目を覚ますと、台所から包丁の音が聞こえていた。
一定の間隔で、まな板を叩く乾いた音。その合間に冷蔵庫の扉が開き、食器の触れ合う音がする。
澪は布団の中で目を瞬いた。
自分の部屋。
実家。
そこまで思い出してから、昨夜の小瓶が頭に浮かぶ。
「……そうだ」
父と母に竜命薬を飲ませた。
味については散々な評価だった。
では、その後は。
澪は布団を抜け出し、寝間着の上へ一枚羽織って廊下へ出た。
味噌汁の匂いがする。
居間では父が新聞を広げ、母は普段と変わらない動きで台所と食卓を往復していた。
「おはよう」
「おはよう。今日は遅かったわね」
「冬休みなので」
「昨日もそう言ってたわね」
母が焼き魚の皿を置く。
澪は椅子へ向かいながら、母の顔、歩き方、手の動きを順番に追った。
見た目が急に若くなったわけではない。
髪も顔も昨日の母だ。
けれど、何となく動きが軽い。
「何よ」
母が振り向いた。
「いえ」
「朝から人の顔じろじろ見て」
「調子どう?」
新聞の向こうから父の目だけが出た。
「昨日のあれか」
「はい」
「先に朝飯食わせろ」
「元気そうですね」
「見れば分かるだろ」
声にも張りがある。
澪は椅子へ座り、味噌汁を持った。
そこで母が肩を回した。
「でも、変なのよね」
「何が?」
「今朝、起きた時に身体が軽かったの」
澪の箸が止まる。
「どこか痛かったところが治ったとか?」
「そこまでじゃないわよ。ただ、朝って肩とか腰とか、少し固いでしょう。それが今日はあまりないの」
母はもう一度腕を上げた。
いつもの動作の延長に見える。
父も新聞を畳んだ。
「俺も似たような感じだな」
「お父さんも?」
「起き抜けのだるさが少ない気はする」
「気はする、ですか」
「一日調子がいいだけかもしれん。薬だと決めるには早いだろ」
澪は小さく息を吐いた。
父の言う通りだった。
身体が楽だからといって、何もかも竜命薬のおかげだと決めつける必要はない。
ただ、悪い方向の変化はなさそうだ。
「気持ち悪いとか、頭痛いとかない?」
「ない」
「お母さんは?」
「ないわよ。それより」
母が向かいに座った。
「昨日のあれ、本当は何だったの?」
「研究中の健康関係の製品です」
父が眉を上げた。
「昨日より説明が短くなってないか」
「説明出来る範囲が増えてないので」
「便利な言葉だな、研究中」
「私もそう思い始めました」
父が味噌汁を一口飲んだ。
「味以外は今のところ問題ない」
「まだ言うんですか」
「重要な評価だろ」
「研究側に伝えます」
「研究側って誰だ」
「研究側です」
「またそこだけ曖昧だな」
澪は焼き魚へ箸を伸ばした。
話を続けると、また火竜へ近づく。
朝食を終えると、母から軽自動車の鍵を借りた。
「おばあちゃんのところ行ってきます」
「病院も行くなら、面会の時間見てからね」
「はい」
「安全運転で」
「分かってます」
靴を履きながら振り返る。
父はまた新聞。
母は食器を洗っている。
昨日と同じ光景だった。
それが今日は、少しだけありがたく見えた。
祖母の家へ着いた頃には、冬の陽が庭の半分まで差し込んでいた。
植木鉢の土は乾いており、軒下のじょうろには朝の冷気がまだ残っている。
澪が軽自動車を停めると、玄関が開いた。
「まあ、本当に来たの」
「来るって言ったでしょう」
「寒いのに」
「車だから大丈夫」
祖母は笑っている。
昨日の電話と同じ声だった。
けれど玄関まで歩いてくる姿を見て、澪の目が止まった。
少し遅い。
年齢を考えれば不自然ではない。
ただ、昨日電話で聞いた時より、顔に疲れが出ている。
「おばあちゃん、ちゃんと寝た?」
「寝てるわよ」
「ご飯は?」
「食べてる」
「本当に?」
「お母さんと同じこと言うようになったわね」
「親子なので」
家へ上がる。
居間へ入ると、澪はまた足を止めた。
祖父がいつも座っていた場所が空いている。
座布団はある。
湯飲みも棚にはある。
家が荒れているわけでもない。
ただ、使う人が一人減った。
それだけで部屋が少し広く見えた。
「お茶入れるから座ってなさい」
「私がやるよ」
「いいから」
祖母が台所へ向かう。
澪は背中を見ながら鑑定を使った。
深刻な病気が出たわけではない。
それでも、身体の負担は隠せない。
疲労。
加齢に伴う衰え。
生活の変化。
