押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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戦闘シーンなどない穏やかな小説のつもりだったのです。


第103話 赤樺湿地の顎

 

 ハイエースの窓は、内側から白く曇っていた。

 

 澪は毛布の中で目を開け、しばらく天井を見ていた。夜の間に車内へ残った息の温かさと、外から入り込む朝の冷えが、ガラスの上で細かな水滴になっている。白皿丘の砂は乾いていたのに、朝は少し湿り気を帯びていた。

 

 隣では、エレナが毛布にくるまったまま目だけを開けている。

 

「澪。水晶玉はまだあるか」

 

 澪は一度まばたきした。

 

「朝一番の確認がそれですか」

 

「兄上に見せる」

 

 外から、間を置かずにオスカーの声がした。

 

「購入判断はアルベルト様です」

 

 エレナが毛布の中でむくりと起き上がる。

 

「朝から聞こえているのか」

 

「護衛です」

 

「護衛は耳まで働かせるのか」

 

「姫様が水晶玉の話をされる顔でしたので」

 

「寝起きの顔まで見るな」

 

「見ます」

 

 澪は笑いをこらえながら、毛布を畳んだ。昨日の夕方、白砂の丘で作った錬成水晶玉は収納の中にある。透明な大玉の中心に白い雲のような筋が沈み、夕日を吸ったように見えた。今も、収納の一角で光を抱えている気がする。

 

 外へ出ると、白皿丘の朝は薄い青の下に静かだった。陶工村の窯から、細い煙が一本上がっている。夜の窯火は消え、代わりに白砂が淡い光を受けて、まだ目覚めきっていないように白い。

 

 真壁は焚き火跡の前でしゃがんでいた。灰へ土をかけ、水を少し含ませた布で石の周りの煤を拭う。使った場所を戻す手つきに、迷いがない。食器は乾いた布で包まれ、ランタンは熱を逃がしてから収納へ戻される。椅子は折り畳まれ、脚についた砂まで払われていた。

 

「野営跡は残さぬ。品よく去るのも行商だ」

 

 澪は靴先で白砂を軽く踏んだ。

 

「キャンプにも撤収の品があるんですね」

 

「朝の荷姿が悪い商人は、夕方に困る」

 

 真壁は顔を上げずに言った。

 

 澪は車外へ出て、白皿丘の道を見た。昨日、地図に記した坂の轍、陶工村から丘を下る道、小橋の段差、砂が流れる曲がり角が、地図6の内側に前よりくっきり残っている。線ではなく、道の癖として分かる。

 

 足を置く場所も、少し分かる。

 

 ただ速く走れる、という感じではない。踏めば滑る場所、沈む場所、硬いところ。先に選べる感覚があった。

 

「移動加速って、速くなるだけじゃないんですね」

 

 真壁は折り畳み椅子を収納へ戻しながら、静かに頷いた。

 

「道を選ぶ力でもある。急ぐだけなら、品がない」

 

 澪はその言葉を胸の中で転がした。速さではなく、選ぶ力。昨日の道補修と同じだ。どこを通るか。どこを直すか。どこへ荷を運ぶか。

 

 丘の下から、陶工頭のベルトラムが上がってきた。厚い手には布が載っている。その上には、まだ焼かれていない小皿が一枚あった。土の白さが残る、柔らかそうな形だ。底に小さな穴が二つある。

 

「朝早くに失礼します」

 

 ベルトラムはエレナへ軽く頭を下げ、真壁と澪へ布を広げた。

 

「昨日の話を受けて、形だけ試しました。まだ焼いておりません」

 

 澪は小皿を見て、思わず身を乗り出した。

 

「水切り穴……」

 

「石鹸を置くなら、水が抜ける方がよいのでしょう」

 

 ベルトラムは職人らしく、余計なことは言わない。だが、その小皿には昨日の話が確かに残っていた。土が、使う場面を持ち始めている。

 

 真壁が小皿を見て、目を細める。

 

「悪くない。使う場面が見えています」

 

 ベルトラムの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。土の良し悪しを見る職人の目のまま、しかし、手の中の小皿を昨日とは違うものとして見ている。

 

 エレナも小皿を覗き込む。

 

「昨日のうちに作ったのか」

 

「形だけでございます、姫様」

 

「早いな」

 

「見られましたので」

 

 オスカーがすぐにエレナの足元を見る。

 

「姫様、白砂で滑ります」

 

「今は滑っていない」

 

「滑る顔でした」

 

「顔で滑るのか」

 

「足より先に分かることがあります」

 

 澪は小さく笑い、白皿丘で増えた荷を収納内で整えた。錬成水晶玉。陶土。白砂。石英砂。長石候補。道補修の地点。石鹸置きの試作メモ。昨日までは丘に散らばっていたものが、今は一つ一つ、次に誰かへ渡すための荷になっている。

