押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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この小説最新話見てる人ほんとに少ないのでビックリするかもしれませんがショナイでシクヨロです。


第217話 十八体の補給線

 

 転移の光が収まると、王都侯爵邸の転移室へ、石畳を走る馬車の音が戻ってきた。

 

 採石場秘密基地に漂っていた石粉の匂いは消え、磨かれた木と蝋の匂いが鼻へ届く。壁際に控えていたグレゴールが一礼し、真壁とヴァルトの外套へ目を走らせた。

 

「お戻りをお待ちしておりました」

 

「西域からの続報は」

 

 真壁は転移陣から降りながら尋ねた。

 

「正式な早馬は、まだ到着しておりません。ただ、東へ戻る隊商が増えております。西へ向かう商人は、昨日から目に見えて減ったと」

 

 窓の外で朝の鐘が鳴った。

 

 門番の号令に、荷車の車輪音が重なる。王都はいつも通り動き始めている。だが、その流れの中から、西へ向かう荷だけが抜け落ちつつあった。

 

「商業ギルドへ向かいます。馬車を回し給え」

 

「ご休憩は」

 

「休息は補給確保の後でよい」

 

 グレゴールはそれ以上勧めず、廊下に控えていた使用人へ手を上げた。

 

 人が動き始める横で、ヴァルトは真壁の袖口へ目を留めた。

 

 白い粉は付いていない。指にも、石材を扱った跡は見当たらなかった。

 

「真壁さん」

 

「何でしょう」

 

「像の方は、どこまで進みましたか」

 

「品は揃っています」

 

 ヴァルトは真壁の手から顔へ視線を上げた。

 

「全てですか」

 

「鷹、竜、虎、狼、獅子、鹿。各々、大、中、小まで」

 

「18体を、もう?」

 

「型はすでにある。工程を圧縮しただけです」

 

 真壁は廊下へ向かいながら答えた。

 

 採石場で方解石を収納してから、それほど時間は経っていない。ヴァルトが転移に備えて外套の留め具を確かめている間にも、真壁は収納内で石を溶かし、以前作った型へ流し込んでいたらしい。

 

「欠けや歪みはありませんか」

 

「2体は固定をやり直しました」

 

「やはり失敗もあったのですね」

 

「不良品を戦列へ加える理由はありません」

 

 失敗があったと聞いて、ヴァルトはわずかに肩の力を抜いた。

 

 真壁にも失敗はある。ただし、周囲が気づく頃には、原因の切り分けも再加工も終わっている。

 

 真壁が足を止めた。

 

「ヴァルト君」

 

「はい」

 

「提示順を変更します。初動は中型1体でよい」

 

「18体を一度に出さないのですか」

 

「応接用の机では、全18体の展開に耐えますまい」

 

 ヴァルトは返事を忘れた。

 

 像の価値より先に、机の耐荷重を考えている。

 

「全容を見たければ、先方に相応の陣地を用意していただく」

 

 真壁は再び歩き出した。

 

 玄関前には、すでに侯爵家の馬車が回されていた。

 

 ヴァルトが乗り込むと、真壁は向かいの席へ腰を下ろす。御者が鞭を振るい、車輪が石畳を叩き始めた。

 

 窓の外を王都の店先が流れていく。

 

 魚を並べる桶。焼きたてのパンを運ぶ籠。庇の下に吊られた乾燥肉。昨日までなら朝市の風景にしか見えなかった品が、今日は西へ投入できるかどうかで目に入った。

 

「王都の食糧を買い集めれば、今度はこちらで不足しますね」

 

「そのための商業ギルドです」

 

 真壁は窓の外へ目を向けたまま答えた。

 

「店頭在庫には触れません。動かすのは倉庫です」

 

 

 

 

 

 王都商業ギルドの受付には、帳面を抱えた商人と荷札を持った職員が列を作っていた。

 

 扉が開くたび、冷えた外気と馬の汗の匂いが入り込む。奥の荷捌き場から木箱を下ろす音が響き、乾物と香辛料の匂いへ混ざっていた。

 

 真壁は列へ割り込まず、受付が空くまで待った。

 

「押入商会の真壁です。ギルド長へ取次ぎ願いたい」

 

 若い職員は、窓の外に止まる侯爵家の馬車を確かめた。

 

「ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」

 

「希少品の現物取引です。代価は、本日中に引き渡せる保存食で願います」

 

 職員の筆先が紙の上で止まった。

 

「保存食、でございますか」

 

