押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第272話 信用の使い方

 

 理央の本を開いてから、どのくらい経ったのか分からなくなっていた。

 

 六畳間の暖房は低い音を立て続けているのに、窓へ近い畳だけはまだ冷たい。澪は膝へ毛布を掛け、本を片手に持ったまま、もう片方の手で頁の端を押さえた。

 

 本棚には古い燭台がある。その前にも同じ本を一冊置いてあった。

 

 どうやって読んでいるのかは知らないし、考えないことにしている。

 

 古い燭台と暮らし始めてから、そこを真面目に追及すると自分の常識の方が先に困ることを、澪はだいぶ学んでいた。

 

 さらに今夜は、白い毛の塊が本棚の前に座っている。

 

「シロガネも読むんですか?」

 

 白猫がこちらを向いた。

 

『見る』

 

「読む、ではなく?」

 

『まず見る』

 

 何が違うのか聞こうとして、澪はやめた。

 

 神様相手に言葉の定義から始めると長くなる。

 

 理央の物語は、山間の古い町へ旅人が入るところから始まっていた。

 

 背後の山は灰色の岩肌を見せ、風向きによっては山頂付近へ薄い霧が掛かる。古い石壁と木造家屋が入り混じる町の中央には、周囲の屋根より高い鐘楼が立っている。

 

 宿屋で旅人を迎えたのは、年若い少女だった。

 

 少女は朝起きると、家族の顔を見るより先に一冊の手帳を開く。

 

 そこには父と母、それに弟が誰なのかが自分の字で書かれ、その最後には「覚えていなくても信用すること」と念を押すように残されていた。

 

 最初、旅人は少女がひどく忘れっぽいのだと思っている。

 

 澪もそう思った。

 

 ところが少女自身は、自分が忘れっぽいとは一度も言っていない。

 

「これ、何かありますね」

 

 呟いた直後、鑑定欄の端へ文字が浮かんだ。

 

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【読書考察】少女の手帳について【初見】

 001:鎮守

  妙な手帳だな。

 002:燭台

  通常用途とは考えにくい。

 003:鎮守

  父母まで書いてある。

 004:燭台

  記憶補助の可能性あり。

 005:鎮守

  何かを忘れる前提か。

 006:燭台

  可能性は残る。

 007:澪

  残すんですね。

 008:燭台

  未知を切り捨てるのは非推奨。

 009:鎮守

  相変わらず堅いな。

 010:燭台

  推測と事実は分離すべき。

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「小説ですよね?」

 

 返答はなかった。

 

 鑑定欄だけを見ると、何かの調査会議にしか見えない。

 

 澪は頁をめくった。

 

 翌日、旅人は前日に訪ねたはずの鍛冶屋へ向かう。

 

 店の場所は分かるし、前日に受け取った小さな鉄片も荷物の中に入っている。それなのに、炉の前に立つ老人の顔を見ても、誰なのか思い出せない。

 

 宿屋へ戻って主人へ聞いても、そんな鍛冶屋は知らないと言う。隣家の者まで首を傾げた。

 

 ただ一人、鍛冶屋本人だけが青ざめた顔で、昨日までは皆が自分を知っていたのだと訴える。

 

 少女も鍛冶屋を覚えていなかった。

 

 けれど手帳には、旅人が前日に鍛冶屋と長く話していたことが、確かに少女自身の字で残っている。

 

 澪の指が頁の上で止まった。

 

 その時、伏せていたスマホが一度だけ光った。

 

 RightInの通知だったが、画面を見る前に次の頁へ指が動いた。

 

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【情報更新】鍛冶屋について【記憶欠落】

 011:鎮守

  本当に忘れた。

 012:燭台

  記憶欠落、確認。

 013:鎮守

  少女も覚えておらぬ。

 014:燭台

  手帳による外部情報は保持。

 015:鎮守

  文字は消えないのか。

 016:燭台

  現時点では保持を確認。

 017:鎮守

  なるほど。

 018:燭台

  手帳の用途を更新。

 019:鎮守

  面白くなってきた。

 020:燭台

  同意する。

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 澪は鑑定欄から本へ目を戻した。

 

 友達の本だから読むつもりだったのは間違いない。

 

 ただ、いつの間にか「理央ちゃんが書いた本だから」という理由を忘れて、鍛冶屋が明日の朝どうなるのかを気にしている。

 

 シロガネが本棚の前で伏せた。白い前足の先に、理央の本がある。

 

「……続き、気になります?」

 

『なる』

 

 即答だった。

 

 燭台からの書き込みも早かった。

 

 神様を2柱まとめて引っ掛けたらしい。

 

 澪は少し笑って、次の頁を開いた。

 

 

 

 

 

 

 王都の裏通りには、昼でも陽の届かない場所がある。

 

