親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている。
小学校に居る時分、学校の二階から飛び降りようとして三階に突き刺さったことがある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。たちの悪い同級生の一人が教室に軽機関銃を乱射して植木鉢を割ったものだから、逃げる前に懲らしめてやろうと思ったのである。
じたばた暴れて下に降りるか、それともこのまま上に突き抜けるか悩んでいると、上の階の生徒が大きな目をして二階から飛び降りて三階にぶつかる奴があるかと云ったから、この次は真っ直ぐに飛んで見せますと答えた。そうすると上の階の生徒は、弾道ではなく照準の問題だと云うのでこれには閉口した。
土産物屋から大振りの軍刀を買って、奇麗な刃を日に翳して友達に見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。
幸い親指の皮が特段硬かったので、今だに親指は手についている。しかし勢い余って刃が滑り、机と床板を真二つに割ったものだから、避けただの物怖じしただのと云いたい放題に揶揄われた。それで頭にきたものだから、なんの日和ることがあるか、なんなら
それ以来引き時が無く、高校生になっても鉄砲を持たずにいる。刀とは云っても剣道の覚えなど無論無い、そうなれば刀も棒きれと何ら変わりは無い。キヴォトスでは鉄砲を使うのだから、棒きれなんぞ振り回しても碌なことは無い。しかしああ云った手前に鉄砲を使っては、負けたようで癪である。
刀でも鉄砲でも、使うと言ったものは使うのである。そうでなければ、こちらを馬鹿にしたやつの言い分が正しかったことになってしまう。外から好き勝手言う奴の方が実際にやる奴より偉いなんて、そんな頓珍漢な話があるものか。軟弱者と笑われるよりは、棒きれを振り回して12ゲージ弾を脳天に喰らう方がましというものだ。
間借りしている家から2、3町程離れた辺りには、山城一門という不良集団が屯して居た。山城一門は大抵が弱虫である。弱虫であるのに性は曲がっているから、鉄砲を持っておらぬ奴が居ると聞いて早速金をせびって来た。
無くして困るような額の金は無かったが――そもそも、無くして困る程の金を得たことは一度もない――弱い奴だと目星を付けられたことには無性に腹が立った。全員叩きのめしてやらねば気が済まないが、こいつらは二つばかり年上の中学生で、その上小銃を持っているから勝てそうもない。
やけくそで刀を振り回して突っ込んだら刀がすっぽ抜け、ちょうど頭の頭――つまり一門の親分にあたる奴の頭部ということである――にぶつかり、お頭はぐうと言って伸びてしまった。これ幸いと逃げ出したが結局財布は奪られた。
腹が立つからその日の夜に一門のたまり場を訪れ、ナパーム弾を投げ込んでやった。ちょっとした小火騒ぎになって百花繚乱の先輩方にこっぴどく叱られたが、奪られた財布と紙幣は駄目になった筈である。
この外いたずらは大分やった。黒板を叩き落として反省文を書いたことがある。掃除の時間に箒でイズナとちゃんばらをやっていたら、奴が卑怯な業を使うものだから、勢い余って黒板に突きを当ててしまった。その黒板は二つの黒板がチェーンで繋がれて上下に動く仕掛けだったのだが、丁度そのチェーンが千切れたらしく、二枚とも下の方に落ちて動かなくなった。
先輩は誰がやったと顔を真赤にして怒っていたが、自分がやりましたと名乗り出た途端に怒る気も失せたような顔で頭を抱えた。
反省文には大きくすみませんでしたと書いたが、それではいけないと書き直しをさせられたので、もっと強い力を込めて大きくごめんなさいと書いた。用紙の四角に一つずつ文字を書いた反省文ができたのは、日も暮れた頃のことである。
この反省文は先輩の助言どおりに書いたものだが、くどくど回りくどい事ばかり並べて、言い訳がましいったらない。肝心の反省がちっとも感じられない。これを提出するより最初の一枚の方が良い様に思ったが、受理されたのは最後の反省文だったようである。
おれと姉は姉妹揃って乱暴な性分だが、姉はずるいので昔から仲がよくなかった。十日に一遍ぐらいの割で喧嘩をしていた。この姉は建物やら車やらをよく爆破している。ものを壊すぶんには自分の言えたことでは無いが、こいつはその後でとっとと逃げてしまうのである。