祖父の入院で家と病院を行き来していれば、本人が大丈夫と言っても疲れる。
祖母がお茶を持って戻ってきた。
「おばあちゃん」
「何?」
「やっぱり疲れてるよね」
「歳なんだから、こんなものよ」
「その『こんなもの』を放っておかない方がいいと思う」
「澪までうるさくなったわねえ」
祖母は笑っている。
澪は鞄へ手を伸ばした。
小瓶を一つ取り出す。
「これ、飲んでみて」
「何それ」
「うちで研究してる健康関係のもの」
「会社でこんなのまで作ってるの?」
「研究中です」
「怪しいわね」
「昨日、お父さんとお母さんにも飲んでもらった」
「2人とも?」
「今朝、普通に起きてた。身体も軽いって」
「澪も飲んだの?」
「飲んでる」
祖母は小瓶を手に取り、ひょいと持ち上げた。
「じゃあ飲むわ」
「早いね」
「澪が先に飲んで、あんたのお父さんとお母さんも生きてるんでしょう」
「生きてるって基準はどうなの」
「大事でしょう」
反論しづらい。
「あ、でも先に言っておくね」
「何?」
「まずい」
祖母の手が止まった。
「それは先に言いなさいよ」
「今、飲む前に言ったでしょう」
澪はお茶を多めに入れた。
祖母が小瓶を口へ運ぶ。
一口で飲み、直後に眉を寄せた。
「……これはまずいわね」
「昨日も同じ評価でした」
「商品にするなら無理ね」
「まだ商品にするって言ってないよ」
祖母がお茶を飲む。
「これでいいの?」
「うん。寝た後に効いてくるから、今日は普通にしてて。無理はしないでね」
「寝ればいいのね」
「寝ればいい、じゃなくて無理しないで」
「同じようなものでしょう」
「違います」
祖母は立ち上がった。
「じゃあ病院行く支度するわ」
「今日行く予定だったの?」
「じいちゃんのところへね」
「じゃあ私が乗せてく」
「澪が?」
「車で来てるから」
「免許取ったばっかりじゃなかった?」
「夏です」
「まだ半年も経ってないでしょう」
祖母が一瞬考える。
澪も少しだけ考えた。
「……安全運転します」
「じゃあお願いしようかしら」
祖母を助手席へ乗せ、軽自動車を走らせた。
住宅街を抜け、病院のある方角へ向かう。
年末の道路には買い物の車が多い。歩道にも大きな袋を持った人が行き交っている。
「おじいちゃん、足を折ったんだよね」
「そう。手術は終わったのよ」
「今は?」
「元気。元気だから帰るってうるさいの」
「まだ歩けないでしょう」
「先生にも同じこと言われてる」
前方の信号が変わった。
澪はかなり手前でアクセルを戻す。
車速が自然に落ち、最後に軽くブレーキへ足を乗せるだけで停止した。
祖母の身体はほとんど前へ揺れない。
青になる。
前車の動きを見てから発進。
必要なだけ加速し、流れへ入る。
次の右折でも、周囲の車、自転車、横断歩道を順に捉え、空いたところへ滑らかに入った。
しばらくして祖母が言った。
「澪、運転上手になったねえ」
「そう?」
「うん。全然怖くない」
「まだ免許取ってそんなに経ってないけど」
「前よりずっと滑らかよ」
「前……」
澪は信号へ目を向けた。
前の車。
歩行者。
路地から出そうな車。
視線が勝手に次へ移っていく。
右足を戻す。
必要なところで踏む。
ハンドルも切り過ぎない。
戻す動きまで無駄がない。
そこで、妙な既視感があった。
歩く時。
走る時。
異世界で長い距離を移動する時。
「……あ」
「どうしたの?」
「何でもない」
移動加速。
澪はハンドルを握ったまま、内心で目を瞬いた。
使おうと思った覚えはない。
けれど運転を始めた時点から、いつの間にか働いている。
速く走っているわけではない。
信号も制限速度も普通に守っている。
ただ、目的地へ移動するための動作から無駄だけが落ちている。
ゲンダイの車まで「移動」として拾うらしい。
病院の駐車場へ入る。
空いた枠へバックで入れた。
切り返しなし。
車体は枠の中央へきれいに収まる。
祖母がシートベルトを外しながら笑った。
「ほんとに上手になったわね」
「……ありがとうございます」
駐車ブレーキをかけながら、自分の右手を見る。
「いつの間に使ってたんだろ」
「何?」
「こっちの話」
祖母は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
