リュシア商会の仕事場は、朝からいくつもの匂いが重なっていた。
蒸した穀物の甘さに、木樽から漏れる発酵の匂い。奥では誰かが容器を積み替えていて、木と木がぶつかる乾いた音がときどき響く。冬なのに、人が動く場所だけは空気が少し暖かい。
澪は通路の邪魔にならない端へ寄り、指を折りながら考えていた。
理央の鑑定はLv6。収納もLv6。錬金はLv2。
昨日、セルマの工房でようやく収納内部の工程をつなげられるようになった。なら次は――と考えたところで、澪の指が止まる。
「次、Lv7ですよね?」
横から理央に言われた。
「そうなんですけど……」
返事がすぐに続かなかった。
頭に浮かんだのは、白い砂だった。
昔、金の洗い場から持ち帰った、ずしりと重い捨て砂。袋を開けても白っぽい砂にしか見えなかったものを、鑑定で追いかけ、収納の中で白金粒、砂金、砂鉄、そのほかの重い鉱物と砂礫へ分けていった。
量は、たしか600kgほど。
身体を動かしていないのに、終わった頃には足元が頼りなくなった。頭の奥を長い時間ぎゅっと絞られ続けたような、あの疲れまで一緒に戻ってくる。
「Lv7は、分離だったなぁって」
理央が澪の顔を覗き込んだ。
「……なんで嫌そうなんですか?」
「ものすごく疲れたんですよ」
「どのくらいやったんですか?」
「600kgくらいです」
「それは疲れますよ」
即答だった。
少し離れたところで木樽の札を見ていたリュシアが、こちらを振り返る。澪はその視線に気づいたが、まだ説明するほど考えはまとまっていない。
今の自分なら、600kgの混合物を分けるだけで身構えることはない。収納の中で種類を分け、必要なものだけを抜き、別々に出す。もう日常の作業になっている。
けれど、最初からそうだったわけではない。
理央には成長促進がある。自分と同じ600kgをそのままやれば同じように上がる、という話でもない。量だけ真似させても意味がないし、逆に量が少なすぎれば、同じ分類を維持する負荷も足りない。
澪は作業場の隅に積まれた穀物袋へ目を向けた。
砂や土、鉱石のように、大量に混ざっていて、分けること自体に意味があるもの。
「あ」
昔の白い重砂から、ひとつの場所がつながった。
金鉱山。
澪が顔を上げると、理央もつられてそちらを見る。
「何かありました?」
「訓練に使えそうなもの、思いつきました」
Lv6でやったのは、収納の中に置いた素材を工程の中で動かすことだった。
次は違う。
最初から混ざっているものを、別々のものとして見つけて、引き離す。
澪はまだそこまで説明せず、理央へ短く言った。
「次は、分離です」
理央は一度だけ目を瞬いたあと、さっき澪が600kgを思い出した時の顔を見返した。
「あ、これ大変なやつだ」
今度は声に出ていた。
澪が目を向けた先では、リュシアが木樽の札をひとつ直していた。
「リュシアさん、最近あれどうなってます?」
「あれじゃ分からないよ」
「金鉱山の捨て石です」
リュシアの手が止まった。
「何に使うんだい?」
やはり先にそこを聞かれた。
澪は理央を示す。
「理央ちゃんの収納がLv6になったので、次は分離なんです。大量にいろいろ混ざっているものが欲しくて」
「それで鉱山の砂かい」
「はい」
理央は2人のやり取りを聞きながら、仕事場の奥を通っていく人を避けて半歩寄った。
澪の頭の中では、昔使った白い重砂が一番分かりやすい。実際、白金も金も砂鉄も混じっていた。訓練したあとも無駄にならない。
けれど、リュシアはすぐに首を横へ振った。
「白い重砂なら、もう商品だよ」
「ですよね」
澪もそこは分かっていた。
昔は洗い場から出る扱いづらい砂だったものが、今は違う。乾かし、粗い混入物を除き、一定の量にまとめて受け取る流れまでできている。白金や砂金が取れると分かった時点で、ただの捨て物ではなくなった。
理央がリュシアを見る。
「訓練に使うだけでも駄目なんですか?」
「駄目ってわけじゃないさ。買うならね」
「買う」
「値がついたものを勝手に持っていったら、商売じゃなくなるだろ」
「ああ……」
理央の視線が、木樽から積み上げられた材料袋へ移った。
無料でもらえる訓練材料を探す、くらいに考えていたらしい。
リュシアはそんな理央の顔を見て、少しだけ口元を緩める。
「捨てるものでも、人が選り分けて運んでくるなら、その手間は誰かがやってる。そこまでタダにしろとは言えないね」
「はい」
理央の返事が素直になる。
リュシアはすぐ仕事の顔へ戻った。
「捨て石なら、まだ出てるだろうけどね。何が残ってるかは現地で聞いた方が早い」
澪はそこで顔を上げた。
「じゃあ、行ってみます?」
