押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第253話 社長の冬休み2

 

 

 目を覚ますと、台所から包丁の音が聞こえていた。

 

 一定の間隔で、まな板を叩く乾いた音。その合間に冷蔵庫の扉が開き、食器の触れ合う音がする。

 

 澪は布団の中で目を瞬いた。

 

 自分の部屋。

 

 実家。

 

 そこまで思い出してから、昨夜の小瓶が頭に浮かぶ。

 

「……そうだ」

 

 父と母に竜命薬を飲ませた。

 

 味については散々な評価だった。

 

 では、その後は。

 

 澪は布団を抜け出し、寝間着の上へ一枚羽織って廊下へ出た。

 

 味噌汁の匂いがする。

 

 居間では父が新聞を広げ、母は普段と変わらない動きで台所と食卓を往復していた。

 

「おはよう」

 

「おはよう。今日は遅かったわね」

 

「冬休みなので」

 

「昨日もそう言ってたわね」

 

 母が焼き魚の皿を置く。

 

 澪は椅子へ向かいながら、母の顔、歩き方、手の動きを順番に追った。

 

 見た目が急に若くなったわけではない。

 

 髪も顔も昨日の母だ。

 

 けれど、何となく動きが軽い。

 

「何よ」

 

 母が振り向いた。

 

「いえ」

 

「朝から人の顔じろじろ見て」

 

「調子どう?」

 

 新聞の向こうから父の目だけが出た。

 

「昨日のあれか」

 

「はい」

 

「先に朝飯食わせろ」

 

「元気そうですね」

 

「見れば分かるだろ」

 

 声にも張りがある。

 

 澪は椅子へ座り、味噌汁を持った。

 

 そこで母が肩を回した。

 

「でも、変なのよね」

 

「何が?」

 

「今朝、起きた時に身体が軽かったの」

 

 澪の箸が止まる。

 

「どこか痛かったところが治ったとか?」

 

「そこまでじゃないわよ。ただ、朝って肩とか腰とか、少し固いでしょう。それが今日はあまりないの」

 

 母はもう一度腕を上げた。

 

 いつもの動作の延長に見える。

 

 父も新聞を畳んだ。

 

「俺も似たような感じだな」

 

「お父さんも?」

 

「起き抜けのだるさが少ない気はする」

 

「気はする、ですか」

 

「一日調子がいいだけかもしれん。薬だと決めるには早いだろ」

 

 澪は小さく息を吐いた。

 

 父の言う通りだった。

 

 身体が楽だからといって、何もかも竜命薬のおかげだと決めつける必要はない。

 

 ただ、悪い方向の変化はなさそうだ。

 

「気持ち悪いとか、頭痛いとかない?」

 

「ない」

 

「お母さんは?」

 

「ないわよ。それより」

 

 母が向かいに座った。

 

「昨日のあれ、本当は何だったの?」

 

「研究中の健康関係の製品です」

 

 父が眉を上げた。

 

「昨日より説明が短くなってないか」

 

「説明出来る範囲が増えてないので」

 

「便利な言葉だな、研究中」

 

「私もそう思い始めました」

 

 父が味噌汁を一口飲んだ。

 

「味以外は今のところ問題ない」

 

「まだ言うんですか」

 

「重要な評価だろ」

 

「研究側に伝えます」

 

「研究側って誰だ」

 

「研究側です」

 

「またそこだけ曖昧だな」

 

 澪は焼き魚へ箸を伸ばした。

 

 話を続けると、また火竜へ近づく。

 

 朝食を終えると、母から軽自動車の鍵を借りた。

 

「おばあちゃんのところ行ってきます」

 

「病院も行くなら、面会の時間見てからね」

 

「はい」

 

「安全運転で」

 

「分かってます」

 

 靴を履きながら振り返る。

 

 父はまた新聞。

 

 母は食器を洗っている。

 

 昨日と同じ光景だった。

 

