押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第27話 白い重い粒

 

 中身を抜いたペットボトルは、思ったより場所を取る。

 

 澪はリュシアの屋台裏で、収納から袋を一つずつ取り出しながら、改めてそう思った。軽い。割れない。だが、かさばる。袋の口を開くと、透明な容器がごろごろと音を立てて転がり、近くにいたトトが目だけを輝かせた。

 

「俺の水筒ある?」

 

「今日はリュシアさんへの納品です」

 

「全部?」

 

「全部です」

 

「ひどい」

 

「取引先にそんなことを言う従業員のいる商会の方がひどいです」

 

 澪が真顔で返すと、トトは口を尖らせた。

 

「俺、従業員じゃない」

 

「だったら、なおさら客の荷に口を出すんじゃないよ」

 

 リュシアが帳面を開きながら、声だけを少し低くした。

 

 トトの肩がぴくりと動く。

 

「見たいなら、まず澪に頼む。欲しいなら、あとで私に言う。売り物や納める品を見て、ひどい、はなしだ」

 

「……分かった」

 

「分かったなら、そこに転がった瓶を踏まないように端へ寄せる。手伝いをする子には、あとで水を一つ見せてやる」

 

 トトはまだ不満そうだったが、しゃがみ込んでペットボトルを両手で端へ寄せ始めた。透明な容器が、からからと乾いた音を立てる。

 

 澪は少しだけ目を丸くした。

 

「リュシアさん、ちゃんと叱るんですね」

 

「叱るよ。叱らないと、店先で客の財布を覗く子になる」

 

「それは困ります」

 

「困るどころじゃない。市場で長く生きられない」

 

 リュシアは銅貨の皿を引き寄せ、何事もなかったように帳面へ数字を書いた。

 

「トトはまだ子どもだけど、屋台裏にいるなら、屋台裏の口の利き方を覚えるんだよ」

 

 トトはペットボトルを抱えたまま、小さく言った。

 

「ひどい、はなし」

 

「そう。欲しい時は?」

 

「あとで、リュシアに言う」

 

「澪には?」

 

「見てもいいか、聞く」

 

「よし」

 

 澪は、ペットボトルよりもリュシアの声の方が、ずっと商売道具らしいと思った。

 

 澪は続けて、タオルの束と扇子の箱を出した。タオルは同じ大きさで畳まれ、扇子は箱の中で暴れないよう、まとめてある。リュシアはひとつずつ手に取り、布の厚みを指で見て、扇子を一本だけ開いた。

 

「前と同じ品だね」

 

「はい。柄は少し違いますけど、使い方は同じです」

 

「こっちじゃ、柄が違う方がむしろ助かるよ。同じものばかりだと、誰のか分からなくなる」

 

 リュシアはそう言いながら、帳面を出した。銅貨の小皿、銀貨の袋、小金貨の包み。それから、澪が思わず息を止めるほど大きな硬貨が、布の上へ置かれた。

 

 正金貨だった。

 

 澪は反射的に喜びかけた。

 

 けれど、指が止まった。

 

「……売れてるんですよね」

 

 リュシアは眉を少し上げた。

 

「売れてるよ。損はしてない。タオルも扇子も、水を入れる瓶も、ちゃんと売れてる」

 

「はい。それは分かってます。でも、品物はあたしの国から来て、支払いは金貨でこっちから出ていくんですよね」

 

「品物も入ってる。客も助かってる。こっちも儲けてる」

 

「はい」

 

 澪は正金貨の表面を見た。きれいだった。見ているだけなら、家賃よりずっと頼もしい。

 

 それでも、胸の奥が少し詰まる。

 

「でも、こっちからあたしの国へ売れるものがまだないんです」

 

 リュシアは銅貨を数える手を止めた。

 

「澪は、金貨が多すぎて困ってる顔をしてるね」

 

「困ってるというか……大学で、片方から品物が入って、片方からお金だけが出ていく取引は、長く続くと歪むって聞いたことがあって」

 

「大学ってのは、たまに市場みたいなことを言うんだね」

 

「たぶん市場より言葉が難しいです」

 

「じゃあ、澪の言葉で言いな」

 

 澪は布の上の金貨を見た。

 

「このままだと、リュシアさんたちが儲けた分の一部が、毎回あたしの方へ金貨で渡ります。あたしの国から品物は来る。でも、こっちの商品はあたしの国へ戻っていない。それが、ちょっと怖いです」

 

 リュシアはしばらく黙っていた。

 

 やがて、正金貨を一枚、指先で澪の方へ滑らせた。

 

