朝の食品工場には、蒸した豆の匂いより先に、紙と木札の気配が満ちていた。
記録机の端へ置かれた籠は、昨日まで余裕を残していたはずなのに、いまは封書と注文札を抱え切れず、縁から数枚の紙を覗かせている。町から戻った子供が新しい札を差し出すたび、リュシアは帳面へ走らせていた鉛筆を止め、送り主の名を確かめた。
澪は向かい側に座り、積み上がった札の一枚を手に取った。
侯爵家から紹介を受けた貴族家の封書は、厚い紙へ丁寧な文字で書かれている。その下には、宿屋の主人が急いで書いたらしい木札があり、さらに食堂から届いた紙片が重なっていた。
味噌を、もう一壺分けてほしい。
醤油を、肉料理へ使ってみたい。
次の芋焼酎は、いつ入るのか。
同じことを書いた札は一枚もない。それでも、どの文面にも、知ってしまった味をもう一度求める熱が残っていた。
工場の奥から戻ってきたトトは、両手へ抱えた札を机の空いている場所へ置いた。
「リュシア、これもお酒だって」
「そこへ置いておくれ。順番に見るからね」
リュシアは封蝋を割り、紙へ目を走らせた。最後まで読むと、僅かに眉を上げる。
「また十本かい」
「十本も買うの?」
「買いたいらしいよ。だからといって、十本まとめて出す気はないけどね」
リュシアは帳面の在庫欄を確かめ、送り主の名の脇へ小さな印を付けた。
「最初は二本。次に回せる分を見てからだ」
澪は、机へ置かれた封書へ手を伸ばした。
末尾へ添えられた一文を読み、もう一度確かめる。
「小金貨二枚でも構わないと書いてあります」
「正式な値は、小金貨一枚だよ」
「倍でも欲しいということですか」
「そういうことになるね」
リュシアは、少しも浮かれた顔をしなかった。
酒造区画へ目を向け、壁際へ並んだ小樽の列を数えるように視線を動かす。初めて九十樽が揃った時より、列は確実に短くなっていた。
売れたからだ。
だが、売れた品をすべて手放せば、次の仕込みが整う前に棚が空になる。
「高く買うと言った相手へ、際限なく渡す気はないよ。誰かが抱え込んで、別の家へ倍で売るだけなら、うちの仕事じゃない」
リュシアは次の封書を手に取った。
「酒場へ渡す樽も、一軒へ寄せない。味噌も醤油も、次の仕込みが整う前に壺が空になったら困るからね」
少し離れた場所で帳面を見ていた真壁が、静かに口を開いた。
「客を焦らせれば、値は上がる。だが、焦りだけを売る商いは長く続きませんな」
「分かっているよ」
「それは何よりだ」
リュシアは真壁へ軽く目を向けたが、すぐに机へ戻った。
注文を受けるだけでは、会社は続かない。
入ってきた金貨へ道を付け、次に必要となる荷へ戻さなければならない。
革袋の口を開き、中から金貨を一枚ずつ取り出す。指先へ伝わる重みを確かめながら別の袋へ移し、十二枚目を置いたところで紐を締めた。
「澪。これは、押入商会へ返す分だよ」
机へ置かれた革袋が、鈍い音を立てた。
「最初の材料費ですか」
「そう。金貨十二枚」
現代側から持ち込んだ芋と大豆、塩、麹に関わる資材、最初の仕込みへ必要だった容器。押入商会が先に用意したからといって、曖昧にしてよい支払いではない。
澪は革袋へ手を添えた。
「会社へ残してもいいんじゃないですか。白皿丘にも、リーデンにも支払いがありますよね」
「だからこそ、分けるんだよ」
リュシアは帳面の頁をめくり、鉛筆の先で一つの欄を示した。
「最初だけ無料で、次から払えませんじゃ商売にならない。材料を入れてもらったなら、まず返す。その上で、職人へ払う分と、働いてくれる人へ払う分を残す。全部を同じ袋へ入れたら、どこで何が足りないのか分からなくなるからね」
