第248話 同じ物を造る
翌朝、真壁たちが岩山の麓へ着いた時、地下ドックの入口はまだ山影に沈んでいた。
昨日までに掘り進めた5本の巨大な空洞が、岩山の内部へ並んで延びている。掘削した区画には鉄骨が入り、壁面にも必要な補強が施されていたが、中身はまだ広大な空間でしかない。
澪は入口から暗い奥を眺めた。
「今日は、ドックの中を造るんですか?」
「いや。内部設備は機体側を固めてからだ」
真壁は収納から図面を取り出し、簡易机へ広げた。
「換気、照明、排水、整備足場。機体の寸法も作業動線も決まらぬうちに据えれば、後で造った物を壊すことになる」
「では、今日はどちらを?」
ヴァルトが図面を覗き込む。
真壁が指したのは岩山ではなく、その麓に広がる平地だった。道路を挟んで住居が並び、その先には工房、倉庫、市場、学校、診療所などの予定地が描かれている。
「こちらを始める」
リュシアが眉を上げた。
「人を集めるのは、まだこれからだよね?」
「だから先に造る。何もない土地へ、家族ごと移れとは言えん」
「まさか、今日一日で町まで造る話ではないですよね」
澪が図面に並ぶ区画を数えながら聞くと、真壁はその端を押さえた。
「そこまではせん。今日は第1期分の建材を揃える」
「……それでも、この数ですけど」
最初に受け入れる作業員と家族の住居だけでも、図面には何十もの区画が並んでいた。
真壁は澪、ヴァルト、リュシアの順に目を向けた。
「ゆえに、私一人では造らん」
三人が揃って黙った。
リュシアが先に口を開く。
「……嫌な予感がするね」
「私も、今のところ同じです」
「まだ何をするか聞いたばかりでしょう。先に嫌がるのは早いですよ」
ヴァルトが言うと、澪がそちらを見た。
「ヴァルトさん、その言い方だと自分は教える側みたいですよ」
「私もですか」
「当然だろうね」
リュシアが即答した。
真壁は図面を畳む。
「話せる余裕があるなら結構。始めよう」
建設予定地の一角は、昨日のうちに平らに均されていた。
真壁が手をかざすと、灰色のブロックが一つ現れた。
長方形の石材に見えるが、側面には隣の部材と噛み合わせるための凹凸があり、上面には補強材を通す穴が開いている。内部には重量を抑える空洞も設けられていた。
澪が鑑定する。
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【基礎用規格ブロック】
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圧縮強度、含水率、補強材の位置。いずれも真壁が設定した基準に収まっている。
「これを造るんですか?」
「まずはな」
「見本を一個ずつ見ながら、同じ形にするんですか?」
「それでは足りん」
真壁が収納からもう一つ、外見のよく似たブロックを出した。
「比べてみたまえ」
澪とヴァルトがそれぞれ鑑定し、リュシアは両手で持ち上げて重さを確かめた。
「こっち、少し軽いね」
「内部の密度が均一ではありません。補強材も少しずれています」
澪の指摘に、ヴァルトも頷く。
「見た目だけなら使えますが、荷重を受け続ければ、こちらから傷むでしょう」
「形が同じでも、中身が違えば別物だ」
真壁は不良品を収納へ戻した。
「必要なのは、似た物を多数造ることではない。同じ条件を満たす物を、必要な数だけ造ることだ」
真壁は完成品を三人に鑑定させた後、自分の収納へ戻した。
見本の形状を基準に定め、石粉、砂、骨材、結合材を分離する。補強用の鉄材を配置し、その周囲へ材料を満たす。内部の空洞と穴を残したまま圧縮し、固形化する。
ただし、真壁は途中で何度も処理を止めた。
「今、何をした」
突然問われ、澪が収納内で見た工程を思い返す。
「材料を分けました」
「それだけか?」
澪はもう一度、直前の処理を頭の中でなぞった。
「……種類ごとに分けただけではありません。一個分ずつ、必要量を先に揃えています。それから配置しています」
