異世界転生しても冷笑は止められない…うおw   作:トイレレレ

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どうもトイレレレです。

前回のアンケート(冷笑度について)にご協力いただいた皆様、誠にありがとうございました。

今回はその結果と、今後の展開について少しお話しさせてください。

(※主人公のスタンスに関する裏話になりますので、純粋に物語だけを楽しみたい方は読み飛ばして本編へお進みください!)

今回アンケートを実施したのは、私の思い描く今後の展開と皆様の期待がどれほど一致しているかを確認するためでした。

私としては主人公のケイは基本的に冷笑的で、一般的な主人公と比べると少しダークな、いわゆる「クズ」に近い造形にしたいと考えています。

しかし、彼も一人の人間です。冷笑的な態度の裏で善良な心との間で揺れ動くような人間らしい葛藤も描きたいという思いがあります。

今後ケイが周囲から孤立したり、反感を買ったりする展開もあるかもしれません。それでも最終的にはハッピーエンドを迎えられるような物語を私は望んでいます。

アンケートを通じて様々なご意見をいただき、血も涙もない完全な冷笑キャラにする道も考えました。

ですが、やはり「極限状態では人間の心を捨てきれず、葛藤しながらも成長していく主人公」の姿を描きたいという結論に至りました。

もちろん、彼の冷笑的な基本スタイルが急に変わることはありません。ただ、人の命が関わるような場面でも冷笑し続けるような、完全に感情を失った人物にはしたくないのです。

純粋な冷笑100%の主人公を期待してくださっていた方には、少しイメージと異なる部分が出てくるかもしれません。

ですが、人間味のある冷笑キャラとしてケイの不器用な成長と物語の結末を最後まで見届けていただければ幸いです。

それでは、本編をお楽しみください!


俺に説教される貴族とかクカなんよw

 重厚な扉の前に辿り着いた俺は、小さく一息ついてからコンコンとノックの音を鳴らした。

 

 

『──入れ』

 

 

 扉の向こうからエレノアの凛とした声が響く。

 

 

 俺がゆっくりと扉を開けて中に入ると、彼女は昨日と同じように巨大な執務机に向かって書類の整理をしていた。

 

 

 だが昨日と違ったのは俺が部屋に入った瞬間に彼女がすぐにペンを置き、こちらへ真っ直ぐに視線を向けてきたことだ。

 

 

「……おめでとう、ケイン。見事な戦いであったわ」

 

 

 エレノアは公爵家当主としての威厳に満ちた声で、俺の勝利を褒め称えた。平民の子供が公爵令嬢を打ち負かしたというのに、その声には怒りも悔しさも微塵も感じられない。ただ事実を事実として評価するひどく冷たい称賛だった。

 

 

「…………」

 

 

 俺はその言葉に対して何も返さなかった。

 

 

 いつもなら「けけw」とでも言って冷笑するところだが、なぜかそんな気分にはなれなかった。

 

 

「さて、本題に入りましょうか」

 

 

 俺の沈黙を気にする様子もなく、エレノアは机の引き出しから数枚の羊皮紙を取り出した。

 

 

 いつの間に用意したのか、そこには今回の件に関する詳細な取り決めがすでに美しい文字でびっしりと書き込まれていた。

 

 

「これが決闘の勝者であるあなたへの『願い』の履行を証明する書類よ。内容は昨日話した通り……『フレイムハート家はケインを実家へ送り届け、生涯不自由しないだけの金貨を支払う』。そして『ケインは今回の騒動について一切口外しない』。……間違いないわね?」

 

 

 エレノアは書類を机の上に滑らせ、俺にサインを促した。

 

 

 これにサインすればすべてが終わる。俺の理想とする誰にも邪魔されない完璧なニート生活が手に入るのだ。「はい」と即答してさっさとペンを取ればいい。それだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに。

 

 

「…………」

 

 

 俺は机の上の書類を見つめたまま、どうしても「はい」と答えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 いや、できなかったというより、喉の奥に何かがつっかえて声が出なかったのだ。

 

 

「……どうしたの? 何か書類に不備でもあったかしら」

 

 

 サインを躊躇う俺を見てエレノアが怪訝そうに眉をひそめた。

 

 

