押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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あの映画がキーになります。


第167話 ビリビリと芽

 

 

 伯爵家との交渉を終えて数日が過ぎた朝、採石場秘密基地の前には灰銀色のエアカーが2台並んでいた。

 

 澪は足を止め、朝日を鈍く返す車体を右から左へ見た。

 

 1台目は、真壁が伯爵領への往復に使った機体と同型である。地上を走り、四隅の機構を展開すれば、そのまま空へ上がる。

 

 その隣にも同じものがあった。

 

 角度を変えても、目を細めても、2台は2台だった。

 

「澪君、ヴァルト君。1台ずつ使いたまえ」

 

 機体の前に立つ真壁が、倉庫から長靴でも持ってきたような口調で告げた。

 

「え、くれるんですか」

 

 澪は聞き返した。

 

 プレゼントという言葉から普通に連想する範囲を、だいぶ上空から飛び越えている。しかも、実際に上空を飛べる品だった。

 

「……私にも、ですか」

 

 ヴァルトも自分を指した。

 

「無論です」

 

 真壁は迷いなく頷いた。

 

 無論と言われても、こちらには論じたい点がいくつもある。澪は灰銀色の外板を見上げた。飾りはなく、無駄な凹凸もない。真壁にとっては贈答品ではなく、必要な装備を必要な人数へ割り当てただけなのだろう。

 

「移動手段は分散した方がよろしい」

 

 真壁は2台の間を歩きながら言った。

 

「私が同行できぬ場合でも、澪君とヴァルト君がそれぞれ動ける。加えて、移動加速も鍛えていただきたい」

 

 ヴァルトの視線が車体の足回りから、飛行時に展開する機構へ移った。

 

「速度を出すことではなく、速度を扱う訓練ですか」

 

「その理解で結構。地形と進路を読み、必要な速度を選ぶ。実機でなければ身につかぬ部分もありましょう」

 

 理屈は通っている。

 

 真壁がいなくても移動できる。3人が別々の場所へ向かえる。車両と飛行の両方を扱えば、移動加速スキルにも良い影響が出るかもしれない。

 

 問題は、その結論へ至った真壁が、実際にエアカーを2台増やしてしまうことだった。

 

「考え方は分かります」

 

 澪は車体へ手を触れず、少し離れたところから眺めた。

 

「でも普通、その結論でエアカーが2台増えませんよね」

 

「必要な数を揃えただけです」

 

 真壁は当然のように答えた。

 

 配備だった。やはりこれは贈り物ではなく、配備だった。

 

 ヴァルトはまだ驚きを残しながらも、自分用と言われた機体を観察し始めている。前世で暮らした2000年までの日本には、電気自動車の試作も、空飛ぶ車の構想もあった。しかし、目の前のように地上走行から垂直離着陸へ移れる4人乗り機が、完成品として並んではいなかった。

 

「これで私がいなくとも、かなり動けます」

 

 真壁が満足げに言った。

 

 澪も頷きかけ、機体の側面へ視線を止めた。

 

「これ、電気で動きますよね」

 

 空を飛ぶ以前に、電池が切れれば大きな置物になる。

 

 

 

 真壁はヴァルト用の機体へ歩み寄り、側面の蓋を開いた。

 

 内部には太い接続口があり、その脇に、金属製の箱へ収められた装置が固定されていた。表示針と小さな灯りの並びを見たヴァルトが、すぐに身を屈める。

 

「雷スキルを発電源として使うのですか」

 

 その声に、雷そのものへの驚きはなかった。

 

 ヴァルトは接続口の形を確かめ、装置から蓄電池へ延びる線を目で追った。雷が大規模な放電現象であることも、バッテリーへ電気を蓄えるには電圧や電流を整える必要があることも知っている。

 

 分からないのは、魔法スキルの出力を機械へ受け渡す装置が、すでに車体へ組み込まれていることだった。

 

「雷スキルの出力は、毎回一定ではありませんよね」

 

「ええ。安定しませんな」

 

