押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第231話 全部消えました

液体窒素の説明を、アルベルトが理解できる「空気から分けて作った極低温の液体」に改め、収納技術への不自然な質問を削除しました。

 

第231話 全部消えました

 

 真壁とヴァルトが最初に戻ったのは、王都でも領都でもなかった。

 

 西方の雪原から転移した先は、ルーデ村の外れに設けた拠点だった。

 

 村の周囲には、まだ薄く雪が残っている。戦場ほどではないが、季節外れの冷気はここまで届いていたらしい。ベラクルス侯爵家の兵士たちは、空と西の地平を交互に警戒しながら、村の入口を固めていた。

 

 転移した2人に気づき、近くにいた兵士が声を上げた。

 

「お戻りになったぞ!」

 

 ほどなく、ベラクルス侯爵家の現地指揮官が数人の兵士を伴って駆けつけた。

 

「ご無事でしたか」

 

「異常はありません」

 

 真壁が答えると、指揮官は2人の身体を上から下まで確認した。

 

「西で何が起きたのです。大きな地響きの後、空が白く覆われ、急に雪まで降り始めました」

 

「魔力だまりから、全高約18mの巨人が形成されました」

 

 指揮官の表情が固まった。

 

「18m……」

 

「ジェダイ騎士団が、これと交戦しました」

 

「騎士団が?」

 

「うむ。戦闘中に急激な冷気と霧が発生し、現場の視認が困難になりました。降雪も、その際に生じたものです」

 

 真壁は、確認できた事柄だけを順番に並べた。

 

 白い大型魔道具のことも、その武装も、誰が操作したのかも話さない。

 

「視界が戻った時には、巨人、ジェダイ騎士団、魔力だまりのいずれも、現場から確認できなくなっていました」

 

「巨人が倒されたのではなく、消えたのですか」

 

「少なくとも、死骸は残っておりません」

 

「騎士団は」

 

「装備も痕跡も確認できませんでした」

 

「魔力だまりまで?」

 

 ヴァルトが答えた。

 

「消失しています。周辺の魔素濃度は通常の範囲まで低下し、地下からの高濃度魔素の噴出も止まっています」

 

 指揮官は、西の空へ目を向けた。

 

「いったい、何が起きたのです」

 

「現場に残された情報だけでは、断定できません」

 

 真壁の言葉に、虚偽はなかった。

 

 巨人は収納内で処理した。

 

 遠隔操作式の大型魔道具も、その武装も、制御に使用した設備も収納してある。

 

 魔力だまりは、地下の蓄積層と供給流路ごと回収した。

 

 ジェダイ騎士団を名乗った2人も、すでにローブを脱いでいる。

 

 現場からは、確かにすべて消えていた。

 

「なお、現地は大きく地形が変わっています」

 

「地形が?」

 

「大規模な窪地が残りました。確認へ向かうのであれば、夜明けを待つべきでしょう。夜間の接近は避けてください」

 

「魔物が残っているのですか」

 

「魔物や高濃度魔素の反応はありません。しかし、足元が見えぬ状態で近づくべき場所ではない」

 

「承知しました。明るくなってから斥候を出します」

 

 真壁はうなずいた。

 

「我々は、これから王都へ赴きます。宰相閣下へ直接ご報告せねばなりません」

 

「お願いいたします。こちらから早馬を出しても、王都へ届くまでには時間がかかります」

 

「その方がよいでしょう」

 

 真壁は村の中へ目を向けた。

 

 兵士たちの間で、ロルフが補給物資の木箱を確認している。こちらに気づくと、作業を止めて駆け寄ってきた。

 

「お戻りでしたか。ご無事で何よりです」

 

「うむ。こちらに異常はなかったかね」

 

「周辺へ近づいた魔物が数体いましたが、兵士の方々が討伐しました。村の食糧は、今ある分で数日は持ちます」

 

「結構」

 

 真壁は現地指揮官へ向き直った。

 

「それと、ロルフ君をしばらくお借りしたい」

 

「ロルフ殿をですか」

 

「王都で、食糧その他の補給物資を受け取らせます。物資を収納し、この村とエルト村へ運ぶ役を任せたい」

 

 ロルフは収納と鑑定の両方を持っている。荷馬車を何十台も動かすより、迅速かつ確実に大量の物資を運べる。

 

 現地指揮官はすぐに了承した。

 

「異存はありません。こちらの作業は、我々が引き継ぎます」

 

「では、借り受けます」

 

「ロルフ殿。補給物資の受け取りを優先してください」

 

「承知しました」

 

 ロルフは腰の道具袋を確認し、真壁たちの側へ移動した。

 

 真壁が地図を開き、王都に残してある転移拠点を選ぶ。

 

「ヴァルト君、ロルフ君。行くぞ」

 