「その通りです」

 

 職員が奥へ向かおうとした時、通路の向こうから笑い声が近づいてきた。

 

「その客なら、わしが出よう」

 

 白髪の老人が杖を片手に現れた。

 

 丸みのある体格に、派手さを抑えた上質な上着。足取りはゆっくりしているが、周囲の職員が声をかけられる前から道を空けていく。

 

「王都商業ギルド長、グスタフ・ハーゲンじゃ」

 

「真壁です。こちらはヴァルト君」

 

「噂は聞いとるよ。リュシアが組んだ相手だそうじゃな」

 

 真壁がグスタフへ目を向けた。

 

「リュシア殿をご存じでしたか」

 

「古い付き合いじゃ。利益は取りに来るが、町の棚まで空にする娘ではない」

 

 グスタフは笑いながら、2人の旅装から窓の外の馬車へ目を移した。

 

「西へ向かう隊商が減り、戻る者ばかり増えておる。保存食を欲しがるとなれば、事情はおおよそ分かる」

 

「窮状を値引きの材料にするつもりはありません」

 

「ほう」

 

「相応の品を投入します」

 

 グスタフは杖の先を奥へ向けた。

 

「見せてもらおうか」

 

 案内された応接室では、職員が机へ厚布を敷いた。

 

 真壁が収納から中型の狼像を取り出す。

 

 窓から差し込む光が胴を通り抜け、乳白色の筋が肩から後脚へ流れた。狼の輪郭は鋭いが、石の内側に残る白い揺らぎが、毛並みのように見える。

 

 グスタフは像へ触れず、椅子を横へずらして側面へ回った。

 

「これが、侯爵家の知己へ渡ったという方解石の獣か」

 

「その一群の1体です」

 

「ほかにもあるのかね」

 

「全種類、全サイズを揃えてあります」

 

 グスタフは狼像の台座をもう一度眺めた。

 

「全部で」

 

「18体です」

 

「ここへ並べられるか」

 

「この机では展開に耐えません」

 

 グスタフの視線が机へ落ちた。

 

 数拍置いて、老人の笑い声が室内へ広がる。

 

「ほっほっほ。危うく商談の前に備品を失うところじゃった」

 

 職員が口元を押さえた。

 

 グスタフはすぐに通路へ向き直る。

 

「重量物用の確認室を開けよ」

 

 補強された低い展示台へ、真壁が像を並べていった。

 

 鷹、竜、虎、狼、獅子、鹿。

 

 各種類の奥へ大、中央へ中、手前へ小が置かれる。

 

 大型像は広間の遠目でも姿勢が崩れず、中型は書斎や客間の棚へ置ける大きさに収まり、小型は手元で眺めた時に細部が映えた。

 

 最後の鹿が置かれると、グスタフは展示台の端から端まで歩いた。

 

「これまで聞いた話では、どれも1種類ずつじゃった」

 

「聞き及んでいます」

 

「同じ獣の別の大きさはないのか、ほかの種類は誰が持っておるのかと、収集家の使いが何度も尋ねてきた」

 

 グスタフの杖が石床を1度鳴らした。

 

「オークション室を使え」

 

 職員が顔を上げる。

 

「本日ですか」

 

「本日じゃ。王都にいる収集家とその代理人、それから食糧倉庫を持つ商会へ知らせよ」

 

 グスタフは18体へ目を戻した。

 

「これは1人の商人と向かい合って決める値ではない」

 

 

 

 

 

 オークション室へ入ってきた者たちは、椅子へ向かわず、展示台の前で足を止めた。

 

「狼は見たことがある」

 

「この竜だ。伯爵家の客間に置かれていた」

 

「鷹まであったのか」

 

 天窓から落ちる光が、方解石の内部へ差し込んでいる。石の中を走る白い筋は、像ごとに違う模様を作っていた。

 

 ある代理人は大型の獅子へ近づき、台座の幅を測るように指を動かした。別の商人は小型の竜と狼を見比べてから、従者を呼び寄せる。

 

「主人へ知らせろ。全部だ。獅子だけではない」

 

 従者が部屋を出る。

 

 その背中を見た別の代理人も、自分の連れを手招きした。

 

 ヴァルトは像ではなく、出口へ急ぐ使者たちを目で追った。

 

 グスタフが展示台の横へ進む。

 

「条件は出品者から説明してもらおう」

 

 真壁は18体を背にして立った。

 