 真壁はあっさり認めた。

 

「ゆえに、こちらで受けて整えます。使用者には、一定に流すことだけを意識していただければよろしい」

 

 ヴァルトは装置をもう一度見た。

 

「出力の揺れを吸収し、蓄電池が受けられる範囲へ落とすわけですか」

 

「おおむね、その理解で結構」

 

 澪には細部までは分からなかったが、ヴァルトの質問に迷いがないことは分かった。電気の説明を受ける異世界人ではなく、知っている仕組みと知らない技術の境目を確かめている。

 

「これは、2026年の技術ですか」

 

 ヴァルトが顔を上げた。

 

「それとも、真壁殿の技術ですか」

 

「区別する必要がありますかな」

 

 真壁が静かに問い返した。

 

 あります。大いにあります、と澪は思った。

 

 2026年の街角で、誰もが雷スキルを充電口へ差し込んでいるわけではない。そこを一緒にされると、ヴァルトの現代認識がまた妙な方向へ育ってしまう。

 

「時計台へ落雷する時刻を待つよりは、ずいぶん実用的ですが」

 

 ヴァルトは装置を見ながら呟いた。

 

 澪は顔を上げた。

 

「時計台?」

 

「前世で見た映画です。雷の力を使い、車を別の時間へ戻す話がありまして」

 

「ああ」

 

 澪にもすぐ分かった。

 

「もっとも、あちらは充電ではなく時間移動が目的でしたが」

 

「最初から時間を越える必要はありますまい」

 

 真壁が涼しい顔で返した。

 

 ヴァルトは真壁を見た。

 

「ご存じなのですか」

 

「名作ですからな」

 

 空飛ぶ車を3台作った男と、異世界へ転生した元日本人が、朝の採石場で昔の映画について通じ合っている。

 

 澪だけが、会話の内容より現在の状況の方に強い既視感を覚えた。たしか映画でも、車を動かすために必要なものが足りず、かなり苦労していたはずである。

 

「それで、私はどう充電を」

 

 ヴァルトが現実へ戻った。

 

「雷スキルは持っておりません」

 

「ならば、生やせばよろしい」

 

 真壁は装置の蓋を閉じながら答えた。

 

 植物の苗でも足すような言い方だった。

 

「簡単に言いますね」

 

 澪が真壁を見ると、真壁は不思議そうに眉をわずかに上げた。

 

「前例があるのでしょう」

 

 その言葉で、澪は以前、子供たちと水辺へ出た時のことを思い出した。

 

 雷箱と呼んだバッテリー。水へ入れた導線。通電した瞬間に震えた水面。体を硬くして浮かび上がった魚。

 

 あの時、自分たちはただ見ていただけではなかった。

 

 それぞれがバッテリーを扱い、自分の手で電気を流した。その結果として魚がしびれる様子を何度も確かめ、鑑定で変化を追った。

 

「電気の仕組みは、ヴァルトさんも分かっていますよね」

 

 澪が尋ねると、ヴァルトは頷いた。

 

「基礎的なことであれば。バッテリーも導線も、用途を見れば扱えます」

 

「電気漁法は?」

 

「経験がありません」

 

 ヴァルトは少し考え、付け加えた。

 

「知識として存在は知っていますが、実際にやったことはありません」

 

「なら、ちょうどいいかもしれません」

 

 澪は以前の経験を頭の中でたどった。

 

「電気を理解する訓練じゃありません。自分で流した電気が、水の中で魚をしびれさせる。その変化を鑑定で繰り返し見て、雷の感覚へつなげます」

 

「現象の知識ではなく、扱った感覚を得るのですね」

 

「はい。私が流して、ヴァルトさんが見るだけでは駄目です。バッテリーを操作するところから、ヴァルトさんがやってください」

 

「承知しました」

 

 ヴァルトの返事は早かった。

 

 真壁は二人の話を聞き終えると、静かに頷いた。

 

「澪君から聞いた経緯とも合いますな。では、魚のいる場所を選びましょう」

 

