押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第118話 型を作る陶工

 

 酒造区画へ入ったリュシアは、入口の脇に立て掛けてあった帳面を抱え、並んでいる小樽を端から確かめていった。

 

 二十リットルずつ芋焼酎を納めた樽には、それぞれ番号札が掛かっている。栓の近くへ結ばれた紐を指先で持ち上げ、札に書かれた数字と帳面の記録を見比べながら、リュシアはゆっくりと奥へ進んだ。

 

 真壁式の酒造教育へ巻き込まれてから、彼女の確認は妙に細かくなっている。

 

 樽番号と保管場所を照らし合わせ、札へ残された時刻まで読み取ってから次へ進む。以前なら、数を数え終えたところで一度休んでいたはずだ。だが今は、目の前にある樽の数が帳面と合わないことへ気づくと、足を止めたまま最初の頁へ戻った。

 

「……八十五」

 

 小さく呟いた声には、数字を書き間違えた者を探す前の静けさがあった。

 

 リュシアは、もう一度数えた。

 

 窓から差し込む午前の光が、小樽の丸い腹を順番に照らしている。真壁が錬成した樽は、容量だけでなく箍の位置まで綺麗に揃っていた。酒を入れて並べると、工房の保管庫というより、整列した兵士の列に近い。

 

 数え直しても、結果は変わらなかった。

 

 リュシアは帳面を閉じず、そのまま記録机の方を向いた。

 

「真壁殿」

 

 机で紙へ何かを書き込んでいた真壁が、顔を上げる。

 

「何かね、リュシア君」

 

「九十樽あったはずだよね」

 

「左様」

 

「五樽、足りない」

 

 真壁は、ほんの僅かに間を置いた。

 

「比較試験へ回した」

 

 リュシアの眉が寄る。

 

「いつ?」

 

「必要だと判断した時に」

 

「相談は?」

 

「記録は残してある」

 

 リュシアは返事をしなかった。

 

 帳面を机へ置き、頁を一枚ずつ戻していく。やがて、欄外へ品よく収まっている小さな文字を見つけた。

 

 熟成比較試験用。二十リットル小樽、五樽。収納内保管。

 

 記録は確かに残っていた。

 

 ただし、見つけやすい位置へ書いたとは言い難い。

 

「次からは、先に言っておくれ」

 

「善処しよう」

 

「今、約束しなかったね」

 

 少し離れたところで醤油樽へ掛かった札を確認していた澪が、静かに顔を上げた。

 

「真壁さん」

 

「何かね、澪君」

 

「五樽、いつ移したんですか」

 

「必要だと判断した時に」

 

「同じ答えで逃げないでください」

 

 真壁は、帳面へ視線を戻した。

 

 逃げたというより、これ以上語る気がない時の顔だった。

 

 リュシアは深く息を吐いた。追及を続ければ、欄外へ残された比較試験の細かな項目まで説明される気がする。樽材の違い、内側の焼き方、空気量、温度、時間。今は、そこへ足を取られている場合ではない。

 

「五樽のことは、後で聞くよ」

 

「賢明ですな」

 

「褒められた気がしないね」

 

 リュシアは、残った八十五樽へ目を向けた。

 

 今ある酒を売るだけなら、困らない。

 

 酒場や宿屋へは小樽のまま卸せる。侯爵家を通して紹介される貴族家には、瓶へ詰めた分を出せばよい。見本として残す酒も、試飲へ使う酒も必要になるが、最初の八十五樽であれば振り分ける余地はある。

 

 困るのは、その後だった。

 

「真壁殿へ頼めば、また作れるんだろうね」

 

 リュシアは、樽の腹へ手を置いた。

 

「不可能ではない」

 

「だから困るんだよ」

 

 真壁は、すぐには返さなかった。

 

 リュシアは樽から手を離し、保管庫の棚へ視線を移した。侯爵家へ持ち込んだ味噌の壺も、醤油の細口瓶も、真壁が作った芸術品だった。あれほど手の込んだ容器を、町で量り売りするたびに作らせるわけにはいかない。

