押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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戦闘シーンはにがて


第263話 空の初陣

 

 

 年明けの地下ドックには、いつもの工具音に人の声が混じっていた。

 

 厚手の上着を着た男たちや家族連れが、岩盤をくり抜いた通路を奥へ進んでいく。子どもの手を引く者もいれば、仕事道具の入った鞄を肩へ掛けた者もいる。

 

 澪は通路の端へ寄り、肩のシロガネを撫でながら、その列を眺めていた。

 

『多いの』

 

『今日は大所帯ですね』

 

『祭りでも始めるのか』

 

『飛行船の訓練です』

 

『似たようなものであろう』

 

『違いますよ』

 

 先頭の方で人の流れが詰まった。

 

「なんだい。止まってないで進んでおくれ。後ろがつかえてるよ」

 

 リュシアの声が響く。

 

 言われた男が慌てて歩き出す。

 

 ただし、顔は上を向いたままだった。

 

 通路を抜けた先、地下ドックいっぱいに飛行船が横たわっている。

 

 全長約200m。

 

 澪はもう何度も見ている。それでも、その下へ何十人もの人が集まると大きさが際立った。人影が船体の下を動くたび、飛行船だけが縮尺を間違えて置かれているように見える。

 

「……これが飛ぶのか」

 

「でっかい!」

 

 子どもの声が高い天井へ跳ね返った。

 

「上まで見えない!」

 

「見えるだろ。首が痛くなるだけだ」

 

 父親らしい男が答えながら、自分も同じように首を反らしている。

 

 澪は口元を押さえた。

 

『皆、同じ顔をしておるぞ』

 

『聞こえたら困りますから』

 

 シロガネは気にせず尾を揺らした。

 

「澪、そっちへ回せるかい?」

 

 リュシアが人の間から声を掛けてきた。

 

「大丈夫です。こちら、まだ通れます」

 

「じゃあ頼むよ。全員ここで止まられちゃ、いつまで経っても乗れないからね」

 

 澪は通路脇へ人を誘導する。

 

 子どもたちは何度も振り返った。大人も、前を向いて歩き出してからもう一度見上げている。

 

 その向こうで、真壁は乗船口付近を見ていた。人が固まって通りにくくなったところを見つけると、作業員へ声を掛けて柵を動かしている。

 

 澪がそちらへ目をやっているうちにも、真壁はもう次の位置を指していた。

 

 

 

 

 

 人の流れが落ち着くと、真壁が皆の前へ出た。

 

「今日は実際に乗ってもらう」

 

 ざわめきが収まる。

 

「その前にカーゴの接続を一度やる。終わったら火山東街道へ出る。街道沿いを4か所、順に回る」

 

 それだけだった。

 

 真壁は脇に並んだ箱へ手を掛けた。

 

「その前に、これだ」

 

 蓋が開く。

 

 中には同じ形の魔道具が並んでいた。

 

 フローライト魔石式ビームマシンガン。

 

 1丁だけなら、まだ試作品に見える。

 

 同じ物が何丁も並んでいると、澪にはずいぶん物騒な光景に見えた。

 

『皆に渡すのか』

 

『大人は全員です』

 

『物騒な商人どもだの』

 

『……否定はしません』

 

 ヴァルトが1丁を手に取った。

 

「扱いは難しくありません。構えたまま人へ向けないこと。撃つのは指示が出てからです」

 

 両手で持ち、構える位置を見せる。

 

「まず何人か撃ってみましょう」

 

 最初の男が前へ出た。

 

 肩へ力が入りすぎているのを見て、ヴァルトが銃口をわずかに下げる。

 

「もう少し楽に。短くで結構です」

 

 男が引き金を引いた。

 

 ババババッ!!

 

 光が連続して走り、試射用の的へ突き刺さった。

 

「うおっ」

 

 後ろで声が上がる。

 

 撃った本人も、自分の手元を見下ろしている。

 

「これ、俺が撃ったのか」

 

「ほかに誰が撃ったんだよ」

 

 周囲から笑いが漏れた。

 

 交代しながら何人かが撃つ。

 

 ババババッ!!

 

 慣れない者は銃口が動き、次の者は慎重すぎて的へ向けたままなかなか撃たない。

 

 ダリオの番になると、少し違った。

 

 的へ向けたまま止めず、銃口を左右へゆっくり振っている。

 

 ババババッ!!