「補強材も先に固定していますね」
ヴァルトが続けた。
「外側を造ってから差し込めば位置がずれます。先に動かない位置を決めて、その周囲を固めている」
「二人とも、よく見てるね」
リュシアが感心すると、真壁が彼女を見る。
「リュシア君はどう見た」
「私?」
リュシアは一瞬だけ詰まり、完成しつつあるブロックへ視線を戻した。
「最後に見本へ戻してるね。形と重さだけじゃない。中の詰まり方まで比べてる」
「その通りだ」
完成した二個目のブロックが、見本の隣へ出された。
さらに真壁が10個分の材料を分離する。
収納内に同じ処理区画が並び、同じ位置へ補強材が収まる。材料が満たされ、圧縮と固形化が一斉に進んだ。
地面へ現れた10個のブロックを、三人が手分けして確かめる。
「全部、基準内です」
澪が最後の一個から顔を上げた。
「真壁さん、これを今日考えたんですか?」
「今日思いついたわけではない」
真壁は一個を足元へ残し、ほかを収納した。
「陶工たちが型を使って器を揃えていた時から、収納内でも同じ考え方は使えると思っていた。建材へ合わせて工程を組んだのが今日というだけだ」
「型と同じなら、普通に型を造った方が早くないかい?」
「数人で一個ずつ造るなら、それでもよい。ただ、我々は材料を収納内で分け、配置し、形を決めて固められる」
真壁は三人を見る。
「使えるものは使う。それだけだ」
ヴァルトが完成品と真壁を見比べた。
「それだけで済ませるところが、真壁殿らしいですね」
「では、澪君からやってみたまえ」
視線が自分へ戻ってきて、澪は小さく息を吐いた。
「やはり私からですか」
澪は一個分の材料を受け取り、見本のブロックを自分の収納へ入れた。
外形を読み取り、必要量を分ける。補強材を中へ置き、石材を固形化する。
手順は覚えていた。
出来上がった物を地面へ出すと、見た目は真壁の物と変わらない。
「見た目は出来てるよ」
「まだです。中を見ます」
澪が鑑定する。
補強材の位置が基準から数mm外れていた。
表示を見た澪の口が止まる。
「補強材が外れていますね」
ヴァルトの声に、澪は小さく頷いた。
「……分かっています」
材料の量も、外形も合っている。それだけに、内側のずれが余計に悔しかった。
「どこでずれた」
真壁に問われ、澪は自分の工程をたどった。
「補強材を置いて、外側の形を作って……固める時です。周りを圧縮した時に、一緒に押しています」
「なら修正できるな」
「はい」
失敗したブロックを収納へ戻し、材料へ分ける。
今度は補強材を置くだけでなく、その位置を指定してから周囲を満たした。圧縮する際にも中心からずれないよう、外側から均等に力を加える。
二個目を地面へ出し、鑑定する。
「基準内です」
「次は5個だ」
澪は真壁を見た。
「もう5個ですか?」
「1個は出来た」
「今の1個でも、かなり慎重に造ったんですけど」
「その手順を5個へ分ければよい」
「簡単に言いますね」
言いながらも、澪は収納内へ5つの処理区画を作った。
補強材を固定する。材料を配る。一度に固めようとして、意識が一つの区画へ偏りかけた。
「同時に急ぐ必要はない」
真壁の声が飛ぶ。
澪は固形化を止めた。
5個を一斉に完成させるのではなく、同じ段階を順番に通す。全ての補強材を確かめてから材料を満たし、全ての密度を確認してから固める。
地面へ並べた5個は、どれも基準を満たしていた。
「出来ました」
「先ほどの失敗を繰り返していない。それでよい」
澪は、自分でも気づかぬうちに詰めていた息を吐いた。
「では、次は私ですね」
ヴァルトは一個分の材料を受け取ると、工程を細かく区切った。
材料を分けるたびに止まり、補強材を置いては止まり、密度を整えてからまた止まる。
リュシアがその手元を見る。
「ずいぶん慎重だね」
「魔術式も、一つの線を誤れば全体が崩れます。最初の1個は、このくらいでよいでしょう」
