押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第283話 カンニングではありません

 

 翌朝の六畳間には、暖房の低い作動音が続いていた。

 

 部屋の中は暖かいが、窓へ近づくと冬の冷気が薄く残っている。ミニテーブルには理央のノートと筆記具が置かれ、その横には彫金で使う銀線や小さな道具も残っていた。

 

 理央はボールペンを1本取り上げた。

 

「じゃあ、やってみます」

 

「はい」

 

 意識を向けると、靄がペンを包んで消える。

 

 少し待ってから取り出す。

 

 今度はノートを入れた。

 

 昨日、自分の部屋で収納を使っていた時より、明らかに迷いが少ない。

 

「昨日より楽です」

 

「Lv2になってますからね」

 

 理央はノートを戻し、その隣にあった筆記具を何本かまとめて収納した。

 

 まだ余裕がある。

 

 次に彫金道具の小箱を追加する。

 

 さらに本を1冊。

 

 もう1冊。

 

 そこで、理央の動きが止まった。

 

「……ん?」

 

 澪が顔を上げる。

 

「どうしました?」

 

「なんか、頭の奥が重いです」

 

「痛いですか?」

 

「痛いっていうより……押されてる感じです」

 

 理央は後頭部へ手を当てた。

 

 もう一度、収納へ意識を向ける。

 

 あと少し入れようとした瞬間、眉間に皺が寄った。

 

「……グギギギギってする」

 

「それです」

 

 澪の返事が早かった。

 

 理央が目を瞬かせる。

 

「これなんですか?」

 

「私もなりました」

 

「澪さんも?」

 

「はい。収納を育て始めた頃は、限界へ近づくと同じ感じがしました」

 

 澪には覚えがある。

 

 重い物を持った時とはまるで違う。腕や腰へ来るのではなく、頭の奥だけを押されるような妙な感覚だった。

 

 理央は一度収納から意識を離した。

 

「じゃあ、今のが限界に近いってことですか?」

 

「その可能性が高いです。ただ、限界を越えようとはしないでください」

 

「そこまでやる気はないです」

 

 返事は早い。

 

 けれど理央は、怖がるより先に自分の感覚を確かめているようだった。

 

「初期の頃は、限界に近いところまで使うと伸びやすかったんです」

 

「澪さん、それを何回もやったんですか?」

 

「休みながらですけど」

 

「……やっぱりやったんだ」

 

 理央は小さく息を吐いた。

 

 澪は理央へ鑑定を向ける。

 

 まだ危険な疲労ではない。

 

 ただし、朝から使い始めたばかりにしては上がり方が速い。

 

「やっぱり、疲労度の方が先に来ますね」

 

「スキルじゃなくて?」

 

「はい。理央ちゃんには成長促進がありますから、スキルは普通よりかなり速く伸びます。でも身体まで同じ割合で丈夫になったわけではないので」

 

「先に私が疲れるんですね」

 

「そうなります」

 

 理央は少し考えてから、机の上の本を見た。

 

「じゃあ、今日はここまでですか?」

 

「いえ」

 

 澪は収納へ手を入れた。

 

 小瓶が現れる。

 

 表面には細かな水滴が付いていた。

 

 理央がそれを見る。

 

「……それ、何ですか?」

 

「竜血疲労耐久強化薬です」

 

「名前がすごいですね」

 

「鑑定してみてください」

 

 理央は瓶へ意識を向けた。

 

 しばらくして首を傾げる。

 

「疲労耐久強化薬……くらいしか分かりません」

 

「今のLvなら、そのくらいでしょうね」

 

「疲れが取れる薬ですか?」

 

「いえ。今の疲れを消す薬ではありません。同じ負荷を受けても、疲労度が上がりにくくなります」

 

「じゃあ、さっきのグギギギギがなくなるわけじゃない?」

 

「それは収納側の限界なので、たぶん残ります」

 

「そこは残るんですね……」

 

 澪は瓶を差し出した。

 

 理央が受け取った途端、指先を引いた。

 

「冷たっ」

 

「かなり冷やしました」

 

「なんでですか?」

 

「苦いので」

 

 理央の動きが止まる。

 

「……先に言ってください」

 

「今言いましたよ」

 

「飲む前に知りたかったです」

 

