押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第159話 残渣とは呼ばん

 

 採石場秘密基地の作業区画は、いつもより広く見えた。

 

 現代側へ売る金属は出した。チタンもタングステンもモリブデンも、重さと値段を揃えて送り出した。澪君の監査を通った書類は、いまごろ江古田の6畳間で、たいへん正しい顔をしているはずである。

 

 真壁は、その「正しい顔」を思い浮かべて眉をわずかに動かした。

 

 高いワインを経費にする案は退けられた。

 

 正しい。

 

 実に正しい。

 

 だが、正しいことは時に、人の余韻まで刈り取る。帳面とは刃物に似ている。切れ味がよすぎると、楽しみまで薄く削れる。

 

「まあよい。現代の酒にこだわる必要もあるまい」

 

 真壁はそう言って、自分の気分を丁寧に整えた。

 

 こちらの世界でよい酒を探すなら、それは浪費ではない。嗜好品調査であり、貴族向け贈答品の確認であり、領内産品の発掘である。実に商業的で、実に前向きで、実に帳面に書きやすい。

 

 問題は、澪君が聞けば必ず「飲みたいだけですよね」と言う点だった。

 

「品質確認だ」

 

 誰もいない作業区画で、真壁は静かに反論した。

 

 石壁は何も言わなかった。

 

 負けている気がした。

 

 真壁は咳払いし、収納内の素材札を開いた。川底の白泥から金属を抜き、工事用の石粉や砂利は別に回した。今日見るのは、まだ行き先を決めていないものだけである。

 

 蛍石が280kg。

 

 方解石透明片が210kg。

 

 そして、脱鉄分や精錬副産物、不適合細粒をまとめた灰色の厄介者が2,380kg。

 

 真壁はそれらを作業台の前へ呼び出した。

 

 直後、表示された札を見て指が止まった。

 

「残渣、だと」

 

 声は低く、静かだった。

 

 胸の内では、古い銀器に安い油を塗られたような不快感が広がっていた。粗い。雑だ。名が悪い。売らなかったものをすべて残渣と呼ぶなら、鑑定の目など初めから要らない。

 

「俗な名だな。物の格を、名で落としている」

 

 真壁は札を外した。

 

 それだけで、少し呼吸が楽になった。名付けは軽くない。名を誤れば扱いを誤る。扱いを誤れば値を誤る。値を誤れば品も商売も痩せる。痩せた財布も困るが、痩せた品物はもっと困る。品物は、自分で肉を戻せない。

 

 まず、蛍石を見た。

 

 白や淡い紫を帯びた粒を小瓶に取り、現代側から持ち込んだ紫外線灯を当てる。いくつかの粒が、ひっそりと光った。宝石のように媚びる光ではない。控えめで、少し冷たい。だが、真壁には働き者の顔に見えた。

 

「蛍石。現代で言えば、フローライト」

 

 真壁はそう言った。

 

 知識が一つ、作業台の上で形を取る。鉄になる石ではない。だが、炉の中で役に立つ。製鉄では融剤として用いられ、鉱石に混じった余計な石分を流れやすくし、滓として分ける助けをする。

 

 主役ではない。

 

 主役を立たせる脇役である。

 

「鉄を増やす石ではない。炉の仕事を、少し上品にする石だ」

 

 真壁はその説明を気に入った。

 

 侯爵家へ持ち込むには悪くない。領内の鍛冶場、武具の補修、農具、橋金具、警備隊の装備。鉄に関わる筋を動かせるのは、町場の商人より侯爵家である。

 

「これは侯爵家へ。鍛冶場に試させるのが筋だろう」

 

 そう決めると、蛍石280kgが少し軽くなった気がした。

 

 行き先のない素材は重い。行き先を得た素材は、同じ重さでも扱いやすくなる。真壁は見本用の小瓶、試験用の小袋、鍛冶場で実際に炉へ入れる袋を分けた。最初から全量を渡す必要はない。職人に少量を試させ、手応えが出れば次は向こうから欲しがる。

 

「火に対する賄賂……いや、炉への付け届け、か」

 

 真壁は小瓶を眺めながら呟いた。

 

 かなり気に入った。

 

 だが、侯爵家へ提出する札に書くには趣味が強い。趣味の強い札は、実務の場で足を引っ張る。真壁は未練を断ち、「蛍石、鍛冶炉向け試験材」とだけ記した。

 

 退屈である。

 

 だが、通じる。

 

 次に、方解石透明片を取った。

 

 紙の上に置くと、下の文字が二重に揺れた。透明ではある。だが、素直ではない。光を通すだけでなく、わずかにずらす。まるで文字が石の中で迷子になっている。

 

「これは、町場へ下ろす品ではないな」

 

 口にした瞬間、行き先が決まった。

 

 貴族向けである。

 

 広間の窓辺。書斎の机。応接間の紋章台。下に敷いた家紋が二重に揺れれば、客人は必ず目を留める。そこで由来を語る。珍品として値が立つ。透明なだけならガラスでよい。だが、光がずれるなら話が違う。

 

「侯爵家向けだ」

 

 真壁は短く決めた。

 

 収納内で方解石透明片を液状化し、形を与えていく。熱で溶かすのではない。収納スキルの内側で、固形物を加工できる状態へ落とし込む。インゴット化と同じ工程だ。ただし、今回は棒ではない。獣である。

 

 鷹は翼を抑え、目線だけを鋭くする。

 

 竜は翼を広げすぎない。広げすぎると、値段より先に埃を集める。

 

 虎は肩を厚く、狼は首を低く、獅子は胸を張らせ、鹿は角を細く伸ばす。

 

 真壁は作りながら、少し楽しくなっていた。

 

 よろしい。

 

 非常によろしい。

 

 透明な石の中で光がずれ、机に敷いた紙の線が獣の腹や翼の中で揺れる。大きいものは広間に、中くらいのものは書斎や客間に、小さいものは贈答や褒賞に向く。重さを揃えれば、値付けも格付けもしやすい。

 

 売却額の5割を侯爵家、残り5割を押入商会。

 

 値段は侯爵家の手腕に任せる。

 

 悪くない。

 

 いや、かなりよい。

 

 黒鎖商会の後始末で、侯爵家の財布は痩せているはずだ。警備隊も、仮代官も、被害補填も、橋の管理も、ただでは動かない。ならば、貴族社会から金を戻す品を用意するのは筋が通る。

 

「痩せた財布は、動きが鈍る。太らせておくべきだ」

 

 真壁はそう呟いた。

 

 少し露骨だった。

 

 だが、中身は正しい。アルベルト殿なら苦笑するだろう。セレスティナ殿なら、笑いながら値段を倍にするかもしれない。どちらにせよ、悪い商談にはならない。

 

 最後に、灰色の厄介者を見た。

 

 脱鉄分、精錬副産物、不適合細粒。合わせて2,380kg。

 

 灰、黒、白濁。砂、粉、固まりかけた粒。統一感はない。売るには雑で、細かく使うには面倒で、保管するには多すぎる。

 

「これは廃棄……」

 

 言いかけて、真壁は止まった。

 

 安い。

 

 その言葉は、あまりにも安い。

 

 2,380kgもあるものを、ただ捨てる。合理的ではある。だが、面白くない。美しくもない。しかも目の前の灰色には、完全な均質さはなくとも、黒い筋と重さがある。小物にすれば汚い。だが、大物ならば味になる。

 

「……待て。小さく使おうとするから悪いのだ」

 

 真壁は目を細めた。

 

 廃棄寸前の雑多な素材を、まとめて一つの大物にする。粗さを模様に変える。不揃いを陰影に変える。これは処理ではない。再配置である。

 

「大物にする」

 