 それが今日は、少しだけありがたく見えた。

 

 

 

 

 

 祖母の家へ着いた頃には、冬の陽が庭の半分まで差し込んでいた。

 

 植木鉢の土は乾いており、軒下のじょうろには朝の冷気がまだ残っている。

 

 澪が軽自動車を停めると、玄関が開いた。

 

「まあ、本当に来たの」

 

「来るって言ったでしょう」

 

「寒いのに」

 

「車だから大丈夫」

 

 祖母は笑っている。

 

 昨日の電話と同じ声だった。

 

 けれど玄関まで歩いてくる姿を見て、澪の目が止まった。

 

 少し遅い。

 

 年齢を考えれば不自然ではない。

 

 ただ、昨日電話で聞いた時より、顔に疲れが出ている。

 

「おばあちゃん、ちゃんと寝た?」

 

「寝てるわよ」

 

「ご飯は?」

 

「食べてる」

 

「本当に?」

 

「お母さんと同じこと言うようになったわね」

 

「親子なので」

 

 家へ上がる。

 

 居間へ入ると、澪はまた足を止めた。

 

 祖父がいつも座っていた場所が空いている。

 

 座布団はある。

 

 湯飲みも棚にはある。

 

 家が荒れているわけでもない。

 

 ただ、使う人が一人減った。

 

 それだけで部屋が少し広く見えた。

 

「お茶入れるから座ってなさい」

 

「私がやるよ」

 

「いいから」

 

 祖母が台所へ向かう。

 

 澪は背中を見ながら鑑定を使った。

 

 深刻な病気が出たわけではない。

 

 それでも、身体の負担は隠せない。

 

 疲労。

 

 加齢に伴う衰え。

 

 生活の変化。

 

 祖父の入院で家と病院を行き来していれば、本人が大丈夫と言っても疲れる。

 

 祖母がお茶を持って戻ってきた。

 

「おばあちゃん」

 

「何?」

 

「やっぱり疲れてるよね」

 

「歳なんだから、こんなものよ」

 

「その『こんなもの』を放っておかない方がいいと思う」

 

「澪までうるさくなったわねえ」

 

 祖母は笑っている。

 

 澪は鞄へ手を伸ばした。

 

 小瓶を一つ取り出す。

 

「これ、飲んでみて」

 

「何それ」

 

「うちで研究してる健康関係のもの」

 

「会社でこんなのまで作ってるの?」

 

「研究中です」

 

「怪しいわね」

 

「昨日、お父さんとお母さんにも飲んでもらった」

 

「2人とも?」

 

「今朝、普通に起きてた。身体も軽いって」

 

「澪も飲んだの?」

 

「飲んでる」

 

 祖母は小瓶を手に取り、ひょいと持ち上げた。

 

「じゃあ飲むわ」

 

「早いね」

 

「澪が先に飲んで、あんたのお父さんとお母さんも生きてるんでしょう」

 

「生きてるって基準はどうなの」

 

「大事でしょう」

 

 反論しづらい。

 

「あ、でも先に言っておくね」

 

「何?」

 

「まずい」

 

 祖母の手が止まった。

 

「それは先に言いなさいよ」

 

「今、飲む前に言ったでしょう」

 

 澪はお茶を多めに入れた。

 

 祖母が小瓶を口へ運ぶ。

 

 一口で飲み、直後に眉を寄せた。

 

「……これはまずいわね」

 

「昨日も同じ評価でした」

 

「商品にするなら無理ね」

 

「まだ商品にするって言ってないよ」

 

 祖母がお茶を飲む。

 

「これでいいの?」

 

「うん。寝た後に効いてくるから、今日は普通にしてて。無理はしないでね」

 

「寝ればいいのね」

 

「寝ればいい、じゃなくて無理しないで」

 

「同じようなものでしょう」

 

「違います」

 

 祖母は立ち上がった。

 