「だから飲む前に言ってます」

 

 理央は瓶と澪を見比べた。

 

「そういう意味じゃないです」

 

 それでも澪がすでに服用している薬だと知っているので、瓶を戻すことはしなかった。

 

 蓋を開け、少し匂いを確かめる。

 

「じゃあ……飲みます」

 

 一気に口へ入れた。

 

 最初に来たのは強い冷たさだった。

 

 その直後、理央の顔が歪む。

 

「……にがっ」

 

 口元を押さえる。

 

「冷たいのに、普通に苦いです」

 

「完全には消えません」

 

「それ、飲んだ後に言うんですか」

 

「これをどうぞ」

 

 澪はすぐに別のボトルを渡した。

 

「シャインマスカットの果実水です」

 

 理央は受け取って飲む。

 

 冷たい甘さが口へ広がり、ようやく表情が戻った。

 

「……こっちはおいしい」

 

「口直し用です」

 

「最初から準備してたんですね」

 

「私も苦かったので」

 

「経験が役に立ってますね……」

 

 少し休んでから、理央はもう一度収納を使った。

 

 先ほどと同程度まで物を入れる。

 

 頭の奥へ、同じ圧迫感が来た。

 

「グギギギギはあります」

 

「やっぱりそこは変わりませんね」

 

 いったん止めて休む。

 

 再挑戦。

 

 また休む。

 

 澪が途中で疲労度を見ていくと、薬を飲む前より上昇が緩やかになっていた。

 

「効いてます」

 

「何が違うんですか?」

 

「同じくらい使っても、疲労度の増え方が遅いです」

 

「じゃあ、練習できる回数が増えるんですね」

 

「そういう使い方になります」

 

 理央は納得したように頷き、また収納へ意識を向けた。

 

 スキルそのものを強くする薬ではない。

 

 限界へ近づけば、頭の奥は変わらず重くなる。

 

 ただ、そこで休んでから再挑戦できる回数が増えた。

 

 そこへ成長促進まで重なる。

 

 澪は自分の初期訓練を思い返した。

 

 最初は身近な小物や袋物を使い、やがて水や砂まで試した。自分の場合は何が効くのか分からず、手探りで順番を見つけていった。

 

 理央には、その遠回りをさせる必要がない。

 

「次は場所を変えましょう」

 

「どこへ行くんですか?」

 

「秘密基地です」

 

「もうここじゃ足りないんですか?」

 

「次は重さを増やすので、六畳間だと狭いです」

 

 理央は机の上へ視線を落とした。

 

「……朝から結構やった気がするんですけど」

 

「まだ午前です」

 

「そういうことじゃないです」

 

 

 

 

 

 秘密基地の作業スペースは、六畳間とは比べものにならないほど広い。

 

 岩壁の近くには資材や工具が置かれ、床も重量物を扱える。

 

 澪は重さの分かる袋をいくつか用意した。

 

「まず10kgからです」

 

「これは持てる重さですね」

 

「持ち上げる必要はありませんけど」

 

 理央が袋へ意識を向ける。

 

 靄が広がり、そのまま袋が消えた。

 

「これは平気です」

 

「では出してください」

 

 袋が床へ戻る。

 

 次は20kg。

 

 収納はできたが、理央の眉が少し寄った。

 

「さっきより重いです」

 

「頭の方ですか?」

 

「はい」

 

 さらに負荷を上げる。

 

 30kg近くになると、理央の表情がはっきり変わった。

 

「……来ました」

 

「グギギギギですか?」

 

「はい。かなり」

 

 靄が袋を包む。

 

 少し時間が掛かったが、収納には入った。

 

 理央は息を吐く。

 

「30kgを持つのとは、全然違いますね」

 

「そうですね。身体で持っているわけではないので」

 

「澪さんも、こういう重い物でやったんですか?」

 

「最初は米袋とかです」

 

「それなら分かります」

 

「そのあと砂や水も」

 

 理央が澪を見る。

 

「どうしてそうなったんですか?」

 

「必要だったので」

 

「何にですか?」

 

 澪は一瞬考えた。

 

「真壁さんがですね」

 

「……澪さん」

 

「はい」

 

「今、澪さんの初期訓練の話ですよね?」

 

