第2地点が近づくにつれ、窓の外を流れる景色に、また黒い影が増え始めた。
火山帯の風に削られた岩肌。その間を縫う街道は、上空から見ると灰色の細い帯にしか見えない。ところどころ路肩が崩れ、乾いた地面の上をビッグアントの群れが動いている。
後方には、先ほど劫炎を落とした場所の黒煙がまだ残っていた。
澪は地図から目を上げた。
カーゴの中では、大人たちがすでに動き始めている。
右舷を受け持つ者は右舷へ。左舷側は左舷へ。船尾を受け持つ者は後方へ。
さっきまでは、ビッグマンティスを見つけるたびに全員が窓へ寄っていた。その人たちが、今は自分の立つ場所へ戻っていく。
「右舷、左舷、船尾。さっき決めた通りでいく」
ハインツの声が船内を通った。
「分かった」
「こっちもいい」
返事は短い。
ベルタがハインツの横へ寄った。
「同じのが重なったら、私が止めるわ」
「頼む」
家族側では、トトが子どもたちを前にしていた。
「誰かがもう言ったやつを、もう一度言うなよ」
「先に見つけても?」
「先はもういい」
「でも俺の方が早かったら――」
「競争じゃないって」
横で聞いていた父親が吹き出した。
「お前、そこだけは譲らないな」
「だって先に見つけたんだぞ」
「だから何だよ」
トトが呆れた顔をする。
澪も口元を緩めた。
第1地点から、まだそれほど離れてはいない。
人も変わっていない。
ビームマシンガンも同じ。
それなのに、船内の声だけはずいぶん減っていた。
真壁は何も言わない。
前を見たまま、飛行船を第2地点へ入れていく。
「投下する」
集敵魔道具が飛行船から離れた。
ぱっとパラシュートが開く。
ヒュウン、ヒュウン――。
火山帯を吹き抜ける風に押され、魔道具が左右へ揺れながらゆっくり下降していった。
澪は地図と窓の外を交互に見る。
最初に向きを変えたのは、街道脇にいたビッグアントだった。
1匹。
その後ろから2匹、3匹。
岩陰にいた群れも続く。
ザザザザザ――。
乾いた地面を無数の脚が掻く。
離れたところにいた個体まで同じ一点へ向かい始めると、黒い筋が地面を這っているように見えた。
「来たな」
ダリオが低く言った。
ビッグマンティスも動く。
人間ほどの身体を揺らし、長い前脚を畳んだまま、集まり始めたビッグアントへ近づいていく。
地図の反応が重なる。
真壁はまだ待った。
外側からもう1群。
さらにマンティスが寄る。
ゴゴゴゴゴ……。
地面の奥から響くような低い音が始まった。
船内の声が消える。
ゴゥッ!!
炎が立った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
赤黒い火が地上を走り、集まった魔物を一気に呑み込んだ。
窓越しでも、劫炎の明かりでカーゴの中が赤く染まる。
「うわ……」
子どもの声が漏れた。
黒煙が大きく膨らむ。
「キィィーッ!!」
煙を突き破って、2つの影が飛び出した。
「右舷下方、マンティス2!」
「右舷弾幕!」
ハインツの声が返る。
右舷側の大人たちが一斉に構えた。
バババババッ!!
白い光が横殴りに走る。
先頭のマンティスが空中で跳ねた。
もう1体が身を捻る。
ババッ!! ババババッ!!
「キィッ!」
羽が裂け、2体とも黒煙の中へ落ちていった。
間を置かず、船尾から声が飛ぶ。
「船尾上方、1!」
「船尾、撃て!」
バババッ!!
短い光が走った。
マンティスが横へ逃げる。
「まだいる!」
「見えてる!」
バババババッ!!