「じゃあ病院行く支度するわ」

 

「今日行く予定だったの?」

 

「じいちゃんのところへね」

 

「じゃあ私が乗せてく」

 

「澪が?」

 

「車で来てるから」

 

「免許取ったばっかりじゃなかった?」

 

「夏です」

 

「まだ半年も経ってないでしょう」

 

 祖母が一瞬考える。

 

 澪も少しだけ考えた。

 

「……安全運転します」

 

「じゃあお願いしようかしら」

 

 

 

 

 

 祖母を助手席へ乗せ、軽自動車を走らせた。

 

 住宅街を抜け、病院のある方角へ向かう。

 

 年末の道路には買い物の車が多い。歩道にも大きな袋を持った人が行き交っている。

 

「おじいちゃん、足を折ったんだよね」

 

「そう。手術は終わったのよ」

 

「今は?」

 

「元気。元気だから帰るってうるさいの」

 

「まだ歩けないでしょう」

 

「先生にも同じこと言われてる」

 

 前方の信号が変わった。

 

 澪はかなり手前でアクセルを戻す。

 

 車速が自然に落ち、最後に軽くブレーキへ足を乗せるだけで停止した。

 

 祖母の身体はほとんど前へ揺れない。

 

 青になる。

 

 前車の動きを見てから発進。

 

 必要なだけ加速し、流れへ入る。

 

 次の右折でも、周囲の車、自転車、横断歩道を順に捉え、空いたところへ滑らかに入った。

 

 しばらくして祖母が言った。

 

「澪、運転上手になったねえ」

 

「そう?」

 

「うん。全然怖くない」

 

「まだ免許取ってそんなに経ってないけど」

 

「前よりずっと滑らかよ」

 

「前……」

 

 澪は信号へ目を向けた。

 

 前の車。

 

 歩行者。

 

 路地から出そうな車。

 

 視線が勝手に次へ移っていく。

 

 右足を戻す。

 

 必要なところで踏む。

 

 ハンドルも切り過ぎない。

 

 戻す動きまで無駄がない。

 

 そこで、妙な既視感があった。

 

 歩く時。

 

 走る時。

 

 異世界で長い距離を移動する時。

 

「……あ」

 

「どうしたの?」

 

「何でもない」

 

 移動加速。

 

 澪はハンドルを握ったまま、内心で目を瞬いた。

 

 使おうと思った覚えはない。

 

 けれど運転を始めた時点から、いつの間にか働いている。

 

 速く走っているわけではない。

 

 信号も制限速度も普通に守っている。

 

 ただ、目的地へ移動するための動作から無駄だけが落ちている。

 

 ゲンダイの車まで「移動」として拾うらしい。

 

 病院の駐車場へ入る。

 

 空いた枠へバックで入れた。

 

 切り返しなし。

 

 車体は枠の中央へきれいに収まる。

 

 祖母がシートベルトを外しながら笑った。

 

「ほんとに上手になったわね」

 

「……ありがとうございます」

 

 駐車ブレーキをかけながら、自分の右手を見る。

 

「いつの間に使ってたんだろ」

 

「何?」

 

「こっちの話」

 

 祖母は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。

 

 

 

 

 

 市民病院の自動ドアが開くと、暖房された空気に消毒液の匂いが混じっていた。

 

 受付を済ませ、祖母と病棟へ向かう。

 

 廊下にはワゴンの車輪音が響き、ナースステーションでは電話が鳴っている。

 

 祖父の病室へ入ると、本人はベッドの上でテレビを見ていた。

 

「おじいちゃん」

 

「おお、澪か」

 

 声が大きい。

 

 その一声だけで、澪の肩から少し力が抜けた。

 

「帰ってきたのか」

 

「昨日」

 

「大学は?」

 

「冬休み」

 

「会社は?」

 

「私も冬休み」

 

「社長が休んでいいのか」

 

「社長だから休みます」

 