「そうです」

 

「真壁さん、まだ関係ないですよね?」

 

「途中からはかなり関係あります」

 

 理央は少しだけ目を細めた。

 

「今のところは澪さんですよね」

 

「……休憩しましょうか」

 

「話、変えましたよね?」

 

「疲労度が上がってます」

 

「本当に上がってるなら仕方ないですけど」

 

 理央は椅子へ座った。

 

 水を飲み、しばらく休む。

 

 その後も10kg、20kg、30kg近辺と負荷を変えながら繰り返した。

 

 同時に、袋や工具、石、食品などへ鑑定を使う。

 

 同じ物だけを何度も見るのではなく、対象を変えると表示される情報も変わる。

 

 しばらくして、理央の視界に表示が浮かんだ。

 

 〖収納 Lv2→Lv3〗

 

「あ」

 

「上がりました?」

 

「収納がLv3です」

 

 澪が鑑定を向けようとしたところで、理央が別の方向を見る。

 

 もう1つ表示が出ていた。

 

 〖鑑定 Lv2→Lv3〗

 

「鑑定も上がりました」

 

「両方ですか」

 

「昨日も上がったのに……」

 

 理央自身が一番不思議そうだった。

 

 澪は表示を確かめながら、自分の初期の頃と比べる。

 

 明らかに速い。

 

 けれど理由は分かる。

 

 成長促進があり、疲れにくくする薬も使った。そのうえ、理央は澪がすでに経験した訓練を最初から教わっている。

 

「かなり効いてますね」

 

「成長促進ですか?」

 

「それだけじゃないと思います」

 

「薬も?」

 

「はい。それと、訓練方法もです」

 

 理央は30kgの袋を見た。

 

「これを明日もやるんですか?」

 

「明日は別の練習もします」

 

「まだあるんですね」

 

「Lv3になりましたから」

 

 理央は小さく息を吐いた。

 

「スキルって、上がると楽になるんじゃないんですか?」

 

「できることが増えます」

 

「それ、練習も増えるってことですよね」

 

「そうなりますね」

 

「やっぱり」

 

 

 

 

 

 訓練3日目。

 

 六畳間のミニテーブルには、前日より多くの物が並んでいた。

 

 数種類のペンと何冊かのノートに加え、靴や太さの違う銀線、石、彫金道具、食品まで置いてある。

 

 理央はそれを見回した。

 

「今日は重い物じゃないんですね」

 

「重さは午後にやります。先にLv3で変わったところを見ましょう」

 

 理央は自分の収納へ意識を向けた。

 

 昨日までに作った棚や、物を置く位置は残っている。

 

「この棚は、このままでいいんですか?」

 

「はい。ただ、それは理央ちゃんが自分で分かりやすく作った配置です」

 

「収納の機能とは別?」

 

「別ですね。Lv3になると、入っている物を探す方が楽になります」

 

 理央は筆記具を何本か収納した。

 

 続けてノート、銀線、石、靴、食品も入れていく。

 

「じゃあ……ノート」

 

 収納へ意識を向ける。

 

 昨日までなら、自分がどこへ置いたかを思い出して探していた。

 

 今日は違った。

 

 ノートを探そうとしただけで、中にある複数のノートがまとまって意識へ返ってくる。

 

「分かります」

 

「1冊だけ探してみてください」

 

「昨日使ったノート」

 

 意識を絞る。

 

 候補が減った。

 

 理央が取り出すと、靄の中から目的の1冊が現れた。

 

「これ、便利ですね」

 

「収納量が増えるほど便利になります」

 

「でも、置いたところを覚えてたら要らなくないですか?」

 

「今くらいなら、それでも大丈夫です」

 

「今くらいなら?」

 

 澪は自分の収納を思い浮かべた。

 

 六畳間にある物だけを入れているなら、人の記憶でも十分だろう。

 

 しかし、自分の収納はそういう規模ではない。

 

「増えてくると、覚えるのは無理になります」

 

「澪さん、どのくらい入ってるんですか?」

 

「かなりです」

 

「かなりって?」

 

 澪は一拍置いた。

 

「真壁さんも相当な量を――」

 

「また真壁さんですか?」

 

 理央が途中で口を挟んだ。

 