 

 短く撃って、すぐに下ろした。

 

「弓より素直だな。動くなら、少し先を取ればいい」

 

「実際の相手は止まっていてくれませんからね」

 

 ヴァルトが返す。

 

「ああ」

 

 ダリオはそれだけ言って、次の者へ場所を譲った。

 

 大人たちへ順にビームマシンガンが渡されていく。

 

「澪」

 

 リュシアの声で我に返る。

 

「乗る方が先だよ」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

「ハインツ君は中央寄りへ」

 

「分かりました」

 

 ハインツがカーゴへ入ると、まず左右の通路を見渡した。

 

「ベルタ君はその近くに」

 

「はい」

 

 ベルタも続く。

 

 オスカーは接続部に近い位置へ。

 

「ここを見ておけばいいですか」

 

「頼む」

 

 真壁はそれだけ答えた。

 

 ダリオを含めた大人たちは、ビームマシンガンを持ってそれぞれの位置へ散っていく。

 

 地図スキルを持つ者も左右と前後へ分かれた。

 

 クララは竜の卵を布で包み、救護用品のそばへ移る。

 

 トトが袋を床へ置いたところで、リュシアの声が飛んだ。

 

「トト、それを通路に出しておくんじゃないよ」

 

「分かってる」

 

「じゃあ今、誰が踏みかけたんだい」

 

 トトが自分の足元を見る。

 

「あ」

 

「ほら、寄せておくれ」

 

「はい」

 

 トトは袋を壁際へ押し込んだ。

 

 澪は横を通りながら、思わず笑う。

 

「笑うなよ」

 

「笑ってませんよ」

 

「笑ってるだろ」

 

「急いだ方がいいですよ」

 

 トトが何か言い返す前に、澪は自分の位置へ逃げた。

 

 

 

 

 

 まず船体がゆっくり浮いた。

 

 地下ドックの床との間に隙間が生まれ、そのまま滑るように出口へ向かう。

 

「おお……」

 

 地上から声が上がった。

 

 澪も下から見上げる。

 

 乗っている時より、外から見た方が大きさを実感する。

 

 飛行船が地上の運輸施設へ移動すると、所定位置にカーゴが待っていた。

 

「接続を始める」

 

 真壁の声に、候補者たちが持ち場へつく。

 

 飛行船がゆっくり降りてくる。

 

「もう少し右!」

 

 右側から声が飛んだ。

 

「違う、左だ!」

 

 反対側から別の声。

 

 ハインツが両方を見る。

 

「待ってくれ。誰から見て右だ?」

 

 一瞬、声が止まった。

 

 澪は口元へ手を当てた。

 

 動きが遅いから笑っていられる。

 

「一度止めてください」

 

 接合部を見ていたオスカーが声を上げた。

 

 船体の動きが止まる。

 

「このまま寄せるより、合わせ直した方が早いです」

 

「どちらへ動かします?」

 

 ヴァルトが聞く。

 

「こっち側を少し下げてください。横はそのままで」

 

「分かりました」

 

 飛行船がゆっくり位置を変える。

 

 オスカーは接合部から目を離さない。

 

「そこで止めてください」

 

 ハインツが反対側へ声を掛けた。

 

「そっちは距離だけ頼む。左右はこっちで言う」

 

「分かった」

 

「そのまま」

 

 オスカーが手を上げる。

 

「あと少し……そこで」

 

 低い音が響いた。

 

 接続が完了する。

 

 ヴァルトが状態を見てから顔を上げた。

 

「大丈夫です」

 

「では乗ってもらおう」

 

 待っていた家族たちが動き出した。

 

「押さないで、順に乗っておくれ」

 

 リュシアが先頭を流していく。

 

 

 

 

 

 全員が乗り込み、隔壁が閉じた。

 

 足元から低い振動が伝わってくる。

 

 澪は座席へ腰を下ろし、肩のシロガネへ手を添えた。

 

 窓の外で地面が離れる。

 

「浮いた……」

 

 誰かが呟く。

 

 すぐに子どもが窓へ寄った。

 

「走らないで!」

 

 母親に服をつかまれる。

 

 反対側では大人が先に窓へ顔を寄せていた。

 

『子どもと変わらぬな』

 

『言わないであげてください』

 

 飛行船が高度を上げる。

 

