Muv-Luv OPERATION:LAST KISS 作:ババンババンバン
別世界の私は一体何をしていて、どんな歴史を歩んできたのか。
そして、その別世界の私が目の前に現れたとしたら...どうなってしまうのだろうか。
"二人の夕呼博士"を見て、私はそう思った。
AC.2004.02.13
【日本帝国/ヘイムダル級・医務室】
「...はい。そういう事なんです、提督...」
イングラハムは気まずそうに事情を説明し終えた。
「...どういう事なんだ」
ジェイドは額に手を当て、深いため息をつく。
イングラハムとクライアントから事の経緯を一通り聞いたものの、その内容はあまりにも荒唐無稽だった。
武の記憶を引き出すために装置を使用した結果、別世界との接続が発生し、別世界の夕呼博士と純夏が実際にこちらへ転移してきたというのである。
...いや、理屈として理解できないわけではない。
何しろ討伐艦隊そのものが、この世界へ転移してきた当事者なのだから。
次元転移という現象自体は、もはや否定しようのない事実だ。
だが、それでも納得はできない。
「世界を跨いで人間が二人も増えるなど...そんなことがあってたまるか...!」
一方のクライアントは、あまりにも訳の分からない状況へ巻き込まれた純夏を落ち着かせようと、できるだけ穏やかな声で話しかけていた。
「大丈夫ですよ。ここは安全ですから、まずは深呼吸してください」
しかし純夏は、なおも不安に震えながら武へしがみついて離れない。
「がァっ...!」
武は苦しそうな声を漏らした。
純夏の抱きしめる力は、安心を求めるあまり徐々に強くなっている。
その腕に締め付けられ、薬剤の影響もプラスして武の顔色はみるみる青ざめていく。
「ほら、武さんもここにいますから、少し力を抜いて――」
クライアントは優しく説得を続ける。
だが、純夏の不安そうな表情ばかりに気を取られ、抱きしめられている当の武が危険な状態になりつつあることには、まだ気付いていなかった。
「...はぁ」
いつまでも頭を抱えていても状況は好転しない。
ジェイドは一つ深呼吸すると、重くなった腰を上げ、この混沌とした事態の収拾に乗り出した。
「...香月博士」
「「何かしら?」」
二人の夕呼が寸分違わぬタイミングで返事をする。
「..."この世界"の香月博士だ」
「紛らわしいわね...それで、何かしら?」
「色々と聞きたいことはあるが、まずは事態の収拾を優先したい」
「確かにそうね。なんてったって、別世界のアタシが転移してきちゃったんだから」
当の転移してきた本人へ視線を向けると、別世界の夕呼は情報収集装置の周囲をうろうろしながら、端末を覗き込んだり配線を観察したりと、完全に研究モードへ入っていた。
「転移してきたお二人の今後の処遇について、討伐艦隊として方針を決定したい」
「なるほどねぇ」
こちらの夕呼は腕を組みながら頷く。
「戸籍情報だけなら、改ざんできないこともないわ」
「なにっ...そんなことが出来るのか?」
実際にこの世界に転移した武の身分に関する情報は夕呼が用意した物だ。
そしてジェイドは思わず身を乗り出したが、夕呼の曖昧な言い方にすぐ気付く。
「...ああ、いや。その言い方だと、完璧に誤魔化すのは難しいということだろう?」
「ええ」
「一般行政や、手の届く範囲の軍の情報システムならどうにでもなるけど、近衛や中央の深部データまで弄るのはさすがに厳しいのよねぇ」
「つまり、長期的には発覚する可能性が高い」
「そういうこと」
ジェイドはしばらく考え込み、やがて静かに口を開いた。
「なら、お二人の身柄はこちら――討伐艦隊で預からせていただきたい」
その言葉に、別世界の夕呼が装置から顔を上げる。
「へぇ? 軟禁宣言?」
「安全確保と機密保持のためだ」
ジェイドは真剣な表情で答えた。
「二人目の博士の存在が外部へ知られれば、各国が良からぬ反応を起こすだろう」
