王都商業ギルドで借りた控室の戸を閉めると、真壁は澪とリュシアへ手を差し出した。
「戻ろう」
リュシアは、グスタフから渡された紹介状と倉庫一覧を胸に抱え直した。
「帰ったら、すぐ出資条件をまとめるよ。今日中に叩き台くらいは作っておきたいね」
「承知した」
澪とリュシアが真壁へ触れる。
次の瞬間、王都の控室は消え、3人は領都側の登録拠点へ移っていた。
転移の揺れが収まると、リュシアは真壁から手を離す。
「便利なのは分かっているけど、何度使っても慣れないね」
「酔いましたか?」
澪が尋ねる。
「それは平気だよ。王都から一瞬で戻ったのに、これから帳場まで歩くのが妙な感じなのさ」
「領都の中まで転移する必要はあるまい」
真壁が先に歩き出した。
「それはそうなんだけどね」
3人は登録拠点を出て、領都の通りを歩いた。
午後の市場はまだ人が多い。荷車が石畳を鳴らし、店先では夕方の客を呼び込む声が飛び交っている。
真壁は混雑を避けながら、一定の速さで進んでいく。
リュシアが、その背中へ声をかけた。
「真壁さん。急いでいるのかい?」
「いや」
「急いでいない人の歩き方じゃないよ」
「歩幅の問題でしょう」
「私たちが小さいと言いたいんですか?」
澪が真壁の横へ追いついた。
「そのようなことは申していない」
「でも、少しゆっくり歩いてください」
「承知した」
真壁は歩調を緩めた。
今度は、あからさまに遅かった。
「そこまで遅くしなくていいんだよ!」
「適切な速度を指定していただきたい」
「普通に歩いておくれ!」
市場の商人が、何事かと3人を見た。
リュシアは片手で顔を覆った。
「王都では大商人みたいな話をしてきたのに、領都へ戻った途端これだよ」
「私はいつもどおりですが」
「それが困るんだよ」
帳場へ入ると、リュシアはすぐに机を空けた。
普段の帳簿を端へ寄せ、王都から持ち帰った書類を並べる。
南方商人への紹介状。
レヴァニア北部の倉庫一覧。
火山東街道を通った隊商の報告書。
収納持ちの運送人に関する名簿。
共同出資者へ示す条件を書きかけた紙。
「まずは、お金を出す人の権利を決めるよ」
リュシアが椅子へ腰を下ろした。
「出資額が多いから自分の店へ先に回せ、はなし。倉へ隠して値上がりを待つのもなしだね」
澪が隣へ座り、王都で取った覚え書きを開く。
「損失の分担も必要ですね。輸送中に傷んだ場合と、倉庫へ入れた後に傷んだ場合では、責任が違います」
「そうだね。それと、王都へ回す分と地方へ回す分も最初から分けるよ。全部王都で食べられたら、何のための輸入か分からないからね」
リュシアは白紙へ書き始めた。
真壁も机の前に立っていた。
ただし、書類には手を伸ばしていない。
広げられた地図の上で、ゼグルド火山の東側を回り込む街道を見ている。
リュシアは2行目まで書いたところで、筆を止めた。
「真壁さん」
「何だね」
「追加出資なら、まだ受けないよ」
「その件ではない」
「倉庫を増やす話も、今は聞かないからね」
「倉庫でもない」
「それなら何を増やす気だい?」
真壁は、レヴァニア北部の集積地へ指を置いた。
「当座の滞留は、私が抜く」
リュシアと澪が地図を見る。
「澪君のエアカーで北部へ入る。安全な場所を確保し、転移拠点として登録する。倉庫の荷は収納へ入れ、領都へ戻す。それで最初の詰まりは解ける」
「その方法なら、何千tでも運べますね」
澪が頷いた。
「倉庫を空ければ、次の穀物も入れられるよ」
リュシアも地図へ身を乗り出した。
「最初はそれでいいね。売り手も助かるし、こちらも急いで食糧を確保できる」
「だが、私が往復し続ければ商路ではない」
リュシアが顔を上げた。
「真壁さんが運び続けるつもりはない、って王都でも決めたね」