今度は胴を捉えた。
身体がくるりと裏返り、羽を散らしながら地上へ落ちていく。
澪は地図を追った。
第1地点では、敵が見えているのに、撃つまでが長かった。
今は違う。
場所が声になり、その声がすぐ弾幕へ変わっている。
ダリオも火山側へ離れていく1体を目で追ったが、銃口を向けなかった。
「こっちは終わりだ」
それだけ言う。
澪が残った反応を追っている間に、船体がゆっくり向きを変え始めた。
「次へ行く」
真壁はもう第3地点へ船首を向けていた。
第2地点の黒煙が後ろへ流れていく頃、カーゴの奥で男が壁へ手をついた。
「大丈夫ですか?」
クララがすぐに寄る。
男は片手で額を押さえていた。
「いや……ちょっと目が回ってな」
笑おうとしたようだが、顔から血の気が引いている。
別の席では、炎を見ていた子どもが母親の服を強く握っていた。
その向かいに立つ大人も、ビームマシンガンを握る手に力が入りすぎている。
クララは壁際の男を見てから、すぐリュシアを呼んだ。
「リュシアさん、この人は代わってください」
「分かったよ」
リュシアは近くにいた男へ顎を向けた。
「あんた、次はあっちへ入っておくれ」
「ああ」
「こっちは私が見るよ」
言いながら、もう人を動かしている。
クララは男を座席へ座らせた。
「ここは代わってもらいます」
「少し座れば、次は――」
「代わりはいます」
クララが言い切る。
男は口を閉じた。
「外は見なくていいです。こっちを見てください」
クララが自分の顔を指す。
「ゆっくり息をしてください」
男の肩が大きく上下した。
呼吸が落ち着き始めたところで、別の声が飛んでくる。
「クララ、こっちも」
「はい」
竜の卵を片腕へ抱き直し、今度は子どもの方へ向かった。
澪は一度だけその姿を目で追い、すぐ地図へ戻る。
第3地点が近い。
飛行船は速度を落とさなかった。
「多いですね」
澪は窓の外を見て呟いた。
第3地点は、これまでと明らかに密度が違った。
街道の脇だけではない。
黒い岩の陰。
斜面の下。
溶岩が固まってできた窪地。
あちこちでビッグアントが動いている。
地図に浮かぶ反応も濃い。
「うむ」
真壁は短く返した。
集敵魔道具が投下される。
パシュッ。
パラシュートが開く。
ヒュウン、ヒュウン……。
風に押されながら下りていく。
ザザザザザザ――。
地上が動いた。
1つの群れが集まりきる前に、別の群れが流れ込んでくる。
ビッグマンティスも次々と寄ってきた。
「うわぁ……」
今度は子どもだけではなかった。
大人からも声が漏れた。
窓から見下ろす地面そのものが蠢いているようだった。
真壁は待つ。
まだ寄る。
さらに外から入る。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
低い唸りが響く。
ゴゥッ!!
炎が弾けた。
ドドドドドドドドッ!!
火が地上を舐めるように広がった。
「キィーッ!」
「キィィィーッ!!」
黒煙のあちこちから鳴き声が上がる。
バサッ!
バサバサバサッ!!
煙を破って、マンティスが一斉に高度を取った。
「右舷下方、4!」
「船首下方、3!」
「左舷同高、2!」
「船尾、1!」
声が続く。
「右舷――」
「船首側、さらに2!」
「左舷下方!」
「船尾上!」
ハインツが1つ返そうとした時には、もう次の声が飛び込んでくる。
ベルタが左右へ顔を振った。
「それは別!」
「右舷4、重複なし!」
同じマンティスを重ねて言っているわけではない。
本当に数が多い。
澪の地図にも、空へ上がる反応がいくつも見える。
ただ、その全部が飛行船へ向かっているわけではなかった。
火山側へ逃げるもの。
高度を落として地上へ戻るもの。
そして、こちらへ向かってくるもの。
「ハインツ君」
真壁の声が飛ぶ。
「分かってます!」
ハインツが外を見る。
一瞬だけだった。
「船へ寄るやつだけだ!」
声が船内を通る。
「離れるやつは捨てろ! 近づくやつだけ!」
ベルタが即座に拾う。
「右舷4、接近2!」
「右舷弾幕!」
ババババッ!! ババッ!!
