べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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帰ってきませんでした

 毒入りパンを平気な顔して平らげたセシリアは規格外だと思う。学園最強(自称)が冷や汗をかきながら困ったように笑うのを見ると、どれだけ規格外なのかが判断できる。これで五分後に苦しみだせば笑い話になるのだが、セシリアの確信めいた言葉に、その可能性の低さが窺い知れる。

 常人を遥かの超えるセシリアの横で、表向き平然と飯を食える俺はけっこうな大物なのではないか。自画自賛でもしたくなる。そうでもしなきゃ、俺は既に狂っているようなもんだ。いいや、転生とか痛いこと経験している時点で狂っているし、いまさらはみ出し教師になっているのも十分に狂っている。なにより、セシリア側についていることが一番狂っているものだ。

 弁当をバクバクと食べる。胃袋が満たされている感じがする。感覚すらも麻痺してしまえば、おかしな光景を目撃しても平気で飯だって食える。他人よりも自分の幸福を取りたいと思う人間だってこともあるのだが、今はそんなことどうでも良い。

 

「まぁ、なんだ。飯持ってきてるみたいだしな。ここで良いなら食え」

 

 片手にトレードマークの扇子を持ち、もう片手に弁当が入ったビニール袋を引っ提げている楯無に場所を提供してやる。掃除した方がいい、とか言っている奴に貸したいとは思わないが、所詮は宮仕えの身分でしかない俺には拒否はできない。

 

「ふん。弱者に気を使ってやるのも強さの秘訣だからな。ほれ、座れよ」

 

 そもそも俺が拒否するかどうかの問題ではない。我がオアシスに後発でやってきておいて、先住民である俺を隷属させた絶対王者なセシリアの意志が一番に尊重されるものである。一番年上なのに一番下に位置していることがちょっとだけ辛い。

 俺は弁当を食べ終わると空き容器をビニール袋に包んで床に投げ捨てる。備品室にはゴミ箱がないから、後で外のゴミ箱に捨てに行かなければならない。セシリアも食べ終わって出たゴミをビニール袋に包むと、何故か俺の顔面に投げつけてきた。所詮は袋なので痛くはないが、どうしてか心が傷ついた。尊厳を傷つけられた気分になった。どっちも嘘だけど。俺は思わず顔を俯けて溜息を吐き出した。別に心も尊厳も傷ついていない自分自身が末期な気がしてきた。奴隷根性が限界値を突破しているに違いない。もしくは隠れマゾだったかだ。

 

「そうね。同じ屋根の下でご飯を食べれば少しは情が湧いてくるものね。ゆっくりと生徒会に勧誘でもするわ」

 

 商魂逞しいならぬ、生徒会魂逞しい楯無が眩しい。なんだよ、生徒会魂って。生徒悔恨の間違いじゃないのか。

 隅っこからパイプ椅子を引っ張り出した楯無が腰を下ろし、ビニール袋からのり弁を取り出した。俺の買ったボリューム重視の弁当とは違い、おしとやかな弁当模様だった。これが男女の差なのかもしれない。

 どうでもいいことを考えていると、ふいに胸ポケットに入れておいたケータイが震える。常々、胸ポケットに入れたケータイの着信が心臓に過負荷を与えて命を奪うんじゃないかと思ってしまう。それなのに、ポジションを変えずに入れ続けているところに、自分自身のマゾ加減が判明した。俺は生粋のマゾなのかもしれない。

 ケータイを取り出して着信を確認する。差出人の名前は機密保持の為に登録されていないが、メールアドレスを確認してみると、差出人はセシリアとは違うベクトルで規格外の広場天子からだった。楯無の存在が、彼女を備品室から遠ざけていることは確かだとして、一体何用でメールをしてきたのだろう。また、おちょくるような内容か。

 メールを確認してみると『いますぐ生徒会室に来てほしい』という趣旨の内容だった。

 なんで生徒会室なんだ。楯無を一瞥するが、全く理由が分からない。楯無不在の生徒会室に俺が踏み込んで、一体何をさせたいのだろうか。

 広場天子の思惟はメールからは読み取れない。だからといってメールを無視して過ごす選択肢はなかった。下手に逆らえば個人情報の流出による社会的抹殺の刑に処されてしまうのだ。誰が好き好んで無視などするか、という話になる。