「侯爵家がこれまで譲った品は、いずれも1種類ずつと聞いています」

 

 室内の何人かが頷いた。

 

「本日は鷹、竜、虎、狼、獅子、鹿。各々、大、中、小。全18体です」

 

 前列の男が、大型の獅子から目を離さずに口を開いた。

 

「獅子の3体だけを譲っていただく相談は」

 

「一揃いを崩すのでは品がない。分売はしません」

 

 男が真壁を見る。

 

「全てを1人へ?」

 

「全18体を1つの品として評価していただく」

 

 前列の男は口を閉じ、隣に座る食糧商へ体を寄せた。

 

 真壁が続ける。

 

「代価は金貨ではありません。本日中に王都で引き渡せる保存食で願います」

 

 部屋のあちこちで、椅子が軋んだ。

 

「金貨では受け取られないのですか」

 

「今回は受け取りません」

 

「落札後に食糧を購入し、後日納める形では」

 

「後日では初動に間に合わない」

 

 真壁は言葉を切り、相手の返答を待たずに続けた。

 

「決済手段が変わるだけです。品の価値まで下がる理由はありますまい」

 

 グスタフが喉の奥で笑った。

 

「金はあるが、食糧倉庫はないという顔が多いのう」

 

 貴族家の代理人が眉を寄せる。

 

「収集家本人が倉庫を持たぬなら、食糧商会と組めばよい」

 

 グスタフは壁際の職員へ目を向けた。

 

「共同での入札を認める。ただし、王都の店先から品を消すような真似は許さん。倉庫の余剰と長期備蓄、今日動かせる荷に限る」

 

「評価するのは量だけではありません」

 

 真壁は展示台の横に置かれた入札書へ指を置いた。

 

「品目、保存期間、荷姿。現地投入までの手間も条件に含めていただく」

 

「荷姿まで、ですか」

 

「大樽を1つ渡して、補給完了とは申せません」

 

 後ろの席にいた食糧商が、隣の代理人へ声を落とした。

 

「硬パンと乾燥肉なら南倉庫にある」

 

「量は」

 

「単独では足りん。塩を扱う商会と組む必要がある」

 

 別の席では、主人が方解石像を持つという代理人が立ち上がっていた。

 

「西門の倉庫へ使いを。豆と麦の数を確かめさせろ」

 

 使者が次々と部屋を出ていく。

 

 ヴァルトは、展示台の上で光を受ける18体から、壁際に集まり始めた食糧商へ視線を移した。

 

 真壁が動かしたのは金貨ではなかった。

 

 王都の倉庫が、開き始めていた。

 

 

 

 

 

 最初の条件は、大量の麦と豆だった。

 

 職員が内容を読み上げると、参加者の間から感嘆の声が漏れた。

 

 真壁は入札書を受け取り、数行目で指を止める。

 

「即食分がありませんな」

 

「量は最大ですが」

 

 入札した商人が身を乗り出した。

 

「火と鍋を失った者には、麦も豆も食事にはならない。硬パンか乾燥肉を加え給え」

 

 商人は書面を引き戻し、後ろに控える者へ手を振った。

 

 次の条件には硬パンと塩が加わったが、保存期間の短い品が多かった。

 

 別の商会は燻製肉と豆を揃えたものの、荷の大半が大型の樽へ詰められている。

 

「保存状態は申し分ない」

 

 真壁は見本の樽へ目を向けた。

 

「配布単位はこちらで再編します。食糧の質と量を優先し給え」

 

「こちらで、とは」

 

「受領後、こちらの工程へ組み込みます」

 

 真壁はそれだけ答え、次の入札書へ手を伸ばした。

 

 グスタフは真壁の横顔を見たが、何をするつもりかは尋ねなかった。

 

 条件が読み上げられるたび、壁際の小卓へ人が集まる。

 

 貴族家の代理人が食糧商の袖を引き、倉庫の在庫を尋ねた。食糧商は指を折りながら荷車の数を見積もり、さらに別の商会を呼び寄せる。

 

「この店の硬パンを押さえれば届く」

 

 1人の商人が、職員へ店名を書いた紙を差し出した。

 

 グスタフは紙へ目を落とし、その場で返した。

 

「店頭在庫じゃ。認めん」

 

「しかし、本日中に揃えるには」

 

「王都の住民が明日食べる分まで動員する必要はない。別の倉庫を探し給え」

 

 商人は反論せず、仲間の待つ小卓へ戻った。

 