澪は、革袋を両手で受け取った。
「分かりました」
「それから」
リュシアは別の行へ鉛筆を走らせた。
「真壁殿の五樽は、手間賃として書いておくよ」
澪は顔を上げた。
「五樽でいいんですか」
「工場を作って、水のある土地を押さえて、白皿丘へ行って、リーデンで樽職人まで探してきたんだ。私なら、もう少し請求するけどね」
真壁は腕を組んだまま、穏やかに答えた。
「私としては異存はない」
「普通に売れば、金貨五枚分ですよね」
澪が確認すると、真壁は僅かに目を細めた。
「若い酒の値を、今決める必要もありますまい」
リュシアの鉛筆が止まった。
「熟成させる気だね」
「酒へ時間を与えるだけですな」
澪は、真壁の顔を見た。
「増えていますよね」
「比較試験なのでね」
「五樽から増えていますよね」
真壁は答えなかった。
答えないまま、帳面へ視線を落とす。
リュシアは小さく息を吐いたが、追及はしなかった。真壁が収納の中で何を並べているのかは、いずれ嫌でも分かる気がした。
「五樽の話は、それでいいよ」
リュシアは新しい頁を開き、澪へ向けて帳面を押し出した。
「次の材料も、押入商会から買いたい」
「今度も、芋は二トンですか」
「六トン」
澪は、頁へ落としていた視線を止めた。
「六トン」
「今ある分を売り切って、次がありませんじゃ困るからね」
帳面には、芋だけではなく、次の仕込みへ必要なものが書き込まれていた。味噌と醤油へ回す大豆も増える。塩も、麹も、工場で扱う量に合わせて揃えなければならない。
前に仕入れた芋は二トンだった。
それでも、業者へ連絡を取り、金額を確かめ、受け取り方を整えた時には十分に大きな仕事だと思った。
今回は、その三倍である。
「見積もりを取ります」
「頼むよ」
リュシアは頷いた後、机の脇へ置いていた別の帳面へ手を伸ばした。
「ただ、こっちは私の注文じゃない」
澪が問い返す前に、食品工場の扉が開いた。
侯爵家の印を付けた使者が先に入り、その後ろから、使い込まれた革鞄を抱えた男が姿を見せる。
四十代の後半ほどだろう。
派手な服装ではない。袖口には紙をめくり続けた者らしい薄い汚れが残り、革鞄の縁も柔らかく擦れていた。
男は、真壁と澪へ丁寧に頭を下げた後、リュシアへ向き直った。
「侯爵家で農政を預かっております。エーリヒ・ヴァイスと申します」
エーリヒは、鞄の中から厚い帳面と、紐で括られた木札の束を取り出した。
机へ置かれた札が触れ合い、乾いた音を立てる。
トトが、その束を覗き込んだ。
「これ、全部、芋なのか」
「芋だけではありません。豆を育てたいという村からも届いています」
リュシアは、一番上にあった札を取り、村名と人数を確認した。
「ずいぶん集まったね」
「予想以上です。ですが、希望する者へ配ればよいという話ではありません」
エーリヒは、自分の帳面を開いた。
頁の端には、色の違う印が並んでいる。
澪が覗き込むと、単に人数を集計した帳面ではないと分かった。
村ごとに、畑の位置や水はけが書かれている。苗床へ使えそうな場所があり、保存に向く倉がある。麦の仕事と重なる時期も、食品工場まで荷車を動かせる道も、細かく記録されていた。
エーリヒは、一つの村名へ指先を置いた。
「芋は、植え付けと掘り取りへ人手を使います。豆も、麦と同じ時期へ仕事を重ねれば、畑が回りません」
頁をめくり、別の村へ付けた印を示す。
「農業系の技能を持つ者はおります。しかし、機械はありません。最初から広げすぎれば、掘り取りの時期に畑へ置き去りにする芋が出るでしょう」
リュシアは黙って聞いていた。
真壁も、口を挟まない。