 左右の建物が高く、細い石畳を抜ける風は冷えていた。表通りを走る荷馬車の音だけが壁へ当たり、少し遅れて裏路地まで響いてくる。

 

 フリードヘルム・ザイデルは外した手袋を卓へ置き、冷えた指先を擦った。

 

「それで、どうだった」

 

 向かいに座るマロは、茶も酒も出さなかった。

 

 卓の端に小さな油灯があるだけで、部屋の隅までは明かりが届いていない。

 

「話は回した」

 

「出来るのか?」

 

「何をだ」

 

 ザイデルは眉を寄せた。

 

「この前話しただろう」

 

「聞いたよ。押入商会かリュシア商会からハーゲンへ金が渡ったことにしたい」

 

「ああ」

 

「だから、何を作れば終わりだと思ってる?」

 

「それらしい証文でもあればいいんじゃないのか」

 

 マロが椅子の背へ体を預けた。

 

「紙一枚作って終わりだと思ってたのか」

 

「違うのか」

 

「ハーゲンを嫌ってる奴に見せるだけなら、それでもいい」

 

 外で荷車が一台通った。

 

 車輪の音が遠ざかるまで、マロは続きを言わなかった。

 

「評議員を動かすなら別だ」

 

「何が要る」

 

「本物に見える紙じゃない」

 

 油灯の火が揺れ、マロの顔へ影が動いた。

 

「ハーゲンなら、やったかもしれないと思わせる話だ」

 

 ザイデルは黙った。

 

 紙が一枚あれば、それを持って評議会へ行けばいいと思っていた。不正の証拠が見つかったと騒ぎ、調べさせれば、その間だけでもグスタフを新しい運送の話から外せる。

 

 少なくとも、ザイデルの頭の中ではそこまで短かった。

 

「そんなに違うものか」

 

「相手を誰だと思ってる」

 

「ギルド長だ」

 

「長くやってるギルド長だ」

 

 マロは指先で卓を一度叩いた。

 

「見たことも聞いたこともない金の話を、知らんと言われて終わるような物を出してどうする」

 

「疑いが出ればいい」

 

「なら、なおさらだ」

 

 マロの声は変わらない。

 

「捕まえる必要はないんだろ?」

 

「ああ」

 

「評議会で調べさせる。調べてる間、ハーゲンが新しい運送へ口を出せなくなればいい」

 

「それでいい」

 

「だったら必要なのは、誰かが一枚見て驚くことじゃない。調べた方がいいと思わせることだ」

 

 ザイデルは卓の上の手袋へ目を落とした。

 

 表通りから、また荷馬車の音が届く。

 

 馬を仕入れて売り、荷車を回し、御者を雇う。荷を守る護衛にも仕事を回し、その一つ一つをつないでザイデルは商売を続けてきた。

 

 新しい運送がどんなものか、まだ見たことすらない。それでも、自分が食わせてきた者たちの仕事が減る可能性だけは理解出来た。

 

「出来るんだな」

 

 マロはすぐには答えなかった。

 

「出来る奴へ話を持っていくことは出来る」

 

「頼む」

 

「安くはないぞ」

 

「払う」

 

「また額を聞かずに言ったな」

 

 ザイデルの口が止まった。

 

 マロが呆れたように鼻から息を抜く。

 

「この前も言ったが、お前、本当に運送屋か?」

 

「……今度は聞く。いくらだ」

 

「それでいい」

 

 金額を聞く前から、ザイデルには引き返す気がなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 王都商業ギルドの奥にある部屋は、広間よりずっと静かだった。

 

 扉を閉めても人声までは消えないが、受付で交わされる値段や荷の話は、もう言葉として聞き取れない。

 

 ゴットフリート・レンツは膝の上で両手を組んだ。

 

 隣には、先日の集まりにいた商人が2人座っている。

 

 向かいのグスタフ・ハーゲンは、3人が持ち込んだ質問を途中で遮らなかった。

 

 レンツはそれが少し意外だった。

 

「……というわけでして」

 

 最後まで言ってから、レンツは息を置いた。

 

「我々が知りたいのは、新しい運送が始まることで、今ある商売が最初から締め出されるのかどうかです」

 

「それを誰から聞いた?」

 

 グスタフが尋ねた。

 

「誰から、というより」

 

 レンツは隣を見た。

 

「直接聞いた者はいません」

 

「では、締め出すと言った者もおらんのだな」

 

「はい」

 

 言葉にすると、妙に頼りない。

 

 数日前には確かに大きな問題に見えていたのに、本人を前にして出してみると、半分以上が「聞いた話を聞いた話」だった。

 

 グスタフは責める様子もなく、椅子へ背を預けた。

 

「新しい運送の話が動いておるのは本当じゃ」

 

 レンツの背がわずかに伸びた。

 

「では」

 

「だが、わしが商売を始めるわけではない」

 