「怖いと思うなら、探せばいい。こっちから澪の国へ持っていける価値を」

 

「はい」

 

「ただし、こっちの客に必要なものを全部持っていくのは駄目だよ」

 

「そこは、絶対に気をつけます」

 

 リュシアはそれ以上言わず、正金貨を布で包んだ。

 

 澪はそれを受け取った。重い。嬉しい。けれど、ただ重いだけではなかった。

 

 

 

 

 

 六畳間に戻ると、澪は正金貨を布に包んで、机の奥へ置いた。

 

 喜びたい。

 

 家賃も生活費も、現代側の仕入れも、正直かなり助かる。

 

 だが、ただ受け取るだけでは駄目な気がした。

 

 澪はスマホを手に取った。ChatGPT先生を開く。

 

 入力欄に、何度も指を置いては消した。

 

 食品は危ない。薬草はもっと危ない。刃物は論外。大きな品は保管も写真も発送も難しい。装飾品や石は、鑑別や説明がつらい。現代の店に持っていく時、どこから来たのかを説明できないものも多い。

 

 澪はため息をつき、ようやく入力した。

 

『異世界から現代へ持ち帰って換金しやすいものを探しています。金銀以外で、小さくて価値が高く、食品・薬品・刃物ではないもの。異世界側では価値を見落とされている可能性があるものはありますか』

 

 送信した。

 

 画面に答えが出るまでの数秒、澪は正金貨を包んだ布を見ないようにした。

 

 表示された候補の中で、澪の指が止まった。

 

 白金。

 

 プラチナ。

 

 白金族金属。

 

 小さく、価値が高く、現代では貴金属として扱われる。異世界側で銀に似ているが溶けにくく、加工が難しい金属として見落とされている可能性がある。

 

「プラチナ……」

 

 澪はスマホを持ったまま、畳の上で固まった。

 

 パラジウムとか、別の難しそうな名前も出ている。だが、そこまで広げると収拾がつかない。

 

 今日は白金だけ。

 

 白くて、重くて、銀ではないもの。

 

 澪は帳面を開き、大きく書いた。

 

 白金を探す。

 

 その横に、小さく書き足す。

 

 買い占め禁止。

 

 

 

 

 

「銀に似ていて、白くて、重くて、でも銀みたいに溶かしたり細工したりしにくい金属に心当たりありますか」

 

 翌日、澪はリュシアの屋台裏で、なるべく何でもない顔を作ってそう聞いた。

 

 リュシアは、鍋の火を見ながら少し考えた。

 

「白金という名は知らないけど、銀もどきなら聞いたことがあるよ」

 

「銀もどき」

 

「薬師がたまに買う。細工師は嫌がる。炉に入れても言うことを聞かない白い粒」

 

「それです」

 

 思わず声が高くなった。

 

 リュシアが横目で見た。

 

「つまり、こっちでは珍しいけど面倒な金属」

 

「はい。あたしの国では、かなり高い金属です」

 

「金貨じゃない金属を、金貨の代わりに探すわけだ」

 

「そうです。こっちから現代へ持って帰れる価値を探します」

 

「それなら、石屋と鉱石商と鍛冶屋だね。布屋じゃない」

 

 澪は頷いた。

 

 そして、すぐに言った。

 

「でも、買い占めはしません。薬師さんや錬金術師さんが困ります」

 

「欲しがる人間がいるなら、全部さらうのは商売じゃなくて恨みを買うね」

 

「余っている分、半端な量、使い道が決まっていない粒だけ集めたいです」

 

 リュシアは少し笑った。

 

「澪、最初にそこを言うのはいいね」

 

「あと、金と同じ値段では買えません。今のあたしの国では、白金は金より安いです。だいたい金の四割ちょっとくらいです」

 

「なら、白金として買う。銀もどきとしては買わない。そこに探す手間賃を乗せる」

 

「はい。金の半値弱くらいを目安にしたいです」

 

「澪、安く買い叩かない顔になってるね」

 

「長く続けたいので」

 

「いい顔だよ。少し商人になってきた」

 

 褒められているのか、染まってきたと言われているのか、澪には少し判断がつかなかった。

 

 

 

 

 

 最初に入った石屋では、白金は見つからなかった。

 

 ただし、鑑定は妙に元気だった。

 

 青い飾り石を手に取る。

 

「鑑定」

 

 ラピスラズリ。

 

 緑の縞のある石を見る。

 

 孔雀石。

 

 半透明の縞模様の小石。

 

 瑪瑙。

 

 紫がかった小石。

 

 蛍石。

 

