理央はまだ床に座っていた。
秘密基地の作業場所には、さっきまで一つの泥山だったものが、間を空けて並んでいる。濡れた泥に砂礫、黒い砂鉄、細かな金色の粒、白金粒。それぞれを見れば分かるのに、元は全部、同じ川底に積もっていたものだ。
収納がLv7になったことは嬉しい。それでも今は、立ち上がる気になれなかった。
「疲れた……」
理央は水を一口飲み、容器を両手で持ったまま膝へ置いた。
澪はその横で、収納の中へ意識を向ける。
金鉱山の下流から持ってきた堆積物は約10t。理央の訓練でかなり使ったものの、まだ手を付けていない分が残っている。床へ出した分も含めれば、このまま置いて帰る量ではない。
「せっかくなので、残りも分けてしまいましょうか」
理央の顔が上がった。
「まだやるんですか?」
返事だけは妙に速い。
「理央ちゃんは見てるだけでいいですよ」
「……見てるだけ?」
「はい」
理央は澪の顔を数秒見つめた。
さっきも「3tくらい入ります」と言われたあと、本当に3t近くやることになった。警戒される理由に心当たりがあるので、澪はもう一度言う。
「ほんとに見てるだけです」
「じゃあ、見ます」
ようやく理央の肩から力が抜けた。
リュシアは床に分けられた素材を眺めていたが、澪の言葉を聞いてこちらへ寄ってくる。
「澪がやるところをちゃんと見るのは、そういや久しぶりだね」
「そうですか?」
「最近は気づいたら終わってることが多いからね」
言われてみれば、澪自身が収納で何かを分けるところを、わざわざ人に見せる機会はほとんどない。
必要なものを入れ、分けて、使える形で出す。
今ではそれが普通になっている。
けれど理央にとっては、ついさっきまで何度も失敗しながら覚えたばかりの操作だ。
澪は収納に残っている川底の堆積物から、少量だけ床へ戻した。
靄が引くと、黒っぽい砂泥が低く広がった。まだ水分を含んでいて、乾いた採石場の空気の中に川底の匂いが戻ってくる。
「じゃあ、2人とも鑑定してみてください」
理央が首を傾げた。
「収納を?」
「私が何を分けてるかです」
「ああ、そっち」
理央は水の容器を横へ置き、座り直した。
リュシアも砂泥へ目を向ける。
澪は2人が見ているのを確かめてから、残りの堆積物へ手を伸ばした。
今度は理央がやる番ではない。
さっきまで何度もやり直していた作業を、澪がどう扱っているのかを見る番だった。
理央が鑑定を使うと、床に出された砂泥の見え方が変わった。
最初に目へ入ったのは、金でも白金でもない。
泥と砂だった。
「……普通に泥が多い」
「川底ですからね」
澪の返事に、理央はもう少し奥まで鑑定する。
黒っぽく見える部分の大半は泥や細かなシルトで、明るい粒は石英質の砂が多い。小石や砂利も混じっている。その中へ砂鉄やガーネット、ジルコンなどの重い鉱物が散らばり、さらに量の少ない別の鉱物が重なっていた。
理央は床に並ぶ分離済みの山と、まだ澪の収納に残っている分を見比べた。
「約10tって言ってましたけど、ほんとにほとんど砂と泥なんですね」
「実際には9.6tくらいです。そのうち泥と普通の砂と砂利だけで、かなりの量があります」
澪も鑑定結果を追う。
泥とシルトが約3t。石英質の砂や普通砂が4t弱。砂利や小石が1t弱。それだけで大部分を占めていた。
残りに砂鉄があり、チタン鉄鉱やルチル、ガーネット、ジルコンなどが混ざっている。さらに量の少ない鉱物もあるが、今ここで全部名前を読み上げる意味はない。
理央の視線が別の数字で止まった。
「金、少ないですね」
「今回は川底をそのまま持ってきましたから」
全体から見れば砂金は約0.5kg、白金粒も約1.5kgほどしかない。
金属として見れば十分な量だが、9.6tの山を頭に置いたあとでは、理央が「少ない」と言いたくなるのも分かる。
リュシアが鼻で笑う。
「そりゃ泥さらいで金ばっかり出たら、鉱山より川を掘るよ」
「それはそうですけど」
理央は自分で言ってから、少し恥ずかしそうに口を閉じた。
