Muv-Luv OPERATION:LAST KISS   作:ババンババンバン

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会話ログ【医療班班長とイングラハムの会話】

《ログ再生開始》

"ドアの開く音"

イングラハム
「医務室使用許可願の提出に参りました」

班長
「ああ、3番医務室でしたら現在は空いていますので問題ありませんよ」

"書類をめくる音"
"ペンを走らせる音"

イングラハム
「ありがとうございます。それと、例の装置の使用許可もお願いしたいのですが」

班長
「なにっ」

"椅子から立ち上がる音"

班長
「...尋問ですか。私も同行しましょう」

イングラハム
「なんでそんなに嬉しそうなんですか。違いますよ」

班長
「そんなぁ...」

イングラハム
「露骨に落ち込まないでください。サインをお願いします」

班長
「はいはい...」

"書類にサインする音"

イングラハム
「ありがとうございます。それでは」

"ドアの開く音"
"ドアの閉まる音"

班長
「...俺に、俺に尋問をさせろぉ...!」

《ログ終了》


束の間の帰還

AC.2004.02.13

【日本帝国/ヘイムダル級・医務室】

 

「人間は忘れたと思っていても、実際には記憶の痕跡が脳内に残存しているケースがあります」

 

イングラハムは端末に表示された脳科学の資料を操作しながら説明を続ける。

 

「特に強い印象を受けた出来事や情報であれば、その傾向はさらに顕著です」

「つまり?」

「武さんの脳内には、その数式に関する情報が今も残っている可能性が高いということです」

「なるほど。それで、その記憶を掘り起こす、と」

「ええ」

「そのために――尋問技術を応用します」

「今、物騒な単語が聞こえたんだが」

 

武が即座に反応する。

しかしイングラハムは気にした様子もなく話を続けた。

 

「薬剤によって意識を変性状態へ誘導し、その後、催眠誘導を併用します」

「そうすることで、通常の意識状態では辿り着けない記憶領域へアクセスできる可能性があります」

「へぇ...面白そうじゃない。続けて頂戴」

 

イングラハムは頷くと、端末に表示されたフローチャートを操作しながら説明を続ける。

 

「まず薬剤を投与し、被験者を半催眠状態へ移行させます」

「その後、特定の記憶へ意識を誘導し、対象となる情報へのアクセスを試みます」

「そして、記憶の再生に伴って活性化した脳内情報を専用機器で読み取り、電子データとして記録・解析します」

「つまり、武の脳内に残っている数式の記憶を直接抜き出すわけね」

「概ねその認識で問題ありません」

「記憶そのものを完全に再現できる保証はありませんが、断片的な情報であっても回収できる可能性は十分にあります」

「なるほどねぇ...私たちの世界にも催眠や薬物を利用して記憶を引き出す技術は存在するけれど、基本的には本人の証言を口頭で聞き出すのが限界」

「記憶情報そのものを読み取って電子データとして書き起こすなんて、やっぱり貴方たちの世界の技術は進んでいるわね~」

 

その言葉に、イングラハムは小さく首を振った。

 

「私たちの世界でも一般的な技術というわけではありません」

「高度な設備と専門知識が必要ですし、情報の再現精度にも限界があります」

「それでも十分すぎるわ」

 

夕呼はそう言いながら、武へ視線を向ける。

その目は完全に研究対象を見るものだ。

 

「さあ白銀、覚悟はいいかしら?」

「えっ!ちょっ────」

 

武の抗議が部屋に響くが、残念ながら誰一人として計画を中止する気はなさそうだった。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2001.12.13

【日本/白陵大付属柊学園・物理準備室】

 

「そう!この新解釈によって生み出された式によって────」

「って、白銀?なにぼーっとしてんのよ」

「──へっ?」

 

気が付くと、武は椅子に座り自慢げな表情を浮かべた夕呼の説明を受けていた。

 

「ちょっと大丈夫?まだ序盤も序盤よ~?」

 

混乱したまま、武は周囲を見渡した。

見慣れた天井、使い古されたボード、雑多に散らばった夕呼の私物。

何もかもが記憶の中にあるままの物理準備室。

あまりにも懐かしく、そして現実感のない光景だった。

 

「うそ...だろ...?」

「まさか俺...元の世界に戻ってきたってのか...!?」

 

半ば転げ落ちるように椅子から降り、武は手当たり次第に部屋の物へ触れていった。

果ては自分の頬まで抓る。

触感がある。温度がある。現実感がある。

 

「本物だ...」

 

武の声が震える。

 

「本当に俺、戻って――」

「ていっ」

 

ガスッ!!