 

「味噌を売るなら壺が要る。醤油を売るなら、少しずつ注げる瓶が要る。酒を瓶へ詰めるなら、それも揃えなければならない。そのたびに真壁殿へ作ってくれと頼んでいたら、会社の仕事にならない。真壁殿がいなければ、器一つ揃えられない会社にはしたくない」

 

 樽へ掛けられた札を指先で整えながら、リュシアは言い切った。

 

 真壁は、今度は急いで答えなかった。

 

 八十五樽を眺めた後、棚へ置かれた味噌樽と醤油樽へ目を移す。食品会社を立ち上げた時から、彼が目指していた方向と、リュシアの言葉は矛盾していなかった。

 

「もっともですな」

 

「作れる職人を探すよ」

 

「陶器であれば、白皿丘がよいでしょう」

 

 真壁は、机の上へ置いていた紙を揃えた。

 

「私が調査しよう」

 

 澪が、少しだけ目を細める。

 

「真壁さんだけで行くんですか」

 

「今回は、相談と納品だ。人数を掛けるほどではあるまい」

 

「納品?」

 

「赤樺湿地で回収した燃える土を、白皿丘で使えるよう整えてある」

 

 真壁は、酒造区画の外へ向かった。

 

 澪とリュシアも、その後を追う。

 

 食品工場の敷地へ出ると、空気はまだ少し冷たかった。水源から引いた水が洗い場へ流れ、建物の脇を通る排水溝から静かな音が聞こえている。遠くでは、屋台の方から子供たちの声が届いた。

 

 真壁は、その場で地図へ意識を向けた。

 

 町の位置が、これまでとは違う形で浮かび上がる。

 

 地図上に新しい点が増えたわけではない。食品工場も、町の道も、屋台のある一角も、町外れへ続く道筋も、すでに記録されている。

 

 ただ、その中で町だけが、戻るべき場所として一段深く刻まれた。

 

 真壁は、しばらく目を閉じていた。

 

「真壁さん。それが、拠点ですか」

 

 澪の問い掛けに、真壁は目を開く。

 

「左様」

 

「白皿丘へ飛ぶんですか」

 

「いや。そこまで都合のよいものではない。今使えるのは、登録した場所へ戻る道だけですな」

 

「帰りだけなんですね」

 

「行きは、自分で向かう」

 

「ハイエースですか」

 

「今回は、急ぐのでね」

 

 真壁は、収納へ意識を向ける。

 

 固形化した泥炭は、すでに区画を分けて収めてある。納品する荷を確かめた後、彼は町外れへ歩き始めた。

 

 澪は、その背中を見送りながら呟いた。

 

「嫌な予感はしませんけど、目立つ予感はします」

 

 リュシアが横で頷いた。

 

「真壁殿が急ぐ時は、大体そうなるね」

 

 

 

 

 

 町外れへ出ると、真壁は収納からワッパを取り出した。

 

 上下二基の大型反転ファンを持つ一人乗りの小型ホバー機は、町を行き交う荷車や馬とは似ても似つかない。白皿丘へ届ける荷を収納へ収めたまま真壁が機体へ跨がると、低い駆動音とともに車体が地面から浮いた。

 

 門の近くにいた見張りの男が、見慣れない機体へ目を向ける。

 

 真壁は、軽く片手を上げた。

 

「少々、出てくる」

 

 見張りは返事をするより先に、機体が街道を外れていくのを見送った。

 

 ワッパは、荷車の轍へ沿わなかった。

 

 畑の外れから草地へ滑り込み、緩やかな起伏を飲み込むように進んでいく。丘の斜面へ差し掛かっても、道がどこへ回り込んでいるかを探す必要はない。浮いた機体は草を大きく踏み荒らすこともなく、そのまま高低差を越えた。

 

 浅い川へ出ても、真壁は速度を落とさなかった。

 

 反転ファンが水面を叩き、細かな飛沫を左右へ散らす。機体の後ろへ薄い波紋を残しながら、ワッパは橋のない川をそのまま抜けた。

 