 

「悪い。ちょっと用事ができたから戻るわ。後よろしくな」

 

 二人に断りを入れ、床に捨てた自分のゴミとセシリアにぶつけられたゴミを摘み上げて備品室から退散する。

 後ろから楯無が付きまとってきていないことを確認すると、まずはゴミを捨てに行ってから生徒会室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックで確認を取ったが、不在のようで返事はない。生徒会室は無人であるようだから、俺は遠慮なく扉をスライドさせた。広場天子のことだから、鍵などとうに開けてしまっているだろう。音漏れを防ぐためであろう厚みのある扉をスライドさせると、生徒会室らしい威厳に満ちた室内が目の前に広がる。生徒会長専用の椅子に布仏虚がガムテープでぐるぐる巻きの状態で座らされているのが見えないこともないが、きっとアレは影武者か何かで本人ではないだろう。口もガムテープで塞がれ、意味のある言葉を紡ぎ出せない虚と思われる人物が「うー、うー」と唸っているが、こう見えて俺は日本語しか分からないので意志疎通はできない。

 

「さすがにまずいな」

 

 後ろ手で扉を閉め鍵をかけると、まずは部屋中に視線を走らせ、監視カメラの類いを探した。忙しなく視線を走らせて、ここに監視カメラがないことが分かった。ひとまずホッとした。見られたらおしまいだ。女子高生を拘束した男性教師の図は弁解不可能だ。絶対に追放されてしまう。

 虚が怯えた目を見せてくることが、関係ないはずなのに罪悪感を引きずり出してくる。このまま見つめられ続けることに精神の危機を感じた俺は、ケータイを取り出して広場天子に連絡を取ろうとした。とにかく詳しい説明をしてもらう必要があった。ケータイを操作する間、虚が必死に唸る。快楽犯じゃない限り女子高生の悲痛な声は堪える。

 

「ずいぶん慌てているじゃないかい」

 

 今まさに電話をかけようとした瞬間、聞きたい声が室内から響いてきた。抑揚のない落ち着き過ぎた声音が、少しだけ思考を冷静にさせてくれる。

 

「どこだ?」

 

 いいから早くでてこい。祈りを込めて訊ねると、虚の座らされている椅子の後ろから広場天子がひょっこりと顔を出してきた。セシリアにボコボコにされた顔は数日ですっかりとよくなり、広場天子の本来の顔がよく分かる。目鼻立ちの整った可愛らしい顔の少女だ。残念なのは中身がプライバシー侵害者だってことだな。

 

「ここだよ~」

 

「ふざけてないで説明!」

 

「……ちっ」

 

 舌打ちしたいのはこっちだ。幾らなんでも巻き込まれ過ぎた。俺は不幸の星の元に生まれてきたのか。転生で運を使い果たしてしまったのか。

 広場天子は椅子の後ろから全身を露わにすると、紙パックの野菜ジュースをチューチュー吸いながら、空いている席に着席した。

 

「ま、見て分かる通りのことをした。布仏虚をガムテープで縛って椅子に置いておいた。それだけさ、やったことはね。これからやることに関しては役者が揃い次第進めていく。ちなみに町田先生を呼んだのは数合わせだ。だから安心してほしい」

 

「じゃあ呼ぶなよ」

 

「ふむ。ま、気にしないでほしい。これから最後の役者を呼ぶから、俺の真向いの席にでも座って深呼吸でもしていれば構わない」

 

 広場天子が着席を促すので、俺は素直に従うことにした。真向かいの席に腰下ろすと目の前の広場天子の顔が良く見える。相手に悟らせない表情をしている。笑っているわけでも、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない顔だ。無表情というには表情が露わになっているが、じゃあどの表情が一番強く出ているかの判別はできない。まったくカオスな出来の表情と言える。