理央が一拍遅れて反応する。
「今から行くんですか?」
「行きましょうか」
「思いついてから早くないですか?」
「聞くだけなら早い方がいいですし」
リュシアが澪を見た。
「交渉するなら私も行くよ」
「お願いします」
その返事を聞く前から、リュシアは近くの従業員へ短く声を掛けていた。自分が抜けている間に見る場所だけ伝え、途中だった札を元へ戻す。
理央はその動きを目で追った。
澪と話していた時のリュシアと、仕事中のリュシアは少し違う。口調は同じでも、何を誰へ渡すかが早い。
そして、白い重砂を使わないという話も、それで終わった。
欲しいものが商品なら買う。
捨てるものがあるなら、現場で聞く。
理央の訓練材料探しは、そのまま3人の外出予定に変わっていた。
領都の門を出て、人通りのない場所まで離れてから、澪は4座のエアカーを収納から出した。
足元へ靄が広がり、その中から車体が姿を現す。
理央はもう驚いて立ち尽くしたりはしなかった。後部座席へ乗り込むと、自分からシートベルトを引き出して留める。
それを見た澪は、初めて乗せた時よりずいぶん慣れたなと思った。
ただし、慣れたのは乗り物だけらしい。
「澪さん、ほんとに600kgでLv7になったんですよね?」
発進してすぐ、後ろから念を押された。
「はい」
エアカーはしばらく地上を走り、人家と街道から十分に離れたところでゆっくり浮き上がる。
冬の地面が遠ざかり、薄い色の畑と街道が下へ流れていった。理央は一度窓の外へ顔を向けたが、今日は景色より数字の方が気になるらしい。
「終わった時、ふらつきました」
「ですよね。600kgですもんね」
「ずっと同じものを探しながら分けるので、重さより頭が疲れるんです」
「今日は何kgやる予定ですか?」
澪は前を見たまま答えた。
「収納Lv6なら3tくらい入りますね」
「入る量じゃなくて、やる量です」
助手席のリュシアがすぐ横を向いた。
「澪、質問に答えな」
「……はい」
理央のため息が後ろから聞こえた。
澪としては、まだ3tやらせると決めたわけではない。
収納できる最大量と、同時に分離できる量は別だ。Lv6で3t入るからといって、混ざった3tを一度に細かく分けられるわけではない。自分だって、最初にLv7へ届いた時は600kgほどで限界だった。
だから少量から始める。
理央がどこで苦しくなるのかを見て、量を上げる。
――そこまで言えば安心するかもしれない。
澪がそう考えている間に、後部座席からもう一度声が飛んできた。
「今、3tも候補に入ってますよね?」
「……入る量としては」
「やっぱり入ってるじゃないですか」
「まだ決めてませんよ」
リュシアが前を向いたまま言う。
「その言い方は、たぶんやる時の言い方だね」
「リュシアさんまで」
澪は小さく息を吐いた。
やがて鉱山のある一帯が見えてくる。
目立つ場所へ直接降りることはせず、木立と起伏に隠れる場所へ着陸した。3人が降りると、澪はエアカーを収納へ戻す。
そこからは徒歩だった。
空から見えていた鉱山の音が、近づくにつれてはっきりしてくる。石を割る硬い響き、車輪が地面を噛む音、人の声。
理央は坂の先を見ながら、まだ数字を忘れていなかった。
「600kgですよね」
「はい」
「私、それだけは覚えておきます」
なぜか念を押されながら、澪は鉱山へ向かった。
坑口の近くまで来ると、音だけでなく匂いも変わった。
湿った岩と泥、金属工具の油、それに冬でも身体を動かし続ける人の汗。荷車が通るたびに地面の細かな砂が鳴り、岩を割る音が腹の奥まで響いてくる。
理央は、近くを通った男の腕を思わず目で追った。
太い。
肩も広い。厚い手袋には泥が染み、長靴の脛まで黒く汚れている。出版社で会う大人とは、同じ「働いている人」でも見た目がまるで違った。
その男たちの間へ、リュシアはいつもの歩調で入っていく。
「ちょっと聞きたいんだけどね」
顔見知りらしい男が振り向いた。
「おう。今日は何だ?」
「捨て石を少し欲しいんだけどね」
「捨て石?」
男は3人を順に見た。澪で一度止まり、理央でもう一度止まる。
「何に使うんだ?」
「こっちの都合だよ。使えるか見る」
リュシアは余計なことを足さなかった。
理央は少し後ろからそのやり取りを見ていた。
自分と1歳しか違わない18歳のリュシアが、体格のいい大人の男たちを前にしても声の調子を変えない。偉そうにしているわけでも、愛想で押しているわけでもない。ただ、商売の話をしている。
男は頭を掻いた。
「捨て石ならあるにはあるが、今は分けてるやつもあるぞ」
「分かってるよ。商品になってる方は取らない」
「なら、選り分ける手間がいるな。持ってくならいくらか――」
