蒼の向こうで君を待つ   作:ハマジロウ

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第12章 選ばなかった未来 前編

 

 

海斗 高校三年生 12月

 

 

春日部駅

 

 

いつものホーム。

 

いつもの光景。

 

ホームには、俺と竜司と蒼司の三人。

 

今日は、いつもより少し早めに学校を出て、

 

駅のホームに立っていた。

 

 

竜司が、ふっと笑って言う。

 

「なあ……三人揃うの、久しぶりだよな」

 

俺は小さく頷く。

 

「そうだな」

 

部活を引退してから、それぞれ帰る時間も変わって、顔を合わせない日も増えた。

 

以前は当たり前だった、この並びも、

 

今は少しだけ特別になっている。

 

いつもより早い時間。

 

いつもより早い電車。

 

ホームは、通勤や通学の人で溢れていて、

 

ざわめきと足音が交錯していた。

 

夜とは違う、どこか慌ただしく、

 

それでいて活気のある空気。

 

その中に立ちながら、

 

俺は、「この時間に、こうして三人でいる」

 

という事実を、少しだけ噛みしめていた。

 

 

そこに、今まで黙っていた蒼司が、そっと口を開いた。

 

「……そういえばさ」

 

少しだけ間を置いて、俺の方を見る。

 

「海兄、住むところ、どうするの?」

 

俺は一瞬考えてから答えた。

 

「ああ。さすがに、ここから通うのは無理だな。練習もあるし」

 

竜司が、当然だろ、というように頷く。

 

「‥‥だから、大学の寮に入る予定」

 

蒼司は、小さく息を吐いた。

 

「……そっか」

 

 

少し間が空く。

 

 

「来年から、二人とも、いなくなっちゃうんだね」

 

その声は、いつもの軽さより、ほんの少しだけ低かった。

 

 

 

しばらく、沈黙。

 

 

 

ホームのアナウンスと、行き交う人の足音だけが耳に入る。

 

俺は、竜司のプロ入りが、決まったことを思い出していた。

 

それでも俺は、

 

あの時――

 

「おめでとう」

 

たったそれだけしか、竜司に言えていなかった。

 

 

 

来年から、竜司は福岡へ行く。

 

もう、今みたいに会えなくなる。

 

同じ電車に乗ることも、

 

このホームに並ぶことも、なくなる。

 

 

 

分かっていた。

 

 

 

でも、これからどうするのか。どれくらい会えなくなるのか。

 

その先を想像するのが怖くて、俺は何も聞けずにいた。

 

口に出した瞬間、

 

何かが本当に終わってしまいそうで。

 

そのまま、言葉少なに、三人は電車に乗った。

 

 

 

車内でも、誰も多くを話さなかった。

 

やがて、いつもの駅に到着する。

 

改札を抜けると、外はまだ明るく、

 

夕方の光が街を包んでいた。

 

俺たちは家には帰らず、

 

そのまま、いつもの公園へ向かった。

 

小さい頃から、何度も集まってきた場所。

 

 

 

でも――

 

もう、この公園で三人が揃うことも、

 

きっと、そう長くは続かない。

 

誰も口には出さなかったけれど、

 

同じことを考えている気がした。

 

* * *

 

 

沈黙を破るように、竜司が、そっと口を開いた。

 

「カイト」

 

俺の名前を呼ぶ声は、

 

いつもより少し低くて、落ち着いていた。

 

「……野球、続けるんだな」

 

俺は何も言えず、ただ、黙って頷く。

 

竜司は、少しだけ笑った。

 

「よかった。安心した」

 

それから、少し間を置いて――

 

竜司は続ける。

 

「あのさ。来年からのことなんだけど」

 

俺は思わず、息を呑んだ。

 

――ついに、この話をする時が来たのか、と。

 

「俺、福岡に行く」

 

分かっていたはずなのに、

 

胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 

「でもさ」

 

竜司は、空を見上げて言った。

 

「時間見つけて、こっち帰ってくるよ。

 

 お前に会いに」

 

俺は、何も言わずに話を聞いていた。

 

「お前もさ、時間あったら、福岡来いよ」

 

少し照れたように、でも真っ直ぐな声で。

 

「大学は東京だろ?でも、就職――」

 

 

 

一拍置いて。

 

 

 

「大学卒業したら、福岡に来いよ」

 

その言葉は、別れの宣告じゃなくて、未来の話だった。

 

「……保健体育の教員免許、持ってればさ」

 

竜司は、少し照れたように、でも真剣な目で続けた。

 

「どこでも、教師できるだろ」

 

 

俺は、黙って聞いていた。

 

「だったらさ、福岡で教師やって、

 

野球部のコーチだってできる」

 

その言葉は、未来を描くみたいに、自然だった。

 

 

 

そして、少し間を置いて――

 

竜司は、低い声で言った。

 

「俺はさ……お前と一緒に……」

 

 

 

一度、息を吸って。

 

「お前と一緒に、ずっといたい」

 

公園の風が、木々を小さく揺らす。

 

「だから――」

 

そこで、竜司の言葉は止まった。

 

 

 

俺は、胸の奥が痛くなるのを感じながら、

 

心の中で思っていた。

 

(俺も、竜司と一緒に行きたい。‥‥一緒に、いたい)

 

(‥‥行けるものなら、全部を投げ出して、

 

竜司について福岡に行きたい‥‥)

 

 

 

――でも。

 

 

 

その「でも」が、俺の喉を塞いで、言葉にならなかった。

 

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