押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第243話 倉庫を空にする

 

 翌朝、リュシア商会の帳場には、昨日の紙がまだ広げられていた。

 

 レヴァニア王都で写した大麦と豆の相場。その隣には鉄と銅の値がある。食料は下がり、金属は上がっている。窓の外では戸板を外す音がし、石畳を通る荷車の車輪が軋んでいた。

 

 澪が入ると、リュシアはすでに外出用の鞄を卓へ置いていた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、澪」

 

 リュシアは紙から目を上げ、続いて入ってきた真壁を見る。

 

「真壁さん。昨日の王都へ、3人で行けるね」

 

「問題ない」

 

 澪は椅子を引きかけた手を止めた。

 

「もう行くんですか?」

 

「昨日見てきたんだろ?」

 

「はい」

 

「なら、今日は買う日だよ」

 

 あっさりしていた。

 

 澪は昨日の倉庫を思い出した。大麦と豆が壁のように積まれ、入り切らない荷には屋外で防水布まで掛けられていた。

 

 売れない。運べない。

 

 けれど、食べられないわけではない。

 

「どれくらい買うんですか」

 

「余って困ってる分は買うよ」

 

「大麦と豆を?」

 

「それだけじゃないね。行き先をなくしてる食べ物があるなら見る」

 

 澪は一度瞬いた。

 

「……全部ですか」

 

「食べられるものならね」

 

 真壁はもう地図を開いている。

 

「相当な量になりそうですけど」

 

「買った荷は私が運ぶ」

 

「ですよね」

 

 聞いた自分が悪かった気がした。

 

 リュシアが今度は鉄と銅の相場表を持ち上げた。

 

「それと、こっちも何とかするよ」

 

「鉄と銅か」

 

「高すぎる。荷車の修理に使う鉄まで上がってる。銅も同じだよ」

 

 リュシアは紙を折り、鞄へ入れた。

 

「食料は買う。鉄と銅は出す」

 

「どれほど出す」

 

「値段が落ち着くまで」

 

「承知した」

 

 澪は2人を見比べた。

 

 やはり量の話をしていない。

 

 けれど、この2人の場合、それで通じてしまう。

 

 

 

 

 

 レヴァニア王都へ着くと、3人はその足でルネスタの店へ向かった。

 

 朝の通りには焼いたパンの匂いが流れ、荷獣を引く男たちの声が響いている。鍛冶場の方角からは金属を叩く音が聞こえたが、昨日見た金属倉庫の空いた棚を知っている澪には、その音まで細く聞こえた。

 

 ルネスタは、真壁と澪が翌日に戻ってきたことより、その隣にリュシアがいることに驚いた。

 

「リュシア商会のリュシアだよ。昨日は2人が世話になったね」

 

「ルネスタです。こちらこそ」

 

 挨拶を済ませると、リュシアはすぐに本題へ入った。

 

「昨日見せてもらった食料だけど、買い手が決まってない分を全部見せておくれ」

 

 ルネスタの手が止まる。

 

「全部、ですか」

 

「王国向けだったのに戻された荷、倉庫待ちになってる荷、商談が流れた荷。食べられる物ならね」

 

「相当な量になります」

 

「量が多いから来たんだよ」

 

 リュシアはそれ以上説明しなかった。

 

 ルネスタは真壁を見、それから澪を見た。

 

 澪は小さく頷く。

 

 やがて帳簿が1冊出された。

 

 大麦、豆、雑穀。送り先を消されたもの、別倉庫へ回されたもの、買付の印だけが空白になっているものまである。

 

 リュシアは数頁めくったところで指を止めた。

 

「これ、全部まだ売り物だね」

 

「はい。ただ、品質は揃っておりません。昨年物もございますし、袋が湿気を吸ったものも」

 

「腐ってるのかい」

 

「そこまでは」

 

「なら、値を分ければいい」

 

 リュシアは帳簿を閉じなかった。

 

「ほかの商人の分もあるんだろ?」

 

「ございます」

 

「呼べるかい」

 

「今から?」

 

「今買いに来たんだからね」

 

 ルネスタは一拍置き、店員を呼んだ。

 

 そこから店の奥が騒がしくなった。

 

 人が走って出ていく。

 

 しばらくすると帳簿を抱えた男が来た。次に別の商会の番頭が来る。卓が一つ増え、さらにもう一つ増えた。

 

 倉庫の鍵束が置かれ、荷札が並び、値を書いた控えが積み重なる。

 