「はい」

 

「お願いします」

 

 3人の姿が、ルーデ村の入口から消えた。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、真壁たちは王都侯爵邸の客用離れに立っていた。

 

 王都の転移拠点は、まだ解放していない。侯爵家から借りている客用離れも、そのまま使用できる状態で残してあった。

 

 室内に人の気配がないことを確かめ、真壁は本館へ続く扉を開けた。

 

 廊下へ出たところで、侯爵家の使用人が3人の姿に気づき、驚いた顔で足を止めた。

 

「真壁様。お戻りになったのですか」

 

「うむ。ヨルン君はいるかね」

 

「ヨルン殿でしたら、商業ギルドへ向かわれております」

 

「西方へ送る物資の受け取りでしょうか」

 

 ヴァルトが尋ねた。

 

「はい。購入を依頼していた食糧その他の品が揃ったとの連絡を受け、確認に出向かれました」

 

 真壁たちが西方で行動している間にも、補給準備は進められていた。

 

「ロルフ君」

 

「はい」

 

「君はここでヨルン君と合流し給え。受け取った品の数量と状態を、2人で照合するのだ」

 

「承知しました」

 

「食糧、保存食、薬、毛布、日用品を優先する。ルーデ村、エルト村、後続の救援軍へ渡す分に分けておき給え」

 

「分かりました」

 

 真壁はヴァルトへ目を向けた。

 

「我々は王城へ向かう。宰相閣下への報告を先に済ませよう」

 

「はい」

 

 ロルフを王都侯爵邸へ残し、真壁とヴァルトは王城へ向かった。

 

 

 

 

 

 西部へ向かった2人が、予定よりはるかに早く王都へ戻ったことを告げると、宰相府はにわかに慌ただしくなった。

 

 王都には、まだ西部からの続報は一通も届いていない。

 

 2人は待たされることなく、宰相の執務室へ通された。

 

「西部で何が起きた」

 

 挨拶を終えるのを待たず、宰相クラウスが尋ねた。

 

 真壁は、まず先行任務の結果から報告した。

 

 ルーデ村とエルト村の生存を確認したこと。

 

 周辺の魔物群を削減したこと。

 

 避難路と物資集積地点を確保したこと。

 

 後続部隊が西部へ入れる状態を整えたこと。

 

 その後、魔力だまりから約18mの巨人が形成されたと伝えた。

 

「その巨人と、ジェダイ騎士団が交戦しました」

 

「以前報告を受けた、正体不明の騎士団か」

 

「はい」

 

「戦いを見たのか」

 

「途中までは確認しております。しかし、我々には周辺の魔物への警戒と村の安全確認がありました。戦場の外縁へ退いた後は、全容を確認できておりません」

 

「戦闘中に急激な冷気と霧が発生しました」

 

 ヴァルトが続けた。

 

「視界が戻った時には、巨人、ジェダイ騎士団、魔力だまりのいずれも、現場から確認できなくなっていました」

 

「巨人の死骸は」

 

「ありません」

 

「騎士団の遺体や装備は」

 

「確認できませんでした」

 

「魔力だまりも消えたというのか」

 

「はい。高濃度の魔素反応も、地下からの供給も止まっています」

 

 宰相は椅子へ深く座り直した。

 

「ジェダイ騎士団が処理したと考えてよいのか」

 

「現場に残された情報だけでは、断定できません」

 

「巨人と騎士団が、魔力だまりごと転移した可能性は」

 

 ヴァルトが答えた。

 

「周辺に転移痕はありません。また、高濃度魔素が別の場所へ移動した反応も確認できませんでした」

 

「では、何が起きた」

 

「断定できません」

 

 真壁は同じ答えを返した。

 

 宰相はしばらく2人を見たが、報告の中から虚偽を見つけることはできなかった。

 

「現地の安全は」

 

「最大の脅威は消失しています。ただし、魔力だまりがあった一帯には、大規模な地形変化が生じました」

 

「どの程度だ」

 

「巨大な窪地です。民が近づかぬよう、当面は封鎖すべきでしょう」

 

「それも騎士団の術か」

 

「現場に残された情報だけでは、断定できません」

 

 宰相は目元を押さえた。

 

「その答えは、もう聞いた」

 

「事実を越えた推測を申し上げるわけにはまいりません」

 

「分かった。調査隊を出す」

 

 宰相は机の端に置かれた進軍予定表へ目を向けた。

 

「レオンハルトの兵団には、まだこの件は伝わっておらんな」

 

「はい。ただし、位置はおおよそ確認できます」

 

 真壁は地図を開いた。

 

 王都と領都を結ぶ街道は、すでに通行したことがある。地図上には街道沿いの人間反応が点として現れ、その一部が大きな集団となって西へ移動していた。

 

