異世界転生しても冷笑は止められない…うおw   作:トイレレレ

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どうもトイレレレです!

今回も拙い文章ですが是非お楽しみください!

また感想や評価もお待ちしております!



貴族←あなたは何をされてる方なの?

それから更に数年が経ち、俺は12歳となった。

 

 

 相変わらず両親の溺愛っぷりは健在で、俺はそれを「あぁ、そういうノリ…w」と冷笑で受け流す毎日を送っている。

 

 

 最近起きた俺にとっての最大の悲劇といえば、前世の記憶──純の配信の一部内容が少しずつ思い出せなくなってきたことだ。

 

 

「あれ、あの時のマリオメーカーの配信、どんなオチだったっけ……?」と気づいた時は本気で背筋が凍った。

 

 

 純の記憶が薄れるということは、俺の魂がこのクソみたいな異世界に(じゅん)応……いや、染まってきているということだ。

 

 

 それに危機感を覚えた俺は急いで羊皮紙のノートを買い込み、純の伝説や名言、配信のアーカイブ内容を忘れないように書き記す『純・聖典(アーカイブ)』の作成を日課とするようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうそう。それからもう一つ大きな変化があった。

 

 

 2年ほど前──俺が10歳の時に発覚したのだが、どうやら俺には『固有魔法』が使えるらしい。

 

 

 固有魔法とは誰もが鍛錬すれば会得できる一般的な魔法(火の玉を出したりするやつ)とは違い、その人間しか持ち得ない特殊な魔法のことだ。

 

 

 なぜそれが分かったかといえば、親父との剣術の修行中での出来事だった。

 

 

 俺は基本的に動きたくないので毎回断るのだが、親父は本気で俺を最強の剣士にしたいらしく、半ば強制的に稽古をさせられていた。

 

 

 俺の武器は当然、あの鍛冶屋でもらった黒いスコップ『泥土の聖刃(マッド・スペード)』だ。

 

 

 どうやら俺には親父の血を引いているせいか剣術(というかスコップ術)の才能があるらしく、10歳にして親父の剣とある程度渡り合えるようになっていた。

 

 

 そしてその日の俺はいつも以上に気が立っていた。

 

 

 というのも、俺はよく村のガキんちょどもを集めては「純の素晴らしさ」を布教する活動を行っていたのだが、俺の二つ下の生意気な女──アリアという名前のクソガキにこう言われたのだ。

 

 

『ねえケイ。結局その「じゅん」ってそんなにすごいの? ていうかずっと思ってたけど誰なのよ。この村のどこにもいないじゃない』

 

 

 あまり他人に興味のない俺だが、その言葉にはカチンときた。

 

 

 純の偉大さを理解しようともせず、あまつさえ「誰なのよ」と鼻で笑うような態度。純を馬鹿にされた気分になった俺はつい8歳相手に本気の口論に発展してしまったのだ。

 

 

 おかげでアリアというその生意気な女の名前は嫌でも脳裏に刻まれることになった。

 

 

 そして、そのイライラを抱えたまま挑んだ親父との稽古。

 

 

「どうしたケイ! 今日は動きが荒いぞ! もっと剣に『熱』を込めろ!」

 

 

 親父が木剣を振り下ろしながら暑苦しい説教を飛ばしてくる。

 

 

 その『熱』という言葉が俺のイライラにさらに油を注いだ。

 

 

「熱とか……マジでコスパ悪すぎてクカ」

 

 

 俺はスコップの平らな面で親父の木剣を受け流し、距離を取って鼻で笑った。

 

 

「気合とか根性でどうにかなると思ってるの完全に脳筋の思考停止じゃんw だいたい、親父のその大振りな攻撃隙だらけで見ててきちーw。もっと効率よく動けないのw」

 

 

 俺はアリアへの苛立ちをぶつけるように、親父の「熱血」や「努力」を徹底的に冷笑し、小馬鹿にして煽り散らかした。

 

 