 小さな林へ差し掛かった時だけ、真壁は僅かに進路を変えた。

 

 枝の低い場所を避け、木々の間を縫う。抜けた先には、白皿丘の淡い地面が見え始めていた。

 

 遠くの窯から、細い煙が上がっている。

 

 真壁は、機体の速度を落とした。

 

 陶工村の外れで地面へ降りると、ワッパを収納へ戻す。少し離れた場所で粘土を運んでいた若い陶工が、何度か瞬きをした後、真壁が歩き始めてから慌てて窯場へ走った。

 

「親方!」

 

 窯場では、何人もの陶工が作業を続けていた。

 

 窯の熱が空気を揺らし、乾いた白砂の上へ細かな灰が落ちている。薪の山は、以前に訪れた時より低くなっていた。窯を止めるわけにはいかない。それでも火を入れ続ければ、周囲から切り出せる木は少しずつ減っていく。

 

 陶工頭のベルトラム・ハイスは、窯口から目を離し、近づいてきた真壁へ向き直った。

 

「随分と早かったな」

 

「少々、急いだのでね」

 

「今、外で妙な音がしたが」

 

「移動用の道具だ。今回は、そちらより先に渡したい荷がある」

 

 真壁は、窯場の脇へ視線を移した。

 

「ベルトラム君。まずは、預かっていただきたい」

 

 収納を開く。

 

 次の瞬間、空いていた場所へ黒褐色の塊が積み上がり始めた。

 

 一つや二つではない。

 

 水を切り、乾燥させ、運びやすい大きさへ固めた泥炭が、窯場の端へ山を作る。

 

 作業をしていた陶工たちが、次々に手を止めた。

 

 若い陶工の一人が積み上がった泥炭へ近づき、両手で持ち上げる。土のような色をしているが、手のひらへ湿り気は残らない。

 

「これが、前に言っていた燃える土ですか」

 

「左様。白皿丘で扱える形へ整えた」

 

 別の陶工が、薪の山と泥炭を見比べた。

 

「これだけあれば、山へ入る回数を減らせる」

 

 その声に、窯番をしていた年嵩の陶工が振り向く。

 

「運べ。窯の近くへ積みすぎるなよ」

 

 陶工たちは、すぐに動き始めた。

 

 ベルトラムは、泥炭を一つ手に取り、重さを確かめるように掌の上で返した。しばらく眺めた後、真壁へ向き直る。

 

「助かる。窯を止めずに済む」

 

「それは何よりだ」

 

 真壁は、泥炭を運ぶ職人たちの動きを見届けると、収納から細長いガラス瓶を一本取り出した。

 

「では、もう一つ。仕事の依頼だ」

 

 窯場へ差し込む光が、瓶の縁を淡く透かした。

 

 侯爵家へ醤油を献上した時と同じ系統の細口瓶だった。透明な胴は滑らかで、首は一度に中身が出すぎないよう細く絞られている。

 

 ベルトラムは、両手で受け取った。

 

「これは……」

 

 瓶口を見る。

 

 真壁から渡された木栓を合わせる。

 

 胴へ指を滑らせ、底の厚みを確かめた後、光へ透かして内部を見る。

 

「随分と手の込んだ品だな」

 

「同じ芸術品を作れとは言わぬ。必要なのは、この形が持つ役目ですな。中身を一度に出しすぎない。栓の寸法が揃う。洗って、繰り返し使える。そのような器を、数を揃えて作れるだろうか」

 

 ベルトラムは、すぐには答えなかった。

 

 瓶を光へ透かし、首から胴へ視線を移す。窯場の奥では、陶工たちが泥炭を積み直している。その足音を聞きながら、木栓をもう一度瓶口へ合わせた。

 

「一本なら、今でも作れる。十本でも、工房の者を集めれば揃えられる。だが、百本となれば、今までと同じ作り方では手が足りん。一本ごとに首を測り、栓を合わせ、厚みを直していたら、いつまで掛かるか分からん」

 