澪は床の砂泥を指先で示す。
「前に扱った白い重砂は、これをもっと選り分けた後のものです。重い鉱物が集まった状態でした」
「だから白金も金も多かったんですね」
「はい。今回は、その前の段階です」
理央はもう一度、黒と茶色の混じった山を見る。
金鉱山の川底から持ってきた、と聞いた時には、どこかで宝の山のようなものを想像していた。
実際に鑑定すると、宝より先に出てくるのは泥と砂ばかりだった。
その中から何を使える形で取り出せるのか。
理央の目が、今度は澪の手元へ移った。
澪は未処理の堆積物を収納へ戻した。
靄が床を薄くなぞり、砂泥の山が消える。
理央とリュシアは、そのまま鑑定を続けていた。
収納の中そのものが目で見えるわけではない。それでも鑑定を通すと、澪が何を対象にしているかは追える。
まず泥と細かなシルトが離れた。
その次に砂と砂利が分かれ、重い鉱物を含む部分だけが残る。そこから鉄系、チタンを含む鉱物、結晶質の鉱物、砂金、白金粒へと対象が細くなっていく。
理央の眉が寄った。
「……私がさっきやってたのと同じですよね?」
「基本は同じですよ」
「速度が全然違います」
澪は返事をしながら、砂鉄側へ紛れた別の粒を外す。
分けて終わりではない。
一度分けたものを鑑定し、混ざりがあれば対象を取り直して、もう一度分ける。理央が何度も繰り返していたことを、澪は短い間に続けているだけだ。
「慣れます」
「その言葉、信用していいんですか?」
リュシアがすぐ横から口を挟んだ。
「澪の『慣れます』は当てにしない方がいいよ」
「なんでですか」
「本人が慣れすぎてるからだよ」
理央が小さく頷いた。
「それは分かります」
「理央ちゃんまで」
澪は言い返したが、手は止めなかった。
砂金を寄せ、白金粒を別へ送る。ガーネットとジルコンも混ぜず、鑑定で区別できる鉱物はそれぞれ分けていく。
何か特別な一発の魔法を使っているわけではない。
理央には、それが分かる。
自分が100kgで失敗した時も、600kgで混ざりを残した時も、やっていたことの根は同じだった。ただ、澪は迷う時間がほとんどない。
「これ、全部頭の中で行き先決めてるんですか?」
「私は分類場所を作る方が分かりやすいので」
「やっぱり棚なんだ……」
理央の呟きに、澪は少しだけ笑った。
残っていた未処理分が片づくと、今度は床にある理央の訓練成果へ目を向ける。
「こっちも見ますね」
「え、採点ですか?」
「採点じゃないですよ」
理央が身構えたので、澪は先に否定した。
100kg、300kgの段階で分けたものは、ほとんど問題がない。600kg、1t、2tと量を増やした時の山には、鑑定するとごく細かな混ざりが残っていた。
澪はそこだけを追加で分ける。
「これくらいなら、そのままでも分からないですね」
「でも鑑定すると分かるんですよね」
「分かります」
「じゃあ気になる……」
理央は疲れているのに、そこだけは妙に真面目だった。
最後の混ざりを取り除き、澪は全体をもう一度鑑定した。
約9.6t。
川底では一つだった堆積物が、今は種類ごとに完全に分かれている。
理央はその光景を見回し、さっきまで自分が相手にしていた泥山との違いに、しばらく言葉が出なかった。
仕分けが終わっても、澪はそこで手を止めなかった。
床にある砂金を少量だけ収納へ戻す。
理央がすぐ反応した。
「さっきやったやつですね」
「はい。Lv7ならここまではできます」
砂金の中から金として扱う成分をまとめ、収納の中で一つにする。炉へ入れたわけでも、炎を当てたわけでもない。ばらばらだった粒がまとまり、固形化すると、小さな金のインゴットになって靄の中から現れた。
次は白金粒。
同じように成分を分け、一つにまとめてから形を整える。
白金の小さな塊が金の横へ並んだ。
「昨日は自分でやったのに、澪さんがやると簡単そうに見えるの、ちょっと嫌です」
「簡単ではないですよ」
「その速さで言われても」
