レンツが帰ったあとも、グスタフはしばらく人を呼ばなかった。
ギルド長室の窓には、もう夕方の光がほとんど残っていない。扉の向こうでは受付の声が続き、紙をめくる音に混じって、時折椅子を引く音や荷主を呼び止める声が聞こえてくる。
机の隅には、レンツが置いていった文書が折られないまま残っていた。
グスタフはもう一度それを手に取った。
人材を紹介したという部分は事実だった。そこから先へ指を滑らせると、見返りとして金を受け取ったという話へ変わる。
全部を作ったわけではない。
本当にあった話の途中へ、別の話を差し込んでいる。
「なるほどの」
紙を机へ戻し、呼び鈴へ手を伸ばした。
ほどなくして入ってきたのは、長くギルドで使っている男たちだった。表で商談をまとめる者ではない。商人の出入りや妙な噂があれば、その裏を静かに確かめてくる連中だ。
最初に文書へ目を落とした男が聞く。
「すぐ出所を押さえますか」
「いや」
グスタフは首を振った。
「まず、どこを通ったか見よ」
「作った者ではなく?」
「作った者へ急げば逃げる」
受付から笑い声が上がった。何かの値段がまとまったらしい。
グスタフはそちらへ一度だけ目を向け、それから文書へ戻した。
「こちらが慌ててやる必要はない」
男たちは黙って続きを待った。
「レンツへ持ち込んだ者がおる。その者へ見せた者もおる。まずはそこまでじゃ。問い詰めるな。いつもの取引と出入りを見ればよい」
「噂の方は?」
「どこまで広がったかだけ知りたい」
「否定は出さないので?」
グスタフは鼻から短く息を抜いた。
「知らぬ者へまで、わざわざ教えてどうする」
男がわずかに口元を緩めた。
グスタフは文書を指先で押さえる。
紙になったことで、ようやく形が出来た。
誰かが作った。誰かが運んだ。誰かが最初に見せた。
噂だけなら掴めなかったものが、今度は人の手を渡っている。
「これを見た者を、分かるところから拾ってくれ」
「承知しました」
男たちが出ていく。
扉が閉まると、また受付の声だけが残った。
グスタフは文書を机の端へ戻した。
今日も商人は来る。荷は動く。契約も決まる。
紙一枚で、それを止めてやる理由はなかった。
「今日は、作る前にちょっと調べません?」
次のアルバイトの日、理央が宝石ケースへ伸ばしかけた手を止めた。
六畳間には冬の日が差し、ミニテーブルの片側に彫金道具、もう片側に前回使った宝石のケースが置かれている。
修に選んでもらった工具の横には、最初に曲げ損ねた銀線も残してあった。
「今日は作らないんですか?」
「作ります」
澪はノートパソコンをミニテーブルの中央へ置いた。
「でも、その前に」
宝石ケースへ目をやる。
「これ売るのに、私たち知らなすぎません?」
理央も同じ方を見た。
ケースの中には、名前を聞けば分かる石がいくつも入っている。
「……確かに」
「作れるのと説明出来るの、別ですよね」
「小説と同じですね」
「原稿も?」
「書けるのと、人に説明出来るのは別です」
理央はそう言って、曲げ損ねた銀線を指先で持ち上げた。
「これも、何でこうなったか説明しろって言われたら、ちょっと困る」
「そこからですね」
澪は検索画面を開いた。
最初に調べたのは、前回使ったアメジストだった。
画面に出てきた写真と実物を並べる。
「石英なんですね」
理央が実物を光へかざした。
「紫水晶ですからね」
「名前では分かってたけど、こうやって出るとちゃんと同じなんだ」
今度はガーネットを出す。
その隣にアクアマリンを置き、少し遅れてエメラルドも並べた。
理央の指が画面を動かしていたが、緑柱石の説明に入ったところで止まった。
澪はしばらく待った。
「理央ちゃん?」
返事はすぐには来なかった。
「……エメラルドとアクアマリン、同じなんですね」
「緑柱石」
「全然違って見えるのに」
理央は2つを近づけた。
緑と淡い青。
名前だけなら別の種類にしか見えない。
「これ、実物ないとたぶん覚えにくいです」
「普通は勉強する時に、こんなに並べないと思います」