「いや……」

 

 

 俺は自分でも何を言おうとしているのか分からないまま口を開いた。

 

 

 そして絶対に他人の家の事情になんて首を突っ込まない主義の俺が、つい、思っていたことをそのまま口に出してしまった。

 

 

「……レオナを、あのまま放置して良かったんすか」

 

 

「……は?」

 

 

 俺の唐突な問いかけにエレノアは目を丸くした。

 

 

「あいつ、泣いてましたよ。あんたに……母親に認めてほしくて必死に戦ってたのに。負けた途端に一瞥もくれずに立ち去るとか流石に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あなたには関係のないことよ」

 

 

 

 

 俺の言葉を遮るようにエレノアの冷たく、鋭い声が執務室に響いた。

 

 

「敗者に構っている暇など公爵家当主である私にはないわ。彼女は負けた。そして自分のワガママがどれほど無力なものかを知った。それだけのことよ」

 

 

 エレノアは冷徹な瞳で俺を見据え、淡々と告げた。

 

 

「さあ、早くサインしなさい。あなたの願いは実家に帰ることでしょう?」

 

 

 その言葉は正論だった。俺には関係ない。他人の家族の修羅場なんてコスパ最悪の面倒事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが──。

 

 

 

 

 俺は机の上に置かれた書類を手に取ると、エレノアの目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

 

「……願いの変更をしたい」

 

 

 その言葉にエレノアはピクリと眉を顰めた。

 

 

 公爵家当主としての時間を無駄にされたことへの不快感か、あるいは平民の気まぐれに対する苛立ちか。彼女が何かを言いかけるよりも早く俺は言葉を被せた。

 

 

「決闘の勝者はどんな願いも叶えられるんだよな?」

 

 

 俺の声は自分でも驚くほど低く冷たかった。

 

 

 だがそれはいつもの相手を小馬鹿にする『冷笑』による冷たさではない。もっと芯のある、純粋な怒りにも似た冷徹さだった。

 

 

「心変わりした。だから内容を変える」

 

 

 俺の強い眼差しを受け、エレノアはわずかに目を見開いた後、「はぁ……」と深くひどく疲れたようなため息を吐いた。

 

 

「……いいでしょう。神聖なる決闘の勝者の権利よ。聞き受けましょう。それで何を望むの? さらに多くの金貨か、それとも権力かしら」

 

 

 エレノアの問いに対し、俺は手に持っていた書類を机の上にポイッと放り投げた。

 

 

「家に帰る願いは変わらない。……けど、一生分楽して暮らせる金はいらない」

 

 

「……金がいらない? では、何を──」

 

 

 俺はそこで一旦言葉を区切り、一つ息を吸い込んでからはっきりと告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その代わり……レオナに構ってやってくれ」

 

 

「…………は?」

 

 

 エレノアの口から完全に間の抜けた声が漏れた。常に冷静沈着で、完璧な公爵家当主として振る舞っていた彼女の顔に明確な『困惑』が浮かんでいる。

 

 

「……今、なんと言ったの?」

 

 

「だから、あのポンコツお嬢様に構ってやれって言ってんだよ。仕事が忙しいのか知らねえけど、たまには一緒に飯食うとか、話聞いてやるとか、そういう普通の親らしいことしてやれって言ってんの」

 

 

 俺の口からスラスラと出てくる言葉に、エレノアは信じられないものを見るような目を向けている。

 

 

 無理もない。俺自身、自分がなぜこんなことを言っているのか全く分かっていなかったのだから。

 

 

(……おいおい、マジで何言ってんだ俺)

 

 

 一生遊んで暮らせる大金を蹴ってまで他人の家の家庭事情の改善を願う? 