 少し離れた場所で話を聞いていた若い陶工が、腕を組んだ。

 

「でも、土も火も毎回同じじゃないんです。百本を同じにするなんて、無理じゃないですか」

 

 乾いた音が、窯場へ響いた。

 

 若い陶工の頭が前へ揺れる。

 

「痛っ」

 

 背後に立っていた年嵩の陶工が、握った拳をゆっくりと下ろした。

 

「土を揃えるのがお前の仕事だろうが」

 

「いや、でも」

 

「掘った土を、そのまま窯へ投げ込んでいるつもりか。混ぜて、練って、水を見て、寝かせる。使えない土は分ける。火だって同じだ。薪を放り込んで祈っているだけなら、窯番なんぞ要らん」

 

 年嵩の陶工は、窯口へ顎を向けた。

 

「入れる場所を見る。火を足す時刻を残す。焼け方を見て、次の窯で直す。毎回まったく同じにならないから、揃えるために職人がいるんだ」

 

 若い陶工は、頭を押さえたまま黙った。

 

 ベルトラムは、細口瓶を持ったまま、小さく息を吐いた。

 

「殴る必要はなかったが、言っていることは正しい」

 

「親方」

 

「土と火が違うことを、作れない理由にはするな。違いを見て、使える範囲へ収める。それが俺たちの仕事だ」

 

 若い陶工は、少しだけ肩を落とした。

 

「……はい」

 

 ベルトラムは、改めて細口瓶へ木栓を合わせた。

 

「問題は別にある。今のやり方でも、使える器は作れる。だが、一本ごとに測って直していたら、百本を揃えるまでに時間が掛かりすぎる」

 

 指先が、瓶の細い首をなぞる。

 

「基準になる形が要る。焼いた後の縮みまで考えた型があれば、手直しを減らせる」

 

 真壁は、瓶ではなく、ベルトラムを見た。

 

 視界へ、薄い枠が開く。

 

----------------------------------

ベルトラム・ハイス

状態:白皿丘陶工頭/細口瓶見本確認/量産方法検討

----------------------------------

保有スキル

製陶:7

窯管理:6

釉薬:5

----------------------------------

取得可能スキル

型作り:芽あり

----------------------------------

 

 表示が消えてからも、真壁はすぐには口を開かなかった。

 

 ベルトラムは、瓶の形を見ながら、自分の工房で作る器へ置き換えて考えている。その目は、珍しい品へ見惚れている職人のものではない。どう作るか。どこを揃えるか。どこへ手を残すか。それを測っている。

 

「なるほど」

 

「何か分かったのか」

 

「君の中にも、すでに答えがあるようだ。型を作る技が、芽吹いている」

 

「型作り」

 

「一つの器を写すだけではあるまい。用途を見て、同じ働きを持つ器を繰り返し作れる形へ落とす。君が考えた筋と、同じものですな」

 

 ベルトラムは、すぐには返事をしなかった。

 

 細口瓶を作業台へ置き、窯の方を見る。

 

 土を練っていた職人が、掌で粘土を押し返している。別の職人は、乾燥中の器をゆっくり回し、片側だけが縮まないよう置き方を直した。年嵩の陶工は、若い陶工が触っていた土へ指を入れ、水分を確かめている。

 

 真壁も、職人たちの手元を追った。

 

 先ほど頭を殴られた若い陶工へ視線を向け、鑑定を掛ける。

 

----------------------------------

白皿丘陶工

状態:細口瓶試作準備/陶土調整

----------------------------------

保有スキル

製陶:4

----------------------------------

取得可能スキル

型取り:芽あり

----------------------------------

 

 別の陶工へ目を移す。

 

 そちらにも、型取りの芽がある。

 

 窯に近いところで器の並べ方を確かめている職人にも、粘土を練り直している職人にも、同じ芽が見えた。製陶の腕前は揃っていない。釉薬を得意とする者もいれば、火を見る方へ慣れた者もいる。

 

 けれど、型を使うことで伸ばせる道は、複数の職人へ開いていた。

 

「ベルトラム君。型を作る者だけでは足りぬようですな」

 