 

 真壁は侯爵家から渡された候補地リストを広げた。朝の風で紙の端が少し鳴る。白皿丘の次に記された名を、真壁の指が押さえた。

 

「次の候補地は、侯爵家のリストでは赤樺湿地と薬草宿場とあります」

 

 澪はその名を口の中で繰り返した。

 

「赤樺湿地……昨日言っていた、湿地ですね」

 

「ええ。燃える土の筋を見るとは言ったが、まだ荷になるとは限らない。乾くか、運べるか、煙をどう扱うか。そこまで見ます」

 

 エレナがリストを覗き込もうとする。オスカーが半歩前へ出た。

 

「姫様、紙に近いです」

 

「文字が小さい」

 

「順番に見てください」

 

 エレナは少し不満そうに下がった。

 

「薬草宿場とは何だ」

 

 真壁はリストを畳み、エレナへ向き直る。

 

「姫君。街道沿いの小さな宿場で、薬草採りと旅人相手の商いで成り立つ場所、と候補地表にはあります」

 

「薬草か」

 

 澪は収納内の薬品区画を思い浮かべた。

 

「薬草なら、セルマさんにも関係しそうですね」

 

「その可能性はある。だが、今回はまず現場を見る」

 

 真壁はそれ以上、燃える土について説明しなかった。昨日は、次の湿地で筋を見る、とだけ言った。本当に土が燃えるわけではない。それは分かっている。けれど、どう乾かし、どう使い、どう運ぶのかは、まだ現場を見なければならない。

 

 湿地。薬草宿場。燃える土の筋。

 

 白砂の丘から離れる朝に、まだ見ていない湿った場所の匂いが、候補地リストの紙から立ち上がるようだった。

 

 

 

 

 

 ハイエースは白皿丘を下りた。

 

 昨日、澪が地図に記した轍の場所へ差しかかると、車体が揺れる前に、身体がわずかに身構えた。右側の轍が深い。坂の途中で砂が流れている。荷車なら、ここで皿が鳴る。そう思うと、昨日までただ通っていた道の凹凸が、まるで別のものに見えてくる。

 

 エレナも外を見ていた。窓の向こうの景色だけではない。小橋の段差、白砂が流れた跡、荷車がすれ違うには狭い場所。視線が少しずつ、領の形へ向いている。

 

「昨日より、道が気になる」

 

 エレナが言うと、真壁は運転席から答えた。

 

「良い変化です、姫君。景色だけなら客でよい。道を見るなら、領の者です」

 

 エレナは少し黙ってから、窓に額を近づけた。

 

「なら、見る」

 

「姫様、額を窓につけないでください」

 

「少しだけだ」

 

「曇ります」

 

「もう曇っている」

 

「増えます」

 

 澪は助手席の後ろで、候補地リストと自分のメモを見比べた。白い丘陵地が低くなっていく。草の色が濃くなり、道端の土が黒く湿り始めた。車輪の音も、乾いた砂利の跳ねる音から、やわらかい泥を押す音へ変わる。

 

 遠くに赤い木が見えた。

 

 樺に似ている。けれど幹の色が赤みを帯びている。湿地の縁に並び、朝霧の中で水を吸って立っているようだった。風が通ると、葉の間から湿った匂いが来る。

 

 澪は窓を少し開けた。薬草らしい青い匂いと、泥の匂いが入ってくる。白皿丘の乾いた砂の匂いとはまるで違う。水が近い。足元が冷たい。どこかに溜まった泥の重さまで感じる。

 

「白皿丘と全然違いますね」

 

「乾いた丘から、湿った道へ移った。見るものも変わる」

 

 エレナが窓の外へ顔を向ける。

 

「赤い木だ」

 

 オスカーがすぐに言う。

 

「姫様、窓から身を乗り出さないでください」

 

「赤い木を見る顔だったか」

 

「赤い木を見る顔でした」

 

「顔が忙しいな」

 

「湿地ですので」

 

 薬草宿場は、街道沿いの小さな集まりだった。宿屋らしき建物が一軒。低い馬小屋。薬草を束にして吊るした干し場。荷を下ろすための簡単な広場。水場へ続く細い道。旅人と薬草採りで成り立つ場所だと、見ただけで分かる。

 

 けれど、空気が落ち着かない。

 

 人々は水辺を避けていた。馬小屋の扉は半分閉じられ、馬の鼻息が荒い。薬草干し場の下には泥が跳ねている。水場へ続く道には、濡れた筋が引きずられたように残っていた。

 

 ハイエースが止まる。

 

 その瞬間、澪と真壁の視界に、薄い枠が開いた。

 

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信託

赤樺湿地と薬草宿場 巡見行商

湿る道を見よ。

水辺の顎を退けよ。

薬草を摘む者の足場を守れ。

病の入口を見る前に、まず牙を退けよ。

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報酬

行商人レベルアップ

行商人系スキル成長

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 澪は、湿った風の中でまばたきした。

 

