押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

224 / 224
第224話 巨人の投げるもの

 

 ルーデ村の朝は、まだ霜の白さを残していた。

 

 木柵の向こうでは、炊き出しの鍋から立つ湯気が、薪の煙と混じりながら低く流れている。ベラクルス侯爵家の兵たちは、エルトへ向かう荷を馬へ載せていた。鞍袋の紐を締める音に、村長が呼び掛ける声が重なる。

 

 村外れの補給物資置き場では、ロルフが木箱の底から魔石を取り出していた。

 

 隣に立つ兵士が、受け取った魔石を間違った箱へ入れかける。

 

「そちらではありません」

 

「あ、すまん」

 

 ロルフは箱を半回転させ、焼けた魔石を示す印を兵士の側へ向けた。それから掌に残った2つを、朝日に透かして見比べる。

 

「こちらは再充填できそうです。こちらは中まで変色しています」

 

 真壁は差し出された魔石を受け取り、割れた面へ親指を当てた。

 

「前者は残し給え。後者は持ち帰る」

 

「結界用ばかり減っています」

 

「昨日はよく働いてもらったからな」

 

 ヴァルトは肩を回した。

 

 昨夜まで残っていた鈍さは消えている。指先へ魔力を集めると、薄い境界が掌の上へ崩れずに立った。

 

 自分へ鑑定を向ける。

 

 疲労度は、浄化を掛けた直後よりもさらに下がっていた。

 

「どうかね」

 

「問題ありません」

 

 ヴァルトは境界を閉じた。

 

「食事と睡眠を挟んだ分、昨日より動けます」

 

「結構」

 

「真壁さんも眠ったのですね」

 

 ロルフの手が止まった。

 

 真壁は魔石を箱へ戻す。

 

「私も寝る」

 

「はい。存じています」

 

 ヴァルトがすぐに返すと、ロルフは蓋を閉じた。隣の兵士だけが、何か聞き逃したのかという顔をしている。

 

 真壁は西の森へ目を向けた。

 

「空白地帯を見てくる」

 

「地図の反応が避けていた所ですね」

 

「ああ。何があるのか、上から確かめる」

 

 ロルフは帳面を開いた。

 

「戻りはいつ頃です」

 

「昼までには一度戻る。遅れても捜索は頼まん」

 

 近くで毛布を抱えていた兵士が、ちらりとこちらを見る。

 

 ヴァルトは声を落とした。

 

「こちらから戻れます」

 

 ロルフは帳面の端へ昼と書き、鉛筆を耳へ挟んだ。

 

「分かりました。補給はこのまま進めます」

 

「先遣兵には、西へ踏み込ませぬよう伝え給え。大きな反応が残っている」

 

「理由は?」

 

「空から確かめている、とだけ」

 

 ロルフはそれ以上尋ねず、次の箱へ手を伸ばした。

 

 真壁とヴァルトは木柵沿いに歩き、村を離れた。

 

 背後では、兵士が馬を引き出し、村長が干し肉の包みを鞍袋へ押し込んでいる。炊き出しの匂いも、薪の割れる音も、森へ近づくにつれて遠くなった。

 

 見張り台が木々へ隠れたところで、ヴァルトは地図を開く。

 

「街道にも森側にも、人はいません」

 

「では使おう」

 

 認識不明化の境界魔道具を起動する。

 

 今日は黒いローブを出さない。名乗る相手も、芝居を見せる相手もいなかった。顔と声が記憶へ残らなければ足りる。

 

 真壁が収納からエアカーを出した。

 

 銀色の車体が朝日を弾き、霜の上へ長い影を落とす。

 

 ヴァルトは助手席へ乗り込み、予備の魔石と結界魔道具へ目を走らせた。真壁が車体を浮かせると、草に付いた霜が風に散った。

 

「今日は見るだけだ」

 

「見て、戻る」

 

「それで十分だ」

 