 ベルトラムは、職人たちへ目を向けた。

 

「使う者にも、技が要るか」

 

「左様。型へ土を押し込めば、誰でも器を作れるわけではない。土を見て、乾きを見て、型から外す時機を選ぶ。最後は、職人の手で整える必要がある」

 

 ベルトラムは、しばらく黙っていた。

 

 やがて、作業台へ置いた瓶へ手を伸ばす。

 

「型を使えば、職人の腕はいらなくなるのか」

 

「まさか」

 

 真壁は、窯へ視線を向けた。

 

「同じでよいところへ、毎回腕を使わずに済む。君たちは、土と乾きと火を見ることへ集中したまえ。型は、職人を消すための道具ではない。腕を使う場所を選ぶための道具ですな」

 

 ベルトラムは、瓶口へ木栓を合わせたまま考えた。

 

「使えなければ、器ではない。売れなければ、俺たちは食えん」

 

 工房の棚には、大小の器が並んでいる。皿や水差し、保存用の壺は、どれも使う者の手に合わせて作られているが、よく見れば僅かに形が違う。

 

 ベルトラムは、その棚へ目を向けた後、掌の中にあるガラス瓶へ視線を戻した。

 

「だが、食えるだけの器ばかり作っていたら、手が鈍る」

 

 真壁は、急いで答えなかった。

 

 続きを待つ。

 

「毎日使う壺でも、手に取った時に少し嬉しくなる方がいい。縁は滑らかにする。胴には、僅かに丸みを残す。安く作っても、雑に作る理由にはならん」

 

 真壁は、僅かに目を細めた。

 

「その筋でよい。売れぬ器では、仕事が続かぬ。だが、使えればそれだけでよいというものでもない。生活のために必要な数を作り、その上で、美しいものへ手を掛ける余裕を残す。それでこそ、型を使う意味がある」

 

 ベルトラムは、少しだけ笑った。

 

「商人に、陶工の仕事を教えられるとは思わなかった」

 

「教えたつもりはない。君が、すでに考えていたことを確認しただけですな」

 

 ベルトラムは、作業台へ置いた瓶へ手を添えた。

 

「取ろう。この仕事には、要る」

 

 視界へ、新しい表示が開いた。

 

----------------------------------

ベルトラム・ハイス

----------------------------------

SP割振

型作り:芽あり → 1

----------------------------------

現在反映

製陶:7

窯管理:6

釉薬:5

型作り:1

----------------------------------

 

 表示が消えると、ベルトラムは工房の職人たちへ向き直った。

 

「俺が型を作る。お前たちには、その型を使って器を揃えてもらう」

 

 先ほど頭を殴られた若い陶工が、少しだけ不安そうに聞く。

 

「同じ器ばかり作るんですか」

 

「違う」

 

 ベルトラムは、真壁の細口瓶を持ち上げた。

 

「栓が入らない瓶を百本作っても、客へは渡せん。揃えるべきところを揃え、残すところは残す。その上で、必要なところへ腕を使え」

 

 若い陶工は、しばらく細口瓶を見ていた。

 

 やがて、頷く。

 

----------------------------------

白皿丘陶工

----------------------------------

SP割振

型取り:芽あり → 1

----------------------------------

現在反映

製陶:4

型取り:1

----------------------------------

 

 表示は、一人で終わらなかった。

 

 別の職人も、自分の中に芽吹いていた技能へ手を伸ばす。窯場の空気が少し変わる。何かが派手に光るわけではない。それでも職人たちは、自分の手へ新しい感覚が重なったことを確かめるように、粘土へ触れ、道具を持ち直した。

 

 ベルトラムは、作業台を空けさせた。

 

「一本だけ作って終わりではないんだろう」

 

「無論」

 

 真壁は、収納から見本を出した。

 

 最初に置いたのは、蓋の付いた小さな壺だった。

 

 ベルトラムは蓋を外し、口の広さを見た。指を入れ、底まで手が届くかを確かめる。

 

「これは?」

 