そこで男が言葉を止めた。
少し離れた下流側へ目を向ける。
「ああ。川底のやつならタダだぞ」
リュシアの眉が上がった。
「川底?」
「泥が溜まってる。そろそろさらわなきゃならねえからな」
別の男も話に入ってきた。
「洗い場の下から流れて溜まるんだよ。砂も石も混じってる。持ってってくれるなら、こっちは助かる」
リュシアはすぐに無料という言葉へ飛びつかなかった。
「持ってっていいところは?」
男が下流を指す。
「あの曲がりから、向こうの浅いところまで。そこなら好きに持ってけ」
「今使ってる流れには触らない?」
「そこは外れてる」
「さらったあと、崩れたりして困るところは?」
「底の泥を取るだけなら平気だ」
リュシアはもう一度、指された範囲を目で追った。
「じゃあ、そっちでいいよ」
理央はそこでようやく息を抜いた。
男たちは見た目ほど怖くなかった。というより、最初から怖がられる前提など持っていないらしい。こちらが何に使うのかを気にしたのも、仕事の場所だからだった。
リュシアが振り返る。
「澪、勝手に広げるんじゃないよ。言われた範囲だけ」
「はい」
「水の流れも変えない」
「はい」
今度は理央が小さく笑った。
「澪さん、私より先に注意されてますね」
「今日は私が取る側なので」
鉱山の男がその会話を聞きながら、下流へ案内するように歩き出した。
欲しかったのは訓練用の混合物だった。
その候補が、鉱山側にとっても取り除きたい川底の泥だった。
リュシアは無料になった理由まで確かめてから、ようやく話を決めていた。
洗い場から少し下った川は、膝どころか足首ほどの浅さしかなかった。
澄んだ水の下に、黒や茶色の筋が何層にも溜まっている。流れの弱いところでは泥が厚く、靴先を入れるだけで細かな濁りがふわりと舞った。
澪は岸からしゃがみ込み、水底へ意識を向けた。
鑑定すると、ただの泥に見えていた川底の中に、泥や砂、砂利のほか、石英系や鉄系の粒、それ以外の重い鉱物や金属粒まで混じっていることが分かった。
「これなら良さそうですね」
理央が澪の横から水底を覗き込んだ。
「ただの泥にしか見えませんけど」
「それくらい混ざってる方が、分離の練習にはちょうどいいです」
最初から綺麗に選別されていたら訓練にならない。
何が混じっているのかを鑑定で捉え、同じものをまとめて分ける。その練習に使うなら、見た目では一つにしか見えないくらいの方がいい。
「理央ちゃんは見ててください。持っていくのは私がやります」
「はい」
澪は鉱山側から示された範囲をもう一度確かめた。
流れそのものではなく、底へ積もった土砂だけ。
収納範囲を川底へ薄く沿わせる。
靄が水面の下へ広がった。
水はそのまま流れ続ける。その下から、泥、砂、小石、黒い重砂がまとまって消えていった。底を深くえぐるのではなく、堆積している部分だけをなぞるように取っていく。
理央が立ち上がり、少し離れた場所まで目で追った。
「水、なくならないんですね」
「今回は水を指定してませんから」
「そこまで分けて取れるの、便利すぎません?」
「Lv10ですから」
「その返事で納得していいのかな……」
澪は範囲を広げすぎないように注意しながら、訓練に使う分だけ収納した。
10tほど。
理央のLv6収納では一度に入らない量だが、これを全部同時に使うわけではない。少量ずつ取り出し、訓練するには十分すぎる。
岸へ上がると、案内してきた鉱山の男が川底を覗き込んだ。
「もう終わりか? もっと持ってっていいぞ」
泥さらいの手間が減る側としては、むしろ歓迎らしい。
リュシアが首を横へ振る。
「今日はこれで十分だよ」
「そうか。欲しくなったらまた言え」
「その時はね」
理央は、さっきまでただの泥だった川底をもう一度見る。
澪には訓練に使えるものが見えているらしいが、理央にはまだ黒や茶色の土砂にしか見えない。
何がそんなに都合がいいのか。
それを調べるのは、持ち帰ってからになった。
澪は収納した10tを意識し、採石場の秘密基地へ持っていくことにした。
あそこなら、大量の砂泥を広げても誰かに見られる心配はない。
午後、3人は採石場の秘密基地へ移った。
外から人が入ってこない広い作業場所へ、澪が川底の堆積物をほんの一部だけ出す。
靄が引くと、濡れた砂泥が低い山になって床へ落ちた。水を含んだ泥の匂いが広がり、黒い粒と白っぽい石がところどころ光を返す。
「これを使います」
理央は泥山を見た。
「さっきの川底ですよね?」
「はい。まず鑑定してみてください」
「分かりました」
理央はしゃがみ込み、目の前の砂泥へ意識を向けた。