「それに、転移現象そのものも未解明です。再発の可能性を考えれば、観察対象としても近くにいていただいた方が望ましい」
イングラハムが補足する。
途中、話を聞いていた別世界の夕呼はしばらく考え込んだ後、肩をすくめた。
「まあ、研究環境と自由時間を保証してくれるなら構わないわ」
「可能な限り便宜は図る」
「なら異論なし」
純夏は不安そうに武を見る。
「タケルちゃんには、会えるんですよね...?」
「ああ」
ジェイドが頷く。
それを確認すると、純夏も小さく息を吐いた。
「...なら、私も大丈夫です」
ジェイドは二人の返答を確認すると、ようやく少し肩の力を抜いた。
「感謝する。では改めて――お二人は本日より、《討伐艦隊》保護下の特別協力者として扱わせていただく」
「ええ、感謝するわ」
特殊な転移現象に巻き込まれた当人であるにもかかわらず、別世界の夕呼はどこか楽しげに口元を緩めていた。
「クライアント。二人を居住区へ案内した後、技術班に身分情報の作成について掛け合っておいてくれ」
「武さんはどうしますか?」
クライアントが視線を向けると、武はベッドの上で静かな寝息を立てていた。
薬剤の投与に加え、立て続けに起きた転移騒ぎ。
心身ともに限界を迎え、そのまま眠りに落ちてしまったのだろう。
ジェイドも武の様子を確認し、小さく頷く。
「幸い、ここは医務室だ。無理に動かす必要もあるまい」
「目を覚ますまでは、このまま休ませてやってくれ」
「了解!」
クライアントは敬礼すると、別世界の夕呼と純夏を伴って医務室を後にする。
扉が静かに閉まり、足音が遠ざかる。
室内にはジェイド、イングラハム、この世界の夕呼、そして未だ薬剤の影響で眠り続ける武だけが残された。
張り詰めた静寂が医務室を包む。
ジェイドは夕呼をまっすぐ見据え、静かに口を開いた。
「...さて」
その声音は、先ほどまでより一段低い。
「私が知りたいのは一つだ」
医務室の空気が張り詰める。
「なぜ、こうしたのか」
ジェイドは記憶抽出装置へ視線を向ける。
「――なぜ、このような事態になったのか」
「武の記憶を抽出するという判断に至った理由、その過程、そして転移現象との因果関係...分かる範囲で構わない。全て説明していただきたい」
イングラハムも無言で頷く。
これは責任を追及するためではない。
今後、同様の転移現象が再び発生する可能性を考えれば、その原因究明は討伐艦隊全体の安全保障に直結する問題だった。
夕呼はジェイドの真剣な表情を見つめると、小さく息を吐いた。
「...そうですわね」
「確かに、説明する義務はあるわ」
そう言うと、夕呼は静かに語り始めた。
「まずは"これ"をするに至った理由 ――《00ユニット》について、お話ししましょう」
────00ユニット《非炭素系疑似生命体》。
オルタネイティヴ3の成果を踏まえて開発された、
夕呼はこの00ユニットを完成させるために必要だった理論が武の脳内にあることを知り、それを装置で取り出そうとしたこと。
そして、完成した00ユニットで対BETA諜報を行いBETAのありとあらゆる情報を得ようとしたことなどを淡々と話していった。
「ふむ...なるほど。理由は理解した」
ジェイドは一通り説明を聞き終えると、小さく頷いた。
イングラハムも静かに口を開く。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何かしら?」
「お話を聞く限りでは、一から生命体を創り出すということになりますよね。この世界の技術で、そのようなことが本当に可能なのですか?」
「できるわ」
夕呼は迷いなく答えた。
「社霞は知っているわよね? あの子は人工的に造られた人間よ」
「...なるほど」
イングラハムは納得したように頷く。
夕呼は続ける。
「実は、00ユニットの素体自体はすでに完成しているの。あとは量子伝導脳を搭載するだけよ」
ジェイドが腕を組む。
