押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第195話 浄化の山

 

 真壁が「ふむ」と言った時、澪は少し嫌な予感がした。

 

 嫌な予感というより、経験則だった。

 

 真壁が何かを思いついた時、たいていそれは便利で、正しくて、効率的で、そして周囲の常識を軽く押し流す。

 

 六畳間の低い机の上には、クララの鑑定結果を書き写した紙が置かれていた。

 

----------------------------------

クララ

旧称:クララ・フォン・ローゼンベルク

現在ジョブ:聖職者 Lv2

状態:王国教会預かり/見習い/家名使用制限

----------------------------------

基礎能力値

体力:32 → 33

筋力:18 → 18

器用:61 → 62

知力:88 → 89

判断:74 → 77

精神:69 → 72

集中:72 → 75

----------------------------------

スキル一覧

礼法:7

読解:6

帳簿読解:4

筆記:5

観察:1 → 2

生活介助:1

祈り:1 → 2

微光:1 → 2

浄化:1

ヒール:芽あり

鑑定:芽あり

----------------------------------

取得スキルポイント:0

----------------------------------

 

 真壁は、その中の一行を指先で軽く叩いた。

 

「浄化」

 

「はい。物置の件で出ましたね」

 

「使えますな」

 

「何にですか」

 

 澪が聞いた瞬間、真壁は別の紙を取り出した。

 

 そこには、簡単な矢印が書かれていた。

 

 魔力だまり。

 ↓

 虫。

 ↓

 菌。

 ↓

 腐敗。

 ↓

 悪臭。

 ↓

 魔物化。

 ↓

 早期清掃。

 

 澪は最後の一行で止まった。

 

「清掃なんですね」

 

「清掃です」

 

「魔力だまりって、もっとこう、危険な魔法現象みたいなものでは」

 

「危険なものほど、早期清掃が有効です」

 

 真壁は淡々と言った。

 

 澪は額に手を当てかけて、やめた。

 

 たぶん、真壁の中ではもう話が進んでいる。

 

「ヴァルト君が以前、魔力だまりについて話していました」

 

 真壁は紙に視線を落としたまま続けた。

 

「魔力は、流れている間はまだよい。厄介なのは、溜まって動かなくなった場所です。そこに獣や虫が長くいれば、魔物化しやすくなる。マールヴェルの森にも、火山地帯にも、そういう場所がある。魔物を狩れば一時的に数は減りますが、溜まりそのものが残れば、また湧く」

 

 それはヴァルトが話していた内容を、真壁が必要な部分だけ切り出したものだった。

 

 澪も覚えている。

 

 ヴァルトは、魔物が多い場所には理由があると言っていた。地形、湿気、古い森、人の手の入らない谷、火山の裂け目。魔力が流れず、溜まってしまう場所。

 

 そこでは、虫も獣もおかしくなる。

 

 ただ、澪の中では、それはまだ遠い場所の話だった。

 

 マールヴェルの森。

 辺境の火山。

 人が近づきにくい危険地帯。

 

 少なくとも、孤児院の物置や、町の裏山とすぐにはつながっていなかった。

 

「まさか、クララさんの浄化で、それをどうにかするつもりですか」

 

「弱いものなら」

 

「弱いものなら、って」

 

「試します」

 

 短い。

 

 澪は、やっぱりそう来たか、と思った。

 

「どこでですか」

 

「ネリス・モルナ君のキノコ山です」

 

 澪の頭の中に、地面に向かって真剣に話しかける少女の姿が浮かんだ。

 

 踏むと嫌がる。

 下のものがいる。

 虫の分です。

 

 ネリス・モルナは、キノコに関してだけ妙に鋭い。茸そのものだけではなく、腐葉土や木の根元や湿り気の具合まで、まるで相手の機嫌を読むように見ている。

 

「ネリスさんのところに、何か出ているんですか」

 

「相談がありました」

 

「聞いてません」

 

「今、言いました」

 

 真壁は平然としていた。

 

 澪は口を開きかけ、閉じた。

 

 それはシスターサリアが使う種類の言い方ではないだろうか、と思ったが、言っても仕方がない。

 

「内容は」

 

「山の一角で茸が黒ずむ。菌床の匂いが悪い。虫が大きく、硬く、荒くなる。腐葉土が苦い。木の根元に嫌な感じが残る。晴れが続くと少し落ち着くが、キノコ山を乾かすと茸が死ぬ」

 

 澪は黙った。

 

 聞けば聞くほど、魔力だまりの説明と重なる。

 

 湿気が必要な場所。

 腐葉土が多い場所。

 虫が多い場所。

 乾燥させれば落ち着くが、乾燥させると本来のものが死ぬ場所。

 

「……確かに、場所としては合っていますね」

 

「はい」

 

「でも、クララさんはまだLv2ですよ」

 

「だから弱い場所です」

 

「強いところには行かないんですね」

 

「行きません」

 

 そこは即答だった。

 

 澪が少しだけ安心したところで、真壁は続けた。

 