時間はかかったが、完成品は最初から基準内だった。
ヴァルトは安堵するより先に、真壁が造った物と自分の物を見比べた。
「真壁殿。内部の空洞を少し狭くしてしまいました。基準内ですが、重量が上限に近いようです」
「次はどうする」
「空洞の外形も先に固定します。補強材と同じ扱いにします」
真壁は頷き、それ以上は口を出さなかった。
ヴァルトは4個分の材料を受け取った。今度は工程ごとに止めず、術式を並べるように処理を揃えていく。
「確認を減らしたんですか?」
「いいえ。4つを別々に見るのをやめました。同じ段階にあるものを、一度に見ています」
完成した4個は、先ほどの一個より軽く、なおかつ全て同じ重量だった。
「なるほど」
澪が自分の収納内を見直す。
ただ処理区画を増やすだけでなく、確かめ方そのものをまとめられる。ヴァルトの方法は澪にも使えそうだった。
「じゃあ、次は私だね」
リュシアは最初から5個分の材料へ手を伸ばした。
「まず1個だ」
「澪とヴァルトの分は見たよ。失敗したところまでね」
「そこまで言わなくてもいいです」
「同じ失敗をしなければいいんだろう?」
真壁は一度リュシアを見たが、止めずに5個分を渡した。
リュシアは二人より速かった。
商品の仕分けに慣れているため、必要量を揃えるのに迷いがない。補強材の位置を定め、材料を満たし、5個を一気に固形化した。
「どうだい」
並べたブロックの一つを、真壁が持ち上げた。
ほかより軽い。
リュシアの笑みが止まった。
「形は揃っています。ただ、これだけ密度が足りません」
澪が鑑定結果を告げる。
「おかしいね。材料は同じだけ入れたよ」
「どこで確認した」
真壁の問いに、リュシアは答えなかった。
材料を分け、形を整え、固めた。速さなら負けていない。だが、出来上がった物を見本と照合していなかった。
リュシアが軽いブロックを持ち上げ直す。
「……最後の照合だね」
「そうだ」
「全部見るのかい?」
「売り物なら、どうする」
「見るよ。最初の一樽が良くても、最後の一樽が薄ければ信用をなくす」
「同じことだ」
リュシアは軽いブロックを収納へ戻した。
「分かった。もう一度やるよ」
再び5個分の材料を分ける。
今度は固形化を終えたところで止まり、見本と一つずつ照合した。一個だけ密度の足りない箇所を見つけ、地面へ出す前に直す。
並んだ5個を、真壁が抜き取って確かめた。
「今度はよい」
「当然だよ」
澪が横から鑑定結果を見る。
「先ほども、そんな顔をしていましたよ」
「そこを今言うのかい」
「数分前ですから」
リュシアが次の材料へ手を伸ばした。
「今度は10個だ」
澪が真壁を見る。
「増やすのが早いです」
「出来るようになった時に数をこなさなきゃ、手順が身につかないだろう?」
リュシアが先に答えた。
ヴァルトがそちらを見る。
「先ほど確認を飛ばした方の言葉とは思えませんね」
「二人とも、覚えておくよ」
口では言い返しながらも、リュシアは完成品との照合を真っ先に始めていた。
昼前には、作業の様子が朝とは変わっていた。
澪は補強材の位置を固定する方法をヴァルトへ伝え、代わりに工程ごとに一括確認する方法を教わっていた。リュシアは二人のやり方を黙って試し、自分に合う部分だけを取り入れている。
真壁は新しい見本を地面へ並べた。
床パネル、内壁、外壁、柱、梁、屋根材、階段部材、窓枠、扉枠。形だけでなく、材料の配合と内部構造も異なる。
澪の視線が、端から端まで一度動いた。
「……まだあるんですか」
「家一軒をブロックだけで造るつもりかね、澪君」
「分かっています。ただ、見本を出すたびに増えている気がします」
リュシアも並んだ部材を眺める。
「真壁さんの『必要』は広いんだよ。放っておいたら町一つ分になるね」
「町を造っているのだが」
リュシアが一拍置いた。
「……そうだったね」
真壁は三人へ担当を振り分けた。