「こちらは王国向けだった大麦です」

 

「こっちは?」

 

「川沿いから上がってきた豆で、倉庫待ちになっています」

 

「これは随分安いね」

 

「昨年物です」

 

「食用には?」

 

「問題ありません。ただ、新物と同じ値では売れません」

 

「それなら、その値で買うよ」

 

 商人の1人が戸惑った顔をした。

 

「良いものだけを選ばれるのでは?」

 

「どうしてだい」

 

「普通は……」

 

「食べられるんだろ?」

 

「はい」

 

「なら買うよ。品質が違えば値段を分ける。それだけさ」

 

 男は何か言いかけ、口を閉じた。

 

 澪には、その理由が分かった。

 

 上等な物だけを抜かれれば、売り手にはさらに扱いづらい荷だけが残る。

 

 リュシアはそれをしない。

 

 安い物を拾いに来たのではない。

 

 詰まっている荷を動かしに来ているのだ。

 

 話がまとまり始めると、今度は倉庫を回った。

 

 最初の扉が開いた瞬間、乾いた穀物と麻袋の匂いが押し寄せた。

 

 天井近くまで袋が積まれ、その隙間に細い通路が残っている。床には穀物粉が薄く積もり、奥は昼間でも暗い。

 

 倉庫番が荷札を読み上げる。

 

「こちらから、あの柱までです」

 

 真壁は札と取引控えを見比べた。

 

「買付済みだな」

 

「はい」

 

「では、いただこう」

 

 麻袋の山が消えた。

 

 奥の壁が現れる。

 

 それまで袋に隠れていた床板まで、一度に姿を見せた。

 

「……は?」

 

 倉庫番の口が開いたままになる。

 

 真壁はすでに隣の札へ目を移していた。

 

「こちらは別口か」

 

「あ、はい。そこから右側です」

 

「承知した」

 

 また消える。

 

 その次も。

 

 倉庫番が箒を握ったまま動かなくなった頃には、入り口から奥まで風が通るようになっていた。

 

「真壁さん」

 

「何かね、澪君」

 

「本当に全部入れてますよね」

 

「買ったのだろう」

 

「そうなんですけど」

 

 真壁には、何を不思議がっているのか分からないらしい。

 

 次の倉庫へ行く。

 

 そこでも消える。

 

 さらに次。

 

 外へ積まれていた荷も消えた。

 

 防水布だけが地面へ落ち、下から踏み固められた土が現れる。

 

 午前中いっぱい歩いた頃には、昨日まで空きを探していた商人たちが、空いた床を指さして次の荷の相談を始めていた。

 

「ここが空けば、北から来る分を入れられる」

 

「豆はこっちへ回せるぞ」

 

「外に出していた分も戻せる」

 

 リュシアはその声を聞きながら、空になった倉庫を見回した。

 

「これで次が入るね」

 

「倉庫は荷を動かすためにある」

 

「真壁さんが言うと、倉庫そのものが逃げ出しそうだよ」

 

 真壁が空になった床を見る。

 

「倉庫は動かんよ」

 

「そういう話じゃないよ」

 

 澪は口元を押さえた。

 

 

 

 

 

 昼前には、食料の商談は一段落した。

 

 ルネスタの店へ戻ると、リュシアは厚くなった買付控えを端へ寄せ、今度は鉄と銅の帳簿を開かせた。

 

「昨日より上がったかい」

 

「鉄の一部が。銅は値こそ変わりませんが、在庫がさらに減っています」

 

 リュシアは数字を追い、顔をしかめた。

 

「高いね」

 

「品不足ですので」

 

「それは分かってるよ」

 

 指先が鉄の値で止まる。

 

「この値段で荷車を直してるのかい」

 

「鉄輪はかなり上がっております」

 

「農具は?」

 

「同様です」

 

「鍛冶屋が儲かってるわけじゃないんだろ?」

 

「材料代が上がっておりますから」

 

「なら駄目だね」

 

 ルネスタが顔を上げた。

 

「駄目、と申しますと」

 

「今の値段で売らないよ」

 

「しかし、現在の相場なら十分に買い手が――」

 

「いるだろうね」

 

 リュシアはあっさり認めた。

 

「だから下げるんだよ」

 

「……下げる?」

 

「足りないから高い。なら、足りるまで入れればいいだろ」

 

 ルネスタの目が真壁へ向く。

 

 真壁はもう立ち上がっていた。

 

「荷受け場所を拝見したい」

 