「領都から王都側へ約50kmの地点です。街道上に、およそ1,000名の人間反応があります」

 

「1,000名か」

 

「隊列を組み、西へ移動しています。人数、位置、進行方向から見て、レオンハルト殿の兵団と考えて間違いないでしょう」

 

 ヴァルトも地図を確認した。

 

「先頭と後方に小さな集団が分かれています。斥候と補給隊を含む行軍隊形と思われます。大きな分断や停止も見られません」

 

「損害までは分かるのか」

 

「地図だけでは、個々の負傷や身元までは確認できません。ただし、およそ1,000名の集団は、まとまって移動を続けています」

 

 宰相は進軍予定表と、真壁が示した位置を見比べた。

 

「予定より早いな」

 

「行軍は順調なのでしょう」

 

「この位置ならば、領都から伝令を向かわせた方が早いか」

 

「うむ。我々は補給物資を西部へ届けた後、領都へ戻ります。追加命令をアルベルト様へお渡しすれば、領都から騎兵を出せます」

 

 宰相は書記官を呼んだ。

 

「レオンハルトへの追加命令を作れ。進軍は継続。巨人討伐を第一目標から外し、西部住民の救援、残存魔物の掃討、治安回復、街道の確保、被害調査を優先させる」

 

「王都からも伝令を出しますか」

 

「出せ。ただし、正式な封書は真壁殿たちにも託す。領都からも兵団へ届けさせろ」

 

「承知いたしました」

 

 宰相は真壁へ視線を戻した。

 

「レオンハルトには、巨人が消えたことまで知らせるべきか」

 

「その事実は伝えるべきでしょう。ただし、ジェダイ騎士団については、宰相閣下へご報告した範囲に留めるのがよろしいかと存じます」

 

「そうしよう」

 

 報告を終えた2人は、封蝋の施された命令書を受け取り、王城を後にした。

 

「報告に虚偽はないな」

 

 石畳を歩きながら、真壁が言った。

 

「ええ。巨人も騎士団も魔力だまりも、現場から確認できなくなりました」

 

「冷気も、霧も、雪も生じた」

 

「大規模な地形変化も残っています」

 

「すべて事実だ」

 

「はい」

 

 2人は何事もなかったような顔で、王都侯爵邸へ戻った。

 

 

 

 

 

 王都侯爵邸の裏手にある荷受け場では、ロルフとヨルンが商業ギルドから受け取った品を並べ、数量を照合していた。

 

 小麦、大麦、豆、干し肉、塩。

 

 薬、毛布、衣類、油、鍋や桶などの日用品。

 

 ヨルンが受取書を読み上げ、ロルフが品物を鑑定して収納へ移している。

 

「戻られましたか」

 

 ヨルンが顔を上げた。

 

「受け取りは」

 

「すべて終わっています。商業ギルドの納品書とも一致しました。品質にも問題ありません」

 

「追加で必要になる品は、侯爵家の家令へ伝えてあります」

 

 ロルフが続けた。

 

「結構」

 

 真壁は収納から追加の保存食を出した。

 

「これも加え給え。ルーデ村とエルト村へ配る分だ」

 

 ヨルンが品目を確認し、受取書の余白へ追記する。

 

「2人で物資を分担し給え。今後は両村だけでなく、到着した救援軍への補給も必要になる」

 

「承知しました」

 

「分かりました」

 

 ロルフとヨルンが、残っていた物資をそれぞれの収納へ振り分けた。

 

 作業が終わると、4人は客用離れへ移動した。

 

「ルーデ村へ戻る」

 

 真壁が告げる。

 

 4人の姿は、王都侯爵邸から消えた。

 

 

 

 

 

 王都へ向かってから、さほど時間を置かずに4人が大量の物資とともに戻ったため、ルーデ村の現地指揮官は驚きを隠せなかった。

 

 ロルフとヨルンは、食糧と毛布を村の集積所へ出し始める。

 

「不足していた物資です」

 

 真壁が現地指揮官へ告げた。

 

「ルーデ村とエルト村へ必要量を配分し給え。残りは救援軍が到着するまで保管してください」

 

「これだけあれば、当面は持ちます」

 

「ロルフ君とヨルン君を、引き続き補給担当として残します」

 

「助かります」

 

 真壁は2人へ向き直った。

 

「両村の必要量を確認し、過不足なく配り給え。レオンハルト殿の兵団が到着したなら、補給担当者へ在庫と配布状況を報告するのだ」

 

「承知しました」

 

「お任せください」

 

 2人をルーデ村へ残し、真壁とヴァルトは領都へ転移した。

 

 

 

 

 

 真壁とヴァルトが領都侯爵邸を訪ねると、玄関を預かる家令は驚きを隠せなかった。

 

