押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第270話 魔石代はお願いしますね

 

 レオンハルトたちの受け入れが一段落した頃、リュシアは侯爵邸へ呼ばれていた。

 

 窓から差し込む午後の日差しが卓上へ斜めに伸び、茶器の銀縁を光らせている。向かいにはアルベルト、その隣にはセレスティナとエレナが座っていた。

 

「リュシア殿。今回は助かった」

 

「無事に皆さんをお連れできて良かったです」

 

 そう答えると、ようやく一仕事終わった気がした。

 

 ベラクルスへ着いた時には、あれほど大きく見えた兵団が、カーゴへ乗せてしまえば4つの客室へ収まった。領都へ着いて扉を開けば、また約1,000人の兵士へ戻る。

 

 乗せる前と降ろした後では同じ人数なのに、途中だけ妙に小さくなったように感じるのが可笑しかった。

 

「レオンハルトからも聞いた。飛行中も大きな問題はなかったそうだな」

 

「はい。最初は皆さん、窓の外ばかり見てましたけどね」

 

 王都が見えれば左側へ集まり、遠くの火山に気づけば反対側へ顔を向ける。雲の上へ出た時には、あれほど兵士の声で満ちていた客室が一度静かになった。

 

 そのうち座席へ戻り、眠り始めた者までいた。

 

 飛ばす前には、1,000人も乗せれば4時間ずっと騒がしいのではないかと思っていた。実際には、長くベラクルスに出ていた兵士たちの方が先に休息を選んだ。

 

「4時間だったか」

 

「ええ。そのくらいでした」

 

「地上を移動させることを思えば、比べものにならんな」

 

 アルベルトが腕を組む。

 

「皆さん、思ったよりお疲れではありませんでしたね」

 

 セレスティナも、降りてきた兵士たちを思い出しているらしい。

 

「もっと大変なことになるかと思っていました」

 

「座っていられましたからね。装備も別に置けましたし」

 

 到着して扉を開ければ、長旅の後のようにその場へ座り込む者もいるのではないかと思っていた。

 

 だが兵士たちは預けていた装備を受け取ると、そのまま隊ごとに動いていった。

 

 真壁が座席の広さや通路を気にしていた理由は、実際に人を乗せてみてよく分かった。

 

「1,000人を一度に運べるのでしたら、使い道は多そうですね」

 

 セレスティナの言葉に、アルベルトの目つきが変わった。

 

 リュシアには、その顔に覚えがある。

 

 商談で新しい品を見せた時、客が値段を聞くより先に、これならあれにも使えると考え始める時の顔だ。

 

「あれなら、領内で大きく人を動かす時にも使えるかもしれんな」

 

「そうですね」

 

「災害時にも使える。兵の移動だけではない。必要なら住民の避難にも――」

 

「ああ、アルベルト様」

 

 今のうちだ、とリュシアは思った。

 

「何だ?」

 

「今回の魔石代はお願いしますね」

 

 アルベルトの手が止まった。

 

 ちょうど茶器へ伸ばしかけていたところだった。

 

「……魔石代?」

 

「はい。飛ばしましたから」

 

 案の定だった。

 

 さっきまで次に何へ使うかを考えていたのに、今回使った分の話になると手が止まる。

 

 悪気があるわけではない。

 

 便利なものは、一度便利だと分かると、次から最初からそこにあるものとして話が始まる。

 

 商売をしていれば珍しいことではなかった。

 

 前に買った品が気に入れば、次に店へ来た時にも同じものを探す。客からすれば当然でも、店へ並べる側は、その前に仕入れなければならない。

 

 飛行船だって同じだ。

 

 飛べば魔石を使うし、動かす人もいる。

 

「兄様」

 

 エレナまでアルベルトの顔を見る。

 

「何だ」

 

「ただだと思っていたのか?」

 

「そんなことは言っていない」

 

「でも止まったぞ」

 

「考えていただけだ」

 

 リュシアは何も言わなかった。

 

 止まったのは見間違いではない。

 

「それで、いくらになる?」

 

「今回の輸送まで全部合わせて、正金貨25枚でお願いします」

 

 今度は、本当にアルベルトが黙った。

 

 リュシアはその顔を見ながら待った。

 

 侯爵家が払えない金額だとは思っていない。

 