 

 

 コスパ最悪。タイパ最悪。俺の信条である『徹底した自己中心的なニート生活』から最もかけ離れた愚行だ。

 

 

 純の配信を見て斜に構えて安全圏から他人を冷笑して生きてきた俺が、なんであんな熱血でウザくてただ真っ直ぐなだけのガキのためにこんなお節介を焼いているんだ。

 

 

「……あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」

 

 

 エレノアが探るような目で俺に問いかけてきた。

 

 

「金貨を放棄してまで他人の家族のことに口を出すというの? それがあなたの『願い』だと?」

 

 

 エレノアの問いに対し、俺は何も答えなかった。

 

 

 ただ、真っ直ぐに彼女の目を見据え続ける。俺のその視線が何よりも雄弁に『肯定』を示していた。

 

 

「…………」

 

 

 エレノアはどうしていいか分からないというように言葉に詰まり、視線を彷徨わせた。

 

 

(……なんだよ、その反応)

 

 

 俺からすれば一生遊んで暮らせる大金をポンと渡すことに比べれば、「自分の娘に構ってやる」なんてことは比較にならないほど簡単で、安上がりな願いのはずだ。

 

 

 それなのに、エレノアはまるで国を揺るがすような難題を突きつけられたかのように深く考え込んでしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重苦しい沈黙が執務室に降り積もっていく。

 

 

 やがて、その無言の間にしびれを切らした俺は思わず口を開いた。

 

 

「……なんだよ。そんなに難しいことか?」

 

 

「……」

 

 

「あんた、あいつのことが嫌いなのか?」

 

 

 俺がストレートにそう問いかけた次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

バンッ!!! 

 

 

 

 

 

「──そんなわけないでしょう!!!」

 

 

 

 

 エレノアが勢いよく立ち上がり、両手で執務机を激しく叩きつけた。インク瓶が跳ね、積み上げられていた書類が床にバサバサと散らばる。

 

 

「私が……私があの子を嫌いなわけがないでしょう……っ!」

 

 

 彼女は肩で息をしながら俺をキッと睨みつけた。その瞳には先ほどまでの氷のような冷徹さは微塵もなかった。怒り、焦り、そして隠しきれない愛情が入り混じった、ひどく人間臭い感情が爆発していた。

 

 

「……へぇ」

 

 

 俺は少しだけ目を丸くした。完璧な公爵家当主として常に冷たい仮面を被っていたエレノア。

 

 

 だが今、机を叩いて声を荒げているその顔は──俺がこの屋敷に来てから初めて見る不器用で、娘を想う『普通の母親』の表情だった。

 

 

「……っ、失礼」

 

 

 エレノアはハッとして我に返ると、乱れた前髪を掻き上げ小さく咳払いをした。

 

 

 そして散らばった書類を拾うこともせず、ドサリと椅子に深く腰を下ろした。

 

 

「……取り乱してしまったわ。忘れてちょうだい」

 

 

 彼女はいつもの冷徹な仮面を被り直そうとした。だが、一度決壊してしまった感情のダムはそう簡単には元に戻らなかったらしい。

 

 

 エレノアは両手で顔を覆い、深く、ひどく疲労の滲むため息を吐いた。

 

 

 そして、今まで誰にも言わず一人で抱え込み、我慢してきた感情をすべて解放するかのようにポツリポツリと語り始めた。

 

 

「……5年前よ。本当の当主であった私の夫──あの子たちの父親は平民の女と浮気をしてこの家を捨てようとしたわ」

 

 

「……は?」

 

 

 予想外のドロドロした昼ドラ展開に俺は思わず間抜けな声を漏らした。

 

 

「公爵家の当主が平民の愛人にうつつを抜かし、家を傾けようとした。……だから私があの男を家から叩き出したの。そして私が当主の座に就いた」

 

 

 エレノアは顔を覆っていた手を離し、自嘲気味に笑った。

 

 

「でも、貴族社会は残酷よ。突然トップに立った『女当主』なんて周囲から見れば格好の餌食でしかない。少しでも隙を見せれば親戚や他の貴族たちに舐められ、家を乗っ取られ、すべてを失ってしまう……。だから私は誰よりも完璧で、誰よりも冷徹な『当主』を演じなければならなかった」

 

 

 彼女の言葉には5年間、たった一人で公爵家を背負ってきた壮絶な重圧が滲んでいた。

 

 

「……レオナは真っ直ぐで、感情豊かで、とても優しい子よ。でも、その優しさはこの腐った貴族社会では『致命的な弱点』になる。あの子が次期当主として生き抜くためには甘さを捨て、冷酷な決断を下せるようにならなければならない」

 

 

 エレノアは机の上に置かれた家族の肖像画(おそらく夫の部分が切り取られている)に目を落とした。

 