「強いところは後です」

 

「後なんですね」

 

「順序は守ります」

 

「守る順序が怖いです」

 

 澪の言葉に、真壁は何も答えなかった。

 

 答えない時は、たいてい、もう実行するつもりだ。

 

 澪は息を吐いて、机の上の紙を見た。

 

 浄化:1。

 

 物置の泣き声を休ませるために生まれた小さな力が、真壁の手にかかると、魔物発生源の掃除へつながる。

 

 押入商会らしいと言えば、あまりにも押入商会らしい。

 

 澪は、真壁が書いた最後の一行をもう一度見た。

 

 早期清掃。

 

「掃除なんですね」

 

「掃除です」

 

「……分かりました。司祭様には」

 

「これから話します」

 

 真壁は紙を折った。

 

「相談ではなく、接続です」

 

「言い方」

 

「教会側の知見が必要です」

 

 澪は立ち上がった。

 

「私も行きます」

 

「当然です」

 

「当然なんですね」

 

「鑑定と収納が必要です」

 

「人間として必要だと言われたかったです」

 

「人間としても必要です」

 

「取ってつけましたね」

 

「はい」

 

 あっさり認めた。

 

 澪はまた額に手を当てた。

 

 この人は、やはり止まらない。

 

 だが、止まらないから、話が進む。

 

 それもまた、もう分かっていた。

 

 

 

 

 教会の小部屋で、司祭様は真壁の話を最後まで聞いた。

 

 机の上には、真壁の紙が広げられている。

 

 魔力だまり。

 ↓

 虫。

 ↓

 菌。

 ↓

 腐敗。

 ↓

 悪臭。

 ↓

 魔物化。

 ↓

 早期清掃。

 

 司祭様は、その最後の一行を見て、少しだけ眉を動かした。

 

「清掃、ですか」

 

「はい」

 

「真壁殿らしい言葉ですな」

 

「分かりやすさを優先しました」

 

 司祭様は否定しなかった。

 

 教会でも、場が重い場所、祈りが通りにくい場所、魔物が寄りやすい場所は知られている。古い井戸、放置された墓地、長く掃除されていない地下室、血の流れた戦場跡。そこに淀みが残ることは、経験として受け継がれていた。

 

 ただ、それを魔力だまりと呼び、虫や菌や腐敗と並べて整理する者は少ない。

 

 まして、早期清掃と書く者は、まずいない。

 

「弱い魔力だまりなら、浄化で削れますか」

 

 真壁が聞いた。

 

 司祭様は頷いた。

 

「弱いものなら、可能です。ただし、強いものは若い者に触れさせるべきではありません」

 

「今回は弱い場所です」

 

「どこですかな」

 

「ネリス・モルナ君のキノコ山です」

 

 司祭様はすぐには返事をしなかった。

 

 その名には覚えがあるらしい。

 

「茸をよく知る娘ですな」

 

「菌床の異常を感じ取っています」

 

「ならば、案内役として適任でしょう」

 

 クララは、司祭様の横で背筋を伸ばして座っていた。

 

 話の半分は分かる。半分は怖い。

 

 魔力だまり。

 魔物化。

 虫が硬くなる。

 腐葉土が苦い。

 

 貴族の屋敷にいた頃なら、そんな場所へ行くなど考えもしなかった。

 

 だが、物置の泣き声を思い出す。

 

 怖いから閉じるのではない。

 何が変わっているかを見る。

 

 シスターサリアに言われた言葉が、胸の奥に残っていた。

 

「私が、魔物と戦うのですか」

 

 クララは聞いた。

 

 声は少し硬かった。

 

 真壁は首を横に振る。

 

「戦いません。対象は魔物ではなく、場です」

 

「場と戦うのですか」

 

「掃除です」

 

「急に身近になりました」

 

 澪が小さく咳をした。

 

 笑いかけたのをごまかした咳だった。

 

 司祭様も、口元だけで笑った。

 

「クララ。あなたは浄化を行います。私が見ます」

 

「はい」

 

「一度で消そうとしなくてよい。押し流すのではなく、流れを戻すつもりで行いなさい」

 

「流れを戻す」

 

「そうです。物置の揺り籠を休ませた時と同じです」

 

 クララは手元を見た。

 

 白く細い指が、膝の上で少しだけ握られている。

 

 自分の力で何かを倒したわけではない。

 

 けれど、泣き続けていたものを、休ませることはできた。

 

「分かりました」

 

 クララは顔を上げた。

 

「行きます」

 

 真壁は頷いた。

 

「では、明朝」

 

 話が決まるまで、ほとんど時間はかからなかった。

 

 澪は少しだけ思った。

 

 司祭様が止め役ではないのが、逆に怖い。

 

 止める人がいないと、真壁は本当に早い。

 

 

 

 

 翌朝、孤児院の玄関には、赤ん坊を抱いたシスターサリアが立っていた。

 

 小さな子どもがサリアの服の裾を掴み、眠そうに目をこすっている。奥の部屋からは、乳児の声も聞こえた。

 

