押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第177話 川上の崩れた山

 

 11月の納品予定を前にして、真壁は採石場秘密基地の作業区画へ立っていた。

 

 収納内では、前処理を終えた原料が順番に流れている。

 

 黒砂から不要な成分を分け、チタン系鉱物を濃縮し、小分けしたものを高温処理へ回す。以前のように、純チタンの塊を一つ作るたびに大きく疲れる方法ではない。

 

 工程を分け、負担を散らし、連続して処理する。

 

 それでも1tは1tだった。

 

 真壁は並んだインゴットと処理待ちの原料を見比べ、地図スキルとは別の、頭の中にある予定表を静かに組み直した。

 

「チタンは問題なく。」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。

 

 処理速度も、残り日数も足りている。

 

 途中で大きな騒ぎが起きなければ、予定どおり納められる。

 

 ただし、真壁が関わる予定には、騒ぎの方から勝手に割り込んでくることが多い。

 

 本人はまだ、その点を予定表へ組み込んでいなかった。

 

 真壁は別の保管区画を開いた。

 

 そこに残っているのは、前回、石場町の川ざらいで回収した土砂から選別した鉱物だった。

 

 灰重石。

 

 鉄マンガン重石。

 

 どちらも周囲の砂や石粉より重く、川の流れが緩む場所へ沈みやすい。

 

 前回は大量の土砂を洗い、石灰質の泥と白灰色の石粉を分け、残った重い粒をさらに選別して、ようやく約7kgを得ている。

 

 川をもう一度さらえば、多少は集まるだろう。

 

 だが、毎月のように川底を持ち帰り、泥の山から必要な粒を探すのは、あまり上品な方法ではない。

 

 真壁は保管していた灰重石の粒を摘み上げた。

 

「川下にあるなら、川上にもある」

 

 流れてきた物には、流れ始めた場所がある。

 

 鉱物が勝手に川底へ湧いたのでなければ、供給源は上流だった。

 

 問題は、見つけた後である。

 

 この国では、タングステンはオリハルコンと勘違いされている。

 

 しかも、その誤解には澪が以前に起こした一件が関わっている。

 

 真壁が侯爵家へ正直に、

 

 石場町の上流にタングステン鉱床がありました。

 

 そう報告すれば、アルベルトたちはタングステン鉱床ではなく、オリハルコンの鉱床を発見したと受け取る可能性が高い。

 

 さらに押入商会がそこから鉱石を受け取れば、侯爵家は対価を払おうとする。

 

 その対価が金貨数枚で終わるとは思えない。

 

 オリハルコン級の価値だと認識された分だけ、黄金を積まれる可能性がある。

 

 真壁は鉱石を元へ戻した。

 

「侯爵家の財政を、こちらから削るわけには参りませんな」

 

 資源を採れば、対価が発生する。

 

 対価を断れば、恩義として積み上がる。

 

 受け取れば、侯爵家の金庫が軽くなる。

 

 どの道を選んでも、鉱石より先に話が重くなりそうだった。

 

 まずは、供給源が本当に存在するのかを確かめる。

 

 悩むのは見つけてからでも遅くない。

 

 真壁は石場町へ向かった。

 

 

 

 

 

 石場町の臨時販売拠点へ転移すると、外から石を削る音が聞こえてきた。

 

 乾いた音。

 

 荷車の軋み。

 

 白灰色の石粉を踏む靴音。

 

 前回の騒ぎが収まった町は、ようやく石工の町らしい日常を取り戻している。

 

 真壁が通りへ出ると、荷車を押していた男が先に気づいた。

 

「真壁殿ではありませんか」

 

 その声で、近くにいた者たちまで顔を向ける。

 

「また来てくださったのか」

 

「今日は品物を持ってきたのですか」

 

「針なら、まだ残っていますぞ」

 

 最後の一人だけ、なぜか自分の在庫を報告した。

 

「本日は販売ではありません」

 

 真壁が答えると、男たちは残念そうな顔をした。

 

 前回、臨時販売で手に入れた品が便利だったらしい。

 

「川について伺いたいことがありましてな」

 

「川ですか」

 

 男たちは顔を見合わせた。

 

 警戒ではない。

 

 真壁が川と言った時点で、今度はどこを直してくれるのだろうという期待が混じっている。

 

