押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第226話 機動兵器

 

 発表を終えた瞬間、澪の肩から力が抜けた。

 

 教室前方のスクリーンには、まだ班の発表資料が映っている。最後の質問に答えた佐伯が席へ戻り、神谷は配布資料を重ね、三浦は教授から受けた指摘を忘れないうちにノートへ書き込んでいた。

 

 澪も自分の資料を閉じた。

 

 質問には答えられた。途中で言葉に詰まることもなく、班で分担した内容を崩さず、発表時間にも収められた。

 

 何度も頭をよぎった異世界のことを、発表中に口へ出すこともなかった。

 

「篠原さん、最後の補足、助かりました」

 

 佐伯に声をかけられ、澪は顔を上げた。

 

「いえ。あの質問は、前に4人で話したところでしたから」

 

「終わったねえ」

 

 三浦が椅子の背へもたれた。

 

 教室の外では次の班が資料を運び始めている。廊下を通る学生の声と、椅子を引く音が重なっていた。

 

 窓から差し込む夕方の光は橙色を帯びていたが、冷房の切れた教室には昼間の熱が残っている。手に取ったペットボトルの水も、もう冷たくなかった。

 

 終わった。

 

 その実感が胸へ落ちた途端、押さえていたものが戻ってきた。

 

 真壁とヴァルトは西方へ向かった。

 

 村の救援だけで終わらず、魔物の群れが押し出されてくる原因を追っている。澪が大学へ出る時点では、それ以上のことは分からなかった。

 

 発表を途中で放り出して戻ることはできなかったし、するべきでもなかった。

 

 それでも、今どこにいるのか、無事なのかという考えは、質疑の合間にも何度か浮かんだ。

 

「この後、軽く何か食べて帰らない?」

 

 神谷の誘いに、澪は一瞬だけ迷った。

 

 発表の反省は必要だった。4人で話しておくべきこともある。ただし、今日でなければならない話ではない。

 

「すみません。今日は先に戻ります。次のゼミで、改めて聞かせてください」

 

 急いでいることを悟られないよう、資料を鞄へ入れた。

 

 ペンケースのファスナーが一度引っかかり、指先が止まる。落ち着けと自分へ言い聞かせてから閉じ直した。

 

 教室を出るまで、足を速めなかった。

 

 大学を出てからも、駅まではいつもと同じ道を歩いた。

 

 それでも、家へ着いて自室の扉を閉めた途端、鞄を机へ置く動きが速くなった。

 

 異世界側へ移る。

 

 空気が変わった。ゲンダイ側の夏の湿気が薄れ、石壁の冷たさと木の匂いが鼻へ入る。

 

 澪はすぐに地図を開いた。

 

 領都の屋敷でも、商会でもない。

 

 2人の反応は、採石場秘密基地の奥で重なっていた。

 

 少なくとも、2人ともそこにいる。

 

 胸の中で固まっていたものが、少しだけほどけた。

 

 同時に、別の疑問が浮かぶ。

 

 もう夜になるのに、どうして秘密基地にいるのだろう。

 

「……帰ってきた日の夜くらい、休んでいませんかね」

 

 自分で口にして、ありそうにないと思った。

 

 澪は地図を閉じ、採石場へ向かった。

 

 

 

 

 

 採石場の底には、夜の冷気が沈んでいた。

 

 昼間に熱を持った岩壁も表面から冷え始め、風が吹くたび、細かな岩粉が地面を転がっていく。

 

 秘密基地の扉を開くと、外とは違う温度が頬へ触れた。

 

 内部は照明と機材の熱で暖かい。入口付近には岩と埃の匂いが残り、奥へ進むにつれて金属、油、熱を持った結界札の匂いが混じっていく。

 

 澪は基地の中央へ続く扉を押した。

 

「真壁さ〜ん。ヴァルトさ〜ん」

 

 返事より先に、金属を置く音が止まった。

 

 作業区画の奥で真壁が振り返る。ヴァルトも机から顔を上げた。

 