 

「の゛ッ...!」

 

武の頭頂部に夕呼の手刀が炸裂する。

 

「な、何するんですか!」

「こっちの台詞よ。急に立ち上がったと思ったら、その辺の物をベタベタ触り始めるし、挙げ句の果てには自分の頬まで抓り始めるんだもの」

「えっ...あっ!いや、その...」

 

武はしどろもどろになる。

だが、夕呼の反応を見れば見るほど、胸の鼓動は速くなっていった。

目の前にいる夕呼は、間違いなくあの頃の夕呼だ。

この部屋も、この空気も、この何気ないやり取りも、すべてが武の知る記憶と寸分違わない。

だからこそ武は混乱していた。

これは記憶なのか、夢なのか。

それとも本当に、自分はかつていた世界へ戻ってしまったのか――

 

「...ねぇ」

「へっ?」

 

不意に夕呼が武の顔をじっと見つめる。

 

「突然で悪いんだけど、アンタ背ぇ伸びた?」

「なんか、心なしか体つきも前よりがっしりしてるように見えるし」

 

夕呼は椅子から立ち上がると、武の周囲をぐるりと見回しながら首を傾げた。

 

「前はもう少しひょろっとしてたわよね?」

「え、えぇ?」

 

武は思わず自分の身体を見下ろす。

 

「いや、そんなこと...」

「あるわよ」

 

夕呼は即答した。

 

「肩幅も広くなってるし、腕も太くなってる。鍛えてる人間の体つきって感じね」

 

そして、ふと怪訝そうな顔になる。

 

「それに、なんか雰囲気も変わったわね」

「前より妙に落ち着いてるというか...」

「まるで、何年も戦場を渡り歩いてきた兵士みたいな顔してるわよ?」

 

その何気ない一言に、武は思わず息を呑んだ。

――何年も戦場を渡り歩いてきた。

その通りだ。

この世界の夕呼には知る由もないが、今の白銀武は、かつての白銀武ではない。

幾多の戦場を駆け抜け、仲間との別れと再会を経験し、異世界での戦いを経てきた男だった。

 

「そ、そのことなんですが...先生に聞いてほしいことがあるんです」

「なによ、急にかしこまっちゃって」

「言っておくけど、交際の申し込みはナシよ? 年下は、まりもと違って私の守備範囲外なんだから」

「違いますって!取りあえず、笑わないで聞いてくださいよ」

「はいはい、分かった分かった...」

「ほら、聞いてあげるから言ってみなさい」

 

・・・

 

「────ということなんです」

「.......」

「やっぱり、信じられないですよね...?」

 

長い説明を終えた武は、恐る恐る夕呼の反応を窺う。

 

「...別世界を行き来して、挙げ句の果てには元の世界へ戻ってきたなんて...信じてあげるにはちょっと突拍子もなさすぎるわね」

「ですよね...」

 

予想通りの反応に、武はしょんぼりと肩を落とす武。

しかし、武の脳裏に一つの考えが閃く。

 

「そ、そうだ!"アレ"だ!」

「アレって何よ」

「ちょっと紙と書くもの借ります!」

 

夕呼が止める間もなく、武は近くにあったコピー用紙とペンを掴み取る。

そして、まるで何かに取り憑かれたように、勢いよくペンを走らせ始めた。

ただひたすら、記憶を頼りに書き続ける。

BETAの存在する世界で、夕呼が書いたレポート。

覚えている限りを一つ残らず紙の上へ叩きつけていく。

 

「..."コレ"です」

「アレがコレね,,,どれどれ?」

 

怪訝そうな顔で受け取った夕呼だったが、その視線が紙面へ落ちた瞬間――

 

「...え?」

 

先程までの軽い表情が消えた。

そこに書かれていたのは、他ならぬ彼女自身が考案した理論である。

 

「少し違う...?いえ、まさか...!」

 

彼女の声色が変わる。

 

(...俺が転移した世界でこんなことやったら銃を突き付けられそうだなぁ)

 

「白銀」

「はい?」

 

次の瞬間、いつの間にか武の背後へ回り込んでいた夕呼が、その首へ腕を回した。

 

ガシッ!