鑑定すると、見た目には一つだった泥の中に、泥や砂、砂利だけでなく、石英系や鉄系の粒、砂金、白金粒を含む重砂、そのほかの重鉱物まで混じっているのが分かった。
理央の目が少しずつ大きくなった。
「……これ、全部混ざってるんですか?」
「混ざってます」
「川ではただの泥にしか見えなかったのに」
「だから練習にちょうどいいんです」
理央はもう一度、目の前の山を見る。
鑑定を使う前と、見た目そのものは何も変わっていない。
それでも、もう一種類の泥には見えなかった。
「分離って、どういう感じでやるんですか?」
澪も隣へ腰を落とした。
昨日は、自分が当たり前にやっていた収納内部の工程を説明できず、真壁に植物細胞の話まで持ち出してもらうことになった。
今日は同じ失敗をしたくない。
分離という言葉だけを渡すのではなく、自分が何を見ているのかまで、できるだけ言葉にする。
「最初に、これを一つの物だと思わないんです」
「一つじゃない?」
理央が目の前の泥山を見る。
「同じところに混ざってますけど、泥と砂と砂鉄と金は、全部別の物ですよね」
「はい」
「鑑定で何が入っているか分かったら、私は『この中の金全部』みたいに考えます」
理央の視線が泥から澪へ戻った。
「同じものを、まとめて一つとして見る?」
「そうです。一粒ずつ探して拾うんじゃなくて、同じ種類をまとめて対象にします」
言いながら、澪は自分の収納へ少量の砂泥を入れた。
鑑定で中身を捉え、まず泥、次に砂、最後に重い粒という大きな3つのまとまりとして意識する。細かく分ければもっとあるが、今は見せるだけなので、それで十分だった。
まず泥だけを出すと、靄の中から湿った塊が床へ落ちた。少し離れたところへ砂を出し、最後に黒っぽい重い粒をまとめて置く。
理央は3つの山を見比べた。
「一個ずつ拾ってるわけじゃないんですね」
「はい。まとめて一つとして扱う感じです」
「鑑定で『これとこれは同じ』って見て、それを収納でまとめて動かす?」
「そんな感じです」
澪は昨日の治癒草を思い出した。
「昨日は、最初から余計なものが混ざらないようにしましたよね」
「蒸気に薬効だけ乗せるやつ」
「はい。今日は逆です。もう混ざっているものを、あとから分けます」
理央は目の前の泥山へ戻った。
しばらく黙って見てから、口を開く。
「……昨日より面倒ですね」
「ものすごく疲れます」
「そこだけ実感こもってますね」
少し離れていたリュシアが笑った。
「600kgの顔をまだしてるからね」
「そんな顔してます?」
「してるよ」
澪は自分の頬へ触れたが、何も分からない。
理央はもう泥山を見ていた。
最初は一つに見えたものを、一つだと思わない。
金を探すのではなく、この中にある金を全部まとめて一つとして見る。
その考え方が通じたらしく、さっきまでの「分離」という言葉より、理央の視線が具体的になっていた。
理央は澪が分けて出した3つの山を見ながら、別のところで引っかかった。
「分けたものって、どこへ行くんですか?」
「どこへ?」
「収納の中で。金を分けて、砂を分けて、泥を分けたら、同じところに置いたらまた混ざりません?」
「ああ」
澪はそこで、自分の収納内部を思い浮かべた。
物を入れた時、全部が同じ場所に無造作に積まれている感覚はない。自分の場合は棚や置き場所に近い。何がどこにあるかを分類し、探せるように置いている。
ただ、真壁やヴァルトは少し違った。
「真壁さんやヴァルトさんは、部屋を作ってるみたいですね」
「収納の中に?」
理央の顔が上がる。
「はい。金属の部屋、食料の部屋、みたいな感じです。実際の部屋があるというより、そう考えた方が分かりやすいみたいですけど」
「澪さんは?」
「私は棚とか、分類場所ですね」
「じゃあ同じにしなくていいんですね」
「自分が分かりやすければ大丈夫です」
理央は少しだけ目を伏せた。
自分の収納にも、これまで物を入れた時から棚のような感覚があった。きっちり木の棚が見えているわけではない。それでも、ここに置いた、あっちには別のものがある、と意識すれば迷いにくい。
Lv6になって工程を組んだ時も、材料と回収先を置く場所は自然に分けていた。
「じゃあ、今ある棚を分ける感じでやってみます」
「それがいいと思います」
理央は自分の収納へ意識を向ける。
いつもの棚を思い浮かべ、その一角を泥に、別の一角を砂に使う。重いものを置く場所も、もう一つ分けた。
まだLv7の機能として何か新しい部屋ができたわけではない。今ある収納の中で、自分が迷わないように行き先を決めるだけだ。
澪はその様子を見ながら、昨日とは少し違う手応えを感じていた。
真壁の「部屋」をそのまま理央へ押しつけなくていい。