「ですよね」
今度はトルマリンを出す。
理央は色違いを見比べながら、画面の説明と行ったり来たりした。
ムーンストーンでは光の出方を確かめ、ラブラドライトでは角度を変えるたびに青い光が浮くところを探す。
ジルコンを手に取った時には、以前澪が身につけていた石を思い出したらしい。
「最初に見たの、これでした」
「そうでしたね」
「裏側ばっかり見てましたけど」
「見てましたね」
「そこ覚えてるんですか」
「かなり見られたので」
理央が少し笑った。
その横で、古い燭台は何も変わらず置かれている。シロガネも本棚の近くで丸くなっていた。
理央にとっては、いつもの六畳間の景色だった。
澪はルビーとサファイアのケースを並べた。
「これが同じっていうのが、一番変な感じします」
理央が赤と青を交互に見る。
画面には鋼玉と出ている。
「名前だけだったら絶対分けますよね」
「色が違いますからね」
「同じ鋼玉……」
理央はもう一度画面へ目を戻した。
スクロールしかけた指が、また止まった。
今度は声を掛けずに待ってみる。
数秒してから、理央が別の項目を開いた。
「硬さも見た方がよさそうです」
「アクセサリーにするなら必要ですね」
「毎日使えるかとか」
「そういうの、鑑……」
澪は途中で止めた。
「……石の名前だけ知ってても分かりませんしね」
「はい」
危なかった。
理央は気づかず、サファイアをケースへ戻している。
澪は画面へ目を向け直した。
知っている石でも、商品にするなら知らないことの方が多かった。
翌朝、商業ギルドが混み始める少し前に、昨日の男が戻ってきた。
「いくつか挟んでいます」
グスタフは朝の書類から顔を上げた。
「どこまで見えた」
「レンツへ持ち込んだ商人。その者へ見せた男。その先は、普段この辺りへ出入りしている者ではありません」
「ふむ」
「さらに追いますか」
「追え。だが、それだけでは待ちになるの」
グスタフは筆を置いた。
文書だけでは、大きく騒げなかった。
自分が否定し、レンツのような商人が本人へ聞きに来れば、それで足を止める者も出る。
なら次に欲しがるものは何か。
「次は証人が欲しくなる」
「証人?」
「紙だけでは足りんと、向こうも分かっておるはずじゃ」
男が少し考えた。
「実際に見た者、聞いた者ですか」
「そうじゃ」
グスタフは背もたれへ少し体を預けた。
「なら、こちらから置いてやればよい」
男が今度こそ顔を上げた。
「餌を?」
「一つでは足りん」
グスタフは指を3本立てた。
「別々の筋へ、違う話を置け」
一つには、人材紹介の際に使った古い名簿を見た者がいるという話。
もう一つには、金の話を否定出来る者が王都の外にいるという話。
そして最後は、当時の紹介事情を知る人物が今はヴァルディス侯爵領にいるという話だった。
「どれも、わしが言ったことにはするな」
「噂程度で?」
「弱くてよい。必要な者だけが拾えばよい」
「どれが戻るかを見るわけですか」
「そういうことじゃ」
男は頷いた。
「侯爵領の話は?」
「念のため先へ話を通す。来るかどうかは向こうに決めてもらおう」
グスタフは新しい紙を一枚引き寄せた。
誰が相手かはまだ決めない。
名前を決めてしまえば、見たいものしか見なくなる。
今は、どの餌へ手が伸びるかだけでよかった。
「資格あります」
理央の手が止まった。
さっきまで宝石の硬さを調べていたはずなのに、いつの間にか別のページへ移っている。
澪が横から画面を覗く。
「ジュエリーの?」
「ジュエリーコーディネーター」
理央は画面を読んだまま動かない。
「3級なら受けられそうです」
「取ります?」
理央がようやく顔を上げた。
「澪さんも」
「私も?」
「部門やるんですよね」
言われて、澪はミニテーブルの上を見た。
宝石ケースに、銀線に、彫金道具。
どう見ても理央一人の話ではない。
「……やります」
「じゃあ一緒ですね」
理央が試験案内を開く。
「3月3日」
「近いですね」
澪も画面へ顔を寄せた。
「申し込みは?」