 

ヘッドロック。

プロレスラーも唸る完璧な形だった。

 

「これ、何処で知ったの?アンタが考え付いてまとめたなんて言ったら、頭ねじ切ってやるわ!!」

 

ギチギチギチギチギチッ!

 

「いだだだだだだだっ!!先生、マジ痛いっす!なんでこっちでも...!」

「いいから説明しなさい!ほら早く!」

「俺が転移した世界の先生がこの数式を解いてて痛い痛い痛い!」

 

武は必死にタップするように夕呼の腕を叩く。

 

「その世界の私が何て言ってたの!?」

「えーっと...!」

 

武は涙目になりながら記憶を探る。

 

「『この式では完成まで持っていけない』とか!」

「後はやむを得ない事情があって完成断念して、この世界の先生の書いた数式を見た俺の記憶を覗くとかって!」

「それで!?」

「それだけですよ!他に知ってることは、さっき話したこと全部です!」

「役立たず!」

「理不尽だぁぁぁ!!」

 

しかし残念なことに、この世界には間に入ってくれるクライアントもイングラハムもいない。

結果、武は数分に渡って頭部を締め上げられ、ようやく解放される頃には完全に虫の息になっていた。

 

「うごごご...頭、頭がぁ....!」

 

「...はぁ」

 

夕呼は大きくため息をつくと、乱れた髪をかき上げた。

 

「まぁいいわ、信じてあげる」

「せ、先生...!」

 

武が顔を上げる。

 

「ただし、その変にかしこまりすぎた態度はやめて頂戴」

「なんか気持ち悪いわ」

「え?」

「前のアンタ、もっと遠慮なく突っ込んできたじゃない」

「今のアンタ、妙に敬語が増えてるし、変に気を遣うし...気味が悪いわ」

「は、はい...」

「.......」

 

険しい顔をしていた夕呼だったが、やがて肩を震わせ始めた。

くつくつと笑いが口から漏れていき、最終的には爆笑する。

 

「ふふっ...あっはっはっは!」

 

堪えきれなくなったように、夕呼は腹を抱えて笑う。

 

「せ、先生....!?」

「────最高よ、白銀!」

 

突然、夕呼は武に熱烈なキスをし始める。

 

「────!?」

「天才やっててよかったわ!最高の気分よ!」

 

夕呼は満面の笑みを浮かべながら、心底楽しそうに笑った。

 

「は、はぁ...」

「良いわ、手伝ってあげるわ..."別のアタシ"」

「新理論の数式なら、いくらでも組み立ててあげる!」

「あ、ありがとうございます...」

「ほんと、実に興味深いわね」

「急に慌て出したと思ったら、妙にしゃきっとしてるし、かと思えば別世界を渡り歩いてきたなんて話を持ち出して、挙げ句の果てには未来の研究資料まで持ってくるんだもの」

「一応、教師なんてものをやってきて、何人もの教え子を送り出してきたけど...」

「アンタみたいなのは初めてよ」

「前のアンタより、ずっといい顔してるわ」

「少し大人びてるし、変に気を遣うようになってるし、ところどころ疲れたオッサンみたいな顔もするけど...」

「それでも、アンタが色んなものを見て、色んな連中と出会って、必死に生きてきたってことくらい、私には分かるわ」

「......」

 

武は思わず言葉を失う。

 

「安心しなさい」

 

夕呼は自信満々に胸を張る。

 

「その"別のアタシ"が諦めた研究も、アンタが抱えてる悩みも、まとめて面倒見てやるわ」

「私は香月夕呼」

「大天才で、アンタの先生なんだから」

 

 

・・・

 

 

「白銀、アタシが研究のレポートをまとめるまでここ(準備室)に泊まりなさい」

「へっ?何でですか?」

「今のアンタが不確定要素満載の不安定人間になっちゃったからに決まってるじゃない」

「不安定人間って...」

「そのままの意味よ」

 

夕呼は真剣な表情になった。

 

「アンタの話を聞く限り、転移した先の世界には白銀だけじゃなく、他の人間たちも流れ着いていたんでしょ?」

「はい」

「しかも、全員が同じ世界へ」

「...そうですね」

「だったら、偶然とは考えにくいわ」

 

夕呼は腕を組み、思考を巡らせる。

 

「今ある情報から推察するなら――"何者かが白銀たちを呼び込んだ"と考えるのが自然よ」

「何者か...」

 

武の表情が強張る。

 