「……今回は、顎ですか」

 

 真壁は水場の方を見た。

 

「湿地にいるものとしては、分かりやすい」

 

「また答えは出してくれないんですね」

 

「楽しまれているようだ」

 

 エレナが二人の顔を見比べる。

 

「また見えないのか」

 

「はい。今回も見えないです」

 

「ずるい」

 

 オスカーはエレナの足元を見た。

 

「姫様、湿地では足元です」

 

「また足元か」

 

「今日は本当に足元です」

 

 宿場の者たちは、ハイエースとエレナの姿に戸惑っていた。だが、すぐに一人の中年男が前へ出てくる。旅人相手に慣れた腰の低さはある。だが、目の下には疲れがあり、服の裾には泥が跳ねていた。

 

「この宿場の番頭をしております、ライナーです。姫様までお越しとは……」

 

 エレナが一歩前へ出かける。オスカーが半歩で止めた。

 

「姫様、順番を」

 

「まだ何もしていない」

 

「前に出る顔でした」

 

 真壁が軽く頭を下げる。

 

「侯爵家の候補地確認で参りました。水場と湿地道で問題が出ていると見えます」

 

 ライナーは水路の方へ視線を向けた。喉が一度動く。

 

「ワニ型の魔物です。小さいものなら、火と槍で追えることもあります。ですが、親玉は無理です」

 

 彼はそこで一度言葉を切った。大げさに叫ぶのではなく、何度も同じ被害を数えてきた者の声だった。

 

「ラージアリゲーターと呼ばれています。水路そのものが動いたように見えました」

 

 エレナが眉を寄せる。

 

「水路そのものが」

 

「薬草採りが襲われました。荷馬も一頭、水場で引きずられかけました。旅人は湿地道を避けるようになり、馬小屋近くの水も使いにくい。薬草干し場のすぐ近くまで、小さいのが出た日もあります」

 

 湿った風が干し場の薬草を揺らした。葉の影が泥の上で細かく震える。

 

 真壁は水場、馬小屋、干し場、宿屋の位置を順に見た。

 

「大物がいるようですな」

 

 澪は地図6を広げる感覚で湿地を見る。宿場周辺に赤い点がいくつか浮かんだ。水路の縁、葦原の影、馬小屋の裏手に近い浅瀬。小さい。点だ。動きは遅いが、確かにいる。

 

 ただし、親玉らしいものは、まだ出ていない。

 

「小さい反応はあります。点です。いくつか」

 

「親玉は、まだ奥だろう」

 

 エレナは湿地道の方へ顔を向けた。

 

「すぐ倒しに行くのか」

 

 真壁は足元の湿った土を軽く踏み、すぐに戻した。靴底に泥がつく。その重さを見てから、エレナへ丁重に言う。

 

「こちらが沈み、相手が潜る。湿地では追うより、顔を出させる方が筋がよい」

 

「顔を出させる?」

 

「はい、姫君。宿場から離れた場所に、こちらで出る理由を作ります」

 

 ライナーが驚いたように顔を上げた。

 

「出す、のですか」

 

「ええ。宿場の水場や馬小屋の側で暴れさせる理由はありません」

 

 澪は地図を重ねた。宿場から離れた浅瀬。硬い地面。ハイエースを置ける場所。深い水路へ逃げられにくい角度。馬小屋、薬草干し場、宿屋へ射線が通らない位置。

 

 地図6の中で、候補が一つずつ浮かんでは消えていった。

 

 

 

 

 

 宿場から少し離れた浅瀬は、周囲より開けていた。

 

 赤樺に似た木がそこだけ途切れ、葦原の向こうに水路が見える。足元は湿っているが、少し高くなった土手がある。ハイエースを停めるには十分な硬さだった。

 

 真壁は地面を杖で突き、澪は地図6で下の硬さを見る。

 

「ここなら、車体は沈みません」

 

「悪くない」

 

 真壁は宿場、馬小屋、薬草干し場、エレナの立ち位置を順に確認した。どれにも射線は通らない。逃げる者がいても巻き込まれにくい。オスカーがエレナを引く道もある。

 

 澪は水路を見た。

 

「どうやって、出る理由を作るんですか」

 

 真壁は湿地の水へ視線を落とす。

 

「ワニは変温動物だ。体温を外の熱に頼る。冷えた湿地では、温かい水は目印になる」

 

「餌だけじゃなくて、温度でも誘うんですね」

 

「餌だけなら他の獣も来る。温度を加えれば、狙う相手を絞りやすい」

 

 エレナが浅瀬を覗き込もうとする。オスカーが止める。

 

「姫様、足元」

 

「分かっている」

 

「分かっている顔で踏みます」

 

「顔を信用しないな」

 