 俺が大人しく席に収まるのを確認した広場天子は、ケータイを取り出すとメールを打ち始めた。指でキーを押すカチカチという音と、虚のくぐもった悲鳴しか聞こえてこない。

 

「それ、送信」

 

 一人呟く広場天子に俺はなんて声をかければいいのか分かなかった。どんな言葉を吐き出せばいいのか、口をもごもごさせてからようやく一つ言葉を紡ぎ出せた。

 

「誰にだ?」

 

 虚の方は見ない方向で話かける。アレを見ると拭いきれない犯罪に追いたてられてしまう気がした。いいや、見て見ぬふりしている時点でだいぶアウト臭いが。

 

「数分もすれば分かる」

 

 答えをはぐらかされてしまった。サプライズ演出をしようとしているのなら、出来る限りやめてほしかった。

 頬杖をついて、窓の外を眺める。正午の陽気が朗らかで睡魔がゆっくりと忍び足で迫ってきていた。今この状況が夢だったら最高なのにな、と思いながらうっつらうっつらとしてくる。腹いっぱいになって満たされると、どうしても眠くなってしまうのは子供も大人も変わらない。

 ああ、電源落ちそうだ。眠気に意識を奪われかけた時に、生徒会室の扉がガタガタと揺れる。切羽詰まった音に俺の眠気は一気に吹き飛んでいき、犯罪紛いの状況から生まれる罪悪感に支配されてしまった。

 思わず腰を浮かせて後ずさる。扉を揺らす音が消えると、ガチャリと鍵の開く音が聞こえた。生徒会室の鍵が各生徒会員に渡されているのだとしたら、この場に入ることができるのは三人だけになる。更識楯無と布仏姉妹だ。布仏虚はここで拘束されているから二人の内のどちらかだ。

 楯無が相手だとしたら、いくら性別差があっても勝てない。それだったら本音が来てくれればマシだ。アイツなら難なく拘束できそうだし。

 軽く犯罪的な事を考えていると、扉がスライドして楯無が姿を現した。表情は怒りを必死に抑えているといった感じだった。広場天子の奴が一体全体どんな内容のメールを送ったのか気になる。

 

「まずは説明してもらいましょうか」

 

 後ろ手で扉を閉め、鍵をかけて脱げ道を塞いだ楯無が表向き落ち着いた声音で釈明を求めてくる。ここで失敗すれば闇夜に消されてしまうのではないだろうか。

 俺は頭の中で必死に広場天子に呼びかける。早く、セシリアを呼ぶんだ。殺されてしまうぞ、と。身内に手を出しておいて保身なんてできるわけがないので、俺は途切れさせることなく広場天子に呼びかけ続けた。

 想いが届いたのであろう。広場天子は椅子に座ったまま俺を見上げて頷いてくれた。その頷きがあまり信用できない気がするのだが、それは杞憂だろう。

 

「ま、座ったらどうだい?」

 

 広場天子が心身ともに落ち着いた様子で着席を進めてくる。俺は素直に従い着席する。俺には場を動かす力はない。流されるだけで精一杯だ。

 

「どうして、広場さんが居るのか気になるけど。とりあえず座るわ」

 

 楯無もさしたる反論もなく着席した。やはり生徒会長として生徒たちの動向に気を配っているのだろう。名乗りもしていないのに広場天子の名前を言い当てた。

 

「ところで、こちらからのお願いなんだけど。虚の拘束を解いてくれないかしら?」

 

「断る。彼女は未知のウイルスに侵されている」

 

 楯無の要求に対して、堂々と嘘をつく広場天子。ウイルス云々は嘘だとしても、実際に俺たち全員は未知の寄生虫によって個人情報保護法という壁を粉々に打ち砕かれている。プライベートは赤裸々告白しなくても自然とばれているのだ。

 

「ああ、最初に言っておこう。布仏虚にはまだ何もしていないから安心しろ」

 

「まだ、って言うけどね。どう見ても身体の自由と言論の自由が奪われている気がするんだけど」

 

「……あー。ま、それはともかくとしてだな。俺は別に君たちと敵対する気はない。だから安心しろ。悪い様にはしない」

 

