押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第123話 麻袋八十袋

 

 食品工場の荷受け口には、朝から絶え間なく人が出入りしていた。

 

 真壁が収納から木箱を取り出すたび、待ち構えていた女性たちが二人一組で抱え、洗い場に近い壁際へ運んでいく。箱の側面には、中身と重量を書いた紙が貼られている。受け取った者は、空いている場所へ勝手に積まない。作業台の横へ立ったリュシアへ声を掛け、次に使う分と、後へ回す分を分けて置いた。

 

「その箱は、右へ。先に洗う方だよ。奥まで運ばなくていい」

 

 リュシアは、開いた帳面から顔を上げずに答えた。

 

 女性たちが進む方向を変える。その脇を、まだ身体の小さい子供がすり抜けた。抱えているのは芋ではない。荷受けした箱の数を書き込むための板と紙である。

 

 以前、運び込んだ芋は二トンだった。

 

 それでも、工場の中はしばらく落ち着かなかった。

 

 今回は、その三倍。

 

 箱は洗い場の手前から壁沿いへ伸び、途中で折り返した。ようやく最後の箱を出し終えた時には、空いていた床の形がすっかり変わっていた。

 

「これで、芋は六トン揃った」

 

 真壁は、最後の箱の向きを隣と合わせた。

 

「数は合ってるよ」

 

 リュシアは帳面へ印を付ける。

 

「豆も一・五トン。塩も九百キロ。麹の分も受け取った」

 

 食品工場の奥では、別の動きが続いている。

 

 大豆の袋は、芋とは離れた棚へ積まれていた。床の湿気を拾わないよう、棚板の下には隙間がある。塩はさらに奥へ回され、麹に関わる荷は、ほかの袋と混ざらないよう蓋付きの木箱へ収められていく。

 

 工場を使い始めた頃には、何をどこへ置くのか、その都度リュシアが声を張らなければならなかった。

 

 今は、働く者たちも分かっている。

 

 芋を洗う順番に合わせて箱を寄せ、大豆は湿気を避け、塩は水場から離す。菌を扱う荷へ、濡れた手で触れる者もいない。

 

 試作品を作るために用意された工場は、いつの間にか、次の仕込みを受け止める場所へ変わり始めていた。

 

「押入商会へ払う分も、入れておくよ」

 

 リュシアは、別の帳面を引き寄せた。

 

「前に出資してもらった分と、今回仕入れた分は分ける。何でも最初の金貨で済ませていたら、会社とは呼べないからね」

 

「うむ。その形なら、長く続く」

 

 真壁が答えると、リュシアは僅かに眉を上げた。

 

「会社にしたんだから、当たり前だよ」

 

「左様」

 

 真壁は、素直に頷いた。

 

「その当たり前を崩さず続ける方が、案外難しい」

 

 工場の奥から、木箱の蓋が閉まる音がした。

 

 セルマが麹の箱から手を離す。中身へ指先で触れる前に、箱の内側と蓋の裏まで目で確かめていた。

 

「麹は、ここで大丈夫」

 

 セルマは、次に塩の袋が並ぶ棚を見た。

 

「ただ、塩はもう少し壁から離して。雨の日に湿気が回るかもしれない」

 

「分かった。少し動かすよ」

 

 リュシアが近くの女性へ声を掛ける。

 

 棚板を持ち上げる音を聞きながら、真壁は工場の奥へ視線を移した。

 

 壁際には、小樽が並び始めている。

 

 味噌と醤油は、仕込んだ日に売れるものではない。芋焼酎の小樽も、試作を重ねるたびに増えている。空になった樽を洗い、乾かし、次へ回す場所まで必要になる。

 

「銀鹿山で、使えそうな横坑が見つかった」

 

 真壁が声を掛けると、リュシアの鉛筆が止まった。

 

「農政用の芋を置く場所かい」

 

「芋も、豆も、樽もだ」

 

 真壁は、小樽の列へ目を向けた。

 

「区画は分ける。食品会社の樽を置く場所も取れる」

 

「うちの樽も置かせてもらえるのかい」

 

「侯爵家とは、借りる形で話を通しましょう。農政の荷と、君の会社の荷は分けた方が、帳面にも収まりがよい」

 

 リュシアは、工場の奥を見回した。

 

 まだ、小樽を置く余地は残っている。

 

 だが、次も同じとは限らない。

 