「押入商会とリュシア商会ですか」

 

「そうなる」

 

「人を探しているのは?」

 

「それも本当じゃ」

 

 隣の商人が身を乗り出した。

 

「では、なぜ先に声を掛けられた者と、我々とで違いがあるのでしょう」

 

 グスタフは相手を見る。

 

「わしが雇うておるわけではない」

 

「ですが、ギルドから名前を聞かれた者がいます」

 

「知っておる者がおれば、名を挙げる。その程度じゃ」

 

「採用する人間を選んでいるのでは?」

 

「選ばん」

 

 返答が早かった。

 

「条件を示すのも、雇うのも商会側じゃ。本人が話を聞いて断るのも自由。わしが割り振る話ではない」

 

 レンツは組んでいた指を緩めた。

 

 もう一つ、聞かなければならないことがある。

 

「侯爵家の仕事ではないのですか」

 

 グスタフの眉がわずかに動いた。

 

「そこも妙な伝わり方をしたか」

 

「侯爵領で始める大きな事業だと聞いています」

 

「侯爵領で商売をすることと、侯爵家の名で人を集めることは別じゃ」

 

 グスタフは卓上の紙を指で寄せた。

 

「土地や治安、必要な許可、それに暮らす者のための話は侯爵家が担う。商売の看板まで侯爵家へ掛ければ、腕のある職人ほど警戒する。商人なら、なおさらじゃ」

 

 レンツは自分ならどうするか考えた。

 

 侯爵家から「新しい仕事へ来い」と言われるのと、商会から条件を示されるのでは確かに違う。断れる話のはずでも、相手が侯爵家なら、本当に断ってよいのか一度は考える。

 

「では、今の運送商を全部切る話ではない?」

 

 隣の男が聞いた。

 

「そんな話は聞いておらん」

 

 グスタフが顔を上げた。

 

「新しい運び方が一つ増えたからと、明日から馬車が要らぬとはならんじゃろう」

 

「しかし、荷は減るかもしれない」

 

「減る物もあれば、増える物もある」

 

「それは……」

 

「そこはわしにも保証出来ん」

 

 レンツはグスタフを見直した。

 

 大丈夫だと言い切られるより、その方が信用出来た。

 

「参加したいと言えば?」

 

「何に、どのように参加するかによる」

 

「倉庫なら?」

 

「それを決めるのはわしではない」

 

 またそこへ戻った。

 

「だが、話を聞きたいという商人がいることは伝えられる。向こうが話したいと言えば、つなぐことも出来る」

 

 レンツは隣の2人と顔を見合わせた。

 

 仕事が減るかもしれない不安は消えていないし、新しい運送が何をどこまで変えるのかも、まだ分からない。

 

 ただ、少なくとも自分たちが想像していたように、ギルド長が奥で人を選び、一部の商会へ渡しているわけではないらしい。

 

「……最初から聞きに来ればよかったな」

 

 レンツが漏らすと、グスタフが片方の眉を上げた。

 

「わしも、もう少し早く不満が出ておると知りたかったがな」

 

「すみません」

 

「謝る話ではない」

 

 グスタフは卓の紙を揃えた。

 

「商売が変わると聞けば、自分の荷がどうなるか心配するのは当たり前じゃ。何が決まっており、何がまだ決まっておらんか、それを分けて聞きに来ればよい」

 

 レンツは頷いた。

 

 帰ったら、先日集まった連中にも話さなければならない。

 

 少なくとも「何も教えてもらえない」という部分は、もう違っていた。

 

 

 

 

 

 

 理央からRightInが届いたのは、それから数日後だった。

 

『商人を書く時の話、もう少し聞いてもいいですか』

 

 澪が『いいですよ』と返すと、今度は迷わない場所を理央の方から指定してきた。

 

 待ち合わせた駅は、2人とも何度か使ったことがある。

 

 改札を出て理央の姿を見つけた時、澪は少し安心した。

 

 渋谷での反省は、ちゃんと生かされている。

 

 駅近くの喫茶店へ入り、注文した飲み物が来ると、理央はスマホを卓へ置いた。

 

「今日は考えてきました」

 

「何をですか」

 

「商人の主人公」

 

 理央は画面を開く。

 

「初めて商売する時に、持ってるお金を全部使って、一番売れそうな物を大量に買うんです」

 

「私はやらないです」

 

「即答」

 

「全部ですよね?」

 

「全部」

 

「やらないです」

 

 理央が笑った。

 

「小説だと勢いがあって主人公っぽいかなって」

 

「読むだけならいいです」

 

「澪さんなら?」

 

「最初は少し買います。売れるか分からないので」

 

「絶対売れそうでも?」

 

「絶対って、誰が決めたんです?」

 

 理央の指が止まった。

 

「主人公?」

 

「その主人公、初めて商売するんですよね」

 