 だからといって、正金貨25枚を小さな額だと思っているわけでもない。

 

 値段を出したなら、相手が考える時間くらい待つ。

 

「25枚?」

 

 エレナが聞く。

 

「エレナ」

 

「今度も聞いただけだ」

 

 エレナは口を閉じたが、今度はアルベルトではなくリュシアを見ていた。

 

 セレスティナが少し考えてから尋ねる。

 

「リュシアさん。その金額には、あの新しいカーゴを作った費用も入っているのですか?」

 

「一部は入っています。でも、全部ではありませんよ」

 

「全部ではない?」

 

「あれはこれからも使いますからね」

 

 そこは迷うところではなかった。

 

「アルベルト様から1,000人を運べないかと相談を受けたから作ったのは確かです。でも、1回使って終わりじゃありません。次に大勢を運ぶ仕事があれば、また使えます」

 

「では、製造に掛かった分を全部こちらへ請求するわけではないのですね」

 

「ええ。それではこちらがもらいすぎでしょう?」

 

 今回の依頼がなければ、あの時点で1,000人用のカーゴを急いで作ることもなかった。

 

 だから、その分はもらう。

 

 けれど、これからも押入商会で使うものなのだから、全部を最初の客へ乗せるのは違う。

 

 そのくらいならリュシアにも迷いはなかった。

 

「待て」

 

「はい?」

 

「魔石だけで25枚という意味ではないのだな」

 

「まさか」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「魔石だけでそんなに頂きませんよ」

 

「最初に魔石代と言ったではないか」

 

「魔石代はお願いしますと言ったんです。魔石代だけとは言ってませんよ」

 

 アルベルトが黙った。

 

 リュシアはそこで、ようやく何に引っ掛かっていたのか分かった。

 

 魔石は見える。

 

 新しく作ったカーゴも見える。

 

 けれど、そこへ至るまでに誰が練習し、何度飛ばし、どれだけ手を掛けたかは、完成した飛行船を眺めただけでは分からない。

 

 商品も同じだ。

 

 店先へ並んだ品だけ見ても、そこまで運んだ手間までは見えない。

 

 なら、売る側が言わなければならない。

 

 セレスティナが口元を押さえている。

 

 エレナは兄とリュシアを見比べた。

 

「兄様、負けてないか?」

 

「何の勝負もしていない」

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

「別に高く取ろうとしてるわけじゃありませんよ」

 

「分かっている」

 

「本当ですか?」

 

「リュシア殿」

 

「分かりましたよ」

 

 少し砕けたが、アルベルトは咎めなかった。

 

 リュシアは茶へ手を伸ばしかけ、まだ早いと戻す。

 

 今日はさっきから、なかなか飲めない。

 

「今回は初めてのことばかりだったんですよ」

 

「というと?」

 

「まず、1,000人を乗せられるカーゴがありませんでした」

 

「ああ」

 

「あれを作るところから始めたんです」

 

 エレナが首を傾げる。

 

「真壁殿が作ったのだろう?」

 

「そうですよ」

 

「なら早かったのではないか?」

 

「早く作ったら、ただになるんですか?」

 

 エレナが止まった。

 

 本気で考え始めたので、リュシアは少し可笑しくなる。

 

「……ならないな」

 

「でしょう?」

 

 真壁が早すぎるせいで、周囲の感覚までおかしくなっている。

 

 普通なら、1,000人を乗せるための新しい輸送用カーゴを頼み、ほどなく実物が目の前へ出てくる方がおかしい。

 

 ところが真壁なら出来てしまう。

 

 出来るものだから、早く作ったのなら安いのではないか、という話まで出てくる。

 

 早く作れる人ほど安く働かなければならないのなら、真壁は随分と損をする。

 

「エレナ。真壁殿が早く作れることと、お金が掛からないことは別ですよ」

 

 セレスティナが教えるように言った。

 

「分かっている。今分かった」

 

「なら良いです」

 

 リュシアは話を戻した。

 

「それから、ベラクルスまで飛ぶのも初めてでした」

 

「それも入っているのか?」

 

「初めて行くところへ、いきなり1,000人乗せて飛ばせると思います?」

 

 アルベルトは答えなかった。

 

「それに、王都に飛行船を知られたくないという話もありましたよね」

 

「ああ。それはこちらから頼んだ」

 