「なっ……お前、父親に向かって……!」

 

 

 親父がムッとして踏み込んできた、その瞬間だった。

 

 

 

 

 ヒュオォォォォ……

 

 

 

 

 不意に、周囲の空気が急激に冷たくなったのを感じた。季節は初夏だというのに、吐く息が白く染まる。

 

 

「……ん?」

 

 

 俺が手元を見ると、握りしめていた泥土の聖刃の黒い柄から尋常ではない量の冷気が立ち上っていた。

 

 

「な、なんだこれは……!?」

 

 

 親父が驚愕の声を上げる。

 

 

 俺の足元から放射状に霜が広がり、庭の草木がパキパキと音を立てて一瞬にして凍りついていく。

 

 

 俺が「親父の熱血(痛いノリ)」を心底見下し、冷笑すればするほどその冷気は威力を増していった。

 

 

「うおw なにこれめっちゃ冷えるじゃんw」

 

 

 俺が完全に他人事のように呟いた瞬間、スコップの先端から絶対零度の吹雪が吹き荒れた。

 

 

「どわぁぁぁぁっ!?」

 

 

 親父の悲鳴と共に庭の半分と、親父が構えていた木剣がカチンコチンに氷漬けになってしまったのだ。

 

 

 それが、俺の固有魔法【絶対的零度(冷笑)】が初めて発現した瞬間だった。

 

 

 そんなこんなで、俺は純のいない寂しい生活を送りながら12歳になった。

 

 

 固有魔法【絶対的零度(冷笑)】が発現して以来、親父との稽古は「俺が冷笑して親父を凍らせる」という理不尽なゲームと化していた。

 

 

 俺が心底「痛いな」と冷めきっている時ほど威力が上がるため、親父が熱血指導をすればするほど俺の冷気は国を一つ凍らせるほどのポテンシャルを発揮する。

 

 

 逆に、俺が「純」のことを思い出して熱狂している時はただのそよ風レベルに弱体化するのだが、親父はそれに気づいていない。

 

 

 そして今日。

 

 

 俺は両親からとある重大な相談を持ちかけられていた。

 

 

「ケイ、お前に話があるんだ」

 

 

 夕食後、親父が真剣な顔つきで切り出した。母さんも隣でどこか期待に満ちた目をしている。

 

 

「帝国騎士養成学校に行ってみないか?」

 

 

「……は?」

 

 

 俺は食後の紅茶を吹き出しそうになった。

 

 

「帝国騎士養成学校……?」

 

 

「ああ。将来、この国の精鋭たる帝国騎士となる有望な子供たちを集め、育成する学校だ。12歳から入学でき、18歳で卒業する。つまり5年間通うことになる」

 

 

 親父は熱っぽく語り始めた。

 

 

「お前の剣術の才能、そしてあの恐るべき氷の固有魔法。あれはトトリカ村のような辺境に埋もれさせておくには惜しすぎる。だから、俺のツテを使って養成学校の中でも特にハードルが高い名門──『王立グラン・レガリア士官学校』への推薦状をもらってきたんだ!」

 

 

 親父はドンッ! と、テーブルの上に立派な封筒を置いた。王家の紋章らしきものが蝋で封印されている。

 

 

「……」

 

 

 俺は死んだ魚のような目でその封筒を見つめ、そして即答した。

 

 

「嫌だ」

 

 

「なっ!?」

 

 

「絶対に行かない。俺は働く気なんて1ミリもないから。前にも言っただろ、俺の将来の夢は『ニート』だって」

 

 

 ちなみに『ニート』という単語は、俺が数年前に両親に懇切丁寧に説明して教え込んだ概念だ。「親のすねをかじりながら、労働というコスパ最悪の行為を放棄し、己の趣味(俺の場合は純のアーカイブ反芻)のみに生きる高尚な身分」と定義している。

 

 

 俺の即答に両親は猛反発した。

 

 

「ケ、ケイ! にーとなんてダメよ! 男の人が職を持たないなんて将来お嫁さんも来てくれないわよ!?」

 

