押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

280 / 346
第280話 定価で買っていただくよ

 

 玄関の扉が閉まると、六畳間から人の気配が一つ抜けた。

 

 ついさっきまで理央が座っていたミニテーブルの向こうには、ジュエリーの本と彫金道具が残っている。暖房の低い作動音が続き、窓の外を走る車の音が遠く聞こえた。

 

 澪は玄関から戻ると、畳へ座る前に閉じた押し入れを見た。

 

 明日は自分が一緒に向こうへ行く。それはもう決めた。

 

 けれど、その前に知らなければならないことがある。

 

「結局、どうして理央ちゃんは向こうへ行けたんですか?」

 

 真壁も押し入れへ顔を向けた。

 

「私もそこは聞いておきたい。理央君自身に、世界間を自由に移動する能力が生じたわけではないのだな」

 

 澪は本棚の古い燭台へ鑑定を向けた。

 

----------------------------------

【越境原因】飯島理央について【前例なし】

 001:燭台

  未発現スキル「共鳴」は主因ではない。

 002:澪

  では、何が原因なんですか?

 003:燭台

  異世界由来神性加護と、ゲンダイ由来神性加護の同一対象上での混在を確認。

 004:真壁

  成長促進と見守りか。

 005:燭台

  肯定。

----------------------------------

 

 澪は表示から目を離し、肩のシロガネを見た。

 

 理央が身につけているアメジストには、燭台の「成長促進」とシロガネの「見守り」が付いている。

 

 昨日までは、同じ人間に違う世界の神様の加護が重なっていること自体を、深く考えていなかった。

 

「それが重なると、押し入れを通れるんですか?」

 

 表示に続きが出た。

 

----------------------------------

【越境原因】飯島理央について【前例なし】

 006:燭台

  それだけでは不十分。

 007:燭台

  境界の先に救助を必要とする対象あり。

 008:燭台

  飯島理央本人が救助を意図し、境界へ接近。

 009:燭台

  複数条件の重複により、一時的な境界開放が発生したと推定。

 010:澪

  推定なんですね。

 011:燭台

  前例なし。

----------------------------------

 

「前例なし……」

 

 その言葉に、澪は余計に困った。

 

 真壁は押し入れを見たまま顎へ指を当てている。

 

「救助を必要とする対象とは、あの子供だろうな」

 

「ですよね」

 

 泣いている声を聞いて、理央は襖を開けた。

 

 子供が走ったから追いかけた。

 

 その結果、異世界へ出てしまった。

 

 そこまで思い返したところで、澪の胸に別の引っ掛かりが生まれた。

 

「待ってください。じゃあ、『見守り』が理央ちゃんを子供のところへ行かせたんですか?」

 

 もしそうなら、昨日ヴァルトが説明した内容とは意味が違ってくる。

 

 理央の選択だと思っていたものまで、実は加護に動かされていたことになる。

 

----------------------------------

【越境原因】飯島理央について【前例なし】

 012:燭台

  意思誘導は未確認。

 013:燭台

  救助の選択、開扉、追跡は飯島理央本人によるもの。

 014:燭台

  加護による強制行動ではない。

----------------------------------

 

 澪は息を吐いた。

 

 肩の上でシロガネの尻尾が動く。

 

『儂も引いてはおらぬぞ』

 

「そこは安心しました」

 

 子供を助けようとしたことまで、理央以外の誰かの意思にはしたくなかった。

 

 ただし、安心出来たのはそこだけだ。

 

 澪は燭台とシロガネを順に見る。

 

「これが起きるって、2人とも知ってたんですか?」

 

『知らなんだ』

 

----------------------------------

【越境原因】飯島理央について【前例なし】

 015:燭台

  予測外。

----------------------------------

 

「神様2人いて、両方予測外……」

 

 澪は額へ手を当てた。

 

 隣では真壁がまだ押し入れを見ている。

 

 真壁は立ち上がって押し入れの前へ寄り、襖と敷居、枠を順に見た。少なくとも見える範囲では、昨日までと違う変化はない。

 

 視線が襖から燭台へ移り、それからシロガネへ向いた。

 

 澪には、その目がもう原因ではなく条件を探しているように見えた。

 

「理央ちゃんでもう一回試すのは駄目ですからね」

 

 真壁が澪を見る。

 

「まだ何も言っていないが」

 

「顔が考えてました」

 

「前例がないなら、条件を知りたくなるのは当然ではないか」

 