「味噌を入れる」

 

「匙を使うのか」

 

「左様」

 

 ベルトラムは、小壺の内側へ指を滑らせた。

 

「なら、口は広くする。毎日使う器だ。匙を入れて、使い終われば洗う。底へ手が届かない形では困る」

 

「悪くない」

 

 次に、細口瓶へ手を移す。

 

 真壁のガラス瓶へ木栓を合わせ、首の長さと太さを見る。

 

「こっちは、醤油か」

 

「少量ずつ使う」

 

「首は細くする。だが、細くしすぎれば洗えない。返ってきた後まで考えるなら、この程度だな」

 

「客へ渡したところで、器の役目が終わるわけではない」

 

 ベルトラムは、紙へ簡単な線を引いた。

 

 町で使う細口瓶を基準にしながら、貴族向けに出す瓶は釉薬と印で格を整える。形を大きく変えれば型も増え、作業も増える。けれど、同じ形へ僅かな手間を加えるだけなら、日用品と贈答品を完全に分けずに済む。

 

 最後に、真壁は芋焼酎用の瓶を置いた。

 

 ベルトラムは醤油瓶と並べ、首の太さを見比べた。

 

「酒の瓶は、醤油と同じ首では細すぎる。少し太くする。栓を揃え、香りを逃がさない形にする」

 

「よいでしょう。飾りすぎれば、数が作れぬ。だが、酒を入れられれば何でもよい、というものでもない」

 

 ベルトラムは、机へ並んだ器を見た。

 

 町向けの小壺には、手へ馴染む丸みを残す。細口瓶の縁は、指へ引っ掛からないよう滑らかにする。貴族向けの瓶には、白皿丘で使える釉薬と印を活かす。

 

 型で揃えるところを決めれば、職人の感覚を残す余地も見える。

 

 数を作ることと、美しさを求めることは、喧嘩をしない。

 

 ベルトラムは、紙へ線を書き足した。

 

 若い陶工が、横へ立つ。

 

「親方。札はどうします」

 

「型ごとに番号を振る。窯へ入れる時も残せ。誰が作ったか、いつ乾かし始めたか、どの窯へ入れたかもだ」

 

 年嵩の陶工が、若い陶工の手元を見る。

 

「今度は抜かすなよ」

 

「分かってます」

 

「返事だけは一人前だな」

 

 若い陶工は、頭を押さえそうになり、途中で手を止めた。

 

 真壁は、そのやり取りを見ながら、用途を書き添えていく。

 

 しばらくして、作業台の上へ一枚の紙が整えられた。

 

----------------------------------

白皿丘・食品容器試作仕様書

依頼元:リュシア食品会社

製作担当:白皿丘陶工組

陶工頭:ベルトラム・ハイス

----------------------------------

仕様A:味噌用返却小壺

用途:量り売り/返却再使用

要点:広口/蓋付き/洗浄容易/丈夫さ優先

----------------------------------

仕様B:醤油用返却細口瓶

用途:詰替販売/返却再使用

要点:少量注ぎ/栓寸法統一/洗浄容易

----------------------------------

仕様C:貴族向け醤油瓶

用途:限定販売/贈答

要点:細口/釉薬仕上げ/印付き

----------------------------------

仕様D:貴族向け芋焼酎瓶

用途:限定販売/返却再使用

要点:一L基準/栓寸法統一/香り保持

----------------------------------

使用技能

型作り:1

型取り:1

製陶

----------------------------------

記録

型番号/製作者/乾燥開始/窯番号/焼成後検査

----------------------------------

 

 紙が完成しても、ベルトラムは満足そうに眺めて終わらせなかった。

 

 粘土へ手を置く。

 

 真壁が持ち込んだ細口瓶を横へ置き、焼成後の縮みを考えながら、原型の首へ指を入れる。若い陶工は型番号を書いた札を用意し、年嵩の陶工がその文字へ目を走らせた。

 

 窯場の脇では、納品された泥炭が積み直されている。

 