 

 母さんが悲痛な顔で訴えかけてくる。

 

 

(いや、嫁とかいらねえし。三次元の女とか面倒くさいだけだろ)

 

 

「そうだぞケイ! お前には才能があるんだ! あの氷の魔法とガルドの作った『泥土の聖刃』があれば間違いなく首席で卒業できる! なぜその才能を無駄にするんだ!」

 

 

 親父もバンバンとテーブルを叩いて熱弁を振るう。

 

 

「才能があるからってそれを使わなきゃいけない義務はないでしょ。だいたい、騎士になって国を守るとか主語がデカすぎてきちーw 俺は自分の部屋の平和だけ守れればそれでいいの」

 

 

 俺は鼻で笑い紅茶を一口すすった。

 

 

「それに、5年間も学校に通うとかタイパ(タイムパフォーマンス)悪すぎ。その時間で純の過去配信を脳内で何周できると思ってんの? 完全に時間の無駄」

 

 

 俺の冷笑的な態度と相変わらずの「純至上主義」に両親は頭を抱えた。

 

 

「じゅ、純のことはもういい! とにかくお前はグラン・レガリア士官学校に行くんだ! これは決定事項だ!」

 

 

「は? 嫌だって言ってんじゃん。俺は絶対に行かないからな」

 

 

 俺と親父の視線がバチバチとぶつかり合う。

 

 

 俺の周囲の空気が急激に冷え込み、テーブルの上の紅茶がピキピキと凍り始めた。

 

 

「……ケイ、お前、どうしても行かないと言うなら……」

 

 

 親父は立ち上がり、腰の長剣に手をかけた。

 

 

「力ずくでも行かせるぞ」

 

 

 

「……あぁ、そういうノリ…w」

 

 

 俺が『泥土の聖刃』を構え、親父が長剣を抜こうとした、まさに一触即発のその時だった。

 

 

 母さんが「あなたたち、家の中でやめて!」とおろおろしていると──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンコン。

 

 

 控えめだが、はっきりとしたノックの音が玄関のドアから響いた。

 

 

『夜分遅くに大変申し訳ございません。少しお時間よろしいでしょうか』

 

 

 扉の向こうから聞こえてきたのは、落ち着いた、しかしどこか威厳のある老人の声だった。

 

 

 俺と親父はピタリと動きを止め、互いに顔を見合わせた。こんな夜更けにトトリカ村のような辺境の家に客など来るはずがない。

 

 

 一触即発の空気は一旦薄れ、親父は警戒心を露わにしながら長剣を腰に差したまま玄関へと向かった。

 

 

「……どなたでしょうか」

 

 

 親父が慎重にドアを開ける。

 

 

 そこに立っていたのは、一人の老人だった。

 

 

 白髪を綺麗に撫でつけ、背筋をピンと伸ばしたその老人は仕立ての良い漆黒の『執事服』を着込んでいた。

 

 

(執事服……?)

 

 

 俺は眉をひそめた。この世界で執事服を着るような人間は高位の貴族か、あるいは王族の使用人くらいしかいない。

 

 

 親父もそれにいち早く気づいたようで、先ほどまでの荒々しい態度はどこへやら、背筋を伸ばして改まった敬語に切り替えた。

 

 

「こ、これは……。このような辺境の村にいかなるご用件でしょうか」

 

 

「突然の訪問、平にご容赦願いたい。私はセバスチャンと申します。実はこちらの家にお住まいの少年に少々お尋ねしたいことがありましてな」

 

 

 セバスチャンと名乗った老執事が、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

 

 

「少年に……? ケイにですか?」

 

 

 親父が振り返り、俺を見る。俺はスコップを持ったまま、「は?」と首を傾げた。

 

 

 貴族の執事に尋ねられるような心当たりなど1ミリもない。俺は毎日家で純のアーカイブを脳内再生しているだけの善良なニート志望なのだ。

 

 