 味噌が増える。

 

 醤油も増える。

 

 芋焼酎も、試作だけで終わらせるつもりはない。

 

 作る場所と、待たせる場所を分けなければ、いずれ片方が片方を押し潰す。

 

「農政の倉へ、食品会社の荷を押し込む気はないよ」

 

 リュシアは、帳面へ新しい欄を作った。

 

「借りる分は払う。管理する人の分も、直す時の分もね」

 

「うむ。その形なら、長く続く」

 

 真壁は、静かに頷いた。

 

「蔵は、荷を置くだけでは済まない。見る者にも、直す者にも、仕事が残る」

 

 セルマは、小樽の一つへ掌を当てた。

 

「横坑の中は、どれぐらい冷えるの」

 

「地上ほど急には変わらないでしょう。湿り気の少ない枝坑もあった」

 

「実際に見たいわ」

 

「樽を入れる前に、来てもらうよ」

 

 リュシアは、迷わず答えた。

 

「寝かせればいいってものじゃないんだろう。場所で変わるなら、先に見た方がいい」

 

 セルマが頷く。

 

 真壁も、それ以上は言わなかった。

 

 商人と錬金術師が自分の仕事を決めた後へ、余計な言葉を足す必要はない。

 

 リュシアは帳面を閉じ、工場裏へ続く扉へ向かった。

 

「それじゃあ、次を見てもらおうか」

 

「まだ、何かあるのかね」

 

「あるよ」

 

 リュシアは、少しだけ口元を上げた。

 

「前は、川へ流していたものがね」

 

 

 

 食品工場の裏には、少し離して建てられた別棟があった。

 

 扉を開けると、工場の中とは匂いが違う。

 

 芋の土臭さも、麹の乾いた香りもない。

 

 石と砂の匂いが、乾いた空気の中へ残っている。

 

 床は石張りだった。窓は高い位置へ設けられ、風が抜けても、粉塵が食品工場へ戻らない向きに作られている。

 

 壁際には、麻袋が積まれていた。

 

 奥から手前まで、整然と並んでいる。

 

 無理に高く積み上げてはいない。

 

 崩れない高さを保ち、人が歩ける幅も残されていた。運び出す時に、手前から順に持ち上げられる置き方である。

 

 真壁は、最初の袋へ掌を置いた。

 

 麻の表面は、乾いていた。

 

「乾かしてある」

 

「川へ捨てる前に分けさせて、水を切ってから袋へ入れてる」

 

 リュシアは、袋の一つを軽く押した。

 

「泥まで町へ運べば、袋代も運び賃も余計に掛かる。乾かした後で、大きな石と木片も落とさせた」

 

 以前は、水を含んだ重い砂だった。

 

 袋の底から泥水が染み、床へ跡を残していた。

 

 今は違う。

 

 白い重砂は、捨て場から拾い集めるものではない。

 

 川へ流す前に分けられ、水気を落とされ、余計なものを除かれている。

 

 一袋、十五キログラム。

 

 八十袋。

 

 合計一千二百キログラム。

 

 真壁は、壁際の麻袋を見渡した。

 

「前より、ずいぶん品のよい荷になった」

 

「捨て砂でも、商品になったなら、商品らしく扱わせるよ」

 

 リュシアは、当然のように言った。

 

 真壁は、それ以上細かく確かめなかった。

 

 買い付けまでを整えるのは、リュシアの仕事である。

 

 乾燥させる。

 

 粗い混入物を落とす。

 

 重さを揃える。

 

 そこまで終えた麻袋を、押入商会が次の荷として受け取る。

 

「では、分けましょう」

 

 真壁が最初の麻袋へ触れる。

 

 袋は、音もなく消えた。

 

 二袋目。

 

 三袋目。

 

 収納内の鉱物区画へ、乾いた重砂が移されていく。

 

 食品用原料とは、まったく別の場所である。

 

 リュシアにも、セルマにも、収納内は見えない。

 

 外から見えるのは、麻袋が少しずつ減っていく様子と、途中で真壁が紙へ数字を書き込む動作だけだった。

 

 窓から差し込む光が、石床の上をゆっくり移動する。

 

 壁際に積まれていた麻袋が半分ほど消えたところで、真壁は一度、作業台の前へ戻った。

 

 収納から、鈍い白色の塊を取り出す。

 