「私からも質問がある。量子伝導脳を搭載した00ユニットとは、要するにAIという認識でいいのか?」
「いいえ。AIではないわ」
「では?」
「────人間...いいえ、人間に極めて近い存在、と言った方が正しいわね」
「......どういうことだ?」
ジェイドは眉をひそめる。
少しの間、考えた後あることを考え付く。
「AIではないということは...待て。まさか、データ化した人間を――」
「そこまで理解されているのなら、話は早いですわ」
夕呼は静かに頷いた。
「基となる"素材"――つまり人間から、感覚、身体情報、そして記憶...魂とも呼べる人格情報を抽出する」
「その情報を量子伝導脳へ転写し、完成済みの素体へ搭載することで、00ユニットは完成するの」
ジェイドの表情が険しくなる。
「...抽出された人間は、どうなる?」
夕呼は一切目を逸らさず、淡々と答えた。
「生命活動は、完全に停止します」
その一言で、医務室に重苦しい沈黙が落ちた。
素材となった人間の生命活動は停止する。
魂を移し替えるということは、すなわち元の肉体の死を意味する。
つまり、00ユニットを完成させるということは、一人の人間の命を奪うことに他ならない。
たとえ人類を救うための計画であったとしても、それは紛れもない殺人だった。
そして夕呼自身、その事実から目を背けたことは一度もない。
00ユニット開発のため、彼女は悪魔すら顔をしかめるような非道を、自らの意思で選び続けてきた。
だからこそ、この件について誰に糾弾されようと、非難されようと構わない。
その覚悟だけは、とっくの昔に決めていた。
「...博士」
「...何かしら」
「貴方は、その計画を実行した場合、全ての責任を一人で背負うつもりだった...ですよね?」
夕呼は苦笑する。
「当然でしょう。計画責任者は私です」
「誰がどう言おうと、その罪は私一人が背負う。それだけの話ですわ」
ジェイドは静かに首を横へ振った。
「それは違います」
「...?」
「もし、その計画が人類を救う唯一の手段であるならば」
一歩、夕呼へ近づく。
「引き金を引くのは、博士一人ではない」
医務室が静まり返る。
「提督?」
イングラハムが思わず声を漏らす。
「討伐艦隊は、人類を守るために存在する組織だ」
「必要と判断した作戦であれば、その責任は指揮官である私が負う」
ジェイドは夕呼を真っ直ぐ見据えた。
「人類を救うために誰か一人の犠牲が避けられないというのなら、その罪もまた、私たちが背負おう」
「博士一人を、汚れ役にはしない」
夕呼は目を見開く。
「...本気?」
「もちろんだ」
ジェイドは即答した。
「私は英雄になるために提督になったわけではない」
「人類を守る。そのためなら、歴史に悪人として名を残そうとも構わない」
イングラハムも静かに頷く。
「提督の判断は、私たち技術班の判断でもあります」
「必要なら、私もその計画に協力します」
ジェイドは眠る武へ視線を向ける。
「だが」
その声色が少しだけ柔らかくなる。
「その選択をするのは、本当に最後の最後だ」
「他に道が一つでも残っている限り、我々はそれを探し続ける」
「だから博士」
「今は、その最後の最後まで抗おう」
夕呼はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「...変な人たちね」
「普通なら、私を化け物扱いして終わる場面でしょうに」
「化け物なら、我々も似たようなものです」
「人類を生かすために、幾度となく非情な決断を下してきた。その重さは計り知れない」
「だからこそ、貴方一人だけにその十字架を背負わせるつもりはありません」
夕呼は目を伏せ、小さく息を吐く。
「...ありがとう」
その言葉は、天才科学者・香月夕呼ではなく、一人の人間として漏れた、本心だった。
しばし医務室を静寂が包む。
ジェイドは一つ息を吐き、表情を引き締めると腕を組んだ。
「...次はなぜ別世界の香月博士と鑑純夏が、この世界へ転移してきたのか」
