朝、篠原澪はリュックの口を開けていた。
昨夜、いったん全部出して確認したばかりである。
カラビナ、防水ポーチ、小型フック、ホイッスル。それぞれ小袋へ分け、在庫表とも照らし合わせた。クリアファイルには価格表、鑑定結果のメモ、注意事項、販売禁止品リスト、リュシアへの相談メモ、レシートの控えまで入っている。
そこまでやったはずなのに、朝になるとまた気になった。
「ホイッスル、どこだっけ」
昨日、安全用だから販売在庫とは分けた。そのことは覚えているのに、どの袋へ入れたかまでは自信がない。
澪はリュックへ手を入れた。
「あった」
すぐに見つかった。
ところが今度は、防水ポーチの数が気になる。
「3個……だったよね」
数えてみると、ちゃんと3個あった。
ついでにカラビナまで確認したところで、澪は手を止めた。
「……何してるんだろう」
昨夜と同じだった。
商品そのものは小さい。百円ショップの棚なら、まとめて片手で持てる程度しかない。
それが押入商会の商品になると、カラビナには「重い荷には使わせない」という注意がつき、防水ポーチは完全防水ではない。小型フックはまだ試験用で、ホイッスルは売り物ではなく安全用だ。
ただ袋へ放り込めば終わり、ではなくなっていた。
澪は出した小袋を戻し、紙類も入れ直した。
どれも薄いはずなのに、重なると立派に場所を取る。
「小物商なのに……」
商品より紙の方がリュックの中で幅を利かせていた。
肩紐を持ち上げると、ずしりとくる。
「重い」
商品の重さだけなら大したことはない。それでも、何がどこに入っているかまで頭の中で抱えていると、肩まで余計に重く感じる。
昨夜は、収納スキルでもあれば楽なのに、と考えた。
その直後、中身を忘れたらもっと困ると思い直した。
リュックなら、最悪の場合は全部出せば済む。見えない場所へしまう能力で同じことをやったら、探し物の難易度だけが上がりそうだった。
澪はファスナーを閉じた。
「今日は開けない」
言葉にしておかないと、玄関へ行くまでにもう一度開ける気がした。
今日は新商品を増やさない。今ある物の管理を見直す。
そう決めて押入れの襖を開けると、焼いた肉と香草、革と土埃の匂いが六畳間へ流れ込んできた。
澪はリュックを背負い直し、畳から石畳へ足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
リュシアの倉庫へ着くと、澪はリュックを木箱の上へ下ろした。
なるべく傾けない。
普通に扱う程度で中の小袋が混ざるとは思わない。それでも今日は妙に気になった。
カラビナと防水ポーチを出し、その横へ小型フックとホイッスルを並べる。
リュシアが横から覗き込んだ。
「澪、また荷物が増えてないかい?」
「商品は増やしてません」
「じゃあ、何が増えたのさ」
「管理です」
「管理?」
澪はクリアファイルを持ち上げた。
「売る物と、相談する物と、まだ売らない物と、注意が必要な物を分けたら、紙と袋が増えました」
リュシアにはゲンダイの文字は読めない。それでも紙の厚さを見れば、面倒が増えていることくらいは分かるらしい。
「収納持ちなら楽なのにね」
澪の手が止まった。
「収納持ち?」
「なんだい?」
「物をしまえる収納ですか?」
「そうだけど」
本当にあった。
昨夜、自分で欲しがったばかりのものが、異世界側には普通に存在しているらしい。
「珍しくはあるよ。市場にも少しはいる。荷運びとか使い走りなら、使えるだけでも便利だね」
「リュシアさん」
「なんだい」
「それ、もうちょっと早く知りたかったです」
「聞かれてないからね」
正しかった。
澪は黙った。
「そんなに欲しいのかい?」
「荷物が減るなら欲しいです」
「即答だね」
リュシアが笑い、倉庫の外へ声をかけた。
「トト、いるかい!」
「いるー!」
すぐ近くから返事がした。
トトが倉庫へ顔を出す。
「なに?」
「収納、澪に見せてやって」
「いいよ」
トトは澪のリュックを見て、先にそちらへ反応した。
「澪姉ちゃん、今日も荷物多いね」
「整理してきたんだけど」
「多いよ」
「……はい」
整理したから減る、とは限らなかった。
トトは近くにあった自分の木札を1枚取り、手のひらへ乗せる。
「見てて」
次の瞬間、木札が消えた。
「えっ」
澪はトトの手を見て、袖へ視線を移し、最後に腰の袋まで確認した。
「隠してないよ」
トトがむっとする。
