蒼の向こうで君を待つ   作:ハマジロウ

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第4章 あふれる想い 前編

 

 

海斗 高校二年・夏

 

 

高校二年の夏。

 

俺たち、春日部実業高校は、

 

埼玉県大会を制し、甲子園への切符を手にした。

 

校舎に張り出された横断幕。

 

鳴りやまない拍手。

 

駅前で配られる号外。

 

 

――現実感は、なかった。

 

 

県大会で一番目立っていたのは、

 

間違いなく竜児だった。

 

満塁ホームラン。

 

流れを決定づける一打。

 

ここぞという場面で、必ず仕事をする。

 

そのたびに、スタンドが揺れた。

 

気づけば、

 

竜司は県内の野球界隈で知られる存在になっていた。

 

 

 

地元紙。夕方のニュース。

 

「注目のスラッガー」という肩書き。

 

 

俺は、少し離れた場所から、それを眺めていた。

 

 

誇らしい気持ちと、

 

どこか置いていかれるような感覚が、

 

胸の中で同時に鳴っていた。

 

 

春日部実業高校野球部には、

 

はっきりした“課題”があった。

 

 

――絶対的エースがいない。

 

 

試合は、俺を含めた三人の投手で回す継投制。

 

誰か一人に託すのではなく、

 

流れをつないで、耐えて、

 

最後は打線で押し切る。

 

 

その戦い方で、俺たちは勝ち上がってきた。

 

 

竜司を中心にした、強力なスラッガー陣。

 

点を取り、流れを引き寄せ、試合を決める。

 

 

世間では、

 

俺たちは「攻撃型チーム」と呼ばれていた。

 

 

確かに、それは事実だった。

 

 

でも――その裏で、

 

俺たちは、まだ見つからない何かを、

 

探し続けていた。

 

* * *

 

甲子園・三回戦前日

 

 

夜の空気は、少しだけひんやりしていた。

 

宿泊施設の外。

 

街灯に照らされた歩道を、

 

俺と竜司は並んで歩いていた。

 

遠くから、車の音。虫の声。

 

昼間のざわめきが嘘みたいに静かだ。

 

「明日、三回戦か……」

 

竜司な空を見上げて、ぽつりと。

 

「まだまだ先、長ぇな」

 

俺は苦笑して答える。

 

「ああ。でもさ……」

 

少し間を置いて、正直に言う。

 

「なんか、信じられねぇよ」

 

足元を見ながら。

 

「俺、本当に甲子園でさ。

 

夢の甲子園で、プレーできてんだなって」

 

言葉が、自然とこぼれる。

 

「今も、夢なんじゃねぇかって思う。マジで」

 

竜司は、鼻で笑った。

 

「何言ってんだよ」

 

立ち止まって、俺を見る。

 

「俺たちの、チームの実力だろ」

 

前をまっすぐ見据える。

 

「今の俺たちなら、絶対負けねぇ」

 

その目は、誇らしげに強く光っていた。

 

「優勝だって、夢じゃねぇよ」

 

俺は、その横顔を見て、

 

胸が少しだけ締めつけられた。

 

「……なあ、竜司」

 

声が、少し低くなる。

 

「本当、すまない」

 

竜司が振り向く。

 

「俺に、もっと力があればさ」

 

言葉を選びながら、続ける。

 

「二回戦だって、俺が失点許したし……

 

 結局、お前たちの打撃に救われたみたいなもんだ」

 

立ち止まって、拳を握る。

 

「本当、俺にもっと力があれば……」

 

竜司は、すぐに首を振った。

 

「気にすんなって」

 

肩を軽く叩く。

 

「お前、すげぇピッチャーだよ」

 

真っ直ぐな声。

 

「もっと、自信持て」

 

少し間を置いて、続ける。

 

「お前がどんだけ努力してきたか、

 

 俺、ずっとそばで見てきた」

 

視線を前に戻しながら。

 

「俺が野球、続けられたのもさ……

 

 お前がいたからだよ」

 

胸の奥が、熱くなる。

 

「……竜司」

 

竜司は、はっきりと言った。

 

