360mmロケット弾を使用するジャイアント・バズーカ――略してジャイアント・バズを構えた白い機動兵器が、降りしきる雪を左右へ吹き分けながら前進した。
その正面では、名称不明巨人が岩と泥に覆われた頭部をわずかに傾けている。
全高だけなら、どちらも約18m。
だが、並んでみれば体格差は明白だった。名称不明巨人の肩幅は白い機動兵器より広く、胴体は厚い。膝近くまで垂れた両腕は太く、拳だけで機動兵器の胸部を覆えるほどの大きさがある。
巨人が右足を踏み出した。
凍った地面が割れ、泥と雪が足元から噴き上がる。
「距離を取ります」
ヴァルトの声がヘルメットへ届いた。
高台の制御卓では、ヴァルトが両手を操作具へ置き、アメジストを介して白い機動兵器を後退させようとしている。
「待ち給え」
真壁は冷却線外側の岩の上から巨人を見た。
「下がれば、あの腕だけが届く距離へ入る」
「ですが、正面に残れば」
「頭を見る必要はない。胸の中央を見給え」
白い機動兵器の頭部にある視覚器が下がった。
「胸ですか」
「腕を振る前には肩が動く。踏み込む前には腰が沈む。大きい相手ほど、始動は全身へ現れるものだ」
名称不明巨人の右肩が、後ろへ引かれた。
頭部の視覚器へ送られる映像では、巨人の拳が視界の半分近くを占めていた。ヴァルトは無意識に照準を拳へ移しかける。
「拳を追ってはならん。動き始めた後の先端を見ても遅い」
真壁は巨人の肩から胸、腰へ視線を移した。
巨人の胴体を構成する岩と泥が、右肩の動きに引かれて捻れている。胸がわずかに左へ向き、腰が右脚の上へ沈んだ。
「胸と腰を見給え。どちらへ力を溜めているかが分かる」
「横へ振るつもりですか」
「そうだ。上からではない。右から左へ薙ぐ」
ヴァルトは後退操作へ置いていた指を離し、横方向のノズル制御へ移した。
巨人の腕が動き出した時には、白い機動兵器はすでに回避方向へ傾き始めていた。
「右から来ます」
「そうだ。足を止めず、横へ」
巨人の右腕が振られた。
拳が雪を巻き込みながら、白い機動兵器の頭部へ迫る。
白い機動兵器は足を上げなかった。
脚部と腰のスカート内で低い唸りが重なり、複数の吸気口が周囲の大気を吸い込む。
圧縮された空気が、方解石から送られた魔力によって一気に加熱された。
膨張した空気が脚部とスカート下部のノズルから地面へ噴き出す。
雪原と足裏の間へ押し込まれた空気は、狭い隙間から逃げきれず、高圧の層となって機体を持ち上げた。
足裏が雪からわずかに離れる。
その瞬間、白い機動兵器が右へ滑った。
巨人の拳が機体の左側を通過する。
数m先の雪原へ拳が激突した。
凍った土が砕け、雪と黒い泥が高く吹き上がる。飛び散った岩片が白い機動兵器の肩を打ち、硬い音を立てた。
巨人の拳が作った溝は、白い機動兵器の足元から十数mも伸びていた。あと一瞬横滑りが遅れていれば、頭部から胸部までをまとめて薙ぎ払われていた位置である。
ヴァルトは制御卓の表示を見た。各ノズルの出力は瞬間的に上がったものの、方解石の供給量にはまだ余裕がある。
「歩いて避けようとすれば、片足へ重心を移した時点で捕まっていました」
「ゆえに、あの仕組みが必要だったのだろう」
白い機動兵器の足裏では、熱せられた空気が雪を円形に押し潰している。足を地面へつけずに重量を支え、そのまま横方向の噴射へ切り替えることで、巨体をひとつの塊として動かしていた。
「ただし、浮いたからといって軽くなったわけではない。止める時には同じ重さが君へ返ってくる」