「左様。収納持ちと荷車を組み合わせ、通常の荷は陸路で運ぶ。それでよい」
「では、何を考えているんですか?」
澪が尋ねる。
真壁の指が、火山東街道の上を北へ進んだ。
「陸路が止まった時の第二線が要る」
リュシアの筆が、机の上へ置かれた。
「第二線?」
「今は小型魔物が戻り始めた段階だ。いずれ大型が入り込むかもしれん。土砂崩れで道が塞がることもある。橋が落ちれば、護衛を増やしても荷車は渡れない」
「その時は、真壁さんが直すんじゃないのかい?」
「私がいる時はな」
真壁は地図から手を離した。
「だが、私が現場へ行かなければ止まる仕組みでは、リュシア君が先ほど決めた条件に反する」
「私が言ったことを、こういう時だけ綺麗に使うね」
「正しい条件だから採用したまでだ」
「間違っていないから、なおさら腹が立つんだよ」
澪が地図を見ながら尋ねる。
「空路を考えているんですか?」
「そうだ」
リュシアが目を細めた。
「待っておくれ。王都から戻って、まだ書類を2行しか書いていないよ」
「十分に考える時間はあった」
「どこにだい?」
「王都からここまでだ」
「転移は一瞬だっただろう!」
「歩いている間も考えられる」
「さっき歩幅の話しかしていなかったじゃないか!」
「話しながら考えることは可能だ」
澪が小さく頷いた。
「真壁さんは、黙っている時より話している時の方が別のことを考えていますよね」
「澪君まで何を言う」
「褒めていません」
真壁は地図の余白へ視線を移した。
「澪君。ゲンダイで、旧世紀の航空輸送といえば何だい?」
「旧世紀ですか?」
澪は少し考えた。
「飛行船でしょうか」
「私もそう考えている」
リュシアが椅子へ深く座り直した。
「どうして答えが合っただけで、そんなに満足そうなんだい」
「飛行機には滑走路が要る。回転翼機は整備と燃料の負担が大きい。決まった区間を低速で往復させるなら、飛行船が適している」
「ゲンダイの飛行船は、大きな袋に軽い気体を入れて浮かせるんですよね」
「ヘリウムと水素だ」
「水素はなしだよ」
リュシアが即座に切った。
「まだ使うとは言っていない」
「燃えるんだろう?」
「燃える」
「だったら、最初から候補へ入れないでおくれ」
「無人試験には使える」
「もう試験の話になっているじゃないか!」
澪も真壁を見る。
「人や食糧を運ぶなら、ヘリウムを使いましょう」
「異論はない」
「ヘリウムは足りるんですか?」
「ある」
「どのくらい?」
「必要量を出してくれれば、分離する」
リュシアが額へ手を当てた。
「普通は、材料があるか調べてから話を始めるものだよ」
「材料はある」
「だから困っているんだよ!」
真壁は、地図の余白へ細長い楕円を描いた。
その下へ、貨物船らしい船体を付け足す。
「ただし、気嚢だけで全重量を支える必要はない」
「まだ何か増えるんですか?」
澪が警戒した。
「ラウ君の重力スキルだ」
リュシアの顔から、先ほどまでの勢いが少し消えた。
「ラウを船へ乗せるのかい?」
「乗せ続ける気はない」
真壁は短く答えた。
「特定の者がいなければ飛ばない船では、商路に使えん。ラウ君のスキルを解析し、魔道具へ落とす」
「最初から魔道具にするつもりなんですね」
「当然だ」
「そこで迷わないんですか?」
「迷う理由がない」
澪は、真壁が描いた船体を覗き込んだ。
「重力魔法で船と荷物を軽くするんですか?」
「重力で浮かせ、風で進める」
真壁は船体の後ろへ矢印を引いた。
「重力魔法が浮揚と荷重を受け持つ。風魔法は前進、旋回、制動だ。ヘリウムは魔力消費を抑え、重力装置が止まった時の急落を防ぐ」
「安全装置まで考えているじゃないか」
リュシアが言った。
「落ちれば輸送にならん」