「お前は、力不足なんかじゃ絶対ねぇ」

 

声に、力が入る。

 

「そんなこと言う奴がいたら、

 

 俺がぶっ飛ばしてやる」

 

 

 

一瞬の沈黙。

 

 

 

俺は、吹き出した。

 

「ははっ……」

 

笑いながら、竜司の背中を叩く。

 

「サンキューな竜司、少し楽になった。」

 

それから、少しだけ真面目な顔になる。

 

「なあ、竜司」

 

夜空を見上げて。

 

「明日、絶対勝とうぜ」

 

「ああ、そうだな……」

 

そこで、竜司はふっと視線を逸らした。

 

さっきまで強気に笑っていた顔が、

 

ほんの少しだけ曇って見えた。

 

「……竜司?」

 

俺が声をかけると、

 

竜司は困ったみたいに頭を掻いた。

 

「あぁ、ちょっとな」

 

「なんだよ」

 

少し黙ってから、竜司はぽつりと言った。

 

「なんかさ……」

 

夜風が、ゆっくり通り抜ける。

 

「このままずっと、いられたらいいなって」

 

「……え?」

 

胸が、どくんと跳ねた。

 

街灯の光の下で、竜司は前を向いたまま続ける。

 

「帰りたくないっつーか」

 

小さく笑う。

 

「お前と、ずっと野球できたらいいなって思って」

 

「……なんだよ、いきなり」

 

平静を装って返す。

 

けど、鼓動はうるさいくらい速くなっていた。

 

竜司は、少し不満そうに笑った。

 

「いきなりじゃねーよ」

 

そして、静かに言う。

 

「最近、よく思うんだ」

 

「………」

 

(なんだよ、竜司。――それ、勘違いするだろ)

 

喉の奥が、妙に熱い。

 

でも、その先を聞くのが怖くて、

 

俺は何も言えなかった。

 

 

しばらく無言で歩いて、竜司がふっと笑う。

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「もう少し遠回りして、帰ろうぜ」

 

俺は、すぐには答えられなかった。

 

帰りたくない。

 

この時間が終わってほしくない。

 

俺も、同じことを思っていたから。

 

「……あぁ、付き合うよ」

 

竜司が少しだけ嬉しそうに笑った。

 

その横顔を見て、また胸が苦しくなる。

 

 

(俺も、このまま帰りたくないよ……)

 

 

二人分の足音だけが、

 

静かな夜道に、ゆっくり響いていた。

 

* * *

 

甲子園・三回戦

 

 

俺たち、春日部実業は――

 

健闘むなしく、敗れた。

 

最後のアウト。

 

審判の声。

 

それで、すべてが終わった。

 

グラウンドに、崩れ落ちる仲間たち。

 

誰かが、泣き叫ぶ。

 

誰かが、帽子を地面に叩きつける。

 

 

俺も、泣いていた。

 

視界が、滲む。

 

 

(……俺が)

 

(……もう少し)

 

(もう少し、ちゃんと――)

 

 

ボールを、投げられていれば。

 

ストレートに、もっとキレがあれば。

 

あの一球が、違っていれば。

 

後悔が、次から次へと押し寄せる。

 

涙が止まらなかった。

 

 

その中で――

 

竜司は、泣いていなかった。

 

誰よりも悔しいはずなのに、

 

誰よりも責任を背負っていたはずなのに。

 

竜司は、ただ、マウンドを見つめていた。

 

甲子園の、あの土。

 

さっきまで、

 

俺たちが立っていた場所。

 

きっと――

 

竜司は、思っていたのだろう。

 

(また、戻ってくる)

 

(来年も、ここに立つ)

 

そう信じている背中だった。

 

泣いている俺たちと、

 

未来を見ている竜司。

 

同じ場所に立っているのに、

 

見ている景色が、違っていた。

 

その背中を見たとき、

 

胸の奥に、言葉にならない感情が残った。

 

 

悔しさ。

 

誇らしさ。

 

そして――

 

少しの、距離。

 

 

甲子園の空は、

 

どこまでも、青かった。

 

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