澪は基礎ブロック、床、内壁。ヴァルトは柱、梁、接合金具、階段。リュシアは外壁、屋根材、扉枠と窓枠を受け持つ。
リュシアが自分の担当を指で数えた。
「私のところ、種類が多くないかい?」
「10個へ増やすと言ったのはリュシア君だ」
「数を増やすって言ったんだよ。種類まで増えるとは聞いてないね」
「減らすかね」
「誰が減らすと言ったのさ。こっちへおくれ」
真壁は何も言わず、リュシアの前へ材料を増やした。
量産そのものには加わらない。
材料を分離して三人へ配り、次に必要な見本を造る。出来上がった部材を抜き取りで確認し、数を図面へ書き込んだ。
最初のうちは地面へ並べていた完成品も、すぐに各自の収納内へ戻された。積み上げれば、数えるにも運ぶにも手間がかかる。住居区画と組み立て順に分けておけば、必要な場所へ必要な分だけ出せる。
澪が床パネルを仕上げている横で、ヴァルトが梁の試作品を地面へ出した。
「真壁殿、少し見ていただけますか」
見本より細い。
「弱くなっていませんか?」
澪が尋ねると、ヴァルトは梁の両端を示した。
「中央の材料を減らし、その分、力のかかる接合部の密度を上げました。全体を同じ強さにする必要はないかと思いまして」
真壁は試作品を鑑定した。
強度は基準を上回り、重量は軽くなっている。
「こちらを使おう」
「変えても構いませんか」
「良くなった物を、見本と違うという理由だけで戻す必要はない」
真壁は従来の梁を収納へ戻し、新しい梁を見本として残した。
「接合金具も合わせて見直したまえ。ただし、軽くすることを目的にするな。必要な強度が先だ」
「承知しました」
ヴァルトは新しい梁を手に取り、自分の作業場所へ戻った。歩きながら、もう接合金具の位置を見ている。
澪はその背を見送り、自分の床パネルへ目を落とした。
同じ物を造ると聞いて、見本を崩してはならないと思い込んでいた。だが、真壁が揃えようとしているのは形ではなく、必要な性能だった。
澪は床パネルの裏側へ通していた補強材を見直す。
「真壁さん。この補強材、組み立てる時に隣のパネルとつなげられませんか?」
「どうする」
「端を少し出して、隣の受けへ差し込みます。床を並べてから金具で一枚ずつ留めるより、横へずれにくくなると思います」
「作ってみたまえ」
澪は一枚だけ変更し、隣り合う二枚を地面へ出した。
出しただけでは、まだ完全には噛み合わない。端を持ち上げ、角度を変えて差し込む必要があった。
「……これ、人が持つには重いですね」
ヴァルトも接合部へ手を掛けた。
「考え方は使えそうですが、この入れ方では組む側が苦労しますね」
澪の肩がわずかに落ちる。
「そこまで考えていませんでした」
「考え方は悪くない」
真壁は接合部を見ながら言った。
「上から下ろすだけで噛み合う形に変えればよい。外す時のことも考えておけ」
「直します」
澪は失敗作を材料へ戻さなかった。
接合部だけを切り離し、形を変えて付け直す。二度目の試作品は、上から下ろすと隣のパネルへ収まり、横ずれを防いだ。
澪は二枚の境目へ手を掛け、今度は取り外す方向にも動かしてみる。
「これなら、組む側も迷わないと思います」
「強度を確認したまえ」
「はい」
澪はすぐに鑑定へ戻った。
朝は見本どおりに造るだけで精いっぱいだった。それが昼前には、組み立てる人間の動きまで考え始めている。
真壁は何も言わず、床パネルの図面へ新しい接合部を書き加えた。
昼食を終える頃、澪の技能欄に見慣れない表示が現れた。
「……技能欄に何か出ています」
澪が手を止める。
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【大量生産:芽あり】
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ヴァルトとリュシアも自分へ鑑定を向けた。
「こちらにも出ています」
「私にもあるよ」
リュシアは説明を最後まで読むと、そのままSPを割り振った。