「うん。虚が拘束されている時点で敵対しているし、安心もできないわよ」

 

「器の大きさでカバーしろ。本題に入るが、協力しろ」

 

「直球過ぎてイエスもノーも言えない」

 

「さっきも言ったが敵対の意志はない。むしろこれからは協力してやってもいい。だから今は従順に従ってもらおう」

 

「協力って言葉が消えたね。激しく上下関係が生まれちゃったね」

 

「従わないと酷いことが起こるぞ」

 

「挙句に脅すわけね」

 

 不毛な会話に聞こえてくる。蚊帳の外にいる俺はどうすることもできずに聞き役に徹していた。呼ばれた理由も判明せずに、ただジッとしている。

 馬鹿な言葉選びをして神経を逆なでしてくる広場天子に、楯無は大人らしく付き合っているのだが見る限り沸点の限界は近いと思われる。

 広場天子は不敵な笑みを見せると「脅しじゃないんだな」と言ってくしゃみをした。タイミングの悪さに神の悪意を感じないでもない。

 

「今日の放課後に最悪殺人事件が起こる。学園の危機だ。危機管理能力を問われる危機が降り注いでくるぞ。それは、生徒会長である楯無君にも責任が生じかねない事件だ。そして同時に、この事件を防げるのは楯無君だけだ」

 

「事件だぁ?」

 

 楯無よりも先に、俺が口を開いてしまった。唐突に予言染みたことを言うのだ。素っ頓狂すぎて言葉を漏らしてしまうのはしょうがなかった。

 

「そうだよ。町田先生だって火種は知っているはずだ。セシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒ。この二人が……いいや、どちらかというとセシリア君の方が火種というべきか」

 

 セシリアにラウラ。一体どういうことだと思ったが、そういえば臨海学校の初日の備品室でセシリアがラウラを嫌う発言をしていたのを思い出した。そして、暴力沙汰を起こしそうなことを言っていた。関係があるのだろう。

 

「どうして二人が原因だというのかしら。確かにセシリアちゃんもラウラちゃんも対立ばかりしていたわ。でも、ここ最近はその限りではないと聞いているわよ。それなのに事件が起きるのかしら?」

 

「起きるね。その舞台を整えるのが俺だから。放課後に二人はISで試合を行う。それも本気でな。おそらくセシリア君が勝つ。それは間違いない。問題はその後だ。彼女が無防備な相手を素直に見逃すかどうか」

 

「おいおい。幾ら嫌っているとはいえ、そこまではしないだろう」

 

 そう言いつつも、備品室でのやり取りの中で、俺の殺すつもりかという質問に、セシリアは分からないと答えていた。自分でもどうなるか分からないと。だけど、最初から決まっていたが、反対され止めに入られるのを嫌って嘘をついたとしたら。最初から殺すつもりだとしたら。広場天子は相手の見聞きしていることや体験してきたこと、何を考えてるかを一個人という壁を突破して読み取れるのだ。あの時に全て知ったとしたら、このようなことは言わないだろう。

 

「そうだね。その通りだ、町田先生」

 

 俺の考えていることを読み取った広場天子が肯定をする。つまりセシリアは殺意を持っているだけではなく、殺意に身を委ねる気でいるのも事実ということになる。

 

「どういうことかしら?」

 

 楯無が真剣な顔で聞いてくる。備品室にはセシリアと、俺、広場天子の三人しかいなかったのだ。俺たち三人以外には話の意味が分からないだろう。現に楯無は全く分かっていない様子だった。

 

「分からなくてもいいから従え」

 

 セシリアの味方だと豪語する広場天子は、彼女を殺人犯にしたくはないのだろう。

 

「IS学園女子生徒、というのは俺だ。棄権を犯してまで姿を現したのには、情報が確かであることと、そうでもして止めたいことがあるからだ。自分を晒してまで止めたいと思っている。だから、事情は詮索せずにも協力してほしいな」

 

 そう言って椅子から立ち上がった広場天子は、地べたに這いつくばって土下座した。


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