押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第109話 戻れる道

 

 五連休の最終日の朝、六畳間は、旅が終わった後の部屋の顔をしていた。

 

 畳の上には、昨日までの埃や泥はない。真壁が戻ってすぐに片づけたからだ。けれど、澪にはまだ、赤樺湿地の湿った匂いも、銀鹿山旧坑道の冷たい風も、侯爵家の報告場に並んだ紙の重さも、身体のどこかに残っているように感じられた。

 

 机の上には、大学のノートがある。

 

 その横には、侯爵家への報告で使った写しが置かれていた。鼠害対策用品の注意札、白皿丘の素材分類、赤樺湿地の水場札、銀鹿山旧坑道の危険箇所記録。異世界の名前が付いたそれらは、大学のゼミにそのまま持っていけるものではない。

 

 けれど、捨てるものでもなかった。

 

 澪は椅子に座り、シャープペンシルを持った。

 

 ノートの一番上に、今のゼミテーマを書く。

 

 小規模店舗における商品情報の見える化と若年層の初回来店行動。

 

 書き終えた瞬間、澪は手を止めた。

 

 この一文は間違っていない。けれど、五連休の前に見ていたものより、今の自分が見ているものの方が少し広い気がする。商品情報だけでは足りない。商品が棚にあるだけでは、人は店へ入らない。そこへ行く道、入口、買わずに出てもよい空気、帰る道。そういうものまで見えないと、初めての人は足を止めてしまう。

 

 澪は、ペン先を紙の上に置いたまま、小さく息を吐いた。

 

 台所の方で、真壁が湯飲みを置く音がした。

 

 真壁は朝食の後、いつもより丁寧に荷を確認していた。大げさな武装ではない。だが、外套の内側の配置や収納の中の確認に、普段より一つ余分な手順が入っている。地図を確かめ、何かを思案し、また収納の中へ意識を戻している。

 

「真壁さん、今日は何をするんですか」

 

 澪が聞くと、真壁は顔を上げた。

 

「少し道を確かめてくる」

 

「道、ですか」

 

「ええ。君は君の課題を進めたまえ」

 

「また、何か危ないことじゃないですよね」

 

 真壁は、湯飲みを持ち上げる前に、少しだけ笑った。

 

「危ないことは、危ない形のまま試さない」

 

「答えになってません」

 

「ならば、戻ってから報告しよう」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 澪は、追いかけて聞くこともできた。けれど、真壁がそう言う時は、まだ見せる段階ではない。失敗する可能性があるものを、わざわざ澪の前で開く人ではなかった。

 

 しばらくして、ハイエースの姿も見えなくなった。

 

 どこへ向かったのか、何を試すのか、澪には分からない。けれど、不思議と胸がざわつきすぎることはなかった。真壁の声に、不安がなかったからだ。

 

 澪は机へ戻った。

 

 自分にも、確かめる道がある。

 

     

 

 最初に書きかけたのは、水車町リーデンだった。

 

 澪はノートにその地名を書き、すぐに横線を引いた。大学の課題に、異世界の地名は書けない。鼠害も、穀物庫も、そのまま書けば説明が必要になる。けれど、あの町で見た筋は使える。

 

 水車町で見たのは、鼠の跡だけではなかった。

 

 穀物袋の置き方。倉の隅。床の湿り。子供や家畜が触れない場所へ置く駆除用品。手洗いの位置。注意札。真壁は、鼠を穀物の敵としてだけ見ていなかった。病の入口として見ていた。

 

 澪は、ノートの余白にゆっくり書いた。

 

 衛生・保管状態・信頼の見える化。

 

 少し硬い。

 

 澪はその下に、言い換えを書き足す。

 

 初めての客は、常連のように店の事情を知らない。

 

 これは使えるかもしれない。

 

 若い人が商店街の小さな食料品店に入りづらい時、見えていないのは値段だけではない。どこに何があるのか。どれが新しいのか。店が清潔なのか。買ってよい空気なのか。古くからの客だけに向いた場所ではないのか。

 

 商品があるだけでは安心できない。食べ物なら、なおさらだ。

 