「湿地ですので」

 

 エレナは不満そうに口を尖らせたが、真壁からは目を離さなかった。

 

「温かい水で魔物を呼ぶのか」

 

 真壁はエレナへ向き直る。

 

「姫君。泥の中で相手の土俵に乗る必要はありません。こちらの足場を選び、相手の出る場所を選びます」

 

 そう言って、真壁は収納から黒い箱状の装置を出した。金属の表面は湿った空気を弾き、太い管が一本ついている。真壁はそれを水辺へ伸ばし、脚を立てて装置を固定した。

 

 澪が近づく。

 

「これは?」

 

「保温機だ。周囲より少しだけ水を温める」

 

「大きいお風呂を作るんですか」

 

「ワニ用の風呂を作る趣味はない。周囲と違えばよい」

 

 ライナーたちは、何が始まるのか分からない顔で見ていた。真壁は大げさな説明をせず、浅瀬の水の流れ、温める範囲、餌を置く位置を決めていく。

 

「温めすぎる必要はない。周囲と違うだけでよい」

 

 澪は収納から餌を出した。肉の匂いが湿地の空気に混ざる。真壁はそれを水の中へ投げ込ませず、水面から見える低い台の上へ置かせた。小型が気づき、親玉も気配を拾える場所。だが、宿場からは離れている。

 

 ハイエースは土手の硬い場所へ動かされた。車体の向きが決まる。射線の先には浅瀬と水路。背後に宿場はない。馬小屋も薬草干し場も外れている。オスカーはエレナの立ち位置を決め、後ろへ下がる道を確認した。

 

 真壁はハイエースの荷室を開ける。

 

 レールガンを固定台ごと引き出した。黒い金属の筒と支える脚が、湿地の朝の光を鈍く返す。澪の胸の奥が少し冷えた。

 

「澪君。今回は君が撃つ」

 

「……また私ですか」

 

「撃つなら、硬い地面と固定した台が要る。湿地の上で撃てば、弾が品を失う」

 

「湿地の上で撃つつもりだったんですか」

 

「撃つつもりはない。見るだけだ。親玉の位置は、私が見に行く」

 

「見るだけ?」

 

「君はハイエースから撃つ。私は親玉を出す」

 

「どうやって親玉を出すんですか」

 

「沈まぬ道具を一つ用意してある。名は、出してからでよい」

 

 澪が聞き返そうとしたところで、真壁は収納箱を開けた。中から鉄球を三つ取り出す。同じ大きさ。同じ重さ。鈍い灰色で、手に乗せればずしりと沈みそうだった。

 

「弾はこれだ。鉄球。複雑に考えなくてよい」

 

「三つ、ですか」

 

「バッテリー満充電で三発まで撃てる。満タンに戻すには二十四時間かかる」

 

「三発……」

 

 数が、妙に重かった。

 

 一発で終わればいい。二発目がある。三発目もある。そう思うほど、外した時の残りが、はっきり迫ってくる。二十四時間。湿地の親玉。宿場の人々。エレナ。馬小屋。薬草採り。

 

 真壁は澪を急かさなかった。

 

「そうだ。設置。地図に合わせて狙う。発射。それだけだ」

 

「それだけ、って言われても」

 

「三発ある。だが、三発撃つつもりで構えるな。一発で終わらせる配置を作る」

 

「配置は、真壁さんが?」

 

「私が親玉を出す。君はハイエースから撃つ。地図六で赤い線を見ろ。点ではない。大きな線だ。それが水面から頭を出した時、射線に合わせる」

 

 澪はレールガンの固定具に手を置いた。金属は冷たい。湿気の冷たさではなく、道具そのものの冷えだった。

 

「地図に合わせて、狙う」

 

「そうだ。君はもう、見える。見えたものを、撃つだけでよい」

 

 簡単に言われたことほど、簡単ではない。それでも、真壁が難しく言わない理由は分かった。迷う手順を増やすな、ということだ。

 

 設置。

 

 地図に合わせて狙う。

 

 発射。

 

 それだけ。

 

 

 

 

 

 浅瀬の水が、わずかに湯気のようなものを揺らし始めた。

 

 温度は大きく変わらない。けれど、湿地の冷えた水の中では、それで十分らしかった。澪の地図6に、小さな赤い点が一つ浮かぶ。次にもう一つ。さらに、葦原の陰から二つ。

 

 点が動く。

 

 温水と餌へ寄ってくる。

 

 水面に細い波紋が走り、葦が揺れた。宿場の人々が息を飲む。ライナーが近くの男を下がらせ、オスカーはエレナの前に半身を入れた。

 

 真壁はその動きを見てから、収納へ手を入れた。

 

 地面の上に、奇妙な乗り物が現れる。

 