 2人とも立っている。

 

 その当たり前のことを見ただけで、澪の足から力が抜けかけた。

 

「澪君か。発表は終わったのかね」

 

「はい。無事に終わりました」

 

 答えながら、澪は2人へ近づいた。

 

 真壁の上着には乾いた泥が筋になって残っている。袖口には細かな裂け目があり、靴にも土がこびりついていた。

 

 ヴァルトの服は着替えているようだったが、身体の動かし方がいつもより硬い。机の横へ回った時、脇腹をかばうように片方の肩が遅れた。

 

「お2人とも、無事なんですよね」

 

「ええ」

 

 真壁は短く答えたあと、澪の視線がヴァルトの脇腹へ向いていることに気づいた。

 

「エアカーは無事ではなかったが、我々はこの程度だ」

 

「エアカーが無事ではなかった?」

 

 澪の声が思ったより低くなった。

 

 ヴァルトが困ったように眉を下げる。

 

「上空から調べていたところ、巨人に見つかりました。投げられた魔物を結界で逸らしたのですが、胴の部分が機体へ当たりまして」

 

「投げられた魔物」

 

「生きたままでした」

 

 澪は言葉を失った。

 

 石や木ではない。魔物を掴み、空を飛ぶエアカーへ投げたのだ。

 

「それで、不時着しました」

 

「森へ落としただけだ。墜落ではない」

 

 真壁が訂正した。

 

「不時着と墜落の違いを説明されても、安心できませんよ」

 

 怒鳴る気にはなれなかった。

 

 2人が目の前にいる。それだけで十分だったはずなのに、服の泥やヴァルトの動きを見れば、安堵だけでは済まない。

 

「脇を打ちましたが、歩けます。応急手当も済ませました」

 

「痛くないとは言っていませんよね」

 

「それは、まあ」

 

 ヴァルトの答えが弱くなった。

 

 澪は追及を続けず、作業区画を見回した。

 

 中央には大きな解体台が置かれていた。床の排水溝は掃除され、器材台も空のまま並んでいる。白い板が何枚か用意されているが、木喰い巨人の死骸も黒い土も見当たらない。

 

「セルマさんが来るまで、出していないんですね」

 

「ええ。位置も変えておらん」

 

 真壁が解体台の向こうを示した。

 

「エアカー、巨人、根、汚染された土は別々に隔離してある。セルマ君が見る前に混ぜる理由はない」

 

 そこまで聞いて、澪は息をついた。

 

 だが、解体区画の反対側では棚が壁際へ寄せられ、普段より広い床が空けられている。

 

「こちらも、明日の調査に使うんですか」

 

「半分はな」

 

 真壁は空いた場所へ目を向けた。

 

「残りは、巨人を倒す手段を考えるためだ」

 

「帰ってきた日の夜から、もう次の準備なんですね……」

 

 真壁は否定しなかった。

 

 

 

 

 

 真壁は収納から細長い金属棒を取り出し、床の空いた場所へ置いた。

 

 澪の足元から始まり、作業区画を横切っても終わらない。途中で別の棒を継ぎ足し、さらに先へ延ばしていく。

 

「ここまでが、およその全高だ」

 

「……これで何mですか」

 

「約18m」

 

 数字で聞いた時より、床へ示された長さの方が大きく見えた。

 

 澪は一方の端から、もう一方の端へ視線を動かした。作業区画の広さを知っているだけに、その中へ横たわる巨人の姿が想像できてしまう。

 

 ヴァルトが棒の途中へ、小さな部品を置いた。

 

「膝が、この辺りです」

 

「膝で、そこなんですか」

 

 実際に立っているなら、見上げなければ届かない。

 

 その横へ、村で使った結界騎士の高さを示す短い棒が置かれた。並べると、大人と子どもどころではない。

 

「鑑定で分かったのは、巨人種であることと、魔力感知を持つことです」

 

 ヴァルトは巨人の胴に当たる位置へ手を置いた。

 