「急制動では、逆噴射と足底の接触を併用します」
「よろしい。速度を得る仕組みより、止まる仕組みを忘れぬことだ」
「歩いていない」
真壁はあらためて機体の足元を見た。
「はい。足を踏み替える代わりに、噴射方向を変えています」
ヴァルトが操作具を倒す。
白い機動兵器は巨人へ正面を向けたまま、さらに右へ滑った。
「方解石が加熱器へ魔力を送り、アメジストが各ノズルの噴射量を制御しています。足裏と地面の間へ空気を閉じ込め、機体の重量を支えています」
「地面との摩擦を抜いているわけか」
「平坦地なら、時速240kmほど。最大出力では時速381kmまで想定しています」
「この荒れ地で試す数字ではありませんな」
白い機動兵器の左後方と右前方から、互いに逆向きの熱風が噴き出した。
巨体がその場で滑るように回頭する。
名称不明巨人も機体を追って上体を回すが、その動きは遅い。白い機動兵器は巨人の左側へ回り込み、左膝を正面に捉えた。
「最高速度より、その初動を使い給え。前後だけで動けば、相手に進路を読まれる」
「承知しました」
白い機動兵器がジャイアント・バズを両手で保持した。
高台の制御卓で、ヴァルトは巨人の左膝へ照準を合わせた。
左足の下だけ雪が溶け、黒い筋が露出している。
真壁が鑑定を集中させると、黒い筋から巨人の足裏へ黒紫色の魔力が流れ込んでいた。
「左膝でよろしいですか」
「撃ち給え。まず、どこまで通るか見ます」
ジャイアント・バズの砲尾に組み込まれた収納連結口が開いた。
出撃前に接続しておいた術式が、ヴァルトの収納内にある弾薬区画へ通じる。補給操作を受けると、全長数mに及ぶ360mmロケット弾が、砲尾の後方へゆっくりと姿を現した。
装填用の保持具が弾体を左右から掴む。
太い弾体が砲身と同じ軸へ揃えられ、砲尾内部へ押し込まれた。装填部の固定爪が閉じ、弾体後部を保持する。続いて閉鎖機構が下がり、収納連結口との境界が遮断された。
「ロケット弾、装填完了。収納との接続も閉じました」
「発射炎が収納側へ入り込まぬよう、装填後は必ず切り離すのだな」
「はい。弾体の固定と連結口の閉鎖を確認しなければ、ジルコンへ魔力は流れません」
白い機動兵器は両腕でジャイアント・バズを支え、砲床の代わりに脚部ホバーの噴射量を左右で調整した。
巨人の左膝が照準の中央へ収まる。
雪を踏み抜く巨人の動きに合わせて、砲口がわずかに上下した。アメジストを通したヴァルトの操作がその揺れを追い、狙点を膝の中央へ戻す。
「今です」
ヴァルトはジルコンへ魔力を送り込んだ。
ジャイアント・バズの射出機構が作動する。
砲身後部から噴炎と白煙が噴き出し、360mmロケット弾が雪原の上へ放たれた。
射出された弾体は、直後に自らの推進を加えた。
白煙の筋が雪の中を突き抜ける。
名称不明巨人の左膝へ命中した。
炸裂音は短かった。
巨人の膝前面に、小さな孔が開く。
次の瞬間、白熱した噴流が膝の内部へ走った。
岩を貫き、黒い泥を焼き、取り込まれた魔物の骨と殻を一直線に通り抜ける。
巨人の膝裏が内側から弾けた。
灼けた泥、岩片、砕けた骨が後方へ噴き出し、白い雪原に黒い筋を刻んだ。
巨人の身体が左へ傾く。
「貫通しました」
ヴァルトの声に驚きが混じる。
真壁は膝の前面と背面を見比べた。
「あれは、広く吹き飛ばすための弾ではない。弾頭の力を一点へ集め、内部へ通すものです」
弾頭は360mmの対戦車榴弾である。
真壁が高精度に整えた成形炸薬弾頭は、直径の16倍から20倍に相当する穿孔力を想定している。