 掌より少し長い。

 

 角は揃っているが、過剰に磨かれてはいない。

 

 真壁は、木札へ重量を書き込み、塊の横へ置いた。

 

 続いて、二本目。

 

 三本目。

 

 同じ形の塊が、作業台へ並んでいく。

 

 リュシアは、最初のうちは帳面へ本数を書き込んでいた。

 

 十本を越えた辺りで、鉛筆の先が一度止まる。

 

 二十本を越えると、作業台の端が狭くなり、真壁は並べ方を変えた。

 

 三十本を越えても、まだ収納から鈍い白色の塊が出てくる。

 

 セルマは、インゴットの光よりも、真壁が一本ごとに重量を揃えていることを見ていた。

 

 最後の一本が置かれた時、作業台には四十八本の白金インゴットが並んでいた。

 

「全部で、どれぐらいになったんだい」

 

 リュシアの声は、少しだけ低くなっていた。

 

「白金は、四十八キログラムほどだ」

 

 真壁は、最後の木札へ数字を書き込んだ。

 

「砂金は、六・二キログラム。こちらも、扱いやすい形へ整えてある」

 

 収納から取り出された金のインゴットは、白金よりも小さい。

 

 一キログラムの塊が六本。

 

 その横へ、二百グラムの小型インゴットが一つ置かれる。

 

 砂鉄は、箱へ分けられていた。

 

 四百キログラム。

 

 鍛冶へ渡すにしても、一度に全部を動かす量ではない。

 

 リュシアは、白金の列と、まだ残っている麻袋を見比べた。

 

「……川へ捨ててた砂だよ」

 

「左様」

 

 真壁は、白金へ長く視線を留めなかった。

 

「捨てる前に分ければ、荷になる」

 

 リュシアは、白金の一本へ手を伸ばしかけた。

 

 途中で止める。

 

「売るのかい」

 

「急ぐ理由はない」

 

 真壁は、最後の木札を揃えた。

 

「必要な資金は、先に動かした分で足りている。値があるからと、全部を崩す必要はないでしょう」

 

 リュシアは、少しだけ笑った。

 

「目の前にこれだけ並べておいて、落ち着いてるね」

 

「白金は、白金だ。必要な時に動かせばよい」

 

 真壁は、残った重砂へ視線を移した。

 

「こちらの方が、少々面白い」

 

 白金を抜く。

 

 砂金を分ける。

 

 砂鉄を取り出す。

 

 それでも、まだ六百九十九・八キログラムの重鉱物精鉱が残っている。

 

 麻袋へ入っていたものの半分以上が、次の行き先を待っていた。

 

「まだ、分けるのかい」

 

「無論」

 

 真壁は、僅かに目を細めた。

 

「『残り』という札で片付けるには、少々量が多い」

 

 

 

 二次仕分けに入ると、作業台の上へ現れる箱の形が変わった。

 

 最初に取り出されたのは、黒い砂を収めた大きな箱だった。

 

 砂鉄に似ている。

 

 だが、真壁は同じ場所へ入れていない。

 

「チタン鉄鉱。三百九十キログラム」

 

 リュシアは、帳面へ数字を書き込んだ。

 

「前にも扱った黒砂だね」

 

「左様。こちらは、まとめて保管しておこう」

 

 その隣へ、量は少ないが品位の高いルチルの箱が置かれた。さらに、リューコキシンを収めた箱が加わる。

 

 合わせて、四百二十三キログラム。

 

 真壁は、すぐに金属へ変えなかった。

 

「売らないのかい」

 

「今はね」

 

 真壁は、箱を収納内の鉱物区画へ戻した。

 

「こちらで働かせるか、澪君の側へ持ち帰るか。急いで決める荷ではない」

 

 次に取り出された箱には、赤い粒が入っていた。

 

 細かな粒が、浅い箱の中へ集められている。

 

 暗い赤。

 

 わずかに光を通す赤。

 

 濁りの強い粒。

 

 亀裂が入った粒。

 

 同じ色に見えても、灯りの下へ置くと、表情が違う。

 

 セルマが、一歩だけ近づいた。

 

「同じ石じゃないの?」

 

「同じガーネットだ」

 

 真壁は、粒の一つを摘まんだ。

 

「だが、同じ使い方をする必要はない」

 

 大半は、研磨砂へ回す。

 