「説明できる範囲で構わないので教えてほしい」
その問いに、夕呼も静かに頷く。
「ええ。でも、その説明にはまず白銀武という存在について話さなければならないわ」
夕呼は眠り続ける武へと視線を向けた。
「白銀武は、ただの人間じゃない」
「彼は"因果導体"と呼ばれる特異な存在なの」
「因果導体?」
聞き慣れない単語に、ジェイドとイングラハムは顔を見合わせた。
「簡単に言えば、平行世界に存在する"自分自身"と因果的な繋がりを持つ人間よ」
「通常、人は世界が分岐した瞬間から、それぞれ独立した存在として歩み始める。でも、白銀だけは違った」
夕呼は指先で机を軽く叩く。
「彼は複数の世界に存在する"白銀武"と、無意識のうちに情報や可能性を共有してしまう性質を持っているの」
「情報を...共有する?」
イングラハムが眉をひそめる。
「完全に共有しているわけじゃないわ。夢や既視感、あるいは強い衝撃を受けたときに、断片的な記憶として流れ込む程度よ」
「だから彼は、別世界で経験した出来事を夢として見たり、ある世界で得た知識を無意識に思い出したりすることがある」
ジェイドは眠る武を見つめる。
「つまり、彼は世界と世界を結ぶ"接点"ということか」
「ええ。その認識で間違っていないわ」
夕呼は静かに頷いた。
「そして、その因果導体である白銀の脳から、別世界の記憶を直接引き出そうとした」
彼女は記憶抽出装置へ視線を移す。
「あの装置が白銀の記憶へ干渉した瞬間、因果的に結び付いていた別世界との境界も同時に揺らいだ」
イングラハムははっと息を呑む。
「まさか...」
「ええ」
「私たちは"記憶"だけを取り出そうとした。でも実際には、記憶を辿って世界そのものへ干渉してしまった」
医務室に静寂が落ちる。
「その結果、あちらの世界で白銀の近くにいた香月博士と鑑純夏が、この世界へ引き寄せられた――そう考えているわ」
ジェイドは深く息を吐いた。
「つまり、これは偶然ではなく、因果導体である白銀と、記憶抽出装置の作用が重なった結果ということか」
「現時点では、その可能性が最も高いわね」
夕呼はそう結ぶと、表情を曇らせた。
「そして、これが事実なら...」
「同じ条件が揃えば、今後も別世界との干渉が起こる可能性は否定できないわ」
「ふむ...」
ジェイドはそれを聞いて、頷く。
「しかし、一つ疑問があります」
「白銀さんが因果導体であると、なぜ判断できたのですか?」
夕呼は腕を組み、小さく頷いた。
「今回の件で確信したのよ」
「確信した?」
「ええ。それまでは可能性の一つとして考えていただけ」
彼女は記憶抽出装置へ視線を向ける。
「私たちがこの装置で干渉したのは、白銀の脳内に残る"別世界の記憶"だけだった」
「にもかかわらず、結果として別世界そのものと接続され、向こうの世界の私と鑑純夏がこの世界へ転移してきた」
「もし白銀が、ただ別世界の記憶を持っていただけの人間なら、抽出されるのは情報だけで済んだはず」
イングラハムも納得したように頷く。
「でも、記憶ではなく、人そのものが世界同士を結ぶ接点になっていたために...」
「ええ」
「だから私は、白銀を因果導体だと考えたの」
ジェイドが問い返す。
「つまり、世界と世界を繋ぐ"導体"が白銀であり、その導体へ装置で干渉した結果、転移現象が発生したということですか」
「そうなるわね」
夕呼はそう結論づけた。
「...待てよ」
「白銀が世界と世界を繋ぐ"因果導体"だというのなら――」
夕呼も、その意図を察したように目を細める。
「白銀を経由すれば、逆方向へ干渉できる可能性がある」
「白銀さんをどうにかすれば、香月博士と鑑さんを元の世界へ戻せる可能性がある、と?」
「可能性だけなら、十分にあるわ」
夕呼は腕を組み、思考を巡らせる。
「今回、向こうの世界からこちらへ人間が転移してきた。なら、その逆――こちらから向こうへ戻る経路を作ることも、理論上は可能なはずよ」
