翌朝の六畳間には、暖房の低い作動音が続いていた。
部屋の中は暖かいが、窓へ近づくと冬の冷気が薄く残っている。ミニテーブルには理央のノートと筆記具が置かれ、その横には彫金で使う銀線や小さな道具も残っていた。
理央はボールペンを1本取り上げた。
「じゃあ、やってみます」
「はい」
意識を向けると、靄がペンを包んで消える。
少し待ってから取り出す。
今度はノートを入れた。
昨日、自分の部屋で収納を使っていた時より、明らかに迷いが少ない。
「昨日より楽です」
「Lv2になってますからね」
理央はノートを戻し、その隣にあった筆記具を何本かまとめて収納した。
まだ余裕がある。
次に彫金道具の小箱を追加する。
さらに本を1冊。
もう1冊。
そこで、理央の動きが止まった。
「……ん?」
澪が顔を上げる。
「どうしました?」
「なんか、頭の奥が重いです」
「痛いですか?」
「痛いっていうより……押されてる感じです」
理央は後頭部へ手を当てた。
もう一度、収納へ意識を向ける。
あと少し入れようとした瞬間、眉間に皺が寄った。
「……グギギギギってする」
「それです」
澪の返事が早かった。
理央が目を瞬かせる。
「これなんですか?」
「私もなりました」
「澪さんも?」
「はい。収納を育て始めた頃は、限界へ近づくと同じ感じがしました」
澪には覚えがある。
重い物を持った時とはまるで違う。腕や腰へ来るのではなく、頭の奥だけを押されるような妙な感覚だった。
理央は一度収納から意識を離した。
「じゃあ、今のが限界に近いってことですか?」
「その可能性が高いです。ただ、限界を越えようとはしないでください」
「そこまでやる気はないです」
返事は早い。
けれど理央は、怖がるより先に自分の感覚を確かめているようだった。
「初期の頃は、限界に近いところまで使うと伸びやすかったんです」
「澪さん、それを何回もやったんですか?」
「休みながらですけど」
「……やっぱりやったんだ」
理央は小さく息を吐いた。
澪は理央へ鑑定を向ける。
まだ危険な疲労ではない。
ただし、朝から使い始めたばかりにしては上がり方が速い。
「やっぱり、疲労度の方が先に来ますね」
「スキルじゃなくて?」
「はい。理央ちゃんには成長促進がありますから、スキルは普通よりかなり速く伸びます。でも身体まで同じ割合で丈夫になったわけではないので」
「先に私が疲れるんですね」
「そうなります」
理央は少し考えてから、机の上の本を見た。
「じゃあ、今日はここまでですか?」
「いえ」
澪は収納へ手を入れた。
小瓶が現れる。
表面には細かな水滴が付いていた。
理央がそれを見る。
「……それ、何ですか?」
「竜血疲労耐久強化薬です」
「名前がすごいですね」
「鑑定してみてください」
理央は瓶へ意識を向けた。
しばらくして首を傾げる。
「疲労耐久強化薬……くらいしか分かりません」
「今のLvなら、そのくらいでしょうね」
「疲れが取れる薬ですか?」
「いえ。今の疲れを消す薬ではありません。同じ負荷を受けても、疲労度が上がりにくくなります」
「じゃあ、さっきのグギギギギがなくなるわけじゃない?」
「それは収納側の限界なので、たぶん残ります」
「そこは残るんですね……」
澪は瓶を差し出した。
理央が受け取った途端、指先を引いた。
「冷たっ」
「かなり冷やしました」
「なんでですか?」
「苦いので」
理央の動きが止まる。
「……先に言ってください」
「今言いましたよ」
「飲む前に知りたかったです」
「だから飲む前に言ってます」
理央は瓶と澪を見比べた。
「そういう意味じゃないです」
それでも澪がすでに服用している薬だと知っているので、瓶を戻すことはしなかった。
蓋を開け、少し匂いを確かめる。
「じゃあ……飲みます」
一気に口へ入れた。
最初に来たのは強い冷たさだった。
その直後、理央の顔が歪む。
「……にがっ」
口元を押さえる。
「冷たいのに、普通に苦いです」
「完全には消えません」
「それ、飲んだ後に言うんですか」
「これをどうぞ」
澪はすぐに別のボトルを渡した。
「シャインマスカットの果実水です」
理央は受け取って飲む。
冷たい甘さが口へ広がり、ようやく表情が戻った。