 言葉にすると、もう後戻りはなかった。

 

 収納内加工区画を開く。固形物を液状化し、形を変え、固定する。工程はいつも通りだ。ただし、今回作るのは棒ではない。板でもない。塊でもない。

 

 雑味のある灰色を活かすなら、勢いのある形がいい。

 

「馬だな」

 

 短く言った途端、形が定まった。

 

 胸を張り、首を反らし、前脚を高く上げる。後脚で大地を踏み、尾を下げて全体を受ける。荒々しいが、下品ではない。力はあるが、暴れてはいない。制御された力。

 

 ただし、問題は重さだった。

 

 2,380kg。

 

 棹立ち。

 

 倒れれば美術品ではなく事件である。

 

「倒れる馬など、見られたものではない」

 

 真壁は厳かに言った。

 

 言ってから、少しだけ自分に呆れた。

 

 見られたものではないどころではない。2tを超える馬が倒れれば、床も人もただでは済まない。侯爵家に持ち込んだ日には、最初に青ざめるのは執事であろう。芸術品で執事を倒す趣味はない。

 

 真壁は収納から補強用の鉄を取り出した。

 

 売却用ではなく、内部補強に回せる鉄である。後脚、尾、胴の中心、そして岩を模した台座へ通す。前脚は高く上げるが、荷重は後脚と尾と台座で受ける。見た目は馬。構造は、かなり慎重な置物である。

 

「美術品も、骨がなければ立てん」

 

 言った後、真壁は少し満足した。

 

 悪くない言葉である。だが、澪君の前では言わない方がよい。「また名言っぽくしましたね」と返される未来が見える。本人がいない場所でまで、自分の威厳を削られたくはない。

 

 灰色の素材が収納内で液状化し、形を失う。

 

 それを馬の胴へ流す。首へ、胸へ、上げた前脚へ。黒い筋が首筋や胸の影になる。ざらつきは磨きすぎない石肌になる。不適合細粒は、もはや不適合ではなく、灰色の馬の内部模様だった。

 

「ほう」

 

 真壁は思わず息を漏らした。

 

 思ったより良い。

 

 かなり良い。

 

 廃棄しようとした自分を少し責めたい気分になった。いや、責めるほどではない。判断直前に踏みとどまったのだから、むしろ慧眼である。真壁は己の評価を素早く修正した。

 

 前脚の角度を少し下げる。首を立てすぎない。胴の重心を台座側へ寄せる。尾を岩に触れさせ、そこにも鉄芯を通す。見た目には自然な流れだが、実際には支点である。

 

 美は、時に見えない計算で立っている。

 

 固定化。

 

 作業区画の中央に、棹立ちする灰色の馬が現れた。

 

 人の背を越える高さ。厚い胸。空を掻く前脚。灰と黒の筋が走る石肌。透明な獣たちのような華やかさはない。だが、重い。強い。近づく者を黙らせる圧がある。

 

 真壁はしばらく見上げた。

 

「残渣とは呼ばん」

 

 静かに言った。

 

 胸の中で、その言葉がようやく落ち着いた。

 

 残ったものではない。行き先を与えたものだ。蛍石は炉へ。方解石は貴族の目へ。そして雑多な細粒は、灰色の馬へ。名を付ければ、雑なものも役を持つ。

 

「名は、灰駿でよろしい」

 

 真壁は少し口元を緩めた。

 

 悪くない。灰色の駿馬。由来を隠すにも都合がいい。脱鉄分や精錬副産物などと説明する必要はない。むしろ説明してはいけない。貴族に見せるものは、素材の履歴ではなく、姿と物語で売るべきだ。

 

 そこで、いないはずの澪君の声が脳裏に浮かんだ。

 

「それ、廃棄するはずでしたよね」

 

 真壁は沈黙した。

 

 いない。

 

 やはり、いない。

 

 いないのに、正しいところだけ刺してくる。

 

「再評価だ」

 

 真壁は誰もいない作業区画で答えた。

 

 静寂が返ってきた。

 

 今度は負けていない。廃棄より価値が出た。鉄で補強もした。足元も考えた。これは衝動ではない。合理的な再評価である。たぶん、という言葉は不要だ。不要なはずだ。

 

 真壁は作業台の札を書き換えた。

 

 蛍石は侯爵家の鍛冶場へ。

 

 方解石透明片は、侯爵家向けの透明な獣へ。

 

 灰色の厄介者は、灰駿へ。

 

 残渣、という札はもうない。

 

「結構。捨てるものはなくなった」

 

 真壁は満足げに言った。

 

 その満足は、少し危険な種類のものだった。すべてを救いたくなる。すべてを美術品にしたくなる。だが、今日はここまででよい。これ以上作り始めると、澪君の幻聴が現実の声になって戻ってくる気がする。

 

 侯爵家へ持っていく荷は、ずいぶん賑やかになった。

 

 そして、侯爵家に良い酒があれば。

 

 真壁はそこで思考を止めた。

 

「まずは商談だ」

 

 そう自分に言い聞かせた。

 

 心の奥では、商談の後に酒蔵という言葉が、実に優雅な足取りで歩いていた。

 

 

 

 

 侯爵家の屋敷は、前に訪れた時より静かに見えた。

 

 静かというより、音の出どころが絞られている。廊下を行き交う使用人の足取りは速いが、余計な声はない。扉の前に立つ兵は、客を見ているというより屋敷の外側まで測っている。

 

 黒鎖商会の後始末が、まだこの家の空気に残っているのだろう。

 

 真壁は応接室で椅子へ腰を下ろした。

 

 収納の中には、侯爵家へ見せる品がある。持ってきた目的は商談だ。だが、侯爵家に来て、あの件を抜きに話が進むはずもない。

 

 案の定、アルベルトは茶を勧めた後、すぐ本題へ入った。

 

「灰橋町の件だが、領内分については一区切りついた」

 

 真壁は内心で頷いた。

 

 よろしい。結果から入る。疲労を飾らず、言い訳を先に置かない。領主として、悪くない話し方だった。

 

「クラウス・ベーレンは罷免、拘束済みだ。代官所の帳簿も、隠し帳簿も押収した」

 

 アルベルトの声には、怒りが沈んでいた。

 

 真壁は、その沈み方を聞いた。代官の不正は、領主の顔に泥を塗る。まして黒鎖商会と組み、橋と通行料を腐らせたとなれば、泥どころではない。刃物である。

 

「灰橋町の倉庫は」

 

 真壁は短く尋ねた。

 

 余計な説明はいらない。侯爵家がどこまで踏み込んだか。それだけが知りたかった。

 

「押さえた。倉庫、荷、隠し金、偽装帳簿。連絡役と実働員も拘束している」

 

 レオンハルトが答えた。

 

 声が硬い。兵を動かした者の声である。疲れてはいるが、迷いはない。こういう時のレオンハルトは、飾り気がない分、信用できる。

 

「橋守と渡し守への圧力も止めた。二重取りは停止。通行料は一時的に侯爵家管理へ戻している」

 

 アルベルトが続けた。

 

 真壁は灰橋町の橋を思い出した。腐った徴収の手を切らずに橋板だけ替えても、また同じことになる。まず人と金の流れを正したなら、順序として妥当だった。

 

「流通は」

 

「戻り始めた。完全ではないが、石場町方面の荷も動いている。消えた荷の一部は倉庫から回収した。持ち主を確認して、返せるものから返している」

 

 アルベルトの言葉は淡々としていた。

 

 真壁はその裏に、手間の山を見た。荷を取り戻すだけなら簡単だ。だが、誰のものかを確かめ、返し、補償し、帳面を直すのは面倒である。悪党を捕まえる場面より、後始末の方が長く、金がかかる。

