押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第246話 空の港

 

 侯爵邸の応接室へ通された真壁は、窓から差し込む朝の光を横目に、収納の中へ入れてある資料をもう一度確認していた。

 

 昨夜、地下1階のフードコートでヴァルトと澪を相手に広げた話は、食事を終えた時には飛行船一隻の設計から町の計画にまで膨らんでいた。

 

 だからといって、そのまま侯爵家へ持ち込むわけにはいかない。

 

 採石場の土地は侯爵領にあり、そこへ道路を引き、人を住まわせ、治安や消防まで必要になるとなれば、押入商会だけで決めてよい話ではなかった。

 

 扉が開き、アルベルトが入ってくる。

 

 真壁は椅子から立った。

 

「アルベルト殿。朝からお時間をいただき、ありがとうございます」

 

「構わない、真壁殿。採石場周辺の土地について相談があると聞いた。話を聞かせてもらおう」

 

「ありがとうございます」

 

 互いに席へ着く。

 

 アルベルトの前には、まだ何も置かれていない。

 

「採石場跡の利用について、ご相談があります」

 

「採石場跡を?」

 

「はい。まず、こちらをご覧いただきたい」

 

 真壁が収納から薄型の大型ディスプレイを取り出し、その隣へ一冊の冊子を置いた。

 

 アルベルトが何気なく表紙へ目を落とし、手を止める。

 

 色が付いている、というだけではない。

 

 岩の灰色、草木の緑、土の色まで鮮明で、そこへ行けばそのまま見えるのではないかと思うほど精細だった。

 

「これは……あの採石場か」

 

「はい。現在の姿です」

 

 ディスプレイにも同じ景色が映し出される。

 

 かつて石を切り出していた採石場には、段状に削られた岩壁と、採掘後に残された広い平場がある。周囲には人家がほとんどなく、その一方で少し離れた場所にはぶどう畑が並び、ワイナリーの建物も見えた。

 

 アルベルトは冊子をめくり、次に現れた上空からの図へ目を移す。

 

 既存の道、採石場、ぶどう畑、ワイナリーの位置が一目で分かる。

 

「この一帯を全部使うつもりではないのだな」

 

「はい。主に使わせていただきたいのは、既に採掘されている部分と岩盤側です。農地を新たに大きく潰す理由はありません」

 

「秘密基地はどうする?」

 

「そちらとは区画を分けます」

 

 真壁は画面上の岩壁の一角を示した。

 

「新しい事業で働く者が、秘密基地側へ出入り出来る構造にはいたしません。人の動線も別にするつもりです」

 

「それは必要だな。人が増えれば、今までと同じ扱いには出来ない」

 

「承知しております」

 

 アルベルトはもう一度採石場の図を見た。

 

 土地を使いたいというところまでは分かった。

 

 問題は用途である。

 

「それで、ここに何を造るつもりなのだ?」

 

 真壁がディスプレイを操作した。

 

 採石場の画像が消え、代わりに巨大な船のようなものが現れる。

 

 アルベルトは目を細めた。

 

 船体らしきものはある。

 

 だが海へ浮かべる船とは形が違う。上部が大きく膨らみ、その下へ貨物を積む部分が吊り下がっているように見えた。

 

「これは……船なのか?」

 

「はい」

 

「だが、採石場の近くに海はないぞ」

 

「空を飛ばします」

 

 アルベルトの視線が、画面から真壁へ移った。

 

「船を?」

 

「大量の貨物を空から運ぶための船です」

 

 真壁が次の画像へ送る。

 

 今度は船体の横へ、人と荷車が比較用に描かれていた。

 

「現在考えている規模では、60t級の貨物を扱えるようにします」

 

「60t……」

 

 アルベルトは荷車へ換算しようとして、途中で考えるのをやめた。

 

 次の画像には、大量の穀物が積まれている。

 

 さらに、山中から長い木材を吊り上げる姿へ変わった。

 

「レヴァニアとの交易を調べたところ、大量の穀物を継続して動かすには、街道だけに頼らない輸送手段が必要だと分かりました。ただし、用途を穀物だけに限定するつもりはありません」

 

「これは木材か」

 

「はい。長い建築部材や大型の荷も扱えます。道まで運び出すのが難しい物なら、その場所から直接吊り上げることも考えています」

 

「着陸しないのか?」

 

「安全に荷を受け渡せる場所があれば、必ずしも着陸する必要はありません」

 