 彫金の仕上げ。

 

 刃物。

 

 ガラス。

 

 白皿丘の陶器。

 

 細かく砕き、粒の大きさを揃えれば、すぐ職人の手で働く。

 

 ただし、透明度が高く、亀裂の少ない粒まで、すべて研磨材へ回す必要はない。

 

 真壁は、条件の揃う赤い粒を小皿へ移した。

 

「大半は、研磨砂へ回せば働くでしょう」

 

 皿の上で、粒を指先で転がす。

 

「だが、すべてを削る側へ置くのも惜しい。質の揃う粒は、まとめてみよう」

 

「まとめる?」

 

 リュシアが聞き返した。

 

 真壁は、小皿へ掌を添えた。

 

 赤い粒が、皿ごと収納へ消える。

 

 しばらく、何も起きない。

 

 リュシアは帳面を開いたまま待った。

 

 セルマは、真壁の手元を見ている。

 

 収納内の加工区画で、真壁は同じ色味の粒だけを寄せた。

 

 亀裂の多い粒を外す。

 

 濁りを生む異物を分ける。

 

 同質の粒だけを溶かし、内部へ余計な泡を残さないよう形を整える。

 

 最後に、宝飾職人が切り分けられる大きさで固める。

 

 外から、その工程は見えない。

 

 しかし、真壁が収納から取り出したものを見た瞬間、リュシアは帳面から顔を上げた。

 

 掌へ載るほどの、深い赤色の塊だった。

 

 完全に均一ではない。

 

 灯りへ透かせば、色の濃い部分と淡い部分が残っている。細い筋も、僅かに見える。

 

 天然の巨大結晶ではない。

 

 だが、町の宝飾職人が切り、磨き、石枠へ収めるには十分な大きさだった。

 

「原石のまま、職人へ渡すんじゃないのかい」

 

「小さすぎる粒まで一つずつ選ばせれば、職人の手が選別だけで塞がる」

 

 真壁は、赤い塊を作業台へ置いた。

 

「扱いやすい大きさへ寄せる。そこから先は、職人の仕事だ」

 

「完成品にはしないんだね」

 

「切り方も、磨き方も、石枠も、町の者が考えればよい。すべてをこちらで作れば、売る品は増えても、町の仕事は増えない」

 

 リュシアは、赤い塊を持ち上げた。

 

 灯りへ透かす。

 

「これを、天然の大粒石として売ったら、かなり取れそうだけどね」

 

「それは、少々品がない」

 

「分かってるよ」

 

 リュシアは笑い、帳面へ新しい欄を書いた。

 

「錬成ガーネット原石。最初は、腕のある職人へ少しずつ渡す。誰が一番うまく扱えるか、見てから増やすよ」

 

「私も、そう考えていた」

 

 真壁は、小さく頷いた。

 

「売る道は、リュシア君へ任せる」

 

 ガーネットは、百五十キログラムあった。

 

 その大半は研磨材へ回る。

 

 だが、作業台には、掌ほどの赤い塊がいくつか並び、親指の先ほどの小型塊も別の箱へ分けられた。

 

 比較用として、小粒のまま残す試料もある。

 

 セルマは、赤い塊から目を離さなかった。

 

「溶かしたの?」

 

「同じ質の粒だけをね」

 

「色が残ってる」

 

「残すようにまとめた」

 

 真壁の返答は短い。

 

 セルマは、表面ではなく、内部へ残った濃淡を見ていた。

 

 次に取り出された箱には、異なる色の粒が入っている。

 

 蜂蜜を透かしたような黄色。

 

 葡萄酒を薄くしたような赤褐色。

 

 光を強く返す淡い粒。

 

 数は少ないが、緑を帯びたものもある。

 

「こっちも、宝石になるのかい」

 

 リュシアが尋ねた。

 

「粒を選べば、少々は」

 

 真壁は、ジルコンの粒を色ごとに小皿へ分けた。

 

「細かな砂は、白皿丘へ見せましょう。窯や鋳型へ使えるかもしれぬ」

 

 耐火材として使う分は、小袋へ。

 

 装飾材として使える分は、別の箱へ。

 

 透明度の高い粒は、色を混ぜず、収納内の加工区画へ移す。

 

 再び、小皿が消える。

 

 少し間を置いて、真壁は浅い木箱を取り出した。

 