「今、澪さんの話ですよね?」

 

「そうですけど」

 

「この前から、都合が悪いと真壁さんに行ってません?」

 

「そんなことはありません」

 

 理央は澪の顔をしばらく見た。

 

「……そうですか?」

 

「そうです」

 

 納得してはいない顔だったが、それ以上は追及しなかった。

 

 澪は太さの違う銀線を収納させる。

 

 同じような石も増やす。

 

 似た形の工具や複数のノートが入ると、自分の記憶だけで位置を追うのが面倒になってきた。

 

 銀線なら細い物を探し、石なら色や形を絞る。ノートも目的の1冊へ意識を向ければ、それだけ候補が減っていく。

 

「なるほど」

 

 理央が何度か出し入れしたあとで言った。

 

「棚に置いてある場所を探してるんじゃなくて、物そのものを探してる感じです」

 

「そうです」

 

「じゃあ、本とか資料でもできますよね?」

 

「できますよ」

 

「澪さん、大学の教科書も入れてるんですか?」

 

「はい。教科書と講義ノートは収納してます」

 

 理央の手が止まった。

 

「そういえば……」

 

「はい?」

 

「澪さん、大学の試験、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 返事はすぐだった。

 

「ここ何日も私の訓練に付き合ってもらってますけど」

 

「勉強はしてます」

 

「いつしてるんですか?」

 

「必要な時に」

 

 理央は少しだけ首を傾げる。

 

「間に合うんですか?」

 

「以前よりかなり速くなりましたから」

 

 澪は収納へ意識を向けた。

 

「教科書や講義ノートは入っていますし、必要な科目や項目を検索すればすぐ探せます」

 

「それは便利そうです」

 

「そのまま鑑定すれば、内容も見られます」

 

「教科書を鑑定するんですか?」

 

「はい。今の鑑定なら、概要までかなり拾えますから。それを書きながら覚えると早いです」

 

 理央の目が止まる。

 

「……それ、だいぶ楽じゃないですか?」

 

「前よりは」

 

「しかも澪さん、レベルも上がってますよね」

 

「知力や集中も以前より高くなってます」

 

 理央は手元のノートを見た。

 

 収納から必要な資料を探し、鑑定で内容を拾う。

 

 それだけでも十分におかしいくらい速い。

 

 そこで、もう1つ思い出した。

 

「並行思考も持ってますよね?」

 

「持ってますよ」

 

 理央が澪を見る。

 

「問題を読んでる間に、収納を検索できます?」

 

「できます」

 

「教科書やノートを探すのも?」

 

「はい」

 

「それを鑑定するのも?」

 

「できますね」

 

「内容を見ながら答案を考えるのも?」

 

「並行思考を使えばできます」

 

 理央は黙った。

 

 澪も次の質問を待つ。

 

「……試験中でもできるんですか?」

 

「できますけど?」

 

 理央の表情が変わった。

 

「それ、カンニングじゃないですか?」

 

「え?」

 

 澪は本気で聞き返した。

 

「だって、試験中に教科書の内容を見られるんですよね?」

 

「教科書は見てませんよ」

 

「収納の中にあるじゃないですか」

 

「ありますけど」

 

「検索しますよね?」

 

「します」

 

「鑑定もしますよね?」

 

「はい」

 

 理央はそこで言葉を止めた。

 

 澪は少し考える。

 

 何が問題なのか、本当に分からない。

 

「鑑定も収納も、私の能力ですよ?」

 

「……そうですけど」

 

「並行思考も私の能力です」

 

「それもそうなんですけど」

 

「誰かと通信しているわけでもありませんし、端末を持ち込んでいるわけでもありません」

 

「でも、収納の中には教科書があるんですよね?」

 

「私の収納ですよ?」

 

 理央が口を開く。

 

 けれど、そのまま止まった。

 

「……そう言われると」

 

「カンニングではありませんよ?」

 

「なんか、納得しきれないです」

 

「何がです?」

 

「そこが説明できないから困ってるんです」

 

 理央は机の上の銀線へ目を落とした。

 

 収納は鞄ではない。

 

 鑑定はスマホでもない。

 

 並行思考に至っては完全に本人の思考だ。

 

 外から何かを持ち込んでいると言い切るには、全部が澪自身の能力すぎる。

 