「今からですか」

 

「今の話だ」

 

 澪も立った。

 

 慣れてきた自分が少し嫌だった。

 

 金属倉庫へ入ると、食料倉庫とは正反対だった。

 

 棚が空いている。

 

 鉄材があったらしい場所には木札だけが残り、銅を置く棚も半分以上何もない。

 

 壁には工房から来た注文札が掛けられていた。

 

 荷車用の金具。

 

 鉄輪。

 

 工具材。

 

 銅板。

 

 真壁は空いた場所を見渡した。

 

「ここでよいか」

 

「まず品質を確認させてください」

 

「もちろんだ」

 

 真壁が見本の鉄材を出した。

 

 次に銅材。

 

 担当者が調べ、ルネスタへ頷く。

 

「問題ありません」

 

「では」

 

 鉄材が出た。

 

 棚へ並ぶ。

 

 また出た。

 

 空いていた区画が埋まる。

 

 倉庫番が隣を開ける。

 

 そこも埋まり始めた。

 

「真壁さん」

 

 リュシアが呼んだ。

 

「何かね、リュシア君」

 

「まだあるのかい」

 

「ある」

 

「……聞いた私が悪かったよ」

 

 ルネスタは笑えない顔で鉄材の列を見た。

 

「これだけ市場へ出せば、相場が動きます」

 

「動かすんだよ」

 

 リュシアが返した。

 

「ただし、高いまま小分けして儲けるのはやめておくれ。鍛冶場と荷車工房を先に当たってくれるかい」

 

「承知しました」

 

「材料が安くなった分まで商人が抱え込まないようにね」

 

 ルネスタは頷き、店員を呼んだ。

 

「鍛冶組合へ。荷車工房にも知らせろ。鉄と銅が入った」

 

「価格は?」

 

「下げる」

 

 店員の目が丸くなる。

 

 ルネスタはもう一度リュシアを見た。

 

「今の相場を守る必要はない、ということですね」

 

「守る価値がある相場じゃないよ」

 

 しばらくすると、倉庫の外が騒がしくなった。

 

 煤のついた鍛冶職人が来る。

 

 荷車工房の男が来る。

 

 金属商もやってくる。

 

 朝には荷を出せず困っていた食料倉庫が空になった。

 

 昼には空だった金属倉庫へ鉄と銅が入り、人が集まり始めていた。

 

 澪はその二つを頭の中で並べた。

 

 余っているところから抜く。

 

 足りないところへ入れる。

 

 やっていることだけ見れば単純なのに、国境と道が挟まっただけで誰にも出来なくなっていた。

 

 そこを真壁の収納と転移が飛び越えている。

 

 便利、という言葉だけでは足りなかった。

 

 

 

 

 

 午後、3人は真壁の転移で領都へ戻った。

 

 侯爵家にはリュシアから食料納入の話が通してあり、荷受け用の倉庫にはすでに人が集まっていた。

 

 広い床が空けられ、大型の秤が据えられている。荷役人のほかに、袋を開いて状態を見る担当者まで待っていた。

 

 受領を任された家臣が頭を下げる。

 

「お待ちしておりました。大麦はこちら側へ、豆は奥へ分ける予定です」

 

 リュシアも姿勢を正した。

 

「お手数をお掛けいたします。まずは、侯爵家で必要と伺っていた分を納めます」

 

「では、最初に重量を――」

 

 真壁が床を見る。

 

「ここへ出してよいか」

 

「はい。お願いいたします」

 

 真壁が最初の荷を出した。

 

 家臣の声が止まった。

 

 麻袋ではなかった。

 

 空気を抜かれ、四角く固く締まった包みが床へ置かれている。中には大麦が詰まり、端には札が付いていた。

 

 2つ目。

 

 3つ目。

 

 すべて同じ大きさで並ぶ。

 

 荷役人たちが互いの顔を見る。

 

「……大麦、ですかな」

 

「そうだ」

 

 家臣は一つを持ち上げ、札へ目を落とした。

 

品名:大麦

重量:10kg

等級:上

品質:乾燥良好/虫害なし/異物なし

包装日:○月○日

消費期限:○月○日

ロット:R-01

 

 隣の包みも取る。

 

品名:大麦

重量:10kg

等級:中

品質:乾燥良好/粒不揃いあり/虫害なし

包装日:○月○日

消費期限:○月○日

ロット:R-07

 

「全部、10kgなのですか」

 

「揃えてあります」

 

 澪が答えた。

 