 エアカーは木々の頂を越え、西へ向かった。

 

 

 

 

 

 森の上には、道標がなかった。

 

 丘の起伏に沿って樹冠がうねり、湿地の上だけ薄い霧が残っている。倒木の帯が木々の間を茶色く裂き、露出した岩には白い霜が張りついていた。

 

 真壁は樹冠から離れすぎない高さを保って進む。

 

 ヴァルトの地図には、歩いて登録したルーデ周辺の地形だけが残っていた。その先は暗く曖昧なままだが、敵性反応だけは赤く浮かんでいる。

 

 西へ進むほど、その赤が左右へ分かれ始めた。

 

「中央を避けています」

 

 ヴァルトは地図を真壁の側へ傾けた。

 

 北へ回る群れと、南へ逸れる群れ。その間だけ、丸く抜けている。空白へ近づいた反応も、途中で向きを変えていた。

 

 真壁は少し南へ回る。

 

 森の下には、泥で潰れた獣道が東へ伸びていた。

 

 若木は同じ方向へ倒れ、ぬかるみには大小の蹄跡が重なっている。狼に似た足跡が猪の跡を踏み、その上を別の爪跡が横切っていた。

 

「牙猪だけではないな」

 

「同じ道を、何種類も通っています」

 

 獣道の脇に、枝を組んだ粗末な小屋が残っていた。

 

 屋根は半分抜け、入口には割れた器が転がっている。石を積んだ炉も、寝床に使った枯れ草も残っていたが、皮袋や食料らしい物は見当たらない。

 

 小屋から東へ、重い物を引きずった跡が続いていた。

 

「ゴブリンの住処でしょうか」

 

「そうだろうな」

 

「持てる物は持ち出しています」

 

「慌ててはいるが、昨日今日ではない」

 

 小屋の屋根を、黒い影が横切った。

 

 片側の翅だけが大きい。羽ばたくたびに身体が傾き、何度も梢へ触れながら、それでも東へ飛び続けている。

 

 その下では、鱗のある長い背が木々の間を同じ方向へうねっていた。

 

 真壁は高度を少し落とした。

 

 枝へ絡んだ灰色の毛が風に揺れ、その下には蹄跡と小さな足跡が泥の中で混じっている。

 

 動物型と亜人型が通った跡はある。

 

 だが、生きた反応は見えなかった。

 

「狼も猪もいません」

 

「地図にも残っていないな」

 

 ヴァルトは外周を避ける赤い反応へ目を戻した。

 

 森の音も薄くなっていた。

 

 ルーデ近くでは聞こえていた鳥の声が消え、枝の間を走る小動物の気配もない。代わりに、遠くで硬い殻が木へ当たる乾いた音がした。

 

 右手の樹冠が揺れる。

 

 巨大な甲虫が幹へぶつかり、翅を広げ直した。左右の翅が揃っておらず、真っすぐ飛べない。木へ触れるたびに身体を傾け、それでも空白地帯から離れようとしていた。

 

 別の倒木の上を、脚の多い影が這っていく。

 

「残っているのは、虫型や爬虫類型ばかりですね」

 

 ヴァルトの声に、真壁は答えなかった。

 

 前方の森の色が変わっていた。

 

 黒紫色の靄が木々の根元へ溜まり、風に押された上側だけが東へ流れている。岩の割れ目からは細い筋が立ち上がり、流された分を下から補っていた。

 

 枝や葉にも薄い膜が付着し、朝露とは違う鈍い光を返している。

 

 倒木の陰には、雪が細く残っていた。

 

 黒紫色の靄は、その白い上へ差しかかると急に低くなり、雪面を這うように流れている。

 

 真壁は一度だけ、そちらへエアカーを傾けた。

 

 前方で木々が大きく開けたため、そのまま視線を戻す。

 

 ヴァルトは魔素へ意識を向けた。

 

 胸へ重い布を押し当てられたような感覚がある。息はできる。それでも、無意識に呼吸が浅くなった。

 

