ルーデ村の朝は、まだ霜の白さを残していた。
木柵の向こうでは、炊き出しの鍋から立つ湯気が、薪の煙と混じりながら低く流れている。ベラクルス侯爵家の兵たちは、エルトへ向かう荷を馬へ載せていた。鞍袋の紐を締める音に、村長が呼び掛ける声が重なる。
村外れの補給物資置き場では、ロルフが木箱の底から魔石を取り出していた。
隣に立つ兵士が、受け取った魔石を間違った箱へ入れかける。
「そちらではありません」
「あ、すまん」
ロルフは箱を半回転させ、焼けた魔石を示す印を兵士の側へ向けた。それから掌に残った2つを、朝日に透かして見比べる。
「こちらは再充填できそうです。こちらは中まで変色しています」
真壁は差し出された魔石を受け取り、割れた面へ親指を当てた。
「前者は残し給え。後者は持ち帰る」
「結界用ばかり減っています」
「昨日はよく働いてもらったからな」
ヴァルトは肩を回した。
昨夜まで残っていた鈍さは消えている。指先へ魔力を集めると、薄い境界が掌の上へ崩れずに立った。
自分へ鑑定を向ける。
疲労度は、浄化を掛けた直後よりもさらに下がっていた。
「どうかね」
「問題ありません」
ヴァルトは境界を閉じた。
「食事と睡眠を挟んだ分、昨日より動けます」
「結構」
「真壁さんも眠ったのですね」
ロルフの手が止まった。
真壁は魔石を箱へ戻す。
「私も寝る」
「はい。存じています」
ヴァルトがすぐに返すと、ロルフは蓋を閉じた。隣の兵士だけが、何か聞き逃したのかという顔をしている。
真壁は西の森へ目を向けた。
「空白地帯を見てくる」
「地図の反応が避けていた所ですね」
「ああ。何があるのか、上から確かめる」
ロルフは帳面を開いた。
「戻りはいつ頃です」
「昼までには一度戻る。遅れても捜索は頼まん」
近くで毛布を抱えていた兵士が、ちらりとこちらを見る。
ヴァルトは声を落とした。
「こちらから戻れます」
ロルフは帳面の端へ昼と書き、鉛筆を耳へ挟んだ。
「分かりました。補給はこのまま進めます」
「先遣兵には、西へ踏み込ませぬよう伝え給え。大きな反応が残っている」
「理由は?」
「空から確かめている、とだけ」
ロルフはそれ以上尋ねず、次の箱へ手を伸ばした。
真壁とヴァルトは木柵沿いに歩き、村を離れた。
背後では、兵士が馬を引き出し、村長が干し肉の包みを鞍袋へ押し込んでいる。炊き出しの匂いも、薪の割れる音も、森へ近づくにつれて遠くなった。
見張り台が木々へ隠れたところで、ヴァルトは地図を開く。
「街道にも森側にも、人はいません」
「では使おう」
認識不明化の境界魔道具を起動する。
今日は黒いローブを出さない。名乗る相手も、芝居を見せる相手もいなかった。顔と声が記憶へ残らなければ足りる。
真壁が収納からエアカーを出した。
銀色の車体が朝日を弾き、霜の上へ長い影を落とす。
ヴァルトは助手席へ乗り込み、予備の魔石と結界魔道具へ目を走らせた。真壁が車体を浮かせると、草に付いた霜が風に散った。
「今日は見るだけだ」
「見て、戻る」
「それで十分だ」
エアカーは木々の頂を越え、西へ向かった。
森の上には、道標がなかった。
丘の起伏に沿って樹冠がうねり、湿地の上だけ薄い霧が残っている。倒木の帯が木々の間を茶色く裂き、露出した岩には白い霜が張りついていた。
真壁は樹冠から離れすぎない高さを保って進む。
ヴァルトの地図には、歩いて登録したルーデ周辺の地形だけが残っていた。その先は暗く曖昧なままだが、敵性反応だけは赤く浮かんでいる。
西へ進むほど、その赤が左右へ分かれ始めた。
「中央を避けています」
ヴァルトは地図を真壁の側へ傾けた。
北へ回る群れと、南へ逸れる群れ。その間だけ、丸く抜けている。空白へ近づいた反応も、途中で向きを変えていた。
真壁は少し南へ回る。
森の下には、泥で潰れた獣道が東へ伸びていた。