 澪は、ペン先を軽く叩いた。

 

 水車町の鼠跡を、大学の言葉にすると、こうなる。

 

 商品情報だけでなく、店そのものへの信頼も見える必要がある。

 

 書いた文字を見て、澪は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 まず一つ、置き換えられた。

 

     

 

 次に思い出したのは、白皿丘だった。

 

 白い砂。陶土。石英砂。長石。直径三十センチほどの錬成水晶玉。エレナが目を輝かせ、陶工たちが言葉をなくした光景。澪の中では、白皿丘はどうしても水晶玉の印象が強い。

 

 けれど、侯爵家への報告で、真壁は最初にそこを見なかった。

 

 白皿丘の問題は、陶土ではありません。流通です。

 

 あの言葉が、澪の中でまだ残っている。

 

 澪はノートに、白皿丘と書きかけて、また線を引いた。地名ではなく、構造を残す。

 

 陶器を外へ売る町。

 食料・燃料・資材を外から入れる町。

 

 そこまで書いて、手が止まる。

 

 短すぎる。これでは、ただのメモだ。

 

 澪はもう一度、文章に変えた。

 

 商品を作れる場所でも、外へ届けられなければ続かない。必要な食料や燃料が戻らなければ、人も窯も残らない。

 

 書いてから、澪は真壁の声を思い出した。

 

 皿は窯だけで作るものではありません。土、火、道、梱包、食料が揃って初めて町が続きます。

 

 商店街の店も、商品棚だけでできていないのだと思った。

 

 店の前の道。入口の見え方。価格札。用途説明。持ち帰りやすさ。店員との距離。買った後、どう帰るか。そこまで含めて、初めて客に届く。

 

 白皿丘で陶器が割れるように、商店街では客の気持ちが途中で割れるのかもしれない。

 

 澪は「破損率」と書いた。

 

 すぐに、首を傾げる。

 

「……気持ちの破損率は、言い方が変か」

 

 誰もいない六畳間で、澪は自分に小さくツッコんだ。

 

 消さずに、その横へ書き直す。

 

 店に入る前の不安が、来店行動を止める。

 

 こっちの方がいい。

 

 もう一つ、書く。

 

 商品が客へ届く道も、見える化する必要がある。

 

 澪は、白皿丘の欄を見た。

 

 商品情報だけでは足りない。

 

 商品が客へ届く道も、見えなければならない。

 

 これは、次のゼミで言ってもいいかもしれない。

 

 もちろん、そのまま言えるかどうかは別だった。

 

     

 

 赤樺湿地のことを考えると、澪の手は自然に札の形を思い出した。

 

 飲み水。手洗い。馬用。薬草洗い。

 

 それをノートへそのまま並べかけて、澪は止まった。短い単語を並べても、大学の課題にはならない。あの時やったことは、単に水を分けたことではない。

 

 誰が、どの水を、何に使うかを迷わないようにした。

 

 澪は、赤樺湿地と薬草宿場で見た水場を思い出す。泥のついた足、馬小屋の匂い、寝具干し場、薬草畑の弱った葉、植物活力剤を使った時の、少し持ち直した色。

 

 混ざると病の入口になる。

 

 でも、それだけではなかった。混ざると、人は迷う。迷った人は、近いものを使う。使いやすい方へ流れる。だから、札を置く必要があった。

 

 商店街でも同じだ。

 

 入口。商品棚。会計。休憩場所。試食。問い合わせ先。店側には当たり前でも、初めての客には分からない。

 

 澪はノートに書いた。

 

 用途分離。

 迷わない導線。

 安心して使える場所。

 

 書いた後、少し考えて、下に文章を足す。

 

 初回来店者は、店内の暗黙の使い方を知らない。用途が見えない空間では、商品情報があっても行動に移りにくい。

 

 澪はその文章を読み返した。

 

 大学のレポートらしい。少し硬いが、使える。

 

 自分の言葉というより、ゼミで通じる言葉になっている気がした。

 

     

 

 銀鹿山旧坑道を思い出すと、六畳間の空気まで少し冷えた気がした。

 