「もちろん、現時点では仮説の域を出ないわ」

「...」

「つまり、また何か起こるかもしれないってことよ」

 

夕呼は武を真っ直ぐ見据える。

 

「だから、アンタを一人にする気はないわ」

「少なくとも、この件の全容が掴めるまでは、私の監視下に置かせてもらう」

「監視って...」

「安心しなさい」

 

夕呼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「アンタを実験台にする時は、ちゃんと同意を取ってからにするわ」

「そこは安心できないんですけど!?」

「それに――」

 

夕呼は少しだけ声を和らげる。

 

「アンタ、帰ってきて早々に一人で放り出したら、どっかに消えそうなんだもの」

「...先生」

「別に深い意味はないわよ」

「ただ、教え子が傷つくってのは寝覚めが悪いってだけ」

 

そう言いながらも、夕呼の表情には、どこか教師らしい優しさが滲んでいた。

 

「まぁ、でもそうねぇ...」

 

夕呼は少し考え込むように顎へ手を当てた。

 

「校内くらいなら見て回ってもいいんじゃないかしら」

「えっ、本当ですか?」

 

武は思わず顔を明るくする。

 

「でも、さっき不安定だから監視下に置くって...」

「もちろん、その前提は変わらないわよ」

「異常が発生しなくなったと判断できるまでは、極力人と接触しないこと。それが条件」

「やっぱり、そうなりますよね...」

「当たり前でしょ」

 

夕呼は肩を竦める。

 

「アンタの話が本当なら、別世界から帰ってきた人間なんて前例がないのよ?」

「万が一、接触した相手まで巻き込むような現象が起きたら笑い話じゃ済まないわ」

「...はい」

「だから、散歩程度なら許可してあげる」

「校舎や中庭を見て回るくらいなら好きにしなさい」

「ただし、人や人混みは避けること」

「異常を感じたらすぐに戻ってくること」

「あと、面倒事を持ち込まないこと」

「最後のは無理な気がするなぁ...」

 

武がぼそりと呟く。

 

「何か言った?」

「いえ、何も」

「よろしい」

 

夕呼は満足げに頷くと、再び資料の山へ向き直った。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

「...ありがとうございます、先生」

「校内を歩くだけでお礼なんて言われたの、初めてだわ」

「いや、まぁ...色々ありましたから」

「ふぅん?」

 

夕呼はそれ以上追及せず、キーボードを叩き始める。

その背中を見つめながら、武は小さく笑った。

――久しぶりだ。

何気ないやり取りも。

この部屋も。

そして、こうして当たり前のように送り出してくれる先生の姿も。

そう思いながら、武は懐かしい校舎へと足を向けた。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2001.12.13

【日本/白陵大付属柊学園・3年教室】

 

時刻は放課後。

この時期はテスト期間中であるためか、普段なら生徒たちの声で賑わう校内もひっそりと静まり返り、廊下には人影すらほとんど見当たらない。

武は人気のない校舎をゆっくりと歩きながら、転移先の世界で見慣れた学園の風景と、今自分がいる世界の校内を一つひとつ記憶の中で照らし合わせていた。

細かな違いを見つけるたびに、ここが自分の知る世界でありながら別の歴史を歩んできた場所なのだと実感させられる。

そんな光景を眺めながら、武は思わず苦笑した。

 

(まるで間違い探しだな)

 

懐かしさと違和感が入り混じる不思議な感覚を抱きながら、武は静まり返った校内を当てもなく散策していく。

そして気が付けば、武は自分の教室の前まで辿り着いていた。

特に意識していたわけではない。

それでも自然とこの場所へ足が向いていたことに、武は小さく驚く。

数年という歳月と幾つもの戦場を経てもなお、身体は教室へ向かう道順をしっかりと覚えていたのだ。

その事実が、どこか嬉しくもあり、不思議な感動を覚えさせた。

 

「当然だけど...変わってないな、教室」

 

静かに呟きながら扉を開く。

誰もいない教室には夕陽が差し込み、整然と並んだ机や椅子を橙色に染めていた。

聞こえてくるのは、遠くで鳴く鳥の声と、窓から吹き込む風の音だけ。

あまりにも見慣れた光景だが、それだけに胸の奥がじんわりと熱くなる。

何気なく過ごしていた、かけがえのない時間。

その空気に少しでも浸りたくなった武は、ゆっくりと自分の席へ腰を下ろした。

武は机に肘をつきながら、夕陽に照らされた黒板をぼんやりと眺める。

脳裏には、授業中のやり取りや、馬鹿騒ぎをしていた仲間たちの姿が次々と浮かんできた。

まるで今にも、賑やかな声と共に皆が教室へ飛び込んできそうな気がして――

 

