大型製造・大整備ドックの中央には、作業台というには大きすぎる台が据えられていた。
その上いっぱいに、真壁が図面を広げている。
澪は端を押さえながら、一番大きな側面図を左から右へ目で追った。
「……長いですね」
「200mほどあるからな」
「数字で聞くのと、図面で見るのとで違いますね」
真壁は返事の代わりに、別の紙を横へ並べた。
正面図だった。
最大径は50m近い。
大型製造ドック自体が巨大なので紙の上ではまだ感覚が狂うが、大学の校舎を横倒しにしたようなものが空を飛ぶと考えると、ようやく大きさが実感できた。
澪の肩では、シロガネが前足をそろえて図面を覗いている。
『これを飛ばすのか』
『その予定みたいです』
『大きいの』
『私もそう思います』
反対側に立つヴァルトは、船体の大きさよりも下部を見ていた。
「真壁殿。ここは継ぎ目ではありませんな」
「うむ」
真壁の指が船体上部をなぞる。
「こちらが浮力本体だ」
その下へ移った。
「操縦と機関をまとめた部分を、ギャロップとする」
さらに下。
「輸送部分がカーゴだ」
澪の目が止まった。
ギャロップ。
カーゴ。
どこかで聞いたような組み合わせに思えたが、今はそこではない。
「これ、分かれるんですか?」
「分けられるようにした」
真壁が三分割された図面を出した。
上には巨大な気嚢船体。
中央には左右へ翼を伸ばしたギャロップ。
下には細長いカーゴ。
単に製造しやすいよう分割されているのではない。それぞれが明確に別の構造物として描かれていた。
ヴァルトが身を乗り出す。
「運航中の分離も想定しておられる」
「そうなる」
真壁は次の断面図へ移った。
浮力本体の内側には、大きさの違う細長い袋が並んでいる。
「ヘリウムは一つの気嚢へまとめない。14から16ほどに分ける予定だ」
「全部独立ですか?」
「うむ。一つ破れて全量を失うのは面白くない」
澪は図面を見直した。
中央付近の気嚢は大きいが、船首と船尾へ行くほど小さくなっている。
一つが傷ついても、そこだけ閉じれば他は残る。
言われてみれば当然のように思えるが、200mの船体の中に巨大な袋を十数個並べる図は、なかなか壮観だった。
「浮力が減った分は、重力制御で補うんですね」
「まずはな。それで足りなければ軽くする」
その答えの意味は後で分かるらしい。
真壁の指がギャロップへ移る。
操縦室の後ろに機関部があり、その左右へ翼が伸びる。翼には2基ずつ、合計4基の推進器が描かれていた。
「こちらが、先日ヴァルト君と詰めた風魔法推進器だ」
ヴァルトは断面図を引き寄せた。
「4基とも同じものですかな」
「基本はな。1基50t相当を目標にする」
澪は一度だけ瞬いた。
「4基で200t……」
「最大値だ」
「そこ、大事です」
真壁が澪を見る。
「巡航で常用する気はない」
「なら大丈夫です」
何が大丈夫なのか自分でもよく分からないが、200t相当を普段使いすると言われるよりはよかった。
ヴァルトも頷く。
「前に話した通りですな。出力を出せることと、常に出すことは別です」
「うむ」
真壁は翼の部分を指した。
「速度が乗れば展開する。ヘリウムだけで支えきれない重量を重力制御で軽くし、巡航に入ったら翼にも働かせる」
「翼が持った分だけ、重力制御を弱くする」
「そのつもりだ」
「ずっと全力で魔石を食べ続ける船ではないんですね」
「それでは他が使えん」
澪はその答えに少し安心した。
押入商会だけなら、魔石を大量に使う設計でも動かせる。だが今回は、それをやめるためにヴァルトへ相談したはずだった。
「速度はどれくらいです?」
「普段は150から180km/h程度でよかろう。200km/hまでを高速巡航、最高は250km/hを目標にする」
「この大きさで?」
「出るかどうかは飛ばして測る」
そこで初めて、真壁は数字を断定しなかった。
澪は妙なところで安心した。
図面の中では250km/hと書けても、実物が同じように飛ぶとは限らない。
そこを飛ばして確かめるというなら、まだ普通だ。
普通の範囲がかなり怪しくなっていることには、今は触れないことにした。
澪はカーゴの拡大図へ目を移した。
こちらはギャロップ以上に、接続部分が複雑だった。
