転移の光が収まると、王都侯爵邸の転移室へ、石畳を走る馬車の音が戻ってきた。
採石場秘密基地に漂っていた石粉の匂いは消え、磨かれた木と蝋の匂いが鼻へ届く。壁際に控えていたグレゴールが一礼し、真壁とヴァルトの外套へ目を走らせた。
「お戻りをお待ちしておりました」
「西域からの続報は」
真壁は転移陣から降りながら尋ねた。
「正式な早馬は、まだ到着しておりません。ただ、東へ戻る隊商が増えております。西へ向かう商人は、昨日から目に見えて減ったと」
窓の外で朝の鐘が鳴った。
門番の号令に、荷車の車輪音が重なる。王都はいつも通り動き始めている。だが、その流れの中から、西へ向かう荷だけが抜け落ちつつあった。
「商業ギルドへ向かいます。馬車を回し給え」
「ご休憩は」
「休息は補給確保の後でよい」
グレゴールはそれ以上勧めず、廊下に控えていた使用人へ手を上げた。
人が動き始める横で、ヴァルトは真壁の袖口へ目を留めた。
白い粉は付いていない。指にも、石材を扱った跡は見当たらなかった。
「真壁さん」
「何でしょう」
「像の方は、どこまで進みましたか」
「品は揃っています」
ヴァルトは真壁の手から顔へ視線を上げた。
「全てですか」
「鷹、竜、虎、狼、獅子、鹿。各々、大、中、小まで」
「18体を、もう?」
「型はすでにある。工程を圧縮しただけです」
真壁は廊下へ向かいながら答えた。
採石場で方解石を収納してから、それほど時間は経っていない。ヴァルトが転移に備えて外套の留め具を確かめている間にも、真壁は収納内で石を溶かし、以前作った型へ流し込んでいたらしい。
「欠けや歪みはありませんか」
「2体は固定をやり直しました」
「やはり失敗もあったのですね」
「不良品を戦列へ加える理由はありません」
失敗があったと聞いて、ヴァルトはわずかに肩の力を抜いた。
真壁にも失敗はある。ただし、周囲が気づく頃には、原因の切り分けも再加工も終わっている。
真壁が足を止めた。
「ヴァルト君」
「はい」
「提示順を変更します。初動は中型1体でよい」
「18体を一度に出さないのですか」
「応接用の机では、全18体の展開に耐えますまい」
ヴァルトは返事を忘れた。
像の価値より先に、机の耐荷重を考えている。
「全容を見たければ、先方に相応の陣地を用意していただく」
真壁は再び歩き出した。
玄関前には、すでに侯爵家の馬車が回されていた。
ヴァルトが乗り込むと、真壁は向かいの席へ腰を下ろす。御者が鞭を振るい、車輪が石畳を叩き始めた。
窓の外を王都の店先が流れていく。
魚を並べる桶。焼きたてのパンを運ぶ籠。庇の下に吊られた乾燥肉。昨日までなら朝市の風景にしか見えなかった品が、今日は西へ投入できるかどうかで目に入った。
「王都の食糧を買い集めれば、今度はこちらで不足しますね」
「そのための商業ギルドです」
真壁は窓の外へ目を向けたまま答えた。
「店頭在庫には触れません。動かすのは倉庫です」
王都商業ギルドの受付には、帳面を抱えた商人と荷札を持った職員が列を作っていた。
扉が開くたび、冷えた外気と馬の汗の匂いが入り込む。奥の荷捌き場から木箱を下ろす音が響き、乾物と香辛料の匂いへ混ざっていた。
真壁は列へ割り込まず、受付が空くまで待った。
「押入商会の真壁です。ギルド長へ取次ぎ願いたい」
若い職員は、窓の外に止まる侯爵家の馬車を確かめた。
「ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
「希少品の現物取引です。代価は、本日中に引き渡せる保存食で願います」
職員の筆先が紙の上で止まった。
「保存食、でございますか」