 すると、セバスチャンの背後からひょこっと小さな影が顔を覗かせた。

 

 

「……ん?」

 

 

 それは、俺と同じくらいの年齢──12歳前後の少女だった。

 

 

 燃えるようなオレンジ色の髪をツインテールに結び、上質なドレスを着ている。その瞳は好奇心と活気に満ち溢れていた。

 

 

 俺とそのオレンジ髪の少女の目が合った。

 

 

 その瞬間、少女の顔がパァッ! と明るく輝いた。

 

 

「セバスチャン! あやつだ! あやつが私を助けたのだ!」

 

 

 少女は俺をビシッと指差し、元気いっぱいの声で叫んだ。

 

 

「……はい?」

 

 

 俺は間抜けな声を出した。助けた? 俺が? この貴族のガキを? 

 

 

「おお、お嬢様。間違いございませんか?」

 

 

「うむ! 間違いない! あの死んだ魚のような目、そしてその黒くて変な形の武器! 確かにあやつだ!」

 

 

 少女はズンズンと家の中に上がり込み、俺の目の前までやってきた。

 

 

 そして、腰に手を当てて胸を張る。

 

 

「ふふん! 再会できて嬉しいぞ! 名も知らぬ少年よ! あの時は礼も言えずに別れてしまったからな。わざわざ王都から探しに来てやったぞ!」

 

 

「……いや、誰?」

 

 

 俺は心底面倒くさそうに、冷めきった声で返した。

 

 

「なっ……だ、誰とはなんだ! 忘れたとは言わせないぞ! 3日前、王都の裏路地で不良どもに絡まれていた私をその黒い武器と恐ろしい氷の魔法で助けてくれたではないか!」

 

 

 少女の言葉に親父と母さんが「えっ!?」と驚きの声を上げる。

 

 

「ケイ、お前……王都でそんな人助けを……?」

 

 

「立派じゃないの、ケイ!」

 

 

 両親が感動の眼差しを向けてくるが俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 

 

(3日前……? 王都の裏路地……?)

 

 

 俺は記憶の糸を必死に手繰り寄せた。

 

 

 そういえば3日前、親父のお使いで渋々王都に行った時、裏路地でガラの悪い連中が騒いでいたのを見た気がする。

 

 

 だが俺は「うおw テンプレの絡まれイベントじゃん。きちーw」と冷笑し、関わりたくなくてその場を立ち去ろうとしたのだ。

 

 

 その時、たまたま俺の冷笑によって【絶対的零度】が発動し、周囲の路地裏ごと不良どもをカチンコチンに凍らせてしまった……という出来事はあった。

 

 

(……あ。もしかしてあの時不良に絡まれてたのってこのガキだったのか?)

 

 

 俺は完全に『巻き込まれ事故』で凍らせただけなのだが、どうやらこの少女は「自分がピンチの時に颯爽と現れて氷の魔法で助けてくれたクールな恩人」だと盛大に勘違いしているらしい。

 

 

「あー……。人違いじゃないですかね。俺、そういう熱血な人助けとか一番嫌いなんで」

 

 

 俺は面倒事を避けるため、即座にシラを切った。

 

 

「嘘をつけ! そのスコップのような武器を持っているのはお前だけだろう! 照れることはない、私はお前のその『冷徹だが心優しい』ところに惚れ込んだのだ!」

 

 

 少女は俺の言葉を「照れ隠し」だと勝手に解釈し、グイグイと距離を詰めてくる。

 

 

「私の名はレオナ・フレイムハート! フレイムハート公爵家の長女だ! お前、私の専属騎士(ナイト)になれ!」

 

 

「……は?」

 

 

 俺のニート計画が、オレンジ色のツインテールによって盛大にぶち壊されようとしていた。

 

 

「公爵家……!? そ、そんな大貴族のお嬢様がなぜうちの愚息を……!」

 

 

 親父が顔面を蒼白にして震えている。無理もない。一介の兵士からすれば公爵家など雲の上の存在だ。

 