 サリアは今日、同行しない。

 

 幼児と乳児、年少組が孤児院に残るからだ。発熱後の子どもの様子も見なければならない。孤児院の生活を回す者がいなくなれば、話にならない。

 

 クララは出発の支度を整え、サリアの前で頭を下げた。

 

「行ってまいります」

 

「シスタークララ。見るものを間違えないように」

 

「はい」

 

「子どもを見る時と同じです。怖いかどうかではなく、何が変わっているかを見ること」

 

 クララは少しだけ目を伏せた。

 

「昨日から今日、今日から明日、ですね」

 

「そうです」

 

 サリアは赤ん坊の背を軽く叩きながら言った。

 

「無理をする必要はありません。けれど、見ないふりもいけません」

 

「はい」

 

 クララが頷いた時、庭先から元気な声が聞こえた。

 

「準備できた!」

 

 クララが振り向く。

 

 教会の庭先に、年長の子どもたちが数名、籠を持って並んでいた。

 

 手には古い布の手袋。肩には小さな袋。妙にやる気のある顔。

 

 幼児と乳児、年少組はいない。残る子たちは、すでにサリアの後ろから顔だけ覗かせている。

 

「皆さん、なぜ支度をしているのですか」

 

 クララが目を丸くした。

 

 年長の子が胸を張る。

 

「キノコ採りの手伝い」

 

「聞いていません」

 

 赤ん坊を抱いたサリアが、廊下から半歩だけ出た。

 

「今、言いました」

 

 クララは言葉に詰まった。

 

 その言い方は、なぜか反論しづらい。

 

「幼い子と赤ん坊は残します。年少組も残します。年長の子だけ、ネリスさんの山で採取の手伝いです」

 

「ですが」

 

「年長の子にも仕事は必要です。籠を持つ、採ってよいものを覚える、口に入れる前に見せる。全部、生活です」

 

 サリアは淡々と言った。

 

 真壁は年長組を一瞥した。

 

「危険区域には入れません」

 

「当然です」

 

 サリアは即答した。

 

「ネリスさんの指示を聞くこと。澪さんの鑑定を通すこと。知らないものを口に入れないこと」

 

 年長の子どもたちは、一斉に返事をした。

 

「はい!」

 

「返事が軽いです」

 

「はいっ!」

 

 返事だけが大きくなった。

 

 澪は少し笑った。

 

 真壁は笑わず、子どもたちの籠、靴、手袋、人数を確認している。

 

「4名。安全区域のみ。採取と運搬。異常地点には近づけません」

 

「はいっ!」

 

「返事ではなく、距離を守りたまえ」

 

「はいっ!」

 

「まだ軽いです」

 

 サリアが言うと、子どもたちはもう一度、さらに大きな声で返事をした。

 

 返事の重さは、声量では決まらない。

 

 だが、朝の孤児院は少し明るくなった。

 

 司祭様は杖を持ち、クララは小さな布袋と聖印を確かめる。澪は収納の空きを確認し、真壁は紙を折って懐に入れた。

 

 サリアは最後にクララを見る。

 

「戻ったら、全員手を洗わせてください」

 

「はい」

 

「茸は、必ず見せてから」

 

「はい」

 

「シスタークララもです」

 

「私もですか」

 

「当然です」

 

 クララは少しだけ頬を赤くした。

 

 真壁はもう歩き出していた。

 

 止まらない。

 

 クララは慌てて後を追った。

 

 

 

 

 キノコ山は、朝の湿り気を抱えたまま、静かに広がっていた。

 

 木々の間には薄い霧が残り、落ち葉は柔らかく沈む。腐葉土の匂いが鼻に届くたび、澪は現代側の公園や山道とは違う、濃い土の生き物めいた気配を感じた。

 

 ネリス・モルナは、山道の入口で待っていた。

 

 服の裾には土。手には籠。目は一行ではなく、その足元を見ている。

 

「そこ、踏まないでください」

 

 最初の一言がそれだった。

 

 澪は足を止める。

 

「またですか」

 

「そこは寝ています。起こすと嫌がります」

 

 澪は足元を見る。

 

 ただの落ち葉にしか見えない。

 

 けれど、ネリスは真剣だった。

 

 真壁は少しだけしゃがみ、地面を見た。

 

「菌糸の密度が高い」

 

「寝床です」

 

 ネリスが言った。

 

「踏むと、あとで茸が機嫌を悪くします」

 

「機嫌」

 

 クララが小さく繰り返す。

 

 ネリスは当然のように頷いた。

 

「悪くします」

 

 年長の子どもたちは、すでにネリスを尊敬の目で見ている。キノコ山では、ネリスの言葉が法律らしい。

 

 ネリスは子どもたちの前に立ち、短く指示を出した。

 

「赤い斑点のものは触らない」

 

「はい!」

 

「白すぎるものは私に見せる」

 

「はい!」

 

「倒木をひっくり返さない」

 

「はい!」

 

「小さいのは残す」

 

「はい!」

 