 アルベルトが画面を見つめる。

 

 山間部から木材を運び出せる。

 

 逆に、山間部へ荷を持ち込むことも出来る。

 

「街道が使えなくなった時にも、荷を送れるということか」

 

「その用途も考えております」

 

 アルベルトの脳裏に、これまで何度も起きた街道の問題が浮かぶ。

 

 橋が落ちれば止まる。

 

 土砂が崩れても止まる。

 

 魔物が居座っても止まる。

 

 空から越えられるなら、商売だけの話ではない。

 

 真壁はそこで説明を重ねず、アルベルトが画面を見終えるのを待った。

 

「それで、この船と採石場がどうつながる?」

 

「こちらです」

 

 画面が切り替わる。

 

 今度は採石場の岩山を横から切った図だった。

 

 巨大な岩壁へ、何本もの横穴が開いている。

 

 そのうちの一本には、先ほどの船が丸ごと入っていた。

 

「これは?」

 

「飛行船のドックです」

 

「岩山の中へ船を入れるのか」

 

「はい。格納するだけではありません。ここで製造し、点検し、修理するところまで行います」

 

 真壁が図を拡大する。

 

 船体の両側へ作業床が伸び、奥には工房と倉庫がある。気嚢を扱う空間、推進機や魔道具を外して整備する場所、ヘリウムを扱う設備も描かれていた。

 

「待ってくれ、真壁殿」

 

「はい」

 

「真壁殿なら、この船自体を収納出来るのではないか?」

 

「出来ます」

 

 即答だった。

 

 ならば、これほど巨大な穴を何本も掘る必要があるのか。

 

 アルベルトがそう考えたところで、真壁が続けた。

 

「ですが、通常の格納や整備に私の収納を使うつもりはありません」

 

「なぜだ?」

 

「私がいなければ止まるからです」

 

 真壁はドックの図へ目を戻した。

 

「製造も、格納も、点検も、修理も、ここで働く者だけで出来るようにします。私が領外へ出ていても船を出せる。戻った船を整備出来る。故障すれば修理出来る。その仕組みにしたいのです」

 

 アルベルトは図を見ながら、ようやく巨大な横穴の意味を理解した。

 

 真壁が船を収納してしまえば、確かに場所は取らない。

 

 しかし、真壁がいなければ何も出来なくなる。

 

 それでは事業ではなく、巨大な倉庫を持つ一人の男へ依存しているだけだった。

 

「収納は使わないのか?」

 

「事故や暴風など、非常時には使うと思います。ただ、それを通常運用へ組み込むつもりはありません」

 

「なるほど」

 

 アルベルトは頷いた。

 

「真壁殿が不在でも、この場所だけで回るようにするわけか」

 

「はい。そのためのドックです」

 

 話としては分かった。

 

 だが、図の横穴はあまりにも巨大だった。

 

「この大きさの穴を、すぐ掘れるのか?」

 

「掘ること自体は出来ます。ただ、先に調べなければなりません」

 

 画面が岩盤の拡大図へ変わる。

 

「岩質と亀裂、地下水、それから入口の向きを確認します。飛行船が出入りしますので、崖で風がどう変わるかも見なければなりません」

 

「風までか」

 

「入口へ入れなければ、ドックを掘っても意味がありません」

 

 言われてみれば当然だった。

 

「地下ですので、排水と換気も必要です。ヘリウムを扱う設備も置きますので、漏れた時に内部へ溜めないようにします」

 

「もう場所まで決めているわけではないのだな」

 

「はい。掘れる場所と、ドックとして使いやすい場所は別です」

 

 真壁なら岩を除くこと自体は容易なのだろう。

 

 しかし今回は、掘削出来るから掘るという話ではないらしい。

 

「ここまでの施設となると、働く者も多くなるな」

 

「はい」

 

 真壁が一度画面を戻した。

 

「そこから先が、今回ご相談したかった理由です」

 

 画面が切り替わる。

 

 アルベルトは、思わず冊子の同じ頁を探した。

 

 そこに描かれているのは採石場だった。

 

 間違いなく同じ土地である。

 

 だが、岩壁には巨大な開口部がいくつも並び、その奥へ飛行船が収まっている。岩壁の前には広い荷役場があり、採石場跡には工場と倉庫が建ち並んでいた。

 

 そして、そこから少し離れた場所には家々が並んでいる。

 