右舷から光が走った。
1体が錐揉みになって落ちる。
もう1体が急降下しようとする。
バババババッ!!
光が追いついた。
「船首下方、接近2!」
「船首、撃て!」
ババババババッ!!
白光が煙の中へ突っ込む。
「キィッ!」
短い鳴き声が途切れた。
「左舷同高、接近1!」
「左舷弾幕!」
ババッ!!
外れた。
マンティスが長い前脚を広げ、窓の方へ向きを変える。
「来るぞ!」
「そのまま!」
バババババッ!!
胸を撃ち抜かれたマンティスが、窓の手前でぐらりと傾いた。
バサッ――。
羽が風に煽られ、後方へ流れていく。
ダリオは火山側へ飛んでいく1体を追っていた。
だが銃口は上げない。
「そいつは来ない」
視線を切り替える。
「船尾2、接近は1!」
「船尾、撃て!」
バババッ!!
今度は一撃だった。
澪は地図を追う。
反応そのものはまだ多い。
だが、こちらへ来るものだけなら、見るべき数はぐっと減った。
地図上で1体が飛行船から離れていく。
誰も叫ばない。
その横で2体がこちらへ向きを変えた。
「右舷下方、接近2!」
「右舷弾幕!」
ババババッ!!
光が走る。
飛行船は速度を落とさず、第3地点を抜けていった。
第4地点へ向かう途中、オスカーが壁際で足を止めた。
ほかの者が持ち場を移る中、1人だけ接続部の近くへ手を当てている。
指先を置き、耳を寄せる。
「ヴァルトさん」
呼ばれたヴァルトが振り返った。
「どうしました?」
「ここ、さっきから鳴きます」
「鳴く?」
「ずっとじゃありません。右へ人が寄った時です」
ヴァルトもそばへ寄る。
「第3地点の射撃時ですか」
「はい。人が戻ると消えます」
オスカーは壁へ手を置いたまま答えた。
ヴァルトも触れる。
外れたところはない。
大きくずれた様子もない。
次に重力制御側へ意識を向けた。
「なるほど」
ヴァルトの指が設定へ伸びる。
「人が片側へ集まった時だけ、追いつくのが遅れているようですね」
重力側へ手を入れた。
「次に右へ寄った時、聞いていてください」
「分かりました」
飛行船は止まらない。
窓の向こうでは、第4地点の岩場が近づいている。
「右舷側、入ってくれ」
ハインツの声。
数人が移動する。
ビームマシンガンを持った大人が右舷側へ寄った。
オスカーは接続部へ耳を近づけたまま待つ。
風魔法の低い唸り。
床を伝う振動。
人の靴音。
やがて顔を上げた。
「鳴りません」
「これでよいでしょう」
ヴァルトが手を離す。
「はい」
オスカーもすぐに自分の位置へ戻った。
澪はその背中を目で追った。
ヴァルトが先に見つけたのではない。
真壁でもない。
オスカーが気づいて、ヴァルトが手を入れた。
それだけ考えたところで、第4地点へ入った。
今度は、真壁が何も言う必要がなかった。
ハインツは中央へ。
ベルタがその横。
地図持ちは各方向へ散る。
大人たちはビームマシンガンを手に、自分の位置へ移った。
クララは窓ではなく人を見る。
トトも家族側から外へ目を向ける。
澪は地図を開いた。
集敵魔道具が落ちる。
ヒュウン……ヒュウン……。
火山風に揺れながら下降する。
ザワッ。
地上の群れが向きを変えた。
ザザザザザザザ――。
何十という黒い影が一点へ流れ込む。
マンティスも寄る。
誰も急かさない。
待つ。
十分に寄った。
ゴゴゴゴゴ……。
ゴゴゴゴゴゴ……。
ゴゥッ!!