 雷スキルを生やす相談だったはずが、真壁の中ではすでに漁場選びへ移っている。

 

「前に使った場所は、もう駄目ですよ」

 

 澪は先に釘を刺した。

 

「あそこは真壁さんが整理して、問題魚もいなくなりましたから」

 

「では、別の場所を探せばよろしい」

 

 真壁はまったく困らなかった。

 

 澪が地図を意識すると、採石場周辺の道と水の流れが頭の中へ広がった。細い川筋や農地脇の水路に、小さな反応が群れを作っている。その中に、妙に重い反応が混ざる場所があった。

 

「近くにいます」

 

 澪は目を開いた。

 

「群れの中に、大きい反応が2つあります」

 

「理想的ですな」

 

 真壁の満足そうな声に、澪は少しだけ嫌な予感を覚えた。

 

 スキル訓練より、夕食の確保が順調に進みそうだった。

 

 

 

 

 

 

 秘密基地から水辺までは、歩いても遠くなかった。

 

 白い石粉の残る道を外れると、足元は湿った黒土へ変わった。木立が日差しを和らげ、葉の隙間から落ちる光が風に合わせて揺れている。草の根元には前日の雨が残り、土と水草の匂いが混ざっていた。

 

 やがて木々の向こうに、ゆるく曲がる川が見えた。

 

 流れは浅く、岸際には細い水草が重なっている。木陰の下だけ少し深くなり、濁った水の底に大きな石が沈んでいた。水面は静かに見えるが、ときおり小さな波紋が続けて生まれる。

 

 澪は地図の反応と水面を重ねた。

 

「右の木陰です。小さい群れが水草の内側にいて、大きいのが底にいます」

 

 ヴァルトは収納からバッテリーと導線を取り出した。

 

 箱の端子を確認し、被覆の傷みを見てから、乾いた岸へ安定させて置く。その手つきは慣れているとは言えないが、機材の意味を理解している人間のものだった。

 

「接続は問題ありません」

 

 ヴァルトが端子を見ながら言った。

 

「出力も調整されていますね」

 

「私が教えられるのは、そこから先です」

 

 澪はヴァルトの横へ立ったが、道具には触れなかった。

 

「最初に魚を鑑定してください。元気な状態を覚えてから、ヴァルトさん自身で電気を流します」

 

 ヴァルトの視線が水中へ向く。

 

「小魚が27。底の大きな反応は1。どちらも異常なし」

 

「通電したら、魚がどうしびれるかを見てください。水面の変化だけじゃなく、鑑定に出る状態もです」

 

「魚が電気を受けた瞬間を、自分の操作と重ねるわけですね」

 

「そうです」

 

 ヴァルトは導線を水へ沈めた。

 

 魚群を挟む位置へ両端を離し、底の泥へ触れないよう深さを調整する。そこでもう一度、魚の位置と状態を鑑定した。

 

「始めます」

 

 バッテリーへ接続する。

 

 通電した瞬間、水面へ細かな震えが走った。

 

 水草の陰にいた小魚が一斉に身を翻す。だが、すべてが逃げ切ったわけではない。何匹かは体を硬くし、流れに押されるまま浅瀬へ寄った。

 

 底にいた大きな魚は、一度大きく身を震わせたあと、ゆっくり横倒しになった。

 

 ヴァルトの目が細くなる。

 

「状態が変わりました」

 

 彼は鑑定から視線を外さない。

 

「筋肉の動きが乱れています。意識も鈍い。電気を受けた範囲と、魚の体の向きで反応が違う」

 

「そのまま見てください」

 

 澪が言うと、ヴァルトは通電を短く保った。

 

 魚の状態がもう一段変わる。泳ぐための動きが止まり、大きな魚が白い腹を見せて水面へ浮いた。

 

 ヴァルトはすぐに電源を切った。

 

 水面の震えが消える。

 

「電気が切れたあと、少しずつ筋肉の乱れが弱くなっています」

 