「……こっちはおいしい」
「口直し用です」
「最初から準備してたんですね」
「私も苦かったので」
「経験が役に立ってますね……」
少し休んでから、理央はもう一度収納を使った。
先ほどと同程度まで物を入れる。
頭の奥へ、同じ圧迫感が来た。
「グギギギギはあります」
「やっぱりそこは変わりませんね」
いったん止めて休む。
再挑戦。
また休む。
澪が途中で疲労度を見ていくと、薬を飲む前より上昇が緩やかになっていた。
「効いてます」
「何が違うんですか?」
「同じくらい使っても、疲労度の増え方が遅いです」
「じゃあ、練習できる回数が増えるんですね」
「そういう使い方になります」
理央は納得したように頷き、また収納へ意識を向けた。
スキルそのものを強くする薬ではない。
限界へ近づけば、頭の奥は変わらず重くなる。
ただ、そこで休んでから再挑戦できる回数が増えた。
そこへ成長促進まで重なる。
澪は自分の初期訓練を思い返した。
最初は身近な小物や袋物を使い、やがて水や砂まで試した。自分の場合は何が効くのか分からず、手探りで順番を見つけていった。
理央には、その遠回りをさせる必要がない。
「次は場所を変えましょう」
「どこへ行くんですか?」
「秘密基地です」
「もうここじゃ足りないんですか?」
「次は重さを増やすので、六畳間だと狭いです」
理央は机の上へ視線を落とした。
「……朝から結構やった気がするんですけど」
「まだ午前です」
「そういうことじゃないです」
秘密基地の作業スペースは、六畳間とは比べものにならないほど広い。
岩壁の近くには資材や工具が置かれ、床も重量物を扱える。
澪は重さの分かる袋をいくつか用意した。
「まず10kgからです」
「これは持てる重さですね」
「持ち上げる必要はありませんけど」
理央が袋へ意識を向ける。
靄が広がり、そのまま袋が消えた。
「これは平気です」
「では出してください」
袋が床へ戻る。
次は20kg。
収納はできたが、理央の眉が少し寄った。
「さっきより重いです」
「頭の方ですか?」
「はい」
さらに負荷を上げる。
30kg近くになると、理央の表情がはっきり変わった。
「……来ました」
「グギギギギですか?」
「はい。かなり」
靄が袋を包む。
少し時間が掛かったが、収納には入った。
理央は息を吐く。
「30kgを持つのとは、全然違いますね」
「そうですね。身体で持っているわけではないので」
「澪さんも、こういう重い物でやったんですか?」
「最初は米袋とかです」
「それなら分かります」
「そのあと砂や水も」
理央が澪を見る。
「どうしてそうなったんですか?」
「必要だったので」
「何にですか?」
澪は一瞬考えた。
「真壁さんがですね」
「……澪さん」
「はい」
「今、澪さんの初期訓練の話ですよね?」
「そうです」
「真壁さん、まだ関係ないですよね?」
「途中からはかなり関係あります」
理央は少しだけ目を細めた。
「今のところは澪さんですよね」
「……休憩しましょうか」
「話、変えましたよね?」
「疲労度が上がってます」
「本当に上がってるなら仕方ないですけど」
理央は椅子へ座った。
水を飲み、しばらく休む。
その後も10kg、20kg、30kg近辺と負荷を変えながら繰り返した。
同時に、袋や工具、石、食品などへ鑑定を使う。
同じ物だけを何度も見るのではなく、対象を変えると表示される情報も変わる。
しばらくして、理央の視界に表示が浮かんだ。
〖収納 Lv2→Lv3〗
「あ」
「上がりました?」
「収納がLv3です」
澪が鑑定を向けようとしたところで、理央が別の方向を見る。
もう1つ表示が出ていた。
〖鑑定 Lv2→Lv3〗
「鑑定も上がりました」
「両方ですか」
「昨日も上がったのに……」
理央自身が一番不思議そうだった。
澪は表示を確かめながら、自分の初期の頃と比べる。
明らかに速い。
けれど理由は分かる。
成長促進があり、疲れにくくする薬も使った。そのうえ、理央は澪がすでに経験した訓練を最初から教わっている。
「かなり効いてますね」
「成長促進ですか?」
「それだけじゃないと思います」
「薬も?」
「はい。それと、訓練方法もです」