「まだ飛んでもいないんだよ」
「落ちてから考えるよりよい」
「飛ばす前に考えるなとは言っていないよ! 南方を見てもいないのに、もう船の形まで描いているのが早いんだ!」
澪が図を見ながら、顎へ手を当てた。
「気嚢を小さくできれば、横風の影響も減りますね」
真壁が澪を見る。
「よい着眼だ」
「今のは違います。問題点を言っただけです」
「問題を減らせるなら設計へ反映すべきだ」
「反映しないでください」
「澪君」
「現地を見るまでは設計しない約束でしたよね」
「これは概念図だ」
「船体と気嚢と推進方向まで描いてあります」
「概念を伝えるには必要だ」
リュシアが地図を真壁から取り上げた。
「これ以上描くと、明日には船ができるよ」
「明日は無理だ」
澪とリュシアが同時に真壁を見る。
「来週ならできるんですか?」
「どうして期間の話になるんだい!」
「材料と術式次第だ」
「答えないでおくれ!」
帳場の隅で荷札をまとめていたトトが、肩を震わせている。
リュシアが振り返った。
「トト」
「俺、何も言ってないよ」
「笑っているだろう」
「空飛ぶ船って、商人も乗れるのかなと思って」
「乗れるようにする」
真壁が答えた。
「真壁さんは味方を増やさない!」
「将来の利用者へ説明しただけだ」
「まだ船影もないよ!」
真壁は、リュシアの手から地図を取り返そうとはしなかった。
代わりに机から離れる。
「ヴァルト君とラウ君に相談だ」
「今からかい?」
「左様」
「まだ出資条件が2行だよ!」
「続きは戻ってから書けばよい」
「誰の仕事だと思っているんだい?」
「リュシア君の仕事だ」
「分かっているなら邪魔しないでおくれ!」
「私は先に相談してくる。リュシア君は残って構わん」
真壁が戸口へ向かう。
リュシアは椅子に座ったまま、その背中を見送ろうとした。
3歩目で立ち上がる。
「待っておくれ」
「何だね」
「私も行くよ」
「出資条件は?」
「真壁さんを1人で行かせた後の方が、書くことが増えそうだからね」
澪も覚え書きを閉じた。
「私も行きます」
「澪君まで?」
「ラウ君へ、最初から何tまで軽くできるか聞かないように見張ります」
「そのような聞き方はしない」
「では、何kgから始めるつもりですか?」
真壁は答えなかった。
リュシアが帳場の戸を閉める。
「ほら。行くよ」
「小石から始めるつもりだ」
「今、決めたんですよね?」
「より安全な案へ修正した」
「それは私たちに止められたと言うんだよ」
真壁は反論せず、通りへ出た。
リュシアは書類を収納へ入れ、澪と一緒にその後を追う。
「真壁さん、歩くのが速いよ!」
「先ほど調整しただろう」
「元へ戻っているじゃないか!」
「目的地が変わったのでな」
「歩く速さに目的地は関係ありません!」
ヴァルトの教室へ着くと、中ではまだ授業が続いていた。
開いた窓から、ヴァルトの声が聞こえる。
「魔術式は、強く描けばよいというものではない。どこから魔力を入れ、どこで働かせ、どこから逃がすかを考え給え」
子どもたちは石板へ簡単な術式を書き写している。
ラウも後ろの席で、舌先を少し出しながら線を引いていた。
真壁は扉の外で足を止めた。
中へは入らず、壁際へ寄る。
リュシアが横目で見た。
「授業を止めないんだね」
「止めるほどの急ではない」
「空を飛ぶ船を思いついた人が、急ではないって言うのかい」
「今日中に飛ばすわけではない」
「その言い方だと、明日以降なら飛ばすみたいですよ」
澪が小声で言った。
「術式も確認していない。無理だ」
「無理な理由が日程じゃないんですね」
真壁は答えず、教室の中を見た。
壁際へ机を寄せれば、中央にかなりの空間ができる。
床は平らで、天秤を置いても傾かない。