単純装甲換算なら、約5,760mmから7,200mmを穿つ。
名称不明巨人の膝を構成する岩や殻も、壁としての役目を果たさなかった。
だが、巨人は倒れなかった。
右脚を雪原へ踏み込み、両腕を広げて傾いた身体を支える。
貫通した左膝の内部へ、足元から黒紫色の魔力が流れ込んだ。
黒い泥が穿孔路の内側へ盛り上がる。
砕けた岩と魔物の殻が引き寄せられ、膝の中で新しい形を作り始めた。向こう側に見えていた降雪が、黒い泥に塞がれていく。
「再生しています」
「抜けなかったのではない。抜けた後から補充されている」
最初に穿孔路の縁を覆ったのは、粘りの強い黒い泥だった。その泥へ細かな岩片が食い込み、さらに骨と殻が外側から重なっていく。
壊された膝と同じ形を正確に再現しているわけではない。
空いた場所へ材料を詰め、巨体を支えられる太さへ戻そうとしている。粗雑ではあるが、損傷した箇所を戦闘中に埋めるには十分な速さだった。
「もう一発、同じ場所へ撃ち込みます」
「それでは同じことの繰り返しになる」
「次は再生する前に」
「違う。時間の問題ではない」
真壁は左足の下へ鑑定を集中させた。
黒い雪解け筋から吸い上げられる魔力は、膝を貫かれる前より増えている。巨人は損傷を受けたことで、地面から取り込む量を自ら増やしていた。
「こちらが壊す速度へ、供給量を合わせている。火力を増せば、さらに吸い上げるかもしれん」
「では、先に供給を断つのですか」
「地面すべてから引き剥がすのは難しい。まず、あの脚を使えなくする」
名称不明巨人が、白い機動兵器へ向き直った。
穿孔された左膝を引きずりながら、それでも歩みを止めない。
「今度は懐へ入る」
名称不明巨人が長い腕を振り上げた。
「接近すれば、掴まれます」
「正面へ立てばな」
真壁は巨人の胸元を見る。
肩が上がり、腰が沈んだ。
「右腕が下へ来る。外へ逃げず、内側へ入り給え」
巨人の拳が振り下ろされた。
白い機動兵器の脚部とスカート左側から熱風が噴き出す。
白い巨体が右へ滑った。
拳が左肩をかすめる。
先の投擲で損傷していた外装が剥がれ、白い破片が雪上へ散った。だが、拳の中心は機体の外側を通過している。
巨人の腕が伸び切った。
「今だ」
白い機動兵器は前進ノズルと横方向ノズルを同時に噴かした。
直線ではなく、巨人の左側へ弧を描く。
長い腕が戻る前に、その内側へ入った。
「離れていれば、長い腕の先端ほど速く、重い。だが、懐へ入れば振り切れん」
ヴァルトはジャイアント・バズを右手だけで保持させた。
白い機動兵器の左手が、腰に収めていた柄を取る。
「片手で支えられます」
「方解石の出力は」
「安定しています」
柄の先に、細長い結界式が展開した。
Iフィールド収束路へ干渉粒子が流れ込み、白い光の刃を作る。
大型光刃が伸びた。
周囲の雪が触れる前から溶け、白い水蒸気となって立ち上る。刃の周囲では空気が揺れ、降り込んだ雪片が一瞬で消えた。
「刃部温度、摂氏5,400度で安定しました」
ヴァルトが大型光刃を振り上げる。
「振る必要はない」
真壁が止めた。
「ですが、膝を落とすには」
「それは鉄剣ではない。摂氏5,000度を超える刃だ。腕力を加えて叩き割る意味は薄い」
名称不明巨人が白い機動兵器を踏み潰そうと、左脚を前へ動かした。
「穿孔された膝の内側へ置き給え」
「置くのですか」
「そうだ。こちらから切りに行く必要はない。あの重さを使えばよい」
白い機動兵器は左腕を下げた。