「問題は、その方法ですね」
「そうね」
「それは一つずつ調べれば、帰還するための条件が見えてくるかもしれない」
イングラハムが少し不安そうに尋ねる。
「しかし、また今回のような転移現象を起こしてしまう危険は?」
「当然あるので無闇に試すわけにはいかない」
「失敗すれば、今度は誰がどんな場所へ飛ばされるか分からないもの」
ジェイドはしばらく考えた後、静かに頷く。
「それでも、やる価値はある」
「それに、このまま彼女たちを異世界に取り残すわけにはいかない」
夕呼は僅かに笑った。
「そうね。白銀自身も、元の世界へ帰りたいでしょうから」
「...ならば、やることは決まったな」
ジェイドは眠っている武へ視線を向ける。
「白銀武の状態と、今回の転移現象について調べよう」
「ただし、今すぐというわけにはいかない」
「BETAとの戦いが続いている以上、我々にも優先すべきことがある」
夕呼も頷く。
「そう、下手に時間を削るわけにもいかないわよね」
「だから、BETA戦争が終結するか、少なくともまとまった空き時間ができた時に、本格的な調査を始めよう」
「そうすれば、彼らを元の世界へ戻す方法も見つかるかもしれない」
ジェイドは静かに頷いた。
「それまでは、二人を我々の保護下に置く」
「帰る方法があるのなら、時間がかかっても探そう」
夕呼は小さく笑った。
「...頼もしいわ」
「当然だ。異世界に取り残された人間を、そのままにしておくわけにはいかないからな」
「……頼もしいじゃない」
夕呼は小さく笑った。
「異世界に取り残された人間を、そのままにしておくわけにはいかないからな」
そう言って、ジェイドは眠り続ける武へ視線を戻す。
「...ところで」
「んが....」
微かな声が、医務室に響いた。
「?」
夕呼とイングラハムが同時に武を見る。
武はベッドの上で僅かに身じろぎし、眉を寄せながらゆっくりと顔を動かしていた。
「どうやら、そろそろ目を覚ましそうね」
「そのようだな...イングラハム」
「はい」
「医療班の誰でもいいのでここに呼んで白銀の世話をするように言っておいてくれ」
「了解しました」
イングラハムが武の傍へ歩み寄る。
「....」
「大丈夫ですよ、白銀さん。もう少しだけ眠っていてください」
そのままイングラハムは医務室を後にした。
残されたジェイドと夕呼は、静かにその背中を見送る。
ジェイドは小さく息を吐いた。
「これで、ひとまず一段落だな」
「ええ...でも、これからもっと忙しくなる」
二人はそう言葉を交わしながら、静かに医務室を後にした。
◇◇
AC.2004.02.14
【日本帝国/ヨルムンガンド級】
翌日。
武が目を覚ましてから、しばらく経った頃。
討伐艦隊の別の艦――その艦内にある休憩区画では、妙に楽しげな声が響いていた。
「へぇ~、この艦ってこんな設備まであるのね」
「先生、昨日からずっと楽しんでません?」
「当たり前じゃない。こんな未知の技術の塊、研究者として興奮しない方がおかしいでしょう?」
武は苦笑しながら、目の前ではしゃぐ夕呼を眺めていた。
そして、その二人を少し離れた場所から武を発見した一人の人影が────
「────」
「ん?」
よく聞き取れなかった声に、武が振り返る。
「タケルちゃぁぁぁん!!」
「うわっ!?」
純夏が勢いよく武へ飛びついた。
「ちょ、純夏!?」
そのまま武の胸元へ顔を埋め、ぎゅっと抱きしめる。
「よかったぁぁ...!」
「お、おいおい...どうしたんだよ急に」
「だって...昨日はずっと会えなかったし!」
純夏の声は震えていた。
「...純夏」
武は少し困ったように笑いながら、純夏の頭へ手を置く。
「悪かったって。もう大丈夫だから」
「...本当に?」
「ああ。本当だ」
純夏は顔を上げ、武の顔をじっと見つめる。
「...元気?」
「元気元気。ちょっと身体が重いくらいだ」
「そっか...」
純夏はようやく安心したように息を吐く。
