機動戦士ガンダム とあるアクシズの超電磁砲 〜あたしはニュータイプ、指先ひとつで宇宙世紀を撃ち抜く電撃使い〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
――その頃、旧司令部の地下深く。
一人の少年が、自動販売機の前に立っていた。灰色の髪、赤い瞳。感情の読めない、静かな表情。彼こそが、コードネーム『アクセラレータ』――ヴァイス・アイフェルだった。
「……小銭、足りねえな」
彼のポケットには、わずかなコインしかなかった。自動販売機のパネルに映る、ソーダの絵柄をじっと見つめる。
「……姉さん」
不意に、背後から声がした。振り返ると、そこにはミーとよく似た――いや、まったく同じ顔をした、別のプル・シリーズの少女が立っていた。
「……ああ、お前か。何の用だ」
「……観測。あなたの行動データを、収集している」
「相変わらず、ろくでもない役目だな」
ヴァイスは、自嘲するように笑った。彼自身も、望んでこの力を与えられたわけではない。強化人間としての改造手術。あらゆる攻撃を反転させる、恐ろしい力。だが、それと引き換えに、彼の心は、少しずつ摩耗していった。
「……お前ら、いつも俺を〝観測〞してるけど。……何が見えるんだ、俺の何が」
「……孤独」
少女の一言に、ヴァイスは一瞬、言葉を失った。
「……そうかよ」
「あなたは、いつも一人。……誰にも、心を許さない。……でも、時々、こうして自動販売機の前で、立ち止まる」
「……コインが足りねえだけだ」
「……違う。あなたは、〝普通〞に憧れている。ただ、お金を払って、飲み物を買うだけの、普通の行動に」
図星を突かれ、ヴァイスは黙り込んだ。改造されて以来、彼にとって「普通」という言葉は、ひどく遠いものになっていた。
「……うるせえ」
彼は、そのままポケットの小銭を数え直し、自動販売機に投入した。ガコン、という音とともに、缶が転がり落ちる。
「……買えたか」
「……ああ」
ヴァイスは缶を拾い上げ、プルタブを開けた。炭酸の音が、静かな地下通路に響く。
「……お前も、飲むか」
少女は、少し戸惑った様子を見せた。
「……命令に、その項目はない」
「知るかよ。命令じゃなくて、俺が誘ってんだ」
彼は、もう一本、財布の中の最後の小銭を数え、二本目の缶を買った。それを、少女に差し出す。
「……ほら」
少女は、恐る恐る缶を受け取った。その手が、微かに震えていた。
「……これは……何のために」
「何のためもねえよ。ただ、一緒に飲みたかっただけだ」
ふたりは、しばらく無言のまま、缶を傾けた。炭酸の泡が弾ける音だけが、静かに響く。
「……美味しい」
「……そうかよ」
ヴァイスは、微かに、口の端を上げた。
「……なあ。お前、名前とかねえのか」
「……ない。個体識別番号、○六」
「……そうか。じゃあ、これからは、ロクって呼んでいいか」
少女は、その響きを、確かめるようにゆっくりと繰り返した。
「……ロク。……私の、名前」
「気に入ったか」
「……うん。……気に入った」
初めて見せた少女の微笑みに、ヴァイスは、少しだけ驚いたような顔をした。
「……姉さんが、来る。ここに」
少女がぽつりと呟いた。ヴァイスの表情が、瞬時に引き締まる。
「……そうか。……そりゃあ、面倒なことになりそうだ」
「止めるの?」
「……さあな。俺は、命令に従うだけの、道具だ」
そう言いながらも、ヴァイスの声には、どこか迷いが滲んでいた。彼自身も、まだ気づいていなかった――自分の中に芽生え始めた、小さな感情の変化に。
「……まあ、来るなら来い。相手にとって不足はねえ」
彼は、空になった缶を握りつぶし、地下通路の奥へと視線を向けた。
「……なあ、ロク」
「……なに」
「もし、俺がここを出て行くことになったら、お前は、どうする」
その問いに、ロクは、しばらく考え込んだ。
「……わからない。……でも、姉さんが一緒なら、どこでも、いい」
「姉さん、ね」
ヴァイスは、少し複雑な表情を浮かべた。プル・シリーズの子どもたちにとって、あたし――エルピー・プルの存在は、絶対的な光なのだろう。彼自身には、そんな存在は、いなかった。
「……羨ましいな、正直」
「……ヴァイスにも、姉さん、いる?」
「……いねえよ。俺は、実験室で目が覚めた時から、独りだった」
その言葉に、ロクは、何か言おうとして、結局、黙り込んだ。かわりに、そっとヴァイスの服の袖を、指先で摘まんだ。
「……なんだよ」
「……独りじゃ、ない。……私が、いる」
ぶっきらぼうな慰めだったが、ヴァイスの胸の奥に、確かに温かいものが灯った。
「……ふん。生意気言うようになったな」
そう言いながらも、彼の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
ロクは、ヴァイスの隣に、そっと腰を下ろした。
「……ヴァイス、怖くない?」
「……何がだよ」
「……姉さんと、戦うこと」
ヴァイスは、しばらく黙り込んだ。その沈黙こそが、答えだった。
「……正直、怖いよ。……あいつの目、まっすぐすぎて、見てると、なんか、落ち着かなくなる」
「……そう」
「でも、逆らったら、俺もお前らも、どうなるかわからねえ。……テレスティーナは、そういう女だ」
ロクは、じっとヴァイスの横顔を見つめていた。
「……ヴァイスが、選ぶこと、私、応援する」
「……生意気な口をきくようになったな、お前」
そう言いながらも、ヴァイスの表情には、確かな温かさが宿っていた。地下通路の奥、決戦の時は、刻一刻と迫っていた。