「木喰い巨人より大きく、地面から生じた魔物を食べていました。木喰い巨人と同じ種類かは分かりません」

 

「分かったのは、そこまでだ」

 

 真壁が巨人の輪郭へ頭と腕の位置を足していく。

 

「内部構造も、急所も不明。外皮の厚さも分からん」

 

 分かっていることと、まだ分からないことを混ぜていない。

 

 その点には安心できた。

 

 だが、真壁の手はすでに攻撃する位置を探り始めている。肩、腕、膝へ部品を置くたび、床の上に見えない巨体が立ち上がっていくようだった。

 

「これを倒すために、何か作るんですか」

 

「そうなる」

 

「結界騎士を大きくします」

 

 ヴァルトが短い棒を持ち上げ、巨人の横へ立てた。

 

「結界騎士というのは、村人の前で動かしたものですよね」

 

「ええ。人が操っていると知られぬよう、ローブを被せました」

 

 澪は、壁際へ置かれた黒い布へ目を留めた。

 

「村の人には何と説明したんですか」

 

「王国の秘密の騎士を装った」

 

 真壁が答えた。

 

「名は、ジェダイ騎士団だ」

 

 澪は真壁の顔を見た。

 

 続いてヴァルトを見る。

 

 ヴァルトは視線をそらさず、咳払いもしなかった。

 

「……そうですか」

 

 何か言うべきだと思ったが、これから18mの巨人を倒す相談をする時に、名前だけで話を止めるのも違う気がした。

 

 澪は一度、飲み込んだ。

 

「その結界騎士を同じくらい大きくして、殴り合うんですか」

 

 真壁が澪を見た。

 

「いや。殴り合うためではない」

 

 金属棒の膝の位置を指先で叩く。

 

「こちらの武器を、届く場所まで運ばせるためだ」

 

「武器を運ぶため」

 

「今の結界騎士では、膝を狙うだけでも巨人の足元へ入りすぎます」

 

 ヴァルトが短い棒を巨人の足へ近づける。

 

「倒れた場合、逃げる前に巻き込まれます。光刃を胴へ届かせることもできません」

 

「それに、あの地面へ人を近づけたくない」

 

 真壁は巨人の周囲を指した。

 

「魔物が土から生じている。長く立ち入る場所ではない」

 

 巨大化という言葉だけを聞けば、真壁がまた妙な物を作りたがっているようにも思えた。

 

 だが、巨人の膝の位置と既存の結界騎士を並べてしまえば、必要な距離が分かる。

 

「大きくすること自体が目的ではないんですね」

 

「大きさは手段だ。必要以上に増やす理由はない」

 

 真壁の答えは短かった。

 

 その直後には、床の部品を置き直している。

 

 澪が納得するのを待ってから作業へ戻るのではなく、話しながら次の問題へ進んでいた。

 

 

 

 

 

「形を大きくするだけなら可能です」

 

 ヴァルトが、小型の人型結界を作業台の上へ立たせた。

 

 半透明の脚が卓上へ触れ、腰から上が淡く揺れている。

 

「ただ、動かす場合は別です」

 

 右脚を前へ出す。

 

 脚そのものは動いたが、腰が遅れた。上体が右へ傾き、左腕が下がる。ヴァルトの指が動き、腰を戻すと、今度は肩が不自然に持ち上がった。

 

「今の大きさでも、歩行には脚、膝、腰の補正が要ります。これを18mへ上げれば、ずれも大きくなります」

 

 結界騎士は一歩だけ進み、止まった。

 

 ヴァルトの額には汗こそないが、話すまでに一呼吸置いている。

 

「腕へ武器を持たせれば、そちらの重さも補わなければなりません。歩かせている間、境界や防御へ回す余裕がなくなるかもしれません」

 

 真壁は結界騎士の脚を見ていた。

 

「左右の脚を交互に動かす必要はあるか」

 

「人間の歩き方を再現するなら」

 

「ならば、再現しなければよい」

 

 ヴァルトの指が止まった。

 

「歩行は捨てよう」

 

