11月の納品予定を前にして、真壁は採石場秘密基地の作業区画へ立っていた。
収納内では、前処理を終えた原料が順番に流れている。
黒砂から不要な成分を分け、チタン系鉱物を濃縮し、小分けしたものを高温処理へ回す。以前のように、純チタンの塊を一つ作るたびに大きく疲れる方法ではない。
工程を分け、負担を散らし、連続して処理する。
それでも1tは1tだった。
真壁は並んだインゴットと処理待ちの原料を見比べ、地図スキルとは別の、頭の中にある予定表を静かに組み直した。
「チタンは問題なく。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
処理速度も、残り日数も足りている。
途中で大きな騒ぎが起きなければ、予定どおり納められる。
ただし、真壁が関わる予定には、騒ぎの方から勝手に割り込んでくることが多い。
本人はまだ、その点を予定表へ組み込んでいなかった。
真壁は別の保管区画を開いた。
そこに残っているのは、前回、石場町の川ざらいで回収した土砂から選別した鉱物だった。
灰重石。
鉄マンガン重石。
どちらも周囲の砂や石粉より重く、川の流れが緩む場所へ沈みやすい。
前回は大量の土砂を洗い、石灰質の泥と白灰色の石粉を分け、残った重い粒をさらに選別して、ようやく約7kgを得ている。
川をもう一度さらえば、多少は集まるだろう。
だが、毎月のように川底を持ち帰り、泥の山から必要な粒を探すのは、あまり上品な方法ではない。
真壁は保管していた灰重石の粒を摘み上げた。
「川下にあるなら、川上にもある」
流れてきた物には、流れ始めた場所がある。
鉱物が勝手に川底へ湧いたのでなければ、供給源は上流だった。
問題は、見つけた後である。
この国では、タングステンはオリハルコンと勘違いされている。
しかも、その誤解には澪が以前に起こした一件が関わっている。
真壁が侯爵家へ正直に、
石場町の上流にタングステン鉱床がありました。
そう報告すれば、アルベルトたちはタングステン鉱床ではなく、オリハルコンの鉱床を発見したと受け取る可能性が高い。
さらに押入商会がそこから鉱石を受け取れば、侯爵家は対価を払おうとする。
その対価が金貨数枚で終わるとは思えない。
オリハルコン級の価値だと認識された分だけ、黄金を積まれる可能性がある。
真壁は鉱石を元へ戻した。
「侯爵家の財政を、こちらから削るわけには参りませんな」
資源を採れば、対価が発生する。
対価を断れば、恩義として積み上がる。
受け取れば、侯爵家の金庫が軽くなる。
どの道を選んでも、鉱石より先に話が重くなりそうだった。
まずは、供給源が本当に存在するのかを確かめる。
悩むのは見つけてからでも遅くない。
真壁は石場町へ向かった。
石場町の臨時販売拠点へ転移すると、外から石を削る音が聞こえてきた。
乾いた音。
荷車の軋み。
白灰色の石粉を踏む靴音。
前回の騒ぎが収まった町は、ようやく石工の町らしい日常を取り戻している。
真壁が通りへ出ると、荷車を押していた男が先に気づいた。
「真壁殿ではありませんか」
その声で、近くにいた者たちまで顔を向ける。
「また来てくださったのか」
「今日は品物を持ってきたのですか」
「針なら、まだ残っていますぞ」
最後の一人だけ、なぜか自分の在庫を報告した。
「本日は販売ではありません」
真壁が答えると、男たちは残念そうな顔をした。
前回、臨時販売で手に入れた品が便利だったらしい。
「川について伺いたいことがありましてな」
「川ですか」
男たちは顔を見合わせた。
警戒ではない。
真壁が川と言った時点で、今度はどこを直してくれるのだろうという期待が混じっている。
真壁には、その期待の方が扱いづらかった。
町役のもとへ向かうと、相手は立ち上がって迎えた。
「真壁殿。よくお越しくださいました」
「少々、お尋ねしたいことがございます」
「私どもで分かることでしたら、何でも」
返事が早い。
机へ座る前から全面協力の姿勢である。
以前町を救われた町役は、真壁へ何かを返せる機会を待っていたらしい。
その善意が、真壁の予定より一歩早く前へ出ていた。
「以前、川をさらった際、白灰色の石粉と泥がかなり堆積しておりました」
「ええ。あの時は、本当に助かりました」
「その土砂が、どこから流れてくるのかを確認したいのです」
真壁は鉱物の話を出さなかった。
嘘もついていない。
知りたいのは、土砂の供給源である。