 

「セバスチャンが調べたところによると、お前、王立グラン・レガリア士官学校の推薦状をもらっているそうだな! ちょうどいい、私も今年からそこに入学するのだ。お前は私の護衛として共に学園に通うことを許可してやる!」

 

 

 レオナはふんす! と鼻息を荒くして、俺を指差した。

 

 

「いや、行かないけどw」

 

 

「なっ……!?」

 

 

 俺の即答にレオナは目を丸くした。

 

 

「な、なぜだ!? 公爵家の専属騎士になれるのだぞ!? 将来は約束されたようなものだ!」

 

 

「将来とかどうでもええてw 俺は家でゴロゴロしてたいの。学校とか護衛とかコスパ悪すぎるからパスでw」

 

 

 俺が心底面倒くさそうに手をヒラヒラさせると、レオナはワナワナと震え出した。

 

 

「こ、この私からの誘いを断るというのか……! ええい、セバスチャン! こやつを無理やり馬車に乗せろ!」

 

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 老執事のセバスチャンがニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべたまま、スッと俺の背後に回り込んだ。

 

 

(速っ!?)

 

 

 俺が反応する間もなく、セバスチャンの手が俺の首根っこを掴む。

 

 

「ちょ、離せ! 誘拐だろこれ!」

 

 

「親御さん、息子さんは我がフレイムハート家が責任を持ってお預かりいたします。学費等もすべてこちらで負担いたしましょう」

 

 

「あ、ありがとうございます! ケイ、立派な騎士になってこいよー!」

 

 

「親父ィィィ!! お前、権力に屈しやがって……!」

 

 

 親父と母さんが涙ぐみながら手を振る中、俺はセバスチャンに引きずられ、家の外に停まっていた豪華な馬車へと放り込まれた。

 

 

「ふふん! これから5年間、みっちり私に仕えさせてやるからな、ケイ!」

 

 

「ど、どわーw」

 

 

 こうして、俺の「実家で一生ニート計画」は脆くも崩れ去り、強制的に王立士官学校へと入学させられることになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──それでな! 士官学校ではまず新入生同士の模擬戦があるらしいのだ! そこで私の専属騎士であるお前が圧倒的な力を見せつければ、他の貴族どもも私のことを一目置くに違いない!」

 

 

「うゆ」

 

 

「もちろん、座学も重要だ。お前は平民だから貴族の礼儀作法を知らないだろう? 安心しろ、入学までの間我が家の有能な教師陣がみっちりと叩き込んでやるからな!」

 

 

「うゆ」

 

 

 ガタゴトと揺れる豪華な馬車の中。最高級のベルベットが張られたふかふかの座席で、俺は泥土の聖刃を抱き抱えながら死んだ魚のような目で窓の外を眺めていた。

 

 

 向かいの席ではオレンジ色のツインテールを揺らしながら、これからの学園生活についてウキウキと語り続けている。

 

 

(マジで最悪だ……なんで俺がこんな目に……)

 

 

 俺の脳内は絶望で満たされていた。

 

 

 実家で一生ニートをするという完璧な人生設計が、この勘違いお嬢様のせいで完全に崩壊してしまったのだ。

 

 

 しかも入学までの間に礼儀作法をみっちり叩き込むだと? 冗談じゃない。そんなコスパ最悪の無駄な時間を過ごすくらいなら脳内で純の『マリオカート』のアーカイブを3周した方がマシだ。

 

 

 俺はレオナの話を右から左へ受け流し、すべて「うゆ」という気の抜けた相槌だけで処理していた。これは俺が赤ん坊の頃から培ってきた他人の暑苦しい期待をシャットアウトするための最強の防御魔法(物理)である。

 

 

「ふふん! お前も私の専属騎士になれてさぞかし誇らしいだろう! これから5年間、共に切磋琢磨し──」

 

 

「うゆ」

 

 

「──って、ちょっと待て!」

 

 