「虫が先に食べているものは、虫の分です」

 

「虫の分ってあるの?」

 

 子どもの一人が聞いた。

 

「あります」

 

 ネリスは即答した。

 

「虫、いっぱい食べる?」

 

「食べすぎる虫は、あとで見ます」

 

 真壁が少しだけ視線を向けた。

 

「魔物化の候補です」

 

 澪もそちらを見た。

 

「真壁さん、今の虫の話も拾うんですね」

 

「拾います」

 

「キノコ採りの会話ですよ」

 

「魔力だまりの周辺情報です」

 

「拾いますね」

 

「拾います」

 

 同じ返答だった。

 

 澪は、もう突っ込むのを諦めた。

 

 真壁は山に遊びに来ていない。

 

 ただ、子どもたちは完全にキノコ採りの顔をしていた。

 

 ネリスは安全な斜面を指で示した。そこは日が少し入り、湿り気はあるが空気が軽い。木の根元には茶色や灰色の茸が顔を出し、落ち葉の間に小さな傘が並んでいる。

 

「ここから向こうの倒木まで。黒い斜面には行かない。採ったものは籠に入れて、澪さんか私に見せる」

 

「はい!」

 

「食べない」

 

「食べない!」

 

「匂いだけなら」

 

「嗅ぎすぎない」

 

「はい!」

 

 年長組は元気よく返事をして、斜面へ散っていった。

 

 澪は少し心配になって見送ったが、真壁があっさり言った。

 

「範囲を切りました」

 

「いつの間に」

 

「今です」

 

 澪が地面を見ると、目立たない位置に小石が並んでいた。収納で配置したらしい。

 

 そこから先へ行けば、真壁には分かるのだろう。

 

「相変わらず早いですね」

 

「必要です」

 

 ネリスは黒い斜面の方を見た。

 

「こっちです」

 

 声が少し低くなる。

 

 子どもたちの採取区域から離れ、真壁、澪、司祭様、クララ、ネリスだけが奥へ進んだ。

 

 

 

 

 被害地点は、同じ山の中にあるのに、空気が違っていた。

 

 湿った斜面。

 

 黒ずんだ茸の傘。

 

 腐葉土の匂いが酸っぱく濁り、鼻の奥に重く残る。

 

 木の根元には黒い斑点があり、白いはずの菌糸の筋が、灰色に濁って見えた。大きめの甲虫が倒木の陰を這う。殻が妙に硬そうで、足の動きも荒い。

 

 澪は思わず一歩下がった。

 

 危険というほどではない。

 

 けれど、嫌な感じがある。

 

 部屋の隅に、古い湿気と汚れが溜まっている時のような、見ないふりをしたくなる気配だった。

 

「ここだけ、茸が嫌がります」

 

 ネリスが言った。

 

 クララは斜面を見る。

 

「茸が、嫌がるのですか」

 

「はい。寝床が苦いです」

 

「寝床が」

 

 クララは困ったように澪を見た。

 

 澪は説明しようとして、少し考えた。

 

「菌床、ですね」

 

 ネリスがこちらを向く。

 

「そのキンショウという言い方、まだ慣れません」

 

「すみません」

 

「寝床です」

 

「寝床ですね」

 

 澪は素直に言い直した。

 

 真壁は地面を見ている。

 

 司祭様は斜面の前で杖を立て、目を閉じた。

 

 しばらく、誰も喋らなかった。

 

 風はある。

 

 木の葉も揺れている。

 

 それなのに、斜面の空気だけが、動いていないように感じた。

 

 司祭様が目を開ける。

 

「ここが魔力だまりです」

 

 クララの喉が小さく鳴った。

 

 見た目は、ただの湿った斜面。

 

 だが近づくと、胸の奥が少し重い。

 

 クララは物置の揺り籠を思い出した。あの時の寒さとは違う。こちらは、湿って、重く、濁っている。

 

 真壁が鑑定する。

 

----------------------------------

魔力だまり

 濃度:低〜中

 流動:停滞

 周辺影響:虫の魔物化促進/菌床劣化/腐敗傾向増加

 危険度:低〜中

 浄化反応:あり

 注意:長時間接触非推奨

----------------------------------

 

「反応あり。弱められます」

 

 真壁は短く言った。

 

 クララは聖印を握りしめる。

 

 司祭様が横に立つ。

 

「クララ。浄化してみなさい。一度で消そうとしてはいけません」

 

「はい」

 

「押すのではなく、流れを戻すのです」

 

 クララは深く息を吸った。

 

 腐葉土の匂いが胸に入ってきて、少しむせそうになる。

 

 けれど、目をそらさなかった。

 

 物置の闇も怖かった。

 

 泣き声も怖かった。

 

 でも、怖いから閉じるのではない。

 

 何が変わっているかを見る。

 

 昨日から今日。今日から明日。

 

 クララは聖印を胸の前に掲げた。

 

「清き水の道を、ここに」

 

 指先に、薄い光が生まれる。

 

「淀みを流し、眠るものを乱さぬように」

 