エーリヒは、希望者の数ではなく、最初に動かせる村を選んでいる。
「まずは、苗床と保存場所を整えられる村へ絞ります。初年度の収穫から、次に植える分を残す。一度に領内の畑を埋める必要はありません」
澪は、開かれた帳面へ視線を落とした。
「第一陣として、種芋を二十トン。種豆を五トン、お願いしたい」
聞き間違いだと思った。
澪は、帳面へ少しだけ顔を近づけた。
数字は変わらない。
「二十トン」
「はい」
「前回は、二トンでした」
真壁は、エーリヒの帳面へ一度だけ目を落とした。
「今回は、酒になる芋ではない。来年の畑へ渡す芋ですな」
「種芋だけで、八百万円です」
「左様」
「加工用の芋を足すと、一千万円を超えます」
真壁は、少しも表情を変えなかった。
「畑を相手にするのです。酒瓶のように、一本ずつ増やすわけにもいくまい」
「平然と言わないでください」
「農政官殿の計算は、悪くない」
エーリヒは、真壁へ僅かに頭を下げた。
「希望だけを見れば、もっと多く配れます。しかし、初めから大きく広げれば、失敗した時の損も大きくなる。まずは二十トンで、増やす道を作ります」
「大豆も同じですか」
澪が尋ねると、エーリヒは頷いた。
「豆は、麦との組み合わせを見ます。最初は、作業を分散でき、記録を残せる農家へ渡します。食品会社が買い取る道を示してくださったからこそ、希望者が増えたのでしょう」
リュシアは、机へ置かれた木札の束を見た。
農家が来年も植えてよいと思える値を残したい。
侯爵家でそう話した時には、味噌の入った壺と、醤油の細口瓶と、芋焼酎のグラスが食卓へ並んでいただけだった。
今は、その先にある畑が動き始めている。
だが、リュシアは自分の帳面へ種芋の数字を書き写さなかった。
「加工用の材料は、うちが買うよ。味噌と醤油と焼酎を作って売るための荷だからね」
澪へ渡した頁を、指先で軽く押さえる。
その後で、エーリヒの帳面へ目を向けた。
「でも、農家へ配る種芋と種豆は別だ。それは食品会社の仕入れじゃない。侯爵家の農政だよ」
「承知しております」
エーリヒは、迷わず答えた。
「農政用の荷については、侯爵家の予算で扱います。代金は、大金貨で先にお支払いします」
真壁が、静かに頷いた。
「筋が通っていますな」
澪も、少しだけ肩の力を抜いた。
食品会社が、領地全体の農政まで背負うわけではない。
加工用の荷と、農家へ配る種は、役割が違う。
支払う者も違う。
しかし、安心できたのは一瞬だった。
侯爵家から大金貨を受け取っても、現代側の業者へ大金貨を持ち込むことはできない。
種芋を買う時に必要なのは、円だった。
六畳間へ戻ると、窓の外は夕方へ傾いていた。
澪は、大学へ持っていった鞄を壁際へ置き、机へノートパソコンを開いた。
レポートの期限も、ゼミの連絡も気になっている。
それでも、先に確認しなければならない数字がある。
会社口座へログインし、画面をスクロールする。
押入商会に残っている円。
すぐに動かせる運転資金。
前回の仕入れで支払った額。
近いうちに必要になる分。
紙の帳面なら、頁をめくる音がする。
パソコンの画面では、数字が黙って並んでいる。
だからこそ、逃げ場がなかった。
澪は、リュシアから受け取った注文書を机の左側へ置いた。
加工用の芋は六トン。
大豆も、塩も、麹も、前回より増える。
右側には、農政官の依頼書がある。
種芋二十トン。
種豆五トン。
芋だけでも、現代側で支払う額は一千万円を超える。
そこへ豆と資材を加えれば、さらに金額は膨らむ。
何度か口座残高と注文書を見比べた後、澪は額へ手を当てた。
「真壁さん」