「その通りです」
職員が奥へ向かおうとした時、通路の向こうから笑い声が近づいてきた。
「その客なら、わしが出よう」
白髪の老人が杖を片手に現れた。
丸みのある体格に、派手さを抑えた上質な上着。足取りはゆっくりしているが、周囲の職員が声をかけられる前から道を空けていく。
「王都商業ギルド長、グスタフ・ハーゲンじゃ」
「真壁です。こちらはヴァルト君」
「噂は聞いとるよ。リュシアが組んだ相手だそうじゃな」
真壁がグスタフへ目を向けた。
「リュシア殿をご存じでしたか」
「古い付き合いじゃ。利益は取りに来るが、町の棚まで空にする娘ではない」
グスタフは笑いながら、2人の旅装から窓の外の馬車へ目を移した。
「西へ向かう隊商が減り、戻る者ばかり増えておる。保存食を欲しがるとなれば、事情はおおよそ分かる」
「窮状を値引きの材料にするつもりはありません」
「ほう」
「相応の品を投入します」
グスタフは杖の先を奥へ向けた。
「見せてもらおうか」
案内された応接室では、職員が机へ厚布を敷いた。
真壁が収納から中型の狼像を取り出す。
窓から差し込む光が胴を通り抜け、乳白色の筋が肩から後脚へ流れた。狼の輪郭は鋭いが、石の内側に残る白い揺らぎが、毛並みのように見える。
グスタフは像へ触れず、椅子を横へずらして側面へ回った。
「これが、侯爵家の知己へ渡ったという方解石の獣か」
「その一群の1体です」
「ほかにもあるのかね」
「全種類、全サイズを揃えてあります」
グスタフは狼像の台座をもう一度眺めた。
「全部で」
「18体です」
「ここへ並べられるか」
「この机では展開に耐えません」
グスタフの視線が机へ落ちた。
数拍置いて、老人の笑い声が室内へ広がる。
「ほっほっほ。危うく商談の前に備品を失うところじゃった」
職員が口元を押さえた。
グスタフはすぐに通路へ向き直る。
「重量物用の確認室を開けよ」
補強された低い展示台へ、真壁が像を並べていった。
鷹、竜、虎、狼、獅子、鹿。
各種類の奥へ大、中央へ中、手前へ小が置かれる。
大型像は広間の遠目でも姿勢が崩れず、中型は書斎や客間の棚へ置ける大きさに収まり、小型は手元で眺めた時に細部が映えた。
最後の鹿が置かれると、グスタフは展示台の端から端まで歩いた。
「これまで聞いた話では、どれも1種類ずつじゃった」
「聞き及んでいます」
「同じ獣の別の大きさはないのか、ほかの種類は誰が持っておるのかと、収集家の使いが何度も尋ねてきた」
グスタフの杖が石床を1度鳴らした。
「オークション室を使え」
職員が顔を上げる。
「本日ですか」
「本日じゃ。王都にいる収集家とその代理人、それから食糧倉庫を持つ商会へ知らせよ」
グスタフは18体へ目を戻した。
「これは1人の商人と向かい合って決める値ではない」
オークション室へ入ってきた者たちは、椅子へ向かわず、展示台の前で足を止めた。
「狼は見たことがある」
「この竜だ。伯爵家の客間に置かれていた」
「鷹まであったのか」
天窓から落ちる光が、方解石の内部へ差し込んでいる。石の中を走る白い筋は、像ごとに違う模様を作っていた。
ある代理人は大型の獅子へ近づき、台座の幅を測るように指を動かした。別の商人は小型の竜と狼を見比べてから、従者を呼び寄せる。
「主人へ知らせろ。全部だ。獅子だけではない」
従者が部屋を出る。
その背中を見た別の代理人も、自分の連れを手招きした。
ヴァルトは像ではなく、出口へ急ぐ使者たちを目で追った。
グスタフが展示台の横へ進む。
「条件は出品者から説明してもらおう」
真壁は18体を背にして立った。
「侯爵家がこれまで譲った品は、いずれも1種類ずつと聞いています」