 西方へ向かったはずの2人が、何の前触れもなく現れたからだ。

 

「ただいま戻りました。アルベルト様へ、西方の件をご報告したい」

 

「すぐにお伝えいたします」

 

 2人は応接室へ通された。

 

 ほどなくアルベルトが姿を見せた。

 

「真壁殿、ヴァルト殿。戻ったか」

 

「はい。まず、宰相閣下からの封書をお預かりしています」

 

 真壁が封蝋の施された命令書を差し出した。

 

「レオンハルト殿の兵団に対する、任務変更の命令です」

 

 アルベルトは封書を開き、素早く目を通した。

 

「現在位置は分かるか」

 

「地図で確認しました。領都から王都側へ約50kmの街道上を、およそ1,000名の集団が西へ移動しています。人数と隊列から見て、レオンハルト殿の兵団でしょう」

 

「もう、そこまで来ているのか」

 

「うむ。領都から騎兵を出せば接触できます」

 

 アルベルトはすぐに控えていた家令へ命じた。

 

「騎兵を2名出せ。命令書を持たせ、街道を東へ向かわせろ。レオンハルトへ、進軍は継続、到着後は救援と復旧を優先せよと伝える」

 

「承知いたしました」

 

 家令が命令書を持って部屋を出る。

 

 それを見送ってから、アルベルトは改めて2人へ目を向けた。

 

「西方で何があった」

 

「王都向けではない報告になります。エーリヒ殿、澪君、セルマ君にも同席していただいた方がよいでしょう」

 

「分かった。呼ばせよう」

 

 使いが出され、しばらくして最初に部屋へ入ってきたのは澪だった。

 

「お帰りなさい」

 

 澪は真壁とヴァルトへ駆け寄りかけ、貴族の応接室であることを思い出して足を緩めた。

 

「お2人とも、怪我はありませんか」

 

「ない」

 

「私も問題ありません」

 

 澪の視線が、2人の顔、腕、足元を順番に確かめる。

 

 大きく破れた服もなく、血も付いていない。

 

 澪は、ようやく息を吐いた。

 

 本当によかった。

 

 西部へ送り出してから、何度も悪い想像が浮かんだ。魔力だまりが成長し、大型の魔物まで現れたと聞いていたのに、自分は領都で待つしかなかった。

 

 こうして2人が無事に戻ったのだから、まずはそれでいい。

 

 少なくとも、今は。

 

 セルマとエーリヒも部屋へ入り、全員が席に着いた。

 

「王都への報告は済ませたのか」

 

 アルベルトが尋ねた。

 

「はい」

 

「では、こちらには王都へ伏せた部分も含めて話してもらおう」

 

「承知しました」

 

 真壁は、巨人の形成から説明を始めた。

 

「魔力だまりから、全高約18mの個体が形成されました」

 

 澪は真壁を見た。

 

 18m。

 

 以前に話していた巨人より、さらに大きい。

 

 けれど、2人は無事だった。危険を感じて撤退し、別の手段で足止めしたのかもしれない。

 

「どう対処した」

 

「大型の遠隔操作式魔道具を投入しました」

 

 澪の安堵が、少しだけ引っ込んだ。

 

 大型の遠隔操作式魔道具。

 

 真壁は曖昧な言葉を選んでいるが、秘密基地で組み立てていた白い試作機以外には考えられない。

 

「あの試作機を、実戦へ出したんですか」

 

「そのための試作機ではないか」

 

 そうでした。

 

 戦うために作ったことは分かっています。

 

 けれど、試験運転を終えたばかりのものを、最初から18mの巨人へ投入するとは聞いていません。

 

「武装は」

 

 アルベルトの問いに、真壁は考えた。

 

 伝えたところで、渡せるものではない。

 

 機体だけを渡しても動かせず、武器だけを取り出しても使えない。人工魔石、干渉粒子を保持する収束路、遠隔操作の術式、それらを制御するヴァルトの技量まで揃って、ようやく成立する代物だった。

 

 詳細を説明すれば、王国軍への供出や製法の開示を求める声を招く。

 

 アルベルトへ、余計な政治的責任を背負わせる必要もない。

 

「大型の射出式魔道具と、収束熱を利用した切断用魔道具です」

 

「王国軍で使用しているものと同じか」

 

「異なります。ただし、まだ試作段階です。詳細をお伝えしても、現状ではお渡しできるものではありません」

 

「製造できないのか」

 

「製造だけなら可能です。しかし、運用に必要な設備、人員、魔石、術式が揃いません。武器だけを取り出しても役には立たぬでしょう」

 

 アルベルトは、真壁の言葉を吟味するように黙った。

 

「ゆえに、今は性能と製法を広く知らせるべきではないと考えます。余計な軋轢を生むだけです」

 

「分かった。必要以上には聞かん。結果だけ話せ」

 