 上下に大きな反転ファンを抱えた、一人乗りの小型機だった。脚は短く、車輪ではない。泥を踏んで進む形ではなく、泥の上を浮いて越えるための形をしている。骨組みは細く、座席はむき出しに近い。前方には簡単な計器と操作棒があり、下側のファンが湿った草を震わせた。

 

 澪はレールガンから手を離しそうになった。

 

「……何ですか、それ」

 

 真壁は、当然のように機体の横へ立った。

 

「一台だけ作った半端ものだ。ワッパ、とでも呼べばよい」

 

「また半端ものですか」

 

「偵察用だ。湿地を歩かずに、水路を見る」

 

 エレナが目を輝かせる。

 

「飛ぶのか」

 

 真壁はエレナへ丁重に答えた。

 

「少し浮くだけです、姫君」

 

 エレナが近づきかける。オスカーが止めた。

 

「姫様、近づかないでください」

 

「見るだけだ」

 

「乗る顔でした」

 

「分かるのか」

 

「分かります」

 

 真壁はワッパに乗った。座席に身体を収め、操作棒を握る。低い唸りが湿地の空気に混じる。ファンが回り、草が押し倒され、水面に丸い波が広がった。

 

 機体が少し浮く。

 

 高く飛ぶのではない。湿地の泥に足を取られない高さで、低く、滑るように進む。真壁は水路の上へ出た。葦の陰、泥の泡、赤い点の動き。機体は水面すれすれを移動し、時々止まって、向きを変える。

 

 澪は息を吐いた。

 

 撃つ道具ではない。

 

 見る道具だ。

 

 真壁が自分の目で、湿地の道と敵の位置を見に行っている。

 

 小型の赤い点が、温水の浅瀬へ寄る。中型らしい点が二つ、少し離れた場所で止まる。水面が揺れ、餌の匂いに引かれたものたちが慎重に近づく。

 

 その奥で、点ではないものが動いた。

 

 澪は地図6を見たまま、背筋を固くする。

 

「……点じゃないです」

 

 ワッパの上から、真壁の声が届く。

 

「何が見える」

 

「線です。他の反応より、ずっと大きい。葦原の下で動いてます」

 

 地図だけで長さは分からない。数字は出ない。ただ、点の群れとは違った。長く、太く、ゆっくりと水路の中で向きを変える大きな赤い線。泥の下に沈むように薄れ、また濃くなる。

 

 真壁はワッパを少し横へ流し、水面の盛り上がりと葦の倒れ方を見た。

 

「親玉だな」

 

「地図だけでは大きさまでは……でも、明らかに違います」

 

「それでよい。地図は札だ。寸法は、現物で見る」

 

 ラージアリゲーターは、まだ姿を見せない。

 

 葦が止まる。水面が盛り上がる。泥の泡が横へ走る。小型の赤い点が餌場から散るように動く。

 

 宿場の人々が息を飲む音がした。

 

 エレナが一歩前へ出ようとする。

 

「姫様、下がります」

 

「まだ見える」

 

「見る位置までです」

 

 オスカーの声は短い。いつもより、わずかに硬かった。

 

 真壁はワッパをさらに水路の奥へ滑らせた。

 

 低く浮いた機体の下で、葦が左右に割れる。水面に浮いた泥の泡が、一列に走った。澪の地図6では、大きな赤い線が、温水側ではなく、真壁の方へ向きを変えている。

 

「真壁さん、来てます!」

 

「見えている」

 

 声は落ち着いていた。だが、次の瞬間、水面が破裂した。

 

 泥をまとった尾が、水路から横殴りに跳ね上がる。太い丸太を何本も束ねたような尾が、ワッパの下を薙いだ。

 

 真壁は機体を跳ね上げた。

 

 反転ファンが唸り、ワッパが湿地の水面から一気に浮く。尾は、ほんの一拍前まで機体のあった空間を叩き、泥水を高く散らした。湿った水しぶきが、ハイエースの方まで細かく飛んでくる。

 

 エレナが声を上げた。

 

「真壁!」

 

 オスカーが即座に前へ出る。

 

「姫様、下がります」

 

「今のは当たったのか」

 

「外れました。ですが近いです」

 

 澪は喉の奥を鳴らした。地図6の大きな赤い線が、明らかに真壁を追っている。

 

「真壁さん、親玉がそっちに」

 

「結構。これでこちらを見た」

 

 ワッパは空中でふらついたが、真壁はすぐに機体を立て直した。低く回り込み、温水を仕掛けた浅瀬の方へ向きを取る。

 

 真壁は口元だけで笑った。

 

「こっちだ。ついてこい」

 

 ワッパが水面をかすめるように走る。真壁は親玉の正面には立たない。深い水路へ逃げる道を塞ぎすぎず、かといって宿場側へ向かわせもしない。葦原の縁を斜めに切り、温水の匂いと餌のある浅瀬へ、親玉の頭を向けさせる。