室内の何人かが頷いた。
「本日は鷹、竜、虎、狼、獅子、鹿。各々、大、中、小。全18体です」
前列の男が、大型の獅子から目を離さずに口を開いた。
「獅子の3体だけを譲っていただく相談は」
「一揃いを崩すのでは品がない。分売はしません」
男が真壁を見る。
「全てを1人へ?」
「全18体を1つの品として評価していただく」
前列の男は口を閉じ、隣に座る食糧商へ体を寄せた。
真壁が続ける。
「代価は金貨ではありません。本日中に王都で引き渡せる保存食で願います」
部屋のあちこちで、椅子が軋んだ。
「金貨では受け取られないのですか」
「今回は受け取りません」
「落札後に食糧を購入し、後日納める形では」
「後日では初動に間に合わない」
真壁は言葉を切り、相手の返答を待たずに続けた。
「決済手段が変わるだけです。品の価値まで下がる理由はありますまい」
グスタフが喉の奥で笑った。
「金はあるが、食糧倉庫はないという顔が多いのう」
貴族家の代理人が眉を寄せる。
「収集家本人が倉庫を持たぬなら、食糧商会と組めばよい」
グスタフは壁際の職員へ目を向けた。
「共同での入札を認める。ただし、王都の店先から品を消すような真似は許さん。倉庫の余剰と長期備蓄、今日動かせる荷に限る」
「評価するのは量だけではありません」
真壁は展示台の横に置かれた入札書へ指を置いた。
「品目、保存期間、荷姿。現地投入までの手間も条件に含めていただく」
「荷姿まで、ですか」
「大樽を1つ渡して、補給完了とは申せません」
後ろの席にいた食糧商が、隣の代理人へ声を落とした。
「硬パンと乾燥肉なら南倉庫にある」
「量は」
「単独では足りん。塩を扱う商会と組む必要がある」
別の席では、主人が方解石像を持つという代理人が立ち上がっていた。
「西門の倉庫へ使いを。豆と麦の数を確かめさせろ」
使者が次々と部屋を出ていく。
ヴァルトは、展示台の上で光を受ける18体から、壁際に集まり始めた食糧商へ視線を移した。
真壁が動かしたのは金貨ではなかった。
王都の倉庫が、開き始めていた。
最初の条件は、大量の麦と豆だった。
職員が内容を読み上げると、参加者の間から感嘆の声が漏れた。
真壁は入札書を受け取り、数行目で指を止める。
「即食分がありませんな」
「量は最大ですが」
入札した商人が身を乗り出した。
「火と鍋を失った者には、麦も豆も食事にはならない。硬パンか乾燥肉を加え給え」
商人は書面を引き戻し、後ろに控える者へ手を振った。
次の条件には硬パンと塩が加わったが、保存期間の短い品が多かった。
別の商会は燻製肉と豆を揃えたものの、荷の大半が大型の樽へ詰められている。
「保存状態は申し分ない」
真壁は見本の樽へ目を向けた。
「配布単位はこちらで再編します。食糧の質と量を優先し給え」
「こちらで、とは」
「受領後、こちらの工程へ組み込みます」
真壁はそれだけ答え、次の入札書へ手を伸ばした。
グスタフは真壁の横顔を見たが、何をするつもりかは尋ねなかった。
条件が読み上げられるたび、壁際の小卓へ人が集まる。
貴族家の代理人が食糧商の袖を引き、倉庫の在庫を尋ねた。食糧商は指を折りながら荷車の数を見積もり、さらに別の商会を呼び寄せる。
「この店の硬パンを押さえれば届く」
1人の商人が、職員へ店名を書いた紙を差し出した。
グスタフは紙へ目を落とし、その場で返した。
「店頭在庫じゃ。認めん」
「しかし、本日中に揃えるには」
「王都の住民が明日食べる分まで動員する必要はない。別の倉庫を探し給え」
商人は反論せず、仲間の待つ小卓へ戻った。
