奏視点
オーディションまでの間、私は毎日大輝のところに通った。今日はオーディションまで1週間の日だ。
「調子はどう?戻ってきた?」
「なんとか頭痛と熱は引いてきた。」
「身体は動かそう?」
「多少、な。思ったより後遺症は無さそう。」
「それは良かった。」
大輝の頑張りのおかげか、症状は引いてきた。だが、今もほぼ寝たきり。正直ここから1週間で、歩いて重たいチューバを持って演奏するのは、かなり難しいと思う。だけど、本人は一切諦めていない。だから私もその気持ちを汲み取って、彼を助けるまで。
「あと、進路決まったよ。」
「マジ?どこ行くの?」
「東京の医学部。」
「え、マジ⁉︎」
「うん。この一件で、医者になりたいなって思って。」
「そっか。」
そして、大輝にも進路を伝えた。どうやら彼も分かってくれるだろう。
「………まさか、俺を医療事故に見せかけて殺しに⁉︎」
そんな事なかった。むしろこの揶揄いが、今はもはや気持ちいいかもしれない。
「よく分かったね。ナンパ出来ない身体にしてあげる。」
「ふざけんなよ‼︎せっかくかわいい看護師をナンパできるようになったのに!」
「大輝、退院ね。歩けなくても自力で帰って。」
「酷すぎるだろ!」
どこか懐かしいやりとりに、感動さえ覚える。ここまで元気になってくれたのかと、本当に安心した。一時期は、ほんとどうなるかと思ったのだから。
「ねえ、大輝。」
「なんだ、久石?」
「私、待ってるから。」
「おう。必ず間に合わせる。」
そして、私は大輝にいつも通り応援の言葉を投げかけ、家に帰ったのだった。
それからはオーディションの日まで、私は必死に練習に励みながら、大輝の帰りを待った。
「かなぴ〜、大丈夫?」
「休み時間、ずっと窓見てるね。」
「大丈夫大丈夫。皆、ありがとう。」
「いえいえ!」
「最後は5人で一緒に乗ろう、な。」
「うん!」
さつきに美玲、そして月永が話しかけてくれる。そういやこの5人全員が乗れたことってまだ無いんだよね。最後くらいは揃いたい、というのが私の気持ちだ。でも、ここは北宇治。実力主義を謳ってる以上、それが叶うとは限らない。だからこそ、叶った時が嬉しいのだ。
「久石先輩、そんな調子だとまた落ちますよ♪まあ、私と佳穂先輩のラブラブデートが出来るんでいいですけど♪」
「相良君に慰めてもらう準備をしておきなよ、華子。年寄りの最後の意地、舐めない方がいいよ♪」
「舐めてませんから♪」
「ふ、2人とも………お、落ち着いてください!」
「いや、いいんじゃね〜、佳穂?」
「華子と奏先輩はバチバチなのがお似合いだよ〜♪」
「え、ええ………」
「あ^〜、佳穂先輩マジ天使〜♪」
そして、相変わらず態度でしか舐めてくれない華子。今でも私を落とそうと必死に練習してるのを知ってる。だからこそ、負けられない。もちろん佳穂にも。今は完全に抜かされちゃったけど、昔の頃を思い出させてあげるんだから。そして、必ず大輝と一緒にコンクールメンバーになってみせる!
そう意気込んだはいいものの、来る日も来る日も、大輝が練習に来ることはなかった。まだ退院の許可はおりないみたい。流石に厳しいか。でも、大輝ならやってくれる。この2つの気持ちが、私の中でぶつかり合っていた。そんな時だと、どうしても演奏にも迷いが出る。
「華子、佳穂。ちょっと音聴かせて。」
「別にいいですけど〜。気でも狂ったんですか?」
「こら、華子ちゃん!奏先輩は大輝先輩が居なくて寂しいんだから……っ!」
「そうだね。」
「おっとそうで………えっ?」
「えっ?」
だから私は、2人の音を聴いて冷静になった。大輝が復活できても、自分が落ちたら意味がない。この2人に負けてたら、またオーディションに落ちてしまう。
「久石先輩が………素直に?」
「華子ちゃん、今日は雪が降るかもよ!」
「バカなこと言ってないで吹いてほしいな〜。」
「はっ、はい!」
「は〜い。」
そんな意地を心に突き刺して、私は不安を無理矢理消そうとしたのだった。
そんなこんなでオーディション2日前、1日前と時が過ぎていき、いよいよオーディションの日がやってきた。
「大輝………」
いつもは朝早くに来る大輝。しかし、今日は現れなかった。今日も、と言った方がいいのか。昨日通院した時も、まだベッドの上に居たしな。やっぱり、治すのは難しかったか…………
「よう!久石。帰ってきたぞ。」
その次の瞬間、聞き馴染みのある、ナルシストな、とてもウザく、そして私が待ち望んでいた声がした。
「大輝………っ‼︎」
あまりにも待ち望んだ姿に、私は思わず抱きついてしまった。本当に、本当に、帰ってきてくれてありがとう‼︎本当に良かった………っ!