「だから、雲の上を通りました」

 

 王都がまだ遠くに見えるうちから、高度を上げる準備を始めた。

 

 乗客たちは左の窓へ集まり、城壁や街並みを眺めていた。その一方で、乗員はその先を考えていた。

 

 雲へ入れば外は白くなる。

 

 地上が見えなくなっても、そのまま目的地へ向かわなければならない。

 

 乗客と一緒になって景色を眺めているだけでは仕事にならない。

 

「それと、乗員にも訓練してもらっています」

 

 アルベルトが顔を上げる。

 

「今回のためにか?」

 

「そうですよ。船を作ったら勝手に飛んで、勝手に1,000人乗せてくれるわけじゃありませんからね」

 

「それはそうだが」

 

「飛ばし方だけ覚えればいいわけでもありません。あれだけの人数を乗せるなら、普段の荷運びとは違いますよ」

 

 実際に兵士が並び始めると、座席が1,000人分あれば終わりではなかった。

 

 装備を抱えた者が入口で止まれば、その後ろまで止まる。

 

 どの階へ上げるか分からなければ、階段の前で人が迷う。

 

 前と後ろの乗降口を作った意味も、使ってみればすぐに分かった。

 

 飛行船は、出来上がっただけでは役に立たない。

 

「真壁殿は同行していなかったな」

 

「はい」

 

「それでも運べた」

 

「そのために訓練してるんですよ」

 

 リュシアは笑った。

 

「毎回、真壁さんがいないと飛べないんじゃ困るじゃないですか」

 

 

 

 

 

 アルベルトは、その言葉を聞いて初めて、正金貨25枚という数字から意識を外した。

 

 窓の外には侯爵邸の庭が見える。

 

 つい数時間前まで、遠くベラクルスにいた兵たちが、今はこの領都にいる。

 

 およそ1,000人。

 

 その人数を地上で動かすなら、兵だけを歩かせれば済む話ではない。

 

 食料を持たせる。

 

 荷を運ばせる。

 

 夜になれば休ませる場所が要る。

 

 隊列は長く伸びる。狭い道では速度が落ち、橋を渡るだけでも全員が通り終えるまで待たなければならない。

 

 途中で何か起きれば、さらに遅れる。

 

 そして、その間ずっと兵は移動中だ。

 

 今日戻ってきた者たちは違った。

 

 ベラクルスで飛行船へ乗り、4時間後には領都へ降りてきた。

 

 長い駐留を終えた者たちが、自分の装備を受け取って、そのまま歩いていった。

 

 正金貨25枚。

 

 安い額ではない。

 

 だが、1,000人を動かした結果まで含めて考えると、最初に数字だけを聞いた時とは見え方が変わってくる。

 

「新しいカーゴを用意した」

 

 口に出すと、リュシアがこちらを見る。

 

「はい」

 

「初めてベラクルスまで飛んだ。王都へ知られぬよう雲上を通った」

 

「そうですね」

 

「そのために乗員も育てた」

 

「はい」

 

 そこで、もうひとつ気づいた。

 

「真壁殿は、今回どこにもいなかったな」

 

「そうですよ」

 

 リュシアは、何を今さらという顔で答えた。

 

 王都へ数人送るだけなら、真壁の転移がある。

 

 荷なら収納へ入る。

 

 真壁本人が動ける限り、あの男ほど便利な運び手はいない。

 

 アルベルト自身、困ったことが起きるたびに真壁へ相談してきた。

 

 真壁が来る。

 

 真壁が見る。

 

 真壁が考える。

 

 そして、何かしら形にしてしまう。

 

 それに慣れすぎていたのかもしれない。

 

 今回は違った。

 

 真壁はベラクルスへ行っていない。

 

 兵士を乗せていない。

 

 操縦席にもいない。

 

 それでも、真壁が作った飛行船をリュシアたちが動かし、約1,000人を連れて戻ってきた。

 

 以前、真壁から聞いた話を思い出す。

 

 真壁やヴァルトのような者だけに頼らず、ほかの者でも飛ばせるようにする。

 

 言葉としては聞いていた。

 

 だが、実際に兵士たちが空から帰ってくるところを見るまで、その意味を理解していなかったらしい。

 

「真壁殿を呼ばなくても、人を動かせるのか」

 