 ヴァルトは浮いた魚と、散った小魚を交互に見た。

 

「知識では分かっていたことですが、鑑定で見るとずいぶん違いますね」

 

 現象を理解できていないわけではない。むしろ、何が起きたかはすぐ把握している。

 

 ただ、それはまだ前世で知っていた電気の知識と、鑑定結果を並べただけだった。

 

 ヴァルトは浅瀬へ入り、浮いた大魚を確保した。手早く締めてから収納へ入れ、水滴を払って戻ってくる。

 

「見事ですな」

 

 高い岸から眺めていた真壁が言った。

 

「魚の方でしょうか。それとも訓練の方でしょうか」

 

 澪が尋ねると、真壁は少し考えた。

 

「どちらも」

 

 やはり漁獲も評価に入っていた。

 

 澪はヴァルトを鑑定した。

 

「まだ出ていません」

 

「現象は理解できました」

 

 ヴァルトは濡れた手袋を外しながら、水面を振り返った。

 

「ですが、私の中ではまだ、バッテリーから流れた電気によって魚がしびれた、というだけです」

 

「たぶん、それを自分の感覚へ近づける必要があります」

 

 澪は自分が初めて雷を得た時を思い返した。

 

「次は、電源を入れる瞬間から魚の状態が変わるところまで、鑑定を切らずに追ってみてください。ヴァルトさんが流した電気で、魚がどうしびれていくかを繰り返します」

 

「知識から、扱える感覚へ移すのですね」

 

「そうだと思います」

 

 ヴァルトは頷き、再びバッテリーへ目を向けた。

 

「では、もう一度」

 

 真壁が穏やかに水面を示す。

 

「大きい反応は、まだ1つ残っているのでしょう」

 

 スキル取得訓練に熱心なのか、2匹目の魚を逃したくないのか、澪には判別がつかなかった。

 

 

 

 同じ水辺の少し上流に、残った大きな反応がいた。

 

 木の根が水面へ張り出し、その下に小魚が集まっている。大きな魚はさらに奥、流れの緩い底で動かずにいた。

 

「今度はあの根の下です」

 

 澪が指すと、ヴァルトは地形と流れを見て、導線を置く場所を自分で決めた。

 

 バッテリーを乾いた地面へ置き、端子を確認する。導線を水へ入れたあと、ヴァルトはすぐには接続しなかった。

 

 鑑定で魚を見る。

 

 小魚は水草をつつき、大きな魚は底近くで尾をゆっくり動かしている。どの魚にも、しびれや異常はない。

 

「通電前を確認しました」

 

「はい」

 

 澪は短く答えた。

 

 今度は細かい指示を出さなかった。ヴァルトが何を見るべきか、自分で分かっている。

 

 彼の指が接続具を押し込む。

 

 電気が流れた。

 

 水面が細かく震え、小魚の群れが崩れた。

 

 ヴァルトはその瞬間から鑑定を重ね続けた。

 

 導線の間にいる魚の体が硬くなる。逃げようと尾を振るが、筋肉の動きが揃わず、進行方向が乱れる。水面近くの小魚は横へ逃れ、底にいる大魚は一度強く身を震わせた。

 

 電気が目に見えたわけではない。

 

 けれど、どこへ流れ、何に触れ、どのようなしびれを起こしたのかが、魚の状態を通して浮かび上がる。

 

「今、届きました」

 

 ヴァルトが小さく言った。

 

 その声は澪への報告というより、自分の中で掴んだ感覚を確かめるものだった。

 

 大魚の筋肉が強く縮み、次の瞬間には力を失う。体が傾き、泥を薄く巻き上げながら浮上する。

 

 ヴァルトは通電を切った。

 

 電気が止まると、魚の状態も変化する。小魚の何匹かはすぐ泳ぎを取り戻し、影の外へ逃げていった。大魚はまだしびれたまま水面へ浮かんでいる。

 

「流した時と、切った時がつながりました」

 

 ヴァルトは自分が握っていた接続具を見た。

 