「...よかったぁ」
その様子を眺めていた夕呼が、ニヤニヤしながら口を挟む。
「朝から熱烈ねぇ」
「先生は黙っててください!」
「はいはい」
夕呼は楽しそうに笑う。
「でもまあ...私も安心したわ」
「先生...」
武は自分は平気だとアピールするように、肩をすくめる。
その隣では、純夏がまだ武の腕を離そうとしない。
「...純夏、そろそろ離れてくれないか?」
「やだ」
「即答かよ」
「だって、またどっか行っちゃったら困るもん」
武は一瞬言葉を失い、それから小さく笑った。
「...もう、勝手にはいなくならないよ」
「約束?」
「ああ、約束」
純夏はようやく笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間だった。
胸の奥が、妙に熱くなる。
懐かしい。
嬉しい。
そして――愛おしい。
「.......」
武は自分でも理解できないほど強く、その感情に心を揺さぶられていた。
目の前にいる純夏は、間違いなく自分が知っている純夏だ。
声も、表情も、仕草も。
もう会えないのではないかと思っていた大切な存在が、今こうして自分の目の前にいる。
その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
(俺、純夏のことを...)
そこまで考えた瞬間、別の少女の顔が脳裏に浮かんだ。
『――武』
凛とした声、自分を真っ直ぐ見つめる綺麗な瞳。
そして、自分が彼女に愛を告げた言葉。
「...っ」
武の表情が思わず固まる。
(俺は...冥夜に誓ったんだ)
この世界で出会い、共に戦い、そして互いの想いを確かめた。
その約束を、自分は決して軽い気持ちで交わしたわけではない。
なのに。
目の前の純夏を見るだけで、胸がこんなにも苦しくなる。
「...ねえ、タケルちゃん」
「ん?」
負の思考迷路に陥りそうになった武を、純夏の声が呼び止める。
「私たちって...これからどうなるのかな?」
「元の世界には帰れるのかな?」
「...まだ、分からない」
「そっか...」
「戦争が終わるか、時間に余裕ができたら、俺たちの転移について本格的に調べるって話になってる」
「じゃあ、いつか帰れる?」
「...きっと、いや絶対にな」
今回の転移が、因果導体である自分と記憶抽出装置によって引き起こされたのなら、逆に同じ仕組みを利用して戻れる可能性はある。
しかし、それはあくまで仮説だ。
「帰れる目処が立つまでは、この世界でお世話になるってことね」
夕呼が横から口を挟む。
「まあ、衣食住の心配はしなくていいみたいだし、私はしばらくこの世界の技術を楽しませてもらうわ」
「先生、結構楽しんでるよね...」
「当然でしょ。武にも似たようなこと言ったけど、こんな未知の技術だらけの場所、研究者にとっては宝の山よ?」
純夏は少しだけ安心したように笑った。
「じゃあ、私も頑張るよ」
「純夏?」
「タケルちゃんたちが帰れる方法を探してくれるなら、私も一緒に頑張る」
「何から何まで手伝うからさ」
「...だから、あんまり一人で悩まないでね」
「...ああ」
武は頷いた。
その笑顔を見て、また胸の奥がざわつく。
「...ありがとう、純夏」
「えへへ。どういたしまして」
武はその笑顔から逃げるように、ほんの少しだけ視線を逸らした。
この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
更新が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません...
私生活が忙しくなってしまい、執筆の時間を十分に取れませんでした。
こんな不甲斐ない作者ではありますが、もしよろしければこれからも作品を追ってくださると嬉しいです。
もし、
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。