「濃くなっています」

 

「中央へ流れているのかね」

 

 ヴァルトは靄の動きを追う。

 

 上側は風に運ばれているが、木の根元では新しい靄が次々と湧いていた。岩の隙間でも、暗い紫が脈を打つように増えている。

 

「逆です。下から上がっています」

 

 エアカーが少し高くなる。

 

 森の奥に、円形の窪地が現れた。

 

 木々は内側から押し倒されたように外へ傾き、中央では黒い岩盤が剥き出しになっている。太い亀裂が放射状に走り、その隙間から黒紫色の靄が噴き上がっていた。

 

 風が吹いても、窪地の底だけは暗い。

 

「空白の中心か」

 

「反応は、あの周囲を避けています」

 

 ヴァルトは地図を広げた。

 

 大きな赤い反応が、窪地の中央に留まっている。

 

 その周りを、小さな反応が動いていた。

 

 真壁は速度を落とし、窪地の縁に沿って機体を滑らせる。

 

 崩れた崖の一部が、動いた。

 

 

 

 

 

 岩壁に見えていた塊が持ち上がり、太い腕が亀裂へ突っ込まれた。

 

 泥が大きく盛り上がる。

 

 黒い節のある脚が何本も地表へ飛び出し、亀裂の中でもがいた。巨大な手がそれを掴み、まだ半分も這い出していない虫型魔物を引き抜く。

 

 柔らかな甲殻が伸び、泥と黒紫色の液が飛び散った。

 

 虫型魔物は顎を開き、脚を激しく動かす。

 

 腕の持ち主が、伏せていた胴を起こした。

 

 肩が樹冠を割る。

 

「人型……」

 

 ヴァルトが言い終える前に、それは立ち上がった。

 

 収納してある木喰い巨人の倍近い。

 

 肩幅も胸郭も大きく、長い腕は膝より下まで届いている。脚は木の幹ほど太く、一歩動くだけで岩盤の隙間から泥が押し出された。

 

 外皮には岩と硬化した泥が幾重にも固着し、その隙間へ巨大な甲虫の殻や爬虫類の鱗が食い込んでいる。

 

「木喰い巨人より大きいな」

 

 人型の魔物は、掴んだ虫型魔物の頭部を口へ運んだ。

 

 殻の割れる音が窪地へ響く。

 

 虫型魔物の脚は、胴の半分が口へ消えてからもしばらく動いていた。

 

「食べています」

 

「そのようだ」

 

 足元には、巨大ムカデの殻がいくつも積もっている。

 

 泥の間から蛇に似た骨が突き出し、半透明の翅が風に煽られて地面を叩いていた。

 

 人型の魔物は食べ残した殻を捨て、再び岩盤へ片膝をついた。

 

 別の亀裂へ手を入れる。

 

 その間に、足元の泥が膨らみ始めた。

 

 黒紫色の靄が地面へ巻きつき、泥の表面へ筋を作る。薄い膜が裂け、中から甲虫に似た頭部が現れた。

 

 片側の角だけが長い。

 

 濡れた翅は身体へ貼りつき、脚の数も左右で違っている。

 

 卵を破った様子はない。

 

 泥の塊だったものが、輪郭を持ち、脚を動かし始めていた。

 

「……生まれている」

 

 ヴァルトは窓の縁を掴んだ。

 

「巣穴から出てきたのではないな」

 

「魔素が土を巻き込んでいます」

 

 甲虫型魔物が、不揃いな脚で立ち上がる。

 

 人型の魔物は、亀裂から引き抜いた爬虫類型の魔物を片手で押さえていた。太い胴が腕へ巻きつき、長い口が外皮へ噛みつこうとする。

 

 人型の魔物は、その頭を岩へ打ちつけた。

 

 一度目で泥が跳ね、二度目で岩の角が欠ける。

 

 動きが鈍ったところで、首から噛み切った。

 