「巨大な騎士なのに、歩かないんですか」

 

 澪が尋ねると、真壁は収納から分解された機構を取り出した。

 

 見覚えがある。ワッパに使っていたホバー機構の一部だった。

 

「滑る方が速い。制御も少ない」

 

 真壁が機構を作業台の下へ入れる。

 

 ヴァルトは人型結界の膝を少し曲げ、足を床から浮かせた。

 

 ホバー機構へ魔力が通ると、乾いた岩粉が円を描いて押し広げられた。小型模型が数cm浮き、音もなく前へ進む。

 

 ヴァルトが片側の出力を落とす。模型は右へ向きを変えた。左右へ別の力を加えると、正面を向いたまま横へ滑る。

 

「横へも動かせます」

 

「巨人の正面に立ち続けずに済むな」

 

「後退も、歩かせるより速くできます」

 

 真壁は模型の片腕へ金属の重りを載せた。

 

 模型が傾く。

 

 ヴァルトは支えようとしたが、左右一括の出力では戻し切れない。重り側の足元だけが沈んだ。

 

「発生器ごとに分ける必要があります」

 

 ヴァルトはいつの間にか脇腹をかばう姿勢を忘れ、模型へ身を乗り出していた。

 

「武器の持ち替えでも重心が変わる」

 

 真壁はヴァルトの言葉が終わるより先に、別の小型発生器を取り出した。

 

「砲を持つ側だけ補正を増やします。腕を動かす信号とは分けた方がよいでしょう」

 

「急停止は」

 

「逆方向へ短く出します。ただ、地面の状態で滑る距離が変わります」

 

「ならば停止だけに頼らん。射撃時は固定する」

 

 2人の会話が速くなっていく。

 

 真壁が部品を置けば、ヴァルトが結界へ組み込む位置を答える。ヴァルトが負担を口にすれば、真壁は必要のない動作を捨てた。

 

 澪が次の質問を挟む頃には、2人はもう、その次の問題へ進んでいる。

 

 作業台の模型は、騎士というより、膝を曲げたまま地面を滑る何かになりつつあった。

 

「歩かない巨大騎士……」

 

 澪が口にすると、真壁は模型の足元へ新しい取付枠を置いた。

 

「騎士である必要もない」

 

 その一言で、澪の中に残っていた形まで外された気がした。

 

 

 

 

 

「近づかずに、遠くから全部倒せないんですか」

 

 澪の問いを聞き、真壁は収納から長い金属筒を取り出した。

 

 床へ置かれた筒が、低い音を響かせる。砲身に見えるが、内側はまだ加工されておらず、後部にも何も付いていない。

 

「できる保証がない」

 

 真壁は筒へ手を置いた。

 

「中枢の位置が分からん。外皮の厚さも、取り込んだ物の位置も不明だ」

 

「それでも作るんですか」

 

「片脚なら外から見える」

 

 真壁は床に示した巨人の膝へ戻り、部品を置いた。

 

「まず片膝か足首を壊す。立てなくしてから急所を探る」

 

「魔物を投げた腕も候補です」

 

 ヴァルトが腕の位置へ別の印を置く。

 

「片腕を壊せれば、投げられる物の大きさも減らせます」

 

「遠くから倒し切る武器ではなく、近づける状態にする武器なんですね」

 

「その通りだ」

 

 澪の問いに答えながら、真壁は金属筒の下へ支持具を置いている。

 

 大型砲を模型へ持たせる代わりに、片側へ重りを足す。小型のホバー模型はすぐに右へ沈んだ。

 

 ヴァルトが出力を増やし、姿勢を戻す。

 

「構えるだけなら補正できます。ただ、撃てば後ろへ流れます」

 

「ホバーを止める」

 

「それだけでは足りません」

 

 ヴァルトは模型の足元へ結界を重ねた。

 

 半透明の膜が足部を包み、床へ伸びる。空気が張り詰めたような圧が伝わり、模型の揺れが止まった。

 

「撃つ瞬間だけ、脚部を地面へ固定します」

 