「あ」

 

「自分で売れると思ってるだけなら、なおさら全部は怖いです」

 

「澪さん、主人公に厳しい」

 

「主人公のお金なので、読むだけなら全部使っても止めませんよ」

 

 自分の口座から減るわけではない。

 

 そこまで考えて、澪はカップを持った。

 

 だから小説の主人公は格好よく全部賭けられるのかもしれない。現実で自分がやったら、格好いいかどうかを考える前に次の仕入れが出来なくなる。

 

「じゃあ、少し買って売れたら増やす?」

 

「私ならそうします」

 

 理央がスマホへ何か打ち込む。

 

「全部を1種類にもしない?」

 

「物によりますけど、初めてなら怖いですね」

 

「怖い、よく出ますね」

 

「商売の話ですよね?」

 

「はい」

 

「なら怖いです」

 

 理央がまた笑った。

 

「次です。大口の客だけ安くする」

 

「条件次第です」

 

「いっぱい買ってくれるから」

 

「今回だけですか?」

 

「次も来ます」

 

「次も同じ値段を求められそうですね」

 

「駄目?」

 

「駄目とは限らないです。数が増えることでこちらの手間が減るなら、その分を下げられることもありますし」

 

「じゃあ下げる」

 

「ずっと続けられるなら」

 

 理央の指がまた止まった。

 

「条件増えますね」

 

「増えますよ」

 

「小説だと『大量に買ってくれるなら安くする』で終わりそう」

 

「それで話が進むなら、その方がいいと思います」

 

「現実では?」

 

「他のお客さんが同じ物をもっと高く買ってるなら、知られた時の説明も要りますし」

 

「そこまで考えるんですか」

 

「売った後もお客さんなので」

 

 理央はしばらく澪を見てから、スマホへ視線を落とした。

 

「それ、使いたい」

 

「何をです?」

 

「売った後もお客さん」

 

「普通では?」

 

「主人公に言わせると商人っぽい」

 

「そうですか?」

 

 普段考えていることが、理央の中では小説の材料になるらしい。

 

 澪にはその境目がまだよく分からない。

 

「もう一つ」

 

「はい」

 

「主人公が、その土地で誰も見たことがない商品を大量に持ち込む」

 

 澪のカップが口元へ届く直前で止まった。

 

 それは、かなり身に覚えがある。

 

「売れると思ってます」

 

「思ってるだけですよね?」

 

「またそこ」

 

「大事ですよ」

 

「じゃあ、澪さんなら?」

 

 澪はカップを置いた。

 

「まず少し見せます」

 

「少し?」

 

「欲しい人がいるか確かめます。使い方が分からない物なら、説明も要りますし」

 

「珍しいだけじゃ駄目?」

 

「珍しいから一回買う人と、次も買う人は別なので」

 

「なるほど」

 

 理央が文字を打つ。

 

「じゃあ澪さんのところは、仕入れを……」

 

 そこで指が止まった。

 

 理央は澪を見て、少しだけ眉を上げる。

 

「あ。そこは会社の秘密でしたね」

 

「……はい」

 

「じゃあ別の質問」

 

 理央は本当に、そのまま画面を切り替えた。

 

「主人公が旅先で仕入れる時、荷物の量って先に考えます?」

 

 澪は一拍遅れて答えた。

 

「考えますよ」

 

 前に言いにくそうにしたことを、理央は覚えていた。

 

 知りたくなくなったわけではないはずだ。今の止まり方を見る限り、むしろ聞きたかったのだと思う。

 

 それでも、自分からやめた。

 

 澪はカップへ指を掛け直した。

 

「荷物の量だけじゃなくて、持って帰る方法も考えます」

 

「そこまで?」

 

「売れ残った時もです」

 

「持ち帰るんだ」

 

「捨てられない物なら」

 

「じゃあ主人公、帰りの分まで荷車空けといた方がいい?」

 

「その方が困らないですね。あと、全部売れる前提で帰りの予定を組まない方が」

 

 言いながら、澪は少しだけ自分でも可笑しくなった。

 

 さっきより話している。

 

 理央が聞かなかった部分があったせいで、逆にこちらから話せる部分を増やしている。

 

 自分でも分かりやすい。

 

「澪さん」

 

「はい」

 

「楽しそうです」

 

「商売の話をしてるだけですよ」

 

「この前もそれ言ってました」

 

「そうでしたっけ」

 

「言ってました」

 

 覚えている。

 

 しかも、そういうところばかりよく覚えている。

 

 その後も話は続いたが、途中で理央が最近読んだWeb小説の話を始め、澪も更新された作品を思い出した。

 

「あれ、最新話読みました?」

 

「読みました。あの倉庫のところ」

 

「ですよね。絶対あそこ後で使いますよね」

 

「私は店主の方が気になります」

 