 その足元を、先ほど生まれた甲虫型魔物が抜けていく。

 

 岩の隙間からは、小型のムカデが3体這い出していた。

 

 2体が森へ向かう。

 

 残った1体だけが、人型の魔物の足に踏まれ、甲殻を潰された。

 

 人型の魔物は足元を見なかった。

 

 手にした大型の爬虫類型を食べている。

 

 ヴァルトは地図へ目を落とした。

 

 窪地の中央に小さな赤が増える。

 

 1つは大きな反応へ近づき、そのまま消えた。

 

 別の2つは外周へ向かい、その先にいた別種の反応が東へ動き始める。

 

「外へ抜けた2体の先で、別の反応が動きました」

 

 真壁は、森へ消えた小さな赤を追うように機体を横へ流した。

 

 巨体は追わない。

 

 別の亀裂へ手を伸ばし、泥の中から現れかけている大型個体へ向かっている。

 

「追わんか」

 

「大きな方を選んでいるようです」

 

 ヴァルトは地図と窪地を交互に見た。

 

 小さな反応がまた1つ、森へ入った。

 

 その外側で、別の赤が東へ向きを変える。

 

 真壁は窪地から距離を保ったまま、巨体の頭部と足元の亀裂を見比べている。

 

「もう少し見たい」

 

 ヴァルトは返事の代わりに、車体の側面へ結界をもう1枚沿わせた。

 

 真壁の視線が、人型の魔物へ定まる。

 

 

 

 

 

 真壁が鑑定を向けた。

 

----------------------------------

【鑑定結果】

 

 名称:不明

 種族:巨人種

 全高:約18m

 特性:魔力感知

----------------------------------

 

 表示が出た瞬間、巨人の顎が止まった。

 

 口元で暴れていた多足魔物を掴んだまま、動かなくなる。

 

 窪地の靄が、巨人の身体へ引かれるように揺れた。

 

 ヴァルトの皮膚へ、細い針を当てられた感触が走る。

 

「気づかれました」

 

 巨人が顔を上げた。

 

 泥と甲殻に覆われた顔の奥で、2つの目がエアカーを捉える。

 

 距離があっても、視線は迷わない。

 

 巨人は手にしていた多足魔物を両手で持ち直した。

 

 長い胴がしなり、何本もの脚が空を掻いている。

 

 巨人が片脚を引いた。

 

 肩が大きく後ろへ回る。

 

「よけてください、真壁さん!」

 

 エアカーが右下へ滑った。

 

 ヴァルトは前面結界を斜めに置き、側面へもう1枚を重ねる。

 

 巨人の腕が振り抜かれた。

 

 多足魔物が空へ放たれる。

 

 石のようには飛ばなかった。

 

 長い胴をくねらせ、脚を振り回しながら回転している。飛ばされている最中にも顎を開き、何かへ噛みつこうとしていた。

 

 朝日を受けた甲殻が、回るたびに白く光る。

 

 エアカーが急旋回する。

 

 真正面は外れた。

 

 多足魔物の頭部が、斜めに張った結界へ激突した。

 

 轟音とともに結界面が深くたわむ。

 

 ヴァルトの腕へ、壁ごと押し込まれるような重さが返ってきた。結界は巨体を左へ逃がしたが、遅れて振られた腹部が車体側面を捉えた。

 

 白い光が視界を埋める。

 

 機体が横へ回された。

 

 空と森が入れ替わり、固定具が一斉に鳴る。ヴァルトの身体が座席へ押しつけられ、息が途中で止まった。

 

 外では、多足魔物の脚が結界へ触れ、硬い音を連続して立てている。

 

 足元から低い異音が続いた。

 

 浮遊制御の表示が1つ消え、車体の片側が沈む。

 

「高度が落ちます」

 

「下を頼む」

 

 ヴァルトは車体の下へ結界を回した。

 