「……これ、大学の先生に聞いても困りそう」

 

「聞かないでくださいね」

 

「そこは気にするんですね」

 

「説明できませんから」

 

 理央は少し笑った。

 

「じゃあ、続きやります」

 

「はい」

 

 収納へ意識を向ける。

 

 必要な太さの銀線がすぐ分かった。

 

「……便利なのは分かります」

 

「便利ですよ」

 

「それが余計に悩むんですけど」

 

 

 

 

 

 午後の秘密基地では、検索の便利さがさらに分かりやすかった。

 

 六畳間より物が多い。

 

 似た工具や銀線、石、袋物、資材をいくつも収納すると、入れた順番だけで全部を追うのは面倒になる。

 

 理央は途中で覚えるのをやめた。

 

「これ、場所だけで覚えるの無理ですね」

 

「量が増えるとそうなります」

 

 収納へ意識を向ける。

 

 欲しい銀線を探し、取り出す。

 

 次は工具。

 

 その次は石。

 

 彫金をしている理央には、銀線や石の違いを見る練習が合っていた。

 

「これ、こっちの方が少し細いです」

 

「鑑定して比べてみてください」

 

 理央が2本へ順番に鑑定を使う。

 

 見た目や指先で分かる違いに、鑑定から返ってくる情報が重なる。

 

「合ってます」

 

「では、収納から同じくらいの太さを探してください」

 

 理央は数本を探し出した。

 

 石も同じように比べる。

 

 道具なら状態を見る。

 

 食品では鮮度の違いを確かめる。

 

 鑑定で特徴を見て、その特徴を手掛かりに収納から探す。

 

 取り出した物を、もう一度鑑定する。

 

 2つのスキルが別々ではなく、少しずつつながり始めていた。

 

 その合間に重量も上げる。

 

 30kgを越え、40kg前後まで来ると、理央の眉間に皺が寄った。

 

「まだ大丈夫です」

 

「無理はしないでください」

 

「まだ、あの感じは弱いです」

 

 50kg級へ近づく。

 

 靄が資材を包む。

 

 理央の表情が変わった。

 

「来ました」

 

「そこで止めましょう」

 

「もう少しだけ」

 

「限界を越える訓練ではないです」

 

「……はい」

 

 理央は意識を外した。

 

 休憩してから、また繰り返す。

 

 今度は収納するだけではなく、中から指定した物を探して出すところまで続けた。

 

 やがて表示が浮かぶ。

 

 〖収納 Lv3→Lv4〗

 

「上がりました」

 

 澪が振り返る。

 

「収納ですか?」

 

「はい。Lv4」

 

 少し後、石を鑑定していた理央の目の前にも新しい表示が現れた。

 

 〖鑑定 Lv3→Lv4〗

 

「鑑定もです」

 

「今日も両方ですね」

 

「本当に毎日上がってる……」

 

 理央は自分の手を見た。

 

「これ、普通じゃないですよね?」

 

「普通よりは速いです」

 

「やっぱり」

 

「成長促進がありますから。それに薬と訓練方法も重なってます」

 

「澪さんがやった方法を、そのまま教えてもらってるから?」

 

「かなり効いてると思います」

 

 理央は50kg級の資材を見た。

 

 昨日なら、それを収納しようという発想すらなかった。

 

「私、収納を取ってまだ何日でしたっけ」

 

「数えない方がいいかもしれません」

 

「なんでですか?」

 

「私も少し怖くなってきたので」

 

「澪さんが言うんですか?」

 

 理央は思わず笑った。

 

「でも止めないですよね」

 

「疲労度は見てます」

 

「そういう意味じゃないです」

 

 

 

 

 

 訓練4日目は、旧採石場へ出た。

 

 冬の空気は冷たく、露出した岩肌を抜ける風が頬へ当たる。

 

 理央はコートの襟を寄せながら、用意された水を見る。

 

「今日は水なんですね」

 

「はい」

 

「昨日より平和そうです」

 

「最初は普通に入れるだけです」

 

 理央が澪を見る。

 

「最初は、なんですね」

 

「まず10Lくらいからにしましょう」

 

 理央はそれ以上聞かなかった。

 

 水を収納する。

 