理央が少し下へ動かす。
また指が止まった。
「1月12日まで」
「……終わってますね」
「終わってます」
2人で画面を見る。
少し間が空いた。
「じゃあ次ですね」
「ですね」
理央はあっさり次の項目へ移った。
「テキストあります」
「そっちは買いましょうか」
「試験受ける前でも?」
「どうせ勉強するんですから」
「それもそうですね」
資格を取るために始めるわけではない。
目の前にある石を売るために調べていたら、ちょうど道筋が見つかっただけだった。
理央は公式テキストの案内を開いたまま、もう一度ルビーとサファイアを並べた。
「同じ鋼玉」
「はい」
次にエメラルドとアクアマリン。
「こっちは緑柱石」
「はい」
アメジストを指先で転がす。
「石英」
「これは覚えやすいですね」
「実物あるから」
澪はケースの中を見る。
普通なら写真や図を見ながら覚えるところを、ここでは分からなくなればケースの蓋を開ければいい。
理央はトルマリンへ手を伸ばし、画面を読み始めた。
すぐに周りの音が耳へ入らなくなったらしい。
外を走った車の音にも気づかない。
「理央ちゃん」
「……はい?」
一拍遅れて顔が上がる。
「そろそろ一回休みません?」
「もうそんな時間?」
澪が時計を見せる。
「結構経ってます」
「全然気づかなかった」
「そうだと思いました」
理央は名残惜しそうに画面を閉じかけ、もう一度だけトルマリンの写真を見た。
「ヴァルディス侯爵領に、当時を知る男がいるらしい」
ザイデルが持ち込んだ話に、ロターはすぐには返事をしなかった。
偽文書を流してから数日が経っている。
期待していた騒ぎは起きていない。
グスタフは毎日ギルドへ出ている。レンツのように本人へ確認し、その答えを周りへ話す商人まで出てきた。
「確かか」
「確かめるために行かせる」
部屋の隅で話を聞いていたマロが、初めて口を開いた。
「出来すぎている」
ザイデルが振り返る。
「だから確認するんだ」
「確認で済めばな」
「何が言いたい」
マロは卓に置かれた酒へも手を出さなかった。
「紙を流したあとで、都合よく証人の話が出た」
「証人とは決まっていない」
「なら、なおさら急ぐ必要はない」
ザイデルの顔が険しくなる。
「待っている間に、ハーゲンの説明が広がっている」
「だから焦って王都の外まで行くのか」
「話を聞くだけだ」
マロは返事をしなかった。
ロターが割って入る。
「行かせよう」
マロの目だけが動いた。
「今ここで止まれば、何のために紙を出したのか分からん。事情を知る者がいるなら、聞く価値はある」
「金は?」
マロが聞く。
ザイデルが先に答えた。
「必要なら使う」
「何に使う」
「話を聞くためだ」
マロはそれ以上言わなかった。
ただ、卓の上の酒を少し遠ざけた。
「好きにしろ」
翌朝、王都を一人の男が出た。
行き先は東。
ヴァルディス侯爵領だった。
休憩を挟んだあと、理央は前回の銀線を取り上げた。
途中で曲げすぎ、片側が浮いてしまった一本だ。
「もう一回、同じのでやってみたいです」
「アメジストですか?」
「はい」
理央は別の宝石へ手を伸ばさず、アメジストのケースを開いた。
「前、ここで曲げすぎたんですよね」
失敗した線を新しい銀線の横へ置く。
曲がり方の違いが並ぶと分かりやすい。
「今回はその前で一回離して見ましょう」
「父と同じこと言ってる」
「私も修さんに言われましたから」
理央が少し笑い、新しい銀線を取った。
ノートパソコンには、さっき調べていたアメジストのページがまだ開いている。
勉強に使った石と、これから加工する石が同じミニテーブルの上にあった。
理央は前回よりゆっくり線を曲げた。
一度石へ沿わせ、手を離す。
少し離れて見る。
もう一度持つ。
途中で、ぴたりと手が止まった。
「どうしました?」
返事が一拍遅れた。
「……こっちから留めた方がきれいかも」
理央は石の向きを変えた。
「前はこっちを先に決めたから、最後が苦しくなったんですよね」
「やってみます?」
「はい」