「ごめん。手品だったら、どこに隠すのかなって」
「手品?」
「こっちの話」
トトは空の手を見せたあと、また目を閉じた。
木札が手のひらへ戻ってくる。
「すごいです」
「すごいでしょ」
機嫌はもう直っていた。
「どうやってるの?」
「袋に入れる」
「その袋は?」
「ここ」
トトは自分の胸のあたりを指した。
「頭の中に袋がある感じ。そこに、ぽいって」
「ぽい?」
「ぽい」
説明はそこで終わった。
澪は続きを待ったが、トトもこちらを見ている。
「……それだけ?」
「うん」
かなり感覚的だった。
リュシアが補う。
「トトの収納は小さいよ。重い物は無理だし、生き物も入らない」
「生き物は駄目なんですね」
「そこは駄目だね。ほかは人によって違うらしいけど、トトは自分の荷物の方が入れやすいみたいだよ」
「自分の荷物」
「拾った物とか、人の物だと入りにくい時がある」
トトが横から続ける。
「あと、いっぱい入れると混ざる」
澪の視線が止まった。
「混ざる?」
「うん」
「中で?」
「袋だから」
当然という顔だった。
「探せば出てくるよ」
「探すんだ……」
昨夜のリュックが頭に浮かんだ。
どの袋へ入れたか分からなくなり、一度全部出して並べた。
あれを見えない場所でやるのは嫌だった。
「やってみるかい?」
リュシアが聞く。
澪は木箱の上からカラビナを1個取った。
「できるかどうか分からないですよね」
「試すだけなら銅貨も取られないよ」
「それなら」
トトが横から言う。
「頭の中に袋ね」
「袋……」
澪は目を閉じ、普通の布袋を思い浮かべた。
口を開いて、手に持ったカラビナをその中へ落とす。
そう考えてみたが、何も起きない。
「入らない?」
「まだいます」
「何が?」
「カラビナが」
トトが澪の手を見る。
「いるね」
見れば分かる。
もう一度試しても、カラビナは手のひらに残った。
トトができるからといって、自分にも同じ方法が使えるとは限らない。
ただ、今の一度だけでは何を真似すればいいのかも分からなかった。
澪はトトの手へ目を戻す。
「トト、もう一回やってもらっていい?」
「いいよ」
「今度は、ちょっと見せてね」
「なにを?」
「収納。鑑定してみたい」
「いいよ」
返事は軽かった。
トトはまた木札を手のひらへ乗せる。
「まだ入れないで」
「うん」
澪はトトへ鑑定を使い、その中に見えた収納へ意識を絞った。
文字を読むだけではなく、その技能そのものを覗くつもりで意識を向ける。
すると、表示の横へ薄い像が重なった。
袋の中を覗き込んだような、輪郭だけの簡単な絵だった。
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トトの収納
分類:収納技能
状態:待機
収納物:なし
----------------------------------
像の中にも、まだ何もない。
「入れてみて」
「うん」
木札がトトの手から消えた。
同時に表示が変わる。
----------------------------------
トトの収納
分類:収納技能
状態:使用中
収納物:木札1
----------------------------------
文字の横に見えている像にも、さっきの木札が1枚あった。
「……ある」
「あるよ?」
「本当に中にある」
トトには当たり前らしい。
澪には当たり前ではない。
目の前から消えた木札が、鑑定で見えている場所には確かに残っていた。
「出してみて」
「うん」
木札が手のひらへ戻る。
像の中からは消え、収納だけが空のまま残った。
「もう一回お願い」
「また?」
「今度は入るところをちゃんと見たい」
トトが木札を収納する。
手元から消れた直後、鑑定で見えている収納の中へ木札が現れる。
取り出せば、そこから消えてトトの手へ戻った。
澪は鑑定を切らず、その変化を追った。
「もう一回」
「また?」
「お願い」
もう一度やってもらう。
今度は木札が消える瞬間ではなく、収納の中へ現れる方へ意識を向けた。
「もう一回だけ」
「さっきも言った」
「……ごめん」
トトの顔が、だんだん面倒そうになってきた。
それでも付き合ってくれる。
同じ動きを何度か見ているうちに、最初はただ消えたとしか思えなかったものが、少し違って見えてきた。
木札そのものはなくなっていない。