 

「それに……妹のシルヴィアは魔法も座学も完璧な『天才』よ。周囲の貴族たちはすでにシルヴィアを次期当主に推す動きを見せている。私がレオナを甘やかしてしまえばあの子は『無能な姉』としていずれ家から追放されるか、政略結婚の道具にされるしかないのよ」

 

 

 エレノアの瞳が微かに潤んでいるように見えた。

 

 

「だから、私はあの子に厳しく接するしかなかった。母親として抱きしめてあげたい気持ちを殺して、当主としてあの子を突き放すしかなかった……。あの子が私を恨んでもそれで強く生きていけるならそれでいいと思っていたのよ」

 

 

 すべてを語り終えたエレノアは再び深くため息をつき、自嘲するような笑みを浮かべた。

 

 

「……滑稽でしょう? 娘を守るために娘を傷つけ、結局あの子をあんなに泣かせてしまった。私は当主としても、母親としても……失格ね」

 

 

 執務室に重く、悲痛な沈黙が降りた。

 

 

(……あーあ。マジで重てえわ)

 

 

 俺は頭を掻きむしった。貴族のドロドロしたお家騒動。不器用すぎる親の愛情。そしてそれに振り回される子供。

 

 

 俺が一番関わりたくないコスパ最悪の『面倒くさい人間関係』のフルコースだ。

 

 

「あぁ、そういうノリ……w」

 

 

 俺はわざとらしくいつもの冷笑を浮かべてみせた。

 

 

「……何がおかしいの?」

 

 

 エレノアが微かに怒りを滲ませた声で睨んでくる。

 

 

 だが俺はそんな威圧感などどこ吹く風で、肩をすくめた。

 

 

「いや、マジできちーなと思ってw あんたのその『私が悪者になって娘を守る』みたいな悲劇のヒロインぶってる感じ。見てて痛いんすよw」

 

 

「なっ……! 平民の分際で私を愚弄する気!?」

 

 

「事実だろw 娘を守るために娘を傷つける? コスパ最悪じゃんw 本末転倒もいいとこだろw」

 

 

 俺は鼻で笑いながら容赦なく言葉をぶつけた。

 

 

「結局、あんたが突き放したせいであいつはあんたに認めてほしくて暴走して、今日俺みたいな平民にボコボコにされて泣いてたぞ。あんたのやり方、完全に裏目に出てんじゃん」

 

 

「それは……っ」

 

 

「女当主だから舐められないように? 妹が天才だから厳しくする? ……あーはいはい。そういう貴族のしがらみとかマジでどうでもいいわw」

 

 

 俺は机に手をつき、エレノアの顔を覗き込んだ。

 

 

「舐められたくないならあんたが全部ねじ伏せればいいだけだろ。なんでそのしわ寄せをたかだか12歳のガキに押し付けてんの? あいつが欲しいのは『公爵家当主の評価』じゃなくて、『母親の愛情』だろ。そんな簡単なことも分かんねえのかよお前は」

 

 

「…………っ」

 

 

 エレノアは目を見開き、言葉を失った。俺のあまりにもシンプルで、ドライで、身も蓋もない正論。

 

 

 貴族社会の常識や体裁など一切考慮しない、現代の『コスパ至上主義』的な視点からのツッコミが彼女の心に深く突き刺さったのだ。

 

 

「俺の願いは『レオナに構ってやれ』だ。神聖なる決闘の勝者の権利なんだろ? だったらごちゃごちゃ言い訳してねえでさっさと母親やってこいよ」

 

 

 俺がそう言い放つと、執務室に再び沈黙が落ちた。エレノアは俯き、ギュッと拳を握り締めていた。

 

 

 怒りで俺を処刑しろと叫ぶか? それとも泣き出すか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、数秒後。

 

 

 

 

 

 

「……ふっ、ふふふっ……」

 

 

 エレノアの口から漏れたのは、怒りでも悲しみでもなく、憑き物が落ちたようなとても自然な笑い声だった。

 

 

「あはははっ! ……ふふっ、本当に……私、何をやっていたのかしらね」

 

 