 時間が進むにつれ、ギルドの荷捌き場から車輪の音が聞こえ始めた。入札の見本として、硬パン、乾燥肉、豆、塩が運び込まれている。

 

 鑑定担当が袋へ手を置き、首を横へ振った。

 

「この豆は湿気を含んでおります」

 

 グスタフが杖の先で袋を示した。

 

「除外し給え」

 

 乾燥肉の見本も1箱が外された。代わりの品を取りに、商会の者が走っていく。

 

 ヴァルトは新しい入札書を真壁の横から覗いた。

 

「穀物は十分ですね」

 

「ええ」

 

「硬パンと乾燥肉も、初動へ回せそうです」

 

「その組み合わせでよい」

 

 真壁は書面を返す一方で、収納内プラントを動かしていた。

 

 薄い樹脂を一定幅に延ばし、用途に応じた袋へ変えていく。硬パンを数個ずつ収める物、乾燥肉と塩を組み合わせる物、麦や豆を配布量へ分ける物。袋には中身と保存状態、先に出す順が印字されていた。

 

 棚も並行して作られている。

 

 補給拠点へ出した瞬間から配布できるよう、袋を置く段の高さと取り出す順まで組み替えていく。

 

 ヴァルトには収納内の作業は見えない。

 

 それでも真壁の視線が入札書から外れるたび、別の工程が進んでいることは分かった。

 

「真壁さん」

 

「何でしょう」

 

「私にも、何かできることはありませんか」

 

 ヴァルトは、境界で荷の置き場を分けるか、収納内の品が混ざらないよう補助するのだろうと考えた。

 

「それでは、魔道具を1つお願いしたい」

 

「どのような物でしょう」

 

「持ち手の先へ、棒状の結界を展開する」

 

 真壁は片手で柄を握る仕草をした。

 

「その内部だけ、粒子運動を加速させられるかな」

 

 ヴァルトの視線が、真壁の手の先に存在しない刃を追った。

 

 暗い通路。金属の柄。音を立てて伸びる光。

 

 ゲンダイで見た映画の場面が頭へ浮かぶ。

 

「スター・ウォーズのライトセイバーですか?」

 

 真壁はヴァルトを見た。

 

「名作だが違う。ビーム・サーベルだよ」

 

「違いがあるのですか」

 

「無論です」

 

 商談条件を切り分けていた時より、返答が明確だった。

 

 ヴァルトは、それ以上を尋ねる前に小さく息を置いた。本人の中では、並べて扱うこと自体に問題があるらしい。

 

「仕様をお願いします」

 

「長さは一定。起動中も、持ち手へ熱を伝えない構造にし給え」

 

「結界内部は、どの程度まで加速させますか」

 

「まずは水を沸かせる程度から始めます」

 

「給湯用なのですか」

 

「試験段階では、そういうことにしておきましょう」

 

 ヴァルトは真壁の顔を見た。

 

 何に使うつもりなのかを尋ねるべきだと思ったが、「試験段階では」という言葉が、すでに答えになっていた。

 

「作ってみます」

 

「結構。遮熱を優先し給え。出力は後から増強できます」

 

 ヴァルトは収納から小さな魔石と金属製の持ち手を出し、壁際の小卓へ置いた。

 

 補給を手伝うつもりだった。

 

 どうして王都商業ギルドのオークション室でビーム・サーベルの柄を作り始めているのかは、うまく説明できない。

 

 ただ、真壁の隣では、問いを整理している間にも次の作戦が始まる。

 

 最後に残ったのは、収集家の代理人と複数の食糧商会が組んだ入札だった。

 

 麦や豆だけなら、より多い条件もある。しかし、硬パン、乾燥肉、塩、乾燥野菜、長期保存用の燻製品まで揃っている。

 

 グスタフが真壁を見る。

 

「これでどうじゃ」

 

「この条件で願います」

 

 杖の先が石床を鳴らした。

 

「落札じゃ」

 

 落札できなかった代理人は、展示台の像からすぐには目を離さなかった。落札した側は喜ぶ前に、約束した食糧を集めるため使者を走らせる。

 

 18体の像には、ギルドの封印が施された。

 

 食糧が全て搬入され、現物が条件を満たすまで、展示台からは動かされない。

 

 搬入口から重い車輪の音が近づいてきた。

 

 真壁は作りかけの棚を収納内で移動させながら、荷捌き場へ向かった。

 

「品は揃った。次は受領と再編です」

 

 ヴァルトは作りかけの持ち手を持って、その後を追った。

 