「偉くなったな」

 

 祖母が椅子を引いた。

 

「そんなことより、また帰るって言ってないでしょうね」

 

「まだ言ってない」

 

「昨日言ったでしょう」

 

「昨日は昨日だ」

 

「同じことよ」

 

 祖父の顔だけを見ていれば、入院患者らしさはほとんどない。

 

 だが足元へ視線を移せば事情が分かる。

 

 片足はまだ自由に動かせない。

 

 ベッド脇には点滴が下がり、透明な液体がゆっくり落ちている。

 

 澪は祖父へ鑑定を使った。

 

 骨折。

 

 手術後。

 

 術後の状態としては大きく崩れていない。

 

 命に関わるものでもない。

 

 そこまでは安心出来た。

 

 けれど、高齢だ。

 

 骨がつながるまで動けない期間が長くなれば、弱るのは足だけではない。

 

 筋力。

 

 生活のリズム。

 

 人と話す量。

 

 外を見る時間。

 

 ベッドの上だけの暮らしが長くなる方が、澪には気になった。

 

 収納の中にはエリクサーがある。

 

 原液を使えば。

 

 そこまで考え、即座にやめた。

 

 ここは病院だ。

 

 手術をした。

 

 画像も残っている。

 

 明日、骨が完全につながっていたら、治ってよかったでは済まない。

 

 医師が調べる。

 

 検査が増える。

 

 祖父が何を飲んだ、誰が何をしたという話になる。

 

 研究中の薬などと言えば、もっと大変だ。

 

 それは絶対に駄目。

 

「澪?」

 

 祖父がこちらを見た。

 

「何でもないよ」

 

「ぼーっとしてるぞ」

 

「おじいちゃんが元気過ぎるから」

 

「だから家へ帰れるって言ってるんだ」

 

「足が治ってからです」

 

「寝てるだけだぞ」

 

 祖母がすぐ返した。

 

「その寝てるのが治療なの」

 

 2人のやり取りを聞きながら、澪の視線が点滴へ移った。

 

 透明な液体が一定の間隔で落ちている。

 

 その中へ。

 

 ほんの少し。

 

 原液のままではない。

 

 祖父の骨折を消してしまうほどでは駄目だ。

 

 身体が本来進めている回復を、後ろから少し押す程度。

 

 澪は点滴には触れなかった。

 

 祖父も祖母もテレビの話を続けている。

 

 収納内でエリクサーをごく微量だけ分ける。

 

 さらに作用を落とす。

 

 そして収納の出力先を、目の前の輸液の中へ合わせた。

 

 収納Lv10。

 

 最近は何百万tという岩盤や鉱物を扱うために使っていた能力だった。

 

 今は、誰にも見えないほど小さな量を狙ったところへ送る。

 

 何も光らない。

 

 音もしない。

 

 点滴の透明な色も変わらない。

 

 祖父は気づかない。

 

 祖母も知らない。

 

 澪だけが、流れ落ちる液体を見ていた。

 

 これでいい。

 

 一晩で完治する必要はない。

 

 病院の治療を飛び越える必要もない。

 

 回復が少し早い。

 

 身体が少し弱りにくい。

 

 その程度で十分だ。

 

「澪、何見てるんだ」

 

「点滴」

 

「珍しいか?」

 

「別に」

 

「じゃあテレビ見ろ。面白いぞ」

 

「病院に来てまでテレビ勧めないでください」

 

「暇なんだよ」

 

「だからって帰らないでくださいね」

 

「まだ言ってないだろ」

 

「顔が言ってる」

 

 祖母が笑った。

 

「澪にも分かるでしょう」

 

「はい」

 

「孫まで敵になった」

 

「味方だから言ってるんです」

 

 祖父は不満そうにテレビへ戻った。

 

 点滴は何事もなかったように、同じ速さで落ち続けていた。

 

 

 

 

 