炎が立った。
黒煙が一気に膨らむ。
「キィィィーッ!!」
煙を突き破ってマンティスが飛び上がった。
「右舷下方、接近3!」
「右舷弾幕!」
バババババッ!!
右舷側の大人たちの肩が揃って動く。
白い光が黒煙を切り裂いた。
1体が落ちる。
続いて2体目。
残った1体が急に高度を上げる。
「右舷上!」
ババッ!!
「キィッ!」
影が崩れた。
澪はもう右舷を見ていなかった。
地図では、別の反応が船尾へ回っている。
「船尾側、煙の向こう!」
トトの声。
誰も撃たない。
地図持ちが拾う。
「左舷後方、接近2!」
「左舷後方、弾幕!」
バババババッ!!
煙の向こうで1体が落ちた。
残った1体が煙を抜ける。
「キィーッ!!」
マンティスが船体へ向かってくる。
バサッ! バサバサッ!
「左舷後方、まだ1!」
「撃て!」
ババッ!!
光が前脚の横を抜けた。
外れた。
マンティスがそのままカーゴへ迫る。
「キィーッ!」
ガリッ!!
長い前脚が船体へ引っ掛かった。
窓のすぐ外。
人間ほどの大きさの頭が、ぐるりとこちらへ向く。
船内の子どもたちと目が合った。
「こないで!」
クララが竜の卵を抱えたまま子どもたちの前へ出る。
マンティスが前脚を持ち上げた。
「近寄るんじゃないよ!」
カーゴ側にいた女がビームマシンガンを構えた。
周囲の大人たちも銃口を向ける。
ババババッ!!
窓の外が白く弾けた。
「ギィッ!!」
マンティスの身体が船体から剥がれる。
長い前脚が宙を掻き、そのまま黒煙の下へ落ちていった。
「次!」
ハインツの声が飛ぶ。
誰も落ちたマンティスを追わない。
「船首下方、接近1!」
「船首、撃て!」
バババッ!!
光が走る。
「右舷同高、接近1!」
「右舷、撃て!」
ババッ!! バババッ!!
最後の影が崩れた。
澪は地図を広く見る。
街道沿いに固まっていた大きな反応は、ほとんど消えていた。
「この辺りの大きな群れは、もうありません」
顔を上げる。
リュシアが窓越しに街道を見下ろしていた。
焼けた岩場。
黒煙。
まだ点々と残る魔物の影。
「こんだけ間引いたら、陸でもいけるかね?」
真壁も地図を見る。
「人と同じ大きさのマンティスが、時折襲ってくる程度だな」
「それでも駄目かい」
「ああ。このマシンガンは貸し出せないし、盗んでも常時運用はできないようにしてある」
リュシアが肩に掛けたビームマシンガンへ目をやった。
「これなしで商隊を通すには、まだ多いってことか」
「もう少し間引かないと、街道を戻すのは無理だろうな」
リュシアは眼下の道を眺めた。
人はいない。
荷車も通らない。
道だけが火山帯の中を南へ延びている。
「なら、もう一度だね」
「ああ」
「街道が戻れば荷が動く。ここが開けば、南との流れも変わるよ」
真壁が横目でリュシアを見る。
「もう商売の話か」
「道を見て商売を考えない商人がいるかい」
澪は地図を見たまま、少し笑った。
「今日は戻ろう」
真壁が飛行船を返す。
重力と風魔法の設定を移動加速に委ねると、飛行船はほどなく150km/h前後へ落ち着いた。
黒い火山帯が、今度は後方へ流れ始めた。
戦闘が終わってしばらくすると、カーゴの空気が一気に緩んだ。
さっきまでビームマシンガンを握っていた大人が、座席へ腰を落として腕を揉んでいる。
壁へ背を預け、目を閉じる者。
戦っている間は気づかなかった手の震えを、今になって眺めている者もいた。
子どもの1人は、母親の肩へ頭を預けたまま眠っている。
「もう寝たのか」
「朝からずっと興奮してたもの」
母親が上着を掛け直した。