 

 

 

 

 午後の荷捌き場には、穀物袋と木箱、樽が列を作っていた。

 

 冷たい外気が搬入口から吹き込み、麦の乾いた匂いに燻製肉と革袋の匂いが重なる。荷車が入るたび、倉庫係の掛け声が高い天井へ返った。

 

 真壁が最初の硬パン箱を収納すると、内部の工程が動き始めた。

 

 鑑定で品質と保存状態を読み、傷んだ物を外す。残った硬パンは一定数ずつ透明な袋へ収まり、乾燥肉と塩も同じ配布単位へ組み込まれていく。

 

「硬パンは即食棚へ。乾燥肉と塩を同じ配布単位に組み給え」

 

 誰に命じたわけでもない。

 

 真壁は収納内プラントの工程を動かしながら、必要な順序を口にしていた。

 

 麦や豆は別の棚へ移る。竈と鍋を確保した後に使う品として、即食分と混ざらないよう組まれていく。

 

 真壁が収納から金属製の棚を1台出した。

 

 袋詰めされた硬パンと乾燥肉が段ごとに並び、棚の端には中身と配布順を記した札が付いている。側面には空袋も束ねられていた。

 

「棚ごと、ですか」

 

 ヴァルトが作りかけの魔道具から顔を上げる。

 

「補給地で荷を広げていては初動が遅れる」

 

 真壁は棚を収納へ戻した。

 

「展開と同時に配布を開始します」

 

 ヴァルトは手の中の柄を見下ろした。

 

「こちらは、まだお湯も沸かせません」

 

「急ぐ必要はない。持ち手が熱を持つ方が問題です」

 

「ビーム・サーベルでも、まずは安全性なのですね」

 

「兵器が使用者を損耗させては話になりません」

 

 やはり兵器だった。

 

 ヴァルトが返事を探しているところへ、グスタフが2人の商人を連れてきた。

 

「この2人を連れていくがよい」

 

 年長の男は飾りのない丈夫な上着を着て、袖を肘まで捲っている。隣の若い男は、腰へ荷札の束を下げていた。

 

「ロルフです」

 

「ヨルンと申します」

 

「ロルフは収納9、鑑定9。ヨルンは双方8じゃ」

 

 グスタフが積み上がった荷へ杖を向ける。

 

「西域へ貸そう」

 

「申し分ありません」

 

 真壁は2人の手元を見た。

 

 ロルフは挨拶を終えると、すぐに麦袋へ掌を置いた。

 

「こちらは先ほどの見本より古い」

 

 袋を開けず、隣の荷へ目を移す。

 

「傷んではおりません。先に使う分へ回せます」

 

 ヨルンは硬パンの箱を鑑定し、木箱の角を指で押した。

 

「内張りが薄いですね。長期保管には向きません」

 

「中身はこちらへ」

 

 真壁が収納から即食用の棚を出す。

 

 透明な袋へ小分けされた硬パンと乾燥肉が並び、各段の端に札が付いている。

 

 ヨルンの手が、腰の荷札へ伸びたまま止まった。

 

「もう分けてあるのですか」

 

「受領した品から再編しています」

 

 ヨルンは棚へ近づき、袋の表示を読んだ。

 

「品名、内容、保存状態……こちらは取り出す順ですか」

 

「上段から配り給え。空いた棚は畳んで回収する」

 

「棚もですか」

 

「棚を残せば、次の補給展開を阻害します」

 

 ヨルンは袋を1つ手に取り、透明な表面を指で押した。

 

「口が開いたままですが」

 

「封止工程は現在開発中です」

 

 真壁がヴァルトへ目を向けた。

 

 ヨルンもつられて振り返る。

 

 ヴァルトは金属の柄を持ち、先端へ細い結界を伸ばそうとしていた。淡い光が指先ほどの長さで現れ、すぐに消える。

 

「包装用の魔道具ですか」

 

 ヨルンが尋ねた。

 

「最初は、そう使えるかもしれません」

 

 ヴァルトは曖昧に答えた。

 

「本来は何なのです」

 

「ビーム・サーベルだそうです」

 

 ヨルンは真壁を見た。

 

 真壁は次の穀物袋を収納している。

 

「運用できるなら工程へ組み込みます」

 

「サーベルを、ですか」

 

「出力を落とせばよい」

 

 ヨルンは手にした袋と、ヴァルトの柄を見比べた。

 