若木は同じ方向へ倒れ、ぬかるみには大小の蹄跡が重なっている。狼に似た足跡が猪の跡を踏み、その上を別の爪跡が横切っていた。
「牙猪だけではないな」
「同じ道を、何種類も通っています」
獣道の脇に、枝を組んだ粗末な小屋が残っていた。
屋根は半分抜け、入口には割れた器が転がっている。石を積んだ炉も、寝床に使った枯れ草も残っていたが、皮袋や食料らしい物は見当たらない。
小屋から東へ、重い物を引きずった跡が続いていた。
「ゴブリンの住処でしょうか」
「そうだろうな」
「持てる物は持ち出しています」
「慌ててはいるが、昨日今日ではない」
小屋の屋根を、黒い影が横切った。
片側の翅だけが大きい。羽ばたくたびに身体が傾き、何度も梢へ触れながら、それでも東へ飛び続けている。
その下では、鱗のある長い背が木々の間を同じ方向へうねっていた。
真壁は高度を少し落とした。
枝へ絡んだ灰色の毛が風に揺れ、その下には蹄跡と小さな足跡が泥の中で混じっている。
動物型と亜人型が通った跡はある。
だが、生きた反応は見えなかった。
「狼も猪もいません」
「地図にも残っていないな」
ヴァルトは外周を避ける赤い反応へ目を戻した。
森の音も薄くなっていた。
ルーデ近くでは聞こえていた鳥の声が消え、枝の間を走る小動物の気配もない。代わりに、遠くで硬い殻が木へ当たる乾いた音がした。
右手の樹冠が揺れる。
巨大な甲虫が幹へぶつかり、翅を広げ直した。左右の翅が揃っておらず、真っすぐ飛べない。木へ触れるたびに身体を傾け、それでも空白地帯から離れようとしていた。
別の倒木の上を、脚の多い影が這っていく。
「残っているのは、虫型や爬虫類型ばかりですね」
ヴァルトの声に、真壁は答えなかった。
前方の森の色が変わっていた。
黒紫色の靄が木々の根元へ溜まり、風に押された上側だけが東へ流れている。岩の割れ目からは細い筋が立ち上がり、流された分を下から補っていた。
枝や葉にも薄い膜が付着し、朝露とは違う鈍い光を返している。
倒木の陰には、雪が細く残っていた。
黒紫色の靄は、その白い上へ差しかかると急に低くなり、雪面を這うように流れている。
真壁は一度だけ、そちらへエアカーを傾けた。
前方で木々が大きく開けたため、そのまま視線を戻す。
ヴァルトは魔素へ意識を向けた。
胸へ重い布を押し当てられたような感覚がある。息はできる。それでも、無意識に呼吸が浅くなった。
「濃くなっています」
「中央へ流れているのかね」
ヴァルトは靄の動きを追う。
上側は風に運ばれているが、木の根元では新しい靄が次々と湧いていた。岩の隙間でも、暗い紫が脈を打つように増えている。
「逆です。下から上がっています」
エアカーが少し高くなる。
森の奥に、円形の窪地が現れた。
木々は内側から押し倒されたように外へ傾き、中央では黒い岩盤が剥き出しになっている。太い亀裂が放射状に走り、その隙間から黒紫色の靄が噴き上がっていた。
風が吹いても、窪地の底だけは暗い。
「空白の中心か」
「反応は、あの周囲を避けています」
ヴァルトは地図を広げた。
大きな赤い反応が、窪地の中央に留まっている。
その周りを、小さな反応が動いていた。
真壁は速度を落とし、窪地の縁に沿って機体を滑らせる。
崩れた崖の一部が、動いた。
岩壁に見えていた塊が持ち上がり、太い腕が亀裂へ突っ込まれた。
泥が大きく盛り上がる。
黒い節のある脚が何本も地表へ飛び出し、亀裂の中でもがいた。巨大な手がそれを掴み、まだ半分も這い出していない虫型魔物を引き抜く。
柔らかな甲殻が伸び、泥と黒紫色の液が飛び散った。
虫型魔物は顎を開き、脚を激しく動かす。
腕の持ち主が、伏せていた胴を起こした。
肩が樹冠を割る。
「人型……」
ヴァルトが言い終える前に、それは立ち上がった。
収納してある木喰い巨人の倍近い。