 面会を終えて病院を出る頃には、午後の日差しが少し傾いていた。

 

 祖母を助手席へ乗せる。

 

「元気だったでしょう」

 

「元気すぎるくらい」

 

「昔からああなのよ」

 

 祖母は窓の外を眺めながら笑った。

 

 朝に会った時より、表情が柔らかくなっている。

 

 竜命薬がもう効いた、と決めるのは早い。

 

 単に祖父の元気な顔を見られて安心したのかもしれない。

 

「今日は早く寝てね」

 

「分かってるわよ」

 

「無理に片付けとかしないで」

 

「澪の方こそ。帰省してきて朝から走り回ってるじゃない」

 

「私は疲れにくいので」

 

「若い人はみんなそう言うの」

 

「そういう意味じゃないんだけどな……」

 

 説明出来ないので、そのまま運転した。

 

 祖母宅へ着く。

 

 玄関まで付き添うと、

 

「夕飯食べていけば?」

 

と誘われた。

 

「今日はもう一か所寄りたいところがあるの」

 

「友達?」

 

「うん。近くだから」

 

「じゃあ気をつけて」

 

「おばあちゃんもね」

 

「分かったって」

 

 扉が閉まるまで待った。

 

 祖父。

 

 祖母。

 

 2人とも自分の目で見た。

 

 朝から胸のどこかへ引っ掛かっていたものが、少しだけ軽くなった。

 

 

 

 

 

 友人の家は、昔から米を作っている農家だった。

 

 収穫を終えた冬の田んぼは広く開け、低い陽の光を受けている。母屋の脇には納屋と倉庫があり、使われていない農機具が軒下へ並んでいた。

 

 軽自動車を停めると、友人の祖父が出てきた。

 

「おお、澪ちゃんじゃないか。帰ってたのか」

 

「昨日帰ってきました」

 

「社長になったって聞いたぞ」

 

「何で知ってるんですか」

 

「近所をなめるな」

 

「すみません」

 

 会社の登記より、こちらの方が情報伝達が速い気がする。

 

「今日は挨拶だけです。近くまで来たので」

 

「寒いから入れ」

 

 しばらく近況を話しているうち、話題が米へ移った。

 

「去年は米が高くてな。農家としては助かったんだけど」

 

 友人の祖父が倉庫を見た。

 

「今年は買ってもらえると思ってた分が残っちまった」

 

「お米ですか?」

 

「玄米だけどな」

 

「見てもいいです?」

 

「いいぞ」

 

 倉庫へ入る。

 

 乾いた米と紙袋の匂い。

 

 壁際へ30kgの玄米袋が積まれている。

 

 澪はそれを見上げた。

 

 30kg。

 

 最近、数字の感覚がおかしい。

 

 岩盤なら百万t。

 

 金属でも何十万t。

 

 けれどゲンダイの倉庫で30kg袋を見ると、普通に重そうだった。

 

「これ、売ってもらえます?」

 

「米を?」

 

「はい」

 

「澪ちゃんの家でそんな食うのか?」

 

「うちだけじゃないです」

 

 口にしてから、ヴァルトの顔が浮かんだ。

 

 味噌汁で涙を流した人である。

 

 日本の米。

 

 それも農家から買った玄米。

 

 炊き立てにしたら。

 

「……喜ぶかしら」

 

「何が?」

 

「あ、こっちの話です」

 

 かなり喜ぶ気がする。

 

「手元に10万円あるので、その中で買えるだけください」

 

「そんなに買うのか?」

 

「玄米のままで大丈夫です」

 

「精米は?」

 

「こっちで出来ます」

 

 収納内で、と続けそうになって飲み込んだ。

 

 話を詰めると、30kg袋が8袋になった。

 

 合計240kg。

 

 支払いを済ませる。

 

「本当に軽で持ってくのか?」

 

「大丈夫です」

 

「重いぞ」

 

「そこは何とかします」

 