 どちらも補給の道具として同じ場所へ持ち込まれている。その事実をどう受け止めればよいのか、すぐには決められない顔だった。

 

 真壁は棚を指した。

 

「ロルフ君には主力物資と総量を。ヨルン君には即食棚と配布を任せます」

 

 ロルフが積まれた樽と袋を見渡す。

 

「我々も、そちらとともに移動するのでしょうか」

 

「補給拠点を確保するまでは、王都で待機し給え」

 

「確保後は」

 

「そこへ配置します。後続軍と避難民への補給を継続していただく」

 

 ヨルンが即食棚から顔を上げる。

 

「配布先は、まだ決まっておりませんね」

 

「即食、共同調理、長期保存。現段階では3系統で編成し給え」

 

「村ごとの配分は」

 

「現地人数を把握してからです」

 

 ロルフは収納した麦の量を頭の中で数え直してから、真壁へ目を戻した。

 

「我々は前へ出ない」

 

「その通りです」

 

「ならば、安全な仕事というわけですな」

 

 真壁は荷捌き場の入口へ目を向けた。

 

「補給地も戦場の一部です。安全という言葉は、任務完了後に使い給え」

 

 ロルフは真壁の横顔をしばらく見た後、次の袋へ手を置いた。

 

「承知しました」

 

 受領が進むにつれて、収納内の棚が増えていく。

 

 即食用には硬パン、乾燥肉、塩。共同調理用には麦、豆、乾燥野菜。長期分は湿気を避ける容器へ移され、先に開ける物から取り出せるよう並べられた。

 

 ヨルンは真壁が出した棚の配置を覚え、自分の収納内にも同じ順序で置き場を作っていく。ロルフは総量を受け持ち、古い荷を先に出せる位置へ回した。

 

 ヴァルトの持つ柄から、今度は腕ほどの長さまで淡い棒状の結界が伸びた。

 

 試験用の水差しへ先端を入れる。

 

 水の底から細かな泡が立ち、やがて白い湯気が細く上がり始めた。

 

「真壁さん」

 

「何でしょう」

 

「水が温まり始めました」

 

「結構。持ち手の温度は」

 

 ヴァルトは柄を握り直した。

 

「熱は伝わっていません」

 

「次は出力を安定させます」

 

「袋の封を試さなくてよいのですか」

 

「包装は後回しでよい」

 

 真壁は淡い光の棒へ目を留めた。

 

「まず刃として成立させる」

 

「給湯試験ではなかったのですか」

 

「試験段階では、と申し上げたはずです」

 

 ヴァルトは水差しから魔道具を抜いた。

 

 温められた水から湯気が上がり、近くにいたヨルンが不思議そうに覗き込む。

 

「湯を沸かす道具にしては、長すぎませんか」

 

「名作と名機の違いだそうです」

 

 ヴァルトの説明で、ヨルンの眉間の皺は深くなった。

 

 全ての荷が揃うまで、ロルフとヨルンの鑑定は止まらなかった。

 

 最後の木箱が収納へ収まると、グスタフが受領書へ目を通した。

 

「条件どおりじゃな」

 

「間違いありません」

 

 職員の返答を受け、展示室に封印されていた18体が落札者へ引き渡された。

 

 透明な獣たちの代わりに、真壁たちの後ろへ2人の商人と、棚へ組まれた保存食が加わった。

 

 4人は侯爵家の馬車で王都侯爵邸へ戻った。

 

 ロルフとヨルンには、客人離れで待機してもらう。真壁とヴァルトが西域で補給に使える地点を確保した後、真壁自身が迎えに戻る手順とした。

 

 それから真壁とヴァルトは、正式な箱馬車で王都を出た。

 

 城門を抜け、旅人の姿が途切れるまで街道を進む。林へ入ったところで、真壁は馬車と機械馬を収納し、エアカーを出した。

 

 ヴァルトは乗り込む前に王都を振り返った。

 

 城壁は木立の向こうへ隠れ、見えるのは街道を東へ戻る荷車ばかりだった。

 

 片手には、まだ淡い光しか出せない魔道具の柄がある。

 

「人と食糧は揃いましたね」

 

 真壁は西へ伸びる道へ目を向けた。

 

「後方は揃った。次は補給線の前端を確保します」

 

 エアカーが地面を離れた。

 

 東へ戻る荷車の列が足元を流れていく。

 

 ヴァルトは膝の上の柄を握り直し、持ち手へ熱が戻っていないことを、もう一度確かめた。

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