時間が進むにつれ、ギルドの荷捌き場から車輪の音が聞こえ始めた。入札の見本として、硬パン、乾燥肉、豆、塩が運び込まれている。
鑑定担当が袋へ手を置き、首を横へ振った。
「この豆は湿気を含んでおります」
グスタフが杖の先で袋を示した。
「除外し給え」
乾燥肉の見本も1箱が外された。代わりの品を取りに、商会の者が走っていく。
ヴァルトは新しい入札書を真壁の横から覗いた。
「穀物は十分ですね」
「ええ」
「硬パンと乾燥肉も、初動へ回せそうです」
「その組み合わせでよい」
真壁は書面を返す一方で、収納内プラントを動かしていた。
薄い樹脂を一定幅に延ばし、用途に応じた袋へ変えていく。硬パンを数個ずつ収める物、乾燥肉と塩を組み合わせる物、麦や豆を配布量へ分ける物。袋には中身と保存状態、先に出す順が印字されていた。
棚も並行して作られている。
補給拠点へ出した瞬間から配布できるよう、袋を置く段の高さと取り出す順まで組み替えていく。
ヴァルトには収納内の作業は見えない。
それでも真壁の視線が入札書から外れるたび、別の工程が進んでいることは分かった。
「真壁さん」
「何でしょう」
「私にも、何かできることはありませんか」
ヴァルトは、境界で荷の置き場を分けるか、収納内の品が混ざらないよう補助するのだろうと考えた。
「それでは、魔道具を1つお願いしたい」
「どのような物でしょう」
「持ち手の先へ、棒状の結界を展開する」
真壁は片手で柄を握る仕草をした。
「その内部だけ、粒子運動を加速させられるかな」
ヴァルトの視線が、真壁の手の先に存在しない刃を追った。
暗い通路。金属の柄。音を立てて伸びる光。
ゲンダイで見た映画の場面が頭へ浮かぶ。
「スター・ウォーズのライトセイバーですか?」
真壁はヴァルトを見た。
「名作だが違う。ビーム・サーベルだよ」
「違いがあるのですか」
「無論です」
商談条件を切り分けていた時より、返答が明確だった。
ヴァルトは、それ以上を尋ねる前に小さく息を置いた。本人の中では、並べて扱うこと自体に問題があるらしい。
「仕様をお願いします」
「長さは一定。起動中も、持ち手へ熱を伝えない構造にし給え」
「結界内部は、どの程度まで加速させますか」
「まずは水を沸かせる程度から始めます」
「給湯用なのですか」
「試験段階では、そういうことにしておきましょう」
ヴァルトは真壁の顔を見た。
何に使うつもりなのかを尋ねるべきだと思ったが、「試験段階では」という言葉が、すでに答えになっていた。
「作ってみます」
「結構。遮熱を優先し給え。出力は後から増強できます」
ヴァルトは収納から小さな魔石と金属製の持ち手を出し、壁際の小卓へ置いた。
補給を手伝うつもりだった。
どうして王都商業ギルドのオークション室でビーム・サーベルの柄を作り始めているのかは、うまく説明できない。
ただ、真壁の隣では、問いを整理している間にも次の作戦が始まる。
最後に残ったのは、収集家の代理人と複数の食糧商会が組んだ入札だった。
麦や豆だけなら、より多い条件もある。しかし、硬パン、乾燥肉、塩、乾燥野菜、長期保存用の燻製品まで揃っている。
グスタフが真壁を見る。
「これでどうじゃ」
「この条件で願います」
杖の先が石床を鳴らした。
「落札じゃ」
落札できなかった代理人は、展示台の像からすぐには目を離さなかった。落札した側は喜ぶ前に、約束した食糧を集めるため使者を走らせる。
18体の像には、ギルドの封印が施された。
食糧が全て搬入され、現物が条件を満たすまで、展示台からは動かされない。
搬入口から重い車輪の音が近づいてきた。
真壁は作りかけの棚を収納内で移動させながら、荷捌き場へ向かった。
