機動戦士ガンダム とあるアクシズの超電磁砲 〜あたしはニュータイプ、指先ひとつで宇宙世紀を撃ち抜く電撃使い〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
先に言っておく。悪者になる人の理由が、必ずしも悪いとは限らない。
あたしは、その日、そのことを思い知らされた。
宇宙港の裏手の、人気のない広場。
ドームの人工の夜風が、冷たかった。
「……あなたが、依頼人の使い、ね」
リョウコ・クリバリ博士は、ベンチに腰かけて、静かに微笑んだ。
あの研究所の騒ぎのあとで、あたしの方から連絡を取った。
彼女は、少しも逃げようとしなかった。
「あのコピー、どうなってるんですか」
「ドッペルゲンガー、のこと?」
博士は、膝の上で、そっと指を組んだ。
「あの子はね、もともと、あたしの『魂』の複製なの。身体は機械だけど、中身は、あたしと同じ」
「魂って……そんなもの、本当にコピーできるんですか」
「理屈の上では、ね。でも、問題が起きた」
博士は、静かに目を伏せた。
「複製された魂は、身体を持たない時間が長いと、周囲のあらゆるものに、乗り移ってしまうの」
「乗り移る……」
「機械でも、道具でも、乗り物でも。……放っておけば、いずれ、この街ぜんぶを呑みこんでしまう」
ぞっとした。
「だから、『インディアン・ポーカー』を作ったの。魂が迷子にならないように、夢の中に、居場所を用意するために」
「居場所を、夢の中に」
「ええ。……少なくとも、あたしは、そう信じてた」
博士の声が、かすかに震えた。
どこか釈然としない。
でも、その瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
「どうして、そんな実験を」
あたしが、そう聞くと。
博士は、ふっと笑った。
「母がね、もう長くないの」
「え」
「ずっと、あたしを育ててくれた人。……その人を、どうしても、助けたくて」
あたしは、言葉を失った。
「ごめんなさいね。変な話を聞かせて。……もう、行くわ」
博士は、立ち上がって、ゆっくりと歩き出した。
その背中が、ひどく小さく見えた。
あたしは、声をかけようとして、出来なかった。
暗がりの中を、博士は、ひとりで歩いていた。
その前に、すっと、人影が立ちはだかった。
白衣の女性。
けれど、右腕と左脚は、ぎらぎらと光る金属で出来ている。
ドッペルゲンガー。
「……やっと、見つけた」
金属の唇が、にたりと笑った。
「わたしが、本物。あなたは、偽物」
「やめなさい。あなたは、わたしが作った……」
その瞬間だった。
闇の中から、黒い影が、次々と飛び出してきた。
「目標、確認」
「回収する」
武装した、4つの人影。
あの時、研究所に踏みこんできた集団だ。
屍喰部隊。
ネオ・ジオンの残党の中でも、とりわけ汚れ仕事を請け負う、非公式の回収部隊。
「捕獲しろ」
リーダー格の女が、冷たく命じた。
リタ。
その部隊の指揮官だ。
4人が、一斉に、ドッペルゲンガーへ飛びかかる。
けれど。
『触らないで』
ドッペルゲンガーが、手をかざした、その瞬間。
屍喰部隊の持つ銃が、ひとりでに、彼女たち自身へ向いた。
「な……っ!?」
「武器が、乗っ取られた!?」
悲鳴が、夜の広場に響いた。
あたしが駆けつけた時には、すでに、地獄絵図だった。
地面に倒れた隊員たち。
その中心で、ドッペルゲンガーは、辺りの金属を、ぐにゃりと自分の身体に取りこんでいた。
街灯。ベンチ。放置された、小型の作業用機械。
それらが、彼女の身体に、じゅるじゅると溶けこんでいく。
「うそ……」
『もっと』
おぞましい声が、広場に響いた。
『もっと、わたしに、ちょうだい』
「やめて!」
あたしは、ドッペルゲンガーの前に、割って入った。
「博士を、返して!」
『博士?』
金属の女が、首をかしげた。
『わたしが、博士。あの女が、偽物』
「違う!」
あたしは、叫んだ。
「あなたは、博士じゃない。あなたは、博士が、お母さんを助けたくて、作った、もうひとりの命でしょう!」
ドッペルゲンガーの動きが、止まった。
その隙に、あたしは、倒れていた博士を抱き起こした。
「……ありがとう」
博士は、かすれた声で言った。
「あの子に、そんな風に言ってくれたの、あなたが、初めてよ」
その時、背後から、ばきばきと嫌な音がした。
振り向くと、部隊のひとり、セイガが、よろよろと立ち上がっていた。
「……邪魔をするな。その女は、わたしたちの獲物だ」
「獲物なんて言わないで」
あたしは、ゆっくり、セイガに向き直った。
「この人は、あなたたちの道具じゃない」
「ふん。子どもに、何が分かる」
セイガの手が、腰のナイフに伸びる。
あたしは、身構えた。
彼女の足元に、すっと、小さなものが転がった。
丸い身体に、ぱたぱた動く耳。
ハロ。
『ハロ、ハロ。ゴ注意ヲ』
次の瞬間、ハロが、ぱっと眩しい光を放った。
「うわっ!?」
セイガが、目をつむる。
その隙に、あたしは、彼女の腕を取って、地面に組み伏せた。
「お仕置き、って、言ったでしょう」
セイガが、悔しそうに呻いた。
「くっ……!」
息を整えて、あたしは、顔を上げた。
その視線の先で。
ドッペルゲンガーが、ゆっくりと、身体を膨らませていた。
街灯も、ベンチも、作業機械も、すべてを呑みこんで。
巨大な、金属の塊が、夜空に向かって、そびえ立つ。
『わたしが、本物』
その声は、もう、人間のものではなかった。
『この街も、わたしのもの』