ゲヘナ学園所属の男子生徒がいろんな生徒に重い矢印向けられていく話 作:コウハクまんじゅう
「ひいいい!?助け─」
言い終える前に白刃が閃き、一体のオートマタ兵が斬り伏せられる。同じ小隊の兵たちは動揺しながらも銃を構え、照星を覗き込む。
「う、撃て!」
隊長の一声で引き金に手をかけるよりも早く、返す刀で斬り上げた刃が、一番近くにいたオートマタ兵の銃を跳ね飛ばす。
「じ、銃が─」
「おっと、斬り損ねたか。まだまだ片目は慣れねェな。」
瞬間。
オートマタ兵の間を白刃が駆け抜け、ことごとくを一刀のもとに斬り伏せる。
地面に崩れ落ちる音を聞き届けてから背後を振り返ると、そこには今しがた斬り伏せた小隊も含め、無数のオートマタ兵達が転がる死屍累々の光景が広がっていた。
「石切先輩、こっちも終わりました。」
ガチャ、と耳に心地よいボルト音から一拍置いて空薬莢が転がった。音が聞こえてきた方を振り返れば、頼もしい班員達が各々の銃に弾を込めながら駆け寄って来るのが見えた。
「あァ、お疲れさん。そっちも終わったか。」
「はい!私たちにかかれば楽勝です!」
「せんぱぁ〜い、私ィ、カフェラテ飲みたいです〜」
「ちょ、ちょっと!」
「いいじゃ〜ん。今日はうんざりするほど不良シバき回ってェ、その上救援要請まできっちりこなしたんだからぁ。ご褒美欲し〜ですう」
「わァーったよ。あとでな。…ああそうだ。お前らも何か飲むか?奢るぜ。」
「えっ、い、いいんですか?」
「しかし、私たちは仕事をしたまでで…」
「いいんだよ。罰ァ当たりゃしねェ。」
「せんぱい太っ腹ァ〜」
「…思ったんだけどさ。あんた、喋り方先輩に寄せてない?」
「あ、それ私も思った。母音伸ばすところとかまんまじゃん。」
「は、はあっ!?違うけど!!先輩の事とか!全ッ然意識とかしてないんですけどッ!?」
「憧れの先輩の真似したくなっちゃったんだねぇ〜?うんうんわかるよ〜??」
「だあー!もう、うっさい!!ちょっと黙っててくれる!?」
そうしてわちゃわちゃと騒ぐ班員をよそに、インカムに手をやる。
「あ、あー。イオリ、こっちァ制圧完了だ。」
『了解。そっちに護送車回すから、確保お願い。』
「うィ」
インカム越しに聞こえる悪徳企業の親玉の悲鳴を聞きながら、ずっしりと重たい愛刀を静かに刀身を鞘へしまった。
□■□
「お疲れ、石切。」
「おう、お疲れ。」
摘発された悪徳企業の手先共が俺とイオリの班によって根こそぎ護送車へぶち込まれる様子を柵に背を預けながら見ていると、缶コーラを二つ持ったイオリがやってきた。
「救援ありがと。思ってたより数多くて…。」
「気にすんな。もう巡回終えて戻るとこだったし…おっと。」
「手伝ってくれたお礼。返さなくていい。」
お礼と称して投げ寄越してきた缶コーラを受け取り、栓を開ける。炭酸が弾ける軽快な音と共に鼻腔を爽やかな香りが抜けていった。
隣に来たイオリも柵に寄りかかり、護送車の前に列をなしているオートマタ兵たちを見やった。
「相変わらず凄まじいな。ほんとに隻眼なのか?」
「ああ。まだまだ慣れねェ。」
一拍置いた後、アルミ缶を握りしめたのか、中の空気が押し出され缶が歪む音が耳に届いた。
「…そう。困ったら、いつでも私に言ってよ。」
「…ああ」
幾分身体をこちらに近づけたイオリは再びコーラを呷ったが、何かを思い出したように喉を鳴らす音を止める。
「ところで…わ、私がっ、あげた銃の調子は、どう?」
「んー、最高。毎日世話になってるぞ」
「ッ!?ゴ、ゴホッゴホッ…」
「どうした!?」
勢いよくコーラを噴き出し、咳き込むイオリの背をさする。すると、手の甲で口周りを押さえながらキッとこちらを見上げた。
「〜〜ッ、そ、それ、ほんとに意味分かって言ってるのか!?」
「あ、ああ?どういうことだ?」
「だっ、だから!あげた銃の調子を訊ねるのは…って、言わせるなよ馬鹿!!」