 坑道入口の冷たい風。地図に立体的に浮かんだ線。青白い廃石反応。緑青の岩。鉱毒水。支保工。排水。送風。短い木製レール。坑道内から入口へ石を引き出したトロッコ。真壁が楽しそうに回した人力削岩機。

 

 そして、真壁の言葉。

 

 掘る前に、帰る道。

 

 澪は、ノートに「帰る道」と書いた。

 

 銀を掘る前に、人が帰れる道を作る必要があった。なら、店に入る前にも、帰れる道が必要なのかもしれない。

 

 入ったら買わなければならない。

 店員に話しかけられたら断りづらい。

 常連ばかりで居場所がない。

 何も買わずに出るのが悪い気がする。

 

 澪自身にも覚えがあった。小さな店ほど、入る時に妙な勇気がいる。ドアを開けた瞬間に店の人と目が合うと、買うものを決めていない自分が悪いような気がする。

 

 澪は、最初に「心理的退路」と書いた。

 

 すぐに、うーん、と声が漏れた。

 

「硬い」

 

 大学の文章なら使えるかもしれない。でも、佐伯や神谷や三浦に話す時には伝わりにくい。

 

 澪は、その下に書き直す。

 

 買わなくても出られる安心。

 

 もう一つ。

 

 初めてでも迷惑にならない空気。

 

 こちらの方が、分かる。

 

 澪はペンを置き、手を軽く握った。

 

 自分が店に入りづらかった理由も、ここにあるのかもしれない。商品が嫌なのではない。店が嫌なのでもない。入った後、どうしたらいいか分からないことが怖いのだ。

 

     

 

 机の上が、紙片で少し散らかり始めた。

 

 澪はそのまま並べようとして、途中でやめた。現実の机に全部を置くと、何がどこにあるのか分からなくなる。澪は紙片を数枚まとめ、自分の収納へ入れた。

 

 収納十の中で、紙片を分ける。

 

 商品情報。

 導線。

 安心感。

 帰る道。

 

 頭の中に四つの置き場ができると、文章の順番も少し見えてきた。並行思考四は、頭の中で勝手に全部やってくれるわけではない。けれど、複数の紙片を同時に見失わず、別々の場所に置いておける。

 

 澪は収納内で紙片を並べ替え、必要なものだけを現実のノートへ戻した。

 

 スマホは収納内では操作できない。送信は後で現実側でやるしかない。けれど、文章案を作るだけなら十分だった。

 

 澪は、佐伯、神谷、三浦へ送る共有メモの下書きを書き始めた。

 

 最初の文は硬すぎた。

 

 商店街調査では、商品情報の明示だけでなく、導線と心理的安心感を観察対象に加えるべきではないでしょうか。

 

 澪は、しばらくその文を見て、首を横に振った。

 

「これ、私が送ったら固すぎる」

 

 線を引く。

 

 次の調査では、商品そのものだけでなく、店に入る前の不安も見たいです。

 

 これは、まだ言える。

 

 価格・用途・誰向けか・買わずに出られるかを見たいです。

 

 少し踏み込んだが、悪くない。

 

 店までの道、入口、商品札、会計後の流れを分けて観察したいです。

 

 これも、澪らしい。分ける、という言葉が入っている。

 

 初回来店を阻む要因は、商品情報不足だけでなく、導線と安心感かもしれません。

 

 書き終えて、澪は手を止めた。

 

 送るのが怖い。

 

 佐伯は多分、ちゃんと読んでくれる。神谷は、面白がるかもしれない。三浦は、実際の調査項目に落とす方向で考えてくれそうだ。そう思える程度には、班の空気は悪くなかった。

 

 それでも怖い。

 

 自分が急に細かいことを言い始めたと思われないか。変に仕切っているように見えないか。発表もしないくせに、観察項目だけ増やす人に見えないか。

 

 澪は、しばらくノートを見つめた。

 

 そして最後に、一文だけ足した。

 

 私は、資料整理と観察項目の表作りを担当できます。

 

 書いた瞬間、少しだけ胸が軽くなった。

 