別の子も大きなあくびをする。
クララはまだ人の間を歩いていた。
「そのまま座っていてください」
飛行酔いした男が苦笑する。
「もう着くなら大丈夫だ」
「なら、着くまで座っていられますね」
「……はい」
男は素直に背もたれへ戻った。
リュシアが通路に出ている者へ手を振る。
「そろそろ戻るよ。座れる人は座っておくれ」
ハインツも反対側から声を掛けた。
「通路を空けてくれ。荷物は足元へ」
「こっちへ寄せるぞ」
「右へ集めすぎるな。もう少し中央だ」
人が動く。
眠った子どもを抱き上げる。
酔った者の隣を空ける。
床に置かれた袋を引き寄せる。
片側へ人が寄れば、近くの者が声を掛けて中央へ戻す。
朝には、窓へ集まって何度も呼び戻されていた人たちだった。
澪は窓の外を見る。
侯爵領が近づいてくる。
遠くに小さく見えていた屋根が、少しずつ形を持ち始める。
やがて地下ドックの入口が見えた。
飛行船が地下へ入ると、外の明るさが一気に落ちた。
白い作業灯が船体を流れていく。
飛行中ずっと聞こえていた風の音が消え、代わりに地下ドックの工具音や人の声が近づいた。
飛行船が治具へ収まる。
動きが止まった。
隔壁が開く。
冷えた地下の空気が流れ込んだ。
「寒っ」
子どもが肩をすくめる。
「寝てたからだよ」
親に言われながら、まだ半分眠った顔で降りていく。
大人たちも順に石床へ降りた。
肩を回す者。
大きく伸びをする者。
飛行船を振り返る者。
「……あれ?」
先に降りた男が足を止めた。
「どうした?」
「レベルが上がってる」
「え?」
隣の男も自分の状態へ意識を向ける。
「俺もだ」
「こっちも!」
声が広がった。
子どもたちまで騒ぎ始める。
「トト! ぼくも上がってる!」
「俺だって上がってるよ」
「ほんとだ!」
真壁が振り返った。
「全員こちらへ来たまえ。子供もだ」
「俺たちも?」
「当然だ。今日動いたのは、大人だけではないだろう」
子どもたちの顔が一斉に明るくなる。
「俺が先!」
「押すな」
「俺、マンティス見つけた!」
「それは今関係ないだろ」
トトが止めているが、自分もしっかり前の方にいる。
澪は思わず笑った。
「並んでくれ。順に見る」
真壁が先頭の男を鑑定する。
視線が一度止まった。
「君は鑑定が取れる。まずそれを取りたまえ」
「鑑定ですか」
「ああ」
「分かりました」
男がSPを振る。
「取れました」
「次」
真壁はもう次の者を鑑定していた。
「君は収納だ。取れ」
「収納!」
「容量は育ててからだ。まず取る」
「はい!」
後ろで子どもが背伸びをした。
「まだ?」
「今2人目だぞ」
トトが呆れる。
「でも俺、収納欲しい」
「出るか分からないだろ」
「出るかもしれない」
「だから待てって」
順番が進む。
大人。
大人。
そして子ども。
真壁が鑑定する。
「君も収納が取れるな」
「ほんと!?」
「本当だから言っている」
「収納だって!」
子どもが後ろへ叫ぶ。
「聞こえてるよ!」
笑いが起きた。
次の子。
「君は鑑定だな」
「鑑定!」
「取っておきたまえ」
「はい!」
返事だけは誰より元気だった。
さらに次。
今度は鑑定でも収納でもない。
真壁が鑑定結果を見た。
「こちらを上げた方がよいな」
「これ?」
「ああ。今の持ち場でも使える」
「じゃあ、これにする」
その場でSPを振る。
次。
また次。
鑑定。
収納。
すでに持っている者なら、その先。
別のものが取れるなら、その者がこれからやることに合わせて決めていく。
大人も子どもも同じだった。
列の後ろを見たリュシアが眉を上げる。