 

「黒鎖商会は、領内では潰したと見てよろしいのですな」

 

 真壁は言葉を選んだ。

 

 ここは曖昧にできない。黒鎖商会は、ただ通行料を食った商会ではない。スタンピードを誘発し、町を壊そうとした集団である。領内でまだ動けるなら、商談どころではない。

 

「よろしい」

 

 レオンハルトが即答した。

 

 真壁は、その即答を好ましく思った。責任ある者が言うべき時に短く言う。それだけで場の空気は整う。

 

「領内に残っていた手足は折った。倉庫も人も金も押さえた。黒鎖商会の名で動く者は、この領内ではもう動けん」

 

 部屋の空気が一段冷えた。

 

 真壁は静かに息を吸った。穏やかな表現ではない。だが、この件に関しては穏やかである必要もない。町を壊そうとした者たちに、商会としての体面を残してやる理由はなかった。

 

「では、残っているのは」

 

「逃げた頭と、金を出していた者だ」

 

 アルベルトが答えた。

 

 なるほど。

 

 領内の檻は壊した。中にいた獣は捕らえた。だが、檻を買い、餌代を払っていた者の帳面は外にある。厄介なのは、いつも檻の外に座っている手である。

 

「本店格は領外にある。別の商会名義も使っていた。王都筋、他領の商人、資金提供者。証拠は追っているが、侯爵家だけで即座に踏み込める場所ではない」

 

 アルベルトは苦く言った。

 

 真壁は、その苦みを妥当だと思った。怒りに任せて他領へ踏み込めば、正義が別の火種になる。領主家には、剣より先に書類を通さねばならぬ場面がある。実に面倒だが、面倒だからこそ領主の仕事なのだろう。

 

「領内の患部は切った。根は、まだ他領の土の中ですか」

 

 真壁は言った。

 

 少し湿った比喩だった。川底の泥を相手にした直後である。今日の自分は、どうにも土と根の比喩に寄りやすい。

 

「そうだ」

 

 アルベルトは頷いた。

 

 その頷きには疲れがあった。領内を守った者の疲れである。真壁は軽く慰める気にはなれなかった。慰めは仕事を減らさない。金も戻さない。

 

「スタンピード誘発については」

 

「別件ではなく、同じ一件として扱う」

 

 アルベルトの声が低くなった。

 

 真壁は内心で、結構、と呟いた。通行料の不正、荷の横流し、代官の腐敗。その上に魔物災害の誘発がある。これを商取引上の罪として軽く扱えば、領内の者は侯爵家の目を疑う。

 

「あれは商売ではない。領内反乱、大量殺害未遂、魔物災害誘発だ。王都へ出す書面も、その線で進めている」

 

 アルベルトは言った。

 

 真壁は、その言葉の重さを聞いた。

 

 町を壊そうとした者たちに、商人の皮を被せたままにしておかない。侯爵家はすでに、黒鎖商会を商売の敵ではなく領内の敵として処理している。それならば、こちらが余計な手を出す必要はない。

 

「安心しました」

 

 真壁は静かに言った。

 

 本心だった。

 

 押入商会が私刑で片を付ける必要はない。侯爵家が領主として動き、領内の手足を折った。ならば、こちらは商人として次の役を持てる。品を作り、金の流れを戻す役だ。

 

「安心、か」

 

 アルベルトは小さく笑った。

 

 その笑いは軽くなかった。逃げた頭、領外の資金筋、王都への書面、押収財産の精査。安心するには、まだ書類が多すぎる。

 

「領内でできることはした。だが、後始末には金がかかる。警備隊、仮代官、橋の再管理、荷の返還、被害補填。押収した財産はいずれ戻るが、先に出るのはこちらの財布だ」

 

 アルベルトは、そこで少しだけ肩を落とした。

 

 真壁はその仕草を見逃さなかった。貴族の肩は滅多に落ちない。落ちた時は、金か血か名誉のどれかが重い時である。今回はおそらく、3つとも少しずつ乗っている。

 

「黒鎖商会を潰しても、後始末で財布が痩せる。領主とは、割に合わぬ仕事だな」

 

 レオンハルトが低く言った。

 

 真壁は、彼の率直さを悪くないと思った。侯爵家の内部は、少なくとも飾り言葉だけで腐ってはいない。

 

「割に合うかどうかで領主はできん」

 

 アルベルトが返した。

 

 真壁はその短い言葉を聞き、心の中で一枚札をめくった。

 

 ここだ。

 

 商談を出すなら、ここである。

 

「では、その痩せた財布を少し戻す品をお持ちしました」

 

 真壁は持参した箱へそっと手を置いた。

 

 部屋の視線が箱へ集まる。

 

 悪くない間である。黒鎖商会の後始末、侯爵家の支出、領内の回復。その流れの中で出すから、この箱はただの珍品ではなく、予算回復策という顔を持つ。

 

 もっとも、心の奥では別の声もした。

 

 侯爵家に良い酒があれば、ついでに調査できるのではないか。

 

 真壁は、その声を即座に封じた。

 

 今は商談である。

 

 今は、である。

 

 

 

 

 真壁は、箱の中からまず小瓶を取り出した。

 

 白と淡い紫を帯びた、控えめな石である。応接室の机に置くと、貴族の部屋には少し地味に見えた。

 

「こちらは、蛍石です」

 

 真壁は静かに言った。

 

 内心では、この地味さを気に入っていた。派手なものは説明の前に目を奪う。地味なものは、説明で価値を立ち上げられる。商人としては、こちらの方が腕の見せどころである。

 

「蛍石?」

 

 アルベルトが瓶を手に取った。

 

 派手な驚きはない。だが、興味はある。初見で騒ぐ者は、たいてい値を見誤る。まず手に取り、重さと色を見る者の方が話は早い。

 

「フローライトと呼ばれる鉱物です。鉄になる石ではありません。炉の中で、鉄を取り出す仕事を助ける石ですな」

 

 真壁は、満足を抑えた。

 

 簡潔で悪くない。フッ化カルシウムなどと最初から言っても、この世界の職人には響かない。まずは炉の仕事を助ける石。そこで十分である。

 

「鉄を取り出す仕事を助ける、とは?」

 

 レオンハルトが身を乗り出した。

 

 武人が鉄に反応するのは自然である。剣、鎧、槍、馬具、釘。領地を守る者にとって、鉄はただの材料ではない。

 

「鉱石には、余計な石分が混じります。それを炉の中で流れやすくし、滓として分けやすくする。蛍石は、そういう融剤として使えます」

 

 真壁は瓶を軽く回した。

 

 言葉は易しくした。だが、軽くはしていない。「便利な石です」だけでは、安い雑貨の説明になる。炉の中で何が起こるのかを、相手の目に浮かぶ程度には置いておく必要があった。

 

「つまり、鉄が増えるわけではないのだな」

 

 アルベルトが確認した。

 

 真壁は内心で、結構、と頷いた。領主がそこを誤解しないのは大きい。増える石だと思われれば、期待も誤る。期待が誤れば、失望も無用に大きくなる。

 

「増えません。そこを誤って売れば、石にも職人にも失礼です」

 

 真壁は答えた。

 

 これは大事な線引きだった。魔法めいた収納加工を扱う自分が言うのも妙だが、素材の効果を盛りすぎる商売は美しくない。

 

「鉄を増やす石ではなく、炉の機嫌を整える石、ということか」

 

 アルベルトが言った。

 

 真壁は少し目を細めた。炉の機嫌。職人は案外、そういう言い方を嫌わない。

 

「ええ。炉への……付け届けのようなものですな」

 

 言ってから、真壁はわずかに後悔した。

 

 出た。

 