 真壁には、その期待の方が扱いづらかった。

 

 町役のもとへ向かうと、相手は立ち上がって迎えた。

 

「真壁殿。よくお越しくださいました」

 

「少々、お尋ねしたいことがございます」

 

「私どもで分かることでしたら、何でも」

 

 返事が早い。

 

 机へ座る前から全面協力の姿勢である。

 

 以前町を救われた町役は、真壁へ何かを返せる機会を待っていたらしい。

 

 その善意が、真壁の予定より一歩早く前へ出ていた。

 

「以前、川をさらった際、白灰色の石粉と泥がかなり堆積しておりました」

 

「ええ。あの時は、本当に助かりました」

 

「その土砂が、どこから流れてくるのかを確認したいのです」

 

 真壁は鉱物の話を出さなかった。

 

 嘘もついていない。

 

 知りたいのは、土砂の供給源である。

 

 ただし、土砂そのものより、その中に混じる重い粒へ関心があるだけだった。

 

「上流で崩れている場所を探されるのですか」

 

「その可能性を考えています」

 

「少々お待ちください」

 

 町役はすぐに棚へ向かった。

 

 古い地図、川筋を記した紙、採石場周辺の記録まで次々に取り出してくる。

 

 頼んでいない資料まで積み上がっていく。

 

「こちらが町の上流です。途中で支流が二つに分かれます。採石場側は人が入りますが、こちらの谷側はほとんど使われていません」

 

 町役の指が、地図上の細い線をたどる。

 

「雨の後に濁りが長く残るのは、この辺りからです。白い泥が増えますので、石灰質の斜面が崩れているのではないかと」

 

「以前からですかな」

 

「ここ最近、少し増えたようです」

 

 真壁の関心が強まる。

 

「谷の奥へ入った者は?」

 

「石材が取れませんので、ほとんどおりません。柔らかい石と、妙に硬い石が混じり、割れ方も揃わないそうです」

 

「妙に硬い石」

 

「昔の石工が刃を傷めたという話は残っています」

 

 町役は、役に立たない石の話として続けている。

 

 真壁には、役に立ちすぎる可能性が見えていた。

 

「案内人を出しましょう」

 

「必要ありません」

 

「しかし、上流は道も悪く――」

 

「危険な場所へ、町の方を連れていく必要はございません」

 

 町役は少し考えた後、納得したように頷いた。

 

「真壁殿お一人の方が、案内を付けるより安全かもしれませんな」

 

 護衛を付ける側が危険になる。

 

 そこまで理解されていることに、真壁は何も答えなかった。

 

「場所は分かりました。助かりました」

 

「いえ。これくらいで、前回の恩を返せるとは思っておりません」

 

 町役はさらに頭を下げる。

 

 真壁は一瞬だけ黙った。

 

 本当の目的を明かさず、全面的な協力を受けている。

 

 居心地がよいとは言えなかった。

 

 しかし、タングステンを探していると説明した瞬間、話は町役の手を離れる。

 

 オリハルコンの噂が立てば、善意で済む規模ではなくなる。

 

「まずは川筋を見て参ります」

 

「お気をつけください」

 

「ええ」

 

「何かございましたら、すぐ町へお知らせを」

 

 真壁は頷いた。

 

 その「何か」が、町へ知らせられない物である可能性については、口にしなかった。

 

 

 

 

 

 前回、川ざらいを行った地点へ出ると、水は白灰色の川底を薄く覆って流れていた。

 

 一見すれば、普通の浅い川である。

 

 黒砂が目立つわけでもない。

 

 むしろ川底は明るい。

 

 砕けた石灰岩の粉。

 

 白い砂。

 

 石灰質の泥。

 

 その下へ、重い粒だけが沈んでいる。

 

 真壁は地図スキルを開いた。

 

 地形と流れへ、鑑定で拾える鉱物反応を重ねる。

 

 川の曲がり。

 

 大きな岩の下流側。

 

 浅瀬から急に深くなる場所。

 

 流れが分かれて、再び一つになる地点。

 

 小さな光が、点々と浮かぶ。

 

 真壁は川底から一握りの泥を収納した。

 

 収納内で水と石灰質の泥を分け、軽い石粉を除く。

 

 最後に残った重い粒を鑑定する。

 

 灰重石。

 

 鉄マンガン重石。

 

 量はごくわずかだった。

 