「リュシアさん、もう取ったんですか?」
「読んだよ」
「せめて一度、内容を確認しませんか?」
「同じ品物を、同じ条件で揃えるための技能なんだろう? 商人なら取るよ」
技能を取得したリュシアが、外壁パネルの見本を改めて収納へ入れる。
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【大量生産 Lv1】
登録基準 1/3
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見本に必要な材料、処理の順序、確認すべき項目が、これまでより整理されて感じられるらしい。
リュシアはしばらく収納内を見た。
「勝手に全部造ってくれるわけじゃないね」
「そこまで都合よくはないみたいですね」
「でも、これは使えるよ。次に何を見るかを、毎回最初から考え直さなくていい」
ヴァルトも説明を読み直した。
「部品の製作にも使えそうです。私は取っておきます」
澪は少し迷った後、二人に続いた。
床パネルを登録すると、材料の分配と工程の進み具合が、先ほどまでより把握しやすくなった。収納の加工能力が上がったわけではない。油断すれば、補強材も密度もずれる。
それでも、同じ確認を何度もやり直す負担が減っている。
「真壁さんには出ていないんですか?」
「ない」
リュシアが真壁を見る。
「教えた側なのに、出ないのかい?」
ヴァルトは真壁が朝から組んでいた工程を思い返すように、図面へ目を向けた。
「真壁殿は、技能が補助する部分まで自分で工程にしてしまっています。芽が出る余地がないのかもしれませんね」
澪も少し考えてから言う。
「先生だけ、先に答えを作ってしまったみたいですね」
「造れるなら、名が付くかどうかはどうでもよい」
真壁は三人の取得状況を確かめると、新しい材料を渡した。
「技能を得たからといって、検品を減らすな」
「分かってるよ」
リュシアが外壁パネルの処理区画を増やす。
「さっき一個で覚えたからね」
「失敗した方でですか?」
澪が聞く。
「だから覚えたんだよ。同じ失敗はしないさ」
出来上がった外壁パネルを、リュシアは誰より先に見本と照合した。
午後になると、作業の速度が上がった。
真壁へ一まとまりごとに確認を求めていた澪は、自分で抜き取りの順番を決めるようになった。ヴァルトは梁と接合金具を一組として扱い、組み立てる順に収納内へ並べていく。
リュシアは屋根材へ移っていた。
同じ厚さ、同じ傾斜、同じ重なり幅を持つ部材が、処理を終えるたびに数を増していく。
途中で、彼女の手が止まった。
「真壁さん」
「何かね」
「これ、建材に限った技能じゃないんだろう?」
「材料と工程を理解し、正しい見本を用意できればな」
「ガラス瓶は?」
「可能だ」
「蓋も?」
「可能だ。ただし、瓶の口と噛み合う寸法を揃える必要がある」
リュシアの目つきが変わった。
「それなら、瓶の口を何種類かに決めればいいね。同じ蓋を、別の瓶にも使える」
「酒瓶と香油の小瓶を、全部同じ口にするんですか?」
澪が尋ねる。
「全部とは言ってないよ。種類を減らすんだ。瓶ごとに別の蓋を作る必要はないだろう?」
リュシアは手元にあった木片へ、瓶の大きさと口径を書き始めた。
「醤油、酒、油、香辛料。中身が違っても、近い大きさなら容器を揃えられる。蓋だって、店ごと、品ごとに作り直さなくて済む」
書き込まれていく寸法を見て、澪は屋根材の残数へ目を移した。
「まず、今日の屋根材を終わらせませんか」
「分かってるよ。忘れないうちに書いてるだけさ」
「食品用なら、材質と気密の確認が先だ」
真壁が言うと、リュシアは木片を収納へしまった。
「もちろん。まず間違いのない一個を決める。今日やってることと同じだろう?」
「ならばよい」
「町の分が終わったら、瓶も試したいね」
「仕事を増やすのは、今日の分が終わってからにしてください」
