「産めよ増やせよ地に満ちよ」
しかしエデンの園を追放された人間たちは、集合知とその力の強さを知ってしまいます。
そして人々は集まり、こういいました。
「さあ、天まで届く塔を建てよう。そして我々の名をあげ、この地に散らされぬようにするのだ。」
と。
第1話 天へと昇る、人類の塔
思えば、あれは何のために建てようと言い出したのだろうか?
『人類の限界を知りたかった』
『技術の粋を形にしたかった』
なんて言えば聞こえはいいだろうが、実際のところは多分。
『暇だった』
「暇だからという理由でここまでされるのは聞いてないニャ。」
「都市は十分に
彼女は僕の旅の相棒のロムナだ。
ロムナの語尾が奇妙なのは、やはりあの塔のせいなのだろう。
いや、正確にはあの塔だったものがもたらしたもののせいだろう。
「リウだって語尾がないの変だニャ。」
僕はもともとこうだったのだから別に変ではない……変ではないはず。
僕たちは長い旅をしていた。
その中で、この国に出会った。
荒野の果てに、同じく砂漠色をした巨大都市。
昼はとても暖かいというのに、朝晩は凍えるほど冷える。
そしてその蜃気楼の中に、いっそう壮観さを誇っていたのが、あの塔だった。
「人の執念と夢がそのまま出てきちゃったみたいな形……」
ロムナは初めてあれを見たとき、そう言っていた。
現地の人々は『
階段状に形成されたその塔は高さは天を貫くようで、塔の先端は雲にかぶり、最下層ですら人を豆粒のように化かしてしまう巨大さがあった。
しかしそれでも未完成と大工たちは高らかに笑っていた。
街の石工屋ではレンガが焼ける熱と、黒い油が焦げるようなにおいが漂っていた。
その3日後。
街じゅうに荘厳《そうごん》な声が響き渡る。
「なるほど、してやられた。一つの民というのは言葉を一つに介して、不可能さえなくしてしまう。さて、我々はこの地の方々に住むように命じたはずだ。一つに集まろうというのは何事か。」
「お前らがそうするというのなら、我々はお前らの言葉を乱すことにしよう。」
「お前らが、互いに相手を理解できなくなるように。」
神の声なのか、そうでないのかは分からない。
しかし次の朝には、一人一人の言葉が違っていた。
とある者は「プサイエルコングルゥ!」と叫んだり、とある者は人間とは思えない音でコミュニケーションを取ろうとして来たり。
その有様に人々はひどくおびえ、今は街全体が静まり返り、外に人間はほとんどいない。
一つ先の町では、混乱のさなかで人殺しが起きるほどぐちゃぐちゃにされたらしい。
「僕たちがこうして違和感ありながら話せているのは、相当運が良かったのかも。」
「慣れるしかないのニャ?」
「神殺し……いや、神を脅せるような人間がいなきゃ。あるいは――」
「神を殺してしまったら戻せなくなるかもしれないからニャ?」
そう、と言おうとしたが、やめた。
神が一度下りた土地でこの議論は少々危機感に欠ける。
さておいて、塔を放棄して心まですっからかんになったこの街の人々もそろそろ騒ぎ始めるかもしれない。
出立の準備を始めなければ。
僕はズボンを履き、ベルトを着けてホルスターを付ける。
洗濯したてのシャツの上から膝ほどまである、色褪せたオリーブ色の外套を羽織り、キャスケット帽の上からフードをしっかりとかぶる。
こうしないと朝の冷え込みはシャレにならない。
ロムナもややオーバーサイズな赤錆色のモーターサイクルパンツを履いて、白いニットのシャツを着る。
ロムナは少し暑がりだから、その上から僕のような外套じゃなく、ジャケットを着る。そしてその上からライフルを背負う。
あまりにもライフルが大きいので、ロムナの小柄な体がやけによく目立つ。
「リウのスカーフ巻いたげるニャ!」
「難しくない?」
革のバッグパックに麻袋を巻き付け、ロムナのメッセンジャーバッグにも同じようにする。
そして最後にゴーグルをかける。
「かばんは持った?水筒の水は?テントの穴は直したっけ?」
「バッチしニャ!ガンは?」
「なにそれ。」
「ばんばーんニャ!」
「ああ、けん銃……ガンでいいや。弾はあるし、薬室にも入れたよ。」
明け方の砂丘に、白い息が重なる。
電灯の消えた濃い青鈍色の街並みに日が差し始める。
急がなければ。僕はそう思った。
旅人の勘というやつだ。
ホルスターを外套に隠し、ロムナのライフルにも麻袋をかけて薬草で少し形を崩した。
「これじゃすぐ撃てないニャ!」
「すぐ撃てるって、ここの人たちに知られたら言葉を介さなくてもすぐに殺されるよ。」
「――そうかニャ?」
「ここから暫くは旅じゃない。生存のためだよ。」
それを聞いて少し緊張したのか、ロムナは普段肩ほどまでかかっている髪を後ろで結った。
戦闘前や緊張した時のロムナの癖だ。
そして僕の予想は、数秒後に立証された。
夜明けの街中に響いた一発の乾いた銃声。
街じゅうの混濁した不安や、さまざまな怒りが破裂したようなその音は、街を一気に混沌へと落とし込んだ。
ドアというドアが蹴破られ、人のようなものが怒号とともに飛び出してくる。
自然の洪水に劣らない、絶望と恐怖心が渦巻くような様子に、僕とロムナはつい走り出してしまった。
あとがき
ハルーメンでは初めての連載になります、よろしくお願いします、月浦水面(別名:つきみなも)です。
バベルの塔って、倒されて言語ばらばらになって終わり、だと思ってませんでした?
実はバベルの塔は倒されたのではなく、言語がバラバラにされたことで協力しての建設が不可能になり、放棄されたんです。
つまりこの作品は旧約聖書に忠実な世界観ということになります。
この作品ではバベルの塔の事後を中心に物語を展開していきます。
言葉が通じないということはどういうことか、社会とはどんな仕組みなのか、信頼とは?平和とは?
意外と、深い作品かもしれませんよ。
深い作品かどうかは私は知りません。書いてる人に聞いてください。月浦水面とかいう人に。
ちなみにこの欄はあとあと、番外篇を書く場所になります。あしからがらず。