理央は30kgの袋を見た。
「これを明日もやるんですか?」
「明日は別の練習もします」
「まだあるんですね」
「Lv3になりましたから」
理央は小さく息を吐いた。
「スキルって、上がると楽になるんじゃないんですか?」
「できることが増えます」
「それ、練習も増えるってことですよね」
「そうなりますね」
「やっぱり」
訓練3日目。
六畳間のミニテーブルには、前日より多くの物が並んでいた。
数種類のペンと何冊かのノートに加え、靴や太さの違う銀線、石、彫金道具、食品まで置いてある。
理央はそれを見回した。
「今日は重い物じゃないんですね」
「重さは午後にやります。先にLv3で変わったところを見ましょう」
理央は自分の収納へ意識を向けた。
昨日までに作った棚や、物を置く位置は残っている。
「この棚は、このままでいいんですか?」
「はい。ただ、それは理央ちゃんが自分で分かりやすく作った配置です」
「収納の機能とは別?」
「別ですね。Lv3になると、入っている物を探す方が楽になります」
理央は筆記具を何本か収納した。
続けてノート、銀線、石、靴、食品も入れていく。
「じゃあ……ノート」
収納へ意識を向ける。
昨日までなら、自分がどこへ置いたかを思い出して探していた。
今日は違った。
ノートを探そうとしただけで、中にある複数のノートがまとまって意識へ返ってくる。
「分かります」
「1冊だけ探してみてください」
「昨日使ったノート」
意識を絞る。
候補が減った。
理央が取り出すと、靄の中から目的の1冊が現れた。
「これ、便利ですね」
「収納量が増えるほど便利になります」
「でも、置いたところを覚えてたら要らなくないですか?」
「今くらいなら、それでも大丈夫です」
「今くらいなら?」
澪は自分の収納を思い浮かべた。
六畳間にある物だけを入れているなら、人の記憶でも十分だろう。
しかし、自分の収納はそういう規模ではない。
「増えてくると、覚えるのは無理になります」
「澪さん、どのくらい入ってるんですか?」
「かなりです」
「かなりって?」
澪は一拍置いた。
「真壁さんも相当な量を――」
「また真壁さんですか?」
理央が途中で口を挟んだ。
「今、澪さんの話ですよね?」
「そうですけど」
「この前から、都合が悪いと真壁さんに行ってません?」
「そんなことはありません」
理央は澪の顔をしばらく見た。
「……そうですか?」
「そうです」
納得してはいない顔だったが、それ以上は追及しなかった。
澪は太さの違う銀線を収納させる。
同じような石も増やす。
似た形の工具や複数のノートが入ると、自分の記憶だけで位置を追うのが面倒になってきた。
銀線なら細い物を探し、石なら色や形を絞る。ノートも目的の1冊へ意識を向ければ、それだけ候補が減っていく。
「なるほど」
理央が何度か出し入れしたあとで言った。
「棚に置いてある場所を探してるんじゃなくて、物そのものを探してる感じです」
「そうです」
「じゃあ、本とか資料でもできますよね?」
「できますよ」
「澪さん、大学の教科書も入れてるんですか?」
「はい。教科書と講義ノートは収納してます」
理央の手が止まった。
「そういえば……」
「はい?」
「澪さん、大学の試験、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ」
返事はすぐだった。
「ここ何日も私の訓練に付き合ってもらってますけど」
「勉強はしてます」
「いつしてるんですか?」
「必要な時に」
理央は少しだけ首を傾げる。
「間に合うんですか?」
「以前よりかなり速くなりましたから」
澪は収納へ意識を向けた。
「教科書や講義ノートは入っていますし、必要な科目や項目を検索すればすぐ探せます」
「それは便利そうです」
「そのまま鑑定すれば、内容も見られます」
「教科書を鑑定するんですか?」
「はい。今の鑑定なら、概要までかなり拾えますから。それを書きながら覚えると早いです」
理央の目が止まる。
「……それ、だいぶ楽じゃないですか?」
「前よりは」
「しかも澪さん、レベルも上がってますよね」
「知力や集中も以前より高くなってます」
理央は手元のノートを見た。