「私の操作で電気が流れ、魚の体へしびれとして現れた。切れば、そのしびれも薄れていく」

 

 説明している内容は、前世から知っていた電気の作用と大きく変わらない。

 

 それでも、ヴァルトの表情は先ほどと違った。

 

 知識を思い出しているのではなく、自分の手で起こした現象として捉えている。

 

 ヴァルトは水へ入り、大魚を確保した。短く締め、収納へ入れて戻ってくる。

 

「すでに漁師の手際ですな」

 

 真壁が感心したように言った。

 

「雷スキルの訓練ですよね」

 

 澪が確認すると、真壁はヴァルトの収納を一瞥した。

 

「成果を一つに限る必要はありますまい」

 

 便利な言葉だった。訓練と漁獲を同時に成立させておけば、何をしても成功扱いになる。

 

 澪はヴァルトへ鑑定を向けた。

 

 新しい項目が、薄く芽を出していた。

 

「……出ました」

 

 ヴァルトが顔を上げる。

 

「雷ですか」

 

「はい。雷、芽ありです」

 

 真壁も鑑定したらしく、満足そうに頷いた。

 

「結構」

 

 ヴァルトは自分の手を開き、先ほど接続具を握っていた指を見た。

 

「電気の仕組みを理解したからではありませんね」

 

「たぶん違います」

 

 澪は水面を見た。逃げた小魚が、木の根の影へ少しずつ戻り始めている。

 

「ヴァルトさんが流した電気で、魚がしびれるところを鑑定で何度もつないだからです。知っていた電気が、自分で扱った雷の感覚に変わったんだと思います」

 

「外から知っていた現象を、自分が起こす力として認識した」

 

 ヴァルトはゆっくり頷いた。

 

「なるほど。電気漁法が雷魔術の入り口になるとは、前世では考えもしませんでした」

 

「普通はなりません」

 

 澪はすぐに答えた。

 

 少なくとも2000年までの日本で、魚をしびれさせた結果、指先から雷が出るようになった人はいないはずである。

 

「芽ありのままだと、まだ使えません」

 

 澪はヴァルトの状態を示すように自分の胸元へ指を置いた。

 

「自分を鑑定して、雷のところへSPを入れてください。まずは1だけで大丈夫です」

 

「自分で割り振るのですね」

 

「はい」

 

 ヴァルトは目を閉じた。

 

 鑑定の向きを、自分の内側へ変える。そこに生まれたばかりの雷の芽を探し、取得済みのスキルポイントを意識して結びつける。

 

 しばらくすると、ヴァルトの肩から力が抜けた。

 

 右手を持ち上げ、指先へ意識を集める。

 

 青白い小さな火花が、指と指の間を一度だけ走った。

 

「……雷1」

 

 ヴァルトは呟き、もう一度試した。

 

 今度は先ほどより細く、短い電気が生まれる。時計台へ落ちる雷には遠く及ばないが、間違いなく自分の力だった。

 

「映画とは、ずいぶん規模が違いますね」

 

「最初から1.21ジゴワットを求めるのは欲が深いですな」

 

 真壁が穏やかに言った。

 

 澪とヴァルトが、そろって真壁を見る。

 

「そこまで覚えているんですか」

 

 澪が尋ねると、真壁は少しだけ口元を緩めた。

 

「数字は重要です」

 

 妙に真壁らしい理由だった。

 

 

 

 秘密基地へ戻ると、真壁はヴァルトのエアカーへ充電アダプタを接続した。

 

 太い端子の先には、雷を受けるための握りが設けられている。ヴァルトは装置の表示を確かめ、針が初期位置にあることを確認した。

 

「雷1では、出力はわずかでしょう」

 

「構いません」

 

 真壁は機体の側面へ手を置いた。

 

「速く満たすことより、安定して入ることを確認する方が先です。途切れさせず、無理のない範囲で流したまえ」

 

 ヴァルトは握りを持ち、指先へ意識を集めた。

 