「まだ流れておりますな」

 

 前回拾った分だけではない。

 

 上流から今も少しずつ供給されている。

 

 真壁は川沿いを歩き始めた。

 

 数百m進むたびに地図を確認する。

 

 ところどころで川底が淡く光る。

 

 しかし、どれも小さい。

 

 石灰質の泥に埋もれた数粒。

 

 岩陰へ沈んだ小さな塊。

 

 川の曲がりに薄く溜まった重鉱物。

 

 拾えない量ではない。

 

 ただし、11月の納品へ安定して回せるほどではなかった。

 

「下流へ落ちた物を、一粒ずつ拾う趣味はありませんのでな」

 

 真壁はさらに上流へ進んだ。

 

 反応は少しずつ増えている。

 

 粒も大きくなり、角の残った欠片が混じり始めた。

 

 供給源は近い。

 

 だが、徒歩では道が途切れ、岩場を回り込む時間が増えてきた。

 

 真壁は周囲に人がいないことを確かめ、ワッパを出した。

 

 機体へ跨がり、川筋に沿って低く進む。

 

 速度は上げすぎない。

 

 地図上の小さな反応と、実際の流れの変化を見比べながら、谷の奥へ入っていく。

 

 下流では点だった反応が、少しずつ密になっていく。

 

 それでも大きな反応にはならない。

 

 真壁は川底を見下ろしながら首を傾けた。

 

「供給源が散っているのか、それとも隠れているのか」

 

 ほどなく、水の色が変わった。

 

 透明だった流れへ、白い濁りが混じっている。

 

 石灰質の泥が細く流れ込み、水面へ薄い筋を作っていた。

 

 地図上の反応も、そこから急に強くなる。

 

 真壁はワッパの高度を上げ、谷が曲がった先を見た。

 

「なるほど」

 

 山腹が崩れていた。

 

 白灰色の岩と泥が斜面を滑り落ち、川の片側を大きく塞いでいる。

 

 水は狭くなった隙間を抜け、崩落土砂を少しずつ削っていた。

 

 次に大雨が降れば、さらに崩れる。

 

 川が完全に塞がれれば、水が溜まる。

 

 その土砂が一気に崩れれば、下流へ向かうのは川だけではない。

 

 真壁はワッパを降ろし、崩落地へ近づいた。

 

 地図スキルへ鉱物反応を重ねる。

 

 川底に散っていた光とは違う。

 

 斜面の内部へ、幅のある反応が走っている。

 

 真壁は崩れた岩を一つ拾い、表面の白い粉を払った。

 

 割れ目には灰白色の重い鉱物と、黒褐色の粒が混じっている。

 

 鑑定結果は、川下で回収したものと一致した。

 

 灰重石。

 

 鉄マンガン重石。

 

 単独の転石ではない。

 

 山腹そのものへ鉱化帯が続いている。

 

「山でしたか」

 

 真壁は斜面を見上げた。

 

 供給源を探していた。

 

 見つかった。

 

 ただし、少々見つかりすぎた。

 

 鉱床の規模を測るより先に、斜面から小石が落ちた。

 

 真壁はその軌道を目で追い、川へ落ちる音を聞いた。

 

「こちらが先ですな」

 

 鉱石より、土砂崩れである。

 

 真壁は地図で川床と斜面を確認した。

 

 どの岩が斜面を支えているか。

 

 どこを抜けば流れが戻るか。

 

 どこまで取ると、逆に上の土が崩れるか。

 

 順序を決めてから、川へ張り出した土砂を収納していく。

 

 大岩。

 

 石灰質の泥。

 

 水に削られて浮いた岩。

 

 次の雨で落ちそうな石。

 

 収納するたびに、狭まっていた流れが少しずつ広がる。

 

 一気に取り除けば、溜まっていた水が下流へ押し寄せる。

 

 真壁は数回に分け、水位を見ながら川幅を戻した。

 

 最後の大岩が消えると、水が本来の流れへ戻っていく。

 

 白い濁りを残しながらも、川は詰まらずに下流へ向かった。

 

 問題は、土砂を除いただけでは終わらないことである。

 

 崩落面には亀裂が残り、斜面の下部は削られている。

 

 真壁は岩盤を鑑定し、水の染み出す場所と、支えとして残すべき層を確認した。

 