「分かります。あの人、たぶん――」

 

 そこからしばらく、商人主人公は完全に置き去りになった。

 

 理央が突然スマホを見て、「あ」と声を出す。

 

「どうしました?」

 

「取材」

 

 澪も卓上の画面を見る。

 

 さっきの商売相談は、荷車の話へ入る手前で止まったままだった。

 

「……かなり脱線しましたね」

 

「澪さんも普通に話してましたよ」

 

「理央ちゃんが始めたんじゃないですか」

 

「止めなかったですよね」

 

 それはそうだった。

 

 澪は反論を探したが、見つからなかった。

 

「続き、やります?」

 

「やります」

 

 理央が真面目な顔で画面を戻す。

 

「荷車の空きから」

 

「そこからなんですね」

 

 今度は澪の方が笑った。

 

 

 

 

 

 

 その夜、理央の本は町の異変の中心へ近づいていた。

 

 ここ十数日で忘れられた人々を主人公と少女が調べても、年齢や職業、家族構成に共通点は見つからない。独り暮らしの老人が対象になった翌日に、家族と暮らす若者が忘れられることもあり、人そのものを選んでいるようには見えなかった。

 

 しかも、忘れられた者の家も持ち物も、それまで書いた文字さえ消えてはいない。そこに暮らしていた痕跡が残っているのに、その人物を知っていたはずの人々からだけ記憶が抜け落ちている。

 

 主人公と少女は、対象になった者の住んでいた家を町の地図へ落としていく。

 

 澪は頁をめくりながら、並んだ印が少しずつ町の外へ動いていることに気づいた。

 

 始まりは中央付近。

 

 そこには古い鐘楼がある。

 

 しかも司祭が毎晩そこへ入り、町長も何かを知っているらしい。

 

「これは司祭ですね」

 

 澪が言うより先に、鑑定欄が動いた。

 

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【原因推測】鐘楼と司祭について【暫定】

 031:鎮守

  司祭が怪しい。

 032:燭台

  可能性あり。

 033:鎮守

  珍しく認めたな。

 034:燭台

  確定とは述べていない。

 035:鎮守

  では町長か。

 036:燭台

  判断材料不足。

 037:鎮守

  結局何も決めぬのか。

 038:燭台

  情報不足での断定は非推奨。

 039:澪

  読書ですよね、これ。

 040:燭台

  読書中。

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「それは分かってます」

 

 シロガネの尻尾が畳を一度叩いた。

 

『司祭であろう』

 

「鎮守もかなり決めてません?」

 

『怪しい者は怪しい』

 

 それは推理なのか印象なのか。

 

 澪は口に出さず、続きを読む。

 

 鐘楼は原因ではなかった。

 

 司祭が夜ごとそこへ入っていたのは、町を守る古い結界の状態を確かめるためだった。

 

 山では今も周期的に危険な灰霧が発生する。

 

 昔、この町で暮らす人々は灰霧を外へ逸らす結界を作り、それによって山の麓へ住み続けてきた。

 

 ところが長い年月で結界が弱り、足りなくなった力を別のものから補い始める。

 

 その代わりに失われていたのが、人が他人について持っている記憶だった。

 

 異変が最近になって始まり、町の中心から外へ順に広がっているのも、古い結界の構造によるものだった。

 

 澪は思わず鐘楼の挿絵へ戻った。

 

 完全に疑った。

 

 どう見ても疑わせる置き方だった。

 

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【情報更新】異変の原因について【結界】

 051:鎮守

  司祭ではなかった。

 052:燭台

  旧推測を棄却。

 053:鎮守

  早いな。

 054:燭台

  新情報と矛盾する推測の維持は不要。

 055:鎮守

  負けを認めたくないだけではないのか。

 056:燭台

  その評価は不適切。

 057:澪

  鎮守も外れてますよ。

 058:鎮守

  今は燭台の話をしておる。

 059:燭台

  論点変更を確認。

 060:鎮守

  今はよい。

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「神様でもそこはやるんですね」

 

『何をだ』

 

「いえ」

 

 人間とあまり変わらないところ、と言ったら長くなりそうだった。

 

 物語の中では、もっと重い問題が始まっていた。

 

 結界を維持している限り、灰霧は町へ入らない。しかし夜が来るたび誰かが忘れられ、続けていけば、やがて親子も夫婦も友人も、手帳を開かなければ互いが誰なのか分からなくなる。

 

 反対に結界を止めれば、これ以上記憶を奪われることはないが、山から流れる灰霧によって町には住めなくなる。

 

 しかも、すでに失った記憶が戻る保証はない。

 

 澪の指が頁の端で止まった。

 

 家を取るか、人を取るかと一言で分けられる話でもなかった。

 

 町を捨てれば住む場所だけでなく、店も仕事も畑も失う。全員を移すなら、年寄りも子どもも一緒に動かなければならない。

 

