機動戦士ガンダム とあるアクシズの超電磁砲 〜あたしはニュータイプ、指先ひとつで宇宙世紀を撃ち抜く電撃使い〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
先に言っておく。「またね」は、いちばん簡単で、いちばん守りにくい約束だ。
あたしは、その日、それを嫌というほど思い知らされた。
廃倉庫に、白い煙が立ちこめていた。
「げほっ、げほっ……」
エルは、咳きこみながら、縛られていた縄から腕を抜いた。
目の前には、フレンダ・カイエンが、ぜえぜえと息を切らして立っている。
「大丈夫、エル?」
「う、うん。……ありがとう、フレンダ」
「礼なんていらない訳よ。あんたには、鯖缶の恩があるんだから」
フレンダは、にっと笑って、ぐっと親指を立てた。
その背後で、黒ずくめの男たちが、あちこちで倒れている。
「それより、さっさと逃げるよ! 援軍が来る前に!」
「待って、ウルフは?」
「あれは、ちょっと用事があって、今は追ってこない。……たぶん」
たぶん。
その二文字が、エルの胸に、ひっかかった。
夜。
宇宙港の近くの、小さな公園。
ふたりは、ベンチに並んで座っていた。
「やっと落ち着いたあ……」
エルは、背もたれに、ぐったりと体を預けた。
「ねえフレンダ。お腹すかない?」
「すいた訳よ! 鯖缶、持ってる?」
「あるよ。助けてくれたお礼に、ここで、鯖缶パーティしちゃおう」
「やったあ!」
フレンダの目が、きらきらと輝いた。
屋台で買ったパンに、鯖缶を乗せて、ふたりは、ぱくりとかじりつく。
「おいしいー!」
「でしょ! 実は、特製のレモン汁をかけると、さらに味が上がるの」
「天才か!」
笑い声が、夜の公園に、あたたかく広がった。
その時だった。
ぱん、と乾いた音が、闇を裂いた。
「っ……!」
フレンダの肩から、赤いものが、ぱっと散った。
「フレンダ!?」
「伏せて、エル!」
フレンダは、エルの身体を、ぐいっと地面に押し倒した。
二発目の銃声が、ベンチの背もたれを、砕いた。
「……来たわね。狩人が」
フレンダの声が、低く落ちた。
その目から、さっきまでの無邪気な光が、すうっと消えていた。
街の灯りの中に、ふたりは駆けこんだ。
人混みの中でも、狙撃は止まらない。
『逃げても無駄だ』
どこかの暗がりから、冷たい声が、風に乗って届く。
ウルフ。
スペースウルフ隊の、数少ない生き残り。
隊長だったラカン・ダカランに叩きこまれた、冷酷な狙撃手。
「くっ……罠も、フェイントも、ぜんぶ読まれてる」
フレンダは、爆弾を仕込んだ路地を、次々と、読み切られて抜けられた。
「あいつ、あたしと同じ匂いがする。……獲物をもてあそぶ狩人の匂い」
「フレンダ、肩、血が……!」
「大丈夫。これくらい、なんともない」
大丈夫なはずがなかった。
フレンダの顔は、真っ白だった。
エルは、唇を噛みしめて、ぎゅっと拳を握った。
――あたし、足手まといだ。
その考えが、頭に浮かんだ時、口が勝手に動いていた。
「ねえ、フレンダ」
「なに」
「あたしが、囮になる」
「は?」
フレンダが、目を丸くした。
「何言ってるの、エル! あんたが捕まったら、何をされるか!」
「でも、このままじゃ、ふたりとも死んじゃう!」
「だからって、友達を囮に出来る訳ないじゃない!」
怒鳴られて、エルは、息を呑んだ。
でも、その瞳は、まっすぐだった。
「……友達、って言ってくれたね」
「あ」
フレンダの顔が、ぽっと赤くなった。
「ち、違う! 今のは、言葉のあやで!」
「ううん。うれしい」
エルは、にこっと笑った。
「だから、あたしにも、友達を守らせて」
数秒の、沈黙。
やがて、フレンダは、深いため息をついた。
「……あんた、ほんとにお人好しね」
「よく言われる」
「ちょっと待ってて」
フレンダは、スカートの下から、ちょこんと小さなロボットを取り出した。
丸い身体に、ぱたぱた動く耳。
ハロ。
「これ、爆弾に見えるように細工してあるの。……本物の爆薬は、入ってないけど」
「それを、あたしが持つのね」
「そう。あいつの狙いを、そっちに引きつける。その隙に、あたしが背後から仕掛ける」
エルは、ハロを、ぎゅっと抱きしめた。
『ハロ、ハロ』
「うん。よろしくね」
フレンダは、エルの頭を、ぽん、と撫でた。
「約束して。絶対、無茶しない」
「約束する」
「それと」
フレンダは、少しだけ、ためらってから、口を開いた。
「……この件が終わったら、1週間後に、またここで会おう。今度は、あたしが、特製の鯖缶カレー、作ってあげる訳よ」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。だから、生きて、ここに来なさい」
「うん!」
エルは、満面の笑みで、うなずいた。
それが、ふたりの交わした、最後の約束になるなんて、その時は、まだ、知らなかった。
その後のことは、あまり、覚えていない。
ハロを抱えて走ったこと。
銃声が、すぐ耳元を、かすめていったこと。
背後で、爆発の閃光が、夜空を白く染めたこと。
倒れたウルフの前で、フレンダが、ぜえぜえ息を切らして立っていたこと。
「……お見事だ」
ラカンが、血を吐きながら、笑った。
「だが、次は、こうはいかん」
「次なんて、ないわよ」
フレンダは、静かに答えた。
そして、エルの方を、振り返った。
「Ha det bra」
聞き慣れない、異国の言葉。
「なにそれ?」
「さよなら、って意味。……昔、どこかの国の女の子に、教わったの」
フレンダは、肩をすくめて、笑った。
「でも、あたしたちには、必要ないよね。だって、また、1週間後に、会うんだから」
「うん。また、1週間後に」
ふたりは、手を振って、別れた。
1週間後。
エルは、約束の公園のベンチに、座っていた。
ひとりで。
ドームの人工の夕日が、ゆっくりと、沈んでいく。
フレンダは、来なかった。
その次の日も。その次の日も。
メッセージ・アプリに、何度送っても、既読は、つかなかった。
「……ばか」
エルは、ベンチの上に、小さな鯖缶を、そっと置いた。
「約束、したのに」
風が、静かに、頬をなでていった。
遠くで、小さなドローンの電子音が、ひとつ、鳴いた。