澪の「棚」とも同じでなくていい。
収納は同じスキルでも、使う人の頭の中まで同じではない。
「分離するものを決めるだけじゃなくて、分けたあとにどこへ置くかも決めておくと迷いにくいです」
「泥を見つけてから置き場所を考えるんじゃなくて、先に泥の棚を作る?」
「はい」
「それなら分かるかも」
理央が小さく息を吐いた。
リュシアは壁際に寄ったまま、口を挟まずに聞いている。
澪が理央の収納の中を見られるわけではない。
だから、理央自身が分かる形を作るしかない。
しばらくして、理央が顔を上げた。
「やってみます」
さっきまで一つだった泥山が、理央の中ではもう、3つの行き先を持つものに変わっていた。
最初から金や白金まで分けることはしなかった。
澪が用意したのは100kgほどの川底堆積物だった。
理央のLv6収納なら、量だけを見れば余裕がある。けれど今日の相手は重さではない。
「最初は3つだけにしましょう」
澪が土砂を示す。
「泥。砂と砂利。それから重い粒です」
理央が少し不満そうに見る。
「金はまだ分けないんですか?」
「まだです。まず大きく分けます」
「いきなり細かくやるより、その方がいいね」
リュシアにも言われ、理央は諦めて頷いた。
「分かりました」
100kgの土砂を収納する。
靄が消えたあと、理央はすぐに動かさなかった。
昨日、曖昧なまま工程を動かして何度も失敗したばかりだ。最初に何が入っているかを見る。
鑑定。
泥を一つのまとまりとして捉える。
砂と砂利を別にする。
比重の大きい粒を、そのどちらとも違う対象として見る。
「泥からやります」
理央が意識を集中する。
泥は、この棚。
そう決めて動かした瞬間、眉が寄った。
「……あれ?」
出してみる。
床へ現れた泥の中に、細かな砂がかなり混じっていた。
澪は手を出さず、理央が見るのを待つ。
「砂まで来てます」
「どこまでを泥だと思いました?」
「濁ってる細かいやつを……」
理央は言いながら、自分で気づいた。
「細かい砂も一緒に見てた」
「たぶん、それですね」
もう一度収納する。
鑑定。
今度は粒の大きさだけでなく、泥として扱う部分と細砂の境界を意識する。
少し良くなった。
だが重い粒を集めようとすると、今度は黒っぽい砂まで一緒についてくる。
「重い、だけじゃ駄目だ」
理央が独り言のように言った。
「鑑定で、何を同じものとして見ているかが曖昧なんだと思います」
澪はそこまで言い、また手を止める。
答えを渡しすぎれば、理央が自分で境界を掴む訓練にならない。
出す。
見比べる。
もう一度鑑定する。
収納へ戻し、対象を変える。
数回繰り返したところで、床には湿った泥と砂や小石、それに黒や白の重い粒が混じる小さな山が、それぞれ離れて並んだ。
理央はそれぞれを鑑定し、ようやく肩の力を少し抜いた。
「大きくは分かれました」
「じゃあ次です」
「ですよね」
理央はもう逃げなかった。
重い粒だけを改めて鑑定する。
今度は、見た目の差がもっと小さい。
砂鉄。
砂金。
白金粒。
そのほかの重い鉱物。
「これを分けるんですか」
「ここからが本番です」
「言うと思いました」
理央は砂金を一つの集団として捉えようとした。
一粒を見つけるのではない。
この中にある砂金全部。
行き先は、金の棚。
動かす。
出す。
鑑定する。
「砂鉄、残ってます」
「はい」
次は白金粒。
出してみると、別の重鉱物が混じった。
「こっちも」
「もう一回ですね」
理央が澪を見る。
「簡単に言いますね」
「私もやりましたから」
「600kg」
「まだ100kgです」
「そういう意味じゃないです」
リュシアが吹き出した。
理央は口を尖らせたが、すぐに重い粒へ視線を戻した。
鑑定する。
何を同じものとして扱ったのかを見直す。
もう一度分ける。
結果を外へ出して、また見る。
正式な成分別分離を持っているわけではない。
今使える鑑定と分類、収納内部で対象を動かす感覚をつなぎ合わせて、まだ持っていない操作へ手を伸ばしている。
何度目かのやり直しで、砂金側に混じる黒い粒が目に見えて減った。
理央はそこで初めて、少し笑った。
「これなら、さっきより分かります」
分ける、と念じただけでは動かなかったものが、鑑定で対象を細かく捉え直すたびに少しずつ分かれていく。
100kgの泥山は、ようやくLv7へ向かう練習台になり始めていた。
100kgを何度か分け直して、理央の手つき――正確には、収納へ向ける意識――が安定し始めたところで、澪は量を増やした。
次は300kg。
終われば、分けたものを全部外へ出す。
理央の収納を空にしてから、また次を入れる。