「理央ちゃんを実験条件に入れないでください」

 

 真壁は一拍置いてから、押し入れから視線を外した。

 

「よかろう」

 

 その返事を聞いて、澪はようやくミニテーブルの前へ座った。

 

 

 

 燭台の表示が消えると、六畳間には暖房の音が戻ってきた。

 

 澪は理央が使っていたジュエリーの本を閉じ、横に置かれた小さなやすりを指で戻した。

 

 越境の理由は、一応分かった。

 

 理央が自由に世界を行き来出来るようになったわけではない。それだけでも、明日一緒に連れていく時の考え方は変わる。

 

 向かいに座った真壁は、もう次の話を始めた。

 

「原因が分かったのなら、次は理央君の育成計画だな」

 

「待ってください」

 

 澪はほとんど反射で返した。

 

「まず安全行動を覚えてもらう必要がある。加えて、未発現の――」

 

「まずは私が育てます」

 

 自分の声なのに、言ったあとで澪の手が止まった。

 

 真壁も続きを言わなかった。

 

「澪君が?」

 

「はい」

 

 言い直す必要はないと思った。

 

 ミニテーブルには理央が触っていた道具がある。

 

 アメジストを選んで、銀線を曲げて、分からないところを聞きながら一つずつ形にした。

 

 昨日まで、異世界は理央にとって小説の中にしかなかった。

 

「理央ちゃん、まだ17歳です。昨日まで異世界があることすら知らなかったんですよ」

 

「うむ」

 

「いきなり真壁さんの育成計画に入れないでください」

 

「私も、いきなり何かをさせるつもりはないが」

 

 澪は真壁の顔を見た。

 

 何かをさせるつもりはない。

 

 その言葉を真壁が使うと、なぜか数日後には設備か乗り物か新しい訓練が出来ている気がする。

 

「真壁さんの『何かをさせるつもりはない』は、ちょっと信用しにくいんです」

 

「それは心外だな」

 

 本当にそう思っている顔だった。

 

 澪は追及するのをやめ、手元の道具へ目を落とした。

 

「明日は、まず私と一緒に歩きます。押し入れを通る時に勝手に離れないこととか、知らないところへ一人で行かないこととか、困った時に誰に頼ればいいかとか。そういうところからでいいと思うんです」

 

 真壁は口を挟まない。

 

 そのため、澪はもう少し続けた。

 

「理央ちゃんは彫金なら知ってます。アクセサリーからなら、商売の話もつなげやすいですし。最初から知らないことばかり覚えさせるより、自分が分かるものから始めた方がいいです」

 

 話しているうちに、さっきまでとは違う感覚が胸の内に残った。

 

 真壁を止めるためだけなら、ここまで言う必要はなかった。

 

 自分も最初は何も知らなかった。

 

 市場で客の顔より商品の方ばかり見て、リュシアに何度も先回りされた。値段を考える前に、誰が買うのかを見ろと教えられた。

 

 真壁には、考えるだけで止まらず、一つずつ動かすことを教わった。

 

 異世界の常識は、司祭様や職人や商人から、その都度聞いた。

 

 そうやって受け取ってきたものなら、自分から理央へ渡せるものもある。

 

「だから、最初は私にやらせてください」

 

 真壁は澪の顔をしばらく見たあと、短く答えた。

 

「分かった。では澪君に任せよう」

 

「……本当に任せてくれるんですか?」

 

「適任者に任せるのは当然だろう」

 

 あまりにも素直に引いたので、澪の方が警戒してしまった。

 

 真壁の視線が、ミニテーブルの彫金道具へ落ちる。

 

「そういえば、リュシア君が澪君の商人の先生だったな」

 

「先生って言うと、本人は嫌がると思いますけど」

 

「だが、教わったのだろう?」

 

「それは……かなり」

 

 否定出来なかった。

 

 澪が異世界で商売を続けられている理由を一つずつ拾えば、その中にはかなりの割合でリュシアがいる。

 

 真壁は立ち上がり、コートへ手を伸ばした。

 

「では、久しぶりにリュシア君のところで一杯やってから戻るとしよう」

 

 澪は顔を上げた。

 

「話、つながってます?」

 

「つながっているとも」

 

 真壁はもうコートを着ている。

 

 澪には、自分が理央を教える話から、どうして真壁が酒を飲みに行くところまでつながったのかだけは分からなかった。

 

 

 