頬を真っ赤に染め、ぷいっとそっぽを向いた勢いのまま走り去ってしまった。
「何だったんだ、一体…」
貰った銃の調子は良好と伝えただけなのに、何故か逃げられた。整理してみても何がおかしかったのかがわからない。
「まぁいいか。後で誰かに聞こう。」
握りつぶされ、コンパクトになったコーラ缶をバスケの要領でゴミ箱に向けて放り投げた。
放られた缶は綺麗な弧線を描いてゴミ箱へ迫ったが、僅かに角度が足りず撥ね退けられてしまった。微かながらも拭えない敗北感に肩を落とす。
「先輩!最後の護送車、出ました。」
「おおー、そうかそうか。お疲れさん。それじゃあ買いに行くかァ。」
「はい!」
「は、はいぃ…」
駆け寄ってきた班の子たちを先に行かせると、地面に転がった空き缶をきっちりゴミ箱へ押し込んでからその後を追った。
□■□
「あ〜、終わった終わったァ…」
班員にそれぞれ飲みたい物を奢り、本部でヒナに教えてもらいながら不慣れな報告書作りを終え、屋上の一角にてようやく安らかなひとときが訪れる。
ミレニアムの訪問から早くも数日が経過しようとしていた。あれ以来俺はミレニアムに行っていないが、モモイやミドリ、ヴェリタスとは時折モモトークでやり取りをしている。
しかし、その内容は必ずしも穏やかな物ではなかった。
─アリスの暴走。
それは、ゲーム開発部に暗い影を落としていた。
ゲーム開発部曰く、あの日の暴走によってアリスは塞ぎ込み、誰とも話したがらないそうだ。
(仲間達に被害はほぼ無かったとは言え、ショックはやっぱりデカいか…)
俺が直接行って話そうかとも提案したが、それも難しそうだと返ってきたのでどうしようもない。
ベンチから半身を起こし、頭をポリポリとひっかく。
「どォすりゃいいんだか…」
先生も知っているだろうし、任せておけば間違いはないだろう。だが、だからと言って俺が何もしないのも納得がいかない。
そうして唸っていると、突然目の前が真っ暗になった。
「だぁれだ?」
目を覆うしなやかで繊細な指、耳に吹き付ける吐息、鼻腔をくすぐる甘いリンスの香り、そして無視しようのない背中を押す圧力。
「サツキ。」
「あら、簡単すぎたかしら。」
指が解かれ、視界が開ける。背後を振り向いて真っ先に目に入るのは、大胆に開かれた胸元から覗く双丘。
視線を上へ上へと移していけば、申し訳程度に添えられたネクタイと襟、そしてこちらを見下ろす細められた妖艶な目。
「何か用か?」
「用がないと会ってくれないの?」
「お前が何も用がないのに来るわけねェだろうが。」
「もうっ、つれないわねぇ。」
淑やかな所作で隣に腰を落ち着けたサツキを横目に一つため息をつく。
正直、俺はこいつのことが苦手だ。というのも、『何を考えているか分からない底知れなさ』があるのだ。まぁ、話していれば分かる。
「んで、今日はどうした?」
「友人として、少し忠告をしに、ね。」
「忠告だァ?」
俺には不要だぞ、と言外に含みを持たせてサツキを見やるも、さきほどとは打って変わって瞳には非常に真剣な鋭さが宿っていた。その様子からただならざる物を感じ取り、無言で続きを促した。
「あなた、ミレニアムで揉めたらしいわね。」
瞬間、ピクリと片眉が上がるのを感じた。
俺はなるべく動揺を悟られぬように表情を繕ってみせるが…まぁ、恐らく無駄だろう。
さきほど言った苦手というのは、こういうところだ。
こいつはどうやら情報部とかいう諜報機関の長をやってるらしく、独自の情報網を持っている。その範囲は…まぁ、今の通りだ。
「ああ、安心して。不可抗力だったのも、先生やミレニアムの生徒を守るために戦ったことも知っているから。別にヒナ委員長や行政官に告げ口なんかしないわ。」
あの2人なら、とうに知ってるかもしれないけど。とつけ足したのは無視して話を続けた。
「…んで、忠告ってのはそれに関係するのか。」