 家臣の視線が背後の大型秤へ向いた。

 

 朝から据えたらしい秤が、急に所在なさげに見える。

 

「こちらで量り直す必要は」

 

「ありません。等級も分けてあります」

 

「虫害や傷みは?」

 

「鑑定済みです。食用へ回さない方がいいものは混ぜていません」

 

 家臣は手の中の大麦を見直した。

 

 その間にも真壁は次の列を出していく。

 

「豆はこちらへ出す」

 

「あ、はい。そちらへ」

 

 今度は豆の包みが並んだ。

 

品名:乾燥豆

重量:10kg

等級:上

品質:乾燥良好/割れ少/虫害なし

包装日:○月○日

消費期限:○月○日

ロット:B-03

 

 荷役人の1人が、手持ち無沙汰になった秤を見た。

 

「これは……袋を開けなくてよいので?」

 

「札と現物を照合していただければ」

 

 澪が答えると、男はもう一度札を読む。

 

「全部?」

 

「全部です」

 

 受領担当の家臣が、並び始めた包みを見渡した。

 

「こちらでは、荷を受けた後に計量し、状態を見て、必要な量へ分け直す予定でした」

 

 リュシアが頷く。

 

「その手間は省けます。期限の近いものから先に使っていただければ、保管中の損も減らせます」

 

 家臣は札を指でなぞった。

 

「これは、買い付けた穀物をそのまま運んだものではありませんな」

 

「ええ。納品できる商品にしてあります」

 

 家臣は大麦を持ったまま、大型秤をもう一度見た。

 

「人を呼びすぎましたな」

 

 澪は返事に困った。

 

 真壁は平然としている。

 

「余った人手は、奥への運搬へ回していただきたい」

 

「……そういたしましょう」

 

 家臣の返事には、もう半分諦めが混じっていた。

 

 納品は予定よりずっと早く進んだ。

 

 同じ10kg単位なので、袋数がそのまま重量へつながる。等級も最初から分かれているため、受け取った側で山を崩して選り分ける必要もない。

 

 必要分をすべて納め終えると、リュシアは受領書を受け取った。

 

「こちらから先の備蓄と配分は、お任せいたします」

 

「承りました。領内の必要先はこちらで見ます」

 

 倉庫を出る時、澪は振り返った。

 

 荷役人たちはもう札を読みながら、期限の近いものを手前へ運んでいる。

 

 袋を開けている者は1人もいなかった。

 

 

 

 

 

 王都商業ギルドでは、さらに大掛かりな準備がされていた。

 

 真壁とリュシアが並んで受付へ入っただけで、以前に顔を覚えた職員が奥へ走った。

 

 ほどなくグスタフ・ハーゲンの執務室へ通される。

 

 リュシアが買付控えを卓へ置く。

 

 グスタフは眼鏡越しに数字を追い、途中で頁を戻した。

 

「……リュシア」

 

「何だい」

 

「昨日、火山東街道は食料を運べる状態ではないという話だったな」

 

「そうだよ」

 

「では、この量は何じゃ」

 

「買ってきた食料だよ」

 

「それは読めば分かる」

 

 グスタフが紙を持ち上げた。

 

「わしが聞いておるのは、なぜ翌日にこれだけ買って、もう王都まで持ってきておるのかという話じゃ」

 

「転移だ」

 

 真壁が答えた。

 

「おぬしには聞いておらん」

 

「そうかね」

 

「そういう返しをするところが腹立たしいのう」

 

 リュシアが額へ手を当てた。

 

「現物を見た方が早いよ」

 

「そうさせてもらおう」

 

 グスタフは立ち上がった。

 

 大倉庫へ行くと、秤が3台も用意されていた。

 

 荷役人、検品係、帳場の職員までいる。

 

「大量と聞いたのでな。こちらも人を集めた」

 

 真壁が人員を見る。

 

「手数を掛ける」

 

「まだ何もしておらん」

 

 グスタフが床を指す。

 

「出してみい」

 

「承知した」

 

 真壁が大麦を1つ出した。

 

 グスタフの眉が動いた。

 

 2つ目。

 

 3つ目。

 

 同じ大きさの真空包装が並んでいく。

 

「……何じゃ、それは」

 

「大麦だ」

 

「大麦なのは見れば分かるわ」

 

 グスタフが1つ拾った。

 

 札を読む。

 

品名:大麦

重量:10kg

等級:上

品質:乾燥良好/虫害なし/異物なし

包装日:○月○日

消費期限:○月○日

ロット:R-01

 