収納から必要な資料を探し、鑑定で内容を拾う。
それだけでも十分におかしいくらい速い。
そこで、もう1つ思い出した。
「並行思考も持ってますよね?」
「持ってますよ」
理央が澪を見る。
「問題を読んでる間に、収納を検索できます?」
「できます」
「教科書やノートを探すのも?」
「はい」
「それを鑑定するのも?」
「できますね」
「内容を見ながら答案を考えるのも?」
「並行思考を使えばできます」
理央は黙った。
澪も次の質問を待つ。
「……試験中でもできるんですか?」
「できますけど?」
理央の表情が変わった。
「それ、カンニングじゃないですか?」
「え?」
澪は本気で聞き返した。
「だって、試験中に教科書の内容を見られるんですよね?」
「教科書は見てませんよ」
「収納の中にあるじゃないですか」
「ありますけど」
「検索しますよね?」
「します」
「鑑定もしますよね?」
「はい」
理央はそこで言葉を止めた。
澪は少し考える。
何が問題なのか、本当に分からない。
「鑑定も収納も、私の能力ですよ?」
「……そうですけど」
「並行思考も私の能力です」
「それもそうなんですけど」
「誰かと通信しているわけでもありませんし、端末を持ち込んでいるわけでもありません」
「でも、収納の中には教科書があるんですよね?」
「私の収納ですよ?」
理央が口を開く。
けれど、そのまま止まった。
「……そう言われると」
「カンニングではありませんよ?」
「なんか、納得しきれないです」
「何がです?」
「そこが説明できないから困ってるんです」
理央は机の上の銀線へ目を落とした。
収納は鞄ではない。
鑑定はスマホでもない。
並行思考に至っては完全に本人の思考だ。
外から何かを持ち込んでいると言い切るには、全部が澪自身の能力すぎる。
「……これ、大学の先生に聞いても困りそう」
「聞かないでくださいね」
「そこは気にするんですね」
「説明できませんから」
理央は少し笑った。
「じゃあ、続きやります」
「はい」
収納へ意識を向ける。
必要な太さの銀線がすぐ分かった。
「……便利なのは分かります」
「便利ですよ」
「それが余計に悩むんですけど」
午後の秘密基地では、検索の便利さがさらに分かりやすかった。
六畳間より物が多い。
似た工具や銀線、石、袋物、資材をいくつも収納すると、入れた順番だけで全部を追うのは面倒になる。
理央は途中で覚えるのをやめた。
「これ、場所だけで覚えるの無理ですね」
「量が増えるとそうなります」
収納へ意識を向ける。
欲しい銀線を探し、取り出す。
次は工具。
その次は石。
彫金をしている理央には、銀線や石の違いを見る練習が合っていた。
「これ、こっちの方が少し細いです」
「鑑定して比べてみてください」
理央が2本へ順番に鑑定を使う。
見た目や指先で分かる違いに、鑑定から返ってくる情報が重なる。
「合ってます」
「では、収納から同じくらいの太さを探してください」
理央は数本を探し出した。
石も同じように比べる。
道具なら状態を見る。
食品では鮮度の違いを確かめる。
鑑定で特徴を見て、その特徴を手掛かりに収納から探す。
取り出した物を、もう一度鑑定する。
2つのスキルが別々ではなく、少しずつつながり始めていた。
その合間に重量も上げる。
30kgを越え、40kg前後まで来ると、理央の眉間に皺が寄った。
「まだ大丈夫です」
「無理はしないでください」
「まだ、あの感じは弱いです」
50kg級へ近づく。
靄が資材を包む。
理央の表情が変わった。
「来ました」
「そこで止めましょう」
「もう少しだけ」
「限界を越える訓練ではないです」
「……はい」
理央は意識を外した。
休憩してから、また繰り返す。
今度は収納するだけではなく、中から指定した物を探して出すところまで続けた。
やがて表示が浮かぶ。
〖収納 Lv3→Lv4〗
「上がりました」
澪が振り返る。
「収納ですか?」
「はい。Lv4」
少し後、石を鑑定していた理央の目の前にも新しい表示が現れた。
〖鑑定 Lv3→Lv4〗
「鑑定もです」
「今日も両方ですね」
「本当に毎日上がってる……」
理央は自分の手を見た。
「これ、普通じゃないですよね?」