「大輝〜!」
「久石、待ってくれ。」
そんな泣きじゃくろうとする私を、大輝は手で止めた。
「ど、どうしたの………?」
「一刻も早く練習がしたいんだ。じゃねえとお前と一緒にコンクール、出れないだろ?」
そして、冷静に私に説明してくれた。そうだ、大輝は今からあと数時間で間に合わせなきゃいけない。大病明けの重い体で、重い楽器を吹きこなさなきゃいけない。
「ごめん。」
「いいんだ、分かってくれれば。」
「そして、頑張ろうね。」
「おう!」
更に、私も受からなきゃいけない。そうだ、練習しなきゃ。最後の追い込みをかけるためにも。
数時間後、オーディションでいよいよ私の番がやってきた。
「ユーフォニアム、久石奏です。よろしくお願いします。」
「「お願いします。」」
北宇治で7回目の、そして最後となるオーディション。私の3年間をこめて、いつも通り冷静に。そして、誰よりも感情を込めて。私は滝先生と松本先生の前で、全てを出したのだった。
大輝視点
最後のオーディション。正直、ここまで自信が無いのは初めてだ。でも、久石が必ず待っててくれてる。だから全てを出し切らなきゃいけない。ただし、公正に。
「滝先生、松本先生。俺はなんとか復帰の許可が貰えたものの、まだ一日中練習というわけにはいきません。身体も正直重いです。」
「そうなのですか。」
「体調がキツいのだな。だが、それが逃げになるとは………微塵も思ってなさそうな、いい表情だ。」
「ありがとうございます。そして、俺の過去の信頼や実績は全て捨ててください。その上で、今から聴く音と、先ほど説明した体調。これらを総合的に判断し、
「元よりそのつもりですよ。」
「それでは、お前の全てを見せてみろ、荒川。」
「はい‼︎」
コンクールは、上手い奴が乗るべき。だから自分が下手ならば、乗る権利はない。だからこそ、この状態で上手いと思わせ、勝ち取らねばならない。待ってろ、久石‼︎俺は必ず、コンクールに出るんだから‼︎
奏視点
オーディションも終わり、いよいよ結果発表の時間がやってきた。
「それでは、オーディションの結果を発表する。まずはトランペット。」
これが最後。ここで名前が呼ばれなければ、実質引退だ。そう思うと、聞きたいような、聞きたくないような、そんな感覚に襲われる。実際にこうして聞いていても、何人もコンクールメンバーになれない3年生がいて、なんなら1度もなれなかった子もいた。その影響で、どんどんと不安が増大していった。
「続いて、ユーフォニアム。」
そして、呼ばれるとしたら学年順。だから、最初に呼ばれなかったら、私は終わり。お願い、松本先生。私を呼んで…………
「久石奏。」
良かったぁぁぁぁぁあ‼︎本当に良かった‼︎最後のコンクール、なんとか自分で掴み取れた‼︎
「はい‼︎」
心なしか、いつもより大きな返事をする。自分のことはなんとかできた。まずはそれが嬉しかった。
「針谷佳穂。」
「はっ、はい!」
「以上、2名。」
「…………っ!」
今回は華子が落選か。あれだけ頑張っていたのに、落とされてしまう。本人も相当悔しそうだ。分かるよ、その気持ち。私も味わったもん。そして、華子という良きライバルが居たからこそ、私もここまで成長できたのだろうな。
「続いて、チューバ。」
さて、次は大輝の番。同じ学年の中では、五十音順で呼ばれる。だから鈴木の2人より、荒川の大輝が先。つまり、大輝が一番最初に呼ばれるわけで………。今まで呼ばれるのが当たり前だと思ってた大輝。でも今は違う。病に侵されて、身体をボロボロにさせられる。そんな中での復帰初日。逆境中の逆境だ。流石の大輝でも、かなりの困難だ。だからか、いつも以上に緊張してしまう。私の番じゃないのに。お願い、大輝…………受かってて‼︎
「荒川大輝。」
「はい‼︎」
良かった、本当に良かった‼︎あれだけ困難な目に遭おうが、疫病神が邪魔してこようが、それを乗り切ってくれた‼︎
「鈴木さつき。」
「はい!」
「鈴木美玲。」
「はい。」
「湊杏奈。」
「はい………っ!」
大輝と2人で最後のコンクールに出られる。その事実が何より嬉しくて、帰り道に…………
「大輝、おかえりぃぃぃぃぃぃ‼︎」
「ただいま、久石。そして、よろしくな。」
「うん‼︎全国金、獲ろうね!」
「ああ‼︎」
柄にもなく泣きじゃくりながら、大輝に抱きついたのだった。
最終回みたいな雰囲気ですが、もうちょっとだけ続きます。
ちなみに大輝は病み上がりのため、肺活量や筋力、体力の低下でかなりダメージを受けました。そのためチューバが足りなくなり、本作初の4人編成になってます。