 言わぬつもりだった言葉が、応接室の机の上に落ちた。品はある。いや、あるはずだ。だが、侯爵家の真面目な報告の直後に言うには、少し風流が勝ちすぎた。

 

 レオンハルトが真顔になった。

 

「炉に、付け届けをするのか」

 

 真壁は胸の中で小さく天を仰いだ。

 

 武人に比喩を渡す時は、刃の向きを確かめねばならない。まっすぐ受け取られると、こちらが怪しい儀式を提案しているようになる。

 

「比喩です」

 

 真壁は即座に言った。

 

 失言は、広がる前に畳むに限る。侯爵家の炉に本当に付け届けを始められては困る。石より先に鍛冶頭が戸惑う。

 

 アルベルトが小さく笑った。

 

「いや、分かりやすい。炉の機嫌を取る石か」

 

 真壁は少し安心した。領主が笑ったなら、比喩は生き残った。レオンハルトの真顔も、まあ許容範囲である。武人の真顔は、しばしば家具のように部屋へ置かれている。

 

「試験材としてお預けします。まず侯爵家の鍛冶場で少量を試し、次に領内の炉へ広げるのがよいでしょう」

 

 真壁は小瓶の横に布袋を置いた。

 

 全量を一度に渡さない。280kgは少なくない。だが、効果を知らぬ職人に大袋を渡せば、過信か警戒のどちらかに寄る。最初は小さく、確実に。それが美しい。

 

「どの炉に回すべきだ?」

 

 アルベルトが尋ねた。

 

 これは、すでに領内で使う前提の問いである。商談は半分通った。あとは道筋を誤らなければよい。

 

「まず侯爵家直属の鍛冶場です。扱いを見て、武具の補修をする職人へ。農具を打つ工房にもよいでしょう。橋金具を扱う者にも試させる価値があります」

 

 真壁は答えた。

 

 灰橋町の橋が頭に浮かんでいた。橋板だけでは橋は立たない。金具がいる。釘がいる。鎖がいる。悪い商会に詰まらされた道を戻すなら、金属を扱う職人の力は要る。

 

「橋金具か」

 

 アルベルトの目が少し鋭くなった。

 

 よろしい。領主の関心は、まだ灰橋町に向いている。橋の正式修理には木も石も要るが、結局、留めるものが弱ければ長く保たない。

 

「ええ。橋を直すなら、木材や石材だけでは足りません。金具の質と量は、流通そのものに響きます」

 

 真壁は言った。

 

 自分が橋を直すと言い出す場面ではない。町全体の責任は領主にある。こちらは素材と筋道を出す。それ以上を奪えば、商人ではなく領主の椅子に手をかけることになる。

 

「試す時の量は」

 

 レオンハルトが聞いた。

 

 武人らしい実務的な問いだ。剣を振る者は、案外、量に敏感である。一本の剣にどれだけ鉄を食うか、鎧の補修にどれだけ時間がかかるかを知っているからだろう。

 

「最初はごく少量で。炉ごとに癖があります。多く入れればよいものではありません。鍛冶頭に、変化を見ながら試させてください」

 

 真壁は慎重に答えた。

 

 ここは強めに言っておくべきだった。新しい素材は、効くと分かった時ほど危ない。職人が面白がって入れすぎれば、失敗の責任が石に来る。石に罪はない。

 

「つまり、鍛冶頭の仕事が増える」

 

 レオンハルトが言った。

 

 真壁は、その真顔に少しだけ笑いそうになった。

 

「仕事が増えた職人は、最初に文句を言います」

 

 真壁は言った。

 

 煤けた顔の鍛冶頭が、こんな得体の知れない石を炉に入れろと、不機嫌に唸る姿が浮かんだ。だが、一度効果が出れば、今度はもっと寄こせと言う。人間とは、炉より扱いにくい。

 

「だが、役に立てば離しません。そういうものです」

 

 真壁は続けた。

 

 自分で言って、職人らしい理屈だと思った。商人の説得ではない。手の人間の理屈である。侯爵家には、その方が通じる。

 

 アルベルトは小瓶を机に戻した。

 

「分かった。侯爵家の鍛冶場で試す。結果が出れば、領内の職人へ広げよう」

 

 真壁は内心で札を一枚裏返した。

 

 蛍石の行き先は決まった。これで280kgはただの保管物ではない。領内の鉄の流れに入る。派手な成功ではないが、こういうものほど後で効く。

 

「ありがとうございます。効果が見えたら、使用量と炉の条件を控えさせてください。次に同じ石が出た時、役に立ちます」

 

 真壁は言った。

 

 澪君の顔が浮かんでいた。記録を取らせる、と言えば彼女は間違いなく頷く。あの学生は、現場の熱より帳面の温度を信じるところがある。悔しいが、正しい。

 

「記録か。耳が痛いな」

 

 アルベルトが苦笑した。

 

 真壁は少し同情した。黒鎖商会の件で、帳簿の傷は嫌というほど見たはずである。だが、傷ついた帳簿を見た後だからこそ、正しい記録の価値も分かる。

 

「悪い帳簿は毒ですが、良い記録は薬です」

 

 真壁は静かに言った。

 

 かなり気に入った。

 

 これはよい。澪君に聞かせても、たぶん怒られない。もっとも「薬にするなら用法用量も書いてください」と返される可能性はある。あの学生は、比喩にまで注意書きを求めるところがある。

 

 アルベルトは頷き、控えていた文官へ目を向けた。

 

「鍛冶場へ連絡を。鍛冶頭を呼べ。蛍石の試験は侯爵家管理で行う」

 

 真壁はひそかに満足した。速い。良い領主は、決めた後に人を動かす。悪い領主は、決めたふりをして棚に置く。棚に置かれた試験材ほど哀れなものはない。

 

「承知いたしました」

 

 文官が下がる。

 

 真壁は、机の上の小瓶をもう一度見た。

 

 地味な石である。

 

 だが、地味な石が炉に入り、鍛冶場の仕事を少し変え、農具や橋金具に届く。そう考えると、なかなか悪くない。宝石のように目を奪わず、酒のように舌を喜ばせるわけでもないが、領地を支える品には、こういう静かな顔が似合う。

 

「では、蛍石は侯爵家へお任せします」

 

 真壁は言った。

 

 派手な像を見せる前に、炉の話を通せた。順序として、美しい。

 

 そして、順序が美しい商談は、たいてい次が通りやすい。

 

 真壁は、まだ開けていない大きな箱へ視線を移した。

 

 今度は、地味な石ではない。

 

 侯爵家の財布を少し太らせる、透明な獣たちである。

 

 

 

 

 蛍石の小瓶が運ばれていくと、応接室には少しだけ熱の匂いが残ったような気がした。

 

 もちろん、本当に炉があるわけではない。あるのは磨かれた机と、香りのよい茶と、侯爵家の静かな家具である。だが、先ほどまで鉄と滓の話をしていたせいで、真壁の中では煤けた鍛冶場の影がまだ揺れていた。

 

 真壁は、その影を頭の端へ片づけ、大きめの箱へ手を置いた。

 

「では、炉の次は、目を使う品をご覧いただきましょう」

 

 真壁は内心で、順序の良さに満足した。

 

 火の中で働く石を先に見せた。次に、光の中で値を上げる品を出す。地味から派手へ。実務から社交へ。商談には並べ方というものがある。

 

「まだあるのか」

 

 アルベルトが言った。

 

 呆れと期待が半分ずつ混じっている。

 

 よろしい。期待だけでは軽い。呆れだけでは鈍い。両方がある時、人はたいてい財布の在り処を忘れない。

 

「ええ。こちらは、侯爵家にこそ扱っていただきたい品です」

 