 火を保てるだけの燃料があり、器を焼く職人の手もある。これからは、同じ用途を持つ器を必要な数だけ作れる。

 

 それでも、ベルトラムの指は、町向けの壺に残す丸みを削り落とさなかった。

 

 真壁は、作業を始めた職人たちをしばらく見ていた。

 

「では、後は任せよう」

 

 ベルトラムは、粘土から目を離さずに答える。

 

「試作が焼けたら、知らせる」

 

「楽しみにしている」

 

 

 

 

 

 窯場の外へ出ると、白皿丘の風が細かな砂を足元へ運んだ。

 

 真壁は、来た時に使ったワッパを収納へ戻す。

 

 地図へ意識を向けると、食品工場のある町が、他の場所より深く刻まれている。任意の場所へ飛べるわけではない。白皿丘から、登録した一つの拠点へ戻るだけだ。

 

「さて」

 

 真壁は、町の位置を意識した。

 

 派手な光はなかった。

 

 白砂を踏んでいた靴底が、次の瞬間には、食品工場前の硬い地面へ触れている。

 

 水源から引いた水の音が聞こえる。

 

 見慣れた工場の扉がある。

 

 町の方から、荷車の車輪が石を踏む音も届いた。

 

 真壁は、少しだけ周囲を見た。

 

「悪くない」

 

 扉を開ける。

 

 中では、澪とリュシアが帳面を挟んで話していた。

 

 澪が真壁へ気づき、壁際の時計へ目を向ける。

 

「真壁さん」

 

「何かね、澪君」

 

「早くないですか」

 

「帰還を試した」

 

 澪は、少しだけ目を見開いた。

 

「白皿丘へ飛んだんですか」

 

「違う。行きは、ワッパで向かった。今使えるのは、登録した拠点へ戻る力だけだ」

 

「帰り道だけ、短くしたんですね」

 

「左様」

 

 真壁は、収納から仕様書を取り出した。

 

 リュシアが受け取り、頁へ目を落とす。味噌用の小壺、醤油用の細口瓶、貴族向けに釉薬と印を整える瓶、芋焼酎を詰める器。それぞれが用途とともに書かれている。

 

「白皿丘で作れるのかい」

 

「ベルトラム君と職人たちが作る。私は、使われていなかった道を見つけただけですな」

 

 リュシアは、仕様書へ指を置いた。

 

 真壁が作った芸術品ほど華やかではない。

 

 けれど、町で扱える。

 

 返却して、洗い、また使える。

 

 白皿丘の職人が、自分たちの手で作れる。

 

 それは、食品会社が真壁一人へ頼らずに進むための器だった。

 

 リュシアは、しばらく仕様書を見ていた。

 

 やがて、酒造区画へ目を向ける。

 

 八十五樽の小樽が並んでいる。

 

 味噌の壺も、醤油の瓶も、貴族へ渡す酒の瓶も、白皿丘へ頼める道が見えた。

 

 だが、酒場や宿屋へ二十リットル単位で卸す小樽は、まだ真壁製しかない。

 

「次は、樽だね」

 

「左様」

 

 真壁は、地図を開いた。

 

 指先が、水車町リーデンの位置で止まる。

 

 黒鷺川の曲がり瀬に近く、水車と穀物倉がある町。穀物を収める桶や、水を運ぶ樽を作る職人がいる可能性も高い。

 

「樽を作る者を探すなら、まずはこちらでしょうな」

 

 澪が、地図を覗き込む。

 

「リーデンですか」

 

「水車と穀物倉がある。保存桶や水樽を作る者もいるだろう。酒場へ卸す小樽は、陶器とは別の腕が要る」

 

 リュシアは、仕様書を抱えたまま、酒造区画へ並ぶ樽を見た。

 

「今ある八十五樽を売るだけなら、何とかなる。でも、次の酒を入れる樽がない」

 

 真壁は、地図上のリーデンへ指を置いた。

 

「では、調べよう」

 

 澪が、少しだけ息を吐く。

 

「また、ワッパで行くんですか」

 

「急ぐのでね」

 

「帰りは?」

 