大きな固定具が何か所もあり、通路まで切り離せるようになっている。魔力供給や結界の接続も別になっていた。
「真壁さん」
「何かな」
「ここまでして外す必要があります?」
「どういう意味だ」
「貨物室を最初から本体に付けてしまった方が、作るのは楽ですよね」
「楽だな」
あっさり認めた。
澪は続きを待つ。
「そうすると、荷を降ろして次を積むまで飛行本体が動けん」
真壁はカーゴの図を一枚横へずらし、別の紙を出した。
簡単な地上施設の配置図だった。
飛行船の下に一つ。
横の荷役場所に一つ。
さらに倉庫側にも一つ。
同じ形のカーゴが3基描かれている。
ヴァルトが先に気づいた。
「なるほど。荷車ではなく、荷台の方を置いていくのですな」
「そうだ」
真壁が飛行船側のカーゴを指す。
「到着したら外す」
隣のカーゴへ指を移す。
「こちらは先に積んでおく。付け替えたら本体は出せる」
澪は3基を見比べた。
一つは飛んでいる。
一つは荷を降ろしている。
一つは次の便の荷物を積んでいる。
同じ時間に、別の作業を進められる。
「あ……」
それまで「着脱する箱」としか見えていなかったカーゴの意味が変わった。
「荷物を外すためじゃないんですね」
「うむ?」
「荷役してる時間を、飛行本体から外してるんです」
真壁が一度だけ澪を見た。
「そういうことだ」
高価なのは浮力本体とギャロップだ。
そこには巨大な骨格も気嚢も、重力制御も推進器も翼もある。
その飛行本体を、荷物を一つずつ運び出すために何時間も地上へ置いておく必要がなくなる。
「これなら飛行本体1機に、カーゴが何基かあってもいいですね」
「その方が使いやすい」
「行商でも荷車そのものが空けば、次の仕事へ回せますな」
ヴァルトの言葉に、澪も頷いた。
今度は別のカーゴ図が目に入った。
先ほどより背が高い。
「これは大型貨物用ですか?」
「うむ。カーゴ側は高さを変えられるようにする」
「下へ伸ばすんですね」
「大きい物を入れたい時だけな」
普段は低くして空気抵抗を減らす。
大きな機械や長尺物を運ぶ便では下方向へ拡張する。
重さは重力制御で助けられるが、形が大きくなれば空気抵抗は増える。
「大型貨物の時は速度を落とす」
「そこは魔法でどうにかしないんですね」
「空気がなくなるわけではない」
もっともな答えだった。
澪は少しだけ口元を緩めた。
何でも魔法で消してしまう設計ではないらしい。
そのまま図面を見ていると、もう一つ気になることがあった。
「翼、ギャロップ側ですよね」
「うむ」
「浮力本体に付けた方が頑丈そうなのに」
ヴァルトが通常図と分離図を見比べた。
「ああ」
小さく声を出す。
「浮力本体を失った時ですな」
真壁が非常時の図を中央へ置いた。
「気嚢一つ二つなら、残りと重力制御で戻ればよい」
次の図。
「それで足りなければカーゴを外す」
さらに次。
そこには浮力本体さえ描かれていなかった。
残っているのは、翼を展開したギャロップだけだ。
「浮力本体の骨格そのものが危険なら、上も切る」
澪は図面へ顔を近づけた。
「ギャロップだけで飛ぶんですか」
「そのために推進器も翼も重力制御もこちらへ置いた」
「操縦する部分自体が、脱出機になる」
「そういうことになる」
巨大な飛行船を何があっても守るのではなく、駄目なら順番に捨てていく。
最後に人間のいる場所だけを残す。
澪はもう一度、ギャロップの形を見た。
先ほどまでは飛行船の一部にしか見えなかったが、今は独立した航空機に見える。
「真壁殿」
ヴァルトがカーゴとの連絡通路を指した。
「通常時は、こちらからギャロップへ人が移動出来るのですな」
「出来る」
「客が乗った場合も?」
「船室からはな」
「では、暴れる者が出た場合は?」
澪も通路を見た。
二重の扉が描かれている。
真壁がそこを指した。
「閉める」
「両方とも?」
「うむ。操縦系統はカーゴ側へ出さん。主機も重力制御も分離機構も、こちらからは動かせない」
澪はようやく気づいた。
「ハイジャックされても、カーゴだけ取られたところで船は奪えない」
「操縦室へ入られなければな」
「それなら安全なところへ運んで、地上で対処出来ますね」
真壁が頷く。
澪はもう一つ気になった。
「人質を取られたら、カーゴを切り離すとかは?」