 赤黒い重い石。

 

 赤鉄鉱。

 

 澪は棚の前で固まった。

 

「鑑定が宝石図鑑になってる……」

 

 リュシアが横から覗く。

 

「よかったじゃないか」

 

「よくはあります。でも、今日は石を買いに来たんじゃないんです」

 

 赤い顔料石に手を伸ばしたところで、鑑定に毒性注意と出た。澪は無言で手を引っ込める。

 

「それは買わないのかい」

 

「買いません。危ない表示が出ました」

 

「澪の鑑定、便利だけど時々怖いね」

 

「使ってるあたしが一番怖いです」

 

 石屋の主人は、白い重い粒の話を聞くと、顎を撫でた。

 

「うちには今ないな。鉱石商か、薬師の棚を見た方がいい。銀に似ているが銀じゃないやつだろ」

 

「はい」

 

「扱う者は少ない。欲しがる者も少ない。だが、まったく無い品ではない」

 

 澪はリュシアを見た。

 

 リュシアはもう、次の店の方を向いていた。

 

 

 

 

 

 鍛冶屋は熱かった。

 

 炉の近くでは、赤くなった鉄が打たれ、火花が散っていた。澪は思わず一歩下がったが、リュシアは平気な顔で主人に声をかけた。

 

「銀に似ているけど、銀みたいに扱えない白い粒を探してる」

 

 鍛冶屋の主人は、眉を寄せた。

 

「銀なら細工師が買う。だが、白くて重いのに、炉に入れても言うことを聞かん粒がある」

 

 澪は一歩前へ出た。

 

「それ、どこで見られますか」

 

「鉱石商がたまに持っている。薬師が買う時もある。だが細工師は嫌う。溶けにくい。叩いても伸びにくい。銀の顔をして、銀の仕事をしない」

 

 リュシアが小さく頷く。

 

「値が決まりにくいわけだ」

 

「銀なら銀の値がある。あれは人を選ぶ」

 

 澪は、炉の火を見た。

 

 銀の顔をして、銀の仕事をしない。

 

 その言い方は、妙に分かりやすかった。

 

 

 

 

 

 薬師の店は、鍛冶屋とは反対に静かだった。

 

 棚には瓶、木箱、乾かした草、粉末、金属製の匙や小皿が並んでいる。独特の薬の匂いが、鼻の奥に残った。

 

 薬師は、リュシアの話を聞いて、澪をじろりと見た。

 

「薬に入れるんじゃない。そんな高いものを飲ませる馬鹿はいない」

 

 澪は慌てて頷いた。

 

「はい。道具として使うんですね」

 

「使うのは匙だ。薬液を混ぜる棒の先、試し皿、火にかけても変わりにくい小片。鉄や銅では薬が濁ることがある」

 

 薬師は、棚から細い棒を取り出した。先端だけ、白っぽい金属がついている。

 

「薬を汚さない金属だ。だが、硬い。溶けにくい。細工師が嫌がる。だから、欲しがる薬師はいるが、いつも高く買う者がいるわけではない」

 

 澪はその先端を見つめた。

 

 完全な無価値ではない。

 

 むしろ、必要な人には必要な金属だ。

 

 だから、さらってはいけない。

 

「余っている分や、半端な粒だけを探しています」

 

 澪がそう言うと、薬師は少しだけ表情を緩めた。

 

「なら、鉱石商の小皿を見てみな。道具にするには足りない量なら残っているかもしれん」

 

 

 

 

 

 鉱石商の店は、石屋より雑然としていた。

 

 棚には違う種類の石、金属の塊、黒い砂、白い粉、分からない粒が小皿に分けて置かれている。主人は愛想がよいというより、値踏みする目をしていた。

 

 リュシアが用件を告げると、主人は棚の下から小皿を出した。

 

「銀じゃない。銀ならもっと売れる。薬師がたまに買うが、細工師は嫌がる」

 

 小皿には、白い粒が入っていた。

 

 銀より鈍い光。

 

 ひと粒は小さい。けれど、澪が指先でつまむと、見た目よりずっと重かった。

 

 胸の奥が、ぎゅっとなる。

 

「鑑定」

 

----------------------------------

白い重い金属粒

 材質:白金

 純度:中

 重量:23g

 加工難度:非常に高い

 異世界用途:薬師用小器具/錬金術実験材

 現代換金性:高

 注意:少量試験。大量買い禁止

----------------------------------

 

 澪は固まった。

 

「……白金」

 

 声が小さすぎて、リュシアにしか聞こえなかった。

 

「当たりかい」

 