ただし、土砂そのものより、その中に混じる重い粒へ関心があるだけだった。
「上流で崩れている場所を探されるのですか」
「その可能性を考えています」
「少々お待ちください」
町役はすぐに棚へ向かった。
古い地図、川筋を記した紙、採石場周辺の記録まで次々に取り出してくる。
頼んでいない資料まで積み上がっていく。
「こちらが町の上流です。途中で支流が二つに分かれます。採石場側は人が入りますが、こちらの谷側はほとんど使われていません」
町役の指が、地図上の細い線をたどる。
「雨の後に濁りが長く残るのは、この辺りからです。白い泥が増えますので、石灰質の斜面が崩れているのではないかと」
「以前からですかな」
「ここ最近、少し増えたようです」
真壁の関心が強まる。
「谷の奥へ入った者は?」
「石材が取れませんので、ほとんどおりません。柔らかい石と、妙に硬い石が混じり、割れ方も揃わないそうです」
「妙に硬い石」
「昔の石工が刃を傷めたという話は残っています」
町役は、役に立たない石の話として続けている。
真壁には、役に立ちすぎる可能性が見えていた。
「案内人を出しましょう」
「必要ありません」
「しかし、上流は道も悪く――」
「危険な場所へ、町の方を連れていく必要はございません」
町役は少し考えた後、納得したように頷いた。
「真壁殿お一人の方が、案内を付けるより安全かもしれませんな」
護衛を付ける側が危険になる。
そこまで理解されていることに、真壁は何も答えなかった。
「場所は分かりました。助かりました」
「いえ。これくらいで、前回の恩を返せるとは思っておりません」
町役はさらに頭を下げる。
真壁は一瞬だけ黙った。
本当の目的を明かさず、全面的な協力を受けている。
居心地がよいとは言えなかった。
しかし、タングステンを探していると説明した瞬間、話は町役の手を離れる。
オリハルコンの噂が立てば、善意で済む規模ではなくなる。
「まずは川筋を見て参ります」
「お気をつけください」
「ええ」
「何かございましたら、すぐ町へお知らせを」
真壁は頷いた。
その「何か」が、町へ知らせられない物である可能性については、口にしなかった。
前回、川ざらいを行った地点へ出ると、水は白灰色の川底を薄く覆って流れていた。
一見すれば、普通の浅い川である。
黒砂が目立つわけでもない。
むしろ川底は明るい。
砕けた石灰岩の粉。
白い砂。
石灰質の泥。
その下へ、重い粒だけが沈んでいる。
真壁は地図スキルを開いた。
地形と流れへ、鑑定で拾える鉱物反応を重ねる。
川の曲がり。
大きな岩の下流側。
浅瀬から急に深くなる場所。
流れが分かれて、再び一つになる地点。
小さな光が、点々と浮かぶ。
真壁は川底から一握りの泥を収納した。
収納内で水と石灰質の泥を分け、軽い石粉を除く。
最後に残った重い粒を鑑定する。
灰重石。
鉄マンガン重石。
量はごくわずかだった。
「まだ流れておりますな」
前回拾った分だけではない。
上流から今も少しずつ供給されている。
真壁は川沿いを歩き始めた。
数百m進むたびに地図を確認する。
ところどころで川底が淡く光る。
しかし、どれも小さい。
石灰質の泥に埋もれた数粒。
岩陰へ沈んだ小さな塊。
川の曲がりに薄く溜まった重鉱物。
拾えない量ではない。
ただし、11月の納品へ安定して回せるほどではなかった。
「下流へ落ちた物を、一粒ずつ拾う趣味はありませんのでな」
真壁はさらに上流へ進んだ。
反応は少しずつ増えている。
粒も大きくなり、角の残った欠片が混じり始めた。
供給源は近い。
だが、徒歩では道が途切れ、岩場を回り込む時間が増えてきた。
真壁は周囲に人がいないことを確かめ、ワッパを出した。
機体へ跨がり、川筋に沿って低く進む。
速度は上げすぎない。
地図上の小さな反応と、実際の流れの変化を見比べながら、谷の奥へ入っていく。
下流では点だった反応が、少しずつ密になっていく。
それでも大きな反応にはならない。
真壁は川底を見下ろしながら首を傾けた。
「供給源が散っているのか、それとも隠れているのか」
ほどなく、水の色が変わった。
透明だった流れへ、白い濁りが混じっている。
石灰質の泥が細く流れ込み、水面へ薄い筋を作っていた。
地図上の反応も、そこから急に強くなる。
真壁はワッパの高度を上げ、谷が曲がった先を見た。
「なるほど」
山腹が崩れていた。
白灰色の岩と泥が斜面を滑り落ち、川の片側を大きく塞いでいる。