澪は手を出さず、横から見た。
理央が自分で線を戻し、角度を変える。
また止まる。
今度は声を掛けずに待った。
数秒してから、理央は少しだけ石を傾けた。
「こっち」
それだけ言って作業を再開する。
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【観察】作業中の理央について【集中】
301:鎮守
また止まったな。
302:燭台
思考中。
303:澪
気になることがあると、まず手が止まるみたいです。
304:鎮守
妙に見覚えのある癖だ。
305:燭台
類似性を確認。
306:澪
誰に似たんでしょうね。
307:燭台
現時点で断定不要。
308:鎮守
そのうち分かるだろう。
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目の前では理央が、さっき失敗した線と新しい線を並べていた。
「ここまで違うんだ」
「前の残しておいてよかったですね」
「はい」
理央は失敗した位置へ指を置いた。
「ここで力入れすぎたんですね」
「今回はそこまで行く前に止まれました」
「一回離して見たから」
「修さんのおかげですね」
「また父」
口ではそう言いながら、理央は少し嬉しそうだった。
2本目の銀線は、前より素直に石を囲んでいった。
正面から見る。
横から見る。
首元に下がった時を想像して、上の輪の向きも確かめる。
澪が手を出したのは、反対側から高さを見る時だけだった。
「こっち、少し高いです」
「ここ?」
「そこです」
理央は直す前に一度手を止める。
前回なら、そのまま工具を当てていたところだ。
「……これ以上動かすと、逆にずれそう」
「私もそう思います」
工具がミニテーブルへ戻った。
前より早かった。
けれど、出来た形は前より揃っていた。
王都から来た男の外套には、まだ旅の埃が残っていた。
ヴァルディス侯爵領の領都へ入ったその日の夕方、男は教えられた店へ向かった。
人目はある。
だからこそ、声を落として話せば目立たない。
奥寄りの席には、先に一人の商人が座っていた。
「王都から来た」
「聞いている」
男は向かいへ座った。
飲み物が届くのを待ってから、本題へ入る。
「ハーゲンが人を回したことは知っているそうだな」
「それなら知っている」
「押入商会とリュシア商会へ?」
「候補の話があったことはな」
王都から来た男の表情が少し緩んだ。
「金の話は?」
「知らない」
すぐに返された。
男は飲み物へ手を伸ばしたが、口をつけなかった。
「本当に?」
「知らないものは知らない」
「昔の話だ。忘れていることもあるだろう」
「あるかもしれん」
商人はそこで初めて男をまっすぐ見た。
「何を聞きたい」
王都から来た男が少し身を乗り出す。
「紹介の前後で、ハーゲンに何か渡ったという話だ」
「見たのか」
「そういう証言が必要なんだ」
商人の眉がわずかに動いた。
「必要?」
男は言い直さなかった。
「思い出してもらえれば礼はする」
「何を思い出せばいい」
声の調子は変わらない。
男は周囲を一度見た。
「候補を回す見返りに、金か品が渡った。そういう話を聞いたことがないか」
「ないな」
「なら、似た話でもいい」
「似た話?」
「ハーゲンが特定の商会を贔屓したと分かればいい」
商人は飲み物へ手を伸ばした。
「考えておこう」
「礼はする」
「分かった」
そこで話は切れた。
王都から来た男は、思ったより悪くない感触だったと受け取ったらしい。
店を出た足取りは、来た時より少し軽かった。
その後ろを、少し間を空けて別の男が店から出た。
捕まえない。
声も掛けない。
王都から来た男がどの宿へ入るのかだけを見る。
さらに別の者が、その宿の出入口を見る。
店に残った商人は、冷めかけた飲み物を一口飲んだ。
「似た話でもいい、か」
小さく呟いて、もう何も言わなかった。
王都から来た男は、自分が誰へ戻るのかをまだ誰にも話していない。
それでよかった。
2個目のアメジストは、夕方の光の中で前回よりまっすぐ下がった。