「たぶん、かなり」

 

 リュシアは澪の顔を一瞬見た。

 

 澪は必死で顔を平らにした。

 

 平らにしたつもりだった。

 

 リュシアは、なぜか少し笑った。

 

 

 

 

 

「銀貨一枚」

 

 鉱石商は、白い粒を小皿の中で寄せながら言った。

 

 澪は息を止めた。

 

 リュシアはすぐには返事をしなかった。小皿を覗き、粒を指で寄せ、店主を見た。

 

「これが銀なら細工師が買う。金なら金貸しが買う。けどこれは、薬師が来るまで待つしかないんだろ」

 

「薬師なら買う」

 

「たまに、だね。しかもこの小皿の量だ。道具を作るには足りない。試しに買うくらいの量だよ」

 

 鉱石商は不満そうに鼻を鳴らした。

 

「珍しい品だ」

 

「珍しいだけで値が決まるなら、もう売れてる」

 

 リュシアは淡々としていた。

 

 澪は横で、当たりの顔を隠すことだけに集中した。頬が勝手に動きそうになる。喉が変に乾く。視線を小皿に置くとまずいので、棚の別の石を見る。見ると鑑定が出そうになるので、今度は床を見る。

 

 忙しい。

 

「銅貨八十枚」

 

 リュシアが言った。

 

「安い」

 

「銀でもない。金でもない。細工師は嫌がる。薬師がたまに買うだけ。量も半端。相場がないものに、銀貨一枚は高い」

 

 店主はしばらく粘った。

 

 リュシアも粘った。

 

 最終的に、銀貨一枚より少し下で話がまとまった。リュシアは白い粒を小袋へ入れ、澪に渡さず、自分の手でしまった。

 

 店を出てから、澪は小声で言った。

 

「リュシアさん、今後は白金として買いたいです。銀もどきとして安く買うんじゃなくて、金の半値弱くらいを目安に、リュシアさんの手間賃も乗せて」

 

 リュシアは歩きながら頷いた。

 

「銀もどきとして安く買うんじゃなく、白金として買う。けど金と同じにはしない」

 

「はい。それでお願いします」

 

「それと、澪」

 

「はい」

 

「顔に出てたよ」

 

 澪は立ち止まった。

 

「そんなにですか」

 

「白い粒より分かりやすかった」

 

「……練習します」

 

「そこも商売だね」

 

 

 

 

 

 六畳間の机の上に、小袋の中身を出すと、白い粒は拍子抜けするほど地味だった。

 

 宝石のように光るわけでもない。

 

 正金貨のように、見ただけで強いわけでもない。

 

 ただ、白くて、重い。

 

 澪はスマホでプラチナ価格を調べた。画面に数字が出る。金よりは安い。だが、十分に高い。

 

 澪は机の上の粒を見下ろした。

 

「小さいのに、怖い……」

 

 指先で隠れるほどしかない粒が、現代側では家賃や仕入れの話につながる。しかも、鑑定だけでは駄目だ。現代で売るなら、現代側で素材確認をしなければならない。

 

 澪は帳面へ書いた。

 

 白金候補。

 

 素材確認必須。

 

 修さんへ相談。

 

 異世界の話はしない。

 

 そこで筆が止まった。

 

「どう説明しよう……」

 

 押し入れの向こうで買いました、とは言えない。

 

 鑑定で白金と出ました、も言えない。

 

 澪はしばらく考え、別の行に書いた。

 

 知人経由。

 

 素材不明。

 

 危なくないか確認したい。

 

 何の金属か見てほしい。

 

「嘘は、少なく。全部は、言わない」

 

 そう呟いて、澪は少しだけ自己嫌悪した。

 

 現代側で商売をするには、品物だけでなく、説明の仕方まで必要だった。

 

 

 

 

 

 飯島修一郎は、澪が差し出した小袋を見ても、驚かなかった。

 

 いや、驚かなかったように見えた。

 

「知人経由で、素材不明の白い金属片を少量預かりました。売る前に、危なくないか、何の金属か確認したくて」

 

 澪がそう言うと、修さんは眼鏡の奥で目を細めた。

 

「澪ちゃん、また面白いものを持ってきたね」

 

「すみません」

 

「謝ることじゃない。売る前に確認するのはいい判断だよ」

 

 修さんは白い粒を小皿へ出した。ピンセットでつまみ、拡大鏡で見て、重さを量る。小さな器具をいくつか並べ、慎重に調べていく。

 

「見た目だけでは決めない。比重、硬さ、反応、分析を見よう」

 

「はい」

 