市民病院の自動ドアが開くと、暖房された空気に消毒液の匂いが混じっていた。
受付を済ませ、祖母と病棟へ向かう。
廊下にはワゴンの車輪音が響き、ナースステーションでは電話が鳴っている。
祖父の病室へ入ると、本人はベッドの上でテレビを見ていた。
「おじいちゃん」
「おお、澪か」
声が大きい。
その一声だけで、澪の肩から少し力が抜けた。
「帰ってきたのか」
「昨日」
「大学は?」
「冬休み」
「会社は?」
「私も冬休み」
「社長が休んでいいのか」
「社長だから休みます」
「偉くなったな」
祖母が椅子を引いた。
「そんなことより、また帰るって言ってないでしょうね」
「まだ言ってない」
「昨日言ったでしょう」
「昨日は昨日だ」
「同じことよ」
祖父の顔だけを見ていれば、入院患者らしさはほとんどない。
だが足元へ視線を移せば事情が分かる。
片足はまだ自由に動かせない。
ベッド脇には点滴が下がり、透明な液体がゆっくり落ちている。
澪は祖父へ鑑定を使った。
骨折。
手術後。
術後の状態としては大きく崩れていない。
命に関わるものでもない。
そこまでは安心出来た。
けれど、高齢だ。
骨がつながるまで動けない期間が長くなれば、弱るのは足だけではない。
筋力。
生活のリズム。
人と話す量。
外を見る時間。
ベッドの上だけの暮らしが長くなる方が、澪には気になった。
収納の中にはエリクサーがある。
原液を使えば。
そこまで考え、即座にやめた。
ここは病院だ。
手術をした。
画像も残っている。
明日、骨が完全につながっていたら、治ってよかったでは済まない。
医師が調べる。
検査が増える。
祖父が何を飲んだ、誰が何をしたという話になる。
研究中の薬などと言えば、もっと大変だ。
それは絶対に駄目。
「澪?」
祖父がこちらを見た。
「何でもないよ」
「ぼーっとしてるぞ」
「おじいちゃんが元気過ぎるから」
「だから家へ帰れるって言ってるんだ」
「足が治ってからです」
「寝てるだけだぞ」
祖母がすぐ返した。
「その寝てるのが治療なの」
2人のやり取りを聞きながら、澪の視線が点滴へ移った。
透明な液体が一定の間隔で落ちている。
その中へ。
ほんの少し。
原液のままではない。
祖父の骨折を消してしまうほどでは駄目だ。
身体が本来進めている回復を、後ろから少し押す程度。
澪は点滴には触れなかった。
祖父も祖母もテレビの話を続けている。
収納内でエリクサーをごく微量だけ分ける。
さらに作用を落とす。
そして収納の出力先を、目の前の輸液の中へ合わせた。
収納Lv10。
最近は何百万tという岩盤や鉱物を扱うために使っていた能力だった。
今は、誰にも見えないほど小さな量を狙ったところへ送る。
何も光らない。
音もしない。
点滴の透明な色も変わらない。
祖父は気づかない。
祖母も知らない。
澪だけが、流れ落ちる液体を見ていた。
これでいい。
一晩で完治する必要はない。
病院の治療を飛び越える必要もない。
回復が少し早い。
身体が少し弱りにくい。
その程度で十分だ。
「澪、何見てるんだ」
「点滴」
「珍しいか?」
「別に」
「じゃあテレビ見ろ。面白いぞ」
「病院に来てまでテレビ勧めないでください」
「暇なんだよ」
「だからって帰らないでくださいね」
「まだ言ってないだろ」
「顔が言ってる」
祖母が笑った。
「澪にも分かるでしょう」
「はい」
「孫まで敵になった」
「味方だから言ってるんです」
祖父は不満そうにテレビへ戻った。
点滴は何事もなかったように、同じ速さで落ち続けていた。
面会を終えて病院を出る頃には、午後の日差しが少し傾いていた。
祖母を助手席へ乗せる。
「元気だったでしょう」
「元気すぎるくらい」
「昔からああなのよ」
祖母は窓の外を眺めながら笑った。
朝に会った時より、表情が柔らかくなっている。
竜命薬がもう効いた、と決めるのは早い。
単に祖父の元気な顔を見られて安心したのかもしれない。
「今日は早く寝てね」
「分かってるわよ」
「無理に片付けとかしないで」
「澪の方こそ。帰省してきて朝から走り回ってるじゃない」
「私は疲れにくいので」
「若い人はみんなそう言うの」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