「射出式魔道具で脚部と胸部を破壊し、切断用魔道具で内部の魔力経路を断ちました」

 

 試作段階なのに、18mの巨人の脚と胸を破壊し、内部まで切断できた。

 

 十分すぎる結果です。

 

「操作したのは私です」

 

 ヴァルトが続けた。

 

「射出攻撃だけでは活動を止められなかったため、接近して脚部を切断しました。その後、巨人が倒れ込む位置へ切断用魔道具を配置しています」

 

 澪の指先が、膝の上で止まった。

 

 配置した。

 

 何を穏やかに言っているのでしょう。

 

 18mの巨人が倒れてくる場所へ、巨大な光刃を置いたということですよね。

 

「遠隔操作ですから、私自身が巨人の近くへ出たわけではありません」

 

 ヴァルトが念のため補足する。

 

 機体の方は近づいています。

 

 そういうことを聞いているのではありません。

 

「巨人の形成を遅らせるため、魔力だまりの周囲を冷却しました」

 

 真壁が次の報告へ進んだ。

 

「冷却?」

 

「周囲の空気を収納へ取り込み、成分ごとに分けました。その中から最も量の多い気体を取り出し、液体になるまで冷やしたものを使っています」

 

 アルベルトは、すぐには意味をつかめなかったらしい。

 

「空気を液体にしたのか」

 

「正確には、空気に含まれる窒素という成分です。極端に温度を下げることで液体にし、冷却材として使用しました」

 

 澪の指先が止まった。

 

 液体窒素。

 

 購入したのではなく、現地の空気から作ったということですね。

 

「どの程度の量を用意した」

 

「約500tです」

 

 澪は、一瞬だけ聞き間違いを疑った。

 

 500t。

 

 500kgではなく、500t。

 

 しかも、空気を取り込み、成分を分離し、現地で作った。

 

 どうしてこの人たちは、少し目を離すと収納の中へ工場を作るのでしょう。

 

「その500tを、現地で作ったのか」

 

「はい。空気の取り込み、成分分離、冷却、液化を収納内で並行して行いました」

 

「どれほどかかった」

 

「30分ほどです」

 

 アルベルトはしばらく黙った。

 

 収納の仕組みまで理解したわけではない。

 

 ただ、荷馬車では運び切れない量の冷却材を、何もない荒れ地で、わずかな時間に作ったことだけは理解したようだった。

 

「村に影響はなかったのか」

 

「散布範囲と風向は地図で確認しています。危険域に人がいないことも確認しました」

 

 手順が整っているから安全という話ではありません。

 

 澪は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

 まだ報告の途中だった。

 

 ここで止めると、もっと大きな話が後から出てくる気がする。

 

 そう考えてしまう時点で、何かがおかしかった。

 

「急激な気化によって、冷えた空気が低地へ流れ込みました」

 

 ヴァルトが説明する。

 

「その後、上空から強い下降気流が発生し、大気中の水分が凍結しています」

 

「それが、先ほど報告した雪か」

 

「はい。降雪そのものは、意図したものではありません」

 

 天気を変えるつもりはなかった。

 

 ただ、空気から極端に冷たい液体を500t作り、魔力だまりへ流しただけ。

 

 その説明で安心できる人が、どこにいるのでしょう。

 

「巨人を倒した後、魔力だまりはどうした」

 

 アルベルトが尋ねる。

 

「巨人が形成された後も、地下から魔力の供給が続いていました」

 

 ヴァルトが答える。

 

「地表だけを浄化しても、再び魔力だまりが形成される可能性があります」

 

「人工魔石へ吸収したのか」

 

「一部は」

 

 真壁は腕を組んだ。

 

「残りは、すべて収納しました」

 

 澪は真壁を見た。

 

「すべて、というのは」

 

「地表の魔力だまり、地下の蓄積層、供給流路、周辺の魔素汚染堆積物を含む」

 

 地下も。

 

 供給流路も。

 

 どこまで追いかけたのですか。

 

「総量は」

 

 アルベルトが尋ねた。

 

「真壁さんと私を合わせて、128,640tです」

 

 ヴァルトが淡々と答えた。

 

 澪の指が、膝の上で固く組み合わさった。

 

 正確に集計されている方が、かえって怖いです。

 

 魔力だまりの処理でしたよね。

 

 いつから山を持ち帰る話になったのでしょう。

 

「128,640tを、2人で収納したのか」

 

「うむ。地表だけを処理しても再発する。ゆえに、供給源まで除去しました」

 

「収納したものは」

 

「すでに分離を進めています」

 

 真壁が答える。

 

「鉄、チタン、銅、ニッケル、クロム、コバルト、希少金属、希土類、多種の結晶鉱物、未知の金属と未知の結晶。それに、魔素汚染を受けた堆積物です」

 