 澪は椅子に座って、膝の上で手を握った。

 

 修さんが冷静で助かった。

 

 もし最初から値段の話になっていたら、澪の方が冷静でいられなかった。

 

 白い粒は、修さんの手の中でただの金属片として扱われていた。それが、逆に安心だった。

 

 

 

 

 

 作業場の奥で、修さんは確認を進めた。

 

 見た目は銀に似ている。だが、重い。変色しにくい。熱を加えても扱いづらい。いくつかの確認を終えたあと、修さんは小さく頷いた。

 

「これは白金の可能性が高いね」

 

 澪は平静を装った。

 

 装っただけだった。

 

 内心では、畳の上で転がって叫んでいた。

 

「白金、ですか」

 

「うん。ただ、二十数グラムだから、立派な延べ棒にはならないよ。小さな塊だ」

 

「それで十分です」

 

「少量をまとめて、ボタン状の小さなインゴットにするならできる。ただし、売るなら記録を残す。税金分も分ける。前にも言ったね」

 

「はい……」

 

 修さんは澪を見た。

 

「澪ちゃん、儲けた時ほど、帳面と税金から逃げちゃ駄目だよ」

 

「逃げたい気持ちはあります」

 

「気持ちだけにしよう」

 

「はい」

 

 白金粒は、作業場で小さな塊になった。

 

 派手さはない。

 

 金のような分かりやすい華やかさもない。

 

 それでも、手のひらに載せると、ずっしりと重かった。

 

 

 

 

 

 小さな白金塊を受け取った時、澪はしばらく黙っていた。

 

 異世界では、重くて扱いにくい銀もどき。

 

 現代では白金。

 

 どちらの世界でも、ものは同じだ。けれど、呼ばれ方と使われ方が違うだけで、価値の出方が変わる。

 

 澪は帰宅して、六畳間の机に帳面を開いた。

 

 白金粒、試験成功。

 

 大量買い禁止。

 

 薬師・錬金術師分は残す。

 

 リュシア手間賃込み。

 

 金の半値弱を目安。

 

 修さんへは異世界を話さない。

 

 税金分取り置き。

 

 顔に出さない。

 

 最後の一行を書いたところで、澪は筆を止めた。

 

「顔に出さない、が一番難しい……」

 

 帳面は答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 異世界へ戻ると、リュシアは屋台裏で待っていた。

 

 澪が小袋を取り出す前に、リュシアは言った。

 

「白い粒、当たりだったね」

 

「まだ言ってません」

 

「顔が言ってる」

 

 澪は両手で頬を押さえた。

 

「そんなに出てましたか」

 

「出てたよ。白い粒より分かりやすかった」

 

「白い粒と比べないでください」

 

 リュシアは笑った。

 

 澪は小さく息を吐き、結果を話した。白金だったこと。現代側で確認できたこと。小さな塊にできたこと。ただし、大量に買うつもりはないこと。

 

「買い占めません。薬師さんや錬金術師さんが困る分は買いません。半端な粒、余っている分、使い道が決まっていない分を少しずつお願いします」

 

「分かってるよ」

 

「価格は、金の半値弱を目安にします。リュシアさんの手間賃も乗せます。銀もどきとして安く買うのはやめたいです」

 

 リュシアは頷いた。

 

「銀もどきとして安く買うんじゃなく、白金として買う。けど金と同じにはしない」

 

「はい。それでお願いします」

 

「澪、いいね。金貨を受け取るだけじゃなくて、こっちから持っていける価値を見つけた」

 

「まだ少しです」

 

「少しでいい。最初から大きくやると、だいたい失敗する」

 

 その言葉は、妙に重かった。

 

 澪は帳面を開き、最後に一行を書いた。

 

 重いだけの白い粒は、重いだけではない。

 

 その下に、小さく書き足す。

 

 でも、顔に出さない。

 

 書き終えたところで、リュシアが横から覗き込んだ。

 

「何て書いたんだい」

 

「顔に出さない、です」

 

 澪が小さく答えると、リュシアは帳面ではなく澪の顔を見た。

 

「それは、しばらく無理だね」

 

「読めないのに分かるんですか」

 

「文字は読めないよ。顔は読める」

 

 澪は白金の小袋を握りしめたまま、ゆっくり帳面を閉じた。

 

「努力します」

 

「澪は努力の方向が多いね」

 

 現代品を持ち込むだけではない。

 

 異世界から現代へ戻せる価値が、ようやくひとつ見つかった。

 

 ただし、その価値は、白くて、地味で、顔に出すとすぐリュシアに読まれるものだった。

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