウラは質問には答えずに問いかける。

 

「いや、箒に投げ飛ばされた」

 

「……何を言ったんだ?」

 

「特に何も」

 

「アイツはアレか。通り魔的なのか」

 

 クラスメイトの隠された危険思考を垣間見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨海学校三日目は撤収だけの時間だった。生徒も教師もIS関連の荷物をトラックに詰め込む作業に追われて、二時間後にようやく準備を終えた。体育会系ではない生徒たちが息も絶え絶えにバスの座席に身を預けている中で、ラウラはあくびを噛み殺していた。生徒たちがてんやわんやしている時に、ひっそりと姿を消してサボっていたために疲れを見せていなかった。元々身体の出来が違うために、二時間ぶっ通しで動き回っていたとしても疲れはしないのだが、やはり自分に関わりのないことには関与したくなかった。

 窓側の席ということもあり、車内の有り様に背を向けて外を見る。場所が旅館の近くのために旅館しか見えない。

 

「らうらう~。場所代わってよ」

 

 通路側の席に座っている本音が背中を叩いてくる。誰もラウラのオーラに耐え切れないために、唯一オーラをものとしない本音が隣人として選ばれていたのだ。ラウラからしてもればセシリアと仲良くしている感じが気に入らないために、この席割に内心では不服を申し立てていた。さらに言えば、背中を叩くんじゃない、と振り向き様に肘を叩きこんでやりたい衝動に駆られていた。

 窓の外は晴天で雲一つない。だというのにうら若き十代の少女たちがこぞって車内で死んでいるのはどういうことだろうか。というか、そもそもなんで文科系の本音が元気を余らせている。

 

「サボったか?」

 

 背を向けたまま本音に問う。自分のことは棚に上げていた。

 

「え? サボってないよ。えへへ、私は私で真面目にやってたんだよ~」

 

「嘘だな。労働の跡が見えない」

 

「こっちを見ずに言えることじゃないと思うよ。私の仕事は書類仕事だったから、肉体労働系じゃないんだ~」

 

 衝撃の事実にラウラは「書類って始末書か」と本音が何か悪いことでもしたのかと疑った。セシリア関係のせいで、本音を敵としか見れないラウラは悪い方向にばかり思考を向けがちになっていた。

 ラウラの棘のある言葉にも本音はほんわかした雰囲気を崩さずに「生徒会関係なんだよ」と言ってのけた。周囲は一方的に溢れ出す険悪なムードに、肉体だけでなく精神までも疲労していた。

 


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