機動戦士ガンダム とあるアクシズの超電磁砲 〜あたしはニュータイプ、指先ひとつで宇宙世紀を撃ち抜く電撃使い〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
片付いたと思った事件は、たいてい、片付いていない。それがアクシズの流儀だ。
宇宙世紀0088年。第13レーザー通信塔・頂上部。ローレンが倒れ、マスター・ユニットが沈黙した——その瞬間。
「な、なんですの……空間が、歪んでいますわ!」
キャラ・スーンが、震える指で虚空を指した。ネットワークに繋がれていた1万人分の思念波が、行き場を失って1つに溶け合い、どす黒い光を放つ巨大な異形へと変貌していく。
特定のパイロットの意志を持たない、純粋な渇望と負の感情が物理的な質量を得た怪物——サイコ・シャドウ。1万人分の脳波が並列化したことで生じた、宇宙世紀史上最悪のサイコ・フィールドの暴走体だ。
『プルさん、大変です!末端の犠牲者たちの脳波が臨界点を超えています!あの怪物を今すぐ霧散させないと、1万人全員の精神が焼き切れます!』
「……あたしが止める!誰かの道具にされたみんなの心が、あんなバケモノのまま終わるなんて、許さないんだから!」
あたしは、バイオ・センサーを最大出力で解放し、光り輝く異形の懐へ飛び込んだ。凄まじいプレッシャーが全身を押し潰そうとする。1万人分の「力が欲しい」「認められたい」という悲鳴が、濁流となって脳内へ直接流れ込んでくる。
「くっ……痛い、痛いよ……でも、逃げない……逃げないんだから!」
歯を食いしばり、自分の純粋な生命エネルギー(オーラ)を放射する。けれど、1人分の感応波では、1万人の絶望に飲み込まれそうになる。
そのとき、聞き慣れた怒鳴り声が、空を割った。
「プル!下がってろ!」
「ジュドー!?その機体——!」
妹を助け出したジュドーが、潜入時にアクシズの物資に紛れ込ませ、隠しておいた自分の機体——傷だらけのΖガンダムを起動し、通信塔へ強襲をかけてきたのだ。エゥーゴのパイロットとしての、彼の本当の力。
「妹はキャラのやつに預けた!あとは——こんな悲しい気の塊、俺がぶっ叩いてやる!」
ジュドーはΖガンダムから飛び降り、生身で異形の核へ右手を突き出した。その瞬間、あたしは見た。彼の指先から放たれる、あらゆる邪悪な思念を拒絶するような、真っ白で強烈なプレッシャーを。
「そのふざけた絶望を、まずは俺がぶち壊す!」
ジュドーの「生きたい」という真っ直ぐな意志が、異形の核に直接干渉する。1万人の負のエネルギーが、彼の右手に触れた瞬間に霧散していく。
「今だ、プル!トドメを刺せ!」
「うん……わかった、いっけぇーっ!」
あたしは自分の精神を、巨大なパラボラアンテナと直結させた。ジュドーが開けてくれた救いの道に、ミリィの正常化プログラムを乗せて解き放つ。虹色のサイコ・フィールドがアクシズ中に広がり、1万人分の思念が安らぎを得ると同時に、巨大な怪物は霧が晴れるように消滅した。
「プル、怪我はねえか」
Ζガンダムを物陰に隠し、駆け寄ってきたジュドーが、ぶっきらぼうな笑顔で手を差し出す。あたしはその手を握り、ようやく夜明けが来たことを実感した。——敵同士のはずの、あたしとこの子が、こうして背中を預け合っている。それが、なんだかとても、あたたかかった。
——けれど、その日の深夜。事件の後片付けが続くアクシズの路地裏。1人の大人が、暗がりに立つ小さな影を見つけた。
「おい、そこのお嬢ちゃん。危ないよ、早く帰りなさい」
影が、ゆっくり振り返る。そこには、あたし——エルピー・プルと、寸分違わぬ顔をした少女が、無機質な瞳で立ち尽くしていた。ローレンの漏らした起動信号で、たった1体だけ、目覚めてしまった妹。
「……個体識別番号、プルツー。起動を、確認。……姉さんの、いる、世界。……観測、開始。オーバー」
少女の周りの空気が、一瞬で凍りついた。あたしの天真爛漫な輝きとは対照的な、ただ兵器として調整された冷酷な殺意。……でも、その紅い瞳の、いちばん奥に。ほんの少しだけ、迷子のような、寂しさが、滲んでいた。
大人が困惑して目を離した一瞬の隙に、少女の姿は闇に溶けていた。「プルツー」と名乗った、あたしの最初の妹が。静かにその牙を、剥き始めていた。