「固定中は動けん」

 

「ですから、長く続けません。照準が合ってから固定し、発射後すぐ解除します」

 

「固定、発射、解除、横へ離脱。ひとつの動作にする」

 

「ホバーと固定結界を同時に動かさない方がよいですね。足部へかかる力が反対になります」

 

「切替を機体側へ覚えさせられるか」

 

「決めた動作なら可能です。私が1つずつ術式を動かすより、合図だけ送る方が負担も減ります」

 

 真壁の口元が、わずかに動いた。

 

 笑ったというほどではない。だが、澪には2人が面白くなってきた時の顔に見えた。

 

「弾はどうするんですか」

 

「巨人の脚を壊す物と、魔力だまりへ使う物は分ける」

 

「魔力だまりへ?」

 

「残雪の上では、黒い靄が薄く見えました」

 

 ヴァルトが答えた。

 

「冷たさが影響したのか、水分か、地面の違いかは分かりません。セルマさんが明日調べます」

 

「効くと決まる前に、容器だけ用意するんですね」

 

「中身が変わっても、運ぶ殻は使える」

 

 真壁は砲身の横へ、空の円筒を出した。

 

「明日から筒を作る理由はない」

 

 まだ冷却が効くとは決まっていない。

 

 それでも、何かを散布する必要が生じた時に使える外殻は先に作る。答えが出てから全部を始めるのではなく、変わらない部分を前へ進めている。

 

 澪は、空いていた床へ部品が増えていく様子を眺めた。

 

 止める理由は見つからない。

 

 止めたところで、明日の作業が増えるだけなのも分かっていた。

 

 

 

 

 

「それで、倒れた後はどうするんですか」

 

 澪が尋ねると、真壁は細い柄を取り出した。

 

 金属製の棒に見える。中央に握る部分があり、片端には幾重にも重なった小さな環が収まっている。

 

「これを使う」

 

 ヴァルトが周囲を見回した。

 

 真壁は試料のない試験区画へ移動し、床と壁に可燃物が残っていないことを確かめる。ヴァルトも結界を薄く張り、澪へ少し下がるよう促した。

 

 何を始めるのか分からないまま、澪は2歩下がった。

 

 真壁が柄を構える。

 

 ヴァルトが魔力を通した。

 

 低い音とともに、白い光が伸びた。

 

 照明とは違う。輪郭を持った白い刃が空中へまっすぐ固定されている。光は岩壁へ反射し、真壁の袖とヴァルトの顔を青白く照らした。

 

 澪は瞬きを忘れた。

 

 黒いローブ。

 

 ジェダイ騎士団。

 

 そして、白い光の剣。

 

 ここまで揃ってしまえば、別の呼び方を考える方が難しい。

 

「ああ……とうとう作っちゃったんだ。ライトセイバー」

 

 口から出た声には、驚きよりも深いため息が混じった。

 

「名称はともかく、現状では巨人の中枢まで届かん」

 

 真壁は否定しなかった。

 

「そこは否定しないんですね……」

 

「切断力はあります。ただ、長くすると問題が出ます」

 

 ヴァルトは白い刃の先端を見た。

 

「収束路を延ばすほど、先端の密度が落ちます。今の魔石では消耗も大きすぎます」

 

 光刃が停止する。

 

 白い残光が澪の目に残り、岩壁の暗さが一瞬深くなった。

 

 ヴァルトは柄の基部から魔石を外し、内部の光を見比べた。起動した時間は短かったが、先ほどより明らかに輝きが弱い。

 

「長くするだけでは駄目なんですね」

 

「長さ、密度、収束路、供給する魔力。全部を揃える必要があります」

 

 ヴァルトが柄を作業台へ置いた。

 

「振り回す必要はない」

 

 真壁は床の巨人の輪郭へ戻り、倒れた姿勢を手で示した。

 

「片脚を壊し、倒した後に首か胴へ置けばよい」

 

「急所の位置は、木喰い巨人の調査結果を見てからですね」

 