 真壁は静かに答えた。

 

 献上ではない。売り込みでもない。侯爵家に扱わせる品である。その違いを、最初に空気へ置いておく必要があった。

 

 箱の蓋を開ける前に、扉の外で足音が止まった。

 

 控えめなノックがあり、侍女が扉を開ける。入ってきたのはセレスティナだった。アルベルトの夫人は淡い色のドレスに身を包み、室内の空気をひと目で読んだように微笑んだ。

 

「ずいぶん面白そうなところに来たようですわね」

 

 真壁は内心で少し姿勢を正した。

 

 よろしい。役者が増えた。貴族向けの品を語るなら、領主だけでは足りない。社交の場で誰が目を留め、誰が羨み、誰が値を吊り上げるか。そういう匂いを嗅げるのは、むしろ夫人の方だろう。

 

「ちょうど、奥方様にもご覧いただきたい品でした」

 

 真壁は軽く頭を下げた。

 

 予定外ではなく好機だ。セレスティナ殿が最初からいるなら、値付けの話へ入りやすい。侯爵家の財布を太らせる品を、財布の入口に近い者へ見せない手はない。

 

「まあ。そう言われては、座らないわけにはまいりませんね」

 

 セレスティナはアルベルトの隣へ腰を下ろした。

 

 真壁は、やはりこの方は危険だと思った。ゆったり座っただけで、部屋の重心が変わる。美しいものを見る目と、売れるものを見る目は、似ているようで違う。この夫人は、おそらく両方を持っている。

 

 真壁は箱の中から、まず小型の鹿を取り出した。

 

 透明な石でできた鹿だった。足は細く、首はすっと伸び、角は枝のように分かれている。机の上へ置くと、鹿の腹越しに敷布の模様が揺れた。線が二重に見える。まるで鹿の中で光が一度迷ってから外へ出てくるようだった。

 

「これは……」

 

 アルベルトの声が止まった。

 

 真壁は、その沈黙を楽しんだ。驚きは、声にならない時の方が値が高い。すぐに褒め言葉が出る品は、たいてい分かりやすすぎる。言葉を探させる品の方が、貴族の机には向いている。

 

「方解石の透明片を加工したものです。下に置いた文字や紋様が、石の中でずれて見える。そこが面白い」

 

 真壁は言った。

 

 説明は短くした。ここで鉱物の話を長くすれば、鹿が標本に落ちる。これは研究素材ではない。人に見せ、語らせ、欲しがらせる品である。

 

 セレスティナが身を乗り出した。

 

「下の布の模様が、鹿の中で揺れておりますわ」

 

 真壁は勝ちを半分確信した。

 

 綺麗、ではない。珍しい、でもない。模様が揺れる、と言った。見せ方を理解している。光の癖を、そのまま社交の言葉に変えられる人だ。

 

「敷くものを変えれば、見え方も変わります。家紋を置けば家の品に、詩句を置けば贈答品に、地図を置けば話の種になるでしょう」

 

 真壁は答えた。

 

 胸の中で値札が静かに上がった。貴族は、ただの美術品より、自分の家に合わせられる品を好む。語り口はいくらでも作れる。

 

「あなた」

 

 セレスティナがアルベルトを見た。

 

 真壁は、その一言に耳を澄ませた。夫人が夫を呼ぶ時、そこには家庭の声と政治の声が混じる。どちらが強いかで、商談の温度が変わる。

 

「これは売れます」

 

 断言だった。

 

 真壁は内心で深く頷いた。結構。実に結構。美しいと言うより先に売れると言う。アルベルト殿の夫人は、領主家の飾りではなく、財布の入口を知っている方だった。

 

「いきなりだな」

 

 アルベルトが苦笑した。

 

 夫婦の間に、こうしたやり取りがある家は話が進みやすい。反対される前に笑える関係は、商談において貴重である。

 

「いきなりでなければ、他家の夫人方に先を越されますわ」

 

 セレスティナは涼しい顔で返した。

 

 真壁は、胸の中で小さく拍手した。よろしい。貴族社会の争いは、剣より早く噂で動く。美しい品を見た瞬間に、誰へ先に見せ、誰に見せず、誰に羨ませるかまで考える者は強い。

 

 真壁は小型の鷹を出した。

 

 羽をたたみ、首を斜めに向けた鷹である。鹿より鋭く、机の上の空気を引き締める。続けて狼、虎、獅子、竜を並べた。光がそれぞれ違う角度で揺れ、敷布の模様が獣の腹や翼の中で二重に走った。

 

「同じ石か」

 

 レオンハルトが低く言った。

 

 真壁は、その声の硬さを少し愉快に思った。武人は、獣の形を見ると値段より先に力を見る。特に虎と狼で目が止まるのは、実に分かりやすい。

 

「同じ素材です。ただし、形と厚みで見え方が変わります」

 

 真壁は答えた。

 

 レオンハルト殿には虎か狼だろうな、と勝手に分類した。言わない。言えば商談が脱線する。武人に似合う獣を語り始めると、なぜか最後は剣の話になる。

 

「大きさはこれだけではありません」

 

 真壁は中型の箱を開けた。

 

 10kg級の獣は、小型よりも存在感があった。書斎や客間に置けば、客の視線を確実に止める大きさである。さらに20kg級の竜を出すと、応接室の空気が変わった。

 

 竜は翼を半ば広げていた。胴の厚い部分では下の模様が深くずれ、翼の薄い部分では光が淡く抜ける。透明なのに重い。石なのに、光の中で動いているように見える。

 

「これは……広間に置けるな」

 

 アルベルトが呟いた。

 

 真壁は心の中で値札をさらに一枚上げた。広間に置ける、と領主が言った。つまり、個人の机上ではなく、家の顔として扱える品だ。家の顔になった瞬間、値段は重さを離れる。

 

「大型は広間や応接に。中型は書斎や客間に。小型は贈答や褒賞に向きます」

 

 真壁は言った。

 

 用途が分かれれば、売り先が広がる。売り先が広がれば、同じ素材でも値崩れしにくい。整理として美しい。

 

「数は」

 

 セレスティナが尋ねた。

 

 美しさの感想を終え、もう在庫の確認に入っている。完全に商う側の目である。

 

「獣は6種。大、中、小で1体ずつ。合計18体です」

 

 真壁は答えた。

 

 ここは帳面の場面である。詩ではなく数が必要だ。澪君なら、たぶん許す。

 

「18体……少ないですわね」

 

 セレスティナが言った。

 

 真壁は満足した。少ない、と感じさせたなら勝ちである。多いと思われた品は値を下げる。少ないと思われた品は、見る前から争いを作る。

 

「ええ。ですから、一度に広く出すべきではありません」

 

 真壁は静かに言った。

 

 商談の骨格が固まった。セレスティナ殿はこの先を理解する。だが、アルベルト殿とレオンハルト殿のためには、道筋を言葉にしておく必要がある。

 

「まず侯爵家で見せる。次に相手を選んで見せる。欲しがる者にだけ値を聞かせる。品の数が少ないなら、売り急がない方がよいでしょう」

 

 真壁は続けた。

 

 これはただの売買ではない。社交の盤面で品を動かす話である。盤上に透明な獣を置き、他家の視線を集め、値を上げる。実に品のある戦である。

 

「献上ではないのだな」

 

 アルベルトが確認した。

 

 真壁は、来た、と内心で頷いた。ここを曖昧にすると、後で面倒になる。

 

「献上ではありません。侯爵家へ委託販売をお願いしたいのです」

 

 真壁は明確に答えた。

 

 部屋の空気が商談へ変わった。よろしい。美術品の鑑賞は終わりだ。ここからは金の話である。金の話は下品ではない。下手に隠す方が、よほど下品になる。

 