 梢が近づき、細い枝が面へ触れて左右へ弾かれる。太い枝が当たるたび、ヴァルトは結界をずらし、幹を横へ逃がした。

 

 葉が窓へ張りつき、後ろへ飛んでいく。

 

 窪地の方で、森が大きく揺れた。

 

 ヴァルトが振り返る。

 

 巨人は追ってきていない。

 

 足元から別の爬虫類型魔物を掴み上げ、こちらへ身体を向けていた。太い尾が腕へ巻きつき、長い口が何度も開閉している。

 

 巨人がまた片脚を引く。

 

「次が来ます」

 

「十分だ。降りるぞ」

 

 真壁は窪地から離れ、森の切れ間へ向かった。

 

 高度はすでに樹冠より低い。

 

 左右から太い幹が迫り、枝が結界へ次々と触れていく。前方の木々が途切れ、その向こうに倒木の重なった狭い平地が見えた。

 

 エアカーはそこへ滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 樹冠の下へ入ると、光が急に暗くなった。

 

 空から平らに見えた地面は、低木と倒木に埋まり、折れた幹が斜めに突き出している。

 

 ヴァルトは前面結界を斜めに立てた。

 

 低木が左右へ押し分けられ、湿った葉が窓へ張りつく。細い幹が折れ、乾いた音が車内まで響いた。

 

 車体の底が地面へ触れる。

 

 土を削る重い音が続いた。

 

 エアカーは片側へ傾き、倒木の脇を滑る。泥と枯れ葉が跳ね上がり、車体へ叩きつけられた。

 

 後部が地面へ落ち、もう一度大きく揺れる。

 

 長い溝を残して、ようやく止まった。

 

 揺れが収まっても、ヴァルトの身体にはまだ横へ回されている感覚が残っていた。

 

 屋根へ枝が落ちる。

 

 遠くで、硬い脚が倒木を擦る音がした。

 

「動けるかね」

 

 ヴァルトは右手を握り、足へ力を入れた。

 

「はい。真壁さんは」

 

 真壁は歪んだ扉へ肩を当てる。

 

「先に出よう」

 

 扉は途中で引っかかった。

 

 ヴァルトが外側へ結界を押すと、金属の擦れる音を立てながら開いた。

 

 冷たい空気が車内へ流れ込む。

 

 焦げた匂いと、掘り返された湿った土の匂いが混じった。

 

 2人は車外へ出る。

 

 側面は内側へ歪み、車体の下から薄い煙が上がっていた。泥が窓の高さまで跳ね、折れた枝が後部へ挟まっている。

 

 ヴァルトが機体へ魔力を通す。

 

 反応は返ったが、車体は浮かなかった。

 

「飛べません」

 

「修理は秘密基地だな」

 

 真壁は周囲を一度歩いた。

 

 外れた部品は見当たらない。

 

 ヴァルトは地図を開く。

 

 窪地中央の大きな赤は、同じ位置に留まっていた。

 

 巨人は追ってきていない。

 

 ただし、先ほど投げられた多足魔物は森の中を動いている。衝突でも死ななかったらしく、大きな赤が不規則に進んでいた。

 

 倒木の向こうからは、別の反応が3つ近づいている。

 

「転移します」

 

 真壁はエアカーへ手を向けた。

 

「エアカーを先に収める」

 

 損傷した車体が収納へ消えた。

 

 地面には、長い滑走痕と、左右へ折れた低木だけが残った。

 

 倒木の向こうで、黒い甲殻が見える。

 

 何本もの脚を持つ魔物が、幹へ身体を乗り上げようとしていた。その後ろにも、細い脚が動いている。

 

「周囲に人はいません」

 

 ヴァルトは転移先をルーデ村外れへ合わせた。

 

「戻ろう」

 

 転移光が2人の足元から広がる。

 

 虫型魔物が倒木を越え、滑走痕へ脚を掛けた時には、人影もエアカーも消えていた。

 

 

 

 

 