「ええ。」
そこでサツキは足を組むと、こちらを鋭く目で射抜く。
「ミレニアムへ行くのは、やめなさい。」
─心臓が飛び跳ねた。
こちらを射抜くような瞳に、さらに鋭さが宿った。
「…別に、もう行かねぇ─」
「嘘ね。」
はっきりと断じ、誤魔化すのは許さないと言わんばかりに追撃を続ける。
「天童アリスに会いに行くんでしょう?」
…まさかそこまで知られていたとは。隠しても無駄だ。そう判断して、開き直ることにした。
「だったらなんだ?お前に指図される筋合いはねェ。」
「自分の立場を考えなさいと言っているの。」
「俺ァは別に、ゲヘナの風紀委員として行くわけじゃ─」
「桐藤ナギサ。」
まだ分からないのか、と言わんばかりに叩きつけられる。そこでようやく俺は、サツキの忠告を理解し始めた。
「あなたは、トリニティの首脳陣と交友関係を持っている。それに、風紀委員会…万魔殿にだって少なくない影響を与えているわ。あなた一人がミレニアムで騒ぎを起こしただけで、トリニティとゲヘナが動くかもしれない。そういう立場になっているのよ。」
その危険性を、理解しているのか。
言葉にせずとも、意図は伝わってきた。しかして、俺の出した答えは。
「……俺個人の問題だ。誰にも口は挟ませねぇよ。」
「あっ、ちょっと…!」
後ろから引き留めようとする言葉に聞こえないふりを通し、俺はその場を後にした。
一人残されたサツキは、石切が去った方向を見てやりきれない気持ちで留まることしかできなかった。
「…馬鹿な
いや、と頭を軽く振る。答えはすぐに出たからだ。
「なんとか、できてしまうから…でもね、人は万能ではないのよ、石切。このツケは、必ず払うことになる。」
誰にも届かぬ憂う言葉は、風に乗ってどこか流れていった。
□■□
勢いそのままに飛び出してしまったが、やはり戻ってもう一度話すべきだろうか。
疲労と緊張感から来る苛立ちから目覚めると、今度は頭の中が冷静になってくる。
「…言いたいことは、分かるが。」
頭の中でさきほどの会話を反芻する。理屈は分かるし、そうするべきだという考えもある。
しかし、心のうちに居座った反骨心がどうしても離れてくれない。純粋な子供じみた意地だが、ゆえに強い。
「いや、疲れてるな。」
今日一日を振り返ってみると、確かにハードだった。
ヒナがいるとはいえ、不良たちの活発さも前並みに戻ってきている。勉強もしているし、脳と体両方が疲弊しているのは間違いなかった。
一度眠れば頭も冴えるだろう。
そう思って仮眠室に向かおうとした瞬間、一通のモモトークが送られてきた。
スマホを立ち上げて確認すると、どうやら先生からのようだった。
『ゲーム開発部からアリスのことを頼まれてね。達也も一緒に来て欲しいんだけど…いいかな?』
「……」
少しの間、液晶に羅列された文字を行ったり来たりする。そして内容を理解した時、最後に残った理性が『今日はやめておけ』と囁きかけてくる。同時に、さきほどのサツキの言葉がはっきりと浮かび上がってくる。
─指が、動かなかった。
いつもの俺ならば迷わず行くと即答しているだろうが、今日ばかりはその斬れ味に翳りが見えている。
『別日でもいいでしょうか』
『今日はやめておきます』
簡単だ。
そういった内容のメッセージを送信すれば、先生は容易く身を引いて自分とゲーム開発部の面々でなんとかしようとするだろう。
しかし、アリスを心配する気持ちと合わせて、さきほどの反骨心が再び鎌首をもたげてきた。
逡巡した後に、俺は液晶に指を滑らせた。
『わかりました。俺も行きます。』
自分の仕事は終えていることを確認し、俺はスマホをしまうと先生と合流するべく、ミレニアム行きの電車へと駆け出した。
─腰に帯びた
『あげた銃が毎日使われている』・『調子最高』≒『あなたが作った味噌汁を毎日飲みたい』
奥ゆかしいキヴォトス文化でした。