手のひらから収納へ移り、取り出す時には収納から手元へ戻っている。
「……消してるんじゃないんだ」
「だから袋に入れてるって言ったよ」
「うん。今、分かった」
言葉だけで聞いた時には、「頭の中の袋」というたとえだと思っていた。
鑑定で中まで見ると、本当に別の場所へ移っている。
澪は最初に聞いた話を思い出した。
「混ざるって言ってたよね」
「うん」
「木札、もう1枚入れられる?」
「入るよ」
トトは別の木札も収納した。
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トトの収納
分類:収納技能
状態:使用中
収納物:木札2
----------------------------------
像の中では、2枚の木札が同じ場所へ入っていた。
棚や仕切りのようなものは見えない。
「ほんとに混ざってる……」
「だから言ったじゃん」
「これは嫌だなあ」
「なんで?」
やはりトトには分からない。
2枚とも取り出してもらい、今度は1枚だけ入れてもらう。
収納前を見て、入ったところを見て、取り出した後も見る。
さらに別の木札でも試してもらった。
どれも同じだった。
手元にあった物が収納へ移り、そこへ残る。取り出せば、また手元へ戻ってくる。
澪は最後に空になった収納まで確認してから、鑑定を解いた。
「澪姉ちゃん、もういい?」
「うん。ありがとう」
「長かった」
「ごめん」
トトは木札を腰の袋へ戻した。
そちらは普通の袋だった。
澪は少し考えてから、自分自身へ鑑定を向けた。
見えた内容は、昨日までより増えていた。
----------------------------------
篠原 澪
分類:人間/異界渡航者
役割:押入商会代表
現在ジョブ:商人
状態:睡眠不足/軽度疲労
疲労度:22%
身体異常:なし
----------------------------------
基礎能力値
体力:37
筋力:28
器用:49
知力:66
判断:51
精神:54
集中:42
----------------------------------
既得スキル
鑑定:3
----------------------------------
成長傾向
収納:芽あり(+)
商才:芽あり
危機回避:学習中
在庫管理:上昇中
----------------------------------
「……増えてる」
「何が?」
リュシアが聞く。
「鑑定が3になってます。それと……収納」
既得スキルには、まだ収納がない。
代わりに成長傾向の中へ、
『収納:芽あり(+)』
と出ていた。
「芽あり?」
「はい。さっきまで収納そのものがなかったのに」
トトへ何度も同じことをさせた理由が、一応あったらしい。
澪は『収納:芽あり(+)』へ意識を向けた。
さらに鑑定してみる。
収納という技能について、ぼんやりしていた部分が少しだけ形を持った。
自分の外にある物を、別の領域へ移す技能。
今はまだ芽の状態で、使える技能としては成立していない。
そこまでは分かる。
しかし、その横についている(+)については何の説明も出なかった。
「このプラス、何だろう」
「プラス?」
「表示の横についてるんです」
リュシアには見えない。
トトも首を傾げている。
澪が(+)へ意識を向けると、妙に引っかかった。
文字として見えるのに、ただ読むだけではない。
そこを選べそうな感じがする。
「……押せるのかな」
「何を?」
「プラス」
「押せるなら押せば?」
トトは簡単に言った。
「そう簡単に言う……?」
押したあとで何が起きるのかは表示されていない。
何かを使うのか、使うならどれだけ減るのか、そもそも残りがいくつあるのかも分からなかった。
見えているのは(+)だけだ。
澪は少し迷った。
「……一回だけ」
指で触るわけではない。
そこを選ぶつもりで意識を向ける。
何かが、かちりと収まったような感覚があった。
澪は反射的に、もう一度自分を鑑定した。
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篠原 澪
分類:人間/異界渡航者
役割:押入商会代表
現在ジョブ:商人
状態:睡眠不足/軽度疲労
疲労度:22%
身体異常:なし
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基礎能力値