大型光刃の先端を、再生途中の左膝内側へ向ける。刃は膝へ押し当てず、巨人が次に踏み込む進路のわずか内側で止めた。
「もう少し前ですか」
「それ以上近づけば、刃が深く入りすぎる。君の機体まで相手の懐へ引き込まれる」
真壁は巨人の腰と右脚を見た。
「相手が左脚へ重さを移す瞬間だけを使う。切ろうと焦らず、置いた位置を保ち給え」
巨人の腰が持ち上がった。
身体を支えていた右脚が伸び、再生途中の左脚が前へ出る。
「来ます」
「動かすな」
白い機動兵器は光刃を振らなかった。
巨人の左膝が白い刃へ触れる。
最初に岩の表面が橙色へ変わった。次の瞬間には白熱し、溶けた岩が粘りのある滴となって雪原へ落ちる。
黒い泥に含まれていた水分が一斉に蒸発した。
膝の内側から白い蒸気が爆発するように噴き出し、視覚器の映像を一瞬覆う。混じっていた骨は炭化し、魔物の殻は縁から赤く焼け崩れた。
「視界が」
「蒸気に目を奪われるな。左腕の負荷表示を見給え。押される方向へ機体を逃がし、刃の角度と接触点だけを保つのだ」
巨人の重量が大型光刃へ乗った。
制御卓に表示された左腕の負荷が急上昇する。
それは岩や骨を腕力で断つ抵抗ではない。接触した部分が溶けるまで、刃を同じ場所へ当て続けるための圧力だった。
ヴァルトは負荷表示を確認しながら、アメジストを介して機体の肘と肩の角度を固定する。同時に脚部ホバーを微調整し、巨人に押される分だけ機体を横へ逃がした。
方解石から左腕へ送る出力を上げ、大型光刃の角度が崩れないよう支える。
HEAT弾は、膝の前面から後方へ向けて穿孔路を開けている。
摂氏5,000度を超える大型光刃は、その穿孔路へ沿って入るのではない。膝の内側から外側へ進み、前後に開いた穿孔路を横切る。
内部を貫かれて薄くなっていた支持部へ、別方向から白い刃が食い込んだ。
穿孔路の周囲に再生のため詰め込まれた泥と岩が、横方向から溶断されていく。
「今、横へ」
ヴァルトが側方のホバーノズルを強めた。
白い機動兵器は刃を振らず、左腕の角度を保ったまま横へ滑る。
大型光刃が膝の内部に残っていた支持部を順に通過した。溶けた岩と泥が刃の後ろから噴き出し、切断された骨と殻が雪の上へ落ちる。
白い線が膝の外側へ抜けた。
切断面が赤く光り、黒い光沢を帯びて焼き固まった。
名称不明巨人の左膝が崩れた。
左脚が外へ折れ、約18mの巨体が大きく傾く。
「切断しました」
「すぐに離れ給え。接近する時も、離れる時も一気にだ」
倒れながら、巨人が両腕を広げた。
白い機動兵器は前方の逆噴射ノズルを作動させた。
空気クッションを一瞬だけ薄くし、足底の制動部を雪面へ触れさせる。
雪を削りながら速度を落とした直後、側面ノズルが最大出力で熱風を吐いた。
機体が巨人の腕の間から横へ抜ける。
巨大な両手が、何もない空間で激突した。
名称不明巨人は右膝と両手を雪原へついた。
その瞬間、地面から黒紫色の魔力が立ち上る。
右足だけではない。
雪原へ押しつけた両手からも魔力が吸い上げられ、太い腕の内部を通って肩へ流れた。
失われた左脚の断面で、黒い泥が再び盛り上がる。
「足だけではありません」
「地面へ触れた場所なら、どこからでも吸えるようですな」
巨人が両腕で地面を引き寄せた。
左脚を失った身体が、雪を押し潰しながら前へ進む。
立っていた時より低くなったが、両腕の届く範囲は変わらない。巨人は右手を伸ばし、白い機動兵器を掴もうとする。
ヴァルトは大型光刃を構えた。
「腕を切ります」
「力比べをする必要はない。腕の外側を回り給え」