 発表役になるとは書いていない。議論を引っ張るとも書いていない。けれど、自分にできることは書いた。

 

 資料を分けること。

 論点を整理すること。

 見えない不安に札を付けること。

 

 それなら、自分にもできる。

 

 五連休の前なら、多分ここまで書けなかった。真壁に連れ回され、狼の群、大ムカデ、見えない虎、侯爵領巡見行商、鉱毒、請求書まで見せられた結果、自分の中に変な実務の筋ができてしまった気がする。

 

「……真壁さんの影響、出てるなあ」

 

 澪は小さく呟いて、少しだけ笑った。

 

     

 

 昼過ぎになっても、真壁は戻らなかった。

 

 押し入れは閉じている。

 

 六畳間は静かだった。外からは、日常の音がする。遠くの車の音、隣の家の生活音、どこかで鳴るスマホの通知音。異世界の湿地や鉱山と違いすぎて、逆に現実味が薄くなる。

 

 澪は立ち上がり、台所で水を飲んだ。

 

 以前なら、もっと不安になっていたかもしれない。真壁がいない。押し入れが閉じている。ハイエースも見えない。どこで何をしているのか分からない。

 

 けれど、朝の真壁の声に、不安はなかった。

 

 危ないことは、危ない形のまま試さない。

 

 答えになっていないようで、真壁にとっては答えだったのだろう。つまり、危ない形にしない準備をしてから試す、ということだ。

 

 澪は机に戻り、ノートの端に書いた。

 

 道を確かめる。

 

 自分も、道を確かめている。

 

 店へ入る道。商品を見る道。買わずに出る道。侯爵家へ報告が戻る道。支払いが次の取引へ変わる道。

 

 真壁が確かめている道は、それとは少し違うのだろう。

 

 けれど、同じ「道」なのだと思った。

 

     

 

 夕方近く、押し入れが開いた。

 

 澪は顔を上げた。

 

 真壁が戻ってきた。服に大きな汚れはない。息も乱れていない。けれど、ただ近所へ買い物に出ていた顔ではなかった。何かを試し、失敗しない形まで確かめてから戻ってきた顔だった。

 

「真壁さん。今日は何をしてたんですか」

 

 澪が聞くと、真壁は外套を整え、六畳間へ上がった。

 

「銀鹿山で見えていたものを、今日試した」

 

「転移、ですか」

 

「ええ。出た」

 

 澪は、驚きすぎなかった。

 

 第106話で、転移という言葉はもう出ていた。あの時、真壁は「使うのはまだ早い」と言った。つまり、いつか試す日が来ることは分かっていた。

 

 それでも、実際に出たと聞くと、ペン先がノートの上で止まる。

 

「やっぱり、出たんですね」

 

「ええ。今日は確認した」

 

「使えたんですか」

 

「使えた。ただし、名ほど派手ではない」

 

 真壁は座布団に座り、澪のノートを覗き込みすぎない距離に腰を下ろした。

 

「どこへでも行けるんですか」

 

「いいや。今は拠点帰還に近い。登録した拠点へ戻るだけだ。拠点は一つ、同行は一名まで。荷は収納に入れたものに限る」

 

 澪は、その言葉を頭の中で分けた。

 

 拠点一つ。

 同行一名。

 収納内の荷のみ。

 

 万能ではない。

 

 でも、十分おかしい。

 

「拠点は、どこに置いたんですか」

 

「採石場秘密基地だ」

 

「町じゃないんですね」

 

「町ではない。町は人の暮らす場所だ。いきなり道を置くには向かない。侯爵家はなおさらだね。領主家の内側へ、こちらの都合で道を置くものではない」

 

「採石場秘密基地から町までは、ハイエースで三十分くらいですよね」

 

「それでよい。近すぎず、遠すぎず、荷を出し、車を出し、状況を整えられる。今の我々にはちょうどよい距離だ」

 

 澪は、採石場秘密基地の広さを思い出した。人目が少ない。ハイエースを出せる。荷を広げられる。危険物も分けられる。確かに、転移の出口としては町よりずっと安全だった。

 

「ハイエースは?」

 