「戻れる」

 

 真壁は、静かに答えた。

 

 食品工場の奥では、八十五樽の芋焼酎が並んでいる。

 

 白皿丘では、真壁が作らなくても、次の器が生まれる道が見えた。

 

 しかし、その次の酒を受け止める小樽は、まだない。

 

 真壁は、地図の上で水車町リーデンへ指を置いたまま、僅かに目を細めた。

 

「次は、樽ですな」

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現代に帰還したら、災厄級の従魔たちまで付いてきた~俺を溺愛するヤンデレ従魔たちの無双が晒された結果、魔王だと勘違いされて大バズりしています~(作者:むらくも航@書籍&コミカライズ発売中)(オリジナル現代/冒険・バトル)

少年『久遠カナタ』は転移した異世界から現代日本に帰還した。だが、現代では一日しか時間が経っておらず、色々と不思議な事が起こっていた。▼ダンジョンが出現していたこと。▼ダンジョン配信が流行していたこと。▼そして何より、異世界から従魔達が付いてきたこと。▼現代の魔物に比べ、最強の従魔達は明らかに過剰な戦力だ。従魔が暴走する度、主のカナタは勝手に崇められ、大きな注…


総合評価:242/評価:6/連載:57話/更新日時:2026年04月08日(水) 07:06 小説情報

元ITエンジニアの俺、祖先の召喚術から召喚プログラムを組み上げて神も悪魔も従える(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

祖父の死に際、元ITエンジニアの御門悠真は、自分が「召喚師の家系」の末裔だと知らされる。▼御門家は、かつて神も悪魔も妖も精霊も呼び出した、万能召喚術の本家本元だった。▼だが、万能であるがゆえに術式はあまりにも複雑化し、始祖以降は衰退の一途を辿る。▼火だけを呼ぶ家、水神だけを祀る家、鬼だけを使う家――分家たちは属性や対象を絞ることで生き残った。▼一方、万能に固…


総合評価:1456/評価:8.51/連載:15話/更新日時:2026年05月28日(木) 21:53 小説情報

創世のアームズ・ディーラー〜現代と異世界を駆け回る貧乏高校生の武器商売奮戦記!(作者:大和タケル)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【現実味のあるファンタジーを求める貴方に、超ロマンを届けます!】▼ 西暦2030年、太陽フレアがきっかけで地上に魔物が現れた。自衛隊が交戦するも全く歯が立たず、お手上げ状態。そんな折、一人の青年が覚醒する。▼ 貧乏な高校生、大和創真が手にしたのは先祖の英霊と異世界への扉。▼ 脅威が迫りくる現代。彼は魔物に抗う武器を求めて異世界へと旅立った。自衛隊へ売る為に。…


総合評価:11/評価:3.29/連載:88話/更新日時:2026年04月29日(水) 08:08 小説情報

尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~(作者:Lavian)(オリジナル歴史/戦記)

セララ・シュトーレンは転生者だ。天使っぽい種族で魔法も使える。▼だけどワープ事故で戦国時代に漂着。▼困ってる人を助けたら神様と勘違いされてしまった。▼人々を助けていたら有名になり、尾張の殿様に呼ばれて……▼信長の友人として過ごす日々が始まった。▼※第一章完結のタイミングでタイトル変更しました。


総合評価:1008/評価:8.14/連載:32話/更新日時:2026年06月03日(水) 21:20 小説情報

自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ (作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

システムエンジニア、工藤創一(30代・独身)。 彼の仕事は、誰が作ったかも分からない継ぎ接ぎだらけのシステムを延命させる「運用保守」。創造性のかけらもない、謝罪と徹夜の日々だった。▼ある夜、帰宅した彼のもとに謎の荷物が届く。 送り主は『賢者・猫とKAMI』。中に入っていたのは、異惑星『テラ・ノヴァ』へと繋がるゲート・キューブだった。▼「鉄鉱石の埋蔵量、480…


総合評価:17955/評価:8.89/連載:238話/更新日時:2026年06月03日(水) 12:35 小説情報


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