「山全体を固める必要はありませんな」

 

 必要なところだけでよい。

 

 崩落面の下部へ擁壁状の補強を入れる。

 

 水が壁の裏へ溜まらないよう、水抜きも残す。

 

 浮いた岩を収納し、安定した岩盤へ固定穴を作る。

 

 そこへ補強材を入れ、コンクリートを流し込んだ。

 

 石場町の白灰色の岩へ馴染むよう、表面には周囲の石粉を混ぜる。

 

 遠目には巨大な人工物ではなく、崩れた斜面を石で固めたように見える。

 

 補修が終わる頃には、川の濁りも少しずつ薄くなっていた。

 

 真壁は地図スキルで下流まで確認する。

 

 急激な水位変化はない。

 

 補修した斜面にも新たな動きはない。

 

「結構」

 

 災害対応としては、これでよい。

 

 そして収納内には、災害対応で取り除いた大量の土砂がある。

 

 真壁はその中身を確認した。

 

 大岩を砕く。

 

 石灰質の泥を洗う。

 

 軽い石灰岩を除く。

 

 重い粒を集める。

 

 灰重石。

 

 鉄マンガン重石。

 

 下流の川底から集めた時とは、量が違う。

 

 前回は長い時間をかけて流れ着いた粒を拾った。

 

 今回は鉱床から崩れ落ちた岩と土を、まとめて回収している。

 

 11月納品に必要な量は十分に取れる。

 

 予備まで残る可能性が高い。

 

「量は問題ありませんな」

 

 真壁は満足しかけて、すぐに止まった。

 

 問題は量ではない。

 

 これは侯爵領の山である。

 

 鉱床を見つけたと報告すれば、オリハルコンとして扱われる。

 

 押入商会が鉱石を受け取れば、侯爵家は対価を払おうとする。

 

 大量の黄金で。

 

 前回までの恩まで含め、無理をしてでも返そうとする可能性が高い。

 

「山を直した結果、侯爵家の金庫を崩すのは感心しませんな」

 

 災害復旧で山を補修した。

 

 川を塞いでいた土砂を除去した。

 

 その残土を引き取った。

 

 そこまでは事実である。

 

 ただし、その残土が現代側で価値を持つことも事実だった。

 

 真壁は崩落面を見上げた。

 

「鉱床を見つけたのではありません」

 

 誰もいない谷で、自分へ言い聞かせるように続ける。

 

「土砂崩れを片づけたのです」

 

 理屈としては通る。

 

 通るが、真壁自身が少し言い訳らしいと感じている時点で、完全には通っていない。

 

 

 

 

 

 石場町へ戻ると、町役は真壁の姿を見つけるなり席を立った。

 

「上流はいかがでしたか」

 

「土砂崩れがありました」

 

 町役の顔色が変わる。

 

「川は」

 

「無事です。流れ込んでいた土砂は除去しました」

 

「除去を?」

 

「ええ」

 

「もう?」

 

「ええ」

 

 町役は窓の外を見た。

 

 真壁が出ていってから、それほど時間は経っていない。

 

 川上まで向かい、土砂崩れを見つけ、土砂を取り除いて戻ってきた。

 

 普通なら、発見の報告だけで1日が終わる。

 

「崩落面も補修してあります」

 

 真壁が続ける。

 

 町役は再び真壁を見た。

 

「補修まで?」

 

「再び崩れては、除去した意味がありませんので」

 

 言っていることは正しい。

 

 正しいが、山腹の補修は、ついでに済ませる作業ではない。

 

「真壁殿には、何度町を助けていただけばよいのか……」

 

 町役は深く頭を下げた。

 

「川上を見に行ったついでです」

 

「土砂崩れの復旧を、ついでとは申しません」

 

「目的地にございましたのでな」

 

 真壁の返答は、町役を納得させるどころか、さらに困らせた。

 

 目的地に山崩れがあったから直した。

 

 まるで道端の倒れた荷車を起こしたような言い方である。

 

「町から人を出して確認いたします。費用も――」

 

「必要ありません」

 

「しかし、資材を使われたのでしょう」

 

「町へ請求するほどの量ではございません」

 

 町役は納得していない。

 

 前回からの恩を返したい。

 

 その気持ちが顔へ出ている。

 

 真壁は、ここで鉱石の話をすれば、相手がさらに大きな礼を考えると理解した。

 