 ようやく俺の態度に違和感を覚えたのか、レオナがピタリと話を止め、ジト目でこちらを睨みつけてきた。

 

 

「お前、さっきから『うゆ』しか言ってないではないか! まさか私の高尚な話を適当に聞き流しているのか!?」

 

 

「……うゆ?」

 

 

「疑問形にするな! ちゃんと話を聞けー!」

 

 

 レオナは顔を真っ赤にしてポカポカと俺の肩を叩いてきた。公爵令嬢のくせに、怒り方が完全に村のガキんちょと同じレベルである。威厳もクソもない。

 

 

「いや、聞いてますよ。学校行って模擬戦して、礼儀作法覚えるんでしょ。あー楽しみだなーw」

 

 

「ぜ、全然心がこもってないぞ! お前、本当にあの時私を助けてくれたクールな少年と同一人物か!?」

 

 

「だから人違いだって言ったじゃないですか。俺、そういう熱血なノリとか一番嫌いなんでw 今からでも遅くないから馬車から降ろしてくれません?」

 

 

 俺が心底面倒くさそうにため息をつくと、レオナは「むぐぐ……」と悔しそうに唸った。

 

 

「だ、ダメだ! 一度私が専属騎士にすると決めたのだから、絶対にお前を立派な騎士に育て上げてみせる! お前のその冷めきった性根も私が叩き直してやるからな!」

 

 

「あぁ、そういうノリ……w 好きにすればいいんじゃないですかねw」

 

 

 俺は鼻で笑い、再び窓の外へと視線を向けた。熱血で真っ直ぐなこのお嬢様と、極限まで冷めきった俺。

 

 

 水と油どころか、氷とマグマくらい相性の悪い組み合わせだ。

 

 

(まあいい。どうせ学校に行っても適当にサボって寝てればいいだけだしな)

 

 

 俺はスコップの柄を撫でながら、これからの士官学校生活をいかにして「省エネ」で乗り切るか、その算段を立て始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 

 

 ガタゴトという一定の馬車の揺れと、レオナの「それでな!」「だからな!」という元気な声が徐々に心地よい子守歌のように聞こえてきて……俺はいつの間にか意識を手放していた。

 

 

 いや、そもそも今は夜なのだ。5歳児のガワを被っていた頃よりはマシになったとはいえ、12歳の育ち盛りの身体には勝てない。寝てしまうのはしょうがないだろう。

 

 

「……様。ケイン様」

 

 

 ゆさゆさと肩を揺らされ、俺はゆっくりと目を開けた。視界が晴れると、そこには老執事のセバスチャンが相変わらずの完璧な笑顔でこちらの顔を覗き込んでいた。

 

 

「おはようございます、ケイン様。ご到着いたしましたよ」

 

 

「……あー、はいはい」

 

 

 俺は大きな欠伸をしながら、馬車の外へと足を踏み出した。

 

 

 そして、視線を横にずらした瞬間——俺の思考は一瞬だけ停止した。

 

 

「うおw」

 

 

 思わず素のリアクションが漏れた。

 

 

 目の前に広がっていたのは、ただの『屋敷』と呼ぶにはあまりにも規格外な建造物だった。見上げるほど高い黒鉄の門の先には、前世のテーマパークかと思うほど広大な庭園が広がっている。綺麗に刈り込まれた植え込み、月明かりを反射して輝く巨大な噴水。

 

 

 そしてその奥に鎮座する本館はもはや『城』だった。

 

 

 白亜の大理石で造られた荘厳な外壁、無数に並ぶステンドグラスの窓、そして屋根のあちこちにそびえ立つ尖塔。玄関へと続く階段には赤い絨毯まで敷かれている。

 

 

(どんだけ金持ちなんだよ……)

 

 

 トトリカ村の素朴な木造建築しか見てこなかった俺にとって、それは圧倒的な財力と権力の象徴だった。

 

 

 だが、驚きは数秒で冷めた。

 

 