説明出来ないので、そのまま運転した。
祖母宅へ着く。
玄関まで付き添うと、
「夕飯食べていけば?」
と誘われた。
「今日はもう一か所寄りたいところがあるの」
「友達?」
「うん。近くだから」
「じゃあ気をつけて」
「おばあちゃんもね」
「分かったって」
扉が閉まるまで待った。
祖父。
祖母。
2人とも自分の目で見た。
朝から胸のどこかへ引っ掛かっていたものが、少しだけ軽くなった。
友人の家は、昔から米を作っている農家だった。
収穫を終えた冬の田んぼは広く開け、低い陽の光を受けている。母屋の脇には納屋と倉庫があり、使われていない農機具が軒下へ並んでいた。
軽自動車を停めると、友人の祖父が出てきた。
「おお、澪ちゃんじゃないか。帰ってたのか」
「昨日帰ってきました」
「社長になったって聞いたぞ」
「何で知ってるんですか」
「近所をなめるな」
「すみません」
会社の登記より、こちらの方が情報伝達が速い気がする。
「今日は挨拶だけです。近くまで来たので」
「寒いから入れ」
しばらく近況を話しているうち、話題が米へ移った。
「去年は米が高くてな。農家としては助かったんだけど」
友人の祖父が倉庫を見た。
「今年は買ってもらえると思ってた分が残っちまった」
「お米ですか?」
「玄米だけどな」
「見てもいいです?」
「いいぞ」
倉庫へ入る。
乾いた米と紙袋の匂い。
壁際へ30kgの玄米袋が積まれている。
澪はそれを見上げた。
30kg。
最近、数字の感覚がおかしい。
岩盤なら百万t。
金属でも何十万t。
けれどゲンダイの倉庫で30kg袋を見ると、普通に重そうだった。
「これ、売ってもらえます?」
「米を?」
「はい」
「澪ちゃんの家でそんな食うのか?」
「うちだけじゃないです」
口にしてから、ヴァルトの顔が浮かんだ。
味噌汁で涙を流した人である。
日本の米。
それも農家から買った玄米。
炊き立てにしたら。
「……喜ぶかしら」
「何が?」
「あ、こっちの話です」
かなり喜ぶ気がする。
「手元に10万円あるので、その中で買えるだけください」
「そんなに買うのか?」
「玄米のままで大丈夫です」
「精米は?」
「こっちで出来ます」
収納内で、と続けそうになって飲み込んだ。
話を詰めると、30kg袋が8袋になった。
合計240kg。
支払いを済ませる。
「本当に軽で持ってくのか?」
「大丈夫です」
「重いぞ」
「そこは何とかします」
後部へ米袋を載せていく。
最後の1袋まで積んだところで、友人の祖父が、
「ちょっと待ってろ」
と言って奥へ消えた。
「はい?」
戻ってきた時には、野菜の箱を抱えている。
「これも持ってけ」
「いやいや、買いますよ」
「いらん。白菜と大根と青いの。売り物にするほどでもないやつだ」
澪は箱を覗いた。
冬の青物。
ありがたい。
ゲンダイでもありがたいが、異世界側ではもっとありがたい。
「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
「それと」
「まだあるんですか?」
「正月だろ」
餅まで来た。
「増えてません?」
「正月だからな」
「その一言で何でも増やさないでください」
「昔からそういうもんだ」
結局、玄米240kg。
野菜。
餅。
軽自動車の後部はぎっしりになった。
澪は何度も礼を言って友人宅を出た。
家が見えなくなり、人目のないところまで進んでから停車する。
後部を開けた。
「……実家の軽で運ぶ量じゃないですね」
玄米も野菜も餅も、まとめて収納へ移す。
ついさっきまで沈んでいた車体が、目に見えて軽くなった。
「便利」
誰にも見せられないが。
実家へ戻る前に、澪は収納内の玄米へ意識を向けた。
全部を白米にする必要はない。
保存するなら玄米のままでいい。
実家へ渡す分だけ。
30kg袋のうち1袋を分ける。
収納内工程で玄米を精米へ回し、糠層を落とす。
出た米糠も捨てない。
別に収納する。
精米すれば重量は減る。
当然、30kgの玄米が30kgの白米になるわけではない。
出来上がった白米を清潔な袋へ収める。
残り7袋は玄米のまま。
「ヴァルトさんは玄米でも食べるかな」
聞けば、たぶん食べる。
白米も食べる。
餅も食べる。
味噌汁も飲む。
醤油も使う。
食べ物の土産だけは選択肢が多すぎる。