「ヤバババ...ノート忘れてきちゃったよぉ...!」

 

ガラリと教室の扉が勢いよく開かれ、慌てた様子で飛び込んできた少女が入ってくる。

そこで、教室にいる武の姿を見つけた。

 

「あれ?」

「タケルちゃん?何でここにいるの?」

「す、純夏...!?」

 

武は思わず立ち上がりそうになる。

そこにいたのは、紛れもなく鑑純夏だった。

 

「あ....」

「も~...どうしたの?ぼーっとしちゃって」

 

二度と会えないかもしれないと思っていた少女が、まるで昨日の続きのように目の前へ立っている。

何気ない仕草さえ懐かしい。

胸の奥から込み上げてくるものを感じながら、武は思わず彼女を抱き締めそうになる。

だが――

 

(ただし、人や人混みは避けること)

(万が一、接触した相手まで巻き込むような現象が起きたら笑い話じゃ済まないわ)

 

夕呼の言葉が脳裏を過る。

 

「....」

 

(我慢だ...我慢しろ白銀武...!)

(......でも会話くらいなら)

 

「...レバッ!」

 

ぺちん

 

「...あれ?」

 

ぼうっとしている武に純夏が繰り出したお馴染みの攻撃を叩き込む純夏だが、武の鍛えられた腹筋が完全に受け止めてしまう。

 

「効かぬよ...効かぬ効かぬ」

「うそ~!?」

「さてはお腹に鉄板でも仕込んだ!? それとも秘密のサイボーグ手術とか!?」

「そんなわけないだろ」

 

思わずツッコミを入れながら、武は純夏の頭へ軽くチョップを落とす。

ぺしっ

 

「んも~!これ以上バカになったら責任取ってもらうからね!」

 

純夏は頭を押さえて頬を膨らませた。

 

「...考えておいてやるよ」

 

何気なく返したその言葉に、純夏がぴたりと動きを止めた。

 

「───えっ」

「な、なんだ?」

「う、ううん...なんでもない」

 

純夏は慌てるように首を振った。

だが、その反応が妙に気になってしまい、武はしばらく迷った末ぽつりと口を開いた。

 

「...あのさ、純夏」

「...な、なに?」

 

純夏が少し身構える様子を見て、武は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

「...いや、やっぱなんでもない」

「ちょっとぉ、言い出したら最後まで言うのが男でしょ?」

「そう言われてもなぁ...」

 

夕呼の警告が頭をよぎる。

 

(やっぱりダメだ、俺が不安定な状態にある以上、純夏に関わりすぎるのは危険かもしれない...)

(...どうにかして、切り上げなくては)

 

「それで、続きは?」

「な、なんでもないって」

「じーっ...」

 

(くそっ...そんな目で見るなよ...!)

 

期待と好奇心、少しの不安が入り混じった視線。

昔から武は、この顔に弱かった。

 

「じーっ...」

 

(ああ、もうダメだ!)

 

「はぁ...分かったよ」

「ほんと?」

 

純夏の顔がぱっと明るくなる。

その笑顔を見てしまった時点で、もう抵抗する気力は残っていなかった。

 

「俺ってさ...」

 

武は窓の外へ視線を向ける。

夕陽が教室を赤く染めていた。

 

「別の世界に転移してさ、その世界でBETAとかいう宇宙人と戦術機っていうロボットに乗って戦争してたんだ────」

 

異世界で過ごした年月を思い返しながら、武はできるだけ簡潔に、自分が体験してきた出来事を語り始めた。

もちろん、まともに信じてもらえるとは思っていない。

それでも────

目の前にいる純夏になら、少しくらい話してもいい気がしたのだった。

 

「タケルちゃん...」

「....」

「またゲームの話してる~...」

 

純夏は呆れたように肩を落とした。

 

「やりすぎて現実との区別がつかなくなっちゃってる?」

「違うって」

 

だが、純夏は半信半疑といった表情のままだ。

 

「もういいよ」

 

そう言って笑う純夏だったが、その笑顔の裏で小さく肩を落としていた。

 

(...はぁ、せっかく二人きりになれたのに...)