 隣を見る。

 

品名:大麦

重量:10kg

等級:中

品質:乾燥良好/粒不揃いあり/虫害なし

包装日:○月○日

消費期限:○月○日

ロット:R-07

 

 次は豆。

 

品名:乾燥豆

重量:10kg

等級:上

品質:乾燥良好/割れ少/虫害なし

包装日:○月○日

消費期限:○月○日

ロット:B-03

 

 しばらく誰も口を挟まなかった。

 

 グスタフが後ろの秤を見る。

 

 検品係を見る。

 

 もう一度、手元の商品を見る。

 

「おぬしら」

 

「はい」

 

 澪が返事をする。

 

「こちらの仕事をどこへやった」

 

「残っている」

 

 真壁が答えた。

 

「何がじゃ」

 

「売る仕事だ」

 

 グスタフは目を閉じた。

 

「そういう意味ではない」

 

 リュシアが笑いを堪えながら大麦を一つ持ち上げる。

 

「グスタフさん。再計量も、等級分けも、小分けも済んでる。そのまま卸へ流せるよ」

 

「見れば分かる」

 

 グスタフは札を指で弾いた。

 

「だから言っておる。これはもう、麻袋に入った大麦とは別の商品じゃ」

 

 倉庫へ出された包みを見渡す。

 

「重さが保証され、品質が分かり、期限まで付いておる。受け取った商人は袋を開けず、そのまま次へ売れる」

 

「私もそう見てるよ」

 

「元の穀物と同じ値を付ける品ではないのう」

 

 グスタフは上等品と中等品を見比べた。

 

「商品としてなら、倍近く見てもおかしくない」

 

 リュシアが頷く。

 

「そのくらいになるね」

 

「最初から分かっておったな」

 

「もちろんだよ」

 

 グスタフが真壁を見る。

 

「で、おぬしはこれを何と言っておる」

 

「扱いやすくした。それだけだ」

 

 グスタフは額へ手をやった。

 

「リュシア。こやつは昔からこうなのか」

 

「諦めた方が早いよ」

 

「聞こえている」

 

「聞かせてるんだよ」

 

 澪はとうとう笑ってしまった。

 

 けれど、グスタフの切り替えは早かった。

 

 すぐに職員へ向き直る。

 

「期限の近いものは王都と近郊へ回せ。長く持つものは地方便じゃ。上等品ばかり先に持っていかせるな。中等品にも用途はある」

 

「加工向けもあります」

 

 澪が控えを開く。

 

「どれじゃ」

 

「こちらです。食用には問題ありませんが、粒の揃い方などで分けてあります」

 

「なら粉屋と醸造を先に当たれ。遠くへ運ぶ必要はない」

 

 職員が走った。

 

 倉庫が急に動き始める。

 

 大麦と豆は、真壁が出した端から行き先を与えられていった。

 

 昨日、レヴァニア王都では置き場にも困っていた食料だ。

 

 今日は王都で、どの商人へ渡すかを決める方が追いつかない。

 

 澪は荷役人が10kgの包みを抱えていくのを見た。

 

 麻袋の山だった時は、ただ多いとしか見えなかった。

 

 今は一つずつ、人の手で持てる商品になっている。

 

 

 

 

 

 一通りの納品が終わった後、グスタフの応接室へ戻った。

 

 外ではまだ荷車の音がしている。

 

 リュシアが買付控えと納品控えを合わせていると、真壁が別の袋を卓へ置いた。

 

「リュシア君、これを見たまえ」

 

「まだあるのかい」

 

「大麦だ」

 

「今日、大麦は十分見たよ」

 

「これは少し違う」

 

 袋を開くと、香ばしい匂いが広がった。

 

 リュシアが顔を寄せる。

 

「焼いたのかい」

 

「焙煎した」

 

 澪は一粒を見て、すぐに分かった。

 

「麦茶ですね」

 

「そうだ」

 

「茶?」

 

 リュシアが聞き返す。

 

「煮出して飲むんです。香ばしくて、冷やしても飲めます」

 

「大麦を飲むのかい」

 

「はい」

 

 リュシアは疑うより先に卓の湯差しを見た。

 

「淹れてみておくれ」

 

 グスタフが椅子へ腰を戻す。

 

「人のギルドで次の商品まで始めるのか」

 

「試飲だよ」

 

「その言葉は信用できんのう」

 

 澪は湯を用意した。

 