 住宅だけではない。

 

 学校らしい建物があり、医療施設があり、商店が並ぶ区画もある。食堂、公園、道路まで描かれていた。

 

 現在のワイナリーとぶどう畑は、その外側に残されている。

 

「真壁殿」

 

「はい」

 

「今の話は、飛ぶ船の整備場所だったはずだな」

 

「はい」

 

「これは町ではないか」

 

「必要なものを足していきましたら、そうなりました」

 

 アルベルトは額へ手をやりかけて、途中でやめた。

 

「ずいぶん増えたな」

 

「人が住むことを考えますと、工場と宿舎だけでは足りません」

 

 真壁は工場側を拡大した。

 

「飛行船を造るだけでも、木工、金工、布、縄、魔道具、整備と、多くの仕事が必要になります。運航が始まれば、倉庫や荷役、商務、事務に携わる者も増えます」

 

 画面の中心が住宅地へ移る。

 

「熟練した者を集めるなら、家族を持つ者もいるでしょう。家族ごと移っていただく以上、住む家だけ用意して終わりには出来ません」

 

「子どもがいれば学校か」

 

「はい。病気や怪我へ備える場所も必要です」

 

 アルベルトが緑の多い一角を指した。

 

「これは何だ?」

 

「公園です」

 

「公園まで?」

 

「工場と家しかない場所にはしたくありません」

 

 アルベルトは真壁を見た。

 

 この男の口から、飛行船と同じ調子で公園が出てくるとは思わなかった。

 

 しかし改めて画面を見ると、工業区と住宅地の間には距離があり、岩盤の起伏や緑地が挟まれている。

 

「工場の隣へ住宅を置かないのだな」

 

「はい。大型の荷が動く場所と生活する場所は分けます。物流道路も住宅地を出来る限り通さないようにします」

 

「領都との行き来も増えるだろう」

 

「定期的な交通は必要になると思います。そこは侯爵家と相談させてください」

 

 アルベルトは冊子の次の頁をめくった。

 

 今度は建物よりも線の方が目立つ。

 

「これは水か?」

 

「はい」

 

 住宅が出来れば飲み水が必要になる。学校も病院も食堂も水を使い、工房や消防でも必要になる。

 

 それだけではない。

 

「採石場は雨水が集まりやすい場所です。地下ドックを造る以上、地下水も確認する必要があります」

 

「水源は?」

 

「まだ決めておりません。現地で調べてからです」

 

 真壁が画面上のぶどう畑を示した。

 

「地下水を不用意に動かせば、ワイナリー側へ影響する可能性があります」

 

 アルベルトの表情が変わった。

 

「それは困る。あそこも水を使う」

 

「はい。ですので、先に確認します。生活排水と工房から出る水についても、同じところへ流すつもりはありません」

 

「ワイナリーの者には、もう話したのか?」

 

「まだです」

 

 真壁は即答した。

 

「侯爵家へ筋を通す前に、こちらから土地利用の話を進めるべきではないと考えました」

 

「その順番でよい」

 

 アルベルトは頷く。

 

「こちらから話を入れよう。ぶどう畑だけではなく、水と道への影響も確認したい」

 

「お願いいたします。必要であれば、私どもも同席いたします」

 

 アルベルトはさらに完成予想図へ視線を走らせた。

 

「人と荷が集まれば、治安も今までとは違ってくる」

 

「商会の施設警備はこちらで行えます。ただ、町の治安については侯爵家にお願いしたいと考えております」

 

「火事は?」

 

「消防施設の建物や設備には、こちらからも費用を出せます。ただ、人員や指揮まで商会で決めるべきではありません」

 

「学校や病院も同じか」

 

「はい。必要な建物や設備を用意することは出来ますが、運営についてはご相談したいと思っております」

 

 アルベルトは冊子を数頁戻した。

 

 道路を気にすれば道路の図があり、水を気にすれば水の頁がある。

 

 何でも出来ると言うわけでもない。

 

 まだ調べていないものは、調べてから決めると書かれている。

 

「真壁殿」

 

「はい」

 

「私が尋ねようとしたことが、先ほどから大抵次の頁に出てくるな」

 

「ご判断いただくための資料ですので」

 

 真壁は特に笑わず、次の頁を開いた。

 

「それと、事業の進め方について一つご報告があります」

 

「聞こう」

 

「昨日、王都商業ギルド長のグスタフ殿に、人材を集めるための協力をお願いしました」

 