白い機動兵器が脚部ホバーで右腕の外へ滑った。
巨人が機体を追い、上体を回す。
胸部が正面を向いた。
巨人は左脚を失った分だけ姿勢を低くし、両腕を交互に地面へついて身体を動かしていた。
右手が地面を掴むたびに、黒紫色の魔力が掌から腕へ流れ込む。左手をつけば、今度は左肩から胸へ太い流れが走る。
真壁は鑑定を集中させた。
胸へ集まった魔力は一度渦を巻き、右脚と失われた左脚の断面へ分かれている。
「胸の中央に集まっています。魔石でしょうか」
「いや。独立した核ではない。取り込んだ魔力を全身へ配る結節だ」
巨人が腕を動かすたび、結節部も胸の内部でわずかに左右へ揺れる。
ヴァルトは照準を胸部中央へ置いたが、巨人の這う動きに合わせて狙点が上下する。
「位置が定まりません」
「身体の動きに合わせて結節も動いている。雑に撃てば、岩と泥だけを抜くことになる」
「撃てません」
「それでよい。撃てぬ時に撃たないのも、射撃のうちだ」
白い機動兵器は巨人の腕の外側を回り続けた。
巨人が機体を追おうとして左腕を大きく振るう。
白い機動兵器は腕の先から離れながら、ジャイアント・バズを両手で構え直した。
砲尾の収納連結口が再び開く。
ヴァルトの収納から2発目の360mmロケット弾が引き出され、装填部へ収まった。固定爪が弾体を保持し、閉鎖機構が収納連結口を遮断する。
「装填完了。連結口も閉鎖しました」
巨人は左腕を振り終え、崩れかけた身体を右膝だけで支えた。
真壁はその胸と肩の動きを見る。
「次に右手を地面へついた時だ。振り下ろした腕が支柱へ変わり、胸の動きが止まる」
「その瞬間に結節部を撃ちます」
「そうだ。射線を保ち給え」
白い機動兵器は巨人の周囲を滑り続ける。
歩行していないため、下半身が横へ流れていても、上体と砲身は巨人へ向けたまま保たれていた。
名称不明巨人が右腕を高く持ち上げた。
白い機動兵器を叩き潰そうと、地面へ振り下ろす。
右手が雪原へついた。
胸の動きが、一瞬止まった。
「今だ」
ジルコンへ魔力が流れる。
360mmロケット弾が射出された。
砲身後方の噴炎が雪を吹き飛ばし、ロケット弾が巨人の胸部中央へ直進する。
命中。
胸の前面に孔が開いた。
白熱した成形炸薬噴流が、岩と泥の層を貫いて内部へ突き進む。
両腕から集まっていた黒紫色の魔力が、穿孔路の中で弾けた。
噴流はそのまま背面へ抜ける。
巨人の背中が内側から破れ、灼けた泥と岩片が雪原へ飛び散った。
右腕の動きが止まった。
左脚断面で盛り上がっていた黒い泥も、急に動きを鈍らせる。
「結節部を貫通しました」
「まだ流れは残っている。内部の通路を焼き切り給え」
白い機動兵器がジャイアント・バズを雪原へ置いた。
大型光刃が再び伸びる。
名称不明巨人が左腕を横薙ぎに振った。
白い機動兵器は避けるために跳ばなかった。
スカート下部の噴射量を絞り、地面との空気層を薄くする。
機体が雪原へ近づき、上体を低く沈めた。
巨人の腕が頭部の上を通過する。
巻き上げられた岩片と氷が頭部へ降り注いだが、そこだけを覆う結界が飛来物を弾いた。
白い機動兵器が前進ノズルを噴かす。
巨人の胸元へ一気に入った。
「遠間へ居座らず、入る時は一気に」
真壁は巨人の腕の戻りを見た。
「刃を置く場所だけを見給え」
「穿孔路へ入れます」
大型光刃の先端が、HEAT弾によって胸部に開いた孔へ入る。
白い光が巨人の内部へ沈んだ。
黒い泥が赤熱し、水蒸気と黒煙が胸部の前後から噴き出す。
ヴァルトは大型光刃を深く差し込み、そのまま左腕を横へ動かした。