「品は揃った。次は受領と再編です」
ヴァルトは作りかけの持ち手を持って、その後を追った。
午後の荷捌き場には、穀物袋と木箱、樽が列を作っていた。
冷たい外気が搬入口から吹き込み、麦の乾いた匂いに燻製肉と革袋の匂いが重なる。荷車が入るたび、倉庫係の掛け声が高い天井へ返った。
真壁が最初の硬パン箱を収納すると、内部の工程が動き始めた。
鑑定で品質と保存状態を読み、傷んだ物を外す。残った硬パンは一定数ずつ透明な袋へ収まり、乾燥肉と塩も同じ配布単位へ組み込まれていく。
「硬パンは即食棚へ。乾燥肉と塩を同じ配布単位に組み給え」
誰に命じたわけでもない。
真壁は収納内プラントの工程を動かしながら、必要な順序を口にしていた。
麦や豆は別の棚へ移る。竈と鍋を確保した後に使う品として、即食分と混ざらないよう組まれていく。
真壁が収納から金属製の棚を1台出した。
袋詰めされた硬パンと乾燥肉が段ごとに並び、棚の端には中身と配布順を記した札が付いている。側面には空袋も束ねられていた。
「棚ごと、ですか」
ヴァルトが作りかけの魔道具から顔を上げる。
「補給地で荷を広げていては初動が遅れる」
真壁は棚を収納へ戻した。
「展開と同時に配布を開始します」
ヴァルトは手の中の柄を見下ろした。
「こちらは、まだお湯も沸かせません」
「急ぐ必要はない。持ち手が熱を持つ方が問題です」
「ビーム・サーベルでも、まずは安全性なのですね」
「兵器が使用者を損耗させては話になりません」
やはり兵器だった。
ヴァルトが返事を探しているところへ、グスタフが2人の商人を連れてきた。
「この2人を連れていくがよい」
年長の男は飾りのない丈夫な上着を着て、袖を肘まで捲っている。隣の若い男は、腰へ荷札の束を下げていた。
「ロルフです」
「ヨルンと申します」
「ロルフは収納9、鑑定9。ヨルンは双方8じゃ」
グスタフが積み上がった荷へ杖を向ける。
「西域へ貸そう」
「申し分ありません」
真壁は2人の手元を見た。
ロルフは挨拶を終えると、すぐに麦袋へ掌を置いた。
「こちらは先ほどの見本より古い」
袋を開けず、隣の荷へ目を移す。
「傷んではおりません。先に使う分へ回せます」
ヨルンは硬パンの箱を鑑定し、木箱の角を指で押した。
「内張りが薄いですね。長期保管には向きません」
「中身はこちらへ」
真壁が収納から即食用の棚を出す。
透明な袋へ小分けされた硬パンと乾燥肉が並び、各段の端に札が付いている。
ヨルンの手が、腰の荷札へ伸びたまま止まった。
「もう分けてあるのですか」
「受領した品から再編しています」
ヨルンは棚へ近づき、袋の表示を読んだ。
「品名、内容、保存状態……こちらは取り出す順ですか」
「上段から配り給え。空いた棚は畳んで回収する」
「棚もですか」
「棚を残せば、次の補給展開を阻害します」
ヨルンは袋を1つ手に取り、透明な表面を指で押した。
「口が開いたままですが」
「封止工程は現在開発中です」
真壁がヴァルトへ目を向けた。
ヨルンもつられて振り返る。
ヴァルトは金属の柄を持ち、先端へ細い結界を伸ばそうとしていた。淡い光が指先ほどの長さで現れ、すぐに消える。
「包装用の魔道具ですか」
ヨルンが尋ねた。
「最初は、そう使えるかもしれません」
ヴァルトは曖昧に答えた。
「本来は何なのです」
「ビーム・サーベルだそうです」
ヨルンは真壁を見た。
真壁は次の穀物袋を収納している。
「運用できるなら工程へ組み込みます」
「サーベルを、ですか」
「出力を落とせばよい」
ヨルンは手にした袋と、ヴァルトの柄を見比べた。