 だからといって残れば、明日の朝には隣にいる相手が誰なのか分からなくなるかもしれない。

 

 鑑定欄では、先に結論が割れていた。

 

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【選択検討】結界維持について【町か記憶か】

 061:燭台

  結界維持を推奨。

 062:鎮守

  反対。

 063:燭台

  停止時の危険が大きい。

 064:鎮守

  維持すれば家族まで忘れる。

 065:燭台

  手帳による補完あり。

 066:鎮守

  名前を知ることと、覚えていることは別だ。

 067:燭台

  ……。

 068:鎮守

  町は移れる。

 069:燭台

  記憶の回復は未確認。

 070:鎮守

  ならば。

 071:燭台

  推奨を変更。

 072:燭台

  避難後、結界停止が妥当。

 073:鎮守

  最初からそう言えばよい。

 074:燭台

  情報更新後の判断。

 075:澪

  普通に討論してますね。

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 返事はなかった。

 

 普通に討論している自覚はあるらしい。

 

 物語では、主人公たちが真相を町の人々へ知らせる。

 

 当然、全員がすぐに町を出ることへ賛成したわけではない。先祖から受け継いだ家や長く続けた店を捨てたくない者もいれば、ここ以外では生きられないと言い張る老人もいた。

 

 それでも住民は、次の灰霧が来るまでの時間を使い、影響の届かない場所へ移ることを選ぶ。

 

 最後まで町へ残った主人公たちは結界を止め、動かなくなったことを見届けると、自分たちもすぐ町を離れた。

 

 やがて山から灰霧が流れ込む。

 

 人の消えた道や閉ざされた店、鐘楼や宿屋までが灰色の霧へ沈んでいき、町はその姿を残したまま、誰も帰れない場所になった。

 

 失われた記憶も戻らない。

 

 少女は新しい土地へ向かう馬車の中で、あの手帳を開く。

 

 そこには父や母、弟について自分が書き残した言葉が並んでいる。その中には、もう顔を見ても思い出せない相手までいた。

 

 それでも最後には、自分の字で「覚えていなくても信用すること」と残されている。

 

 主人公が少女へ聞いた。

 

「俺のことも書いてある?」

 

 少女が手帳をめくる。

 

「あるよ」

 

「なんて?」

 

「忘れたら、もう一度友達になればいい人」

 

 そこで本は終わっていた。

 

 澪は次の頁へ指を掛けようとして、裏表紙に触れた。

 

「……終わり?」

 

 シロガネが顔を上げる。

 

『終わったな』

 

「分かってますけど」

 

 あと一頁くらいあるような気がしていた。

 

 澪は本を閉じず、最後の頁をもう一度見た。

 

 数日前なら、少女の最後の言葉をそのまま物語の締めとして読んでいただろう。

 

 今はRightInの一覧に理央の名前があるせいか、少しだけ引っ掛かる。

 

 そこまで考えたところで、澪は本を閉じた。

 

 無理に自分たちへ重ねる必要はない。

 

 理央の小説が、普通に面白かった。

 

 そのことの方が、ずっと嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 ロター・クレーマーの商会では、最後の荷を積んだ馬車が出ていったところだった。

 

 店先から御者の声が遠ざかり、戸板を閉める音が続く。

 

 奥部屋の窓からは、王都で長く使われてきた荷車が通り過ぎるのが見えた。

 

 ロターはその音を聞きながら、ザイデルの報告を待った。

 

「マロから返事が来た」

 

「どうだった」

 

「簡単な紙一枚じゃ足りないと言われた」

 

「理由は?」

 

「ハーゲンがやったかもしれないと思わせるだけのものが要るらしい」

 

 ロターは表情を変えなかった。

 

「出来ないとは?」

 

「言ってない」

 

「ならいい」

 

 ザイデルが椅子を引き寄せる。

 

「もう一つある」

 

「何だ」

 

「レンツたちがハーゲンと話した」

 

 ロターの指が止まった。

 

 そちらの方が気になった。

 

「それで」

 

「思っていた話と違うらしい」

 

「何が」

 

「人を雇ってるのはハーゲンじゃない。候補を知っていたら名を出してるだけだと」

 

「それだけか」

 

「侯爵家の事業でもない。新しい運送が始まっても馬車を全部なくす話じゃない、とも」

 

 窓の外で、別の店が戸を閉めた。

 

 木のぶつかる音が響く。

 

「レンツは?」

 

「納得しかけてる」

 

「しかけてる?」

 

「少なくとも、ハーゲンが裏で押入商会とリュシア商会を贔屓してるって話は違うと言ってる」

 

 ロターは椅子へ背を預けた。

 

 レンツだけならいい。

 