 

 大きな赤い線が曲がった。

 

「向き、変わりました。温水側へ寄ってます」

 

「まだ撃つな。顔を出させる」

 

 真壁の声は、ワッパの風音に混じっても乱れていなかった。

 

 ラージアリゲーターが、泥の下で巨体を回す。水面が盛り上がり、小型のワニ型魔物が散った。温水の浅瀬へ置いた餌が揺れ、親玉の頭が、そちらへ向く。

 

 澪はレールガンの固定具を握り直した。

 

 真壁はただ見に行ったのではない。

 

 親玉の目を引き、尾を避け、温水側へ連れてきている。

 

 撃つ場所を作っている。

 

 

 

 

 

 澪はレールガンを構えた。

 

 鉄球は三つ。

 

 三発撃てる。

 

 だが、満タンに戻すには二十四時間かかる。

 

 外せない、と思った瞬間、肩に力が入りかけた。澪は息を吐く。湿地の匂いが肺に入る。泥。水。薬草。生き物の気配。宿場のざわめき。エレナの息。オスカーの足音。ワッパの低い風音。

 

 真壁の声が、前に言った言葉を思い出させる。

 

 討伐後は、必要とした力、強く願った方向へ伸びやすい。

 

 なら、今いるものは何か。

 

 判断が要る。

 

 精神が要る。

 

 集中が要る。

 

 鑑定が要る。

 

 移動加速が要る。

 

 怖がって撃つのではない。

 

 見て、選んで、合わせて、撃つ。

 

 澪は鑑定を重ねた。水面。泥。鱗。首筋。頭部。射線。地図6の大きな赤い線。親玉の向き。全部が一度に押し寄せるのではなく、並行思考が薄い札のように分けていく。

 

 水面の盛り上がり。

 

 首の向き。

 

 逃げる水路。

 

 ワッパの位置。

 

 射線。

 

 エレナの位置。

 

 ハイエースの固定。

 

 まだ撃たない。

 

 撃てる形へ入る。

 

 澪は足元を見た。湿地の泥ではない。ハイエースを停めた硬い地面だ。レールガンの固定台の横に、自分の足を置く場所がある。

 

 移動加速は、走るためだけの力ではなかった。

 

 移動の最適化。

 

 つまり、発射体勢に入って、スムーズな射撃を実施するまでの操作の最適化だった。

 

 足を置く。

 

 腰を落とす。

 

 肩を固定台に合わせる。

 

 肘を逃がさない。

 

 反動が来る方向へ、体重を先に置く。

 

 撃つための場所へ、撃つための形へ、迷わず身体を運ぶ。

 

 それが今の澪に必要な移動加速だった。

 

「澪君。まだ撃つな。頭を出させる」

 

 真壁の声が飛ぶ。

 

 澪は息を止めそうになり、吐いた。

 

「はい」

 

「赤い線の向きは」

 

「頭が温水側です。胴体はまだ水路。右へ逃げると深いです」

 

「なら、右を切る」

 

 ワッパが低く動いた。湿地の水面が乱れる。真壁は親玉の射線に入らない。水路の深い方へ逃げ込む前に、音と動きでわずかに圧をかける。小型のワニ型魔物がさらに散った。

 

 大きな赤い線が曲がる。

 

 水面が割れた。

 

 丸太のような背が現れる。泥をまとった頭が、ゆっくりと上がる。小型のワニ型魔物が左右へ逃げる。巨大な顎が開いた。濡れた歯が並び、口の奥が暗い穴のように見える。

 

 その胴は、ハイエースより長く見えた。

 

 宿場の男が、掠れた声を漏らした。

 

「ラージアリゲーターだ……」

 

 真壁がワッパの上から低く言う。

 

「報告通り、十メートル級か」

 

 地図で測ったのではない。現物が出た。大きな赤い線が、泥と水を破って姿を持った。

 

 ラージアリゲーターが餌へ食いつく。頭が水面から上がる。泥が割れる。首筋の硬い鱗の間に、ほんの一瞬だけ、線が通った。

 

「今です」

 

 澪の声は、自分でも驚くほど低かった。

 

「撃て」

 

 真壁の声が返る。

 

 澪は、地図に合わせた。鑑定で見た隙間に合わせた。

 

 もう身体は、発射体勢へ入っている。足裏が地面を掴み、肩が固定台に沈み、肘が逃げず、反動を受ける体重の置き方が決まっている。合図より先に、撃つための位置へ身体を運び終えている。

 

 指が落ちた。

 

 鉄球が湿地の空気を裂いた。

 

 轟音が遅れて来る。水面が割れた。ラージアリゲーターの頭部から首筋へ、目に見えない衝撃が抜ける。巨体が跳ね、泥と水を高く上げた。防衛用収納展開が澪の前に薄く広がり、飛んできた水しぶきと泥を受ける。ハイエースの車体が震え、荷室の金具が鳴った。

