採石場の秘密基地で、真壁は収納内の集計表示を見上げていた。
西方から持ち帰った収納物は、真壁とヴァルトを合わせて128,640t。
そのうち93,270tを占めていた岩盤と母岩は、すでに道路用の規格石材へ作り替えてある。
標準道路用、重量区間用、歩道用、橋や広場用。
大きさと厚さは用途ごとに異なるが、1m四方、厚さ10cmの標準型へ換算すれば約358,700枚に相当する。
表面には、荷車の車輪や馬の蹄が滑りにくい細かな凹凸をつけた。裏面には排水用の溝を刻み、四辺には隣の石材とかみ合わせるための突起と窪みを設けてある。
石材は、侯爵家が領都近郊と南方街道沿いに確保した資材置場へ、すでに搬出を終えていた。
結果として、2人の収納内に残った総量は35,370tまで減っている。
「岩は片づきましたが、まだ随分ありますね」
隣に立つヴァルトが、表示された項目を上から追った。
黒い泥と汚染土、17,680t。
地下水と鉱物を含む水、11,620t。
吸収根、2,360t。
魔素汚染堆積物と変質残土、3,156t。
魔物由来の細かな残骸、74t。
高濃度の結晶泥と鉱泥、480t。
「泥と水と根ですか」
ヴァルトは考え込むように顎へ手を当てた。
「価値の分からぬ状態で積んでおくには、少々量が多すぎますね」
「ひとまとめにしているから、価値が分からぬのでしょうな」
真壁は項目の中から、地下水を選んだ。
「まず、水を抜きます」
「地下水を別にするのですか」
「地下水だけではありません」
真壁は処理条件を開き、分類対象を書き換えた。
「泥、根、残骸、鉱泥。そのすべてに含まれる水を抜きます」
「乾燥させるということでしょうか」
「水分を飛ばすのではありません。水分子だけを分離するのです」
熱を加えて蒸発させれば、溶け込んでいる成分や、魔素の影響を受けた物質まで一緒に動く可能性がある。
真壁が選んだのは、もっと直接的な方法だった。
土の粒子の間に入り込んだ水。
吸収根の導管に残った水。
魔物組織に含まれる水。
結晶泥と鉱泥に抱え込まれた水。
地下水として収納した水。
それらを、元の項目に関係なく、水分子という条件だけで抜き出す。
「処理を開始します」
収納内の表示が静かに動き始めた。
黒い泥から湿り気が消えていく。
粘りついていた土は、乾いた粒子の集まりへ変わった。
太く絡み合っていた吸収根は、内部の水分を失って縮み、軽い木質繊維へ近い状態になる。
高濃度の結晶泥は細かな粉となり、魔物由来の残骸も水分を失って重量を減らしていった。
同時に、巨大な水塊が収納内の別区画へ集められていく。
色も濁りもない。
溶け込んでいた塩類や鉱物さえ含まない、純粋な水だった。
数分後、元の項目が消え、新しい集計へ書き換わった。
純水、20,316t。
乾燥物、15,054t。
ヴァルトは数字を見直した。
「地下水は11,620tだったはずですが」
「泥も根も残骸も、それだけの水を抱えていたということですな」
「それにしても、20,000tを超える純水ですか」
「道路工事、石材の洗浄、農業用水、工房用水。使い道には困りますまい」
真壁は純水を独立した区画へ移した。
人が飲む水として使うなら、保管容器や供給方法を考えなければならない。しかし、道路工事や農業用水であれば、大量にあって困るものではない。
問題は、残った15,054tの乾燥物だった。
以前なら、その多くは汚染土、汚染残土、汚染鉱泥と呼ばれていた。
だが、真壁はその呼び方が気に入らなかった。
「ヴァルト君」
「はい」
「汚染とは、何でしょうな」
突然の問いに、ヴァルトはすぐには答えなかった。
集計表示に並ぶ黒い土、乾いた根、粉末状の鉱泥を見ながら考える。
「人体や土地へ悪影響を与える魔素が、物質に混じった状態でしょうか」
「では、土そのものが有害なのですか」
「いいえ」
ヴァルトは首を横へ振った。
「元は普通の土や鉱物だったはずです。吸収根も、魔力だまりの影響を受ける前は、植物の一部だったのでしょう」
「ならば、普通の物を先に分けましょう」
真壁は収納の分類条件を変更した。
魔素による変質がないもの。
遊離魔素が付着していないもの。