澪が真壁の視線を追った。
「真壁さん」
「何だね」
「今、床を見ましたよね」
「見たが」
「収納から何を出す場所か考えていませんでしたか?」
「放課後に確認するなら、平らな場所が要る」
「もう実験する気じゃないですか」
「相談の結果、必要になるかもしれん」
「結果を先に決めているよね?」
リュシアが加わった。
「可能性を想定しているだけだ」
「収納の中には、もう天秤も鉄塊も入っているんだろう?」
「ある」
「どうしてあるんだい!」
「必要な道具は収納してある」
「答えになっていないよ!」
教室の前方で、ヴァルトの手が止まった。
廊下へ目を向ける。
「真壁殿。授業より廊下の方が賑やかなのだが」
「邪魔をした」
「主にこの2人がね」
ヴァルトが澪とリュシアを見る。
「原因は真壁さんです」
「真壁さんが静かなら、私たちも静かだったよ」
「それは失礼した」
真壁は悪びれずに答えた。
子どもたちの間から、小さな笑いが漏れる。
ヴァルトは黒板へ向き直った。
「残りの術式を書き終えた者から休憩にしてよい。線を省略した者は最初からだ」
教室の空気が一斉に引き締まる。
ラウが慌てて石板へ向き直った。
しばらくして、授業が一区切りつく。
ヴァルトが廊下へ出てきた。
「それで、今度は何を運ぶつもりだい?」
「空だ」
「空そのものは運べないよ」
「空路を使う」
真壁は、王都で聞いた街道の状況を短く説明した。
当座の滞留は、自分の収納と転移で抜く。
通常の輸送は、川船、収納持ち、荷車へ渡す。
その上で、陸路が塞がれた時にも、真壁個人へ頼らず動く第二線を作る。
「飛行船だ。重力で浮かせ、風で進ませる」
ヴァルトの眉が動いた。
「重力魔術があれば、気嚢を小さくできる」
「ラウ君のスキルを魔道具へ落としたい」
「スキルそのものの複製は難しいよ」
「同じ結果を出せればよい」
ヴァルトは腕を組んだ。
「重さを変えているのか、落ちる力へ干渉しているのか。それによって術式は違うね」
「使用前、使用中、使用後を鑑定する」
「持続時間と範囲も見たい。対象から手を離した後に残るのか、複数へ同時に働くのか――」
「待っておくれ」
リュシアが2人の間へ手を入れた。
「止める人を増やしに来たはずなのに、どうして研究者が増えているんだい?」
澪もヴァルトを見る。
「ヴァルトさんなら、まず落ち着いて考えると思っていました」
「考えているとも」
「考えた結果、測定項目が増えています」
「必要な確認だよ」
「悪化しています」
ヴァルトは少し困ったように眉間を押さえた。
「とはいえ、先にラウ本人へ聞くべきだね」
「そのために来た」
「そこだけは順番が合っています」
澪が言うと、真壁が澪を見る。
「先ほどから、私を何だと思っている」
「思いついた時点で半分作っている人です」
「半分も作ってはいない」
「どのくらいですか?」
「構想だけだ」
「もう安全装置まで考えていましたよね」
「必要な構成だ」
「それを構想以上と言うんです」
休憩に入ったラウが、石板を抱えて近づいてきた。
「俺に何かあるの?」
真壁は立ったまま答えなかった。
ラウの前で腰を落とし、目の高さを合わせる。
周囲へ聞かせるのではなく、ラウだけへ届くように声を落とした。
「ラウ君。空を飛んでいる夢を見たことはあるかね。あるいは、空を飛びたいと考えたことは」
ラウは目を瞬いた。
「空を?」
「鳥のように、町も森も山も下へ置いてだ」
ラウはすぐに答えなかった。
教室の窓へ顔を向ける。
窓の外には領都の屋根が連なり、その先に城壁と山並みが見えている。
「……ある」
小さな声だった。
「高い壁から町を見た時、もっと上へ行けたらって思った。山の向こうまで見えるのかなって」
「左様か」