 

 エレナが息を飲む。

 

 オスカーは、すでにエレナの前に出ていた。

 

 ラージアリゲーターは水路の浅瀬で大きく身をよじった。尻尾が水を打ち、葦が折れる。だが、二度目の突進はなかった。巨体は泥を押しのけるように崩れ、やがて浅瀬へ沈む。

 

 赤い線が、地図6から消えた。

 

 小型と中型の赤い点は、散るように遠ざかっていく。

 

 湿地に、波だけが残った。

 

 

 

 

 

 宿場から歓声が上がった。

 

 誰かが膝をついた。薬草採りらしい男が、両手で顔を押さえている。馬小屋の方からも、安堵の声が聞こえた。ライナーは言葉を失ったまま、湿地に沈む巨体を見ていた。

 

 エレナは長く息を吐いた。

 

「……倒したのか」

 

 オスカーが短く答える。

 

「倒しました」

 

「見た」

 

「前に出ませんでした」

 

「出ようとはした」

 

「知っています」

 

 澪はレールガンの固定具から手を離せなかった。指がまだ硬い。撃った直後の耳鳴りが残っている。湿地の匂いが濃くなった気がした。泥。水。血。温めた浅瀬。散った小型の反応。消えた大きな赤い線。

 

 手が震えている。

 

 それでも、目は地図から離れない。

 

 真壁がワッパを戻し、地面すれすれで停止させた。機体から降りた足取りは、いつもと変わらない。だが、真壁はラージアリゲーターの死骸だけを見なかった。

 

 水場。

 

 泥。

 

 血の混じった浅瀬。

 

 跳ねた汚れ。

 

 宿場側へ流れていく水。

 

 エレナはその視線を追った。

 

「倒したのに、終わりではないのか」

 

 真壁はエレナへ向き直った。声は丁重だったが、甘くはなかった。

 

「終わりではありません、姫君。牙は退けた。だが、病の入口はまだ残っております」

 

 澪は自分の手を見た。レールガンの熱がまだ残っているような気がする。

 

「倒した後の方が、見るものが多いんですね」

 

「領を痩せさせるのは、牙だけではない」

 

 真壁はそこで収納を開いた。

 

 湿地に沈んだ巨体を、そのまま置いてはいかなかった。討伐証明であり、素材であり、被害の記録でもある。血と泥にまみれた巨大な身体へ近づく前に、真壁はライナーと宿場の者たちを下がらせ、オスカーへエレナの位置を保たせた。

 

「澪君、区画を分けたまえ。泥、血、臭い、水場の汚れを他の荷へ移すな」

 

「大型魔物、汚染隔離区画ですね」

 

「それでよい」

 

 澪は収納10の感覚を開いた。食品でも薬品でもない。陶土や石英でもない。大型魔物の回収区画を作る。血、泥、湿地の水、臭い。混ぜてはいけないものが多い。鑑定で、まだ動く気配がないことを確認する。

 

 真壁が頷く。

 

「回収する」

 

 巨体が、湿地の浅瀬から消えた。

 

 ただ消したのではない。収納の中で区画を分け、討伐証明として扱える形に固定する。澪の収納内に、重い気配が一つ沈んだ。水晶玉の光とも、白砂の軽さともまるで違う。湿地の顎そのものが、荷になった。

 

 ライナーが声を失う。

 

「今の、親玉を……」

 

 真壁は短く答えた。

 

「放置すれば、別の病と獣を呼びます。討伐証明にもなります。扱いは後で整えます」

 

 エレナは湿地から消えた巨体の跡を見つめていた。

 

「倒したものも、荷になるのだな」

 

「姫君。領で倒したものは、記録にも素材にも、教訓にもなります」

 

 その言葉が落ちた時、澪と真壁の視界に、再び薄い枠が開いた。

 

----------------------------------

信託達成報告

赤樺湿地と薬草宿場 巡見行商・水辺の顎

----------------------------------

現在の信託達成

赤樺湿地到達

薬草宿場の被害確認

ラージアリゲーター被害確認

温水誘導作戦実施

餌場・保温機設置

ワッパ偵察運用

ワッパ危険回避

親玉誘導

湿地水路確認

ハイエース固定射撃配置

レールガン固定射撃

ラージアリゲーター討伐

ラージアリゲーター回収

エレナの領内視察

----------------------------------

取得

行商人レベルアップ

行商人系スキル成長

----------------------------------

 

「討伐で、信託が進みました」

 

 澪の声には、まだ射撃の震えが残っていた。

 

「牙を退けたからだろう。病の入口は、次だ」

 

「次……」

 

「水場、寝具、馬小屋、薬草干し場。やることは残っている」

 