「グスタフ殿に?」

 

「はい。その際、侯爵家をこの事業の看板にしない方がよい、と忠告を受けております」

 

 アルベルトの眉がわずかに動いた。

 

「侯爵家の名を出さない方がよい、ということか?」

 

「いえ。侯爵家と無関係にするという意味ではありません」

 

 真壁は首を振った。

 

「土地利用や事業の認可、治安、公道、それに移住者を受け入れるための領内の基盤については、侯爵家にお願いしなければ出来ません。ただ、人材募集や雇用、運送事業そのものを『侯爵家の新事業』として前面へ出すのは避けた方がよい、という話でした」

 

「なぜだ?」

 

「腕のある職人ほど、自分の仕事や取引先を持っています。貴族家の直営事業と受け取られれば、仕事を囲われるのではないかと警戒する者が出るそうです。商人にとっても、他領との取引へ政治の色が付くのは好ましくない、と」

 

 アルベルトはすぐには答えなかった。

 

 完成予想図へ目を戻す。

 

 飛行船。

 

 工場。

 

 倉庫。

 

 ここへ人を集めるとなれば、侯爵領の中だけでは足りないだろう。

 

「……グスタフ殿から見れば、そう映るわけか」

 

「はい。特に新しい運送網ですので」

 

 アルベルトは腕を組み、少し考えた。

 

「確かに、侯爵家が他領の職人を集め、新しい輸送網まで直接握ろうとしているように見えれば、余計な警戒を招くかもしれないな」

 

 真壁は答えず待った。

 

 やがてアルベルトが頷く。

 

「人材募集と事業の表に立つのは、商会側でよいだろう」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、領内で行う以上、侯爵家が無関係というわけにもいかない」

 

「もちろんです。その形をお願いしたいと考えております」

 

「土地と行政、それに領内で必要な責任はこちらが担う。実際の商売と雇用は、リュシア商会と押入商会が担うということだな」

 

「はい」

 

「もう人を募集しているのか?」

 

「候補になりそうな方を探していただくところまではお願いしております。ただ、正式な募集はまだ出しておりません」

 

「なぜだ?」

 

「侯爵家へご相談する前に募集を始めるのは、順番が違うと思いましたので」

 

 アルベルトはそこで、少しだけ口元を緩めた。

 

「そこまで考えているなら、私から言うことはない」

 

 真壁が軽く頭を下げる。

 

 アルベルトは再び飛行船へ目を戻した。

 

 今度は、別の意味でその大きさが気になった。

 

「真壁殿」

 

「はい」

 

「この船をレヴァニアまで飛ばすのなら、国境を越えることになるな」

 

「はい」

 

「荷物を運ぶ船だとしても、60tを積んだものが自由に国境を越えてくるとなれば、向こうも何も言わないとは限らない」

 

「承知しております」

 

「飛べるから飛ばす、では困る」

 

「商業航路、発着地点、荷の検査、税について、正式な取り決めをお願いしたいと思っております」

 

「そこはこちらでも話を通そう。ただ、すぐに決まるとは言えない」

 

「機体と拠点の準備と並行して進められれば十分です」

 

「分かった」

 

 アルベルトは冊子を閉じかけ、もう一度開いた。

 

「費用についても聞いておきたい」

 

「飛行船、ドック、工場、倉庫など、事業に直接必要な部分は事業側で負担します。住宅についても、こちらから相当部分を出せます」

 

「道路や学校まで全部侯爵家へ、という話ではないのだな」

 

「そのつもりはありません。侯爵家で必要と判断された公共部分についても、費用分担は相談させていただきたいと思っております」

 

「それならよい」

 

 アルベルトは完成予想図全体を見渡した。

 

「しかし、これを一度に全部造るのか?」

 

「骨格は先に決めたいと考えております」

 

 完成予想図の上へ、道路と水路、工業地区と住宅地区の境界が重ねられる。

 

「家や工房は後から増やせます。しかし、道と水は後から動かす方が面倒です」

 

 人が少ないからと狭い道を作り、数年後に住宅を壊して広げるようなことはしたくない。

 

 地下ドックをどこへ置くか。

 

 物流道路をどこへ通すか。

 

 住宅地をどこまで広げられるか。

 

 学校、病院、公園のための土地をどこへ残すか。

 

 水をどう入れ、どう出すか。

 

 それらの骨格だけは、最初に決めておく。

 