おれだってものを壊しはするが、逃げたことは一度もない。自分に非のあるようなことをやったなら、逃げたってお天道様が見ているものだ。それに、ちゃんとした理由があって、天地神明に誓って後ろめたいことのひとつも無いと云うんなら、泥棒のように逃げ出す必要がどこにあるもんか。
わざわざ逃げるくらいなら、はじめから無差別テロなどするものじゃあない。いたずらをやったら当然に罰を喰らうもんだ。高校生にもなって、高架道路を真二つに叩き落としたのに説教一つ受けずに居ようなんて虫がよすぎる話だ。金は借りるが、返す事はご免だと云う連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違ない。
学校とは勉学をするところである。停学まで喰らって、全体何のために高校に入ったんだ。そんなふうだからやれ七囚人だの災厄の狐だの、世間で好き勝手に陰口を叩かれるのだ。
そんな姉が先日、どうも一目惚れをした模様である。惚れた相手は、キヴォトスに先日やって来たシャーレの先生だという。存外ミーハーな姉だ。
先生とはどんな人かと聞いてみれば、一目以外には何も分かっておらんらしい。そのくせ運命だのなんだのと、一度顔を見ただけでよくもまあこんなにも美辞を並べられるもんだ。こちらは一言聞いただけだというのに二言も三言も、それどころか十言も喋りつづけるにはまったく閉口した。
しかし、惚れただの腫れただの、妹に云ったところでどうにもなるもんじゃあない。「そんなに沢山云う事があるなら、じかに云いに行くがいいじゃないか」と云ってやると、姉は呆けたような顔をした。さて何か間違ったことを云ったかと、少し考えてみたら合点がいった。
姉はよくものを壊しては逃げるので、今はヴァルキューレから指名手配された身である。連邦生徒会直轄の機関であるシャーレに入るには、不都合も随分多いのだろう。禁錮やら懲役やらを喰いたくないというので逃げてばかりいるから、肝心なときにそんな事になるのだ。情けない奴だ。
全くもって情けない奴だが、姉は姉である。仕様が無いから頼みを聞いてやろうと云うと、どういう訳か姉はますます呆けた顔をする。
「あの、ナツメ?別に、あなたに頼みたいことがあるわけでは無いのですが……」
「何だ君、あれだけ言った癖して肝心な部分だけは忖度してもらおうって云うのかい。つまり、指名手配の姉貴に代わって、おれに伝えてこいと云うんだろう」
「ち、ちちち違います?!そんな恥ずかしいこと……」
「
「ま、待ってください!然るべき時が来たら、ちゃんと自分が直接伝えますから……!」
どうやらこいつは始めっから腰が引けているらしい、こんな具合では然るべき時なんてものが来るのに何年かかるか知らん。しかしよくよく考えてみたら、当人がやるなと云うのにわざわざ面倒事を背負い込む必要も無い。そんなら何も云わぬと云ってやれば、ようやく安心した様であった。
しかし仮にも、色恋とは全く無縁のような姉のはつ恋である。どこの馬の骨とも知れぬ奴に姉を嫁に遣るのも無責任であるから、やはり先生を訪ねるべきであろう。そこでその日のうちに出立して、夜行列車でD.U.セントラル地区を訪れた。
姉が随分とものを壊して廻ったそうだから、シャーレには菓子を包んで持って行った。賠償金も一緒に出すのが道理であるようにも思うが、粗暴な性分が災いして日雇いの仕事は大抵がすぐに解雇される。そんなわけで、宵越しの銭さえ持ってはいない。建物丸ごと一つの修理費など、到底その場では捻出できそうにないのである。
何の考えも無く訪問したが、シャーレの先生を訪ねるのにアポイントメントは要らんらしい。陰陽部の部長でさえ何日待っても連邦生徒会長には会えんというのに、権力者にも妙な奴があったものだ。
この先生というのは背の高い大人で、色が白くて随分整った顔立ちをしている。成程姉が好きになりそうな顔である。しかし奇妙なことに、男なのか女なのかはどうにも判断がつかなかった。まぁ姉が結婚だなんだと云うのだから、たぶん男なのだろう。
「おはようございます、先生。少しお時間を頂いても構いませんか」
"うん、構わないよ。今日はどうしたの?"
「先日に姉が随分迷惑を掛けたと聞いたので、今日は姉に代わって詫びを入れに。あとはもう一つ、先生の人となりを確かめに来ました。こちらの理由の方は云わんと約したので云えませんが」
"えっと、迷惑って?"