 ルーデ村外れへ戻ると、朝より高くなった陽が木箱の影を縮めていた。

 

 ヴァルトは認識不明化を維持したまま地図を開く。

 

 転移拠点の周囲に人はいない。

 

 ロルフは少し離れた物資置き場で、補給担当の兵士と箱を運んでいた。先遣兵の一部はすでに出発したらしく、朝より馬の数が減っている。

 

 2人は境界魔道具を止め、木柵沿いに歩いた。

 

 ロルフが先に顔を上げる。

 

 真壁の外套には細い枝が絡み、ヴァルトの袖には泥が擦れていた。髪にも細かな葉が残っている。

 

「何かありましたか」

 

「エアカーを壊された。収納してある」

 

 ロルフは抱えていた水差しを箱へ置いた。

 

 真壁の外套からヴァルトの袖口へ視線を移し、血がついていないことを見てから、近くの木箱を裏返す。

 

「座りますか」

 

「先に報告する」

 

「水も先です」

 

 木杯が2つ置かれた。

 

 真壁は腰を下ろさなかったが、水は受け取った。ヴァルトは箱へ座り、冷たい水を口へ含む。

 

 結界を何枚も重ねた腕へ、遅れて鈍さが戻っていた。木杯を持つ指は震えない。ただ、肘を曲げるたびに重さが残る。

 

「何がいたのです」

 

「人型だ。木喰い巨人の倍はある」

 

 ロルフが水差しを置く手を止めた。

 

「倍ですか」

 

「ああ。肩が木の上へ出ていた」

 

 ロルフは西の森へ目を向ける。

 

 木柵の向こうには、いつもと変わらない森の端しか見えない。

 

「それが森の魔物を追い出したのですか」

 

 ヴァルトは地図を開いた。

 

「巨人より、足元です」

 

「何があったのです」

 

「泥の中から、虫が形になりました」

 

 ロルフの手が止まる。

 

「生まれた、ということですか」

 

「そう見えました。爬虫類型も混じっています」

 

 中央の大きな赤の周囲で、小さな反応がまた1つ増えた。

 

 しばらく窪地を動いた後、外側へ向きを変える。

 

 その先にいた別の赤が、接触する前に東へ動き始めた。

 

「巨人は何をしていたのです」

 

「食べていた」

 

 真壁は木杯を箱へ戻した。

 

「鑑定を向けたら、手に持っていた魔物を投げてきた」

 

 ロルフは真壁の顔を見直した。

 

「……魔物をですか」

 

「ああ。ちょうど持っていた」

 

 ロルフは一度口を開き、何も言わずに閉じた。

 

「それで、エアカーが壊れたのですね」

 

「そういうことだ」

 

 ヴァルトは地図上の大きな赤ではなく、その周りを動く小さな反応へ指を置いた。

 

「巨人は中央から動いていません。ただ、こちらは増えています」

 

「外へ出れば、また村の方へ来ますか」

 

「可能性はあります」

 

 真壁は先遣兵の出た街道へ目を向けた。

 

「エルトへ向かった者へ、空白地帯へ近づかぬよう伝え給え。道と村だけを見ればよい」

 

「何と伝えます」

 

「大型の敵性反応と、新しい魔物を確認した。それで足りる」

 

 ロルフは補給担当の兵士を呼び、指揮官へ渡す言葉を短く伝えた。

 

 兵士は一度繰り返してから、村の広場へ走っていく。

 

「詳しい話は王都へ?」

 

「ああ」

 

「侯爵家にも必要ですね」

 

 ヴァルトが言うと、真壁は地図へ目を戻した。

 

 大きな赤は動かない。

 

 その周囲だけが増え、消え、また増えている。

 

「順に話す」

 

 ヴァルトは、窪地で見た黒紫色の靄を思い出した。

 

 岩の亀裂からは絶えず湧き、倒木の陰に残った雪の上では、地を這うように低くなっていた。

 