 黒ずんだ茸の周りの空気が、ほんの少し揺れた。

 

「浄化」

 

 光が斜面へ落ちる。

 

 派手な変化はなかった。

 

 土が割れることも、光の柱が立つこともない。

 

 ただ、止まっていた水面に小石を落としたように、重い気配の表面がゆっくり揺れた。

 

 真壁がすぐに鑑定する。

 

----------------------------------

魔力だまり

 濃度:低〜中 → 低寄り

 流動:停滞 → 微動

 周辺影響:低下傾向

----------------------------------

 

「効いています」

 

 真壁が言った。

 

 クララは驚いて、自分の手を見た。

 

「本当に」

 

「続けなさい。息を止めない」

 

 司祭様の声が入る。

 

 クララは頷き、もう一度息を整えた。

 

「清き水の道を、ここに」

 

 2度目の浄化。

 

 光は少しだけ安定していた。

 

 斜面の灰色の菌糸が、ほんのわずか白さを取り戻す。

 

 甲虫の動きが鈍くなった。荒く動いていた足が、まるで何かを探すように迷う。

 

 ネリスが地面に手を近づけた。

 

「少し、軽いです」

 

 クララの表情がわずかに緩む。

 

「続けます」

 

「短く、正確に」

 

 真壁が言う。

 

 クララは3度目の浄化を行った。

 

 指先の微光が揺れる。聖印を握る手が汗ばむ。膝が重くなり、呼吸が浅くなる。

 

 魔力だまりは少しずつ薄くなっている。

 

 だが、消えない。

 

 クララはもう一度、詠唱しようとした。

 

「一度休憩です」

 

 真壁が止めた。

 

「まだ、残っています」

 

「残っているから休みます」

 

 クララは言葉に詰まった。

 

 その言い方は冷たいようで、妙に正しい。

 

 司祭様も頷く。

 

「焦れば、祈りが乱れます」

 

 クララは小さく頷き、斜面から少し離れた石に腰を下ろした。

 

 手が震えている。

 

 怖さだけではない。力を使った疲れが、腕と足に溜まっていた。

 

 真壁は収納から小瓶を出した。

 

 中には、濃い赤茶色の液体が入っている。

 

「これを飲みたまえ」

 

 クララは瓶を見た。

 

「……これは?」

 

「竜血疲労耐久強化薬です」

 

 クララの手が止まった。

 

 名前が強い。

 

 強すぎる。

 

「疲れにくくなる薬ですか」

 

「その理解でよろしい」

 

 クララは司祭様を見た。

 

 司祭様は瓶を見て、真壁を見て、少しだけ考えた。

 

「飲みなさい」

 

「はい」

 

 クララは瓶を受け取り、口をつけた。

 

 次の瞬間、眉が寄った。

 

「……苦い、です」

 

 澪が真壁を見る。

 

「真壁さん」

 

「効きます」

 

「それで押し切るんですね」

 

「効きます」

 

 同じ返答だった。

 

 クララは両手で瓶を持ち、なんとか飲み下した。水を渡され、ゆっくり息をする。

 

 疲れが消えるわけではない。

 

 だが、重かった膝の奥に、もう一度立てるだけの芯が戻ってくる。指先の震えも少し治まった。

 

 クララは目を開けた。

 

「続けます」

 

「短く、正確に」

 

 真壁は斜面を見る。

 

 ネリスも地面を見た。

 

「そこ、まだ苦いです」

 

 クララは立ち上がる。

 

「この根元ですか」

 

「少し右です。そっちはもう軽いです」

 

「右」

 

 クララはネリスの指示に従って、向きを少し変えた。

 

 司祭様は黙って見ている。

 

 澪は収納で足元の腐った枝をどかし、滑りそうな石を脇へ寄せる。ぬかるみに板を置くように、収納から平たい木片を出して足場を作った。

 

 大きめの甲虫が1匹、こちらへ向かってきた。

 

 真壁が手を動かす。

 

 甲虫はふっと消え、次の瞬間、離れた倒木の向こうへ落とされた。

 

「殺さないんですか」

 

 澪が聞く。

 

「まだ虫です」

 

「判断が細かい」

 

「魔物化したら処理します」

 

「虫にも猶予があるんですね」

 

「状態によります」

 

 ネリスが真面目に頷いた。

 

「食べすぎる虫は見ます」

 

「ネリスさんの判断も細かいですね」

 

 澪は小さく笑った。

 

 クララは息を整え、再び聖印を掲げた。

 

「清き水の道を、ここに」

 

 光が落ちる。

 

 今度は、斜面の奥の方が揺れた。

 

「淀みを流し、眠るものを乱さぬように」

 

 黒ずんだ茸の傘に、少しだけ本来の色が戻る。

 

「浄化」

 

 空気が動いた。

 

 風が通った、というより、ずっと止まっていたものが細く流れ始めたようだった。

 

 真壁の鑑定表示が変わる。

 