白い刃が、穿孔路周囲に残っていた魔力の通路を溶断する。
胸から右腕へ伸びていた黒紫色の流れが切れた。
続いて左腕への流れが消える。
右脚へ向かっていた最後の太い筋も、途中から途切れた。
名称不明巨人が左腕を持ち上げようとした。
動かない。
地面へついていた右腕から、力が抜けた。
巨人の胴体をつないでいた黒い泥が形を失い、岩と殻の隙間から崩れ落ちる。
「離脱します」
白い機動兵器が大型光刃を引き抜き、後方へ滑った。
名称不明巨人の胸部が陥没する。
右肩が落ち、太い腕が雪原へ転がった。
胴体も一つの形を保てなくなり、岩、泥、骨、魔物の殻へ分かれて崩れていく。
腹部からは牙猪の角が落ちた。
肩を構成していた岩の間から、灰狼の骨が滑り出す。切断された多足魔物の殻も、黒い泥とともに雪へ広がった。
地図上で、中央にあった巨大な赤い反応が揺らいだ。
小さくなり、いくつかの不規則な反応へ分かれ、そのすべてが消える。
「反応消失」
ヴァルトは大型光刃を停止させた。
雪を溶かしていた白い光が消え、水蒸気だけが機体の左手周辺へ残る。
戦闘が終わっても、白い機動兵器はすぐには姿勢を解かなかった。
頭部の視覚器が崩れた残骸を左右へ走査する。
雪の下に新たな赤い反応はなく、岩と泥の山が再びまとまる様子もない。
ヴァルトは制御卓で機体の各部を順に確認した。
「左肩外装の損傷が拡大しています。胸部にも岩片による傷。主駆動、脚部ホバー、右腕、左腕は正常です」
「頭部と脚部の結界は」
「残量に余裕があります。大型光刃の収束路にも異常はありません」
白い機動兵器は雪原へ置いたジャイアント・バズを右手で拾い上げた。
砲身へ付着した雪と泥を左手で払い、収納連結口が閉鎖されていることを確認する。砲身内部に次弾はなく、ジルコンへの魔力供給も切れていた。
「ジャイアント・バズを回収。武装を待機状態へ移します」
真壁は白い輪の内側を見渡した。
地面から生まれかけていた魔物も、冷却された泥の中で止まっている。地図上にも、新しい大型反応は現れていない。
「巨人の排除を確認した」
真壁は黒い中心部へ視線を向けた。
「機体は中心部へ入れぬ方がよい。あの重量で地面を踏み抜けば、流路を広げかねん」
「中心部の外側で待機させます」
ヴァルトは白い機動兵器を後退させた。
脚部ホバーの出力を抑え、冷却された地面を傷つけない速度で白い輪の内側を移動する。
巨人の残骸から十分に距離を取ったところで停止し、片膝をつかず、両足を開いた待機姿勢へ入った。
戦場から機動兵器の噴射音が消える。
残ったのは降雪の音と、中心部の泥が脈打つ低い響きだけだった。
「ヴァルト君、機体はそこで待機させ給え。次へ移る」
「承知しました」
真壁は岩の高所から雪原へ下りた。
ランドムーバーは停止している。代わりに移動加速を使い、冷却線を越えて魔力だまりの中心へ走る。
ノーマルスーツの表示では、酸素供給と内部温度は安定していた。
外では雪が降り続いている。
だが、中心部へ近づくにつれ、地表の白さが減っていった。
地下から上がる熱と魔力が雪を溶かし、黒い泥と黒紫色の靄を露出させている。
白い機動兵器は中心部から少し離れた場所で停止した。
高台の制御卓では、ヴァルトが機体の全系統を待機状態へ切り替える。
その後、自分の腰につけたランドムーバーを起動した。
こちらの稼働時間は、ほとんど残っている。
黒いローブを雪へなびかせながら高台を離れ、真壁のいる中心部へ着地した。