 彼女は目元を拭いながら、心底おかしそうに笑った。先ほどまでの重苦しい空気は嘘のように消え去り、そこにはただの『少し不器用な母親』の顔があった。

 

 

「……ええ、あなたの言う通りね。平民の子供……それも12歳の子供にここまで論破されるなんて、当主失格もいいところだわ」

 

 

 エレノアは立ち上がると俺に向かってとても穏やかな、そして美しい微笑みを向けた。

 

 

「ケイン。あなたの願い確かに聞き入れたわ……ありがとう。私に大切なことを思い出させてくれて」

 

 

「……うおw 急に素直になられても困るんだけどw」

 

 

 俺は照れ隠しのように頭を掻き、視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、これで面倒な家庭の事情も解決しただろう。あとは適当に帰るだけだ。

 

 

「それじゃ、俺はこれで──」

 

 

 俺が背を向けて執務室を出ようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──待ちなさい、ケイン」

 

 

 エレノアの声が再び凛とした『当主』のものに戻っていた。

 

 

 俺が嫌な予感を覚えて振り返ると、彼女は机の上の書類を破り捨て、ニヤリと、それこそ肉食獣のような笑みを浮かべていた。

 

 

「あなたの願いは叶えるわ。レオナにはこれからは母親としてたっぷりと愛情を注ぐわ……でも、それと『これ』は話が別よ」

 

 

「……は?」

 

 

「レオナは決闘に負けた。でも、あの子の『あなたを専属騎士にしたい』という目利きは間違っていなかったようね。……ケイン、あなた士官学校の推薦枠に入りなさい」

 

 

「……はい?」

 

 

 俺の口から今日一番の間抜けな声が漏れた。

 

 

「いやいやいや! ちょっと待てと!!」

 

 

 俺は全力で両手を振り、後ずさりした。

 

 

「話が違うだろ! 俺は決闘に勝ったんだぞ!? 勝者の権利で『家に帰る』って言ったじゃん! なんで士官学校に行く流れになってんの! 意味分かんねえよ!」

 

 

 俺が必死に抗議すると、エレノアは「ふふっ」と余裕の笑みを浮かべた。

 

 

「もちろん分かっているわ。あなたの『家に帰る』という願いは一度は聞き入れたもの。……でも、あなたのその才能をトトリカ村のような田舎で腐らせてしまうのはあまりにも惜しいわ」

 

 

 エレノアは机に肘をつき、両手で顔を支えながら俺を見つめた。

 

 

「強力な固有魔法に洗練された剣術。そして何より……このフレイムハート家当主である私を前にしても一切物怖じしないそのふてぶてしい態度と物言い。貴族の子供たちにはない素晴らしい素質よ」

 

 

「褒められても嬉しくねえよ! 俺はニートになりたいの! 働く気ゼロだから!」

 

 

「それにね」

 

 

 俺の叫びを完全にスルーしてエレノアは言葉を続けた。

 

 

 そしてとても楽しそうに悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

 

「レオナが……私の可愛い娘が、『あいつを専属騎士にしたい』ってワガママを言うなら、可能な限りそれを叶えてあげるのが『母親』でしょう?」

 

 

 パチンッ、と。エレノアは完璧なウインクをして見せた。

 

 

「あ」

 

 

 俺の思考がピタリと停止した。

 

 

(……やられた)

 

 

 特大のブーメランだ。俺がさっき、「娘に構ってやれ」「母親らしいことしてやれ」と偉そうに説教した結果がこれだ。

 

 

 エレノアは『母親として娘の願い(ワガママ)を叶える』という大義名分を手に入れ、それを俺の士官学校入学の口実に使ってきたのだ。

 

 

「……っ、あんた、性格悪すぎだろ……!」

 

 

「あら、公爵家当主たるものこれくらいの強かさがなければ務まらないわ。優秀な人材をタダで娘の護衛につけられるのだからこれほど良い話はないわね」

 

 

 エレノアはクスクスと笑いながら、新しい羊皮紙を取り出しサラサラと何かを書き始めた。おそらく士官学校への推薦状か何かだろう。

 

 

「マジで最悪だわ……」

 

 

 俺は天を仰ぎ、今日一番の深いため息を吐いた。他人の家の事情に首を突っ込んだばかりに、俺の『実家で一生ニート計画』は完全に崩れ去ってしまった。

 