----------------------------------

魔力だまり

 濃度:微弱

 流動:回復傾向

 周辺影響:低下

 虫の魔物化促進:解除傾向

 菌床劣化:停止傾向

 浄化反応:完了

----------------------------------

 

 司祭様が目を細めた。

 

「消えたようじゃな」

 

 ネリスが腐葉土に手を触れる。

 

 しばらく黙っていた。

 

 それから、小さく頷く。

 

「苦くないです」

 

 クララはその言葉を聞いて、ようやく肩の力を抜いた。

 

 澪も斜面を見る。

 

 何かが劇的に変わったわけではない。けれど、さっきまであった嫌な重さが薄れている。腐葉土の匂いも、酸っぱく濁ったものから、濡れた土の匂いへ戻っていた。

 

「菌床の状態が戻った、ということですか」

 

 澪が聞く。

 

 ネリスは目を閉じるようにして、斜面の空気を吸った。

 

「茸が、息をしています」

 

「茸が、息を」

 

 クララが繰り返す。

 

「はい。さっきより、寝床が静かです」

 

 クララは、自分の手を見た。

 

 物置の揺り籠も、この斜面も、怖いものを消す場所ではなかった。

 

 泣き続けていたもの。

 淀んでいたもの。

 そのままでは悪くなるもの。

 

 それを、休ませる。

 

 浄化という言葉が、少しだけ前より重くなった。

 

 その横で、真壁はもう別の作業に入っていた。

 

 クララを鑑定している。

 

「聖職者 Lv4です」

 

 クララは目を瞬いた。

 

「Lv4……」

 

「浄化は3。ヒールと鑑定も1になっています」

 

 澪が横から表示を覗き込んだ。

 

「真壁さん、今、何か……」

 

「何も」

 

 真壁は短く答えた。

 

 澪は表示を見る。

 

----------------------------------

クララ

旧称:クララ・フォン・ローゼンベルク

現在ジョブ:聖職者 Lv4

状態:王国教会預かり/見習い/家名使用制限/浄化訓練中

----------------------------------

基礎能力値

体力:33 → 35

筋力:18 → 18

器用:62 → 64

知力:89 → 91

判断:77 → 82

精神:72 → 78

集中:75 → 81

----------------------------------

スキル一覧

礼法:7

読解:6

帳簿読解:4

筆記:5

観察:2 → 3

生活介助:1

祈り:2 → 3

微光:2 → 3

浄化:1 → 3

ヒール:芽あり → 1

鑑定:芽あり → 1

----------------------------------

取得スキルポイント:0

----------------------------------

 

 取得スキルポイントは、0になっていた。

 

 澪は真壁を見た。

 

 真壁は斜面を見ていた。

 

 何も、と言った顔ではない。

 

 何も説明しない、という顔だった。

 

 クララは表示を見て、少し震える息を吐いた。

 

「私に、ヒールと鑑定が」

 

「使う場面は来ます」

 

 真壁が言った。

 

 司祭様も頷く。

 

「浄化は、よく通りました」

 

「ですが、急に」

 

「急ではありません」

 

 司祭様は静かに言った。

 

「物置で泣き声を聞き、子どもを見て、場を見て、今日ここで淀みを流しました。積み重なっています」

 

 クララはその言葉を聞いて、ゆっくり頷いた。

 

「はい」

 

 真壁は魔力だまりの消えた斜面をもう一度見た。

 

「積極的に魔力だまりを探して浄化することで、若い聖職者の力が伸びそうですな」

 

 司祭様は、クララの表示と斜面を見比べた。

 

 これは単なる訓練ではない。

 

 魔物化の原因を減らし、土地を守り、同時に若い聖職者を育てる方法になる。

 

「そのようです」

 

 司祭様は少し間を置いた。

 

「この件は報告し、魔力だまりの掃除を国中で進めるようにしましょう」

 

 澪は思わず顔を上げた。

 

「国中」

 

「はい」

 

 司祭様は当たり前のように言った。

 

「狩る者と、清める者。両方が必要になります」

 

 真壁が頷く。

 

「魔物を狩るだけでは、発生源が残ります」

 

「ええ。土地を清める。人を守る。若い聖職者を育てる。教会の仕事としても、分かりやすい」

 

 澪は、斜面と司祭様と真壁を順番に見た。

 

「掃除、なんですね」

 

「掃除です」

 

 真壁が答える。

 

「魔力だまりの掃除……」

 

「放置すれば、虫も菌も獣も悪くなる。早いうちに掃除する方が安く済みます」

 

「費用の話になりました」

 

「大抵の問題は費用の話です」

 

 司祭様が少しだけ笑った。

 

「教会では、徳の話として報告しましょう」

 

「結果が同じなら、表現はお任せします」

 

「真壁殿らしい」

 

 澪は、もう突っ込むところが多すぎて、ひとつに絞れなかった。

 

 国中の魔力だまりを掃除する。

 

 若い聖職者が育つ。

 

 魔物の発生源が減る。

 

 町の衛生も良くなるかもしれない。

 