六畳間の奥で、ワインの瓶を確認していた真壁が顔を上げた。
「何かね、澪君」
「足りません」
「何がかね」
「円です」
澪は、ノートパソコンの画面を指した。
「押入商会の口座を全部合わせても、一括では厳しいです」
真壁は、椅子の背へ片手を置いたまま、画面へ一度だけ視線を移した。
「左様」
「左様、ではありません」
「大金貨は受け取れるのでしょう」
「受け取れます。でも、現代側では使えません」
真壁は、農政官の依頼書へ目を落とした。
「大金貨は、あちらで働かせればよい」
澪は頷いた。
侯爵家から受け取る大金貨は、異世界側で使う。
だが、それは向こう側の財布だ。
「現代側の円は、どうしますか」
「保管していた白金を、必要な分だけ動かしましょう」
澪は、一度黙った。
「プラチナを売るんですか」
「眠らせておくより、来年の畑へ変える方がよろしい」
「どれぐらい保管しているんですか」
「少々ですな」
澪は真壁を見る。
「その少々が信用できません」
「必要な分だけ動かせばよい」
「税理士さんには?」
「明石君へは、すでに筋を通してある」
あまりにも滑らかな返事だった。
澪は、ノートパソコンの画面から顔を上げる。
「どこまで話したんですか」
「現代側で必要な範囲だけですな」
「……上手く説明したんですね」
「商人は、相手へ渡す荷を選ぶものだよ。情報も同じですな」
澪は、少しだけ真壁を疑うように見た。
「明石さん、大丈夫ですか」
「帳簿は、品よく整っています」
「明石さんの胃の話を聞いています」
真壁は、僅かに視線を逸らした。
澪は、それ以上を聞かないことにした。
聞けば、知りたくなかったことまで知る気がする。
代わりに、机へ置いた依頼書へ視線を戻す。
二十トン。
数字だけを見ていると、別の問題が遅れて浮かんできた。
「真壁さん」
「何かね」
「二十トンを、どうやって受け取るんですか」
「卸を一社入れましょう」
澪は、少しだけ瞬きをした。
「JAへ、直接お願いするんじゃないんですか」
「種芋だけではない。加工用の芋も、豆も、塩も要る。麹に関わる資材も、置く場所も、運ぶ者も必要になる」
真壁は、机の上へ置かれた二枚の依頼書を見た。
「我々が、一つずつ産地へ頭を下げ、倉を探し、車を押さえることもできる。だが、荷を集める者には、荷を集める者の腕がありますな」
「食品会社ですか」
「業務用の農産物と食品原料を扱う卸がよろしいでしょう。加工用と栽培用を分け、必要な産地へ話を通し、輸送と一時保管まで整えられる者がよい」
「手数料が掛かります」
「左様」
真壁は、少しも迷わなかった。
「だが、安く買うことだけに熱心で、来年も使える道を潰す方が高くつく。今回は、荷だけではない。繰り返し使える道を買うべきですな」
澪は、ノートを開いた。
直接JAへ問い合わせるつもりで作っていた欄の上へ線を引き、その横へ新しい言葉を書き添える。
農産物・食品原料卸。
加工用の芋と、農政用の種芋を混ぜないこと。
食品会社向けの大豆と、畑へ配る種豆も分けること。
塩や麹関係の資材は、同じ倉庫へ置いてよいのか確認すること。
荷を一時的に受ける倉庫が必要であり、産地からそこまで運ぶ輸送業者も押さえなければならない。
真壁は、澪の手元を見ながら続けた。
「卸へ一括で頼めば、向こうが必要な産地へ照会する。輸送業者も、倉も、納品の時期も、その先で整う」
「一度に全部、持ってくるんですか」
「いや。先方と相談して分けた方がよいでしょう。種芋は、加工用の芋と同じ扱いにはできぬ」
「倉庫へ入れた後は?」