 夜の共同商館地下1階は、昼とは客の座り方が違っていた。

 

 仕事を終えた職人たちが厚い上着を椅子の背へ掛け、商人らしい男たちは料理より酒杯を長く手にしている。店の奥から焼いた肉の匂いが流れ、煮込み鍋の蓋が開くたび、湯気が電気照明の下へ白く広がった。

 

 昼間なら人の出入りが絶えない卓の一つで、リュシアは夕食を前に手紙を読んでいた。

 

 皿の横に置かれた封書は王都から届いたものだ。

 

 送り主はグスタフ。

 

 リュシアは途中まで読むと酒を一口飲み、もう一度少し前へ戻った。

 

 同じところを3度読んだあたりで、眉間へ指を当てる。

 

「……こういうのは真壁さんだよねぇ」

 

 書かれている意味は分かる。

 

 けれど、普通の商売の相談ではない。

 

 本当の出来事を並べ、その間へ偽の因果を差し込み、最後の答えだけを相手自身に出させるつもりらしい。

 

 リュシアが手紙を卓へ置いた時、階段から聞き慣れた声が降りてきた。

 

「リュシア君」

 

 顔を上げる。

 

「あれ、真壁さん」

 

 真壁は書類も荷物も持っていない。

 

 仕事の相談に来た顔でもなかった。

 

「一杯付き合わないかね」

 

「……あ」

 

「何かな」

 

 リュシアは真壁を見る。

 

 卓の手紙を見る。

 

 もう一度、真壁を見る。

 

「いや。ちょうどいいところに来たなぁって」

 

「そうかね」

 

「すごく、ちょうどいい」

 

 真壁は何も疑わず向かいへ座った。

 

 注文した酒が来る前に、リュシアはグスタフの手紙を差し出した。

 

「これ、王都から」

 

 真壁が受け取る。

 

「グスタフ殿か」

 

「読んでみてよ」

 

 酒を飲みに来た男の手に、王都の商業ギルド長から届いた手紙が収まった。

 

 

 

 真壁は手紙の最初の部分へ目を通し、紙の端を指で押さえた。

 

「3つ目を拾ったか」

 

「やっぱりそこ?」

 

 リュシアは身を乗り出した。

 

 王都で撒かれた話のうち、相手が食いついたのは、昔の紹介事情を知る人物が今はヴァルディス侯爵領にいる、というものだった。

 

 その人物を探すため、調査役が王都から来る。

 

「そこまでは分かるんだよ」

 

 リュシアは手紙の少し下を指した。

 

「問題はこっち」

 

 真壁の目が追う。

 

「今は木材採取の専門家を名乗る人物として接触させる、か」

 

「名乗る、なんだよね」

 

「うむ」

 

「本当に木を切って暮らしてる人じゃないの?」

 

「少なくとも、そうとは書いていない」

 

 リュシアは嫌そうな顔をした。

 

 ただし、まったく山を知らない人間を出すわけでもないらしい。

 

 木の傷み方や材の良し悪しを聞かれても、すぐには化けの皮が剥がれない程度には話を仕込む、とある。

 

「まず昔の紹介の話をさせるんだね」

 

「そこで信用させる」

 

「それから『今は何をしてる』って聞かせる」

 

「聞けば、木材採取だと答える」

 

 流れだけなら自然だった。

 

 過去の話を聞きに来た相手へ、現在の仕事を尋ねる。

 

 そこから山の話へ移る。

 

 リュシアは手紙を真壁の手元から少し引き寄せ、続きを読んだ。

 

「一昨年の寒波で、ヴァルディスの山の木がかなり傷んだ……」

 

 寒波があったこと自体は嘘ではない。

 

「傷んだ木や枯れた木が増えて、使える材が減った」

 

 そこから先は違う。

 

 リュシアの指が下へ進む。

 

「山が弱ったから水を抱えられなくなって、去年の水害が増えた。それに黒鎖が法の外で勝手に伐採してたのが後から分かった」

 

 真壁は黙って聞いている。

 

「それで侯爵家が森林を守るために伐採制限を掛けた。今年は切る量が減る。領内の工房へ先に回せば、王都へ出る良い材はもっと減る……」

 

 そこまで読んで、リュシアは手紙から顔を上げた。

 

「ほとんど嘘じゃないかい?」

 

「材料は本物だ」

 

「材料だけだよ」

 

 寒波も水害も実際にあり、黒鎖も実在したため、調査役が個別に調べればそれぞれの事実には辿り着く。

 