「機体は停止させました」
「ご苦労だった。まず、これを片づけます」
真壁は崩れた巨人の残骸へ鑑定を使った。
岩と泥だけではない。
灰狼、牙猪、多足魔物。複数の魔物の骨、殻、肉片が混じり、黒紫色の魔力によって一つの身体としてまとめられていた。
「単独の魔物ではありませんね」
「魔力だまりが周囲のものを寄せ集め、仮の身体を作ったのでしょうな」
真壁は巨人の残骸を収納した。
岩、泥、骨、殻が雪原から消える。
その下から、複数の亀裂が集まる黒い地面が現れた。
中心部の泥が、ゆっくりと脈打っている。
亀裂の奥から黒紫色の魔力が湧き続けていた。
「浄化します」
ヴァルトが両手を地面へ向けた。
淡い光が中心部へ広がる。
黒紫色の靄に混じっていた濁りが浮き上がり、細かな塵となって消えていく。ノーマルスーツと黒いローブへ付着した汚れも落ち、真壁の肩に残っていた重さが和らいだ。
視界が澄む。
亀裂から湧く魔力そのものは残っているが、先ほどまでまとわりついていた黒い濁りは薄れていた。
黒紫色だった流れは、澄んだ紫色の光へ変わっている。
「浄化では魔力そのものは消えません」
「それでよい。君の浄化は汚染を除くものだ。魔力まで消しては、取り出せなくなる」
真壁は収納から人工魔石を取り出した。
透明に近い石を、中心部の亀裂を囲むように置いていく。
ヴァルトも膝をつき、人工魔石同士を境界式で結んだ。
細い光の線が石から石へ伸び、亀裂を囲む輪を作る。
「経路を固定しました」
「始めましょう」
真壁が人工魔石へ魔力を流した。
亀裂から湧き出していた澄んだ紫色の光が、地表へ広がる代わりに人工魔石へ向きを変えた。
最初の石へ流れ込む。
透明だった内部に、紫色の細い筋が少しずつ満ちていった。
真壁が地図を確認する。
中心部に生まれかけていた小さな赤い反応が消えた。
次の反応も、形を持つ前に途切れる。
「発生が止まりました」
「冷却で外へ逃がさず、浄化で汚染を取り、人工魔石で中身を抜く。これで当面は押さえられますな」
人工魔石の内部が急速に濃い紫色へ変わった。
間もなく、最初の石が満杯を示す。
真壁は収納へ回収し、新しい人工魔石へ交換した。
2個目も、同じ速さで満たされていく。
「流入量が落ちません」
ヴァルトが境界式を確認した。
「抽出経路に異常はありません」
「地表に溜まっていた分だけではないということか」
真壁は鑑定で亀裂から湧き出す魔力の量を確認した。
人工魔石へ吸わせても、湧出量はほとんど変わっていない。
「ヴァルト君。下へ続く境界を追えますか」
「試します」
ヴァルトは両手を亀裂の上へ置き、境界解析を地下へ伸ばした。
地表近くの亀裂を越え、岩盤の隙間をたどる。
魔力が上昇してくる経路を一つずつ分け、その太さと方向を確かめる。
「見つけました」
「どちらへ続いている」
「中心部の真下ではありません。ここから西側の地下へ斜めに下りています。その先にも、太い流れが続いています」
3個目の人工魔石が濃い紫色へ変わる。
真壁は満杯になった石を収納し、次の石を配置した。
白い輪の外側では、雪が降り続いている。
輪の内側では、人工魔石が紫色の魔力を吸い上げ続けていた。
魔物の発生は止まった。
巨人も消えた。
それでも、足元のさらに深い場所から、低い脈動が伝わってくる。
ヴァルトは西側地下へ続く境界を見つめた。
「供給源は、さらに下ですね」
「少なくとも、上がってくる道は見えた」
真壁は新しい人工魔石へ流れ込む紫色の光を確認した。
「次は、この下ですな」