澪は少し笑い、実家へ車を入れた。
「ただいま」
「おかえり。おばあちゃんどうだった?」
「元気だったけど、やっぱり疲れてた。おじいちゃんも元気。足はまだかかりそうだけど」
母がほっとした顔をする。
「それと」
澪は白米の袋を持ってきた。
「お米買ってきた」
「米?」
父も居間から出てくる。
「友達のところ。玄米が余ってるっていうから買ってきたの」
「これ全部?」
「これはうちの分」
母が袋を受け取った。
「結構あるわね」
「食べるでしょう」
「まあね」
澪はさらに野菜を出す。
「あと、これももらった」
「立派な白菜」
「大根と青物も」
最後に餅。
母がこちらを見る。
「澪」
「はい」
「お米を買いに行ったのよね」
「はい」
「帰ってくるたび荷物が増えてない?」
「いただきました」
「どこへ行っても何かもらってくるわね」
否定しようとして、異世界側を思い出した。
行商でも町でも、何かしら増えて帰っている。
「……そうかもしれない」
「何でそこで納得するの」
母は野菜を台所へ運んだ。
「でも青物は助かるわ。冬は高いから」
「ですよね」
収納内に残った野菜を思い浮かべる。
向こうへ戻ったら、こちらも使える。
ヴァルトだけでなく、リュシアやトトも喜ぶだろう。
餅を見せた時の反応も、少し楽しみだった。
夕食後。
昨日と同じこたつ。
昨日と同じ父と母。
そして澪の手には、昨日とは違う小瓶が2本。
父が瓶を見るなり眉を寄せた。
「まだあるのか」
「あります」
「昨日ので終わりじゃなかったの?」
母まで警戒している。
「これは別です」
「昨日のは何だったんだ」
父に聞かれ、澪は少し考えた。
「身体を整える方」
「今日は?」
「疲れにくくなる方」
母が急須へ手を伸ばした。
「両方、健康関係じゃない」
「だから最初から健康関係って言ってるでしょう」
「説明が大ざっぱ過ぎるのよ」
母がお茶を多めに入れる。
父も止めなかった。
「今日は先に準備しておこう」
「昨日よりは……たぶん」
父の手が止まる。
「その『たぶん』は飲む前に聞きたくなかった」
「味の話です」
「一番身近な問題じゃないか」
「薬効は大丈夫です」
「味も商品には大事だろ」
「だから商品じゃないですって」
母はすでに小瓶を持っていた。
「これも澪は飲んだの?」
「飲んでる」
「じゃあ飲むわ」
「お母さん、決断早くなったね」
「昨日学習したの」
父も渋々瓶を取る。
「俺もか」
「出来れば」
「断れるのか?」
「もちろん」
「じゃあ」
「でも、お父さんにも健康でいてほしい」
父が澪を見る。
少しの間。
「……分かった」
蓋を開けた。
2人が飲む。
そしてほぼ同時に、自分から湯飲みへ手を伸ばした。
「慣れましたね」
「慣れたくはなかった」
父がお茶を飲む。
母も顔をしかめながら流し込んだ。
「昨日とは違うけど、これもおいしくないわね」
「味については共通課題なんですね」
「作った本人に言っておいて」
「伝えます」
「やっぱり作った人は別にいるのね」
「……研究側です」
母が疑わしそうにこちらを見る。
澪は急須へ視線を逃がした。
父が腕を動かした。
「で、これはいつ効く」
「今すぐは分からないです」
「昨日みたいに寝れば分かるのか?」
「今回はちょっと違うかな」
「何が」
「疲れにくくなったかどうかって、ある程度動かないと比べられないでしょう」
父が嫌そうな顔をする。
「明日、わざと疲れろってことか」
「普通に生活してください」
「それでいいのか」
「それが一番分かりやすいです」
母が食器を集め始めた。
「じゃあ明日は大掃除の続きね」
「あ、それなら分かりやすい」
「澪もやるのよ」
「私も?」
「冬休みでしょう」
「社長の冬休みなんですけど」
「この家では娘です」
即答だった。
「……はい」
澪も湯飲みを持って立ち上がる。
朝から父母の様子を見た。
祖母へ竜命薬を飲ませた。
祖父の病院へ行った。
米を240kg買った。
野菜と餅まで増えた。
それだけ動いても、自分の身体はまだ重くない。
明日、一日動いた父と母も同じように感じるのだろうか。
今夜の小瓶だけでは分からない。
「澪、お茶碗持ってきて」
「はーい」
卓に残った空の小瓶を2本まとめ、食器を重ねる。
答えは明日でいい。
澪は母の後を追って台所へ入った。