人体へ悪影響を与える反応を示さないもの。
元の分類は無視し、その条件へ合う物質だけを抜き出す。
乾燥した土の山が、細かく分かれ始めた。
砂。
粘土。
シルト。
石英や長石を含む鉱物粉。
地下水に溶け込んでいた塩類や、方解石質の沈殿物。
乾燥した吸収根からは、変質していない植物繊維と木質成分が抜き出される。
結晶泥と鉱泥からは、石英、長石、方解石、鉄やマンガンを含む鉱物、細かな結晶片が次々と分離された。
元の項目名は意味を失い、物質そのものの性質に応じた分類へ置き換わっていく。
処理が終わると、通常資源として分けられた量は12,927.4tになっていた。
収納内に残ったのは、2,126.6t。
黒ずんだ鉱物粉。
乾燥してもなお、魔素を帯びた繊維。
触れずとも微かな圧迫感を放つ結晶片。
見た目だけなら、確かに汚染物と呼びたくなる。
ヴァルトの表情が引き締まった。
「これが、本当の汚染物ということでしょうか」
「そう判断するには、まだ早いでしょうな」
真壁は未充填の人工魔石を1つ取り出した。
方解石を基材に作った、乳白色の人工魔石だった。
魔素はほとんど蓄えられていない。
その隣へ、残存物から分離した黒い結晶粒を置く。
「こちらには魔素があり、近くに置けば人体へ悪影響を与える」
「ええ」
「この人工魔石にも、充填すれば大量の魔素が入ります」
「入りますが、魔石であれば安全です」
答えたヴァルトが、そこで言葉を止めた。
真壁は、人工魔石と黒い結晶粒を鑑定し、結果を並べた。
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【人工魔石】
魔素状態:結晶構造内に固定
外部漏出:なし
人体への浸潤:なし
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【魔素汚染結晶】
魔素状態:表面および空隙内に滞留
外部漏出:あり
人体への浸潤:あり
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「同じ魔素ですね」
ヴァルトが小さく呟いた。
「ええ。違うのは量でも、種類でもない」
真壁は、2つの鑑定表示を指でなぞった。
「居場所ですな」
人工魔石の中では、魔素が結晶構造の内部へ固定されている。
勝手に外へ漏れ出すことはなく、魔道具が必要とした時だけ、定められた経路を通して取り出せる。
一方、汚染物の魔素は、物質の表面や細かな隙間に不完全な状態で付着していた。
留まる場所を持たず、周囲へ漏れ続ける。
人や土地へ入り込み、別の物質へ付着し、影響を広げていく。
「危険なのは、魔素そのものではない」
ヴァルトが鑑定表示を見たまま言った。
「固定されずに動き回る魔素ですか」
「遊離魔素、と呼ぶのがよいでしょう」
真壁は未充填の人工魔石を見下ろした。
「ならば、消す必要はありませんな」
「まさか」
「安全な場所へ移せばよい」
真壁は収納内の分離対象を、遊離状態および不完全固定状態の魔素へ設定した。
移送先には、未充填の人工魔石を指定する。
「遊離魔素を抽出。人工魔石へ移送。結晶構造内へ固定します」
「待ってください」
ヴァルトが声をかけた。
真壁は処理を始めず、視線だけを向けた。
「一度にすべて動かして、人工魔石が耐えられますか」
「限界量を超えた石は、移送対象から自動的に外します。充填速度も、結晶の状態に合わせて調整しましょう」
「異常が出た場合は」
「処理を即時停止。移動中の魔素は、収納内の隔離区画へ退避させる」
ヴァルトは条件を確認し、うなずいた。
「それならば、お願いします」
処理が始まった。
汚染物の山から、濃い魔素が薄紫色の霧となって浮かび上がる。
霧は収納内へ広がらなかった。
整列させた人工魔石へ向かって細い流れを作り、次々と吸い込まれていく。
乳白色だった方解石系の人工魔石には、淡い光が宿った。
アメジスト系の結晶は、内側から紫色を深めていく。
ジルコン系の結晶は、中心部に白い光を蓄えた。
収納内の集計表示に並んでいた「未充填」の文字が、1つずつ「充填済み」へ変わっていく。