(いや、こんなデカい家絶対掃除とかメンテナンスのコスパ最悪だろ。トイレ行くのにも迷子になりそうだし、冬は無駄に寒そう。完全に『見栄』だけの産物じゃん)

 

 

 俺が心の中で公爵家の財力を冷笑し、勝手に優越感に浸っていると——。

 

 

「すぴー……すぴー……」

 

 

 馬車の中からなんとも気の抜けた可愛らしい寝息が聞こえてきた。

 

 

 そちらに目をやると、最高級のベルベットの座席に丸まり、オレンジ色のツインテールを乱しながら爆睡しているレオナの姿があった。

 

 

(……お前も寝てたんかい)

 

 

 さっきまであんなに元気いっぱいに士官学校の展望を語っていたくせに、俺が寝た後自分もあっさり寝落ちしたらしい。

 

 

「お嬢様。お嬢様、到着いたしましたよ。お目覚めください」

 

 

 セバスチャンが馬車に身を乗り出し、優しく肩を揺すって起こそうとする。

 

 

 しかし、レオナは「むにゃむにゃ……」と寝言を呟きながらセバスチャンの手を振り払ってさらに丸まってしまった。

 

 

「むにゃ……もう食べられないぞセバスチャン……むふふ……」

 

 

「やれやれ。お嬢様は一度眠られるとなかなか起きられないのです」

 

 

 困ったように微笑むセバスチャン。公爵令嬢の威厳など微塵もない、あまりにも無防備でアホっぽい寝顔。

 

 

「けけw」

 

 

 俺は呆れ半分、面白さ半分で鼻で笑った。

 

 

 どうやら、この『フレイムハート公爵家』での生活は俺が思っていたような堅苦しいだけのものにはならないかもしれない。

 

 

 結局、爆睡して起きる気配のないレオナはセバスチャンがヒョイッと抱き抱えて運ぶことになった。老体とは思えないほど軽々とした動きだ。この執事、ただ者ではないらしい。

 

 

 俺は黒いスコップを肩に担ぎ、セバスチャンの後をトボトボとついて歩き出した。

 

 

 巨大な黒鉄の門の前には銀色の鎧に身を包んだ二人の門番が直立不動で立っていた。手には鋭い槍を持ち、その立ち姿からは素人目に見てもかなりの手練れであることが窺える。

 

 

「ただいま帰還いたしました」

 

 

 セバスチャンが声をかけると、二人の門番はビシッと姿勢を正し、一糸乱れぬ動きで最敬礼をした。

 

 

「おかえりなさいませ、セバスチャン殿! そしてレオナお嬢様!」

 

 

 門番たちは礼儀正しく迎え入れた後、ふと、セバスチャンの後ろを歩く俺の存在に気づいた。

 

 

 得体の知れない黒いスコップを担いだ死んだ魚のような目をした平民のガキ。門番たちの目に、スッと鋭い警戒の色が浮かぶ。槍を握る手に僅かに力がこもったのがわかった。

 

 

(うおw めっちゃ警戒されてるじゃんw ……まあ当然かw)

 

 

 俺が「面倒くさいことになりそうだな」とため息をつきかけた時、セバスチャンがニコリと笑って言った。

 

 

「警戒には及びませんよ。この方が例の『レオナ様お気に入り』の少年です」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、門番たちの顔色があからさまに変わった。

 

 

 警戒の眼差しは一瞬にして消え去り、代わりにまるで伝説の英雄でも見るかのような『畏まった目線』へと変化したのだ。

 

 

「こ、この方が……! 失礼いたしました!」

 

 

「お嬢様を救っていただいたこと、フレイムハート家家臣一同、心より感謝申し上げます!」

 

 

(いや、だから人違いだっての……)

 

 

 俺は心の中で盛大にツッコミを入れたが、彼らの熱い視線を前にして訂正する気力も湧かず、ただ「うゆ」とだけ返しておいた。

 

 

「馬車は私がしまっておきます!」

 

 