 後部へ米袋を載せていく。

 

 最後の1袋まで積んだところで、友人の祖父が、

 

「ちょっと待ってろ」

 

と言って奥へ消えた。

 

「はい?」

 

 戻ってきた時には、野菜の箱を抱えている。

 

「これも持ってけ」

 

「いやいや、買いますよ」

 

「いらん。白菜と大根と青いの。売り物にするほどでもないやつだ」

 

 澪は箱を覗いた。

 

 冬の青物。

 

 ありがたい。

 

 ゲンダイでもありがたいが、異世界側ではもっとありがたい。

 

「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」

 

「それと」

 

「まだあるんですか?」

 

「正月だろ」

 

 餅まで来た。

 

「増えてません?」

 

「正月だからな」

 

「その一言で何でも増やさないでください」

 

「昔からそういうもんだ」

 

 結局、玄米240kg。

 

 野菜。

 

 餅。

 

 軽自動車の後部はぎっしりになった。

 

 澪は何度も礼を言って友人宅を出た。

 

 家が見えなくなり、人目のないところまで進んでから停車する。

 

 後部を開けた。

 

「……実家の軽で運ぶ量じゃないですね」

 

 玄米も野菜も餅も、まとめて収納へ移す。

 

 ついさっきまで沈んでいた車体が、目に見えて軽くなった。

 

「便利」

 

 誰にも見せられないが。

 

 

 

 

 

 実家へ戻る前に、澪は収納内の玄米へ意識を向けた。

 

 全部を白米にする必要はない。

 

 保存するなら玄米のままでいい。

 

 実家へ渡す分だけ。

 

 30kg袋のうち1袋を分ける。

 

 収納内工程で玄米を精米へ回し、糠層を落とす。

 

 出た米糠も捨てない。

 

 別に収納する。

 

 精米すれば重量は減る。

 

 当然、30kgの玄米が30kgの白米になるわけではない。

 

 出来上がった白米を清潔な袋へ収める。

 

 残り7袋は玄米のまま。

 

「ヴァルトさんは玄米でも食べるかな」

 

 聞けば、たぶん食べる。

 

 白米も食べる。

 

 餅も食べる。

 

 味噌汁も飲む。

 

 醤油も使う。

 

 食べ物の土産だけは選択肢が多すぎる。

 

 澪は少し笑い、実家へ車を入れた。

 

「ただいま」

 

「おかえり。おばあちゃんどうだった?」

 

「元気だったけど、やっぱり疲れてた。おじいちゃんも元気。足はまだかかりそうだけど」

 

 母がほっとした顔をする。

 

「それと」

 

 澪は白米の袋を持ってきた。

 

「お米買ってきた」

 

「米?」

 

 父も居間から出てくる。

 

「友達のところ。玄米が余ってるっていうから買ってきたの」

 

「これ全部?」

 

「これはうちの分」

 

 母が袋を受け取った。

 

「結構あるわね」

 

「食べるでしょう」

 

「まあね」

 

 澪はさらに野菜を出す。

 

「あと、これももらった」

 

「立派な白菜」

 

「大根と青物も」

 

 最後に餅。

 

 母がこちらを見る。

 

「澪」

 

「はい」

 

「お米を買いに行ったのよね」

 

「はい」

 

「帰ってくるたび荷物が増えてない?」

 

「いただきました」

 

「どこへ行っても何かもらってくるわね」

 

 否定しようとして、異世界側を思い出した。

 

 行商でも町でも、何かしら増えて帰っている。

 

「……そうかもしれない」

 

「何でそこで納得するの」

 

 母は野菜を台所へ運んだ。

 

「でも青物は助かるわ。冬は高いから」

 

「ですよね」

 

 収納内に残った野菜を思い浮かべる。

 

 向こうへ戻ったら、こちらも使える。

 

 ヴァルトだけでなく、リュシアやトトも喜ぶだろう。

 