 

武はその表情を見て、胸の奥が痛むのを感じた。

本当ならもっと話したい。

聞きたいことも山ほどある。

何気ない会話をして、馬鹿騒ぎをして、失ったと思っていた日常を噛み締めたい。

 

「...ごめんな、純夏」

「今度はどうしたの?」

「俺...寄るとこあるから」

「え?」

「じゃあな」

 

そう言い残すと、武は逃げるように教室を飛び出した。

「ちょ、ちょっと!?」

「タケルちゃんってば!」

 

さっきまで別世界だの宇宙人だのと言っていたと思ったら、今度はいきなり謝って走り去る。

あまりにも態度がころころ変わる武に、純夏は訳が分からない。

 

「待ってよ!」

 

気付けば純夏も教室を飛び出していた。

夕陽に染まる廊下を、武の背中を追いかけて走る。

一方の武は振り返らない。

振り返ってしまえば、きっと足を止めてしまうから。

だからこそ、ただ前だけを見て走る。

胸の奥に込み上げる感情を必死に押し殺しながら。

後ろから聞こえてくる懐かしい声から逃げるように、武は校舎の廊下を駆け抜けていく。

 

(追ってこないでくれ...!)

 

武は内心で悲鳴を上げる。

体力だけなら今の自分の方が圧倒的に上だ。

だが、全力で振り切る気にはなれない。

その結果――

気付けば武は物理準備室の扉へ飛び込んでいた。

 

「いきなり飛び込んできて何なのよ」

「すっ...純夏が...!」

「は?」

「追いかけてくるんです!」

「面倒事を持ち込まないことって言ったはずよ」

 

夕呼は呆れたようにため息を吐いた。

 

その直後

 

「捕まえたーっ!」

 

純夏が勢いよく飛び込んでくる。

 

「げぇっ!?」

「げぇっ、って何よ!」

「さっきから変なこと言ったり逃げたり!」

「説明してもらうからね!」

「ゲームのやりすぎってことで結論出たんじゃないのかよ!」

「それはそれ!これはこれ!」

 

夕呼は額を押さえた。

 

「アンタたち...ここをどこだと思ってるの」

 

その瞬間だった。

窓の向こうに広がる夕暮れの空。

その片隅に、まるで星のような小さな光が――ちかり、と瞬いた。

あまりにも微かな輝き。

だからこそ、無意識に目が向いてしまった。

 

「ん?」

 

夕呼が窓の方へ顔を向ける。

 

「なに、今の――」

 

言い終わるより早く、その身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「せ、先生!?」

 

武が反射的に駆け寄る。

 

「な、なに...!?」

 

純夏も慌てて声を上げる。

二人の視線もまた自然と窓の外へ向いてしまう。

空に浮かぶ光。

それは先ほどよりも僅かに大きく、そして不気味なほど美しく輝いていた。

 

「――っ」

 

見た瞬間、武の全身を悪寒が駆け抜ける。

覚えがあった。

忘れるはずがないあの日の出来事。

横浜基地の観測デッキで起きたあの現象と同じだ。

 

(これは..."あの時"の...!?)

 

視界がぐるりと反転する。

天井と床が入れ替わり、左右の感覚すら曖昧になる。

まるで世界そのものが捻じ曲げられたかのような異常な感覚。

 

「うぁっ...!」

 

足元から力が抜ける。

平衡感覚を失った身体は支えを失い、そのまま床へ倒れ込んだ。

肺が潰されたように息ができない。

視界は激しく明滅し、耳鳴りが頭の奥を掻き回していく。

 

武は震える瞳で隣を見る。

 

純夏も床へ膝をつき、苦しそうに喉元を押さえていた。

 

「た....ける....ちゃ.......」

 

最後に見えたのは、倒れたまま動かない夕呼の姿と、窓の向こうで不気味に輝きを増していく光だった。

次の瞬間、全ての音が消える。

意識は深い闇へと沈み込み、武は抗うこともできないまま、そのまま意識を手放した。

 

 

 

◇◇

 

 

 

AC.2004.02.13

【日本帝国/ヘイムダル級・医務室】

 

イングラハムは、クライアントと夕呼と共に武の脳内から情報を抽出する作業を進めていた。

医務室に設置された大型装置のモニターには、膨大な脳波データと解析状況が次々と表示されている。

その一角に映し出された《記憶情報電子化プロセス》の進行状況を確認すると、イングラハムは満足そうに頷いた。

 