 だが、先日の集まりにいた商人たちへ、聞いてみれば話が違った、直接尋ねれば答えが返ってきた、と広められれば困る。

 

「このまま説明されたら、連中は戻るぞ」

 

 ザイデルが言った。

 

 ロターは窓の外へ目を向けた。

 

 馬に引かれた荷車を御者が操り、その荷は倉庫へ入った後、別の車へ積み替えられて次の町へ向かう。ロターたちは、そうして荷が移る途中へ自分たちの商売を差し込み、長く利益を得てきた。

 

 それを守るために人を集めた。

 

 少なくとも最初は、そのつもりだった。

 

「どうする」

 

 ロターは視線を戻した。

 

「進めろ」

 

 ザイデルが口を閉じる。

 

 一拍だけあった。

 

「マロへそう伝える」

 

「ああ」

 

 ザイデルが立ち上がり、扉へ向かった。

 

 ロターは止めなかった。

 

 店の外では、いつもの荷車の音がまだ続いていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、澪が異世界側へ渡ると、ヴァルトは作業机の上へ本を置いていた。

 

 見覚えのある表紙だった。

 

「読み終わりました?」

 

「ええ」

 

 ヴァルトは本の端へ手を添えた。

 

「昨夜、最後まで」

 

「どうでした?」

 

「よく出来ていましたよ」

 

 澪は続きを待った。

 

 ヴァルトもこちらを見る。

 

「……それだけですか?」

 

「いえ」

 

 口元が少し動いた。

 

「澪さんは感想を預かりに来られたのでしたな」

 

「理央ちゃん、かなり欲しがってたので」

 

「そうでした」

 

 ヴァルトは表紙へ目を落とす。

 

「先を読ませる書き方ですな。最初の手帳も、意味が分かってから前へ戻りたくなる」

 

「戻りました?」

 

「戻りました」

 

「私もです」

 

「司祭も疑いました」

 

「私もです」

 

「……あれは疑わせるように書いてありますな」

 

「たぶん」

 

 姪の仕掛けへきれいに引っ掛かったことが少し悔しいのか、ヴァルトの声がいつもより慎重だった。

 

「最後は?」

 

「よかったですよ」

 

 今度は返事が早い。

 

「町を残せばよい、記憶を残せばよい、と簡単には決めさせなかったのもよい。住んでいる者には、家も仕事もありますからな」

 

 澪は頷いた。

 

「理央ちゃんに送っていいですか」

 

「もちろん」

 

「ヴァルトさんの名前は出せませんけど」

 

「そこは結構です」

 

 当然の返事だった。

 

 その当然が、今は少し惜しい気もする。

 

 理央はヴァルトを知らないのに、ヴァルトは理央が姪だと知っている。

 

 昨日、理央は澪が話しにくそうにしただけで質問を止めた。

 

 もし、このことまで知ったらどうするのだろう。

 

 澪はそこまで考えて、先へ進むのをやめた。

 

 まだ早い。

 

「じゃあ、感想だけ預かります」

 

「ええ。出来れば、続きを読みたいとも」

 

「分かりました」

 

「……それも送るのですか」

 

「欲しいって言ってたので」

 

「なるほど」

 

 ヴァルトが少し遠い目をした。

 

 作者へ直接感想が届く距離に、まだ慣れていないらしい。

 

 澪自身も、数日前までは同じだった。

 

 

 

 

 

 

 ゲンダイへ戻り、スマホに通信が戻ってから、澪は六畳間で理央の本をもう一度手に取った。

 

 古い燭台の前にも一冊あり、シロガネはその横で丸くなっている。

 

 鑑定欄を開くと、読了した二柱はまだ終わっていなかった。

 

----------------------------------

【読了評価】理央作品について【総合】

 081:鎮守

  面白かった。

 082:燭台

  同意する。

 083:鎮守

  司祭を疑わせたのも上手い。

 084:燭台

  誘導として有効。

 085:鎮守

  続きはあるのか。

 086:燭台

  続巻を希望。

 087:澪

  結局二人とも気に入ったんですね。

 088:鎮守

  否定せぬ。

 089:燭台

  否定しない。

 090:澪

  そこだけ綺麗に揃うんですね。

----------------------------------

 

「じゃあ送りますよ」

 

 返答の代わりに、シロガネの耳が動いた。

 

 澪はRightInを開いた。

 

『読み終わりました。面白かったです』

 

 送信すると、思っていたより早く既読が付いた。

 

『本当に?』

 

『本当です』

 

『どこがよかったですか』

 

 来た。

 

 感想を欲しがると言っていたが、本当に来た。

 

 澪は少し考えてから、最初に気に入った手帳の使い方と、見事に引っ掛かった司祭のことを書く。

 

『最初の手帳が、後になって意味が分かるところが好きでした。鐘楼の司祭は普通に疑いました』

 

 送ると、すぐ返ってきた。

 