 理屈としては、正しい。

 

 ただ、言葉が強い。

 

 魔力だまり掃除。

 

 祈りと聖印と浄化の結果が、掃除に着地した。

 

 クララはまだ少し戸惑っている。

 

 しかし、不思議と嫌ではなかった。

 

 怖いものを倒すためではない。

 悪いものを責めるためでもない。

 

 淀んだ場所を、流れに戻す。

 

 それなら、自分にも少し分かる気がした。

 

 その時、真壁の鑑定表示に小さな変化が出た。

 

----------------------------------

真壁

追加スキル:浄化:1

----------------------------------

 

 澪は表示を見た。

 

 見間違いではない。

 

「真壁さん」

 

「はい」

 

「浄化、取ってます」

 

「確認しました」

 

「なんでですか」

 

「見ていましたので」

 

「見ていたら取れるものなんですか」

 

「取れました」

 

 澪は黙った。

 

 司祭様も少しだけ目を瞬いた。

 

 クララは、どう反応していいか分からず、聖印を握ったまま固まっている。

 

 ネリスだけは、斜面を見ていた。

 

「真壁さんも、寝床が分かるようになりますか」

 

「菌床の判断は君の方が上です」

 

「そうですか」

 

 ネリスは少し安心したように頷いた。

 

 そこは譲れないらしい。

 

 

 

 

 安全区域へ戻ると、年長の子どもたちはすでに籠を半分ほど満たしていた。

 

 採っていい茸。

 干す茸。

 香りが強い茸。

 小さいので残す茸。

 虫の分として残す茸。

 

 ネリスがひとつひとつ見て、澪が鑑定する。

 

「これは食べられます。加熱推奨」

 

「これは干します」

 

「これは?」

 

「白すぎます。私に見せるものです」

 

「見せた!」

 

「えらいです」

 

 子どもは胸を張った。

 

 別の子が、傘の開いた茸を持ってくる。

 

「これ、虫が食べてた」

 

「虫の分です」

 

「じゃあ残す」

 

「えらいです」

 

 ネリスの褒め方は平坦だったが、子どもたちはなぜか嬉しそうだった。

 

 澪は鑑定を続ける。

 

----------------------------------

香り茸

 食用:可

 加熱:推奨

 香気:強

 保存:乾燥向き

 注意:少量使用推奨

----------------------------------

 

 真壁が少しだけ反応した。

 

 ほんの少し、視線が止まっただけだった。

 

 しかし、澪は見逃さなかった。

 

「真壁さん、今反応しましたね」

 

「食材として有用です」

 

「松茸っぽいと思いましたよね」

 

「近似する香気があります」

 

「思いましたね」

 

「近似する香気があります」

 

「言い直しても同じです」

 

 真壁は香り茸を見ていた。

 

 澪はその横顔を見て、少し笑った。

 

 ネリスは真剣に言う。

 

「入れすぎると、山が怒ります」

 

「山が怒るんですか」

 

「香りが強すぎます」

 

「それは料理が怒る方ですね」

 

「鍋も怒りますか」

 

「鍋はたぶん怒りません。でも食べる人は困ります」

 

 ネリスは少し考えた。

 

「では、少しだけです」

 

「はい。少しだけでお願いします」

 

 年長の子どもたちは、自分の採った茸をめぐって騒いでいる。

 

「これ、私が採った!」

 

「それはネリスさんが置いていいって言った場所のやつ!」

 

「でも取ったのは私!」

 

「虫の分って言われたやつ、ちゃんと残してあるよ!」

 

「えらい」

 

 ネリスがまた平坦に褒める。

 

 子どもは得意げだった。

 

 クララはその様子を見ながら、少しだけ座り込んでいた。

 

 疲れている。

 

 竜血疲労耐久強化薬で動けるようにはなったが、疲労そのものが消えたわけではない。むしろ、緊張が解けたことで、体が一気に重くなっていた。

 

 司祭様が横に立つ。

 

「よくやりました」

 

「はい」

 

「今日は、もう無理をしないこと」

 

「はい」

 

 クララは素直に頷いた。

 

 真壁が横から言う。

 

「次は短時間で済みます」

 

 澪がすぐ見る。

 

「次がある前提なんですね」

 

 真壁は答えなかった。

 

 返事がない。

 

 つまり、ある。

 

 澪はため息をついた。

 

 

 

 

 孤児院へ戻ると、シスターサリアが玄関で待っていた。

 

 赤ん坊は腕の中で眠っている。年少の子どもたちは、その後ろから覗き込んでいた。

 

 年長組が籠を掲げる。

 

「採れた!」

 

「見せる前に」

 

 サリアの声が飛ぶ。

 

「手を洗いなさい」

 

 年長組は一瞬、不満そうな顔をした。

 

「先にキノコ」

 

「手を洗ってからです」

 

「ちょっとだけ」

 

「手を洗ってからです」

 

 同じ声だった。

 

 子どもたちは諦めて、井戸の方へ向かう。

 

 サリアはクララを見る。

 