 侯爵領の屋根が下へ広がった。

 

「うち、どこだ?」

 

「あっちじゃないか」

 

「見えないよ」

 

「持ち場から離れすぎるんじゃないよ」

 

 リュシアの声が飛んだ。

 

 男が名残惜しそうに窓から離れる。

 

 ハインツも通路へ出た者へ手を振って戻す。

 

 澪は地図へ目を落とした。

 

 

 

 

 

 重力と風魔法の設定を移動加速に委ねると、飛行船はほどなく150km/h前後へ落ち着いた。

 

 窓の外で林や街道が後ろへ流れていく。

 

 最初は外を見て騒いでいた子どもたちも、いつの間にか声を落としていた。

 

 地上の景色から緑が減り、黒っぽい岩が増えていく。

 

 地図上では魔物の反応が一気に増えた。

 

「来ましたね」

 

 澪が地図を見ながら言う。

 

 街道の周囲をビッグアントの群れが動いている。

 

 その間を、人間ほどのビッグマンティスが歩いていた。

 

 真壁が地図へ目を落とし、指を動かす。

 

「4つに分けよう」

 

「手前からですか?」

 

「うむ」

 

 飛行船が進路を変えた。

 

 大人たちがビームマシンガンを手元へ寄せる。

 

 ハインツが左右へ目を配り、ベルタも近くへ寄った。

 

 ダリオは窓の外を見ている。

 

 第1地点へ入った。

 

 

 

 

 

 集敵魔道具が投下された。

 

 パラシュートが開く。

 

 ヒュウンヒュウン。

 

 風を受けながら、魔道具がゆっくり地上へ下りていく。

 

 街道脇にいたビッグアントが向きを変えた。

 

 その後ろから数匹。

 

 離れていた群れまで同じ方向へ寄り始める。

 

「来るな」

 

 ダリオが低く言った。

 

 ビッグマンティスも動いた。

 

 集まり始めたビッグアントを追うように、長い前脚を持つ影が中心へ寄ってくる。

 

「もうやるのか?」

 

 誰かが聞く。

 

「まだだ」

 

 真壁の返事だけが返った。

 

 澪は地図を見る。

 

 反応が中央へ集まっていく。

 

 外側にいた群れも入った。

 

 真壁が手を上げる。

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 

 低い音が地面から響いた。

 

 ゴゥッ……。

 

 炎が立つ。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

 

 火が広がり、集まった魔物を呑み込んだ。

 

 船内の声が消える。

 

 黒煙が膨らむ。

 

 その中から影が飛び出した。

 

「キィーッ!」

 

 ビッグマンティスが羽を広げて上昇する。

 

「右!」

 

「下だ!」

 

「後ろにもいる!」

 

「3!」

 

「こっちは2!」

 

 一斉に声が上がった。

 

 澪が顔を上げる。

 

 右と言った者がどちらを向いているのか分からない。

 

 地図持ちからも、窓際からも声が飛ぶ。

 

「それ、今のと同じじゃない?」

 

 ベルタが声を上げた。

 

「違う!」

 

「いや、同じだ!」

 

 ハインツが左右へ顔を向ける。

 

「待ってくれ。順に頼む!」

 

「右だ!」

 

「どっちから見てだ!」

 

 大人たちはビームマシンガンを構えている。

 

 だが、撃たない。

 

 窓の外でビッグマンティスが高度を上げる。

 

「キィーッ!」

 

 ダリオが目で追う。

 

「右下の3、来るぞ」

 

 その時、別の声が通った。

 

「右舷下方、マンティス3!」

 

 ハインツが振り向く。

 

「右舷弾幕!」

 

 右舷側の大人たちが構えた。

 

 ババババッ!!

 

 連続した光が走る。

 

 ビッグマンティスが撃ち抜かれ、羽を乱して落ちていった。

 

 だが、その中の1匹だけが弾幕を抜けた。

 

「キィーッ!」

 

 船体すれすれまで上がり、そのままカーゴへ取りつく。

 

「ギッ」

 

 外側で、硬いものを引っかいた音がした。

 

 窓のすぐ向こうにビッグマンティスの頭が現れる。

 

 子どもたちの声が止まった。

 

 前脚が窓際へ持ち上がる。

 

「こないで!」

 

 クララが竜の卵を抱いたまま、子どもたちの前へ出た。

 

「下がって!」

 

 近くの大人が子どもを後ろへ押し戻す。

 

「近寄るんじゃないよ!」

 

 カーゴ側にいた大人がビームマシンガンを構えた。

 

 ババババッ!!