「取り分は、売却額の5割を侯爵家へ。残り5割を押入商会へ」

 

 真壁は続けた。

 

 半分なら分かりやすい。侯爵家は名と社交と売り先を出す。こちらは品を出す。分け前として、美しい。

 

「半分、か」

 

 アルベルトが呟いた。

 

 高いのか、安いのか。侯爵家の手間に見合うのか。領内支出の穴を埋められるのか。領主の頭が、いま財布と面子を同時に見ている。

 

「値付けは侯爵家にお任せします。町場の感覚で私が決めるより、奥方様が社交の場で扱った方が高く売れるでしょう」

 

 真壁は言った。

 

 これは事実であり、同時に餌でもある。値付けの権限を渡す。侯爵家への敬意であり、セレスティナ殿への挑戦でもある。おそらく、この夫人は嫌がらない。

 

 セレスティナの目が細く笑った。

 

「つまり、私に高く売れということですのね」

 

 真壁は背筋にわずかな涼しさを覚えた。

 

 よい笑みである。たいへんよい。獲物を見つけた鷹に似ている。透明な鷹を売る前に、本物の鷹がこちらを見ている気分だった。

 

「品の値を、正しく引き出していただきたいのです」

 

 真壁は穏やかに言い換えた。

 

 上出来である。高く売れ、では粗い。正しく引き出す、なら品がある。商売の刃は、鞘に入れたまま見せる方がよい。

 

「まあ、上手に言いますこと」

 

 セレスティナが笑った。

 

 真壁は敗北とは見なさなかった。むしろ通った。貴婦人が笑って刃を受け取ったなら、その刃は使われる。あとは誰へ向けるかの問題である。

 

「領内のために痩せた財布なら、領外の貴族から戻していただけばよい」

 

 真壁は言った。

 

 少し強い。

 

 だが、引っ込める気はなかった。黒鎖商会の後始末で出た金は、領内を守るための金だ。その穴を埋めるなら、領外や王都の見栄から取るのが一番よい。見栄は、時に鉱山よりよく掘れる。

 

 アルベルトが一瞬黙り、それから笑った。

 

「君は時々、ひどく貴族らしいことを言うな」

 

 褒められているのか、警戒されているのか。

 

 おそらく両方だろう。

 

「商人としての意見です」

 

 真壁は答えた。

 

 もちろん半分は趣味だった。美しい品を、美しい場で、美しく高く売る。これは商売であると同時に、なかなか楽しい遊戯でもある。澪君が聞けば、また帳面を開くだろう。

 

「半分を侯爵家へ。値付けはこちら。売り先もこちらが選ぶ。それでよろしいのですわね」

 

 セレスティナが確認した。

 

 真壁は、その正確さに満足した。もう委託販売の骨を掴んでいる。こういう相手は契約書も早い。

 

「よろしい。売り先は、品の格を落とさぬ相手に限ってください。安く広めるより、高く語らせる方がこの品には向いています」

 

 真壁は言った。

 

 透明な獣は数が少ない。安く広げると、ただの珍しい置物で終わる。高く語らせれば、侯爵家の名も上がる。

 

「品の格を落とさぬ相手、ね」

 

 セレスティナが竜の翼へ視線を落とした。

 

 真壁は、もう任せてもよいと判断した。この夫人は、売る相手を品定めする。品を売るのではなく、品に相応しい相手を選ぶ。その方が高くなることを知っている。

 

「では、最初の1体は屋敷に置きましょう」

 

 セレスティナが言った。

 

 真壁は内心でさらに札を上げた。素晴らしい。売る前に見せる。見せるために置く。侯爵家にあるから欲しくなる。その順序を、こちらが言う前に選んだ。

 

「客の目に留まる場所がよろしいでしょう」

 

 真壁は言った。

 

 自然光が入る場所がよい。下に侯爵家の紋章布を敷けば、光のずれが生きる。品は置き場で値が変わる。

 

「広間の東窓の前ね。朝の光が入ります」

 

 セレスティナが即答した。

 

 真壁は、危険なほど満足した。置き場まで速い。朝の光。東窓。客の導線。すでに売るための舞台が組まれ始めている。商人として、実に楽しい相手だった。

 

「では、大型の鹿を」

 

 真壁は言った。

 

 竜ではない。最初に竜を置くと強すぎる。鹿なら侯爵家の品位に合い、柔らかく目を引く。欲を煽るには、最初から噛みつく獣を置かない方がよい。

 

「鹿ですの?」

 

 セレスティナが首を傾げた。

 

 真壁は、その疑問を待っていた。ここで理由を言える品は強い。

 

「竜は欲を呼びます。鹿は品を呼びます。最初に置くなら、品から入る方がよい」

 

 真壁は答えた。

 

 気取りすぎている。

 

 だが、侯爵家の応接室には許される範囲だ。澪君がいれば、おそらく目を細める。だが、ここにはいない。

 

 セレスティナはしばらく真壁を見て、それから楽しそうに笑った。

 

「あなた、この方を手放してはいけませんわ」

 

 真壁は一瞬、誰に向けられた言葉か迷った。

 

 アルベルトに言っている。分かっている。分かっているが、商人として買い付けられたような気分になる。貴族の夫人に「手放すな」と評されるのは、名誉なのか危険なのか判断が難しい。

 

「努力しよう」

 

 アルベルトが笑った。

 

 真壁は静かに目を伏せた。

 

 努力されるのも困る。押入商会は侯爵家の家臣ではない。距離は必要だ。だが、距離を保ったまま深く使われるのは悪くない。商人にとって、良い距離とは繊細なものだった。

 

「委託販売の条件、承りました。契約書を用意させます」

 

 アルベルトが言った。

 

 真壁は、商談が閉じる音を聞いた気がした。硬貨の音ではない。印章が紙に降りる前の、もっと静かな音である。

 

「お願いいたします」

 

 真壁は頭を下げた。

 

 侯爵家の財布を少し太らせる道ができた。黒鎖商会が痩せさせた領内の血流を、別の場所から戻す。透明な獣たちは、そのための牙になる。

 

 セレスティナは小型の鷹を手に取り、窓の光へかざした。

 

「この鷹は、誰に見せるべきかしら」

 

 真壁は、軽い寒気と大きな期待を同時に覚えた。

 

 もう獲物を選んでいる。

 

 よろしい。

 

 実によろしい。

 

 透明な鷹の向こうで、侯爵夫人の目が、少しも透明ではない計算をしていた。

 

 

 

 

「では、最後にこちらを」

 

 真壁は、そう言って立ち上がった。

 

 応接室の空気が止まった。アルベルトも、レオンハルトも、セレスティナも、机の上に並んだ透明な獣たちを見ている。誰の目にも、今日の荷はこれで終わりに見えていた。

 

 真壁は、その沈黙を少し愉快に思った。

 

 よろしい。商談は最後の一手を残しておくべきである。最初からすべてを並べるのは、料理を一度に皿へ盛りすぎる給仕と同じだ。味も順序も死ぬ。

 

「まだあるのか」

 

 アルベルトが言った。

 

 驚きより警戒が強い。

 

 実に妥当である。蛍石を出し、透明な獣を18体出し、さらに最後と言われれば、領主としては警戒する。特に真壁が「最後に」と言った時は、だいたい最後では済まない。

 

「ええ。ただし、応接室で出すには少々、無作法です」

 

 真壁は静かに答えた。

 

 正確には、床が泣く。いや、泣くだけで済めばよい。2tを超える像を応接室に出すなど、芸術ではなく破壊活動である。侯爵家の執事に恨まれる趣味はなかった。

 

「外か」

 