真壁の口元が、わずかに緩んだ。
「君の力なら、その夢を形にできるかもしれない」
「俺の重力で?」
「君が船を持ち上げ続けるのではない。君の力が何をしているのかを調べ、同じ働きをする魔道具を作る」
「魔道具にしたら、俺がいなくても飛ぶのか?」
「そのために作る」
ラウは、自分の両手を見た。
「俺の力で、みんなが空を飛べる?」
「可能性はある。人だけではない。大麦も豆も、薬も運べる。道が塞がれた先へ、必要な物を届けられる」
ラウの目が明るくなった。
その瞬間、リュシアが真壁の肩をつかんだ。
「真壁さん」
「何だね」
「子どもの夢へ仕事を結びつけるような誘い方をしないでおくれ」
「仕事として頼んではいない」
「空を飛びたいかと聞いてから、君の力ならできると言ったじゃないか」
「順序として自然だ」
「自然だから危ないんだよ!」
澪も真壁の反対側へ回った。
「かなり巧妙な勧誘に見えました」
「勧誘ではない」
「商会へ入れるつもりは?」
「ない」
「研究には入れるつもりですよね」
「本人が望めばな」
「その答えが早いんです!」
ラウは、真壁とその両側に立つ2人を見比べた。
「俺、やってみたい」
リュシアがラウへ向き直る。
「今すぐ決めなくていいんだよ」
「でも、俺の力が何なのか知りたい」
ヴァルトが静かに口を開いた。
「空を飛ぶ話とは分けて考え給え。これは授業でも命令でもない。嫌なら断ってよいし、途中でやめてもよい」
真壁も頷く。
「仕事ではない。断って構わん。君自身が力を知りたいかどうかで決めたまえ」
ラウは、もう一度自分の手を見る。
少し考えてから、顔を上げた。
「知りたい」
今度は、はっきりと答えた。
「俺が何をしてるのか知りたい。それで本当に空を飛べるなら、見てみたい」
「では、小さな物から確認しよう」
真壁が言うと、ラウの顔が明るくなった。
「今やるの?」
「放課後だ」
ヴァルトが教室を指した。
「まだ授業は終わっていない」
「少しくらい――」
「空より先に石板だよ」
リュシアが遮った。
ラウの肩が落ちる。
「それ、まだ残ってるのか」
「授業中に口を挟んだ分だ。自分で増やした課題だよ」
「飛ぶ船の方が大事じゃない?」
「今のところ、石板の方が先です」
澪も笑顔で告げた。
「澪姉ちゃんまで」
「空は逃げん」
真壁が言った。
澪がすぐに真壁へ向き直る。
「真壁さんは、ラウ君が席へ戻った途端に材料を出さないでくださいね」
「授業中には出さん」
「放課後になった瞬間に出す気ですね」
「確認には試料が要る」
「相談だけだったよね?」
リュシアが目を細めた。
「相談の結果、本人が望んだ」
「真壁さんに都合よく進みすぎなんだよ」
「本人の意思を尊重した結果だ」
「そういう正しい言い方をするのが、また腹立たしいね」
ラウが笑いながら教室へ戻っていく。
ヴァルトも後を追おうとして、真壁を振り返った。
「真壁殿。試料は小さい物だけにし給え」
「承知した」
「ヴァルトさん」
澪が呼び止める。
「今、放課後の実験を許可しましたよね?」
「力を知る機会は必要だろう」
「止める人が1人も増えませんでした」
「むしろ測定する人が増えたね」
リュシアは額へ手を当てた。
「王都へ行った時は、南方から大麦と豆を買う話だったんだよ」
「今もその話だ」
真壁が答える。
「どうして空飛ぶ船まで増えているんだい」
「大麦と豆を運ぶためだ」
「理屈では繋がっているのが一番困るんだよ!」
教室の中で、子どもたちがまた笑った。
ヴァルトが咳払いし、授業を再開する。
ラウは席へ戻り、途中だった魔術式へ線を引いた。
だが、何度か手を止めて窓の外を見る。
さっきまで遠かった空が、放課後には手を伸ばせる場所まで降りてくるような気がしていた。