「あともう少しで、情報の書き起こしが完了します」

「いいわねぇ~」

 

夕呼は興味深そうにモニターを覗き込む。

 

「こういう技術、ウチにも欲しいわ」

「記憶を直接データ化できれば研究効率が何倍にも跳ね上がるもの」

「確かに有用性は高い技術です」

 

クライアントも同意するように頷いた。

 

「もっとも、私たちの世界でも軍事・医療・司法分野で厳重な管理下に置かれている技術ですが」

「でしょうねぇ」

 

夕呼は苦笑する。

 

「こんなのが一般化したらプライバシーも何もあったものじゃないわ」

「ですが、この世界の技術発展速度を考えれば、実現そのものはそう遠くないかと」

「特に博士の理論や研究成果が加われば、数十年単位で短縮される可能性もあります」

「へぇ」

夕呼の口元が楽しそうに吊り上がる。

 

「貴方、なかなか嬉しいこと言うじゃない」

「事実を述べただけですよ」

 

そのやり取りを聞いていたクライアントが苦笑した。

 

「お二人とも、技術談義を始めると止まりませんね」

「当然よ」

 

夕呼は即答する。

 

「面白い技術が目の前に転がってるのに黙っていられる研究者なんているわけないじゃない」

「同感です」

 

イングラハムも頷く。

 

ピコン

 

装置から電子音が鳴り響く。

三人の視線が一斉にモニターへ向いた。

 

《記憶情報抽出率 100%》

《電子化処理 完了》

《データ構築開始》

 

「来たわね」

 

夕呼の目が鋭く細められる。

 

「さて――」

「白銀の頭の中に眠っている"数式"を見せてもらおうじゃないの」

 

イングラハムも手早く解析画面を操作し始める。

 

「記憶領域の再構成を開始します」

 

その時だった。

 

ガバッ!!

 

「うおおおっ!?」

 

突然、ベッドに固定されていた武が上体を跳ね起こした。

 

「なっ!?」

「武さん!?」

 

三人が同時に声を上げる。

武は荒い息を吐きながら周囲を見回した。

額には大量の汗。

瞳は大きく見開かれている。

だが、異変はこれだけじゃなかった。

装置から警報が鳴り響く。

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

「なによ今度は!」

 

尋問室の照明が明滅する。

この空間が震え始める。

空気そのものが唸りを上げ、机の上の書類が舞い上がる。

 

「全員下がって!」

 

夕呼が叫ぶ。

 

次の瞬間、眩い閃光が弾け視界が真っ白に染まる。

誰もが思わず目を閉じた。

そして――

 

ドサッ

 

何かが床へ落ちる音。

警報だけが鳴り続ける中、ゆっくりと光が収まっていく。

皆が目を見開くと、そこには床へ倒れ込んだ二人の女性。

 

「こ、これは...!?」

 

イングラハムの声が震える。

 

「...いったぁ」

 

頭を押さえながら起き上がる香月夕呼。

――ただし、こちらの世界の夕呼ではない。

 

「ここどこよ...」

「え?」

 

夕呼が辺りを見回す。

見知らぬ金属製の壁、見知らぬ機械、見知らぬ人間たち。

そして、目の前には自分と全く同じ顔をした女。

 

「...」

「...」

 

二人の夕呼が視線を合わせる。

束の間の沈黙。

一方、純夏がゆっくりと目を覚ます。

 

「うぅ...」

 

純夏の目に入ったもの。

二人の夕呼、知らない場所、知らない人たち。

 

「...」

 

そして、武。

 

「タケルちゃぁぁぁぁん!?」

 

純夏の絶叫が医務室中に響き渡った。

 

混乱の中心で、二人の夕呼は同時に口を開いた。

 

「面白い事になったわね...」

「面白い事に遭遇したみたいね...」

 

完全に同じタイミングだった。

イングラハムとクライアントは頭を抱えた。

――討伐艦隊最大の危機は、BETAでも鉄原ハイヴでもなく、この瞬間だったのかもしれない。




この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
武や討伐艦隊の面々だけではなく、元の世界にいた純夏と夕呼もこの世界に転移してしまう...
一体どうなってしまうのか、できるだけ魅力的に描いていけたらと思っています。
今後とも、彼らの活躍を見守っていただければ幸いです!


もし、
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
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