 エレナには表示が見えない。だが、澪と真壁の顔を見て、まだ終わっていないことは分かったらしい。彼女はラージアリゲーターが沈んでいた浅瀬ではなく、宿場の水場を見た。

 

 次の表示が、澪の視界に開く。

 

----------------------------------

篠原 澪

現在ジョブ:行商人 Lv8 → Lv9

状態:赤樺湿地到達/温水誘導支援/地図反応照合/固定射撃/レールガン発射/ラージアリゲーター討伐

----------------------------------

基礎能力値

体力:52 → 53

筋力:35 → 36

器用:76 → 78

知力:88 → 90

判断:87 → 92

精神:88 → 93

集中:83 → 88

----------------------------------

自動成長

地図:6 → 7

移動加速:1 → 2

鑑定:9 → 10

----------------------------------

維持

収納:10

防衛用収納展開:2

並行思考:芽あり/芽強化

錬金:5

雷:8

火:1

収納内時間停止:芽あり

技能:彫金

技能:手仕事

統率個体識別:1

----------------------------------

取得スキルポイント

確認済み保有SP:29

Lv9到達:+2

今回取得SP:+2

割振前SP:31

----------------------------------

SP割振

割振:なし

----------------------------------

現在反映

保有SP:31

地図:7

移動加速:2

鑑定:10

収納:10

防衛用収納展開:2

並行思考:2

錬金:5

----------------------------------

成長

親玉反応照合:1

固定射撃判断:1

射線鑑定:1

恐怖制御:1

集中照準:1

発射体勢最適化:1

合図同期移動:1

反動姿勢制御:1

レールガン運用:1

温水誘導支援:1

湿地戦闘観察:1

----------------------------------

 

 澪は表示を見て、息を忘れた。

 

「鑑定、十……」

 

 真壁は驚かなかった。

 

「見て、選んで、撃った。鑑定が伸びるのは自然だ」

 

「判断も、精神も、集中も……」

 

「必要とした力だろう」

 

 澪は、撃つ前の自分を思い出した。

 

 判断が要る。

 

 精神が要る。

 

 集中が要る。

 

 鑑定が要る。

 

 移動加速が要る。

 

 全部、使った。欲しいと思ったのではない。今この瞬間に必要だった。使わなければ撃てなかった。

 

 足を置き、腰を落とし、肩を固定台に合わせ、合図の前に撃てる姿勢へ入る。その動きまで含めて、移動だった。

 

 そして、真壁の表示も開く。

 

----------------------------------

真壁 久忠

現在ジョブ:行商人 Lv8 → Lv9

状態:赤樺湿地到達/被害確認/温水誘導作戦/ワッパ偵察運用/ワッパ危険回避/湿地水路確認/射線設計/ラージアリゲーター誘導

----------------------------------

基礎能力値

体力:83 → 84

筋力:69 → 70

器用:90 → 92

知力:94 → 96

判断:102 → 105

精神:101 → 103

集中:98 → 101

----------------------------------

自動成長

地図:6 → 7

移動加速:5 → 6

指揮:8 → 9

軍略:7 → 8

----------------------------------

維持

収納:10

鑑定:9

商才:5

交渉:8

錬金:7

体術:4

威圧:5

異界適応:4

----------------------------------

取得スキルポイント

確認済み保有SP:10

Lv9到達:+2

今回取得SP:+2

割振前SP:12

----------------------------------

SP割振

割振:なし

----------------------------------

現在反映

保有SP:12

地図:7

移動加速:6

指揮:9

軍略:8

収納:10

鑑定:9

商才:5

交渉:8

錬金:7

----------------------------------

成長

ワッパ偵察運用:1

ワッパ危険回避:1

湿地水路把握:1

温水誘導戦術:1

親玉誘導:1

射線形成:1

固定射撃指揮:1

宿場被害判断:1

危険区域分離:1

----------------------------------

 

 真壁は表示を見て、静かに頷いた。

 

「地図七、移動加速六か」

 

 澪はまだ自分の表示から意識を戻しきれていなかったが、その数字には反応した。

 

「真壁さん、転移に近づいてますよね」

 

「まだ一歩足りぬ。だが、道は見えた」

 

 真壁はそう言って、ラージアリゲーターが沈んでいた跡を見なかった。

 

 見る先は、水場だった。

 

 宿場には歓声が残っている。湿地の浅瀬には、巨体の跡と濁った水が残っている。エレナは倒れた魔物が消えた場所を見てから、真壁の視線を追った。澪はレールガンの熱を手に残したまま、同じ方向を見る。

 

 牙は退けた。

 

 巨体は収容した。

 

 けれど、水場と泥は、まだそこにあった。

 

 宿場には歓声が残っている。

 

 けれど真壁の視線は、牙ではなく、水場と泥に向いていた。

 

 澪はレールガンの熱を手に残したまま、次に見るべきものが、まだ湿地の中に沈んでいることを悟った。

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