「建物そのものは、人が増えるのに合わせて造ります」

 

「なるほど」

 

 アルベルトは背もたれへ体を預けた。

 

 最初に見せられた完成予想図の規模は変わっていない。

 

 話を聞くほど、そこへ到達するために何を決める必要があるのかが明確になっていく。

 

 しばらく考えた後、アルベルトが顔を上げた。

 

「真壁殿」

 

「はい」

 

「計画の方向には賛成する」

 

 真壁は黙って続きを待った。

 

「採石場跡を、空運と工業、物流の拠点として開発する方向で進めてもらいたい。ただし、土地の範囲はこちらでも確認する。ワイナリーをはじめ、周囲の者との調整も必要だ」

 

「承知しております」

 

「道路、水、治安、消防、教育、医療についてはこちらの担当も入れよう。国境を越える航路についても、侯爵家側から話を進める」

 

「ありがとうございます」

 

「その条件で進めてもらえるだろうか」

 

 真壁は丁寧に頭を下げた。

 

「もちろんです。ありがとうございます」

 

 アルベルトはようやく冊子から手を離した。

 

 これで話は終わったかと思ったのだが、真壁のディスプレイには、すでに採石場周辺の地形図が表示されている。

 

「真壁殿」

 

「はい」

 

「まさか、今から行くつもりか?」

 

「現地は改めて確認したいと思っております」

 

「何度も行っている場所ではないのか」

 

「見る場所が変わりましたので」

 

 真壁は地形図へ指を向けた。

 

「岩盤だけではなく、地下水、入口の向き、風、道路との接続、住宅地として使える場所まで見たいと思っております」

 

 アルベルトは少し考えた。

 

「それなら、こちらからも人を出そう。土地と水については、侯爵家側で分かることもある」

 

「助かります」

 

「ワイナリーへも、こちらから先に話を入れておく」

 

「お願いいたします」

 

 アルベルトが家令を呼ぼうとして、ふと手を止めた。

 

 机の上の冊子を開き、地下ドックの頁へ戻る。

 

「真壁殿」

 

「はい」

 

「最後に一つだけ確認したい」

 

 アルベルトは岩壁に並ぶ巨大な横穴を指した。

 

「真壁殿が長く領外へ出ていても、ここは本当に動くのだな?」

 

「そのために造ります」

 

 返事に迷いはなかった。

 

「私がいなくても、船を運航出来て、整備出来て、修理出来る。その形にします。そうでなければ、町まで造る意味がありません」

 

「分かった」

 

 アルベルトは今度こそ頷いた。

 

「この冊子を一部預かってもいいだろうか」

 

「もちろんです」

 

「父上にも見てもらおうと思う」

 

「お願いいたします」

 

 真壁がディスプレイを収納へ戻し、席を立つ。

 

 アルベルトも立ち上がりながら、手元に残した完成予想図へ目を落とした。

 

「しかし、真壁殿」

 

「はい」

 

「昨日までは、人を集めるという話だったはずだが」

 

「はい」

 

「一晩で町まで増えたのか」

 

 真壁は少し考えてから答えた。

 

「必要なものを足しました」

 

 アルベルトはしばらく真壁を見ていたが、やがて小さく笑った。

 

「なるほど。真壁殿らしい」

 

 

 

 

 

 侯爵邸を出る頃には、朝の光が庭全体を照らしていた。

 

 真壁は玄関前の石段を下りながら、収納の中で採石場周辺の地形図を開いた。

 

 同じ土地でも、目的が変われば見る場所が変わる。

 

 これまで見ていた秘密基地への入口ではなく、飛行船が安全に進入出来る岩壁を探す。

 

 採れる石ではなく、巨大な横穴を造っても安定する岩盤を見る。

 

 空いている平場ではなく、工場や倉庫を置き、人と荷を流せる土地として見る。

 

 その外側には人が住む。

 

 家だけでは足りない。学校も病院も、道も水も要る。

 

 そして、その隣では今まで通り、ぶどうが育ち、ワインが造られていかなければならない。

 

 真壁は地図の縮尺を少し広げた。

 

 昨日まで、そこは秘密基地のある古い採石場だった。

 

 今朝、侯爵家から開発の了承を得たことで、同じ岩山は別の使い道を持った。

 

 真壁がいなくても船が出て、戻り、直され、また飛んでいく。

 

 空の港を造る土地として。

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