「シスタークララも、手を洗って、座りなさい」

 

「はい」

 

「顔色が少し白いです」

 

「少し疲れました」

 

「少し、ではありません」

 

 クララは何も言えなかった。

 

 サリアはクララの顔色を見て、赤ん坊の背を軽く叩いた。

 

「今日は、早めに休みなさい」

 

「はい」

 

 採った茸はネリスと澪が確認し、食べられるものだけが台所へ回された。

 

 干すものは別の籠へ。香りの強いものは、本当に少しだけ。

 

 その晩、孤児院の食卓には、キノコスープが出た。

 

 クララは温かい椀を両手で持ち、湯気の向こうで少しだけ目を細めた。

 

 食べ終わる頃、真壁はもう紙へ何かを書いていた。

 

 澪は嫌な予感がして、その紙を覗いた。

 

 厠。

 排水溝。

 ゴミ捨て場。

 家畜小屋。

 共同井戸周辺。

 若年聖職者。

 1日1回。

 記録。

 

「真壁さん」

 

「はい」

 

「もう制度化の紙を書いてますね」

 

「下書きです」

 

「早いです」

 

「早い方がよい」

 

 司祭様が紙を受け取って読んだ。

 

「分かりやすいですな」

 

「司祭様も乗るんですね」

 

 澪が言うと、司祭様は穏やかに頷いた。

 

「町の厠やゴミ捨て場に小さな淀みが生まれるなら、それを清めるのは教会の仕事です」

 

「神聖な話が、かなり生活に近づいています」

 

「神は場所を選びません」

 

 澪は返事に困った。

 

 正しい。

 

 たぶん正しい。

 

 ただ、見習い聖職者が朝から厠へ向かう未来が、あまりにも鮮明に見えた。

 

 

 

 

 後日、この件は司祭様から教会へ報告された。

 

 魔力だまりは、森や火山だけにあるものではない。

 

 水が淀む場所。

 ゴミが積まれる場所。

 人が嫌がって近づかない場所。

 古い厠。

 町外れの捨て場。

 雨のあとに匂いの残る溝。

 

 そうした場所にも、小さな淀みは生まれる。

 

 強い魔力だまりなら、経験ある聖職者や騎士の同行が必要になる。

 

 だが、弱い淀みなら、若い聖職者の浄化訓練になる。

 

 報告を受けた教会は、各地へ通達を出した。

 

 若い聖職者は、1日1回、生活の中にある小さな淀みを浄化すること。

 

 対象は、厠、排水溝、ゴミ捨て場、家畜小屋の隅、共同井戸の周辺など。

 

 浄化前後の臭気、虫の数、ぬめり、魔物化の兆候を記録すること。

 

 強い反応があれば、上位聖職者へ報告すること。

 

 それからしばらくして、王国各地で、若い聖職者が朝の祈りのあとに厠へ向かう姿が見られるようになった。

 

「なぜ、聖職者になって最初の仕事が厠なのですか」

 

「土地を清め、人を守る仕事です」

 

「言葉は立派ですが、場所が厠です」

 

「神は場所を選びません」

 

 年配司祭の横で、見習い聖職者たちは鼻を押さえながら浄化を唱えた。

 

 結果は、すぐに出た。

 

 町のゴミ捨て場から虫型の魔物が減った。

 

 共同厠の悪臭が軽くなった。

 

 井戸端のぬめりが減り、夏場の腹痛も少し減った。

 

 家畜小屋の隅に湧いていた小さな魔虫も、早めに見つかるようになった。

 

 教会の記録には、こう残された。

 

 魔力だまり掃除。

 若年聖職者向け日課として有効。

 民生改善効果あり。

 臭気改善効果、高し。

 

 その報告を聞いた真壁は、短く頷いた。

 

「よろしい」

 

 澪は、その横顔を見ていた。

 

 町が少し綺麗になり、虫の魔物が減り、若い聖職者が育つ。

 

 理屈としては、完全に正しい。

 

 正しいのだが、澪は真壁の顔を見て、もう一つ気づいた。

 

「真壁さん」

 

「はい」

 

「浄化、酒造りにも使うつもりですね」

 

 真壁は答えなかった。

 

 答えなかった時点で、答えだった。

 

「水、樽、麹室、貯蔵庫。雑菌を抑えて、発酵を安定させるつもりですね」

 

「菌を殺し尽くしてはいけません」

 

「そこまで考えてるじゃないですか」

 

「発酵は管理です」

 

「やっぱり酒造りじゃないですか」

 

 真壁は、静かに湯飲みを置いた。

 

「清い酒は、よい酒です」

 

 澪は額に手を当てた。

 

 国中の厠とゴミ捨て場が清められ、魔物の発生源が減り、若い聖職者が育つ。

 

 その一方で、真壁の頭の中では、旧坑道保管蔵の樽と麹室と芋焼酎の未来が、静かに磨かれていた。

 

 今日の収穫は、茸だけではなかった。

 

 浄化も、また、真壁の手に渡ってしまった。

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