 まだ、その違いへ名前はつけられない。

 

「魔素は、巨人の身体から出ていたのではありません」

 

「地下か」

 

「はい」

 

 真壁は壊れたエアカーを収めた収納区画へ意識を向けた。

 

 機体の修理も、収納してある木喰い巨人との比較も、秘密基地でできる。

 

 その前に、西で何が起きているのかを王国へ渡す必要があった。

 

「王都へ行く」

 

 地図の西端では、窪地から出た小さな反応が、また1つ森の外側へ動き始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:20文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

現代に帰還したら、災厄級の従魔たちまで付いてきた~俺を溺愛するヤンデレ従魔たちの無双が晒された結果、魔王だと勘違いされて大バズりしています~(作者:むらくも航@書籍&コミカライズ発売中)(オリジナル現代/冒険・バトル)

少年『久遠カナタ』は転移した異世界から現代日本に帰還した。だが、現代では一日しか時間が経っておらず、色々と不思議な事が起こっていた。▼ダンジョンが出現していたこと。▼ダンジョン配信が流行していたこと。▼そして何より、異世界から従魔達が付いてきたこと。▼現代の魔物に比べ、最強の従魔達は明らかに過剰な戦力だ。従魔が暴走する度、主のカナタは勝手に崇められ、大きな注…


総合評価:252/評価:6/連載:57話/更新日時:2026年04月08日(水) 07:06 小説情報

祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

三十五歳、売れないフリーライターの久世恒一は、親に頼まれて東京にある祖父・久世宗玄の家を整理することになる。▼変人扱いされていた祖父の家で彼が見つけたのは、封印された異星文明の管理AI《イヴ》と、現代ではチート級の価値を持つ超技術だった。▼最初の遺産《セル・チューナー》は、地球のバッテリーを桁違いの高性能品へ変質させる基幹技術。▼スマホは一ヶ月充電不要。死に…


総合評価:2557/評価:8/連載:49話/更新日時:2026年05月26日(火) 21:44 小説情報

TS転生おっさん物語(作者:すすぺっと)(オリジナル現代/日常)

▼社会に疲れた元おっさんは、死後、丸い蛍光灯のような神様によって、現代日本によく似たパラレルワールドへ女の子として転生する。▼赤ちゃんから成長し、高校生になった彼女――**高遠透花**は、180cm前後の高身長と整った容姿を持つ無気力系JK。▼本人はただ平穏に過ごしたいだけだが、前世の社会経験から来る落ち着きや距離感が、周囲には妙に大人びた魅力として映ってし…


総合評価:2172/評価:7.89/連載:20話/更新日時:2026年06月20日(土) 12:00 小説情報

異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

新田 創(にった はじめ)、35歳、無職。▼人間関係に疲れ果て、十数年勤めた会社を退職。都会の喧騒を離れ、実家でのんびりスローライフを送る…はずだった。▼無職初日の朝、創は異世界と現実を自由に行き来できる常識外れの能力【異界渡り】に突如として目覚める。▼恐怖と混乱も束の間、元プロジェクトマネージャーの社畜根性が、このとんでもない力を「金儲けの手段」として計算…


総合評価:2100/評価:6.92/連載:176話/更新日時:2026年02月15日(日) 19:52 小説情報

妹に撃たれない方法(作者:Brooks)(原作:ガンダム)

ア・バオア・クーでキシリアに射殺されたギレン・ザビは、目を覚ますとジオン・ダイクン逝去の当日に戻っていた。次は絶対に妹に殺されたくない。その一点だけを現実的な目標に定めた彼は、戦争より先に家族会議を整え、暗殺より先に議事録を作り、歴史より先に妹の機嫌を取りにかかる。しかし未来を知るのは彼だけではなかった。動乱へ傾くサイド3で、兄妹は奇妙な休戦に踏み込む。笑え…


総合評価:578/評価:6.17/完結:226話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:56 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>