理央が口を尖らせる。
澪は砂鉄や鉄を含む鉱物へ目を移した。
こちらは鉱物の塊をそのまま棒にするわけではない。鉄として扱う部分だけを分け、それを溶解と固形化でまとめる。
暗い金属光沢のインゴットが増えた。
リュシアは3つの金属を順に見てから、まだ残っている鉱物へ目を向ける。
「ほかのも同じようにするのかい?」
「できるものは、ですね」
澪はクロムや錫、タングステンを含む鉱物を、それぞれ鑑定で区別した。
目的の金属成分を取り出せるものは分離して素材へまとめる。ただし、何でも同じ扱いにはしない。
チタン鉄鉱やルチル、リューコキシンへ来たところで、澪は加工を止めた。
理央が気づく。
「それは固めないんですか?」
「これは種類ごとに分けるだけにします」
「なんで?」
「チタンの原料なので、真壁さんに渡します」
澪はチタン鉄鉱、ルチル、リューコキシンを混ぜずに分けていく。
リュシアも鉱物を見た。
「金属にするところは真壁の仕事だね」
「はい。チタンになってからなら、リュシアさんでも加工できますよね?」
「そりゃできるよ。金属になってるなら、形を変えるだけだからね」
澪は3種類を、真壁へ渡す分として分けておいた。
モナザイトやゼノタイムなど、今のところ使い道を決めていない鉱物も、澪が持ち帰る分として種類ごとに分ける。
「全部インゴットになるわけじゃないんですね」
「ならない方が普通ですよ」
理央の視線が、金色の小さな塊へ戻る。
川底の泥から金属が出てきたせいで、少し感覚がおかしくなっていたらしい。
リュシアはそんな2人の横で、すでに出来上がった素材を商人の目で見始めていた。
金属類を分け終えると、量として一番多く残ったのは砂だった。
澪は石英質の砂を少量だけ手元へ出す。
白っぽい粒の中には、色の違う小さな混入物も見える。鑑定で使える部分を絞り、不純物を外していくと、ガラス原料として扱える石英質の部分がまとまった。
理央はそこまでは黙って見ていたが、次の変化で身体を少し前へ出した。
澪が一定量ずつ分け、固形化で扱いやすい大きさへそろえていく。
砂だったものが、小さな同じ形のペレットになって並んだ。
「砂だったのに、粒が全部同じになってる」
「ガラスに使うなら、この方が扱いやすいので」
澪は一つをつまみ、形の崩れがないか見てから戻した。
リュシアも手に取る。
「これ、瓶にも使えるね」
「そうですね」
何気ない一言だったが、澪の頭の端に引っ掛かった。
以前、リュシアが瓶を作ってみたいと言っていたことを思い出す。ただ、その話をする前に、まだ床へ大量に残っているものがあった。
金属や結晶を抜いた泥、砂、小石、砂利だ。
理央がそれを見て首を傾げる。
「これはさすがに捨てます?」
「分けます」
「まだ分けるんですか?」
「材質と粒の大きさが違うので」
澪はまず、約3tある泥とシルトから水分を抜いた。
水分を抜くと、残った泥とシルトは約1.5tになった。これは建材へ回す。
砂は用途ごとに分け、砂利は細かなものと大きめのものに分けていく。砕石向けに回せる石も別にした。
全部を何か高価なものへ変えるわけではない。
使い道のある部分だけを、使う側が扱いやすい状態にする。
試しに、泥とシルトの一部を固形化して小さな建材用の塊へ整えると、理央がとうとう言った。
「泥まで使うんですか?」
「使えるものなら」
リュシアがすぐ笑う。
「商人みたいなこと言うね」
澪が顔を向けた。
「リュシアさんに言われたくないです」
「褒めてるんだよ」
「ほんとですか?」
理央が疑わしそうに2人を見る。
床にあったのは川底の泥だったはずなのに、金属の横にはガラス原料が並び、その隣には建材へ回せる材料までできていた。
残り物という言葉の意味が、少しずつ薄くなっていく。
理央が一番近くまで寄ってきたのは、ガーネットとジルコンを分け始めた時だった。
さっきまで床に座り込んでいたのが嘘のように、視線が粒を追っている。
「これ、宝石になるんですか?」