「同じ構造とは限らん。だが、狙う高さを絞る材料にはなる」

 

「振る動作がなければ、腕の制御も減らせます」

 

「刃は長さと安定を優先する。腕は所定の位置まで運ぶだけだ」

 

「収束路を機体側にも持たせれば、柄だけへ負荷が集中しません」

 

「交換は」

 

「魔石ごと外せる構造にします」

 

 また2人の会話が速くなる。

 

 真壁は大型の柄に使えそうな金属筒を出し、ヴァルトは環状の収束路を何個置けば刃先まで保てるか考え始めた。

 

 ヴァルトは脇腹へ触れることも忘れ、真壁の手元をのぞき込んでいる。

 

 澪は白い光が消えた空間を見た。

 

 真壁はライトセイバーを作ったことより、それが巨人に届かないことを問題にしている。

 

 ヴァルトも、前世の記憶があるなら澪と同じ物を連想しているはずなのに、名前ではなく魔石の消耗を見ている。

 

 澪は何も言わず、試験区画の照明を元へ戻した。

 

 

 

 

 

「その大きな騎士は、誰が中に乗るんですか」

 

 澪の問いに、真壁とヴァルトの手が止まった。

 

 真壁が収納から小型カメラと映像板を取り出す。ヴァルトが接続すると、基地内部の映像が画面へ浮かんだ。

 

 カメラの向きを変えるたび、真壁、床の部品、澪の姿が順に入る。

 

「通信が切れた場合を考えれば、内部操作にも利点はある」

 

 真壁が答える。

 

 澪の胸が冷えた。

 

「真壁さんか、ヴァルトさんが乗るつもりですか」

 

「まだ決めておらん」

 

「遠くから動かせるなら、人が乗る理由はないですよね」

 

 澪は画面と模型を指した。

 

「壊れたら止めればいいじゃないですか。置いて帰って、後で真壁さんが収納すればいいでしょう」

 

 真壁は答えず、床へ置いた金属棒を見た。

 

 ヴァルトが先に口を開く。

 

「人を乗せなければ、壊れた腕や脚だけを切り離せます」

 

「搭乗する場所も要りませんよね」

 

「操縦者を守る結界、衝撃を逃がす構造、脱出手段も不要になります」

 

 ヴァルトの言葉を受け、真壁は大型骨格に使う金属材を収納から出した。

 

 最初に考えていた位置から1本を外し、胴体の幅を狭める。

 

「人を守る区画がなければ、胴を薄くできる」

 

「砲の反動も搭乗者へ考慮せずに済みます」

 

「急停止も制限が減る」

 

「収納で回収する場合も、生体が入っていなければ問題ありません」

 

 澪の問いが、いつの間にか軽量化の話へ変わっていた。

 

「通信が切れたらどうするんですか」

 

「その場で止めます」

 

 ヴァルトは術式板を引き寄せ、新しい線を足した。

 

「大型砲の安全装置をかけ、光刃を消し、ホバーを止めます。脚部を固定して、再接続を待ちます」

 

「勝手に戦い続けたりは」

 

「させません。自分で敵を選ぶ機能は付けません」

 

 完全自動ではない。

 

 ヴァルトが離れた場所から映像を見て動かし、命令が途切れれば止まる。

 

 澪はそこで、ようやく少し息をつけた。

 

 真壁がカメラを大型骨格の頭部に当たる位置へ仮置きした。

 

「主視界は中央だな」

 

「照準と同じ軸へ置けます」

 

 ヴァルトが映像板を見ながらカメラを左右へ動かした。

 

 丸いレンズが金属枠の中を滑る。中央で止まり、右へ移り、また左へ戻る。

 

「壊されたら見えなくなりますよ」

 

 澪が言うと、ヴァルトはすぐ別の小型カメラを取った。

 

「胸部にも付けます」

 

「後ろも必要ではありませんか」

 

「後頭部にも置こう」

 

 真壁が3つ目の取付部を出す。

 

「主眼を失っても、退く程度は見えねばならん」

 