「ああ云い遅れました、僕は百鬼夜行連合学院所属の狐坂ナツメといいます。先日この辺りで無法を働いた狐坂ワカモの妹です」
そう聞くと先生は大いに魂消た様子であった。姉のことについてはおれの
しかし、弁償や罰金を求められなかったのは幸いである。その辺の強請りとは違う、将来姉の伴侶となるかも知らん相手だ。正式に請求されればきっと払う腹積もりではあったが、金のあてなど何一つ無い。そんなものがあればとっくに使っている。
話をしてみれば、この先生というのは、火付強盗の類ではないし、ドメスティックバイオレンスを働くような奴でもなさそうである。教育者としては軟弱に思えるが――鉄拳制裁をやらないし、散弾銃の一本さえ持たんという――、姉の恋路である、よっぽど悪辣な輩でさえなければ妹が口を挟むことも無いだろう。
二、三言ばかり詫びて、用が済んだので帰ると云うと、先生は態々ここまで足を運ばせたのが悪いから茶でも飲んでいけと云いだした。妙な話である。土産物を持ってきた奴は土産物を渡しても長々と居座るものだが、土産物を受け取る側は土産物さえ受け取ってしまえば用が済んでいるものだ。とっくに土産物を渡した奴がさっさと帰るというのに、引き止める奴の気が知れぬ。しかし断るのも失礼であるし、損にもならないからもらっておくことにした。
先生はどういうわけか、やけにおれのことを褒めた。先生は、おれのことを真っ直でよい気性だと云う。しかしおれには先生の云う意味が分からなかった。本当によい気性なら、先生以外のものももう少し善くしてくれるだろうと思った。おおかた、生徒なら誰にでもこういうことを云っているのだろう。
「先生はそう言いますがね、僕ぁお世辞は好かんのです」
"お世辞ってわけじゃないよ?"
「気性が良いか悪いか自分じゃ知りませんが、学内じゃドロップアウトだ何だと云って持て余すんだからきっと悪いんでしょう。何か他の要件があるなら、機嫌なぞ取らんでもさっさと切り出したらどうです」
"自分のことを決め付けるのは良くないんじゃないかな。"
"事件は昨日のことなのに、すぐにこうして話しに来てくれたし。"
"正直者で、言葉遣いは丁寧だし。"
"ナツメはいい子だよ。"
「いや参った、人に褒めてもらって頭ごなしに食ってかかっちゃ不義理というものですね。これは全く悪い、あやまります」
先生はおれが何と云っても、人を褒めないことには気が済まんらしい。まるでおれに似たものをまったく新しく製造して誇ってるように見える。
おれは自分が到底褒められたたちじゃあないと分かっているから、他人から木の端のように取り扱われるのは何とも思わない。かえってこの先生のようにちやほやされるのはどうにも気味が悪かった。
帰り際、先生にシャーレに所属してはどうかと聞かれた。シャーレというのは文学が赤点でも務まりますかと訊けば、それでも務まると云う。
奉公先を丁度解雇されたばかりで、部活動は暇な時期である。他に何をしようというあてもなかったから、そんなら入りますと即席に返事をした。
その場ですぐ申請書を書き、青色の封筒に入れて渡した。何のために封筒を青くするかは知らんが、シャーレの封筒は七割八分が青色らしい。随分妙な封筒である。そんなに青が好きなら、ついでにシャツもネクタイも青にすればよかろう。
下宿へ帰る前に姉に会いに行って、先生に会ってきた。シャーレに入ることにしたと云うと、どうも妙な顔をする。何がおかしいかと聞けば、先生は自分が先に好きになったのである、抜け駆けをするつもりかなどと云いだした。
これはまったく心外である。もとより互いに関りの薄い姉妹だ、おれが世辞一つで浮かれるような奴だと思われていることについては百歩譲って許すとしよう。
しかし、先生が肉親の惚れた相手と知りながら、姉の意気地なしであるのをいいことに色目を使い、横から搔っ攫おうと狙うような下衆であると思われたのには非常に腹が立った。これでも妹として、多少なりと姉の行く先を案ずる身なのだ。
「なんだ君、随分と失礼な言い草だ。おれがそんなに尻の軽い奴だと云うのかい」
「……あなたがそのような人でないことは分かっています。ですが、その……先生はあまりに素敵ですから」
「この色ぼけめ、なんだっておれの好みが同じだと思ってやがる。君の頭がどれだけ煮立ってるか知らんが、人の心を疑うのは最も恥ずべき悪徳だ。そもそも、てんから妹にばかり云って何の得がある。紹介してやるから、明日朝一番にシャーレに行くがいい」
「そ、そんな!いきなりお会いするだなんて、溢れるこの想いを抑えられそうにありません……!ま、まずは綿密な準備を……」
「呆れた姉だ。生かして置けぬ」
ナツメには恋愛がわからぬ。ナツメは、百鬼夜行の生徒である。見栄を張り、お祭り運営委員会と遊んで暮らしてきた。けれども軟弱者に対しては、人一倍に敏感であった。