『よかった』

 

『よかった?』

 

『そこは疑ってほしかったので』

 

 やはり罠だった。

 

 ヴァルトにも教えてあげたい。

 

 今すぐは無理だが。

 

『渡した人たちからも好評でした』

 

『感想、聞いてもいいですか?』

 

 澪は本棚の古い燭台から、その下で丸くなっているシロガネへ目を移し、異世界にいるヴァルトを思い浮かべてから自分まで数えた。

 

 指が止まる。

 

『私を入れて、4人分になりました』

 

 送信。

 

 少し間が空いた。

 

『4人?』

 

 さらに数秒して、もう一つ届く。

 

『本、3冊でしたよね?』

 

 そこを覚えていた。

 

『一冊、二人で読んでて……』

 

『回し読み?』

 

 澪はシロガネを見る。

 

 シロガネもこちらを見る。

 

 燭台がどう読んでいるのかは、やはり分からない。

 

『……そんな感じです』

 

 嘘ではない。

 

 たぶん。

 

『4人分、聞きたいです』

 

「全部ですか」

 

 思わず声が出た。

 

 鑑定欄がすぐ動いた。

 

----------------------------------

【感想伝達】作者への送信について【希望】

 091:燭台

  感想伝達を希望。

 092:鎮守

  我のも送れ。

 093:澪

  そのままは無理です。

 094:燭台

  理由を要求。

 095:澪

  神様二人の討論をそのまま送れないからです。

 096:鎮守

  では人間らしく直せ。

 097:燭台

  翻訳を推奨。

 098:澪

  私がやるんですか。

 099:燭台

  肯定。

 100:鎮守

  頼んだぞ。

----------------------------------

 

「読者なのに要求が多くないですか?」

 

 シロガネは答えず、前足へ顎を乗せた。

 

 言うだけ言って任せるらしい。

 

 澪はスマホへ戻った。

 

 自分の感想には、少女の手帳が後で効いてくるところと、町を残すか記憶を守るかで簡単に答えが出なかったところ、それに最後の一文が好きだったことを書く。そこへヴァルトから預かった「先を読ませる作りがよかった」という言葉も加えた。

 

 残る2柱については、そのまま写すわけにはいかない。

 

 司祭を疑った直後に推測を棄却し、片方が相手の論点変更まで指摘していた、などと送れば、感想というより何かの会議に見える。

 

 澪は文章を作り直した。

 

『一緒に読んでいた2人も司祭を疑って、外れたところまで含めて楽しんでました。町を残すか記憶を残すかでは意見が分かれて、途中で片方が考えを変えてました』

 

 送る前に読み返す。

 

 これなら人間に見える。

 

 たぶん。

 

『2人とも続きが読みたいそうです。もう1人は「先を読ませる作りがよかった」って言ってました』

 

 送信した。

 

 既読が付く。

 

 今度は返事まで少し時間があった。

 

『そこまで読んでくれたんですか』

 

 続いて、

 

『嬉しい』

 

 澪の口元が緩んだ。

 

 理央が感想を欲しがっていたのは知っている。それでも、実際に喜んでいる文字を見ると、わざわざ4人分まとめた甲斐があった気がする。

 

 次の通知が来た。

 

『その人たちにも、いつか会ってみたいです』

 

 澪の指が止まった。

 

 本棚には古い燭台があり、その下ではシロガネが丸くなっている。異世界側にはヴァルトがいる。

 

 理央から見れば、澪の周囲に読書好きが3人いるだけだろう。

 

 実際には、そのうち2人が神様で、残る一人は異世界で大魔術師をしている前世の伯父である。

 

 会わせる難易度が急に高い。

 

 澪は文字を打った。

 

『そのうち』

 

 送ってから、自分で画面を見た。

 

 断っていない。

 

 以前なら、説明出来ない相手が混ざっている時点で「難しいです」と返していたと思う。

 

 理央から返事が来た。

 

『楽しみにしてます』

 

 それだけだった。

 

 なぜ今は会えないのかも、その3人が誰でどこにいるのかも、理央は尋ねてこなかった。

 

 昼間もそうだった。

 

 仕入れ先へ近づいたところで、自分から質問を止めた。

 

 今も同じだった。

 

 澪は返信欄を開いたまま、しばらく指を動かさなかった。

 

 シロガネが起き上がり、理央の本へ前足を乗せる。

 

「汚さないでくださいね」

 

『汚さぬ』

 

「それ、理央ちゃんの本ですから」

 

『知っておる』

 

 澪はスマホへ目を戻した。

 

 画面には、自分が送った『そのうち』が残っている。

 

 消すことは出来ないし、消したいとも思わなかった。

 

 会わせられない理由を考えるより先に、

 

 理央ちゃんなら。

 

 そんな考えが自分の中に浮かんでいた。

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