 焙煎した麦へ注ぐと、湯気と一緒に香りが強くなる。

 

 リュシアは最初に器を取った。

 

 一口。

 

 もう一口。

 

「これ、甘味はいらないね」

 

「普通は入れません」

 

「食事の時にも出せそうだ。酒を飲まない客にも出せる」

 

 もう売り方を考えている。

 

「このまま焙煎した麦を売るのかい」

 

「そうですね。淹れ方を付ければ扱いやすいと思います」

 

「量は考えた方がいいね。10kgじゃ店には大きい」

 

 真壁が器を置いた。

 

「売る量は用途に合わせればよい」

 

「試すよ」

 

 リュシアはすぐに決めた。

 

 グスタフも一口飲み、器の中を見る。

 

「悪くないのう。夏場にも使えそうじゃ」

 

 真壁が次の容器を出した。

 

「もう一つある」

 

 リュシアが器を置く。

 

「まだあるのかい」

 

「ある」

 

 密閉された容器が卓へ置かれた。

 

「何だい、これは」

 

「原酒だ」

 

「何の」

 

「大麦だ」

 

 リュシアの指が止まった。

 

 グスタフも真壁を見る。

 

「……今日買った大麦かい」

 

「左様」

 

「いつ酒にしたんだい」

 

「収納してからだ」

 

「そういうところを聞いてるんじゃないよ」

 

 澪は器へ目を落とした。

 

 笑うとまた話が進まなくなる。

 

「原酒まで作ったんですか」

 

「一部だけだ」

 

 リュシアが容器を受け取り、香りを確かめる。

 

「これを押入商会で熟成するのかい」

 

「いや」

 

 真壁は首を振った。

 

「原酒はリュシア商会へ売る」

 

 リュシアの目が変わった。

 

 さっきまでの試飲を見る顔ではない。

 

「うちに?」

 

「熟成はリュシア君の商会で行い給え」

 

「完成したら?」

 

「熟成したら王都へ流せばよい。グスタフ殿なら販路がある」

 

「勝手にわしを買い手にするでない」

 

 グスタフが言った。

 

 だが、原酒の容器へ手を伸ばしている。

 

「買わぬとは言っておらんが」

 

「なら問題ない」

 

「そこじゃ。おぬしのそういうところじゃ」

 

 リュシアは原酒を卓へ戻した。

 

「原酒を買う。樽を用意する。保管場所もいる。熟成してる間は金が寝るね」

 

「そうなる」

 

「失敗することもある」

 

「そこから先は商売だ」

 

 真壁は即答した。

 

 リュシアはしばらく容器を見ていた。

 

「完成まで自分でやらないんだね」

 

「原酒まではこちらで作る。熟成と販売はリュシア君の仕事だ」

 

「利益も?」

 

「利益は商会に残し給え」

 

 リュシアが真壁を見る。

 

「ずいぶん気前がいいね」

 

「次へ進むには原資が要る」

 

「次?」

 

「人も設備も、動かすには金が要る」

 

 真壁は原酒の容器へ視線を落とした。

 

「原酒を買い、熟成させて売る。その利益を次へ回し給え」

 

 リュシアの指が卓を一度叩いた。

 

「なるほどね」

 

 鞄から新しい紙を出す。

 

「じゃあ、まず原酒の値段を決めようか」

 

「結構」

 

「そこは任せるとは言わないんだね」

 

「売る以上、値は決める」

 

「ようやく商人らしいことを言ったよ」

 

「私は商人だが」

 

 グスタフが声を上げて笑った。

 

「昨日まで売れ残りだった大麦を買い集め、鉄と銅の値を下げ、穀物を商品へ変え、茶にして酒まで仕込んだ男が言うとな」

 

「必要なことをしただけだ」

 

「それを普通とは言わんのじゃ」

 

 リュシアも笑いながら、原酒の売買控えへ目を戻した。

 

 最後の一筆を入れ、その紙を自分の帳面へ挟む。

 

 卓の上には、10kgに揃えられた大麦と、香ばしく焙煎された麦、それにまだ若い原酒が残っていた。

 

 昨日まで、行き先を失って倉庫を塞いでいたものだ。

 

 外で荷車の車輪が鳴る。

 

 王都のどこかへ向かう食料が、またギルドの門を出ていった。

 

「じゃあ、これはうちで育てるよ」

 

 リュシアが原酒を軽く叩いた。

 

「酒も、その先もね」

 

「結構」

 

 真壁は短く頷いた。

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