 水辺で魚のしびれを追った時の感覚を思い出す。

 

 自分が操作し、電気が流れ、その先に変化が生じる。

 

 小さな火花が握りの内側で弾けた。

 

 金属箱から低い作動音がし、表示針がわずかに動く。機体側の小さな灯りが点灯した。

 

「……入っています」

 

 ヴァルトは表示を見ながら言った。

 

 充電量はほとんど増えていない。雷1では満充電までかなりの時間が必要だろう。それでも、自分の雷が装置を通り、確かに蓄電池へ入っている。

 

「結構」

 

 真壁は針の揺れを確かめた。

 

「安定しております。このまま雷スキルが上がれば、充電時間も縮まりましょう」

 

 ヴァルトは電気を流し続けながら、灰銀色の車体を見上げた。

 

「前世で映画を見ていた時は、時計台へ雷が落ちる瞬間を待つ側でした」

 

 彼の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

 

「まさか異世界へ来て、自分が車へ雷を入れる側になるとは思いませんでした」

 

「時間移動はしませんよね」

 

 澪が真壁を見ると、真壁は一拍置いた。

 

「現状、その機能はありません」

 

「現状って言わないでください」

 

 完全否定ではなかった。

 

 ヴァルトが小さく息を漏らす。笑ったせいで雷が一瞬弱まり、表示針が下がった。

 

「一定に願います」

 

 真壁がすぐ注意した。

 

「失礼しました」

 

 ヴァルトは表情を整え、再び安定した電気を流した。

 

 真壁は時計台も落雷も不要な充電装置を作ったのに、使用者が笑うと出力が落ちるところまでは防げなかったらしい。

 

 澪は隣に並ぶ自分の機体へ目を向けた。

 

 これで、真壁がいなくても自分とヴァルトはそれぞれ動ける。ヴァルトの充電にはまだ時間がかかるが、雷を鍛えれば改善していく。

 

 行動範囲は確実に広がった。

 

 同時に、誰かの帰りを待つ必要がなくなった分だけ、仕事を頼まれた瞬間に出発できるようになったとも言える。

 

 便利になるほど暇から遠ざかるのは、どうしてなのだろう。

 

 

 

 夕方の採石場秘密基地前には、3台の灰銀色のエアカーが並んでいた。

 

 真壁の機体。澪の機体。そして、わずかながら自分の雷で充電されたヴァルトの機体。

 

 傾いた陽が総チタン製の外板を照らし、3台の輪郭を白い地面へ長く伸ばしている。秘密基地という呼び名が、ますます冗談ではなくなっていた。

 

 ヴァルトは自分の機体を眺めたあと、収納の中へ意識を向けた。

 

「空飛ぶ車をいただき、雷を覚え、大魚まで2匹手に入りました」

 

「充実した訓練でしたな」

 

 真壁は満足げに頷いた。

 

「最初は充電の話でしたよね」

 

 澪が言うと、ヴァルトも改めて今日の流れを振り返ったらしい。

 

「車を動かすために川へ行き、魚をしびれさせて雷を覚えました」

 

「文章にすると、だいぶおかしいですね」

 

「しかし、すべて必要な工程でした」

 

 ヴァルトは真面目に答えた。

 

 真壁が静かに3台を見渡す。

 

「すべて実用です」

 

 エアカーの配備も、雷スキルも、電気漁法も、大魚2匹も、その一言でまとめられてしまった。

 

 澪は反論を探したが、魚は夕食になり、雷は充電に使え、エアカーは今後の足になる。

 

 悔しいことに、どれも実用だった。

 

「ところで、魚はどう料理しましょう」

 

 ヴァルトが尋ねた。

 

「大きさがありますから、半身は焼き、残りは保存へ回すのがよろしいでしょう」

 

 真壁は迷わず答えた。

 

 最後には完全に魚の話になっていた。

 

 時計台へ雷を落とすほどの大事件は起きなかったが、夕食だけはかなり豪華になりそうだった。

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