 

「さあ、そうと決まれば善は急げよ。セバス! セバスチャン!」

 

 

 エレノアが声をかけるとすぐに執務室の扉が開き、セバスチャンが一礼して入ってきた。

 

 

「お呼びでしょうか、奥様」

 

 

「ええ。ケインがレオナと共に士官学校へ入学することになったわ。急いで入学の手続きと彼の制服の採寸を進めなさい」

 

 

「……おや」

 

 

 セバスチャンは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにすべてを察したようにニコリと満面の笑みを浮かべた。

 

 

「かしこまりました。……素晴らしいご決断です、ケイン様」

 

 

「決断してねえよ! 勝手に決められたんだよ!」

 

 

 俺の叫びも虚しく、セバスチャンは「ささ、こちらへ」と俺の背中を押し始めた。

 

 

「待て、離せ! 俺は帰る! トトリカ村に帰るんだぁぁぁっ!!」

 

 

「ふふっ、これからの5年間レオナのことをよろしく頼むわね。ケイン」

 

 

 エレノアの楽しそうな声と、セバスチャンの有無を言わさぬ圧力に押し流されながら俺は執務室から引きずり出されていった。

 

 

 こうして、俺の平和なニート生活の夢は儚く散り、面倒くさい公爵令嬢の『専属騎士』として帝国騎士養成学校という名の地獄へ叩き込まれることが確定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数週間が経った。

 

 

 結局、あの後エレノアと改めて交わした『決闘の勝者としての願い(という名の妥協案)』は、以下のような内容に落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 一、ケインはフレイムハート家に住み込み、レオナの専属騎士として士官学校に通う。ただし、一週間に一回はトトリカ村の実家へ帰ることを許可する。

 二、エレノアは当主としてではなく『母親』として、レオナとシルヴィアに無償の愛を注ぐこと。

 三、この契約(および決闘の真の結末)は関係者以外他言無用とし、誰にも話してはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……いや、マジで『神聖なる決闘』とは何だったのか)

 

 

 王家すら覆せない絶対の誓約とか言っていたくせに、蓋を開けてみればただの家族会議みたいなノリで条件が書き換えられてしまった。全力でツッコミを入れたかったが、そもそも大金を蹴って「娘に構ってやれ」なんて余計なお世話を焼いたのは俺自身だ。これ以上強く言える立場になかった。

 

 

 そして俺が士官学校に通うことになったと知った時のレオナの反応は凄まじかった。

 

 

「やったぁぁぁっ!! やっぱりお前は私の専属騎士だ!!」と、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら俺に飛びついてきて、危うくスコップで迎撃しそうになったほどだ。

 

 

 さらに、エレノアが5年前のような『優しい母親』に戻ったことに対するレオナの驚きと喜びも相当なものだった。

 

 

 最初は「お母様が……笑っている……? 明日、世界が滅ぶのか……?」と本気で怯えていたが、エレノアが泣きながら「今までごめんなさい」と抱きしめると、レオナも声を上げて嬉し泣きした。

 

 

 親子の感動の和解シーン。まあ、俺からすれば「あぁ、そういうノリ……w」としか言いようがない、タイパ最悪の昼ドラ展開だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、一つだけ気がかりなこともあった。

 

 

 妹のシルヴィアだ。

 

 

 あの感動の和解劇の中でも、彼女は廊下で会った時と変わらずふーんと興味なさそうにしているだけだった。

 

 

 後でエレノアに理由を聞くと、シルヴィアはレオナ以上に父親に懐いていたらしい。だからこそ、父親が浮気をして家から追い出されたショックで心を閉ざしてあんな風になってしまったのだという。

 

 

(……まあ、そんな面倒くさい家庭の事情はともかく)

 

 

 今、肝心なのは俺の現状だ。

 

 

 

 

 ガタゴト、ガタゴト。

 

 

 

 

 俺は今、フレイムハート家の豪華な馬車に揺られながら王都の中心部へと向かっている。

 

 

 そう、今日は『王立グラン・レガリア士官学校』の入学式なのだ。

 

 