どちらも補給の道具として同じ場所へ持ち込まれている。その事実をどう受け止めればよいのか、すぐには決められない顔だった。
真壁は棚を指した。
「ロルフ君には主力物資と総量を。ヨルン君には即食棚と配布を任せます」
ロルフが積まれた樽と袋を見渡す。
「我々も、そちらとともに移動するのでしょうか」
「補給拠点を確保するまでは、王都で待機し給え」
「確保後は」
「そこへ配置します。後続軍と避難民への補給を継続していただく」
ヨルンが即食棚から顔を上げる。
「配布先は、まだ決まっておりませんね」
「即食、共同調理、長期保存。現段階では3系統で編成し給え」
「村ごとの配分は」
「現地人数を把握してからです」
ロルフは収納した麦の量を頭の中で数え直してから、真壁へ目を戻した。
「我々は前へ出ない」
「その通りです」
「ならば、安全な仕事というわけですな」
真壁は荷捌き場の入口へ目を向けた。
「補給地も戦場の一部です。安全という言葉は、任務完了後に使い給え」
ロルフは真壁の横顔をしばらく見た後、次の袋へ手を置いた。
「承知しました」
受領が進むにつれて、収納内の棚が増えていく。
即食用には硬パン、乾燥肉、塩。共同調理用には麦、豆、乾燥野菜。長期分は湿気を避ける容器へ移され、先に開ける物から取り出せるよう並べられた。
ヨルンは真壁が出した棚の配置を覚え、自分の収納内にも同じ順序で置き場を作っていく。ロルフは総量を受け持ち、古い荷を先に出せる位置へ回した。
ヴァルトの持つ柄から、今度は腕ほどの長さまで淡い棒状の結界が伸びた。
試験用の水差しへ先端を入れる。
水の底から細かな泡が立ち、やがて白い湯気が細く上がり始めた。
「真壁さん」
「何でしょう」
「水が温まり始めました」
「結構。持ち手の温度は」
ヴァルトは柄を握り直した。
「熱は伝わっていません」
「次は出力を安定させます」
「袋の封を試さなくてよいのですか」
「包装は後回しでよい」
真壁は淡い光の棒へ目を留めた。
「まず刃として成立させる」
「給湯試験ではなかったのですか」
「試験段階では、と申し上げたはずです」
ヴァルトは水差しから魔道具を抜いた。
温められた水から湯気が上がり、近くにいたヨルンが不思議そうに覗き込む。
「湯を沸かす道具にしては、長すぎませんか」
「名作と名機の違いだそうです」
ヴァルトの説明で、ヨルンの眉間の皺は深くなった。
全ての荷が揃うまで、ロルフとヨルンの鑑定は止まらなかった。
最後の木箱が収納へ収まると、グスタフが受領書へ目を通した。
「条件どおりじゃな」
「間違いありません」
職員の返答を受け、展示室に封印されていた18体が落札者へ引き渡された。
透明な獣たちの代わりに、真壁たちの後ろへ2人の商人と、棚へ組まれた保存食が加わった。
4人は侯爵家の馬車で王都侯爵邸へ戻った。
ロルフとヨルンには、客人離れで待機してもらう。真壁とヴァルトが西域で補給に使える地点を確保した後、真壁自身が迎えに戻る手順とした。
それから真壁とヴァルトは、正式な箱馬車で王都を出た。
城門を抜け、旅人の姿が途切れるまで街道を進む。林へ入ったところで、真壁は馬車と機械馬を収納し、エアカーを出した。
ヴァルトは乗り込む前に王都を振り返った。
城壁は木立の向こうへ隠れ、見えるのは街道を東へ戻る荷車ばかりだった。
片手には、まだ淡い光しか出せない魔道具の柄がある。
「人と食糧は揃いましたね」
真壁は西へ伸びる道へ目を向けた。
「後方は揃った。次は補給線の前端を確保します」
エアカーが地面を離れた。
東へ戻る荷車の列が足元を流れていく。
ヴァルトは膝の上の柄を握り直し、持ち手へ熱が戻っていないことを、もう一度確かめた。