 

 至近距離から光が叩き込まれる。

 

「キィーッ!」

 

 ビッグマンティスの身体が剥がれ、そのまま下へ落ちていった。

 

 クララは窓の外を見たまま、腕の中の卵を抱き直す。

 

「大丈夫?」

 

 後ろから子どもたちの返事が重なった。

 

 その間にも別方向から声が飛ぶ。

 

「左舷後方、マンティス2!」

 

 ハインツが振り向いた。

 

「左舷後方、弾幕!」

 

 ババババッ!!

 

 反対側から光が走った。

 

 黒煙を回り込んできた個体が崩れ、地上へ落ちる。

 

 澪は地図を追う。

 

 残った反応の一つが火山側へ離れていく。

 

 ダリオもそれを目で追ったが、銃口は上げなかった。

 

「来ないなら放っとけ」

 

 飛行船はそのまま第1地点を離れた。

 

 

 

 

 

「俺は右って言ったぞ」

 

「お前、後ろ向いてただろ」

 

「俺から見れば右だ」

 

「だから、それじゃ分からないんだよ」

 

 緊張が切れると、船内にまた声が増えた。

 

「さっき3って言ったの、右側のやつか?」

 

「たぶん」

 

「たぶんじゃ分からないでしょう」

 

 ベルタが割って入る。

 

「今の3と2、同じのが混ざってたわよ」

 

 ハインツが顔をしかめた。

 

「そこからか」

 

「そこからね」

 

「ぼくが最初に見つけたよ」

 

 子どもが得意そうに言う。

 

 トトが振り向いた。

 

「先かどうかはどうでもいいだろ」

 

「なんで?」

 

「みんなで同じ虫を言ったから、訳が分からなくなったんだろ」

 

「じゃあ見つけても言わないの?」

 

「そうじゃなくて……」

 

 トトが言葉に詰まった。

 

 澪は口を開きかけた。

 

 けれど、真壁が先にハインツを見る。

 

「ハインツ君」

 

「はい」

 

「次までに整えられるか」

 

 ハインツは右舷、左舷、地図持ち、ベルタの順に目を向けた。

 

「やってみます」

 

「では任せよう」

 

 真壁は操船へ戻った。

 

 澪も口を閉じる。

 

『言わぬのか』

 

『今は、ハインツさんが考えるところでしょうから』

 

 ハインツはすぐに声を上げた。

 

「待ってくれ。まず向きを合わせよう」

 

 周囲が黙る。

 

「前は船首。右舷、左舷、後ろは船尾。高さは上、同じ高さ、下。それでいこう」

 

「距離は?」

 

「今はいらない。言うことを増やしすぎるな」

 

 ベルタが横へ来た。

 

「同じ相手なら、私が止める。それでいい?」

 

「頼む」

 

「地図持ちは?」

 

「位置を先に見てくれ。窓から見てる方は、煙で見えなくなったやつを頼む」

 

 トトも家族側へ戻る。

 

「聞いたか?」

 

「聞いた」

 

「誰かがもう言った虫は?」

 

「次を見る」

 

「そういうこと」

 

「でも俺が先なら?」

 

「先はもういい」

 

 近くから笑いが漏れた。

 

 オスカーが接合部の方から声を掛ける。

 

「さっきも似たようなことやったな」

 

 ハインツが振り返った。

 

「何が?」

 

「カーゴを合わせた時だ。右だ左だって」

 

「ああ……」

 

 ハインツは船首方向へ目を向けた。

 

「次から接続もこの呼び方でやろう」

 

「それがいい」

 

 オスカーはそれだけ言って自分の位置へ戻った。

 

 窓の外には、次の魔物群が見え始めている。

 

 地図持ちがそれぞれの方向へ散った。

 

 ベルタはハインツの近くへ。

 

 大人たちもビームマシンガンを手に持ち場へ戻る。

 

「第2地点、近い」

 

 船首側から声が来た。

 

 ハインツが前を向いた。

 

「そのまま見ていてくれ」

 

 飛行船は速度を落としながら、第2地点へ入っていった。

 

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