 災害処理が、完全に鉱山開発へ変わっています。

 

 しかも普通の鉱山より大規模ではありませんか。

 

「人工魔石は」

 

 セルマが身を乗り出した。

 

「作った」

 

 真壁の返答に、セルマの目が鋭くなる。

 

「何を使ったの」

 

「ジルコン、アメジスト、方解石を中心に、現地で回収した結晶も試した」

 

「未知の結晶も使ったのね」

 

「うむ。鑑定、溶解、固形化、低出力試験、高出力試験、充填まで済ませた」

 

「工程を見せなさい」

 

 セルマは即座に言った。

 

「分離からよ。何を除いて、どこまで溶かして、どう固めたのか。魔力を入れた時の内部変化も、すべて見せてもらうわ」

 

「まず、鑑定と収納のレベルを上げてから言い給え」

 

 真壁の返答は早かった。

 

 セルマの眉が跳ねる。

 

「またそれなの」

 

「必要な条件だ」

 

「私は錬金術師よ。石を扱ってきた年数なら、あなたより長いわ」

 

「天然石を削り、調合する技術と、収納内で結晶構造を作り直す技術は別物だ」

 

「見せもしないで、できないと決めるの」

 

「見せれば扱えると思っていることが、すでに危うい」

 

 真壁の声は穏やかなままだった。

 

 だが、澪には、いつもの言い合いではないことが分かった。

 

「セルマ君。現在の君の鑑定では、固形化中の粒界と魔力流路の変化を追えない。収納も、溶解、分離、固形化を並行して維持し、異常部分だけを取り除ける段階にはない」

 

「だから、やり方を見せなさいと言っているのよ」

 

「見たところで再現できぬ」

 

「私には工程を知る権利があるわ」

 

「ない」

 

 真壁は言い切った。

 

 セルマの顔が強張る。

 

「共同で研究してきたでしょう」

 

「君が扱える範囲では、そうだ。すべての工程へ無条件に立ち入る権利を与えた覚えはない」

 

「技術を囲い込むつもりなの」

 

「扱えぬ者へ渡さぬだけだ」

 

「扱えるようになるために、見せなさいと言っているの!」

 

「順序が逆だ。まず鑑定と収納のレベルを上げ給え。工程中の異常を認識し、自分で止められる段階まで来るのだ」

 

 セルマは机の縁をつかんだ。

 

「私を外せば、困るのはそちらでしょう」

 

 その言葉が落ちた瞬間、真壁の表情から柔らかさが消えた。

 

「では、外そう」

 

 セルマの手が止まった。

 

「人工魔石の選別、加工、試験、規格策定から、セルマ君を外す」

 

「真壁さん」

 

 澪は思わず名を呼んだ。

 

 真壁はセルマから目を逸らさない。

 

「技術者が必要なのは事実だ。しかし、必要とされていることを理由に規律を越える者を、機密技術の近くへ置くことはできん」

 

「本気で言っているの」

 

「うむ」

 

 セルマは言い返そうとした。

 

 だが、真壁の目に駆け引きがないことを理解したらしい。

 

 真壁は脅しているのではない。

 

 本当に外すつもりだった。

 

 人工魔石からも、未知結晶の研究からも、収納内加工からも。

 

 セルマの視線が机へ落ちた。

 

「……待って」

 

 真壁は答えない。

 

「私が悪かったわ」

 

 セルマは絞り出すように言った。

 

「あなたが、私の知らないところで先へ行ったのが気に入らなかった。それで焦って、順番を飛ばそうとしたのよ」

 

「それで」

 

「鑑定と収納を上げるわ。あなたが条件に出したところまで、自分で行く」

 

「技術を見せろとは」

 

「今は言わない」

 

 セルマは顔を上げた。

 

「でも、追いついたら全部見せてもらうわ。それだけは約束なさい」

 

 真壁は、しばらくセルマを見た。

 

「よかろう。ただし、席を残すかどうかは、これからの君次第だ」

 

「分かっているわ」

 

「まず鑑定と収納のレベルを上げ給え」

 

「上げるわ。上げて、あなたの技術を正面から全部盗んでみせる」

 

「その時は好きにし給え」

 

 セルマは排除されずに済んだ。

 

 しかし澪には、丸く収まったようには思えなかった。

 

 帰還報告の途中で、工房長が研究から外されかけています。

 

 どうして話が一つ進むたびに、問題が増えるのでしょう。

 

「地形について確認したい」

 

 アルベルトが、疲れた声で報告を戻した。

 

「地下の蓄積層まで収納したのなら、現地はどうなっている」

 

 ヴァルトが慎重に答えた。

 

「大規模な廃坑跡に近い状態です」

 

 近い状態。

 