「やらん」
返答は早かった。
「ですよね」
そこまで聞いて、肩から力が抜けた。
シロガネが澪の肩で尾を動かした。
『上も下も捨てられるようにしておいて、人のいるところは残すのか』
『そうみたいです』
『あの男、妙なところで慎重だの』
『妙なところって言わないでください』
『では、いつも慎重なのか』
澪は答えに困った。
真壁を見る。
真壁はもう説明の終わった図面を重ねている。
『……時々です』
『そうか』
それで納得されるのも少し困った。
「では、造るぞ」
真壁が図面を閉じた。
澪も顔を上げた。
そこで、作業台の向こう側にあった黒いものが、ようやく設計図とつながった。
大型製造ドックの中央に、巨大な治具が一直線に延びている。
その上には、黒い管を三角形に組んだ構造物がすでに何十mも続いていた。
「……真壁さん」
「何かな」
「もう造ってるじゃないですか」
「決まったところから進めた」
やはり待ってはいなかった。
近づいてみると、黒い管は意外なほど細い。
一本だけなら巨大飛行船の骨とは思えない。
それが円形に組まれ、縦につながり、斜めの部材が渡されると、立体的な網になる。
澪は手袋越しに一本へ触れた。
「CFRPですよね」
「うむ」
「これ、全部買ったんじゃないですよね」
「見本だけだ」
澪の手が止まった。
「いくらくらい?」
「金は払っておらん」
今度は完全に止まった。
ゆっくり顔を上げる。
「……どこから?」
「知らん方がよい」
澪は隣を見た。
ヴァルトは別の接合部へ視線を向けていた。
「ヴァルトさん」
「私は何も聞いておりません」
「まだ聞いてませんよ」
「では、このままにしましょう」
肩の上からシロガネが黒い管を覗く。
『盗ったのか』
『お願いですから聞かないでください』
『我は澪にしか聞いておらぬ』
『だから困ってるんです』
真壁はそんなやり取りを知らず、すでに次の作業へ移っていた。
「澪君は部材の規格と接合後の状態を見てくれ。ヴァルト君は魔力経路と魔法具の取り付け空間を頼む」
「真壁さんは?」
「組む」
短い。
澪は手袋を締め直した。
巨大な飛行船を造ると言われると、自分が何をすればいいのか分からなくなる。
だが、目の前にある一本の管を見ろと言われれば話は別だった。
「次、B規格」
「はい」
収納から指定された部材を出す。
鑑定を掛ける。
寸法、状態ともに問題なし。
「大丈夫です」
真壁が治具の位置を示した。
収納を使って所定位置へ出し、ジョイントへ収める。
次に斜材。
一つの三角形が閉じる。
真壁はその固定を終える前に、もう次の位置を見ていた。
「次」
澪も次の部材を取り出した。
数か所進んだところで、ヴァルトが手を上げた。
「真壁殿。こちらは少し空けた方がよろしいですな」
「何が通る」
「重力制御器からの魔力路です。このままですと、あとで大きく迂回させることになります」
真壁は治具と図面を見比べた。
「50cm上へずらす」
「それなら十分です」
固定前の部材を移す。
治具側もその場で修正する。
設計図を完成させていても、実物を組んで初めて分かることはあるらしい。
澪は次の管を出した。
鑑定表示を見て眉を寄せる。
「真壁さん、これ違います」
「どこがだ」
「C規格じゃなくて、高荷重部用が出てます」
真壁が収納内の区分を確認した。
「一つずれたな」
そこで理由を長く探すことはしなかった。
保管位置を組み替える。
「直した。もう一度」
今度は正しい。
「大丈夫です」
作業はそのまま続いた。
部材を運ぶ人はいない。
仮置きする場所もほとんど要らない。
必要なものが必要な順番で収納から出てくる。
普通の工場なら、倉庫から運び、吊り上げ、人の通る場所を空け、次の材料を待つ時間があるはずだ。
ここでは、その部分だけが丸ごと消えていた。
だから速い。
ただし、接合そのものまで省略しているわけではない。
澪が一か所ずつ見る。
真壁が組む。
ヴァルトが次の部分を先に見る。
円形のフレームが一枚完成すると、その先へ縦材が延びる。
また円が出来る。
その間を斜材が埋める。
作業灯の下に、黒い三角形が増えていった。
しばらくすると、澪は200mという数字を考えなくなった。