体力:37
筋力:28
器用:49
知力:66
判断:51
精神:54
集中:42
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既得スキル
鑑定:3
収納:1
----------------------------------
成長傾向
商才:芽あり
危機回避:学習中
在庫管理:上昇中
----------------------------------
「……収納1」
「できたの?」
トトが身を乗り出す。
「スキルにはなったみたい」
さっきまであった(+)は消えている。
何かを使ったのかどうかは、相変わらず分からなかった。
澪は木箱の上のカラビナを1個取る。
「じゃあ、今度こそ」
トトが使っていた袋を思い浮かべる。
カラビナを入れる。
何も起こらない。
「……あれ?」
「1なんでしょ?」
「1です」
「じゃあ入るんじゃない?」
「私もそう思ったんだけど」
もう一度やっても、カラビナは手の上に残った。
スキルがあることと、使い方が分かることは別らしい。
澪は袋の代わりに、普段使っているリュックを思い浮かべた。
すると今朝の光景が一緒についてきた。
入れた物が気になって出し、数を確認してまた戻す。
頭の中でも同じことをする気にはなれなかった。
防水ポーチならどうか。
口を閉じるところまで考えた途端、昨日鑑定した「完全防水ではない」という情報まで浮かんでくる。収納とは関係ないのに、中身が湿りそうな気がした。
「これも違う」
六畳間の収納ケースも考えた。
彫金の端材や小袋、細かい金具が入っている半透明のケースだ。
思い浮かべただけで中身が混ざった。
もちろん想像の中だけなのだが、それでも嫌だった。
最後に押入れを考えた。
もっと駄目だった。
澪にとって、押入れはもう収納家具ではない。
頭の中で襖を開けた途端に石畳が現れ、市場の匂いまでついてくる。
カラビナをしまいたいだけなのに、そのまま異世界へ出勤しそうになった。
「……無理」
トトが首を傾げる。
「袋、駄目なの?」
「信用できない」
「袋を?」
「何を入れたか分からなくなりそうで」
リュシアが笑った。
「まだ1個も入ってないのに、もう棚卸しの心配してるじゃないか」
「大事です」
「入ってから考えなよ」
「入ってからじゃ遅いです」
トトまで笑っている。
澪には大問題だった。
管理できない収納など、見えない場所へ物を送り込む紛失装置と大差ない。
何がいくつ入っているのか分からないまま、「たぶん中にある」と探す能力は便利なのだろうか。
少なくとも澪には怖かった。
さっき鑑定したトトの収納でも、2枚の木札は同じ空間へ入っていた。
トトには平気でも、自分には合わない。
なら、自分が一番信用できる形は何か。
木箱の上にあるクリアファイルへ目が止まった。
中には在庫表が入っている。
考えてみれば、最近の澪が袋より信用しているものが一つある。
在庫表だった。
何を仕入れ、いくつ残り、どこに置いてあるのか。売ったのか、まだ手元にあるのかも分かる。
少なくとも、そこに載っている限りは行方不明にならない。
「……袋じゃなくてもいいのかな」
「何か思いついた?」
リュシアが聞く。
「試してみます」
澪はカラビナを手のひらへ乗せた。
袋も箱も考えない。
いつもの在庫表を思い浮かべる。
未販売のカラビナが1個、押入商会の手元にある。
それを在庫表へ載せたまま、手の中から消す。
そう考えた。
何も起きなかった。
「……駄目」
「表でも入らないの?」
「何か違う」
澪はカラビナを見る。
在庫表は物を消すためのものではない。
何があって、今どこにあるのかを分かるようにするものだ。
「ちょっと待って」
試す前の状態を見ておいた方がいい。
そう考えて、カラビナへ鑑定を使う。
----------------------------------
カラビナ
分類:小型金具
状態:正常
----------------------------------
「何してるの?」
トトが聞いた。
「先に見ておきます」
「なんで?」
「あとで変わったか分からなくなるから」
言ってから、澪はトトの収納を覗いていた時のことを思い出した。
入れる前と、入れた後。
取り出した後。
比べたから、木札が消えたのではなく移っていると分かった。
同じようにやればいい。