「数を確かめ、伝票を残し、用途ごとに荷札を分ける。外の仕事が終わってから、私が運ぶ」
「収納で」
「無論」
澪は、鉛筆を止めた。
「卸会社の人が帰った後で、倉庫の芋が全部なくなるんですよね」
「入庫記録と、払い出しの記録は残す」
「払い出し先は」
「押入商会の管理する事業用保管先ですな」
澪は、ゆっくりと真壁を見た。
「どこですか」
「澪君」
真壁は、僅かに目を細めた。
「説明は、必要な範囲で足りるものだよ」
「明石さんにも、そういう顔で説明したんですね」
「品よく整えましたな」
「明石さんの胃が心配です」
澪は、ノートへ視線を戻した。
二トンの時は、真壁が取りに行けば済んだ。
二十トンを超える荷になれば、同じ方法は使えない。
産地から集める者がいる。
倉庫へ運ぶ者がいる。
荷を一時的に預かり、数を確かめる者がいる。
収納があっても、商流まで消してはいけない。
「卸会社は、どうやって探しますか」
「明石君へ、紹介を頼んである」
澪は、再び顔を上げた。
「もうですか」
「円が足りぬと分かれば、次に必要となるものも見える」
「私が大学へ行っている間にですか」
「君には、君の仕事がある」
真壁は、机へ置かれた注文書へ指先を添えた。
「澪君。仕事を抱え込むことと、仕事を整えることは違う。荷を集める者へは、荷を集める仕事を渡せばよい」
澪は、ノートに書いた欄を見直した。
食品会社向けの原料。
侯爵家農政向けの種。
現代側で円へ換える白金。
異世界側で受け取る大金貨。
卸会社へ頼む調達。
輸送業者が動かす荷。
一時的に借りる倉庫。
それぞれの流れを分けると、ようやく形が見えてくる。
真壁は、澪の手元を見た。
「悪くない」
「種芋二十トンで、悪くないと言われても困ります」
「二トンで始めた荷が、二十トンの畑へつながる。悪い話ではありますまい」
澪は、鉛筆を置いた。
「次は、百トンになるんですか」
「急がず増やせばよい。農政官殿も、そう見ている」
「卸会社との交渉も、真壁さんがするんですよね」
「無論」
「倉庫と輸送業者も、卸会社に整えてもらう」
「その方がよろしい」
「また、帰ったら、だいたい決まっているんですか」
真壁は、少しだけ間を置いた。
「先方の都合もある。そこまで急かすのは、少々品がない」
「それでも、だいたい整えてきますよね」
真壁は答えなかった。
答えないまま、机の上に並んだ依頼書へ一度だけ目を落とす。
「では、卸を一社入れましょう。JAも、倉も、輸送業者も、その先で整えればよい」
澪は、注文書の端へ書かれた数字を見る。
「二十トンです」
「左様」
「平然と言わないでください」
真壁は、僅かに目を細めた。
「澪君。二トンの荷を売って終わるより、二十トンの種を畑へ置く方が、商いとしては品がよい」
澪は、すぐには返事をしなかった。
机の上にある注文書は、まだ紙にすぎない。
卸会社とも、まだ契約していない。
倉庫も、輸送業者も決まっていない。
プラチナも、まだ換金していない。
それでも、紙の向こう側には、すでに荷を積んだトラックが見えるような気がした。
産地から集められる木箱。
一時保管用の倉庫へ運び込まれる荷。
加工用と農政用を分ける札。
外から見ても不自然ではない形で数えられ、伝票へ残される芋と豆。
その先には、侯爵領の村々で作られる苗床がある。
土の中へ伏せ込まれた芋から芽が伸び、春の畑へ渡っていく。
以前、二トンの芋を前に頭を抱えた時には、考えもしなかった景色だった。
澪は、依頼書の端を揃え、ノートを閉じた。
二十トンの種芋は、まだどこにもない。
だが、来年の畑へ続く道は、六畳間の机の上から、すでに伸び始めていた。