 けれど、その3つがヴァルディス侯爵領の森林を壊滅させたわけではない。黒鎖が大量に木を盗み続けていた事実も、今回書かれている伐採制限もない。

 

 リュシアは目の前の木製卓を指先で叩いた。

 

「山のことを知ってる人が聞いたら、変じゃない?」

 

「だから、細部まで嘘にはしないのだろう」

 

 真壁が酒杯を受け取りながら答えた。

 

「木を扱う者らしい話をさせて、相手が自分で先を考える程度でよい」

 

「全部信じさせる必要はない?」

 

「疑う材料より、信じる材料を多くしておけばな」

 

 リュシアは手紙を睨んだ。

 

 その言い方の方が嫌だった。

 

 真壁はもう一度紙面を上から下まで読み、途中で指を止めた。

 

 口元がほんの少し動く。

 

「グスタフ殿らしいな」

 

「何が?」

 

 真壁は該当する部分をリュシアへ向けた。

 

「買えとは一言も書いていない」

 

 リュシアは手紙へ顔を近づけた。

 

 確かに、どこにもなかった。

 

 

 

 リュシアは酒杯へ手を伸ばしたまま、紙面をもう一度追った。

 

 材木が値上がりするとも書いていない。

 

 今のうちに買っておけとも書いていない。

 

 それでも、聞いた側が何を考えるかは分かる。

 

「今年、ヴァルディスから王都へ出る材が減る」

 

「そう判断するだろうな」

 

「だったら、減る前に買う」

 

「うむ」

 

 リュシアの指が杯から離れた。

 

「でも、それだけで大損するほど買うかい?」

 

 真壁は酒を一口飲んだ。

 

「最初から大量に買う必要はない」

 

 リュシアは眉を寄せる。

 

「どういうこと?」

 

「先に動いた者が良材を押さえる。それを見た別の者も動く。まとまった買いが入れば、売る側は値を上げるだろう」

 

「ああ」

 

 そこは商人としてすぐ分かった。

 

 棚から安い材が減っていくうえ、次の入荷も細るという噂が立っているなら、売る側にも同じ値段を守り続ける理由はない。

 

「それで値段が上がる」

 

「自分たちの買いでもな」

 

 リュシアの手が止まった。

 

 少し考えてから、顔がゆっくり険しくなる。

 

「……自分たちで値段を上げて、その値段を見て情報が本当だと思う?」

 

「そうなる可能性は高い」

 

「他にも知ってる商人がいるって考えて」

 

「さらに買う」

 

「嫌な罠だなぁ」

 

 思わず漏れた。

 

 真壁は杯を置いた。

 

「噂だけでどこまで資金を入れるかは、彼ら自身が決めることだ」

 

「グスタフさんは値段を上げない」

 

「上げる必要がない」

 

「こっちも買わない」

 

「普通に商売をすればよい」

 

 リュシアは背もたれへ身体を預けた。

 

 ようやく全体が見えた。

 

 反グスタフ派が材木を抱え込んでも、ヴァルディス侯爵領では何も起きない。

 

 存在しない伐採制限のために出荷が止まることもなく、通常の材木が市場へ流れ続ける。

 

 買い続ける者がいなくなれば、高値を支える力もなくなる。

 

「高いところで買った材木だけ残るんだね」

 

「売れば損になる」

 

「持ってても、金が材木のまま動かない」

 

「そういうことだ」

 

 リュシアは手紙を畳み始めた。

 

 自分たちが大掛かりな芝居を続ける必要がないと分かれば、話は思っていたより簡単だった。

 

「だったら、こっちは普通に材木を出してればいいんだね」

 

 真壁から返事がない。

 

 リュシアは畳みかけた手紙から顔を上げた。

 

 真壁の視線は、手紙ではなく木製卓の天板へ向いていた。

 

 その指が木目に沿って一度動く。

 

 リュシアは手紙を畳むのをやめた。

 

 

 

「それなら、もう少し確実に出来るな」

 

 リュシアの嫌な予感は、だいたい当たった。

 

「……何を?」

 

 真壁は卓から顔を上げた。

 

「収納に、植物繊維と炭素質素材が1,508t残っている」

 

「……何で?」

 

「以前回収した資源だ」

 

「いや、そうじゃないよ。何でそんな量を普通に持ってるんだい?」

 

 真壁はその疑問を処理しなかった。

 