「全部じゃないですよ」
澪は先にそこを区切った。
収納へ入れたからといって、曇った石が透明になるわけでも、傷だらけの石が高品質へ変わるわけでもない。
鑑定で見るのは、元から宝石として使える品質を持っているものだ。
澪はガーネットを見ながら、宝石向けに使える石と、研磨材や工業材料へ回した方がよいものを分けていく。ジルコンも同じだ。
「ほんとに選んでるだけなんですね」
「はい。品質を上げてるわけじゃありません」
理央は少し安心したように頷いた。
彫金をやっているだけに、その差は気になるらしい。
宝石に使えるものだけを取り出すと、今度は重さをそろえる。小さな石を中心に、使いやすい規格へ分けていく。
澪は形も一種類に絞った。
何種類も作れば派手にはなるが、今は見本を増やす必要がない。
同じ形へ整えた石が並び始めると、理央の顔が近づいた。
「これ、売ってる石みたいです」
「売れると思いますよ」
「これでアクセ作れます?」
「もちろん」
返事を聞いた瞬間、理央の目がはっきり明るくなった。
さっきまで「3tはもう嫌です」と言っていた人と同じとは思えない。
「ガーネットなら銀でも合いそう……ジルコンは色で変わりますよね。大きいのはそのまま使う方が――」
言葉が急に増えた。
澪は止めずに聞いていた。
作家の話と同じで、理央は自分の好きなものへ入ると、一気に具体的になる。
整形した時に出た小片は捨てず、宝石品質に届かなかったものと一緒に研磨材や工業材料側へ回す。
「欠片も使うんですね」
「使えるなら残します」
「ほんとに何も捨てない……」
理央は呆れたように言ったが、目は規格のそろった石から離れない。
疲労が消えたわけではない。
それでも、自分が彫金で触れるものへ変わった途端、川底の鉱物が急に身近になったらしい。
澪はその反応を見て、次の練習に使うなら何がよいか、もう考え始めていた。
一通りの処理が終わると、作業場所の景色は川底からずいぶん遠いものになっていた。
金と白金の小さなインゴットがあり、鉄などの金属素材がある。チタン系の鉱物は原石のまま種類ごとに分かれ、ガラス原料のペレット、その横には規格をそろえたガーネットとジルコンが並んでいる。建材へ回せる砂や石も、もう泥の中には戻らない。
理央は端から端まで眺めたあと、澪を見る。
澪はその視線の意味に気づき、少し考えてから言った。
「……という具合にできるようになりました。理央ちゃん」
「これ全部、収納で?」
「はい」
「私も?」
理央の声が一段上がった。
澪は規格のそろった石を一つ持ち上げる。
「Lv7で増えた機能を組み合わせれば、素材を分けて、溶かして、固めるところまではかなりできますよ」
「じゃあ、これも?」
「一つずつならできます」
理央の視線が、同じ形で並んだペレットや宝石へ移る。
そこだけは少し違う。
「Lv7だと、分ける、溶かす、固める、をそれぞれ使う感じです」
「澪さんは?」
「私は、その処理を続けてつないでます。同じ形で何個も出すところまで」
理央は数秒黙り、床の素材から澪へ視線を移したあと、もう一度、同じ形で並ぶ石を見た。
「じゃあ、それが次ですか?」
「そうですね」
理央の眉がゆっくり寄った。
「次って言いました?」
「言いました」
「さっきLv7になったばっかりですよね?」
「なりましたね」
リュシアが横で口元を押さえた。
理央はその顔を見て、味方を探すのを諦めたらしい。
「なんか嫌な予感する……」
小さく漏れた声を聞きながら、澪はガラス原料のペレットへ目を戻した。
その時、さっきリュシアが言った「瓶にも使えるね」という言葉が、もう一度頭へ浮かんだ。
澪はガラス原料のペレットを一つ手に取り、隣にいるリュシアを見た。
「そういえばリュシアさん」
「何だい」
「瓶を作るって言ってましたよね」
「ああ」
「試しました?」
「やったよ」
「やったんですか?」
返事が早すぎて、澪の方が聞き返した。
理央もリュシアを見る。