最初の100kgを入れっぱなしにして300kgを足すようなことはしない。Lv6の容量は約3tでも、今日は持てる量を試しているわけではなかった。
300kgでは、大きな分け方に迷わなくなった。
泥を寄せ、砂礫を別へ送り、重い粒を残す。
そこから砂鉄、砂金、白金粒、そのほかの重鉱物へ絞っていく。
それでも外へ出して鑑定すると、完全ではない。
「金の方に黒いのが残ってます」
理央は床へ出した小さな粒の山を睨んだ。
「最初よりずっと少ないですよ」
「でも残ってるんですよね」
「はい」
「じゃあ駄目です」
澪は、その言い方に少しだけ笑いそうになった。
理央は疲れてきているのに、そこで雑に済ませる気はないらしい。
300kgを全部出し、収納を空にする。
次は600kg。
床へ出された量を見て、理央の口が少し開いた。
「これで、澪さんがLv7になった時くらいですか?」
「はい。このくらいでした」
「これでですか?」
「はい」
理央はしばらく600kgの山を見ていた。
100kgの時には訓練材料だった泥が、600kgになると普通に作業場を占領する。しかも、見えている全部をただ収納するだけでは終わらない。その中の同じ種類を、最後まで同じものとして追い続けなければならない。
「……やります」
靄が広がり、土砂が消えた。
最初の大分類はできた。
理央の表情にも余裕がある。
砂鉄と砂金を分け、白金粒を別へ送るところまでも、100kgの時より速い。
けれど量が増えるほど、同じ判断を維持する時間も長くなる。
理央の返事が減った。
身体はほとんど動かしていないのに、額に汗が浮く。ときどき眉間へ力が入り、呼吸が浅くなる。
澪には、その感覚がよく分かった。
自分が昔ふらついたのも、600kgを持ち上げたからではない。
この砂金はさっきの砂金と同じ。
この黒い粒は砂鉄。
これは別の重鉱物。
何百kgもの混合物に対して、その認識を切らさず持ち続けることが重かった。
「一度出しましょう」
「まだできます」
「最後までやってからです」
理央は唇を結び、作業を続けた。
やがて600kg分を外へ出す。
大きな分類は綺麗に分かれていた。重鉱物の細分も、かなり進んでいる。
理央がすぐ再鑑定する。
数秒後、肩が落ちた。
「……まだ混ざってます」
砂鉄側に金の粒。
白金側には別の重鉱物。
目立つほどではない。けれど鑑定すると残っている。
澪は結果を見てから言った。
「私の時より、もう少しですね」
「600kgやったのに?」
「同じ重さなら上がるわけじゃないみたいです」
「先に言ってください」
「やってみないと分からなかったので」
「それはそうですけど……」
理央は反論の行き場をなくして、座り込んだ。
ここで一度、しっかり休ませる。
分離した素材はすべて外へ出してある。収納内部は空だ。
理央は水を何度かに分けて飲み、壁にもたれた。澪が鑑定すると、身体に異常はない。ただ、集中力の消耗と疲労は大きい。
「すぐ再開しませんから、休んでください」
「澪さんがそれ言うんですね」
「言いますよ」
リュシアが横から口を挟む。
「自分に言われると聞かないけどね」
「今は理央ちゃんの話です」
「ほら、聞かない」
理央が水を持ったまま笑った。
十分に休んでから、1tへ進んだ。
今度は600kgの時より、最初の分け方が速い。
鑑定して対象を決め、動かし、再び鑑定する。混じっているところだけをやり直す。
終われば全部出す。
まだ細かな混ざりが残る。
次は2t。
さすがに理央の顔から笑いが消えた。
けれど、手順そのものは崩れない。
量が倍になっても、泥の行き先を見失わない。砂礫と重鉱物を混同しない。砂鉄を分けている途中で、すでに分けた砂金側へ意識を引っ張られない。
最初の100kgで何度も曖昧になった境界が、かなりはっきりしている。
2tを外へ出したあと、理央は床へ両手をついた。
「……これ、まだ上がってないです」
「ですね」
「次、何tですか?」
澪は収納してある残りの川底堆積物へ意識を向けた。
「Lv6なら、3tくらい入ります」
理央がゆっくり顔を上げる。
「ほんとに3tやるんですか?」
「ここまで来たので」
「澪さん、600kgだったんですよね?」
「はい」
「3tですよね?」
「はい」
今度はリュシアが理央の肩を軽く叩いた。
「理央、もう諦めな。その顔はやらせる顔だよ」
「分かってきました……」
澪は別に無理をさせたいわけではない。
3tを入れられることと、3tを分けられることは違う。だからこそ、100kgから始め、300kg、600kg、1t、2tと繰り返してきた。
理央の状態を見て、無理なら止める。