水は狭くなった隙間を抜け、崩落土砂を少しずつ削っていた。
次に大雨が降れば、さらに崩れる。
川が完全に塞がれれば、水が溜まる。
その土砂が一気に崩れれば、下流へ向かうのは川だけではない。
真壁はワッパを降ろし、崩落地へ近づいた。
地図スキルへ鉱物反応を重ねる。
川底に散っていた光とは違う。
斜面の内部へ、幅のある反応が走っている。
真壁は崩れた岩を一つ拾い、表面の白い粉を払った。
割れ目には灰白色の重い鉱物と、黒褐色の粒が混じっている。
鑑定結果は、川下で回収したものと一致した。
灰重石。
鉄マンガン重石。
単独の転石ではない。
山腹そのものへ鉱化帯が続いている。
「山でしたか」
真壁は斜面を見上げた。
供給源を探していた。
見つかった。
ただし、少々見つかりすぎた。
鉱床の規模を測るより先に、斜面から小石が落ちた。
真壁はその軌道を目で追い、川へ落ちる音を聞いた。
「こちらが先ですな」
鉱石より、土砂崩れである。
真壁は地図で川床と斜面を確認した。
どの岩が斜面を支えているか。
どこを抜けば流れが戻るか。
どこまで取ると、逆に上の土が崩れるか。
順序を決めてから、川へ張り出した土砂を収納していく。
大岩。
石灰質の泥。
水に削られて浮いた岩。
次の雨で落ちそうな石。
収納するたびに、狭まっていた流れが少しずつ広がる。
一気に取り除けば、溜まっていた水が下流へ押し寄せる。
真壁は数回に分け、水位を見ながら川幅を戻した。
最後の大岩が消えると、水が本来の流れへ戻っていく。
白い濁りを残しながらも、川は詰まらずに下流へ向かった。
問題は、土砂を除いただけでは終わらないことである。
崩落面には亀裂が残り、斜面の下部は削られている。
真壁は岩盤を鑑定し、水の染み出す場所と、支えとして残すべき層を確認した。
「山全体を固める必要はありませんな」
必要なところだけでよい。
崩落面の下部へ擁壁状の補強を入れる。
水が壁の裏へ溜まらないよう、水抜きも残す。
浮いた岩を収納し、安定した岩盤へ固定穴を作る。
そこへ補強材を入れ、コンクリートを流し込んだ。
石場町の白灰色の岩へ馴染むよう、表面には周囲の石粉を混ぜる。
遠目には巨大な人工物ではなく、崩れた斜面を石で固めたように見える。
補修が終わる頃には、川の濁りも少しずつ薄くなっていた。
真壁は地図スキルで下流まで確認する。
急激な水位変化はない。
補修した斜面にも新たな動きはない。
「結構」
災害対応としては、これでよい。
そして収納内には、災害対応で取り除いた大量の土砂がある。
真壁はその中身を確認した。
大岩を砕く。
石灰質の泥を洗う。
軽い石灰岩を除く。
重い粒を集める。
灰重石。
鉄マンガン重石。
下流の川底から集めた時とは、量が違う。
前回は長い時間をかけて流れ着いた粒を拾った。
今回は鉱床から崩れ落ちた岩と土を、まとめて回収している。
11月納品に必要な量は十分に取れる。
予備まで残る可能性が高い。
「量は問題ありませんな」
真壁は満足しかけて、すぐに止まった。
問題は量ではない。
これは侯爵領の山である。
鉱床を見つけたと報告すれば、オリハルコンとして扱われる。
押入商会が鉱石を受け取れば、侯爵家は対価を払おうとする。
大量の黄金で。
前回までの恩まで含め、無理をしてでも返そうとする可能性が高い。
「山を直した結果、侯爵家の金庫を崩すのは感心しませんな」
災害復旧で山を補修した。
川を塞いでいた土砂を除去した。
その残土を引き取った。
そこまでは事実である。
ただし、その残土が現代側で価値を持つことも事実だった。
真壁は崩落面を見上げた。
「鉱床を見つけたのではありません」
誰もいない谷で、自分へ言い聞かせるように続ける。
「土砂崩れを片づけたのです」
理屈としては通る。
通るが、真壁自身が少し言い訳らしいと感じている時点で、完全には通っていない。
石場町へ戻ると、町役は真壁の姿を見つけるなり席を立った。
「上流はいかがでしたか」
「土砂崩れがありました」
町役の顔色が変わる。
「川は」
「無事です。流れ込んでいた土砂は除去しました」
「除去を?」
「ええ」
「もう?」
「ええ」
町役は窓の外を見た。
真壁が出ていってから、それほど時間は経っていない。
川上まで向かい、土砂崩れを見つけ、土砂を取り除いて戻ってきた。
普通なら、発見の報告だけで1日が終わる。
「崩落面も補修してあります」
真壁が続ける。
町役は再び真壁を見た。
「補修まで?」