「トト。もう一回だけ」
「まだやるの?」
「ほんとに最後」
疑わしそうな顔をされた。
それでもトトは木札を手へ乗せ、収納してくれた。
目の前からなくなっても、鑑定で見れば木札は収納の中にある。
消えたわけではない。
場所が変わっただけだ。
「……そうか」
「今度は何?」
「消さなくていいんだ」
「だから、ずっと袋に入れてるって言ってるよ」
「うん」
今度はすぐ頷けた。
澪はカラビナを握り直す。
在庫から消す必要はない。
数も変わらない。
カラビナは自分の在庫のままで、保管場所だけが変わる。
今は手の上。
そこから、収納へ。
そう考えた時、何度やっても噛み合わなかった感覚が、初めてすっと収まった。
手のひらからカラビナの重みが消える。
「……入った?」
「入った!」
トトが先に声を上げた。
澪は空になった手を見た。
消えている。
けれど、なくなった感じはしない。
手元にはないのに、カラビナが1個あることだけは分かる。
在庫表の保管場所だけが変わったような感覚だった。
そこで澪の顔から血の気が引いた。
「これ、在庫表が間違ってたら終わりますよね」
リュシアとトトが同時に澪を見る。
「そこ?」
「大事です」
「入ったばかりだよ」
「だからです」
二人には伝わっていない。
現物が見えない以上、自分の認識と実際の中身がずれたら困る。
「まず出してみな」
リュシアに言われ、澪は頷いた。
そこで止まる。
「……どうやって?」
「袋から取る」
「袋がない」
「あ」
今度はトトも困った。
澪は目を閉じた。
入れる時に保管場所を変えたのなら、戻す時も同じでいいはずだ。
収納にあるカラビナを、手元へ戻す。
そう意識すると、指先へ金属が触れた。
「あっ」
反射的に握る。
カラビナだった。
「出た!」
トトの方が嬉しそうだった。
「戻りました……」
澪は開閉部分を押してみる。
ばねも普通に戻る。
「もう一回」
収納前と比べるため、カラビナへ鑑定を使った。
----------------------------------
カラビナ
分類:小型金具
状態:正常
----------------------------------
「同じ……」
「当たり前じゃないの?」
「そうなんだけど、確認したかったの」
収納へ入れる前も正常で、取り出した後も正常。
少なくとも、今の鑑定で拾える範囲では変化していなかった。
リュシアが腕を組む。
「収納というより、管理してるみたいだね」
「たぶん、その方が安心できます」
「収納の感じ方は人によって違うって聞くよ。袋だったり、箱だったり、部屋みたいだったりね。澪は表だったんだろうさ」
「表って何?」
トトが聞いた。
澪は、ゲンダイの表計算や在庫管理表をどう説明すればいいのか一瞬迷った。
リュシアが先に口を開く。
「荷物札みたいなものだよ。何がいくつあって、どこにあるか分かるようにするんだ」
「ああ」
「それが近いです」
ゲンダイの表計算から説明せずに済んだ。
「便利そうだけど、何でも入れるんじゃないよ」
「分かってます」
昨日、売る物について同じことを考えたばかりだった。
同じカラビナでもう一度試すと、今度はすぐに入って、すぐ戻せた。
防水ポーチや小型フック、メモ帳も試してみる。軽い小物なら、今のところ問題なさそうだった。
何度か繰り返すうちに、感覚も分かってきた。
どこかへ「しまう」というより、在庫として持ったまま保管場所だけを変える方が近い。
「最初はそれくらいにしな」
「はい」
澪の視線が倉庫の壁際へ向いた。
透明盾が立てかけてある。
目立ちすぎるので置いていったものだ。透明なのに、相変わらず妙な存在感がある。
「……あれは?」
「試す顔してるね」
「壊れない物からです」
「大きいよ」
「だから試すだけ」
澪は透明盾へ手をかけ、同じように保管場所を収納へ移そうとした。
入らない。
カラビナの時にあった、すっと収まる感覚がなかった。
もう一度試しても同じだった。
「透明盾は無理です」
「重いからかい?」
「大きさかもしれないです。まだ分かりません」
盾を元の壁際へ戻す。
次にリュックの奥の布包みへ手を伸ばした。
中にはマチェットがある。
鞘に入れたまま収納を意識したところで、澪は手を止めた。
「これは駄目」
「入らない?」
「嫌な感じがします」
入らないというより、入れたくない。
刃物だと意識した途端、さっきまでとは違う引っかかりがあった。