肩幅も胸郭も大きく、長い腕は膝より下まで届いている。脚は木の幹ほど太く、一歩動くだけで岩盤の隙間から泥が押し出された。
外皮には岩と硬化した泥が幾重にも固着し、その隙間へ巨大な甲虫の殻や爬虫類の鱗が食い込んでいる。
「木喰い巨人より大きいな」
人型の魔物は、掴んだ虫型魔物の頭部を口へ運んだ。
殻の割れる音が窪地へ響く。
虫型魔物の脚は、胴の半分が口へ消えてからもしばらく動いていた。
「食べています」
「そのようだ」
足元には、巨大ムカデの殻がいくつも積もっている。
泥の間から蛇に似た骨が突き出し、半透明の翅が風に煽られて地面を叩いていた。
人型の魔物は食べ残した殻を捨て、再び岩盤へ片膝をついた。
別の亀裂へ手を入れる。
その間に、足元の泥が膨らみ始めた。
黒紫色の靄が地面へ巻きつき、泥の表面へ筋を作る。薄い膜が裂け、中から甲虫に似た頭部が現れた。
片側の角だけが長い。
濡れた翅は身体へ貼りつき、脚の数も左右で違っている。
卵を破った様子はない。
泥の塊だったものが、輪郭を持ち、脚を動かし始めていた。
「……生まれている」
ヴァルトは窓の縁を掴んだ。
「巣穴から出てきたのではないな」
「魔素が土を巻き込んでいます」
甲虫型魔物が、不揃いな脚で立ち上がる。
人型の魔物は、亀裂から引き抜いた爬虫類型の魔物を片手で押さえていた。太い胴が腕へ巻きつき、長い口が外皮へ噛みつこうとする。
人型の魔物は、その頭を岩へ打ちつけた。
一度目で泥が跳ね、二度目で岩の角が欠ける。
動きが鈍ったところで、首から噛み切った。
その足元を、先ほど生まれた甲虫型魔物が抜けていく。
岩の隙間からは、小型のムカデが3体這い出していた。
2体が森へ向かう。
残った1体だけが、人型の魔物の足に踏まれ、甲殻を潰された。
人型の魔物は足元を見なかった。
手にした大型の爬虫類型を食べている。
ヴァルトは地図へ目を落とした。
窪地の中央に小さな赤が増える。
1つは大きな反応へ近づき、そのまま消えた。
別の2つは外周へ向かい、その先にいた別種の反応が東へ動き始める。
「外へ抜けた2体の先で、別の反応が動きました」
真壁は、森へ消えた小さな赤を追うように機体を横へ流した。
巨体は追わない。
別の亀裂へ手を伸ばし、泥の中から現れかけている大型個体へ向かっている。
「追わんか」
「大きな方を選んでいるようです」
ヴァルトは地図と窪地を交互に見た。
小さな反応がまた1つ、森へ入った。
その外側で、別の赤が東へ向きを変える。
真壁は窪地から距離を保ったまま、巨体の頭部と足元の亀裂を見比べている。
「もう少し見たい」
ヴァルトは返事の代わりに、車体の側面へ結界をもう1枚沿わせた。
真壁の視線が、人型の魔物へ定まる。
真壁が鑑定を向けた。
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【鑑定結果】
名称:不明
種族:巨人種
全高:約18m
特性:魔力感知
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表示が出た瞬間、巨人の顎が止まった。
口元で暴れていた多足魔物を掴んだまま、動かなくなる。
窪地の靄が、巨人の身体へ引かれるように揺れた。
ヴァルトの皮膚へ、細い針を当てられた感触が走る。
「気づかれました」
巨人が顔を上げた。
泥と甲殻に覆われた顔の奥で、2つの目がエアカーを捉える。
距離があっても、視線は迷わない。
巨人は手にしていた多足魔物を両手で持ち直した。
長い胴がしなり、何本もの脚が空を掻いている。
巨人が片脚を引いた。
肩が大きく後ろへ回る。
「よけてください、真壁さん!」
エアカーが右下へ滑った。
ヴァルトは前面結界を斜めに置き、側面へもう1枚を重ねる。
巨人の腕が振り抜かれた。