 レオンハルトが短く言った。

 

 判断が速い。武人は重さに敏感である。物を見なくても、置き場所を先に考える。こういう男がいる家は、たいてい大物を壊さずに済む。

 

「石敷きの中庭がよろしいでしょう。光が入る場所なら、なお良い」

 

 真壁は言った。

 

 広すぎる場所では輪郭が散る。狭すぎる場所では圧が勝ちすぎる。石敷きの中庭なら、重さにも耐え、見る者の距離も取れる。

 

 セレスティナが立ち上がった。

 

「それは、ぜひ見なくてはなりませんわね」

 

 その声には期待が隠れていなかった。

 

 真壁は少しだけ背筋を正した。よい反応である。だが、ここから先は失敗できない。透明な獣たちは美で値を取る品だった。最後の像は違う。値段の前に、場を制圧するための品である。

 

 中庭は、屋敷の内側に開けた石敷きの空間だった。

 

 中央には低い噴水があり、その周囲に植え込みが整えられている。午後の光が壁を越えて差し込み、石の床に淡い線を作っていた。

 

 真壁は噴水から少し離れた場所で足を止めた。

 

「この辺りでよろしい」

 

 そう言って、位置を測った。

 

 噴水に近すぎれば水音に負ける。壁際では影が重い。ここなら、正面から見た時に前脚が空へ抜け、横から見た時に尾と台座の支えが自然に隠れる。美術品は、作る時より置く時の方が難しい場合がある。

 

「何を出す気だ」

 

 レオンハルトが尋ねた。

 

 真壁は、ほんの少し笑いそうになった。警戒が真面目すぎる。巨大な魔物を出すわけではない。見た目の圧だけなら、少し近いかもしれないが。

 

「馬です」

 

 真壁は答えた。

 

 わざと短く言った。余計な説明は、登場の邪魔になる。名乗りを長くする役者ほど、出てきた時の姿が弱い。ここは、馬。それだけで十分だ。

 

「馬?」

 

 アルベルトが聞き返した。

 

 真壁は収納を開いた。

 

 まず石敷きの上に、灰色の台座が現れた。

 

 次に、そこから後脚が立ち上がる。太く、力強く、石の床を踏みしめる脚。尾は岩へ流れるように触れ、支えであることを隠しながら全体を受けている。

 

 そして、胴。

 

 厚い胸。

 

 反り上がる首。

 

 空を掻く前脚。

 

 棹立ちする巨大な跳ね馬の像が、中庭の光の中に姿を現した。

 

 灰と黒の筋が石肌の中を走っている。磨きすぎてはいない。荒さを残した表面が、馬の筋肉を思わせる陰影を作っていた。前脚は今にも石敷きを蹴り、首は見えない手綱へ抗うように高く上がっている。

 

 透明な獣たちが光を抱く品なら、この馬は重さそのものを従えていた。

 

 ただ収納から出しただけである。

 

 それなのに、中庭の空気が一段重くなった。

 

 誰も声を出さなかった。

 

 アルベルトは口を開きかけ、そのまま閉じた。

 

 レオンハルトは一歩前へ出て、そこで止まった。

 

 セレスティナは扇を上げることも忘れ、ただ見上げていた。

 

 侍女も、文官も、兵も、庭師までもが動かなかった。

 

 真壁は、その沈黙を聞いた。

 

 悪くない。

 

 たいへん悪くない。

 

 説明を求められる品は、まだ弱い。説明の前に人を黙らせる品は強い。これは売れる売れない以前に、場を奪った。

 

「……これは」

 

 ようやくアルベルトが声を出した。

 

 その一語で止まった。

 

 真壁は内心で、結構、と頷いた。領主に言葉を探させたなら成功である。大きすぎるものを前にした時、人は短くなる。その短さこそ、圧巻の証だった。

 

「灰駿、と名付けました」

 

 真壁は静かに言った。

 

 自分でも、その名を気に入っていた。灰色の駿馬。由来を語りすぎない名。姿だけを前へ出す名である。脱鉄分や精錬副産物などという、夢のない言葉をここで出す必要はない。

 

「灰駿……」

 

 セレスティナが繰り返した。

 

 その声には、先ほどまでの商人めいた計算がなかった。ただ見ている。つまり、この馬は彼女の計算より先に目を奪ったのだ。

 

 それは、よい。

 

 非常によい。

 

「内部に鉄を入れてあります。後脚、尾、台座で重さを受ける構造です。見た目よりは行儀よく立ちます」

 

 真壁は説明した。

 

 少し惜しかった。沈黙をもう少し楽しんでもよかった。だが、2tを超える像を前にして安全の話をしないのは無責任である。美しいものほど、倒れた時に言い訳が効かない。

 

「見た目より、とは言うが」

 

 レオンハルトが低く言った。

 

 圧倒されても、倒れた時のことを考える。像を見る目としては少々無粋だが、屋敷を守る者としては正しい。

 

「跳ねる気はありません。像ですからな」

 

 真壁は答えた。

 

 言ってから、ほんの少し後悔した。

 

 当たり前である。像が跳ねては困る。だが、あまりに真面目な顔で心配されると、こちらも余計なことを言いたくなる。これは欠点ではない。場の緊張を整えるための、品位ある軽口である。たぶん。

 

 レオンハルトが真顔のまま馬を見上げた。

 

「跳ねたら困る」

 

 真壁は沈黙した。

 

 その通りである。

 

 あまりにもその通りで、返す言葉がなかった。真面目な男は、時に最強の喜劇役者になる。本人にその自覚がない分、なお危険である。

 

 アルベルトがそこで吹き出した。

 

 中庭の空気が、ようやく少し動いた。

 

「いや、これは見事だ」

 

 アルベルトは灰駿の周囲をゆっくり歩いた。

 

 真壁は満足した。人は本当に気になったものの周りを回る。正面だけでなく、横から見たい。後ろも見たい。台座も見たい。そうさせる品は強い。

 

「正面は力。横は流れ。後ろから見ると、尾が岩へ落ちて全体を支えているのが分かるのね」

 

 セレスティナが言った。

 

 真壁は内心で少し驚いた。そこまで見るか。支えを隠したつもりだったが、隠れているからこそ見る者には面白いのだろう。この夫人は、やはり侮れない。

 

「お目が高い」

 

 真壁は答えた。

 

 褒めすぎると安くなる。だが、見抜かれたことを認めないのも品がない。短く敬意を置く程度がよい。

 

「これも売るのか」

 

 アルベルトが尋ねた。

 

 真壁はすぐには答えなかった。

 

 灰駿を見上げる。これは机に置く品ではない。庭や広間、門前に置き、家の力を語らせる品だ。売れば高いだろう。だが、使い方を誤れば、ただの重い自慢になる。

 

「売れます」

 

 真壁はまず言った。

 

 そして、少し間を置いた。

 

「ですが、最初に売るべき品ではありません。これは、侯爵家に置いて噂を作る品です」

 

 言い終えた瞬間、胸の内で役割が決まった。透明な獣は売る。灰駿は見せる。見せて、語らせ、欲しがらせる。欲しがる者が現れてから、次を作れるか考えればよい。

 

「噂を作る」

 

 アルベルトが繰り返した。

 

「黒鎖商会の後始末で、暗い話が多すぎます。ならば、屋敷には明るい驚きも必要でしょう」

 

 真壁は言った。

 

 少し踏み込んだ言葉だった。侯爵家の空気に口を出している。だが、今の灰駿の前なら許される。圧のある品は、発言にも少しだけ広い場所を作る。

 

 セレスティナが、ゆっくり扇を開いた。

 

「これは、門ではなく中庭ですわね」

 

 真壁は目を細めた。

 