 町役へ伝えれば、町だけでは抱えきれない。

 

 侯爵家へ上がる。

 

 オリハルコンの話になる。

 

 黄金が動く。

 

 そして侯爵家の財政が泣く。

 

 真壁の頭の中で、アルベルトが真面目な顔で黄金の箱を積む光景が浮かんだ。

 

 実にありそうだった。

 

「上流の崩落地点は、しばらく立入注意としていただきたい」

 

「補修したのでは?」

 

「周囲の斜面まで、すべて固めたわけではありません」

 

「承知しました。町の者には、近づかぬよう伝えます」

 

「珍しい石がある、などという話も不要です」

 

 町役が少し首を傾げる。

 

「珍しい石があったのですか」

 

 真壁は一拍置いた。

 

 余計な言い方をした。

 

「崩落地というだけで、石を拾いに行く者が出る可能性があります」

 

「ああ、なるほど」

 

 町役は素直に納得した。

 

「石工は、使えそうな石を見ると止まりませんからな」

 

「ええ。止めておく方がよろしい」

 

 実際に止めたいのは、石工だけではない。

 

 冒険者も、商人も、王都の貴族も止めたい。

 

「真壁殿」

 

「何でしょう」

 

「本当に、費用はよろしいのですか」

 

「ええ」

 

「何か町でお返しできることがあれば、必ずお申し付けください」

 

 真壁は静かに頷いた。

 

 町役の善意は本物だった。

 

 だからこそ、今回の鉱物については言えない。

 

 恩返しを申し出る相手へ、オリハルコンと誤解される物を見せれば、恩返しが町の負担へ変わる。

 

「その時は、お願いします」

 

 真壁はそう答えるに留めた。

 

 

 

 

 

 採石場秘密基地へ戻った真壁は、収納内で選別した鉱物を改めて確認した。

 

 チタンの処理工程は止まっていない。

 

 タングステン系鉱物も、11月分には足りる。

 

 納品準備としては順調だった。

 

 順調すぎるほど順調である。

 

 真壁は灰重石の塊を作業台へ置いた。

 

「採れないのではない」

 

 鉱石を見ながら呟く。

 

「払わせてはならないのが問題ですな」

 

 侯爵家へ隠し続けるつもりはない。

 

 だが、今すぐ鉱床として報告すれば、相手は正当な対価を用意しようとする。

 

 アルベルトなら、領地の資源を無償で渡すことを拒むだろう。

 

 クラウスなら、財政的に重くても領主として曖昧にはしない。

 

 マルグリットも、押入商会へ借りを増やしたままにはしないはずである。

 

 そして全員が、タングステンではなくオリハルコンだと思っている。

 

 話が大きくなる未来しか見えない。

 

 真壁は鉱石を容器へ戻し、蓋を閉じた。

 

「今回は、崩落土砂の処理です」

 

 川を守った。

 

 山を直した。

 

 危険な土砂を引き取った。

 

 その中から必要な鉱物が出た。

 

 少なくとも11月分については、その説明で通すしかない。

 

 ただし、山そのものが鉱床だと分かった以上、次も同じようにはいかない。

 

 再び山が崩れるのを待つわけにもいかない。

 

 真壁は作業台へ手を置いた。

 

「価値のない物より、価値を誤解された物の方が扱いに困りますな」

 

 その頃、石場町の町役は、真壁がまた町を救ってくれたと周囲へ話していた。

 

 川上の土砂崩れを見つけ、土砂を片づけ、山まで直した。

 

 それが、町で共有された話だった。

 

 山の中に何があったのかは、誰も知らない。

 

 知れば侯爵家が黄金を積み始める可能性があることも、もちろん知らない。

 

 真壁は収納内の鉱石へ、一般の在庫とは別の印を付けた。

 

 鉱石名は書かなかった。

 

 書けば、見た者が増える。

 

 見た者が増えれば、話す者も増える。

 

 話す者が増えれば、最後には黄金が積まれる。

 

「まずは11月ですな」

 

 真壁はチタンの処理工程へ戻った。

 

 納品分は揃う。

 

 山は直った。

 

 町も無事だった。

 

 残る問題は一つ。

 

 この国で最も面倒な鉱石を見つけた事実を、誰にも黄金へ変換させずに済ませることだった。

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