多足魔物が空へ放たれる。
石のようには飛ばなかった。
長い胴をくねらせ、脚を振り回しながら回転している。飛ばされている最中にも顎を開き、何かへ噛みつこうとしていた。
朝日を受けた甲殻が、回るたびに白く光る。
エアカーが急旋回する。
真正面は外れた。
多足魔物の頭部が、斜めに張った結界へ激突した。
轟音とともに結界面が深くたわむ。
ヴァルトの腕へ、壁ごと押し込まれるような重さが返ってきた。結界は巨体を左へ逃がしたが、遅れて振られた腹部が車体側面を捉えた。
白い光が視界を埋める。
機体が横へ回された。
空と森が入れ替わり、固定具が一斉に鳴る。ヴァルトの身体が座席へ押しつけられ、息が途中で止まった。
外では、多足魔物の脚が結界へ触れ、硬い音を連続して立てている。
足元から低い異音が続いた。
浮遊制御の表示が1つ消え、車体の片側が沈む。
「高度が落ちます」
「下を頼む」
ヴァルトは車体の下へ結界を回した。
梢が近づき、細い枝が面へ触れて左右へ弾かれる。太い枝が当たるたび、ヴァルトは結界をずらし、幹を横へ逃がした。
葉が窓へ張りつき、後ろへ飛んでいく。
窪地の方で、森が大きく揺れた。
ヴァルトが振り返る。
巨人は追ってきていない。
足元から別の爬虫類型魔物を掴み上げ、こちらへ身体を向けていた。太い尾が腕へ巻きつき、長い口が何度も開閉している。
巨人がまた片脚を引く。
「次が来ます」
「十分だ。降りるぞ」
真壁は窪地から離れ、森の切れ間へ向かった。
高度はすでに樹冠より低い。
左右から太い幹が迫り、枝が結界へ次々と触れていく。前方の木々が途切れ、その向こうに倒木の重なった狭い平地が見えた。
エアカーはそこへ滑り込んだ。
樹冠の下へ入ると、光が急に暗くなった。
空から平らに見えた地面は、低木と倒木に埋まり、折れた幹が斜めに突き出している。
ヴァルトは前面結界を斜めに立てた。
低木が左右へ押し分けられ、湿った葉が窓へ張りつく。細い幹が折れ、乾いた音が車内まで響いた。
車体の底が地面へ触れる。
土を削る重い音が続いた。
エアカーは片側へ傾き、倒木の脇を滑る。泥と枯れ葉が跳ね上がり、車体へ叩きつけられた。
後部が地面へ落ち、もう一度大きく揺れる。
長い溝を残して、ようやく止まった。
揺れが収まっても、ヴァルトの身体にはまだ横へ回されている感覚が残っていた。
屋根へ枝が落ちる。
遠くで、硬い脚が倒木を擦る音がした。
「動けるかね」
ヴァルトは右手を握り、足へ力を入れた。
「はい。真壁さんは」
真壁は歪んだ扉へ肩を当てる。
「先に出よう」
扉は途中で引っかかった。
ヴァルトが外側へ結界を押すと、金属の擦れる音を立てながら開いた。
冷たい空気が車内へ流れ込む。
焦げた匂いと、掘り返された湿った土の匂いが混じった。
2人は車外へ出る。
側面は内側へ歪み、車体の下から薄い煙が上がっていた。泥が窓の高さまで跳ね、折れた枝が後部へ挟まっている。
ヴァルトが機体へ魔力を通す。
反応は返ったが、車体は浮かなかった。
「飛べません」
「修理は秘密基地だな」
真壁は周囲を一度歩いた。
外れた部品は見当たらない。
ヴァルトは地図を開く。
窪地中央の大きな赤は、同じ位置に留まっていた。
巨人は追ってきていない。
ただし、先ほど投げられた多足魔物は森の中を動いている。衝突でも死ななかったらしく、大きな赤が不規則に進んでいた。
倒木の向こうからは、別の反応が3つ近づいている。
「転移します」
真壁はエアカーへ手を向けた。
「エアカーを先に収める」
損傷した車体が収納へ消えた。
地面には、長い滑走痕と、左右へ折れた低木だけが残った。
倒木の向こうで、黒い甲殻が見える。
何本もの脚を持つ魔物が、幹へ身体を乗り上げようとしていた。その後ろにも、細い脚が動いている。
「周囲に人はいません」