リュシアは何を驚いているのか分からないという顔で、収納へ手を入れた。
靄の中からガラス瓶が出てくる。
一本ではない。
同じ形の瓶が何本も作業台へ並べられた。
「作ってるじゃないですか」
理央の反応も早かった。
「使えるか試すのは当たり前だろ」
リュシアは一本を持ち上げた。
真壁が以前作ったスクリューキャップ付きの瓶を見本にしたもので、口の形も同じ規格にそろえてある。
澪も鑑定した。
形はそろっている。容量にも大きな問題はなく、厚みも実用品として使える範囲に収まっていた。
「何本作ったんです?」
「最初は少し。次はまとめて」
「いつの間に……」
「瓶が欲しいって言ったのは私だよ。材料があるなら試すさ」
いかにもリュシアらしい。
澪は瓶そのものではなく、どうやって作ったかへ意識を向けた。
「収納はLv7のままですよね?」
「そうだよ」
「大量生産も使いました?」
「使った」
答えを聞いて、澪の中でつながった。
リュシアはガラス原料を収納で溶かし、瓶の形へ固める。そこまでは収納Lv7でできる。
同じ作業を何度も繰り返すところを、大量生産Lv1で補っていた。
「見本を作って、それを大量生産で繰り返したんですね」
「そういうことだね」
理央は瓶を一本持ち上げ、隣の瓶と口を合わせるように見比べた。
「同じ物ができてるなら、もうLv8みたいに見えますけど」
その言葉に、澪の視線が止まった。
結果だけなら確かに近い。
でも、収納の中で起きていることは同じではない。
澪は並んだ瓶をもう一度鑑定しながら、違いをどう説明するか考え始めた。
見た目だけなら、リュシアの瓶は十分にそろっていた。
同じ形で、同じくらいの容量を持ち、実用品として使える。
理央が「Lv8みたい」と言ったのも無理はない。
澪は瓶を一本ずつ見比べたあと、リュシアへ確認する。
「リュシアさん、収納はまだLv7ですよね」
「7だよ」
「やっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
理央がすぐ聞いた。
澪は瓶を作業台へ戻した。
「同じ瓶ができてますけど、Lv8の作り方とは少し違うんです」
「結果は同じですよね?」
「結果は近いです。でも、リュシアさんは収納で溶かして、形を作って、その作業を大量生産で繰り返してます」
リュシアが腕を組む。
「そうだね」
「収納そのものが、一連の処理としてつないでるわけじゃないんです」
澪は自分の収納を思い浮かべる。
材料を入れたあと、必要な処理を順につなぎ、同じ規格へそろえて続けて出す。Lv8では、その一連が収納の能力として扱いやすくなる。
一方、リュシアはLv7の収納で一個分の作業を成立させ、それを大量生産で何度もなぞっている。
どちらも同じ瓶が出てくる。
けれど、使っている力の分担が違う。
理央はしばらく瓶を見ていた。
「同じゴールに、別の道で行ってる感じですか?」
「それが近いです」
「じゃあ、リュシアさんは大量生産があるから、先に同じ物を作れてた?」
「そうですね」
リュシアの目が少し細くなる。
今まで自分が使っていた方法と、収納Lv8でできることの差が、ようやく商売の道具として見えてきたらしい。
「収納だけで同じことができるなら、そっちも覚えて損はないね」
その一言を聞いて、澪は瓶からリュシアへ視線を移した。
リュシアの収納は、理央と同じLv7だ。しかも、同じ形を何度も作る経験なら、すでに積んでいる。
澪の中で、次の練習相手が1人から2人になった。
「じゃあ、一緒に練習しましょうか」
澪がそう言うと、理央とリュシアがほぼ同時にこちらを向いた。
「もう次のレベルですか?」
「私もかい?」
理央の方が明らかに嫌そうだった。
リュシアは驚いているが、嫌がってはいない。
「2人とも収納Lv7ですから」
澪は床にある材料へ目を向ける。
Lv7で使える分離、溶解、固形化を、一回ずつ別々に終わらせるのではない。
材料を指定したら、必要な処理を次へつなぎ、同じ形を意識したまま出すところまで続けてみる。