 門に置けば見せすぎる。中庭なら、招かれた者だけが見る。見る資格があると思わせる。それは値を上げる置き方だ。

 

「招いた客にだけ見せる」

 

 セレスティナは続けた。

 

 完全に同意だった。見せないことで見せる。貴族社会の贅沢とは、時にそういうものだ。誰でも見られる大物より、選ばれた者だけが見た大物の方が、噂はよく育つ。

 

「その通りです」

 

 真壁は言った。

 

 灰駿の役割が決まった。これは売り物ではなく、売り物を高くするための舞台装置だ。いや、舞台装置と呼ぶには少し大きすぎる。舞台そのものかもしれない。

 

「では、灰駿は侯爵家にお預けします。売るためではなく、語らせるために」

 

 真壁は静かに言った。

 

 少し惜しさが来た。自分で作った大物を手元から離すのは、わずかに寂しい。だが、採石場秘密基地の片隅で眠らせるより、侯爵家の中庭で貴族を黙らせる方が、この馬には似合う。

 

「預かろう」

 

 アルベルトが言った。

 

 真壁は満足した。領主が大物を預かると決めた。これで灰駿はただの像ではなく、侯爵家の噂の芯になる。

 

「ただし、動かす時は必ず人払いを。台座ごと扱ってください。前脚を持って動かそうとする者がいれば、止めてください」

 

 真壁は付け加えた。

 

 言わずにはいられなかった。美しい像は、必ずどこかの力自慢が触りたがる。前脚を持つな。そこは構造上、見せるための線であって持ち手ではない。芸術品に持ち手を探す者は、だいたい悲劇を呼ぶ。

 

「前脚を持つ者などいるか?」

 

 レオンハルトが言った。

 

 真壁は、じっと彼を見た。

 

 武人である。

 

 力自慢の知人が多いはずである。

 

 しかも、本人も相当に力がある。

 

「います」

 

 真壁は断言した。

 

 ここだけは譲れなかった。世の中には、なぜか重いものを持ってみたがる者がいる。持てないと分かるまで持とうとする。持てたらもっと悪い。置き直そうとする。

 

 レオンハルトは少し考え、やがて頷いた。

 

「いるな」

 

 真壁は満足した。

 

 理解が早い。自分の周囲の人間を思い浮かべたのだろう。おそらく数人いたに違いない。武人の集団は、時に子供より危険である。

 

 セレスティナが小さく笑った。

 

「では、灰駿の札には触れるなと書きましょうか」

 

 真壁は少し首を傾げた。

 

 札で止まる者は、最初から触らない。触る者は、札を見る前に手を出す。だが、侯爵家の品位として札は必要だ。警告もまた、品よくなければならない。

 

「『ご鑑賞は少し離れて』程度がよろしいかと」

 

 真壁は答えた。

 

 本音は、触るな、である。だが、貴族の中庭に荒い札は似合わない。言葉もまた、置物の一部である。

 

「では、そうしましょう」

 

 セレスティナが頷いた。

 

 真壁は、ようやく息を吐いた。

 

 蛍石は鍛冶場へ行く。

 

 透明な獣たちは、侯爵家の社交で売られる。

 

 灰駿は、中庭で噂を作る。

 

 残った素材は、残渣ではなくなった。

 

「見事だ、真壁殿」

 

 アルベルトが言った。

 

 真壁は軽く頭を下げた。

 

 称賛は嫌いではない。むしろ、適切な称賛は素材の仕上げに似ている。磨きすぎると下品だが、足りなければ艶が出ない。

 

「素材が、そうなる形を持っていただけです」

 

 真壁は答えた。

 

 少し気取りすぎた。

 

 だが、今さらである。巨大な跳ね馬を中庭に立てた男が、急に庶民的なことを言っても、かえって不自然だ。

 

 セレスティナが灰駿を見上げたまま、静かに言った。

 

「近いうちに、お茶会を開きましょう」

 

 真壁は、その一言で商談の次の音を聞いた。

 

 茶会。客。噂。透明な獣たち。そして、侯爵家の財布。

 

 すべてが、実に優雅な顔でつながっていく。

 

「よろしい。実に、よろしい」

 

 真壁は静かに言った。

 

 心の奥に置いていた酒蔵という言葉が、また一歩こちらへ近づいてきた。

 

 いかん。

 

 今日はもう十分に勝った。ここで余計な欲を出すと、澪君の幻聴が戻ってくる。

 

 真壁は中庭の灰駿を見上げた。

 

 巨大な跳ね馬は、前脚を空へ掲げたまま、誰の言葉も受けつけない顔で立っている。

 

 圧巻だった。

 

 誰もが一度は黙る。

 

 そして、少なくとも跳ねなかった。

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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

新田 創(にった はじめ)、35歳、無職。▼人間関係に疲れ果て、十数年勤めた会社を退職。都会の喧騒を離れ、実家でのんびりスローライフを送る…はずだった。▼無職初日の朝、創は異世界と現実を自由に行き来できる常識外れの能力【異界渡り】に突如として目覚める。▼恐怖と混乱も束の間、元プロジェクトマネージャーの社畜根性が、このとんでもない力を「金儲けの手段」として計算…


総合評価:2073/評価:6.91/連載:176話/更新日時:2026年02月15日(日) 19:52 小説情報

超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ(作者:小沼高希)(オリジナル現代/戦記)

「一兆ドルで重力特異点制御ができますよ」と、アクリル板越しの彼女は言った。それを形にする方法を考えるのは、俺達の役目だった。


総合評価:1080/評価:8.8/連載:199話/更新日時:2026年06月30日(火) 00:00 小説情報

TS転生おっさん物語(作者:すすぺっと)(オリジナル現代/日常)

▼社会に疲れた元おっさんは、死後、丸い蛍光灯のような神様によって、現代日本によく似たパラレルワールドへ女の子として転生する。▼赤ちゃんから成長し、高校生になった彼女――**高遠透花**は、180cm前後の高身長と整った容姿を持つ無気力系JK。▼本人はただ平穏に過ごしたいだけだが、前世の社会経験から来る落ち着きや距離感が、周囲には妙に大人びた魅力として映ってし…


総合評価:2048/評価:8.1/連載:20話/更新日時:2026年06月20日(土) 12:00 小説情報

祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

三十五歳、売れないフリーライターの久世恒一は、親に頼まれて東京にある祖父・久世宗玄の家を整理することになる。▼変人扱いされていた祖父の家で彼が見つけたのは、封印された異星文明の管理AI《イヴ》と、現代ではチート級の価値を持つ超技術だった。▼最初の遺産《セル・チューナー》は、地球のバッテリーを桁違いの高性能品へ変質させる基幹技術。▼スマホは一ヶ月充電不要。死に…


総合評価:2479/評価:7.97/連載:49話/更新日時:2026年05月26日(火) 21:44 小説情報

現代に帰還したら、災厄級の従魔たちまで付いてきた~俺を溺愛するヤンデレ従魔たちの無双が晒された結果、魔王だと勘違いされて大バズりしています~(作者:むらくも航@書籍&コミカライズ発売中)(オリジナル現代/冒険・バトル)

少年『久遠カナタ』は転移した異世界から現代日本に帰還した。だが、現代では一日しか時間が経っておらず、色々と不思議な事が起こっていた。▼ダンジョンが出現していたこと。▼ダンジョン配信が流行していたこと。▼そして何より、異世界から従魔達が付いてきたこと。▼現代の魔物に比べ、最強の従魔達は明らかに過剰な戦力だ。従魔が暴走する度、主のカナタは勝手に崇められ、大きな注…


総合評価:248/評価:6/連載:57話/更新日時:2026年04月08日(水) 07:06 小説情報


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