ヴァルトは転移先をルーデ村外れへ合わせた。
「戻ろう」
転移光が2人の足元から広がる。
虫型魔物が倒木を越え、滑走痕へ脚を掛けた時には、人影もエアカーも消えていた。
ルーデ村外れへ戻ると、朝より高くなった陽が木箱の影を縮めていた。
ヴァルトは認識不明化を維持したまま地図を開く。
転移拠点の周囲に人はいない。
ロルフは少し離れた物資置き場で、補給担当の兵士と箱を運んでいた。先遣兵の一部はすでに出発したらしく、朝より馬の数が減っている。
2人は境界魔道具を止め、木柵沿いに歩いた。
ロルフが先に顔を上げる。
真壁の外套には細い枝が絡み、ヴァルトの袖には泥が擦れていた。髪にも細かな葉が残っている。
「何かありましたか」
「エアカーを壊された。収納してある」
ロルフは抱えていた水差しを箱へ置いた。
真壁の外套からヴァルトの袖口へ視線を移し、血がついていないことを見てから、近くの木箱を裏返す。
「座りますか」
「先に報告する」
「水も先です」
木杯が2つ置かれた。
真壁は腰を下ろさなかったが、水は受け取った。ヴァルトは箱へ座り、冷たい水を口へ含む。
結界を何枚も重ねた腕へ、遅れて鈍さが戻っていた。木杯を持つ指は震えない。ただ、肘を曲げるたびに重さが残る。
「何がいたのです」
「人型だ。木喰い巨人の倍はある」
ロルフが水差しを置く手を止めた。
「倍ですか」
「ああ。肩が木の上へ出ていた」
ロルフは西の森へ目を向ける。
木柵の向こうには、いつもと変わらない森の端しか見えない。
「それが森の魔物を追い出したのですか」
ヴァルトは地図を開いた。
「巨人より、足元です」
「何があったのです」
「泥の中から、虫が形になりました」
ロルフの手が止まる。
「生まれた、ということですか」
「そう見えました。爬虫類型も混じっています」
中央の大きな赤の周囲で、小さな反応がまた1つ増えた。
しばらく窪地を動いた後、外側へ向きを変える。
その先にいた別の赤が、接触する前に東へ動き始めた。
「巨人は何をしていたのです」
「食べていた」
真壁は木杯を箱へ戻した。
「鑑定を向けたら、手に持っていた魔物を投げてきた」
ロルフは真壁の顔を見直した。
「……魔物をですか」
「ああ。ちょうど持っていた」
ロルフは一度口を開き、何も言わずに閉じた。
「それで、エアカーが壊れたのですね」
「そういうことだ」
ヴァルトは地図上の大きな赤ではなく、その周りを動く小さな反応へ指を置いた。
「巨人は中央から動いていません。ただ、こちらは増えています」
「外へ出れば、また村の方へ来ますか」
「可能性はあります」
真壁は先遣兵の出た街道へ目を向けた。
「エルトへ向かった者へ、空白地帯へ近づかぬよう伝え給え。道と村だけを見ればよい」
「何と伝えます」
「大型の敵性反応と、新しい魔物を確認した。それで足りる」
ロルフは補給担当の兵士を呼び、指揮官へ渡す言葉を短く伝えた。
兵士は一度繰り返してから、村の広場へ走っていく。
「詳しい話は王都へ?」
「ああ」
「侯爵家にも必要ですね」
ヴァルトが言うと、真壁は地図へ目を戻した。
大きな赤は動かない。
その周囲だけが増え、消え、また増えている。
「順に話す」
ヴァルトは、窪地で見た黒紫色の靄を思い出した。
岩の亀裂からは絶えず湧き、倒木の陰に残った雪の上では、地を這うように低くなっていた。
まだ、その違いへ名前はつけられない。
「魔素は、巨人の身体から出ていたのではありません」
「地下か」
「はい」
真壁は壊れたエアカーを収めた収納区画へ意識を向けた。
機体の修理も、収納してある木喰い巨人との比較も、秘密基地でできる。
その前に、西で何が起きているのかを王国へ渡す必要があった。
「王都へ行く」
地図の西端では、窪地から出た小さな反応が、また1つ森の外側へ動き始めていた。