「今ある機能を、途中で切らずにつないでみてください」
理央が眉を寄せた。
「それができたらLv8?」
「たぶん、近づきます」
「たぶん」
「私も同じように上がったので」
「その説明、急に不安になるんですけど」
澪は一度言葉に詰まった。
スキルの成長は、決められた回数をこなせば必ず上がる試験ではない。だから断言はできない。
「ただ、分けるだけじゃなくて、処理をつなげるのと、同じ形へそろえるのを繰り返すのが大事だと思います」
理央は規格をそろえたガーネットを見る。
「せっかくLv7になったばっかりなのに……」
「せっかく材料もありますし」
「その『せっかく』嫌いになりそうです」
横でリュシアが瓶を一本持ち上げた。
口径を見て、底を見て、作業台へ戻す。
「瓶ならいくら作っても困らないね」
理央が即座に顔を向けた。
「そっちは商売する気ですよね」
「当然だろ」
「ほら、目的が違う」
リュシアは悪びれない。
澪としても、練習したものが使えるなら、その方が無駄はない。
ただし、リュシアには一つ条件がある。
「今回は大量生産は使わないでください」
「収納だけでやるのかい」
「はい。自分で一連の操作をつないでください」
リュシアの表情が変わった。
さっきまで「売れる瓶が増える」と見ていた顔が、今度は作業そのものを見る商人の顔になる。
「分かった。やってみるよ」
理央は2人を交互に見た。
「私だけ逃げられないやつですね」
「一緒にやりましょう」
「澪さん、笑顔で言うのやめてもらえます?」
澪は笑っていたつもりはなかったが、理央にはそう見えたらしい。
ガラス原料と、小型のガーネットやジルコン。
2人分の練習材料が、作業台の左右へ分けて置かれた。
先に始めたのはリュシアだった。
ガラス原料を一定量だけ収納し、溶解する。
そこまでは慣れている。
問題は、そのあとだった。
いつもなら一個分の形を作り、大量生産に見本として渡してしまう。今日はそれを使わず、自分の収納だけで必要量を分け、そのまま瓶の形へ固めて出す。
最初の一本を鑑定した澪は、隣へ置く。
「使えます。でも次は、少し厚みをそろえた方がいいです」
「どこだい?」
「底の近くです」
リュシアも自分で鑑定し、指で底をなぞった。
「ほんとだ。こっちだけ厚いね」
次の瓶は口径が少し広かった。
その次は重さがわずかに違う。
大量生産を使った時には見本をなぞれていた差を、今度は自分の収納操作だけで埋めなければならない。
リュシアは文句を言わず、瓶を横へ置いてもう一度始めた。
反対側では、理央が小さなガーネットを収納している。
高品質の大きな石は練習に使わない。小型で宝石に使えるものを中心に、品質を分け、重さをそろえ、同じ形にして出す。
一個目を手のひらへ乗せた理央が、首を傾げた。
「同じにしたつもりなんですけど」
澪が鑑定する。
「重さが少し違いますね。形も上の方がわずかに高いです」
「細かい……」
理央は石を指先で転がした。
見た目だけなら、ほとんど分からない。
リュシアが自分の瓶から顔を上げる。
「商品ならその細かいのが大事なんだよ」
「急に商人が厳しい」
「急じゃないよ。最初から商人だよ」
理央は口を尖らせたが、すぐ石へ戻った。
形をそろえた時に出た小片は捨てず、研磨材へ回す側へ集める。
失敗した石も、そのまま次へ進めない。
理央は鑑定して、どこがずれたかを見つけてからやり直す。
リュシアも同じだった。
瓶の厚みが違えば、次は材料を分ける量を変える。口径がずれれば、固形化する時に意識する形を直す。
澪は2人の間を行き来しながら、結果だけを直さないようにしていた。
答えを渡せば、その一本はそろう。
でも、次も同じものを出せなければ意味がない。
何度か繰り返すうち、机の左右に並ぶ品の差が少しずつ小さくなっていく。
そして澪には、リュシアの方が一歩だけ早く、操作のつながりを掴み始めているのが見えていた。
リュシアは新しいガラス原料を収納へ入れた。