ただ、今なら最後まで届きそうだった。
床に出ている分離済みの素材をすべて端へ寄せ、理央の収納が空なのを確かめる。
残る最後の課題は、約3tだった。
最後の川底堆積物が、作業場の床へ低い山を作った。
約3t。
理央は立ったまま、その全体を見た。
最初なら、泥の山にしか見えなかったはずだ。
今は違う。
泥と砂礫がある。石英系の粒がある。鉄系の重い粒が混じり、その中に砂金と白金粒がある。さらに、どれにも入らない重鉱物が残っている。
同じところに重なっているだけで、同じ物ではない。
「入れます」
「無理だと思ったら止めてください」
「はい」
理央が深く息を吸った。
靄が3t近い土砂を包み、床から消していく。
収納内部の棚を意識し、泥と砂礫、重鉱物の行き先をそれぞれ決める。さらに細かく分けたものを置く場所も、最初から用意する。
鑑定。
大きく分ける。
理央の額へ、すぐ汗が浮いた。
600kgの時より5倍近い量がある。対象が増えたわけではない。それでも、一つの分類として捉え続ける範囲が広すぎる。
泥を動かしている途中で、砂礫側の境界が揺らぐ。
理央はそこで止めた。
「……今、砂も引っ張りました」
「戻せます?」
「やります」
誤って動かした部分だけを戻す。
もう一度鑑定する。
泥の境界を取り直して分けると、次は砂礫へ移る。そこから石英系を分け、鉄系を含む重い粒へと進めた。
ここまで終わった時点で、理央の呼吸はかなり深くなっていた。
それでも、最初の100kgのように「何を分ければいいか」は迷っていない。
問題は量だった。
集中を切らさず、同じ対象を最後まで追えるかどうか。
重鉱物をさらに見る。
砂鉄。
砂金。
白金粒。
そのほか。
金の棚へ砂金を送る。
白金は別。
鉄系も混ぜない。
理央は途中で何度も鑑定を挟んだ。
分けたつもりでも、まだ混ざっているところだけを拾い直す。
出庫して確かめる余裕はない。収納内部で状態を見ながら、分類の境界を修正していく。
澪は横から理央の顔を見ていた。
声を掛ける回数を減らす。
ここで「大丈夫ですか」と何度も聞けば、そのたびに理央の集中を切ってしまう。
身体の異常がないことだけは鑑定で見ている。
リュシアも、もう冗談を言わなかった。
秘密基地の中には、理央の呼吸と、ときどき外から聞こえる風の音だけが残る。
どのくらい経ったか。
理央の肩が一度大きく上下した。
「まだ、あります」
自分で言った。
白金側に別の重鉱物が残っている。
砂金側にも、ごく細かな鉄系の粒。
600kgでも、1tでも、2tでも最後に残ったものだった。
鑑定。
今度は「白金っぽい重い粒」ではない。
白金粒そのものを一つの対象として捉える。
ほかは入れない。
砂金も同じ。
金色だからではなく、砂金として鑑定できたもの全部。
理央の眉間に深く皺が寄る。
収納の中で、最後の混在部分がほどけていく。
再鑑定。
まだ一粒分の違和感。
「もう一回」
誰に言うでもなく呟いた。
分離。
再鑑定。
今度は止まらない。
理央が長く息を吐いた。
「……できた」
その直後だった。
理央の表情が変わる。
「え」
「どうしました?」
「……上がりました」
「収納ですか?」
「鑑定もです」
澪が理央の状態を確かめる。
----------------------------------
飯島理央
鑑定:7
収納:7
錬金:2
未使用SP:5
----------------------------------
「鑑定Lv7。収納Lv7ですね」
理央は表示を見たまま、喜ぶより先にその場へしゃがみ込んだ。
「疲れました……」
「ですよね」
「その返事、600kgの経験者としてですか」
「はい」
「私、3tです」
「はい」
「そこはもうちょっと申し訳なさそうにしてください」
「でも、上がりましたし」
理央が顔だけ上げて澪を見る。
「結果よければ全部いいと思ってません?」
返事をする前に、リュシアが横から言った。
「ちょっと思ってる顔だね」
「思ってません」
澪は否定したが、理央は信じていない顔をしていた。
それでも、収納の中はさっきまでと違っていた。
仮に「泥はここ」「砂はここ」と意識していた置き場所が、以前より輪郭を持って分かれる。分離したものの行き先を、頭の中で必死に維持しなくても崩れにくい。
容量も、約3tから約10tへ広がっている。
いままでLv6の鑑定と分類、工程操作を組み合わせて無理に成立させていた分離が、収納そのものの能力として馴染んだ感覚があった。
数字が一つ増えただけではない。
3tの泥山を最後まで分け切ったあとで、理央の収納内部そのものが、ひとつ段階を変えていた。