 10L程度なら余裕がある。

 

 20Lでも大きな問題はない。

 

 50Lまで増えると、頭の奥に重さが出てきた。

 

「水でも同じ感じなんですね」

 

「重量が増えれば負荷は来ます」

 

 さらに量を増やす。

 

 100L近くまで来たところで、理央の顔が険しくなった。

 

「……グギギギギします」

 

「そこで止めてください」

 

 理央は収納から意識を外した。

 

 冷たい空気を吸い込みながら、少し休む。

 

 疲労耐久強化薬を使っているとはいえ、疲れないわけではない。

 

 ただし、同じ負荷へ何度も挑戦できるだけの余裕は残っている。

 

「澪さんも水で練習したんですか?」

 

「はい」

 

「どのくらい?」

 

「最初は少量です。米袋をやって、砂もやって、そのあと水を増やしました」

 

「それなら分かります」

 

「プールの水も使いましたけど」

 

 理央がゆっくり澪を見る。

 

「……プール?」

 

「はい」

 

「どうして途中からそうなるんですか?」

 

「いろいろありまして」

 

「真壁さんですか?」

 

 先に言われた。

 

 澪は少し黙る。

 

「……真壁さんも関係あります」

 

「やっぱり」

 

「でも今からやるのは、本当に真壁さんが使ってます」

 

「何をするんですか?」

 

 澪は水を収納した。

 

 普通に放出する。

 

 地面へ水が落ち、土の色が変わった。

 

「まず普通に出します」

 

 今度は広く出す。

 

 次に細かく広げると、水は霧状になって冬の日差しの中へ漂った。

 

 風に押され、岩壁の方へ流れていく。

 

「霧にもできるんですか」

 

「出し方を変えてるだけです」

 

「収納って、出す方も結構いろいろできるんですね」

 

「かなり使います」

 

 澪は周囲へ人がいないことを確かめ、草のある安全な方向へ向いた。

 

「次は少し細くします」

 

 水流が細くなる。

 

 勢いが増し、草へ当たった。

 

 何本かの茎が倒れ、一部が切れる。

 

 理央の視線が止まる。

 

「……これ、何に使うんですか?」

 

「真壁さんは草刈りに使ってます」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

 理央は水に切られた草を見る。

 

 次に澪を見る。

 

「澪さんも普通に使えてますよね」

 

「見本ですから」

 

「……そうですか」

 

 納得したようには見えない。

 

 理央には、いきなり強い水流を使わせなかった。

 

 まず放出口を広くする。

 

 そこから少し狭くする。

 

 出す量を変え、落とす位置を調整する。

 

「全部一気に出さなくてもいいんですね」

 

「はい。どう出すかも収納の操作です」

 

「入れることしか考えてませんでした」

 

「私も最初はそうでした」

 

 次に澪は、水へ少量の砂を混ぜた。

 

 濁った水を理央へ見せる。

 

「これを収納してください」

 

「砂ごとですか?」

 

「はい」

 

 理央が収納する。

 

 少し時間を置くと、砂が下へ沈んでいく。

 

 その間に理央は水を鑑定した。

 

 透明な状態から砂を混ぜた直後、さらに沈殿した後まで見比べると、同じ水でも状態によって返ってくる情報が変わる。

 

「では、上の方だけ出してみてください」

 

「上だけ?」

 

「収納の中では砂が下へ沈んでます。上側だけを指定します」

 

 理央が集中する。

 

 水が出た。

 

 最初は透明に見えたが、途中から細かな砂が混ざった。

 

「あ、入りました」

 

「少し下まで取ってますね」

 

「これって、砂と水を分離してるんじゃないんですか?」

 

「違います。自然に砂が沈んだので、上にある水だけを出してるんです」

 

「成分分離とは別?」

 

「別です。収納が水と砂を分けたわけではありません」

 

「位置を選んでるだけなんですね」

 

「そうです」

 

 理央はもう一度試す。

 

 今度は上側へ意識を絞った。

 

 それでも少し砂が混じる。

 

「もう1回やっていいですか?」

 

「はい」

 

 待ってから再挑戦する。

 

 鑑定で沈み方を見て、上側だけを狙う。

 

 今度は先ほどより澄んだ水が出た。

 

「できた」

 