2,520個あった未充填人工魔石は、すべて満たされた。
それでも、遊離魔素は残っていた。
「まだありますね」
「入れ物が足りませんな」
真壁は回収済みの方解石、石英、ジルコン、新規結晶を選び、追加の人工魔石を作り始めた。
溶解。
不純物の分離。
結晶構造の調整。
固形化。
今回は魔素を充填するための容器である。用途ごとに細かく分けず、安定性と蓄積量を優先した。
追加で作られた人工魔石は4,800個。
それらを並べ、残った遊離魔素を移していく。
魔素の霧は少しずつ薄くなった。
収納内へ漂うことも、別の物質へ付着することもない。
作られた人工魔石へ吸い込まれ、結晶構造の中へ固定されていく。
やがて最後の霧が消えた。
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遊離魔素:0
不完全固定魔素:0
周辺漏出:なし
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ヴァルトは、先ほどまで汚染判定が出ていた土を鑑定した。
「通常の粘土です」
次に黒い鉱物粉へ触れる。
「鉄とマンガンを含む鉱物。魔素反応はありません」
乾燥した吸収根の一部も調べる。
「植物繊維と炭素質成分です。こちらも、人体への影響はありません」
真壁は満足そうにうなずいた。
「汚染物を消したのではありません。土、鉱物、繊維から、漏れ出していた魔素だけを取り出したのです」
「そして、その魔素を人工魔石へ固定した」
「魔石が安全であるならば、同じ状態にしてやればよい。実に単純な話でしたな」
「単純と呼ぶには、少々規模が大きすぎますが」
「原理が単純ならば、量は問題ではありますまい」
真壁らしい答えだった。
だが、すべてが元の素材へ戻ったわけではない。
魔素へ長期間さらされたことで、構造そのものが変わった鉱物や結晶もある。
遊離魔素を抜いても、元の石英や方解石には戻らない。
真壁は、それらを性質ごとに分離した。
魔素を安定して通す結晶材、126t。
魔術式を刻んだ後も形状と術式を保持しやすい基板材、82t。
魔素を通しにくい絶縁材、46t。
どれも遊離魔素はなく、周囲へ悪影響を与えない。
汚染物ではない。
魔道具へ利用できる、安定した変質素材だった。
残った48.6tからは、水銀、ヒ素、カドミウム、ウラン、トリウムなどが検出された。
こちらは魔素とは無関係に危険な物質である。
「魔素を除いても、人体には有害ですね」
ヴァルトが鑑定結果を見ながら言った。
「ええ。これは魔素汚染物ではなく、化学的な管理資源ですな」
真壁は危険成分を混合物のまま残さなかった。
元素や安定した化合物ごとに分離し、少量単位で隔離する。
容器には名称、用途、取扱条件を表示した。
鉱石分析用試薬。
金属精製用薬品。
耐熱材原料。
高比重部材。
研究用特殊鉱物。
「正体が分かれば、扱い方も決められます」
「安全になったわけではありませんが、危険な理由は明確になりました」
「得体の知れぬ汚染物のまま積んでおくより、はるかによいでしょう」
真壁は、整理を終えた収納内の集計を表示した。
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【収納内整理結果】
搬出済み道路用規格石材
93,270t相当
標準型換算 約358,700枚
純水
20,316t
通常土砂・粘土・岩粉
10,951.4t
金属鉱物・重鉱物
2,292t
植物繊維・炭素質素材
1,508t
安定通魔性結晶材
126t
魔術式保持基板材
82t
魔素絶縁材
46t
化学管理資源・特殊試薬
48.6t
遊離魔素
不完全固定魔素
魔素汚染物
充填済み人工魔石
22,440個
機動兵器換算
約180戦分
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ヴァルトは長い間、その表示を見つめていた。
「魔力だまりを、なくしたのではないのですね」
「ええ」
「汚染土を処分したのでもない」
「土へ戻し、魔素は魔石へ移しただけです」
真壁は充填を終えた人工魔石を1つ手に取った。