今度は途中で手を止めない。
溶かしてから必要な量へ分け、瓶の形を意識したまま固める。その一連を、別々の作業として数えずに続けていく。
澪が見ている前で、最初の瓶が出た。
次の瓶も続く。
作業台へ並んだ2本をリュシア自身が鑑定し、口元が少し変わった。
「同じだね」
「はい」
澪も鑑定した。
厚み、口径、重さ。さっきまで微妙にずれていたところが、はっきりそろっている。
リュシアはもう一度、自分へ鑑定を向けた。
----------------------------------
リュシア
収納:Lv7
↓
収納:Lv8
新規機能:
工程収納
複合素材充填
同一規格出庫
連続出庫
整形
最大収納重量目安:約30t
----------------------------------
「上がったよ」
理央がすぐ顔を上げた。
「もう?」
「私も今見ました」
澪は表示と、机に並んだ瓶を見比べる。
リュシアは以前から大量生産Lv1で、同じものを何度も作る経験を積んでいた。大量生産そのものが収納Lv8の条件だったわけではない。
ただ、見本から同じ形を繰り返す感覚を知っていた分、今回の操作を理解するのが早かった。
「大量生産で似たことをやってましたからね」
リュシアは自分の収納へ意識を戻した。
「こういうことだったのかい」
今度は、Lv8になった収納だけでガラス原料を扱う。
材料を入れたあと、処理が途中で切れない。
必要な量へ分け、同じ瓶の形へ整え、続けて出していく。
靄の中から同じ規格の瓶が順に現れた。
リュシアの手元では、さっきまで一つずつ考えていた操作が、明らかに一つの仕事としてつながっている。
理央はそれを鑑定したまま、ほとんど瞬きをしなかった。
「……あ」
小さな声が漏れた。
澪が理央を見る。
何かに気づいた顔だった。
リュシアが先にLv8へ届いたことで、理央にも最後の足りない部分が見えたらしい。
理央は新しいガーネットを手に取った。
さっきまでと同じ、小型の宝石品質の石だ。
違うのは、理央の見方だった。
「一個ずつ作るんじゃない……」
独り言のように言って、石を収納へ入れる。
今までは、まず品質を分ける。次に重さをそろえる。それから形を作って、最後に出す。
作業を一つずつ終わらせてから、次へ進んでいた。
リュシアの瓶は違った。
材料が入ってから、同じ規格の完成品が出るところまでが一つにつながっていた。
理央は鑑定でガーネットの状態を捉える。
宝石に使えるものを分け、そのまま同じ重さへそろえる。形を意識して固め、同じ規格のまま順番に出していく。
靄が引いた。
作業台へ小さなガーネットが並ぶ。
一つ目と二つ目を理央が見比べる。
澪も鑑定した。
「そろってます」
「ほんとですか?」
「はい」
理央は自分でも鑑定する。
表示を追っていた目が止まった。
「……上がりました」
澪が理央へ鑑定を向ける。
----------------------------------
飯島理央
収納:Lv7
↓
収納:Lv8
新規機能:
工程収納
複合素材充填
同一規格出庫
連続出庫
整形
最大収納重量目安:約30t
----------------------------------
「おめでとうございます」
理央はしばらく表示を見たあと、ゆっくり澪へ顔を向けた。
「さっきLv7になったばっかりなんですけど」
「上がりましたね」
「今日だけで2つ上がるの、おかしくないですか?」
リュシアが横から瓶を置く。
「上がる時は上がるもんだよ」
理央がそちらを見る。
「リュシアさんまでそっち側に行かないでください」
「どっち側だい」
「澪さん側です」
「それは困るね」
「そこで否定するんですか?」
疲れているはずなのに、理央の返事はすぐ戻ってきた。
澪は笑いそうになりながら、並んだガーネットを見る。
鑑定Lv7も錬金Lv2も、未使用SP5も変わっていない。
変わったのは収納だけだ。