「収納した。車ごと道を跳ばしたわけではない。荷として持っただけだ」

 

「それでも十分おかしいです」

 

「否定はしない」

 

 真壁は淡々と言う。

 

 澪は少し考え、別の疑問を出した。

 

「採石場から町までは、結局移動が必要なんですね」

 

「必要だ。君には自転車も原付もある。だが、道と目撃者を選びたまえ」

 

「異世界で原付、目立ちますよね」

 

「目立つ。だからこそ、使える場所と使わぬ場所を分ける」

 

「また分けるんですね」

 

「便利な物ほど、分けねばならない」

 

 澪は、今日の自分のノートを見た。

 

 用途分離。

 迷わない導線。

 安心して使える場所。

 

 原付まで同じ理屈で扱われるのかと思うと、少しおかしかった。

 

 真壁は、そこで声を少し低くした。

 

「それから、知らぬ場所へ飛ぶ力ではない。歩いて確かめた道を、登録した拠点まで短く戻る力だ。世界と世界を勝手につなぐ力でもない。押し入れの道のように、すでにある道を補助するだけだ」

 

「異世界間も、自由ではないんですね」

 

「ええ。今は既存の道と、登録した拠点だけだ。仮拠点もまだ置けない。正式拠点一つ、同行者一名。細い道だね」

 

 細い道。

 

 澪は、その言葉に少し安心した。

 

 いきなり世界が便利になりすぎるわけではない。侯爵家の奥へ勝手に出ることも、知らない町へ飛ぶこともできない。押し入れの道と採石場秘密基地。その間に、まず一本だけ細い帰り道ができたのだ。

 

「目的は、移動を楽にすることですか」

 

 澪が聞くと、真壁はすぐには答えなかった。

 

 少しだけ、六畳間の空気が静かになる。

 

「便利ではある。だが、目的はそこではない」

 

「目的?」

 

 真壁は、澪をまっすぐ見た。

 

「澪君と離れていても、戻れる道を持つことだ」

 

 澪は、返事ができなかった。

 

 便利な能力の説明ではなかった。物流の効率化だけでもない。戦闘用の切り札でもない。真壁にとっての転移は、まず澪のもとへ戻るための道だった。

 

 胸の奥が少し熱くなる。

 

 けれど、それをそのまま言葉にすると、何かが崩れそうだった。澪は視線を落とし、ノートに書かれた自分の文字を見る。

 

 買わなくても出られる安心。

 帰る道。

 道を確かめる。

 

 そこに、今の真壁の言葉が重なった。

 

「……道は、短くすればいいものじゃないんですね」

 

「そうだね」

 

 真壁は穏やかに頷いた。

 

「見えなければ人は迷う。見えすぎれば、危ない者も通る。誰が使うのか。どこへ戻るのか。何を運ぶのか。どこまで隠すのか。それを決めねば、道はただの穴になる」

 

 澪は、その言葉をノートへ書いた。

 

 道は、誰に見せるかまで含めて設計する。

 

 真壁が、その文字を見て目を細めた。

 

「いいね。今日の君の課題にも、私の確認にも、同じ筋がある」

 

「同じですか」

 

「ええ。店へ入る道も、鉱山から帰る道も、拠点へ戻る転移も、使う者を決めねばならない」

 

 澪はノートを見下ろした。

 

 大学ゼミ課題は、まだ完成していない。テーマを正式に変えたわけでもない。佐伯たちへ送るメモも、まだ下書きだ。

 

 真壁の転移も、まだ完成した万能能力ではない。正式拠点は採石場秘密基地一つ。同行者は一名。仮拠点はなく、異世界間も自由ではない。

 

 けれど、次へ進む形は見えてきた。

 

 五連休の最終日。

 

 澪は大学の課題を少し進めた。

 

 真壁は、登録した拠点へ戻る転移を確認した。

 

 どちらも、まだ提出するには早い。誰に見せるか、どう使うか、どこまで広げるかを決めなければならない。

 

 澪はノートを閉じる。

 

 押し入れの向こう側へ続く道は、また少しだけ形を変えていた。

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