 箱の中には、色ごとに分けられた錬成ジルコン原石が入っていた。

 

 蜂蜜色の塊は、灯りへかざすと内部へ柔らかな金色を残す。

 

 赤褐色の塊は、暗い場所では落ち着いて見えるが、光を受けると奥から色が浮かぶ。

 

 淡色の塊は、小さいながらも強く光を返した。

 

 緑を帯びたものは、さらに小さな箱へ分けられている。

 

「同じ石でも、ずいぶん違うね」

 

 リュシアは、蜂蜜色の塊を持ち上げた。

 

「分けずに売れば、値も一つです」

 

 真壁は、箱へ木札を結んだ。

 

「色を残した方が、職人も客も選べるでしょう」

 

 セルマは、褐色で透明度の高い小さな塊へ目を向けた。

 

「これは、少し違う」

 

「透明度は悪くない」

 

 真壁は、その箱だけをセルマの側へ寄せた。

 

「試すなら、そちらを使えばよい」

 

「少し、持ち帰るわ」

 

「無論。元の状態も残し、条件を変えて比べるとよい」

 

 セルマは、小箱を受け取った。

 

 宝石を見て喜んでいる顔ではない。

 

 すでに、何を変えれば違う結果が出るのかを考えている。

 

 

 

 真壁は、宝石の箱だけで作業を終えなかった。

 

 白皿丘へ回す試料を、小袋へ分けていく。

 

 ジルコンの細かな砂。

 

 熱に耐える可能性がある藍晶石と珪線石。

 

 研磨材にも、耐火材の比較にも使える十字石。

 

 ガーネットの研磨砂。

 

 真壁は、陶工へ渡す分と、比較用に残す分を分け、袋ごとに木札を結んだ。

 

「白皿丘へ、これだけ持っていくのかい」

 

 リュシアが尋ねる。

 

「最初は、試料だけでよい」

 

 真壁は、袋の口を確かめた。

 

「窯へいきなり入れる必要はない。陶工に見せ、少量で試し、焼いた後を記録する。それから量を決めればよい」

 

「皿の町が、今度は石の砂まで扱うのか」

 

「皿は、土だけで焼くものでもないでしょう」

 

 真壁は、次の箱を取り出した。

 

 黒い粒が入っている。

 

 先ほどのチタン鉄鉱とは、別の箱である。

 

「これは、どうするんだい」

 

「クロム鉄鉱だ」

 

「鉄に混ぜるの?」

 

「私の方で、試験用の地金へ整える」

 

 真壁は、一部だけを収納へ移した。

 

 しばらくして、作業台へ小さな中間地金が置かれる。

 

「クロム分一に対して、鉄十。まずは、その割合で鍛冶屋に溶かし合わせてもらう」

 

「何ができるんだい」

 

「錆びにくい鉄になるかを見ます」

 

 真壁は、食品工場の方角へ目を向けた。

 

「洗い場の小刀と、樽の金具がよいでしょう。水と塩へ触れる。普通の鉄との差も見やすい」

 

 リュシアは、少し考えた。

 

「蝶番も欲しいね。洗い場の戸は、すぐ赤くなる。釘も何本か並べておけば、違いが分かる」

 

「鉱山道具の金具も、試す価値がある」

 

「じゃあ、鍛冶屋には、用途ごとに札を付けさせるよ。使い始めた日も残す」

 

 セルマは、クロム試験用の地金へ添えられた札を見た。

 

「量まで揃えて、比べるのね」

 

「一度に答えを決める必要はない」

 

 真壁は、札の端を指先で揃えた。

 

「配合を残し、結果を見る。次は、その後で決めればよい」

 

 錫石は、十四キログラムあった。

 

 真壁は、そのうち少量だけを錫地金へ整える。残りは、保管へ回した。

 

「これは、すぐ使えるのかい」

 

「鍛冶側へ見本を渡しましょう。青銅にも、接合にも使える。だが、用途を増やすのは試してからでよい」

 

 さらに、重い小箱が取り出された。

 

 見た目は地味だった。

 

 黒と灰色の粒が混じっている。

 

 リュシアが持ち上げようとして、途中で片手を添えた。

 

「重いね」

 

「タングステン系の鉱物です」

 

 真壁は、専用の札を付けた。

 

「こちらは、澪君の側へ持ち帰りましょう」

 

「鍛冶屋へ渡さないのかい」

 