目の前の一か所を見るだけでいい。
気がついた時には、途中で止まっていた骨格が船首から船尾までつながっていた。
澪は治具から少し離れた。
「……大きい」
近くで一本ずつ見ていた時には分からなかった。
黒い円環が、ドックの奥まで続いている。
人が横に立つと、一本の輪だけでもとんでもなく大きい。
シロガネも首を上げた。
『骨だけでも大きいの』
『これから中身を入れます』
『まだあるのか』
『あります』
真壁はすでに次の収納区画を開いていた。
出てきたのは、折り畳まれた巨大な膜だった。
「気嚢だ」
「これが14個以上……」
「中央のものはもっと大きい」
澪は返事をせず、骨格内部へ入った。
外から見るのとはまた違う。
黒い円が前後へ連なり、その外側を斜材が囲んでいる。
気嚢を入れる前なので向こう側まで見通せた。
真壁が最初の位置を示す。
澪とヴァルトで周囲に引っ掛かるものがないかを見てから、収納から気嚢を出す。
薄い膜がゆっくり広がった。
一つ目を固定する。
次。
中央へ近づくにつれて大きくなる。
ヴァルトが支持部を見上げた。
「一か所で吊らないのですな」
「破損した時に余計な荷重を集めたくない」
複数の位置へ分散して支える。
澪は配管を追った。
「これで一つずつ閉じられるんですね」
「そうだ。状態も個別に見る」
気嚢が増えるたび、骨格の中が狭くなっていく。
最後のものを固定したところで、真壁がごく低い圧力で順番に膨らませた。
飛行させるためではない。
膜の形を出して、漏れや擦れを見るだけだ。
澪は一つずつ鑑定を掛けた。
「1番、異常ありません」
次へ移る。
「2番も大丈夫です」
ヴァルトは気嚢の間を歩きながら、魔力路や結界設備との距離を見ている。
最後まで問題は出なかった。
次は外皮だった。
真壁が大きな膜材を収納から出し、船首側から骨格へ合わせていく。
「ここ、皺が寄ってます」
澪が指す。
張り直す。
反対側も同じ張り具合にする。
一気に全部を覆うのではなく、一区画ずつ合わせた。
それでも収納を使うため、巨大な外皮を人間が何十人も引っ張る必要はない。
少しずつ、黒い骨格が見えなくなっていった。
最後の区画を閉じると、ドックに巨大な流線形が現れた。
澪は数歩下がった。
「ようやく飛行船に見えますね」
「上だけだ」
「分かってます」
言われる前に分かるようになってしまった自分が、少し嫌だった。
ギャロップは浮力本体の横で組み上げた。
200mの船体と並ぶと小さく見えるが、それだけを見れば十分に大型の航空機だった。
操縦室の後ろに機関区画。
左右には折り畳まれた翼。
推進器の取り付け位置が4か所。
ここではヴァルトの手が止まらなくなった。
「先にこちらを通します」
魔力路を決める。
真壁が機械側の位置を合わせる。
澪は接続後を鑑定する。
1基目の風魔法推進器が収まった。
2基目。
反対側も同じように2基。
「4基、接続出来ました」
ヴァルトが術式を追う。
澪は思わず先回りした。
「最大出力はやらないですよね」
「やらん」
真壁が即答した。
「よかったです」
「地上で200t相当を出す理由がない」
「理由がなくてよかったです」
シロガネの耳が動いた。
『出したらどうなる』
『私も知りたくありません』
『そうか』
翼の展開機構を低出力で動かす。
折り畳まれていた翼がゆっくり開いた。
紙の上ではただの横線だったものが、現物ではドックの空間を大きく占領する。
澪は思わず横へ避けた。
「これ、通常ドックでは広げられませんよね」
「だから畳む」
真壁は翼端まで目を走らせた。
「外へ出て速度が乗ってから使う」
ヴァルトが風魔法推進器へ最低限の魔力を流した。
低い音がして、空気が動く。
澪の髪が頬へ掛かった。
「4基とも反応しております」
「止めてよい」
風が収まる。
ヴァルトが魔力を落としながら言った。
「最大を使うのは、加速か非常時でしょうな」
「そのつもりだ」
「燃費を良くする話、まだ生きてますよね」
澪が念を押すと、真壁は魔石ユニットの蓋を閉めた。
「速く飛べるようにするのと、速く飛び続けるのは別だ」
「はい。それなら」
安心していいのだろう。
たぶん。
重力制御を最低出力で動かす。
姿勢制御。
結界。
主系統を切って非常系統。