「操作中、巨人以外の魔物はどうしますか」

 

 澪の問いに、真壁が地図を開いた。

 

「私が位置を伝える。ヴァルト君は映像と機体操作へ集中した方がよい」

 

「地図と映像を私1人で追うより、その方が助かります」

 

 ヴァルトが操作盤の横へ、真壁が立つ位置を空けた。

 

 砲身。ホバー機構。遠隔映像。巨大な光剣。人が乗らない大きな人型。

 

 何もなかった床へ、話が進むたびに物が増えている。

 

 澪はそれらを順に眺めた。

 

「異世界で、機動兵器の開発ですか」

 

 澪の声に、2人が振り向いた。

 

「敵が18mあるのでな」

 

 真壁は当然のように答えた。

 

「歩かせず、遠隔で動かし、遠くから脚を壊します。接近後は光刃です」

 

 ヴァルトまで、少し楽しそうに説明を足す。

 

「説明されるほど、本当に機動兵器なんですよ……」

 

 真壁はすでにカメラの取付角度を変えている。

 

 ヴァルトも映像を見ながら、首を動かせる範囲を広げ始めた。

 

 澪は2人を見比べたあと、持ってきた袋を机へ置いた。

 

「お2人とも、夕飯は食べましたか」

 

 真壁とヴァルトが視線を合わせた。

 

 返事がない。

 

「作るのは止めませんけど、食べながらにしてください」

 

「まだ作ってはおらん」

 

「もう十分始まっています」

 

 澪は作業用の机とは別の場所へ、食事を並べた。

 

 温かさは少し落ちていたが、蓋を開けると出汁と米の匂いが広がった。金属と油の匂いばかりだった基地に、ようやく人がいる場所らしい空気が戻る。

 

 ヴァルトが箸を手に取りながらも、映像板へ視線を向ける。

 

「食べている間は、手を動かさないでください」

 

「考えるだけなら」

 

「口に物を入れたまま話さないでくださいね」

 

 澪が先に釘を刺すと、ヴァルトは素直に箸を止めた。

 

 真壁は何も言わず椀を持ったが、視線だけは床の骨格材へ向いている。

 

 澪は真壁の椀へ汁を足した。

 

 止める代わりに、冷める前に食べさせる方を選んだ。

 

 

 

 

 

 食事を終えると、真壁は床に置いた長い骨格材を持ち上げた。

 

 そのままでは収納から出した後に組み上げにくい。真壁は同じ長さへ切り分け、端へ共通の接続部を作っていく。

 

 金属を削る音が基地へ響いた。

 

 ヴァルトはホバー発生器の取付枠を模型へ当て、前寄りだった位置を後方へずらした。砲身を載せた側へ傾くと、補助発生器を増やすのではなく、枠の位置を変えて重心を戻す。

 

「これなら、右腕に砲を持たせても補正が減ります」

 

「左へ持ち替える必要はない。用途を固定する」

 

 真壁は砲を支える肩側の接続部だけを太くした。

 

 大型光剣用の柄にも手を伸ばしたが、魔力供給部へ触れる前に止める。急所の位置と必要な刃長が分からない以上、今決めても作り直しになる。

 

「外枠までだ」

 

「収束路も、長さが決まってからにします」

 

 ヴァルトは用意していた術式板を伏せ、代わりに遠隔操作盤の停止系統へ手を移した。

 

 変わる部分には手を出さず、明日の結果がどうでも使える物だけを先へ進めていく。

 

 澪は空になった器を片づけながら、2人の作業を見ていた。

 

 完成にはほど遠い。

 

 それでも、何もなかった床に巨大な何かの輪郭が生まれ始めている。

 

「それで、これを実際に作ったら、どれくらい動くんですか」

 

 澪が何気なく尋ねると、ヴァルトの手が止まった。

 

「どれくらい、とは」

 

「時間です。ホバーで動いて、砲を撃って、光剣も使うんですよね」

 

 真壁も接続部を置く手を止めた。

 