「普通よりは速いです」
「やっぱり」
「成長促進がありますから。それに薬と訓練方法も重なってます」
「澪さんがやった方法を、そのまま教えてもらってるから?」
「かなり効いてると思います」
理央は50kg級の資材を見た。
昨日なら、それを収納しようという発想すらなかった。
「私、収納を取ってまだ何日でしたっけ」
「数えない方がいいかもしれません」
「なんでですか?」
「私も少し怖くなってきたので」
「澪さんが言うんですか?」
理央は思わず笑った。
「でも止めないですよね」
「疲労度は見てます」
「そういう意味じゃないです」
訓練4日目は、旧採石場へ出た。
冬の空気は冷たく、露出した岩肌を抜ける風が頬へ当たる。
理央はコートの襟を寄せながら、用意された水を見る。
「今日は水なんですね」
「はい」
「昨日より平和そうです」
「最初は普通に入れるだけです」
理央が澪を見る。
「最初は、なんですね」
「まず10Lくらいからにしましょう」
理央はそれ以上聞かなかった。
水を収納する。
10L程度なら余裕がある。
20Lでも大きな問題はない。
50Lまで増えると、頭の奥に重さが出てきた。
「水でも同じ感じなんですね」
「重量が増えれば負荷は来ます」
さらに量を増やす。
100L近くまで来たところで、理央の顔が険しくなった。
「……グギギギギします」
「そこで止めてください」
理央は収納から意識を外した。
冷たい空気を吸い込みながら、少し休む。
疲労耐久強化薬を使っているとはいえ、疲れないわけではない。
ただし、同じ負荷へ何度も挑戦できるだけの余裕は残っている。
「澪さんも水で練習したんですか?」
「はい」
「どのくらい?」
「最初は少量です。米袋をやって、砂もやって、そのあと水を増やしました」
「それなら分かります」
「プールの水も使いましたけど」
理央がゆっくり澪を見る。
「……プール?」
「はい」
「どうして途中からそうなるんですか?」
「いろいろありまして」
「真壁さんですか?」
先に言われた。
澪は少し黙る。
「……真壁さんも関係あります」
「やっぱり」
「でも今からやるのは、本当に真壁さんが使ってます」
「何をするんですか?」
澪は水を収納した。
普通に放出する。
地面へ水が落ち、土の色が変わった。
「まず普通に出します」
今度は広く出す。
次に細かく広げると、水は霧状になって冬の日差しの中へ漂った。
風に押され、岩壁の方へ流れていく。
「霧にもできるんですか」
「出し方を変えてるだけです」
「収納って、出す方も結構いろいろできるんですね」
「かなり使います」
澪は周囲へ人がいないことを確かめ、草のある安全な方向へ向いた。
「次は少し細くします」
水流が細くなる。
勢いが増し、草へ当たった。
何本かの茎が倒れ、一部が切れる。
理央の視線が止まる。
「……これ、何に使うんですか?」
「真壁さんは草刈りに使ってます」
「本当に?」
「はい」
理央は水に切られた草を見る。
次に澪を見る。
「澪さんも普通に使えてますよね」
「見本ですから」
「……そうですか」
納得したようには見えない。
理央には、いきなり強い水流を使わせなかった。
まず放出口を広くする。
そこから少し狭くする。
出す量を変え、落とす位置を調整する。
「全部一気に出さなくてもいいんですね」
「はい。どう出すかも収納の操作です」
「入れることしか考えてませんでした」
「私も最初はそうでした」
次に澪は、水へ少量の砂を混ぜた。
濁った水を理央へ見せる。
「これを収納してください」
「砂ごとですか?」
「はい」
理央が収納する。
少し時間を置くと、砂が下へ沈んでいく。
その間に理央は水を鑑定した。
透明な状態から砂を混ぜた直後、さらに沈殿した後まで見比べると、同じ水でも状態によって返ってくる情報が変わる。
「では、上の方だけ出してみてください」
「上だけ?」
「収納の中では砂が下へ沈んでます。上側だけを指定します」
理央が集中する。
水が出た。
最初は透明に見えたが、途中から細かな砂が混ざった。
「あ、入りました」
「少し下まで取ってますね」
「これって、砂と水を分離してるんじゃないんですか?」