 餅を見せた時の反応も、少し楽しみだった。

 

 

 

 

 

 夕食後。

 

 昨日と同じこたつ。

 

 昨日と同じ父と母。

 

 そして澪の手には、昨日とは違う小瓶が2本。

 

 父が瓶を見るなり眉を寄せた。

 

「まだあるのか」

 

「あります」

 

「昨日ので終わりじゃなかったの?」

 

 母まで警戒している。

 

「これは別です」

 

「昨日のは何だったんだ」

 

 父に聞かれ、澪は少し考えた。

 

「身体を整える方」

 

「今日は?」

 

「疲れにくくなる方」

 

 母が急須へ手を伸ばした。

 

「両方、健康関係じゃない」

 

「だから最初から健康関係って言ってるでしょう」

 

「説明が大ざっぱ過ぎるのよ」

 

 母がお茶を多めに入れる。

 

 父も止めなかった。

 

「今日は先に準備しておこう」

 

「昨日よりは……たぶん」

 

 父の手が止まる。

 

「その『たぶん』は飲む前に聞きたくなかった」

 

「味の話です」

 

「一番身近な問題じゃないか」

 

「薬効は大丈夫です」

 

「味も商品には大事だろ」

 

「だから商品じゃないですって」

 

 母はすでに小瓶を持っていた。

 

「これも澪は飲んだの?」

 

「飲んでる」

 

「じゃあ飲むわ」

 

「お母さん、決断早くなったね」

 

「昨日学習したの」

 

 父も渋々瓶を取る。

 

「俺もか」

 

「出来れば」

 

「断れるのか?」

 

「もちろん」

 

「じゃあ」

 

「でも、お父さんにも健康でいてほしい」

 

 父が澪を見る。

 

 少しの間。

 

「……分かった」

 

 蓋を開けた。

 

 2人が飲む。

 

 そしてほぼ同時に、自分から湯飲みへ手を伸ばした。

 

「慣れましたね」

 

「慣れたくはなかった」

 

 父がお茶を飲む。

 

 母も顔をしかめながら流し込んだ。

 

「昨日とは違うけど、これもおいしくないわね」

 

「味については共通課題なんですね」

 

「作った本人に言っておいて」

 

「伝えます」

 

「やっぱり作った人は別にいるのね」

 

「……研究側です」

 

 母が疑わしそうにこちらを見る。

 

 澪は急須へ視線を逃がした。

 

 父が腕を動かした。

 

「で、これはいつ効く」

 

「今すぐは分からないです」

 

「昨日みたいに寝れば分かるのか?」

 

「今回はちょっと違うかな」

 

「何が」

 

「疲れにくくなったかどうかって、ある程度動かないと比べられないでしょう」

 

 父が嫌そうな顔をする。

 

「明日、わざと疲れろってことか」

 

「普通に生活してください」

 

「それでいいのか」

 

「それが一番分かりやすいです」

 

 母が食器を集め始めた。

 

「じゃあ明日は大掃除の続きね」

 

「あ、それなら分かりやすい」

 

「澪もやるのよ」

 

「私も?」

 

「冬休みでしょう」

 

「社長の冬休みなんですけど」

 

「この家では娘です」

 

 即答だった。

 

「……はい」

 

 澪も湯飲みを持って立ち上がる。

 

 朝から父母の様子を見た。

 

 祖母へ竜命薬を飲ませた。

 

 祖父の病院へ行った。

 

 米を240kg買った。

 

 野菜と餅まで増えた。

 

 それだけ動いても、自分の身体はまだ重くない。

 

 明日、一日動いた父と母も同じように感じるのだろうか。

 

 今夜の小瓶だけでは分からない。

 

「澪、お茶碗持ってきて」

 

「はーい」

 

 卓に残った空の小瓶を2本まとめ、食器を重ねる。

 

 答えは明日でいい。

 

 澪は母の後を追って台所へ入った。

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