理央は持ち上げ、正面から見て、横から見た。
「前よりいい」
「私もそう思います」
「ここの高さ、揃いました」
前回のペンダントはもう真壁が商談用に持っていっている。
比べられるのは、残してあった失敗した銀線だけだったが、それでも差は分かった。
理央は満足したようにペンダントを白い布へ戻した。
「これはどうします?」
「これ、理央ちゃん使いません?」
理央の手が止まった。
「もらっていいんですか」
「使ってください」
「でも商品ですよね」
「今回は練習です。それに、作るだけじゃ分からないですから」
澪は試着用に用意したチェーンへペンダントを通した。
「重さとか、揺れ方とか、服に引っ掛からないかとか。実際に使ってみないと分からないです」
「使うところまで仕事?」
「モニターもお願いします」
「アルバイト増えてません?」
「同じ時給で」
「そこは増えないんだ」
理央が笑った。
澪もチェーンを持ったまま笑う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【付与確認】アメジストのペンダントについて【理央用】
321:燭台
成長促進を付与。
322:鎮守
見守りを付与。
323:澪
ちょっと待ってください。
324:燭台
問題なし。
325:澪
これ、理央ちゃんが使う物ですよ。
326:鎮守
だから付けた。
327:澪
見守りって、何をするんです?
328:鎮守
見守る。
329:澪
そのままなんですね。
330:燭台
詳細説明不要。
331:澪
商品全部には付けないでくださいね。
332:燭台
対象限定。
333:鎮守
あの娘だけでよい。
334:澪
……分かりました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
理央はペンダントを見たまま待っている。
古い燭台は何も変わらず、シロガネは本棚の近くで前足を揃えていた。
澪はペンダントへ鑑定を使う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
対象:アメジストのペンダント
材質:銀、アメジスト
状態:良好
加護:成長促進
加護:見守り
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
増えている。
しかも2つ。
澪はペンダントと理央を一度見比べた。
「澪さん?」
「いえ。ちょっと仕上がり見てました」
「何か変でした?」
「大丈夫です」
そこは本当に大丈夫らしい。
少なくとも、2柱はそう言っている。
理央へチェーンを渡す。
「つけてみます?」
「はい」
理央は髪を避け、自分で首へ掛けた。
スマホのカメラを開いて、首元を確かめる。
「この辺なんだ」
「長さどうです?」
「もう少し短くてもいいかも」
「じゃあ、それも覚えておきましょう」
理央は服の襟へ当たる位置を指で直した。
歩いた時を想像するように少し体を動かす。
「思ったより揺れます」
「裏側、引っ掛かりません?」
指を滑らせて確かめる。
「ここ、ほんの少し気になります」
「次、そこ変えましょう」
「作ってる時は分からなかった」
「ですよね」
2人で首元を覗き込む。
画面で調べた知識より、実際に下げた時の方が分かりやすいこともあった。
「そういえば」
理央がスマホを操作した。
「アメジスト、石言葉も出てましたよね」
「ありましたね」
「何でしたっけ」
澪も思い出す。
「誠実とか、心の平和とか」
「心の平和」
理央がペンダントを指でつまんだ。
「締切前に欲しいですね」
「私も欲しいです」
「もう一個作ります?」
「お願いします」
理央はすぐ次のアメジストへ目を向けた。
「今日はもう作りませんよ」
「分かってます」
返事はしたが、視線はケースから戻ってこない。
澪は笑いながらノートパソコンを閉じた。
その横で、理央の首元に下がったアメジストが、残った冬の日を小さく拾っていた。