「ならやめな」
「はい」
火をつける道具や薬品類も気になったが、試すためだけに持ってくる気にはならなかった。
「火とか薬品も、今はやめておきます」
「そうしな」
次に金貨が頭へ浮かぶ。
収納できれば、持ち歩く時の危険は減る。
そこまで考えたところで、リュシアが澪の顔を見た。
「お金を入れようとしてないかい?」
「……考えただけです」
「やめときな。金を隠せる収納なんて知られた方が怖いよ」
「やめます」
澪はすぐに引っ込めた。
食品も保留にする。
この前、ゲンダイのスポーツ飲料を持ち込んだ時のこともある。食べ物や飲み物は、中でどうなるのか分からないまま試したくなかった。
「食べ物は入れないの?」
トトが聞く。
「まだ」
「なんで?」
「中でどうなるか分からないから」
「ぼくの袋なら普通に悪くなるよ」
「トトのはそうなんだ」
「うん」
参考にはなるが、自分の収納も同じとは限らない。
トトは澪の試し方をしばらく眺めたあと、ぽつりと言った。
「澪姉ちゃんの収納、めんどう」
「私もそう思います」
「ぼくのは、ぽいって入れるだけだよ」
「うらやましいです」
トトは少し考え、カラビナを見る。
「でも、澪姉ちゃんのは、なくしにくそう」
澪もカラビナへ目を落とした。
「……それは大事」
「そこなんだね」
リュシアが笑う。
「商売には向いてるかもしれないね。管理できれば」
「その条件が重いです」
「澪はもともと重い管理をしてるじゃないか」
「褒められてるのか、仕事を増やされてるのか分かりません」
「両方だね」
悪びれもしない。
澪はカラビナを握り直した。
収納を覚えたのは嬉しい。
ただ、頭の中ではもう、何を入れたかどう管理するかの方が大きくなっていた。
◇ ◇ ◇
江古田の六畳間へ戻った時、リュックは少し軽くなっていた。
カラビナ、防水ポーチ、小型フックの一部を収納へ入れている。
肩は確かに楽だった。
澪はミニテーブルの前へ座り、ノートを開いた。
もう一度収納して遊ぶより先に、在庫表や価格表の横へ新しい見出しを書く。
『収納スキル管理表』
「……増えた」
荷物を減らす能力を覚えたのに、管理する紙は増えた。
とはいえ、書かない方が落ち着かない。
今日試した範囲では、軽い小物は収納できた。透明盾は無理で、マチェットには強い抵抗があった。火を扱う物や薬品、金貨は試さず、食品も保留にする。
その下へ、収納中の物は在庫表と照らし合わせること、寝る前には中身を確認することを書き足した。
そこで、自分用管理表の睡眠欄が目に入る。
「……寝る前の作業が増えた」
肩の荷物は減ったのに、寝る前にやることは増えている。
澪は、倉庫で初めて見えた詳しい鑑定結果もノートへ書き写した。
7つの基礎能力値は、どれが高いのか低いのかまだ分からない。それでも、今の数字を残しておけば後で比べられる。
「器用49……」
彫金を習っている身としては、そこが気になった。
疲労度22%も書く。
これも基準が分からない。
「自分まで管理対象になってきた……」
現在ジョブは商人だった。
澪はその文字を書いてから、少し止まる。
「大学生はどこに行ったんだろう」
ミニテーブルの端に置いてあった大学のノートが目に入った。
「……いた」
ちゃんといた。
しかも、そちらには提出期限まである。
澪は見なかったことにせず、収納管理の横へ置いた。
鑑定は3。
収納は1。
カラビナ1個を入れるまでに、トトへ何度も同じことをさせ、収納の中まで鑑定し、最後は袋を諦めて在庫表へたどり着いた。
「収納1は……納得できる」
澪は収納中の小物へ意識を向けた。
何が入っているかは分かる。数も分かるし、取り出すこともできる。
それでも初日の夜から、見えない場所へ入れっぱなしにして寝る気にはなれなかった。
「今日は出しておこう」
カラビナを取り出し、防水ポーチと小型フックも戻す。
ミニテーブルへ並べて数えた。
合っている。
「よし」
収納できると分かっていても、目の前で数が合っている方がまだ安心できた。
収納スキル管理表へ目を戻す。
カラビナは、入れる前も取り出した後も鑑定では正常だった。
けれど、一つだけ確かめていないことがある。
収納へ入れている間、時間はどうなるのか。
澪は最後に書き足した。
『時間経過:未確認』
壁の時計へ目を向ける。
秒針は、何事もなかったように進んでいた。
「……時計か」