「そうじゃないと困りますよ」

 

 リュシアが笑った。

 

「真壁さんを毎回運送屋みたいに呼ぶつもりですか?」

 

 アルベルトは答えかけて、やめた。

 

 これまで何度、真壁を呼んだか数える気にはならなかった。

 

「……本人に聞かせたら、何と言うだろうな」

 

「そのために作ったのだ、と言うんじゃないですか?」

 

「言いそうだ」

 

「でしょう?」

 

 リュシアは、やっと茶を一口飲んだ。

 

 アルベルトはもう一度考える。

 

 真壁が1人増えたわけではない。

 

 それでも、真壁がいなくても人を動かせる手段が出来た。

 

 しかも、今後乗員が増えれば、飛ばせる者も増えていく。

 

 そう考えると、今回の正金貨25枚には、単にベラクルスからここまで1回飛んだ分だけではないものが含まれている。

 

「それを含めて25枚か」

 

「そういうことです」

 

「分かった。払おう」

 

「ありがとうございます」

 

 リュシアの肩から、わずかに力が抜けた。

 

「では、次も25枚か?」

 

「それは、その時ですね」

 

「同じ距離でも?」

 

「今回は初めてでしたから。次はもうカーゴがありますし、乗員も一度経験しています」

 

「なら、安くなるのか?」

 

 エレナがすぐに口を挟んだ。

 

 アルベルトは妹を見る。

 

「なぜお前がそこまで値段を気にする」

 

「仕組みを聞いているだけだ」

 

「そうか」

 

「それに、私も乗る」

 

 やはりそちらだった。

 

「エレナ様お一人なら、飛行船を丸ごと出す方が無駄ですよ」

 

 リュシアが笑う。

 

「では乗れないのか?」

 

「訓練で飛ぶ時に乗ればいいじゃないですか」

 

「それなら安い?」

 

「そこまで聞きます?」

 

「大事だろう」

 

「少人数なら、そもそも飛行船を使う必要があるか考えますよ。王都へ数人だけ行くなら、真壁さんに頼めるでしょう?」

 

「ああ」

 

「飛行船は便利ですけど、何でも飛行船で運べばいいってものじゃないんです」

 

 エレナは一度頷いた。

 

 だが、その目はまだ別のところを見ていた。

 

「乗員も、一度飛べば次は慣れるのだな」

 

「そうですね。初めてよりは」

 

「なら、私も訓練すればいい」

 

 アルベルトは妹の横顔を見た。

 

 やはり、そこへ行くのか。

 

「エレナ様」

 

 リュシアもすぐには答えなかった。

 

「本当に、飛行船の操縦士になりたいんですか?」

 

「なりたい」

 

 即答だった。

 

 また始まった、と片づけられる声ではなかった。

 

 飛行船を見てから、エレナは何度も同じことを言っている。

 

 最初は珍しいものへ興味を持っただけだと思っていた。

 

 ところが乗せてほしいだけではない。

 

 操縦したい。

 

 そのために必要ならジョブのことまで考える。

 

 今も、料金の話から乗員訓練へ食いついた。

 

「乗ってみたい、ではなく?」

 

「乗るだけではない。自分で飛ばしたい」

 

 エレナは真っ直ぐにリュシアを見ている。

 

 アルベルトには分かった。

 

 本気だ。

 

 だから困る。

 

 つい今しがた、自分は訓練された乗員の価値を理解したばかりだった。

 

 真壁がいなくても飛行船を動かせる者。

 

 これから飛行船を使う機会が増えるなら、そうした人間はもっと必要になるだろう。

 

 エレナが本当に必要なジョブを得て、操縦を覚え、訓練を続けるなら、役に立つ可能性はある。

 

 それが分からないほど、アルベルトも妹を低く見てはいない。

 

「本気でしたら、こちらも遊びで教えるわけにはいきませんよ」

 

 リュシアが言った。

 

「当然だ」

 

「ジョブのこともあります。訓練にも時間がかかります」

 

「やる」

 

「途中でおやめになるのも困ります」

 

「やめない」

 

 迷いがない。

 

「今はそうでしょうけどね」

 

「どういう意味だ?」

 

「エレナ様は侯爵家の方でしょう」

 

 リュシアが少し言葉を選ぶ。

 