「違います。自然に砂が沈んだので、上にある水だけを出してるんです」
「成分分離とは別?」
「別です。収納が水と砂を分けたわけではありません」
「位置を選んでるだけなんですね」
「そうです」
理央はもう一度試す。
今度は上側へ意識を絞った。
それでも少し砂が混じる。
「もう1回やっていいですか?」
「はい」
待ってから再挑戦する。
鑑定で沈み方を見て、上側だけを狙う。
今度は先ほどより澄んだ水が出た。
「できた」
「かなり良くなりました」
理央は水面を見た。
「これ、検索と似てますね」
「どういうところがです?」
「全部出すんじゃなくて、欲しいところだけ決める感じです」
「そうですね」
理央は少し考え、そのまま次を試した。
砂を含んだ水を収納し、沈むのを待つ。
上側だけを放出してから鑑定し、また収納へ戻る。
何度か繰り返しているうちに、新しい表示が浮かんだ。
〖鑑定 Lv4→Lv5〗
「鑑定、上がりました」
「Lv5ですね」
理央はそのまま収納へ意識を向けた。
今度は最初から上側へ範囲を絞る。
澄んだ水が地面へ落ちたところで、もう1つ表示が出た。
〖収納 Lv4→Lv5〗
「収納もです」
澪は理央へ鑑定を向ける。
間違いない。
訓練を始めて4日目で、鑑定も収納もLv5まで届いた。
「両方Lv5です」
「……本当に上がった」
理央が力を抜いた。
「これ、やっぱり速すぎません?」
「かなり速いですね」
「澪さんの時もこんな感じだったんですか?」
「ここまでは速くなかったです」
「じゃあ成長促進?」
「それに薬と、訓練方法が重なってます」
理央は手元の水を見る。
「3つ全部ですか」
「たぶん」
冷たい風が抜けた。
濡れた土の匂いがする。
理央はコートの前を閉じた。
「今日は戻りませんか?」
「そうしましょう。身体も冷えてきましたし」
「よかった」
「Lv5からまた変わるところがあるので、それは次に」
「今は聞かないでおきます」
「その方がいいかもしれません」
六畳間へ戻ると、暖房の空気が身体へまとわりつくように暖かかった。
理央はコートを脱ぎ、ミニテーブルの前へ座った。
疲れはある。
ただし最初の日のように、頭の重さで何もしたくなくなるほどではない。
澪がもう一度鑑定を使う。
「鑑定Lv5。収納Lv5で間違いありません」
「4日でここまで来るとは思わなかったです」
「私もです」
「未使用SPは?」
「6のままです」
理央は少しだけ息を吐いた。
共鳴によって現れた他の芽は、まだ残っている。
「他のスキル、まだ取らなくていいですよね?」
「はい。今は鑑定と収納だけでも十分です」
「私もそう思います」
この数日で、収納に対する印象はかなり変わった。
最初は靴やノートが入るだけでも面白かった。
今は重量物を扱い、水を入れ、出し方まで変えている。
「Lv5だと、次は何が変わるんですか?」
「重量なら200kgくらいが目安になります」
「200kg……」
「分類登録も安定します。あと、収納内の時間は外の半分くらいになります」
理央が顔を上げた。
「時間まで変わるんですか?」
「はい。温度変化もありません」
「収納って、何なんでしょうね」
「収納ですよ」
「澪さんに聞いた私が悪かったです」
理央は少し笑った。
「明日、200kgですか?」
「今日はもうやりません」
「今日は、なんですね」
「次の訓練は考えます」
「やっぱり」
理央は肩の力を抜き、ノートを手元へ寄せた。
その近くでは、シロガネが丸くなっている。
古い燭台はいつもの場所に置かれたままだった。
理央が何気なく鑑定を向けると、表示が開いた。
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【訓練】飯島理央【4日目】
001:鎮守
成長促進を与えたのは、お前だな。
002:燭台
肯定。
003:鎮守
疲れにくくしたのは澪。
004:燭台
肯定。
005:鎮守
限界近くまで使わせているのも澪。
006:燭台
肯定。
007:鎮守
……誰が止めるんだ。
008:燭台
不在。
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