「かなり良くなりました」

 

 理央は水面を見た。

 

「これ、検索と似てますね」

 

「どういうところがです?」

 

「全部出すんじゃなくて、欲しいところだけ決める感じです」

 

「そうですね」

 

 理央は少し考え、そのまま次を試した。

 

 砂を含んだ水を収納し、沈むのを待つ。

 

 上側だけを放出してから鑑定し、また収納へ戻る。

 

 何度か繰り返しているうちに、新しい表示が浮かんだ。

 

 〖鑑定 Lv4→Lv5〗

 

「鑑定、上がりました」

 

「Lv5ですね」

 

 理央はそのまま収納へ意識を向けた。

 

 今度は最初から上側へ範囲を絞る。

 

 澄んだ水が地面へ落ちたところで、もう1つ表示が出た。

 

 〖収納 Lv4→Lv5〗

 

「収納もです」

 

 澪は理央へ鑑定を向ける。

 

 間違いない。

 

 訓練を始めて4日目で、鑑定も収納もLv5まで届いた。

 

「両方Lv5です」

 

「……本当に上がった」

 

 理央が力を抜いた。

 

「これ、やっぱり速すぎません?」

 

「かなり速いですね」

 

「澪さんの時もこんな感じだったんですか?」

 

「ここまでは速くなかったです」

 

「じゃあ成長促進?」

 

「それに薬と、訓練方法が重なってます」

 

 理央は手元の水を見る。

 

「3つ全部ですか」

 

「たぶん」

 

 冷たい風が抜けた。

 

 濡れた土の匂いがする。

 

 理央はコートの前を閉じた。

 

「今日は戻りませんか?」

 

「そうしましょう。身体も冷えてきましたし」

 

「よかった」

 

「Lv5からまた変わるところがあるので、それは次に」

 

「今は聞かないでおきます」

 

「その方がいいかもしれません」

 

 

 

 

 

 六畳間へ戻ると、暖房の空気が身体へまとわりつくように暖かかった。

 

 理央はコートを脱ぎ、ミニテーブルの前へ座った。

 

 疲れはある。

 

 ただし最初の日のように、頭の重さで何もしたくなくなるほどではない。

 

 澪がもう一度鑑定を使う。

 

「鑑定Lv5。収納Lv5で間違いありません」

 

「4日でここまで来るとは思わなかったです」

 

「私もです」

 

「未使用SPは?」

 

「6のままです」

 

 理央は少しだけ息を吐いた。

 

 共鳴によって現れた他の芽は、まだ残っている。

 

「他のスキル、まだ取らなくていいですよね?」

 

「はい。今は鑑定と収納だけでも十分です」

 

「私もそう思います」

 

 この数日で、収納に対する印象はかなり変わった。

 

 最初は靴やノートが入るだけでも面白かった。

 

 今は重量物を扱い、水を入れ、出し方まで変えている。

 

「Lv5だと、次は何が変わるんですか?」

 

「重量なら200kgくらいが目安になります」

 

「200kg……」

 

「分類登録も安定します。あと、収納内の時間は外の半分くらいになります」

 

 理央が顔を上げた。

 

「時間まで変わるんですか?」

 

「はい。温度変化もありません」

 

「収納って、何なんでしょうね」

 

「収納ですよ」

 

「澪さんに聞いた私が悪かったです」

 

 理央は少し笑った。

 

「明日、200kgですか?」

 

「今日はもうやりません」

 

「今日は、なんですね」

 

「次の訓練は考えます」

 

「やっぱり」

 

 理央は肩の力を抜き、ノートを手元へ寄せた。

 

 その近くでは、シロガネが丸くなっている。

 

 古い燭台はいつもの場所に置かれたままだった。

 

 理央が何気なく鑑定を向けると、表示が開いた。

 

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【訓練】飯島理央【4日目】

 001:鎮守

  成長促進を与えたのは、お前だな。

 

 002:燭台

  肯定。

 

 003:鎮守

  疲れにくくしたのは澪。

 

 004:燭台

  肯定。

 

 005:鎮守

  限界近くまで使わせているのも澪。

 

 006:燭台

  肯定。

 

 007:鎮守

  ……誰が止めるんだ。

 

 008:燭台

  不在。

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