「これ、しばらく終わらないんじゃないかい?」
「終わるまでやる」
「そう言うと思ったよ」
澪も列を見る。
大人の間に子どもが混じり、その後ろにはまた大人が続いている。
「真壁さん、大人気ですね」
「これは人気とは違うだろう」
真壁は顔も上げず、次の1人へ鑑定を掛けた。
「クララ」
老司祭に呼ばれ、クララが振り向いた。
竜の卵はまだ腕の中にある。
トトも横にいた。
「こちらへおいで」
「はい」
クララが近づく。
老司祭は彼女の状態を見て、目を細めた。
「高位聖職者へランクアップできるぞ」
クララが瞬きをした。
「高位聖職者に、ですか」
「うむ」
クララはすぐには答えなかった。
飛行船へ目を向ける。
飛行酔いで立っていられなくなった男。
炎を見て震えていた子ども。
マンティスがカーゴへ取りついた時、窓の内側で固まった人たち。
自分にできたことは、まだ少ない。
もっと助けられるようになるなら。
「お願いします」
「よかろう」
老司祭が儀式へ入った。
クララは竜の卵を抱いたまま目を閉じる。
やがて祈りの言葉が止まった。
クララが顔を上げる。
その時だった。
腕の中が、ふっと温かくなった。
「……え?」
「どうした」
トトが近寄る。
「今、動いた」
「卵が?」
「うん」
クララが両手で抱き直した。
「中から、こう……押されたみたいに」
耳を寄せる。
トトも横から顔を近づけた。
「ほんとか?」
「動いたよ」
2人で待つ。
もう一度。
何も起きない。
竜の卵は再び静かになっていた。
クララはしばらく耳を当てたまま離さなかった。
地下ドックから人影が少しずつ減っていった。
眠った子どもを抱いた親が帰る。
疲れ切った者も家族と一緒に通路の向こうへ消えていく。
澪も、ようやく肩の力を抜いた。
今日はこれで終わり。
そう思って周囲を見回した。
ところが、まだ帰ろうとしない人たちがいた。
ハインツとベルタは飛行船の窓を指しながら話している。
「船尾にもう1人欲しいな」
「右舷前は減らせると思う」
「そっちから回せるか?」
「回せるわ。今日より声は重ならないと思う」
少し離れたところでは、オスカーがヴァルトと接続部を覗き込んでいた。
「ここです。右へ人が寄った時だけ鳴りました」
「次は人の位置を変えた時も見てみましょう」
「分かりました」
反対側では、ダリオたちがビームマシンガンを手にしたまま立つ位置を変えている。
「右舷から船尾へ振るなら、こっちの方が早い」
「そこだと前が狭いぞ」
「じゃあ半歩後ろだな」
ダリオが実際に半歩下がる。
銃口を右舷から船尾へ振った。
「こっちだな」
「ああ。その方が振りやすい」
監視に入っていた者たちも窓際へ残っていた。
「煙が来ると、ここから見えなくなる」
「反対側で拾えばいい」
「船尾にも1人回したいな」
誰も集めていない。
真壁も号令を掛けていない。
それぞれが、自分のいたところへ戻り、自分が困ったところを話していた。
澪は朝の地下ドックを思い出す。
巨大な飛行船を見上げて足を止めていた人たち。
子どもだけではない。
大人まで首を反らし、その大きさに声を上げていた。
同じ場所に、同じ飛行船がある。
けれど今は、誰もその大きさを見ていなかった。
ハインツは人の立つ位置を見る。
オスカーは接続部を見る。
ダリオは銃を振れる幅を見る。
ベルタは、どこから声が重なるのかを話している。
シロガネは澪の肩に座り、仕事を終えた者たちの顔を見渡した。
『人は石垣、人は城と、恵林寺殿機山玄公が申しておったが――これは、空を飛ぶ城だな』