 2人は一度、床の部品を見渡した。

 

 ヴァルトが収納から魔石を出す。

 

 最初に、ホバー用として複数を片側へ置いた。次に、映像と操作盤へ別の魔石を置く。脚部固定の結界用。大型砲の発射用。光剣用。命令が途切れた時に停止させる系統にも、独立した分が要る。

 

 石同士が触れるたび、乾いた音が作業台へ響いた。

 

「映像と操作は、消費そのものは大きくありません」

 

 ヴァルトは魔石を分けながら話す。

 

「ですが、砲を撃った時に同じ系統から取れば、映像が乱れる可能性があります。別にしなければなりません」

 

「ホバーは止められん」

 

 真壁が駆動用の側へ魔石を足す。

 

「武器より優先だ。倒れれば、その後がない」

 

「脚部固定も、砲撃の瞬間だけとはいえ急な出力が要ります」

 

「光刃は」

 

「今の長さでも消耗が大きいです。巨大化すれば、さらに増えます」

 

 作業台の魔石が減っていく。

 

 ヴァルトは別の箱へ手を伸ばしかけ、止まった。

 

 箱の蓋には、ルーデ村へ送る印が付いている。

 

 真壁が箱を自分の方へ引き、蓋を閉じた。

 

「それは除外する」

 

「はい」

 

「村の結界用ですか」

 

 澪が尋ねる。

 

「結界だけではない。補給所の魔道具、加熱器、救援用の装備に回す分もある」

 

 真壁は閉じた箱を作業台の端へ戻した。

 

「ここへ使えば、村の備えが薄くなる」

 

 ヴァルトは残った魔石だけで、もう一度配置を始めた。

 

 ホバーの数を減らす。砲の予備射撃分を外す。光刃の使用時間を縮める。それでも、映像と操作、停止系統を削ることはできない。

 

 やがて、ヴァルトの指が止まった。

 

「今考えている規模なら、短い戦闘を1度。それが限界です」

 

 澪はその言い方に引っかかった。

 

「1度だけですか」

 

「大型砲と光刃を使えば、消耗が大きすぎます。試験に使う分も、ほとんど残りません」

 

「壊れなくても、次は動かせないんですね」

 

「そうなります」

 

 澪は床へ並ぶ部品を見た。

 

 巨大化も、ホバーも、遠隔操作も、大型砲も、光剣も、話の上ではつながった。

 

 だが、それを一度動かすだけで、手持ちの魔石を使い切る。

 

「それだと、兵器というより使い捨てですよね」

 

 真壁は反論しなかった。

 

「ルーデの分まで使えば、多少は延ばせる」

 

 閉じた箱へ手を置く。

 

「だが、それはせん。村の守りを薄くして巨人を倒しても意味がない」

 

 ヴァルトは用途ごとに置いた魔石を、元の箱へ戻していった。

 

「機体の形は作れます。動かし続ける方法がありません」

 

 先ほどまで弾んでいた2人の声が止まった。

 

 基地の奥で、冷却設備の低い駆動音だけが続いている。

 

 澪は、これで2人が諦めるとは思わなかった。

 

 真壁は魔石の箱を見たあと、作りかけの接続部へ手を伸ばした。

 

「最終組立は保留する」

 

 ヴァルトが顔を上げる。

 

「今夜は共通部品までだ。骨格、取付枠、操作盤、砲身外殻。魔力供給部は触らん」

 

「分かりました。停止術式も、小型の操作盤だけで試します」

 

「明日、セルマ君の結果を聞いてから組み直す」

 

 計画は止まらなかった。

 

 ただ、解けていない問題を抱えたまま完成させることもしない。

 

 真壁が次の接続部を固定すると、再び金属を削る音が基地へ響き始めた。ヴァルトも映像板を閉じ、魔石を使わず進められる術式だけを選び直す。

 

 巨大な何かが立つために空けられた床は、そのまま残されていた。

 

 その横で、ルーデ村の印を付けた魔石の箱だけは、蓋を閉じたまま動かなかった。

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