「こちらで時間をかけて覚えていただいて、乗員として頼るようになってから、ご婚姻で操縦をやめることになっては、こちらも困ります」

 

「私はやめない」

 

「エレナ様がお決めになることだけなら、話は簡単なんですけどね」

 

 リュシアの視線がアルベルトへ向いた。

 

 分かっている。

 

 だからこそ、考える余地はなかった。

 

「その話は駄目だ」

 

「兄様」

 

「乗ることまでは止めん」

 

 客として乗ることまで禁じるつもりはない。

 

 空から見る景色に興味を持つことも、それ自体を悪いとは思わない。

 

 だが、その先は別だ。

 

「だが、操縦士になることは許さん」

 

「私は本気だ」

 

「本気かどうかの話ではない」

 

 本気だから困っている。

 

 戯れなら、飽きるまで待てばいい。

 

「では、何の話だ」

 

「認められん」

 

 エレナの眉が寄る。

 

「それでは理由になっていない」

 

「エレナ」

 

 名前を呼ぶと、妹の指が膝の上で止まった。

 

 それでも視線は逸らさない。

 

 この顔も昔から知っている。

 

 納得していない。

 

 言葉を重ねれば、納得するまで理由を求めてくるだろう。

 

 だが、今日ここで決める話ではない。

 

 自分が今、乗員の価値を理解したからといって、そのまま侯爵家の妹を押入商会へ送り出してよいという話にはならない。

 

「承知しました」

 

 先に引いたのはリュシアだった。

 

「エレナ様。私だけで決められる話じゃありませんよ」

 

「……分かっている」

 

 アルベルトには、まったく分かっていない返事に聞こえた。

 

 セレスティナがエレナへ目を向ける。

 

「エレナ。乗ることは許してもらえたのでしょう?」

 

「それとこれは別だ」

 

「ええ。別ですね」

 

「姉上まで」

 

「私は何も止めていませんよ」

 

 セレスティナは穏やかに笑った。

 

「まず乗ってみてはいかがです?」

 

「乗ったら、もっと操縦したくなるかもしれないぞ」

 

「その時は、その時でしょう」

 

 今度はアルベルトが妻を見る。

 

「セレスティナ」

 

「乗ることは止めないと、あなたが言ったのでしょう?」

 

「……そうだが」

 

「でしたら、乗ることには問題ありませんね」

 

 自分で言ったことなので、否定できない。

 

 隣でエレナが少しだけ得意そうな顔をした。

 

 アルベルトは見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 話が一段落すると、リュシアは背もたれへ身体を預けた。

 

 アルベルトとエレナの間には、まだ何か残っている。

 

 けれど、そこから先は侯爵家の話だ。

 

 アルベルトがあれだけはっきり断ったなら、こちらで勝手に訓練へ入れるわけにはいかない。

 

 エレナ本人が本気なのは分かった。

 

 乗員として考えるなら、その点は悪くない。

 

 だからこそ、許可がないまま期待して予定へ入れる方が困る。

 

 リュシアはそこでエレナのことを頭の隅へ置き、卓上へ目を戻した。

 

 何度も飲み損ねた茶が残っている。

 

「ではアルベルト様」

 

「何だ?」

 

「今回の分は、正金貨25枚でお願いしますね」

 

 アルベルトが目を細めた。

 

「それはもう分かっている」

 

「念のためです」

 

「忘れん」

 

「さっき魔石代って言っただけで黙ったじゃないですか」

 

 セレスティナがとうとう声を立てて笑った。

 

 エレナまで兄を見る。

 

「兄様」

 

「何だ」

 

「次から先に値段を聞いた方がいいぞ」

 

「それは今、私も考えていた」

 

「なら商人向きだな」

 

「誰のせいでその話になったと思っている」

 

「私か?」

 

「他に誰がいる」

 

 リュシアは笑いながら茶へ手を伸ばした。

 

「次に頼まれる時は、先に値段も聞いてくださいね」

 

「……そうしよう」

 

「その方が助かります」

 

 茶を口へ含む。

 

 何度も置き直しているうちに、すっかりぬるくなっていた。

 

「アルベルト様」

 

「今度は何だ?」

 

「お茶のおかわりは、請求しませんよ」

 

 アルベルトはしばらくリュシアを見た。

 

「それはありがたい」

 

 セレスティナがまた笑った。

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