翼の片側だけに異常状態を作れば、反対側も動作を止める。
真壁は動くことだけでなく、止まることも一つずつ見ていた。
最後にギャロップを浮力本体中央の下へ合わせる。
大きな結合部が噛み合った。
機械ロックが閉じる。
魔力路をつなぐ。
結界。
連絡通路。
非常分離系統。
澪が鑑定を掛ける。
「異常ありません」
「次だ」
真壁はもう下を見ていた。
カーゴの内部へ入った瞬間、澪は肩の力が少し抜けた。
「ここは普通ですね」
床がある。
壁がある。
荷物を固定するためのレールが並ぶ。
船室として使う空間も取ってある。
巨大な気嚢の中を歩いた後では、人間向けの寸法というだけで落ち着く。
「上を忘れれば、普通かもしれませんな」
ヴァルトが天井を見上げた。
そこにはギャロップへ続く連絡通路がある。
「今それ言わないでください」
シロガネは澪の肩から降り、初めてカーゴの床へ降りた。
数歩歩き、床を確かめるように匂いを嗅ぐ。
『ここは部屋だの』
『貨物室ですけどね』
『我には同じようなものだ』
カーゴ下部には、高さを変えるための拡張機構が畳まれている。
今日は標準状態のまま。
最初から全部広げる必要はない。
澪は連絡通路まで歩いた。
そこに二重隔壁がある。
「これですね」
内側を閉じる。
次に外側。
ギャロップとの通路が完全に切れた。
ヴァルトは境目の結界を調べる。
「こちらも独立しております。カーゴ側で異常があっても、すぐには操縦部へ及びません」
「ハイジャック対策としては、これで基本形ですね」
「操縦室はさらに別に閉じる」
通路の向こうから真壁が答えた。
「カーゴ側から主機へ触る経路はない」
「分離も?」
「出来ん」
澪は隔壁を開いた。
普段は行き来する。
何かあれば閉じる。
それでいい。
カーゴを仕上げると、いよいよギャロップへの結合になった。
真壁が位置を合わせる。
ガイドに沿ってカーゴが上がる。
一次ロック。
本ロック。
魔力供給がつながる。
結界。
空調。
連絡通路。
「接続、問題ありません」
澪が表示を閉じた。
「では外す」
「もうですか?」
「着脱出来ることを見ずに終われん」
確かにその通りだった。
せっかく付けたカーゴを、すぐに外す。
通路を閉じる。
接続を切る。
ロックを解除。
カーゴが下がる。
今度はもう一度付ける。
二度目は最初より手順が早かった。
澪は作業を見ながら、昼間に見た地上施設の図を思い出した。
これなら本体が到着する前に、次のカーゴを準備しておける。
外したものは、本体が飛び去った後でゆっくり荷を降ろせばいい。
「本当に荷役待ちがなくなりますね」
澪が言うと、ヴァルトも接続部を見上げた。
「これだけ大きな荷台を丸ごと交換するとは思いませんでしたが」
「私もです」
『合体したの』
シロガネの声が頭へ響いた。
澪は一瞬黙った。
『……そう見えますよね』
『うむ』
真壁が近くにいる。
澪は口に出さなかった。
今それを言うと、たぶん「結合だ」と訂正される。
最後の試験が終わる頃には、ドックの中の音もずいぶん減っていた。
真壁がギャロップ側の魔力を落とす。
ヴァルトも最後の系統を閉じた。
澪はカーゴを一度外して付け直した時の表示をもう一度見てから閉じる。
隔壁も問題なく閉まった。
カーゴ側から操縦系へ触れない。
翼も収納状態へ戻っている。
4基の推進器も、地上で動かせる範囲では異常がなかった。
「これで終わりですか?」
「建造はな」
真壁は答えながら、浮力本体の状態を見ていた。
ヘリウムはまだ満充填していない。
巨大な船体は、組立治具に載ったままだ。
澪は少し離れた位置まで歩いた。
朝、作業台の上にあった図面と同じ形が、目の前にある。
上には200m近い浮力本体。
その下にギャロップ。
折り畳まれた翼のさらに下へ、カーゴがつながっている。
「……出来ましたね」
「うむ」
ヴァルトも横に並んだ。
「あとは、これを浮かせるわけですな」
「そうなる」
シロガネが澪の肩へ戻ってきた。
澪は白い背中を一度撫で、真壁を見る。
「いつやるんです?」
「明日だ」
今日ではなかった。
澪が息を吐く。
『安心したのか』
『ちょっとだけです』
真壁はもう、明日のヘリウム充填量を書いた紙を開いていた。