結晶の内部では、先ほどまで人と土地を蝕んでいた魔素が、静かな光となって留まっている。
「魔力だまりも汚染土も、見方を変えれば、未完成の魔石だったということですな」
「これまで浄化で消していたものを、資源として回収できる」
「今後は、無駄にする理由がありません」
真壁は人工魔石の一覧を開き、種類と出力ごとに並べ替えた。
「人工魔石は、ヴァルト君と私で等分しましょう」
「等分ですか」
「我々2人で回収した魔素です。片方だけが持つ理由はありませんな」
22,440個の人工魔石が、2つの区画へ分かれていく。
方解石系。
アメジスト系。
ジルコン系。
新規結晶から作った汎用型。
種類と出力に偏りが生じないよう、交互に振り分けられた。
真壁、11,220個。
ヴァルト、11,220個。
「これほどいただいてよろしいのですか」
「半分は、元々君の収納物から回収した魔素です。遠慮する必要はないでしょう」
「機動兵器へ使うのであれば、真壁さんが多く持っていた方が」
「必要な時には、互いに出せばよい。片方の収納だけに置いておく方が、運用上の危険が大きい」
どちらかが不在でも、人工魔石を使える。
戦闘だけではない。
結界、工房、輸送、照明、冷却、揚水。
これだけの数があれば、運用方法を分散させるべきだった。
ヴァルトは納得し、自分の収納へ11,220個を受け入れた。
真壁は続いて、3種類の変質素材を表示した。
安定通魔性結晶材、126t。
魔術式保持基板材、82t。
魔素絶縁材、46t。
合計254t。
「こちらは、ヴァルト君が持っていかれるとよい」
「すべてですか」
「うむ」
真壁は迷いなく答えた。
「私が持っていても、役には立ちませんのでな」
「真壁さんにも、人工魔石や大型魔道具の製造で必要になるでしょう」
「通魔性結晶材は魔力を流す部材、基板材は魔術式の保持、絶縁材は魔素の流れを遮るために使う。いずれも、君の専門に近い」
「ですが、254tもあります」
「先ほどまで93,270tの岩盤を抱えていたのだ。今さら254tを気にすることもありますまい」
「重量の問題ではありません」
ヴァルトは苦笑した。
「これだけあれば、結界設備も魔道具の基板も、相当な数を作れます」
「だからこそ、君が持つべきなのです」
「真壁さんの収納へ置いておき、必要な時に共同で使う方法もあります」
「使い道を理解している者が管理した方がよい。必要になれば、君から分けてもらえば済む話です」
真壁は3種類の素材を選択した。
「持っていかれるといい」
安定通魔性結晶材。
魔術式保持基板材。
魔素絶縁材。
真壁の収納から、ヴァルトの収納へ移されていく。
移送が終わると、ヴァルト側の集計表示へ3つの項目が追加された。
「預かります」
ヴァルトは表示を確認した。
「ただし、私だけの物として囲い込むつもりはありません。人工魔石の製造設備、結界設備、魔力流路、それにセルマさんの研究へ回す分を決めます」
「君が必要と判断した場所へ使い給え」
「真壁さんの大型魔道具に必要な分も、先に確保しておきます」
「それは助かりますな」
整理と分配を終え、真壁は収納内の一覧をもう一度確認した。
純水。
土砂。
粘土。
鉱物。
植物繊維。
炭素質素材。
化学管理資源。
人工魔石。
魔道具材料。
最後まで残っていた項目が、一覧の下に表示されている。
魔素汚染物。
表示量は0。
真壁は満足そうに目を細めた。
「これで、『魔素汚染物』という分類は不要ですな」
項目を選び、一覧から削除する。
文字が消え、残った項目が静かに詰め直された。
最初に積み込んだ時、ひとまとめに汚染物と呼んでいたものは、もうどこにも残っていない。
土は土へ。
鉱物は鉱物へ。
繊維は繊維へ。
魔素は、人工魔石の内部へ。
危険な物質には名前と取扱方法が与えられた。
真壁は手の中の人工魔石を、収納へ戻した。
「分からぬ物を恐れるのは、間違いではありません」
ヴァルトが真壁を見る。
「ですが、分けて、調べて、正体が分かった後まで、同じ名で恐れ続ける必要はないでしょう」
収納内に残されたのは、処分を待つ汚染物ではなかった。
次に使われる時を待つ、資源だった。