「ええ、頼みましたよ」

 

 

 門番の一人が馬車の手綱を引いていくのを見送り、セバスチャンは俺を振り返って「行きますよ、ケイン様」と優しく促した。

 

 

 門をくぐり、屋敷へと続く道を歩く。

 

 

 それにしてもこの庭園は本当に無駄に広い。

 

 

 綺麗に整備された石畳の道は玄関に辿り着くまで軽く数百メートルはあるだろう。両脇には手入れの行き届いたバラ園や謎の彫刻が並んでいる。

 

 

(毎日ここを歩いて出入りするとかタイパ最悪だろ。俺なら絶対に玄関の横にプレハブ小屋建てて住むわ)

 

 

 そんな貧乏くさい(しかし極めて合理的な)冷笑を心の中で展開しながら歩くこと数分。俺たちはようやく城のように巨大な本館の玄関前へと辿り着いた。

 

 

「さあ、こちらが今日からケイン様がお住まいになる場所です」

 

 

 セバスチャンが眠りこけるレオナを抱えたまま、巨大な両開きの扉を見上げて言った。

 

 

 流石の俺もこの圧倒的なスケールの屋敷を前にして少しだけ緊張してきた。前世でも今世でも、こんな大層な建物に入った経験など一度もない。

 

 

(……いや、落ち着け。所詮はただの石と木の塊だ。純のマイクラ建築に比べればこんなの豆腐ハウスみたいなもんだろ)

 

 

 俺は必死に脳内で純の配信を再生し、精神の安定(冷笑スタンス)を保とうと試みた。

 

 

 そんな俺の内心の焦りなどつゆ知らず、セバスチャンは片手でレオナを抱えたまま、もう片方の手で巨大な両開きの扉をスッと押し開けた。

 

 

「うお……」

 

 

 目の前に広がった光景は外見の荘厳さに違わぬ、いや、それ以上に綺麗で豪華なものだった。

 

 

 天井には眩い光を放つ巨大なシャンデリア。床には塵一つ落ちていない大理石が敷き詰められ、壁には歴史を感じさせる絵画や高価そうな壺が飾られている。正面には二階へと続く緩やかなカーブを描く大階段。

 

 

 まさに『貴族の館』のテンプレを具現化したような空間だ。

 

 

「ケイン様、長旅で大変お疲れだと存じますが……この後、当主様にお会いしていただきます」

 

 

 セバスチャンが、屋敷の奥を見据えながら静かに言った。

 

 

(当主……つまりこの公爵家のトップでありレオナの両親か)

 

 

 親父が名前を聞いただけで震え上がるような大貴族の長。そんな相手にただの平民のガキ(しかもニート志望)が会って何を話せというのか。

 

 

 だが、ここまで連れてこられた以上俺に拒否権などあってないようなものだ。

 

 

「……うゆ」

 

 

 俺は諦めの境地で、気の抜けた相槌を打った。

 

 

「ご承諾いただき感謝いたします。ですが、その前に……」

 

 

 セバスチャンはそう言うと、自分の腕の中で「すぴー……」と幸せそうな寝息を立てている存在──レオナに目をやった。

 

 

「先にレオナお嬢様をお部屋にお連れいたしましょうかね。このまま当主様の前にお連れしてはお嬢様の威厳に関わりますゆえ」

 

 

「威厳なんて最初から無いと思いますけどね」

 

 

「ふふっ、手厳しいですね」

 

 

 俺の冷めたツッコミにセバスチャンは苦笑いを浮かべた。

 

 

「ではケイン様。少々お待ちいただけますか? すぐに戻りますので」

 

 

「あー、はい。適当に待ってます」

 

 

 セバスチャンは一礼すると、レオナを抱えたまま音もなく大階段を上って二階へと消えていった………

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました!

こんな主人公を好きでいてくれる人はいるでしょうか?

主人公について

  • もっと冷笑してもいい
  • 今で丁度いい
  • 冷笑しすぎじゃね?
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