「値を知る者へ渡した方がよい荷もある。こちらで無理に使う理由はない」

 

 分析を通し、品位を確かめる。

 

 その後で、売却先を探す。

 

 急いで地金へ変える必要はない。

 

 最後に取り出された容器だけは、ほかの箱から離れた場所へ置かれた。

 

 真壁は、直接触れない。

 

 密閉容器へ注意札を付ける。

 

「これは?」

 

 セルマが尋ねた。

 

「急いで触らぬ方がよい荷です」

 

 モナザイト。

 

 ゼノタイム。

 

 量は多くない。

 

 だが、食品原料や宝石と同じ場所へ置くものではない。

 

「売らないのかい」

 

「分からぬから置くのではない」

 

 真壁は、密閉容器を収納内の危険物区画へ移した。

 

「危ういと分かったから、分けて置く」

 

 

 

 工場裏の別棟には、空になった麻袋が重ねられていた。

 

 朝には壁際を埋めていた八十袋が、今は畳まれ、紐でまとめられている。

 

 真壁が収納へ戻す前に、作業台には仕分けた荷が残っていた。

 

 鈍い光を返す白金インゴット。

 

 金の小型インゴット。

 

 深い赤を抱えた錬成ガーネット原石。

 

 色ごとに分けられた錬成ジルコン原石。

 

 白皿丘へ渡す試料袋。

 

 鍛冶屋へ持ち込むクロム試験用の中間地金。

 

 真壁は、木札を確かめながら、一つずつ収納へ戻していく。

 

 リュシアは、錬成ガーネット原石と錬成ジルコン原石の箱だけを、帳面の横へ残した。

 

「宝飾職人には、最初から全部見せないよ」

 

「うむ」

 

「何人かへ、少しずつ渡す。切った石を見て、扱える職人を選ぶ。値段も、その後だね」

 

「売る道は、リュシア君へ任せる」

 

 真壁は、赤い塊へ一度だけ視線を向けた。

 

「赤いというだけで、すべて同じ値を付ければ、石も職人も雑に扱われる」

 

「分かってるよ」

 

 リュシアは、帳面へ渡す相手を書く欄を作った。

 

 その下へ、もう一つ、新しい欄を増やす。

 

「乾燥棚を増やす。秤も、もう一台。荷車も必要だね」

 

「私も、そう見ている」

 

 真壁は、畳まれた麻袋へ目を向けた。

 

「量が増えるなら、運ぶ前に整えた方がよい」

 

「泥まで町へ運んでも、誰も得しないからね」

 

「うむ。荷は、軽くしてから動かす方が品がよい」

 

 セルマは、その会話へ入らなかった。

 

 腕の中には、小さな試料箱がある。

 

 彼女の視線は、完成品へ向いていない。

 

 細かな粒を見分ける。

 

 混ぜずに分ける。

 

 同じ質のものだけを寄せる。

 

 必要なところまで形を作る。

 

 それ以上は、別の者へ残す。

 

 真壁が行ったのは、何でも完成させることではなかった。

 

 素材ごとに、止める場所を変えることだった。

 

「……収納と鑑定があれば」

 

 セルマが、小さく言った。

 

 真壁が、最後の札から顔を上げる。

 

「何かね、セルマ君」

 

「錬金術師も、ここまで細かく分けられるのね」

 

 セルマは、赤い錬成ガーネット原石と、色ごとに分けられた錬成ジルコン原石を見比べた。

 

「溶かして、作り直すだけじゃない。どこまで作るかも、選んでいる」

 

 真壁は、すぐには答えなかった。

 

 セルマが抱えた試料箱へ目を向ける。

 

「私と同じ使い方をする必要はない」

 

「違う使い方があるの?」

 

「君ならば、君の工房に合う分け方と、止める場所を考えるでしょう」

 

 セルマは、小箱を抱え直した。

 

 頭の中では、すでに自分の工房を見ている。

 

 棚へ置いた薬草。

 

 底へ沈んだまま捨てていた沈殿物。

 

 色が揃わず、隅へ寄せた顔料。

 

 失敗品として蓋をした抽出液。

 

 同じものだと思い、まとめていた素材。

 

「……考えるわ」

 

 工場裏の石床には、空になった麻袋が重なっていた。

 

 川へ捨てられていた砂は、もう、捨て砂ではなかった。

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