「増やしたんじゃないよ。売れる形を見つけただけさ」
リュシアは屋根材の生産へ戻った。
先ほどより手は速くなったが、最後の確認だけは省かなかった。
日が岩山の向こうへ傾き始めた頃、澪は収納内の数を数え直していた。
「内壁パネル、予定数まで終わりました」
「床は?」
「組み立て時の予備を含めて揃っています」
「ならば基礎ブロックを手伝ってくれ」
「はい」
ヴァルトは柱と梁を終え、階段部材の最後の一組を造っていた。
「接合金具が12個余りました」
「予備へ回そう」
「屋根材は終わったよ」
リュシアが割り込む。
「扉枠も窓枠も終わり。次は?」
真壁は図面と完成数を照合した。
「ない」
「ない?」
「第1期分は揃った」
三人が揃って手を止めた。
朝に造った一個のブロックから始まり、基礎、床、壁、柱、梁、階段、屋根、扉枠、窓枠まで、住居に必要な規格建材が収納内へ分類されている。
ただし、家はまだ一軒もない。
目の前には、杭と縄で区切られた平地が広がっているだけだった。
「本当に、第1期分が揃ったんですね」
澪は自分の収納内にある部材を、もう一度確かめた。
「家はまだだ」
真壁が図面へ完成数を書き込む。
「基礎も組んでいない。上下水道も、内装も設備も残っている」
「分かっています」
それでも澪には、朝と同じ景色には見えなかった。
何もないように見える平地の上へ、明日から建物が立ち始める。その材料は、すでに揃っている。
リュシアが、練習で失敗したブロックを地面へ出した。
密度が足りず、一個だけ軽くなった物だ。
「それ、まだ持っていたんですか?」
「戒めだよ。瓶をやる時に、同じことをしないためさ」
真壁がブロックを見る。
「材料へ戻せば使える」
「真壁さんは、そういうところまで材料として見るね」
「不良品を残す理由にはならん」
「これは残すよ。最初の失敗作だ」
澪がブロックを見直す。
「成功した一個ではないんですね」
「失敗したから残すんだよ」
リュシアはブロックを抱え直した。記念品にするには、あまりにも無骨で重い。
ヴァルトはそれを見てから、収納内に揃った大量の規格部材へ視線を戻した。
「職人たちには、どう説明しましょうか」
真壁が顔を向ける。
「この作り方を見れば、自分たちの仕事を奪われると思う者もいるでしょう」
真壁は出来上がった建材ではなく、澪が変えた床の接合部と、ヴァルトが軽量化した梁を見た。
「最初の一個を造るのは人だ。何に使うかを決め、材料を選び、使えるかを確かめるのも人だ。今日も、見本のままでは組みにくい箇所があった」
澪は自分で変更した床パネルを見る。
「同じ物を造るための技能なのに、途中で見本そのものを変えたんですね」
「必要なら変える。必要がなければ揃える。その判断まで技能へ任せるつもりはない」
リュシアが抱えていた失敗作を軽く叩いた。
「それなら職人には、良い一個を造ってもらえばいい。こっちは、その一個を百個にする」
「リュシア君は瓶の方へ行きたいだけではないか」
「それもあるよ」
真壁は図面を畳んだ。
「明日は基礎を組む」
「明日は家が立つのかい?」
「そのために今日、材料を揃えた」
リュシアが平地を眺める。
「町らしくなるのは、まだ先だね」
「人が住み始めてからだと思います」
澪は答えた。
建物だけを並べても、町にはならない。働く者が来て、その家族が暮らし、店が開き、子どもが道を歩くようになって、ようやく町になる。
その最初の家を、明日から造る。
「では戻ろう」
真壁が歩き出す。
「真壁さん、待っておくれ。このブロックは持って帰るよ」
「材料へ戻したまえ」
「だから、戻さないと言ってるんだよ」
「不良品を持ち帰ってどうする」
「記念品だよ!」
失敗作を抱えたリュシアが真壁を追い、澪とヴァルトもその後へ続いた。
夕日に照らされた建設予定地には、今日もまだ一軒の家もない。
それでも、杭の向こうに広がる更地は、昨日までより少しだけ、町になる場所らしく見えていた。