 代わりに視線を止め、収納内の一部へ意識を向ける。

 

「すべてが使えるとは限らん。だが、木質系の成分と利用出来る繊維を選べれば、ゲンダイの木質材料を参考に再構成出来る可能性がある」

 

「木にするの?」

 

「天然木そのものではない。人工木材だな」

 

 リュシアは目の前の卓を見た。

 

 次に真壁を見る。

 

「板になるのかい?」

 

「まず、それを試す」

 

 真壁はすでに収納内の原料から、ごく少量だけを試作分として別へ分け始めていた。

 

 1,508tへ手を付けるのではない。

 

 最初に使う量だけを切り離し、状態の違う原料は混ぜない。

 

 リュシアはその様子に気づいて顔をしかめた。

 

「もう始めてるじゃないか」

 

「試す分を分けただけだ」

 

「それを始めたって言うんだよ」

 

 真壁は気にせず続ける。

 

「まず板材だ。木として削れるか、切れるか、金具を入れられるかを職人に見てもらう」

 

「待ちなよ。形が板になったからって、売れるわけじゃないよ」

 

「うむ」

 

「反ったら困る。使ってるうちに割れても困る。同じものを次も出せるのかも分からない」

 

「だから少量で作る」

 

 真壁の返事が速い。

 

「駄目なら条件を変える。使えるなら用途を絞る。職人が板材として認めたあとで、次を考えればよい」

 

 リュシアは腕を組んだ。

 

 止めたはずなのに、止まっていない。

 

 こちらが出した問題が、そのまま試験項目へ変わっている。

 

「職人が使いにくいって言ったら?」

 

「直す」

 

「品質が揃わなかったら?」

 

「大口では売らない」

 

「続けて出せる量が分からなかったら?」

 

「分かるまでは試作品だ」

 

 リュシアは口を閉じた。

 

 そこまで答えられると、作ること自体を止める理由はない。

 

 真壁は指先で卓の幅を測るような動きをした。

 

「板材が安定すれば角材も試せる。長い梁材はさらに後だな」

 

「もう梁まで行ってるじゃないか」

 

「順番は守っている」

 

「そういう話じゃないよ」

 

 真壁は酒へ手を伸ばした。

 

 まだ1杯目だった。

 

 リュシアはもう一つ気になることに気づいた。

 

「それ、安く売る気?」

 

「いや」

 

 即答だった。

 

 真壁の手が酒杯の手前で止まる。

 

「高品質の木材を定価で買っていただくよ」

 

 リュシアは数秒黙った。

 

「……定価って、まだ値段も決まってないよ」

 

「なら、リュシア君に決めてもらおう」

 

「私?」

 

「商品として扱えるかを見るのは、リュシア君の方が適任だろう」

 

 また話が一つ増えた。

 

 リュシアは額へ手を当てた。

 

「値段を付けるのは、職人が使えるって言って、同じ品質で続けて出せると分かってからだよ」

 

「当然だ」

 

「天然木より安ければいい、なんて決め方もしないからね」

 

「それでよい」

 

「どこへ出す気なんだい?」

 

「王都とベラクルス侯爵領だな」

 

 リュシアの手が額から落ちた。

 

 王都では、反グスタフ派が材木不足を信じて高値で天然材を抱える。

 

 そこへ別の材が通常の商品として入る。

 

 投げ売りではない。

 

 職人が使える品質で、継続して買える値段の商品が店頭へ並ぶ。

 

 天然材そのものの価値を落とさなくても、異常に吊り上がった値段を受け入れる理由だけがなくなる。

 

「……グスタフさん、そこまでやれって書いてないよ」

 

「不足しないことを示すなら、確実な方がいいだろう」

 

「確実すぎるんだよ」

 

 真壁はようやく酒を飲んだ。

 

 その目はもうグスタフの手紙を追っていない。

 

 たぶん収納内に分けた試作分の方を考えている。

 

 リュシアは卓の上へ目をやった。まだ温かい料理と、ほとんど減っていない真壁の酒があり、その横にはグスタフから届いた手紙が残っている。

 

 そこで、今夜の最初を思い出した。

 

「……真壁さん」

 

「何かな」

 

「今日、ここに何しに来たんだっけ?」

 

「酒を飲みに来ただけだが」

 

 リュシアは手紙を見た。

 

 次に真壁を見る。

 

 人工木材の試作分は、もう収納の中で別に分けられている。

 

「……捕まえたの、私だった」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。