「再び崩れては、除去した意味がありませんので」
言っていることは正しい。
正しいが、山腹の補修は、ついでに済ませる作業ではない。
「真壁殿には、何度町を助けていただけばよいのか……」
町役は深く頭を下げた。
「川上を見に行ったついでです」
「土砂崩れの復旧を、ついでとは申しません」
「目的地にございましたのでな」
真壁の返答は、町役を納得させるどころか、さらに困らせた。
目的地に山崩れがあったから直した。
まるで道端の倒れた荷車を起こしたような言い方である。
「町から人を出して確認いたします。費用も――」
「必要ありません」
「しかし、資材を使われたのでしょう」
「町へ請求するほどの量ではございません」
町役は納得していない。
前回からの恩を返したい。
その気持ちが顔へ出ている。
真壁は、ここで鉱石の話をすれば、相手がさらに大きな礼を考えると理解した。
町役へ伝えれば、町だけでは抱えきれない。
侯爵家へ上がる。
オリハルコンの話になる。
黄金が動く。
そして侯爵家の財政が泣く。
真壁の頭の中で、アルベルトが真面目な顔で黄金の箱を積む光景が浮かんだ。
実にありそうだった。
「上流の崩落地点は、しばらく立入注意としていただきたい」
「補修したのでは?」
「周囲の斜面まで、すべて固めたわけではありません」
「承知しました。町の者には、近づかぬよう伝えます」
「珍しい石がある、などという話も不要です」
町役が少し首を傾げる。
「珍しい石があったのですか」
真壁は一拍置いた。
余計な言い方をした。
「崩落地というだけで、石を拾いに行く者が出る可能性があります」
「ああ、なるほど」
町役は素直に納得した。
「石工は、使えそうな石を見ると止まりませんからな」
「ええ。止めておく方がよろしい」
実際に止めたいのは、石工だけではない。
冒険者も、商人も、王都の貴族も止めたい。
「真壁殿」
「何でしょう」
「本当に、費用はよろしいのですか」
「ええ」
「何か町でお返しできることがあれば、必ずお申し付けください」
真壁は静かに頷いた。
町役の善意は本物だった。
だからこそ、今回の鉱物については言えない。
恩返しを申し出る相手へ、オリハルコンと誤解される物を見せれば、恩返しが町の負担へ変わる。
「その時は、お願いします」
真壁はそう答えるに留めた。
採石場秘密基地へ戻った真壁は、収納内で選別した鉱物を改めて確認した。
チタンの処理工程は止まっていない。
タングステン系鉱物も、11月分には足りる。
納品準備としては順調だった。
順調すぎるほど順調である。
真壁は灰重石の塊を作業台へ置いた。
「採れないのではない」
鉱石を見ながら呟く。
「払わせてはならないのが問題ですな」
侯爵家へ隠し続けるつもりはない。
だが、今すぐ鉱床として報告すれば、相手は正当な対価を用意しようとする。
アルベルトなら、領地の資源を無償で渡すことを拒むだろう。
クラウスなら、財政的に重くても領主として曖昧にはしない。
マルグリットも、押入商会へ借りを増やしたままにはしないはずである。
そして全員が、タングステンではなくオリハルコンだと思っている。
話が大きくなる未来しか見えない。
真壁は鉱石を容器へ戻し、蓋を閉じた。
「今回は、崩落土砂の処理です」
川を守った。
山を直した。
危険な土砂を引き取った。
その中から必要な鉱物が出た。
少なくとも11月分については、その説明で通すしかない。
ただし、山そのものが鉱床だと分かった以上、次も同じようにはいかない。
再び山が崩れるのを待つわけにもいかない。
真壁は作業台へ手を置いた。
「価値のない物より、価値を誤解された物の方が扱いに困りますな」
その頃、石場町の町役は、真壁がまた町を救ってくれたと周囲へ話していた。
川上の土砂崩れを見つけ、土砂を片づけ、山まで直した。
それが、町で共有された話だった。
山の中に何があったのかは、誰も知らない。
知れば侯爵家が黄金を積み始める可能性があることも、もちろん知らない。
真壁は収納内の鉱石へ、一般の在庫とは別の印を付けた。
鉱石名は書かなかった。
書けば、見た者が増える。
見た者が増えれば、話す者も増える。
話す者が増えれば、最後には黄金が積まれる。
「まずは11月ですな」
真壁はチタンの処理工程へ戻った。
納品分は揃う。
山は直った。
町も無事だった。
残る問題は一つ。
この国で最も面倒な鉱石を見つけた事実を、誰にも黄金へ変換させずに済ませることだった。