 それは、廃坑そのものなのではありませんか。

 

「埋め戻してはいないんですね」

 

 澪が確認した。

 

「有用な鉱物を、地面へ戻す理由がなかった」

 

 真壁は平然と答えた。

 

「そういう問題ではありません」

 

 澪の声が低くなった。

 

「崩落の可能性がある箇所については、境界で固定し――」

 

「ヴァルトさん。今は説明を足さないでください」

 

「はい」

 

 ヴァルトは口を閉じた。

 

 アルベルトが額へ手を当てる。

 

「王都には、どこまで報告した」

 

「ジェダイ騎士団と巨人が交戦し、冷気、霧、降雪の後、巨人、騎士団、魔力だまりのいずれも現場から確認できなくなったと報告しました」

 

「遠隔操作式の大型魔道具については」

 

「話しておりません」

 

「128,640tの回収物は」

 

「報告しておりません」

 

「人工魔石もか」

 

「うむ」

 

 澪の中では、それまで聞いた話が一本につながっていた。

 

 試作段階の大型魔道具で18mの巨人と戦った。

 

 空気から500tの液体窒素を作った。

 

 霧を発生させ、雪を降らせた。

 

 魔力だまりを地下の供給流路ごと128,640t収納した。

 

 未知の結晶まで加工し、人工魔石を作った。

 

 現地を巨大な廃坑にした。

 

 そのうえ王都には、正体不明の騎士団が巨人や魔力だまりとともに消えたと報告した。

 

「つまり」

 

 澪は、できるだけ落ち着いた声を出そうとした。

 

「お2人が全部やったことを、ジェダイ騎士団が巨人と戦って、魔力だまりごと消えたことにしたんですね」

 

「事実として、現場からはすべて消えている」

 

「そういうことを聞いているんじゃありません!」

 

 澪の声が部屋へ響いた。

 

 ヴァルトがわずかに身を引く。

 

「報告内容に、明確な事実誤認は――」

 

「ヴァルトさんもです!」

 

「はい」

 

「試作段階の魔道具で18mの巨人と戦って、空気から500tの液体窒素を作って、天気まで変えて、魔力だまりを地下ごと128,640t収納して、未知の石まで加工して、現地を廃坑にして、それを王都には別の騎士団が消えた話として報告したんですよね!」

 

「概ね、そのとおりだ」

 

「はい」

 

「確認しているんじゃありません!」

 

 セルマも机を叩いた。

 

「私に黙って、未知の石で人工魔石まで作ったのよ!」

 

「セルマ君の件は、先ほど決着した」

 

「していないわ! 排除が保留になっただけでしょう!」

 

 澪とセルマの声が重なる。

 

 王都で消えたことになっているジェダイ騎士団は、領都の侯爵邸で並んで叱られていた。

 

 アルベルトは額を押さえた姿勢のまま、しばらく動かなかった。

 

 やがて手を下ろし、深く息を吐く。

 

「まあ、西部での平和は近くなった。いいだろう」

 

 澪はアルベルトを振り返った。

 

「いいんですか」

 

「よくはない」

 

 アルベルトは即答した。

 

「だが、巨人は倒れ、魔力だまりは消えた。ルーデ村とエルト村への脅威も大きく減った。レオンハルトの兵団も、到着後は救援と復旧へ集中できる。結果まで否定する理由はない」

 

 アルベルトは真壁とヴァルトを見た。

 

「次からは、もう少し聞く者の身にもなって報告してくれ」

 

「承知しました」

 

「善処します」

 

 アルベルトの顔が、さらに疲れた。

 

 善処という言葉を、まったく信用していないらしい。

 

「それと、今回の任務に対する報酬だが」

 

「今回の報酬は不要です」

 

 真壁が先に答えた。

 

 アルベルトが眉を上げる。

 

「それだけの危険な任務を果たして、報酬を受け取らないというのか」

 

「すでに西方から、原材料を大量にいただきました」

 

「いただいた、という表現で済ませてよい量ではないと思うが」

 

「魔力だまりの処理によって得た回収物を、押入商会の所有物として認めていただけるなら、それで十分です」

 

 真壁は澪へ顔を向けた。

 

「王都で購入した食糧、その他の品の代金も、こちらの負担としてよいね、澪君」

 

 澪は頭の中で数字を並べた。

 

 王都で購入した食糧、保存食、薬、毛布、日用品。

 

 対して、西方から回収した鉄、チタン、希少金属、希土類、結晶鉱物、人工魔石。

 

 比較するまでもない。

 

「はい。今回分は、押入商会の負担として処理できます」

 

 真壁はアルベルトへ向き直った。

 

「アルベルト様。それでよろしいでしょうか」

 

「食糧も物資も、侯爵家の要請で西方へ運んだものだ。本来なら、こちらが支払うべきものだ」

 