Lv7になったからといって、すぐ次の作業へ移ることはしなかった。
理央はしばらく床へ座り込み、水を飲んでいた。
その間に澪は、収納から出した分離済みの素材が互いに混ざらないよう間を空ける。泥色の山、砂礫、黒い砂鉄、細かな金色の粒、白金粒。そのほかの重鉱物も別にしてある。
元は全部、同じ川底にあったものだ。
「もう動けます?」
リュシアが聞く。
「動けますけど、3tはもう嫌です」
「今日はもうやらせませんよ」
澪が答えると、理央は露骨に安心した顔をした。
「その言葉、先に欲しかったです」
「次は少量です」
「次あるんですか?」
安心した顔がすぐ消えた。
澪は理央の反応を見ながら、自分がLv7になった時を思い出していた。
白い重砂を分け切ったあと、白金粒をそのまま粒で置いておかず、収納の新しい機能で一つにまとめた。
「増えた機能、見てみてください」
「機能?」
理央が自分の収納へ意識を向ける。
成分別分離、出所別登録、重量管理、複数区画。増えた項目を追っていた理央の意識が、その先で止まった。
「溶解……固形化?」
「はい」
「これ、何に使うんですか?」
「インゴットにできますよ」
疲れて半分眠そうだった理央の目が、少しだけ開いた。
「……金の延べ棒?」
リュシアが肩をすくめる。
「やってみればいいだろ」
「ちょっとだけですよ」
澪は先に釘を刺した。
「大量加工はしません。新しい機能が使えるか見るだけです」
「はい。ちょっとだけなら」
理央は座ったまま、分離した白金粒の一部を収納した。
さっきまで3tを相手にしていたせいで、量が小さいだけでも気持ちが軽い。
白金粒を指定する。
溶解。
炉も火もない。
収納の中で、ばらばらだった粒という形がなくなり、一つの素材としてまとまっていく。
「うわ……」
「どうです?」
「まとまりました。なんか、液体にしたって感じとも違うんですけど……一つになってます」
「そのまま形を決めてください」
「形」
理央は一瞬考え、分かりやすい直方体を思い浮かべた。
固形化。
出庫する。
靄が引いた床に、小さな白金の塊が現れた。
理央はすぐ手を伸ばしかけ、途中で止める。
「熱くないですか?」
「収納の機能なので、炉から出した金属とは違います」
「それ先に聞いてよかった」
理央は鑑定してから持ち上げた。
小さいのに、見た目より重い。
「白金だ……」
次は金。
分離済みの砂金と金粒から、ごく一部だけを指定し、溶解で一つにまとめてから固形化する。
今度は黄色い小さなインゴットができた。
理央の疲れた顔に、少しだけ笑みが戻る。
「ほんとに金の延べ棒になった」
「小さいけどね」
リュシアは驚くより、できた金属塊と元の粒を見比べている。
最後は鉄だった。
ここだけは、砂鉄や鉄系鉱物をそのまま固めない。
理央は分離済みの鉄系鉱物を少量だけ収納し、Lv7になったばかりの成分別分離へ意識を向ける。
「鉄の成分だけ?」
「はい。ほかの成分と分けてからです」
鑑定で対象を絞る。
3tを分けていた時のような苦しさはない。
さっきまで必死に組み合わせていた操作が、今はひとつの機能として応じる。
鉄成分だけを分け、溶解でまとめてから形を決めて固形化する。
暗い金属光沢を持つ、小さな鉄のインゴットが現れた。
3本を並べると、白金は鈍い白色を、金は鮮やかな黄色を、鉄は暗い金属光沢を返した。
その少し向こうには、まだ湿った泥が残っている。
理央は3本を順番に見たあと、その泥へ目を移した。
「これ、全部あの泥に入ってたんですよね?」
「入ってましたね」
リュシアは金の小さな塊を覗き込んだ。
「捨てる前に分ければ、荷になるってことだね」
商人の目には、もう泥と金属が別の商品候補として映っているらしい。
ただ、今日はそこから商売の話へ広げなかった。
理央は白金、金、鉄をもう一度見比べる。
Lv7という数字だけなら、表示を見た瞬間に分かっていた。
けれど、川底の泥からここまで分け、最後に自分の手元へ金属の形で出してみると、できるようになったことの大きさが違って見える。
そして、そこまで考えたところで、別のことも思い出した。
理央が澪を見る。
「……600kgでふらついた人が、どうして私には3t近くやらせたんですか」
「成長促進がありますから……」
「それ、理由になってないですよね」
澪の返事が止まった。
すぐ横から、リュシアの声が飛んでくる。
「ほらね」
「でも、途中で状態は見てましたよ」
「そういう問題じゃないです」
理央は疲れ切った顔のまま言い返した。
その前の床では、川底の泥から生まれた3本の小さな金属塊が、秘密基地の照明をそれぞれ違う色で返していた。