「それでな! 士官学校には全国から優秀な貴族や平民が集まってくるらしいのだ! 私とお前で全員ぶっ倒して首席を取ってやるからな!」

 

 

「うゆ」

 

 

「特に気をつけなければならないのは四大公爵家の連中だ! あいつらはプライドが高いから平民であるお前を馬鹿にしてくるかもしれない。だが安心しろ! その四大公爵家のうち一人、フレイムハート家のレオナ様が専属騎士を侮辱する奴は私が丸焦げにしてやる!」

 

 

「うゆ」

 

 

 隣に座るレオナは真新しい士官学校の制服(赤と黒を基調とした無駄に派手なデザインだ)に身を包み、朝からずっと俺に向かって喋り続けている。

 

 

 俺は窓の外を眺めながらすべて「うゆ」という極限まで省エネな相槌でかわしているのだが、彼女は余程楽しみなのか俺の塩対応など全く気にしていない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく馬車に揺られていると、窓の外の景色が王都の賑やかな市街地から少し落ち着いた、しかしどこか厳かな雰囲気の漂う区画へと変わっていった。

 

 

 やがて視界の先にとてつもなく巨大で立派な建物が見えてきた。

 

 

 高い城壁に囲まれ、中央には天を突くような尖塔がそびえ立っている。門の周辺には馬車で乗り付けてきた若者たちの姿が多数見受けられた。

 

 

(……でけー建物だな。どこの城だよ)

 

 

 俺がぼんやりとそんなことを思っていると、馬車はゆっくりとその巨大な門の前で停車した。

 

 

「……まさか」

 

 

 俺は嫌な予感を覚え、いつの間にか俺の肩に寄りかかって口を開けて爆睡していたレオナの肩を容赦なく揺さぶった。

 

 

「おい、起きろポンコツ。よだれ垂らすな」

 

 

「むにゃ……? な、なんだ……敵襲か……!?」

 

 

「違うわ。……おい、もしかしてこの無駄にデカい建物がこれから通う学校なのか?」

 

 

 俺が窓の外を指差して問うと、レオナは寝ぼけ眼をこすりながら窓の外を見てパァッと顔を輝かせた。

 

 

「そうだぞ! ここが『王立グラン・レガリア士官学校』だ! どうだ、すごいだろう!」

 

 

 レオナは自分の手柄でもないのになぜか得意げに胸を張った。

 

 

 俺は素直に驚いていた。

 

 

 前世で通っていた大学もそこそこ広かったが、目の前の建物はそれ以上の広大な敷地面積を誇り、外壁の装飾から門の造りに至るまですべてが異常なほど豪華だった。

 

 

 こんな場所に5年間も通うのかと思うと、それだけで気が遠くなりそうだ。

 

 

 ガチャッ。

 

 

 俺が絶望していると馬車のドアが開き、御者台から降りてきたセバスチャンが顔を出した。

 

 

「お着きになりましたよ、ケイン様、レオナお嬢様」

 

 

 セバスチャンはいつもの穏やかな笑顔で俺たちに降りるよう促した。

 

 

「よし! 行くぞケイ! 私たちの輝かしい学園生活の始まりだ!」

 

 

 レオナは元気よく馬車から飛び降りると大きく伸びをした。

 

 

 俺は「たはは……」と深いため息を吐きながら、泥土の聖刃を肩に担いでのそのそと馬車を降りた。

 

 

「セバスチャン、送ってくれてありがとうな!」

 

 

「いえいえ。お嬢様、そしてケイン様。どうかお怪我のないよう実りある学園生活をお送りください。……奥様もお二人の活躍を心から楽しみにしておられますよ」

 

 

 セバスチャンが恭しく一礼すると、レオナは少しだけ照れくさそうに「う、うむ! お母様にもよろしく言っておいてくれ!」と笑った。

 

 

「それじゃあ行くぞケイ!」

 

 

「…うゆ」

 

 

 俺は気怠げに返事をし、今後の事を思うと憂鬱になりながらもレオナの後ろを歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました!

衛兵に説教される貴族……どんな状況だよw

そして次回からついに『王立グラン・レガリア士官学校入学編』へとなります!

今後の展開も是非お楽しみにお待ちください!

また感想や評価も是非お待ちしております!
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