「報酬も物資代も受け取り、さらに西方の原材料までいただくのは、いささか取りすぎでしょう」

 

 ヴァルトもうなずいた。

 

「人工魔石の原料だけでも、十分な対価になるでしょう」

 

 アルベルトはしばらく考えた。

 

「分かった。今回の任務報酬と、王都で買い付けた物資代については、西方で回収した資源を対価として相殺したものとする。回収物は、押入商会の所有物と認める」

 

「感謝します」

 

 これで、後から領内資源の無断採掘と問題にされることはない。

 

 澪は安心すべきなのだろう。

 

 けれど、128,640tの地下資源を回収しておきながら、報酬を辞退したことで慎ましく見えてしまうのは、何かが違う気がした。

 

 西方の山を一つ持ち帰っているのですから、依頼料を受け取らなくても十分ですよね。

 

 澪が心の中だけで呟いた時、エーリヒが新しい資料を開いた。

 

「ただし、王国の食糧全般には問題がありますな」

 

 アルベルトの肩が、目に見えて落ちた。

 

「まだあるのか」

 

「西部のスタンピードで供給量がだいぶ減りました。巨人や魔物が消えても、失われた収穫物は戻りません」

 

 エーリヒは集計表を机へ広げた。

 

「南方の国から輸入するか、冬場をしのげる救荒作物を至急導入するしかありますまい」

 

「金貨で買い付けるだけでは足りないか」

 

「価格はすでに上がり始めております。王国全体の不足を補う量を確保するなら、南方側が欲しがる交易品を用意する必要がありますな」

 

「人工魔石を提供しましょう」

 

 真壁とヴァルトが、ほとんど同時に言った。

 

 澪は2人を見た。

 

 つい先ほど、未知の結晶から勝手に人工魔石を作ったことを叱ったばかりである。

 

 その人工魔石を、今度は外国へ輸出する話が始まった。

 

 切り替えが早すぎます。

 

 少しくらい反省する時間を置いてもよいのではありませんか。

 

「南方で需要があるのか」

 

 アルベルトが尋ねる。

 

「灌漑用の揚水、食糧倉庫の冷却、夜間照明、工房設備、結界、輸送用魔道具。品質と出力を揃えた人工魔石ならば、用途は多い」

 

 真壁が答えた。

 

「天然魔石には個体差があります」

 

 ヴァルトも続ける。

 

「人工魔石なら、同じ大きさ、同じ保持量、同じ出力で供給できます。南方が農業生産に長けているなら、水と保存に関する需要は特に大きいでしょう」

 

「製造法まで渡すつもりではないだろうな」

 

「完成品のみです」

 

 真壁は即答した。

 

「製造法、充填法、結晶の配合は秘匿します。性能を確認済みの既存規格品だけを輸出し、未知結晶の試作品は持ち出しません」

 

 セルマが目を細めた。

 

「持ち出す品は、私にも検査させなさい」

 

「君の鑑定で確認できる既存規格品については任せよう」

 

「その言い方、覚えておきなさい」

 

 セルマの席は、ひとまず残ったらしい。

 

 エーリヒは人工魔石の用途を書き留めながら、輸入品の一覧を作り始めた。

 

「対価として求めるものは、小麦、大麦、豆類、乾燥野菜、植物油、塩漬け肉。輸送中の損耗を考えれば、保存性を優先すべきでしょうな」

 

「種子と種芋も必要だ」

 

 アルベルトが言った。

 

「今年の冬を越すだけでは足りない。次の作付けにつながる作物と、栽培法も交渉対象に加える」

 

「救荒作物の候補も調査いたしましょう」

 

 エーリヒが答える。

 

 真壁は腕を組んだ。

 

「南方と我が国では気候が異なる。低温への耐性、生育期間、痩せた土地への適応を確認する必要があるな」

 

 澪は嫌な予感を覚えた。

 

 この話し方は、すでに自分たちが南方へ向かう前提になっている。

 

「真壁さん」

 

「何かね」

 

「もう南方へ行くつもりで話していますよね」

 

「現地を見ずに、食糧と作物を選ぶわけにはいかんでしょう」

 

「そういうところです」

 

 アルベルトは、机の上に並んだ西方の報告書と、王国の食糧不足を示す資料を見比べた。

 

 巨人は倒れた。

 

 魔力だまりも消えた。

 

 王命を受けた兵団は、西部の救援と復旧へ向かう。

 

 そして、西部の災害から回収した人工魔石を、王国全体を支える食糧へ変える。

 

 問題の規模は大きい。

 

 しかし、次に進むべき方向は見えた。

 

 アルベルトは背筋を伸ばした。

 

「では、リュシア殿と協力し、南方からの食糧輸入を進めることとしましょう」

 

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