けれど、同じ石が同じ規格で並んでいる光景は、Lv7までとは明らかに違っていた。
2人は、上がったばかりの収納を一度ずつ試すことにした。
先にリュシアがガラス原料を取り込む。
さっきまでなら、溶解したあとに量を分け、一本ずつ形を意識していた。
今は、材料を入れた時点で完成する瓶までの道筋が一つにつながる。
靄が作業台の上へ広がり、同じ瓶が続けて現れた。
リュシアは一本を持ち上げ、隣の瓶と見比べる。
「こっちの方が楽だね」
「収納側で工程として扱えるようになってますから」
「大量生産とはまた違うね。こっちは収納の中で済む」
商売でどう使うかを考え始めた顔になっている。
理央はその横で、今度はジルコンを使った。
宝石に使えるものを選び、重さをそろえ、同じ形へ整えて続けて出す。
数個が作業台へ並んだ。
理央はすぐに鑑定する。
「……楽になってる」
「Lv8ですから」
「さっきまで泥を分けてただけなのに」
「成長しましたね」
「急すぎません?」
理央は納得しきれない顔で、同じ形のジルコンをつまんだ。
けれど、指先で回してから隣の石と合わせると、口元が少し緩む。
彫金をやっている理央には、形がそろっている意味が分かる。
リュシアにも、瓶が同じ規格で出てくる意味が分かる。
同じ収納Lv8でも、2人が最初に見ている用途は違った。
澪はその様子を眺めながら、もう練習を続ける必要はないと判断した。
「今日はここまでにしましょう」
「ほんとに?」
理央が先に聞く。
「ほんとにです」
「よかった……」
今度こそ、理央の身体から力が抜けた。
ただし、作業台と床には、練習の結果として大量の品物が残っていた。
訓練が終わった途端、理央の顔から力が抜けた。
澪もようやく作業台から手を離す。
床には、川底から分けた金属や鉱物、ガラス原料、建材へ回せる砂や石がある。作業台には規格をそろえたガーネットとジルコン、それにリュシアが作ったガラス瓶まで並んでいた。
元が約9.6tの川底堆積物だったとは、見ただけではもう分からない。
「終わった……」
理央が椅子へ身体を預けた。
「お疲れさまでした」
「今日、濃すぎません?」
「予定より進みましたね」
「それを濃いって言ってるんです」
澪が返事を考えている間に、リュシアだけが別の動きをしていた。金属素材へ近づいて鑑定し、次にガラス原料を見る。瓶を一本持ち上げたあとは、ガーネットとジルコン、建材へ回せるものまで順番に目を通していった。
理央がその動きに気づいた。
「何してるんですか?」
「値がつくか見てるんだよ」
休憩に入ったはずなのに、リュシアだけは完全に仕事中の顔だった。
澪も少し遅れて気づく。
「売るんですか?」
「売れる物は、私がもらっていくよ」
「全部?」
「売れる物はね」
理央が椅子から身体を起こした。
リュシアは金や白金、ガラス原料、宝石、石材へ順に目を向ける。
「これ、練習で作ったやつですよ」
「だから何だい」
「いや……」
理央の言葉が止まった。
確かに練習で作ったものだが、品質が悪いわけではない。むしろ鑑定しながら何度も直したので、規格のそろったものまである。
リュシアの目には、もう訓練の残り物ではなく、使い道のある商品や原料として見えていた。
澪は床いっぱいに並んだ成果物を見回した。
片づけ先を考えるより先に、買い手のところへ持っていく人が隣にいたらしい。
リュシアが収納を開いた。
靄が作業台の端へ広がり、まずガラス瓶がまとめて消える。
次に規格をそろえたガーネットとジルコン、ガラス原料のペレット、金や白金などの金属素材が順に収納へ入っていった。
ところが、チタン鉄鉱のところでリュシアの手が止まった。
「これは澪が持っていきな」
理央が首を傾げる。
「売らないんですか?」
「チタンの原料なのは知ってるよ。でも、石のまま私が持ってても使えないからね」
澪がチタン鉄鉱、ルチル、リューコキシンを収納する。
「真壁さんに渡しておきます」
「金属になったら、また持ってきてくれていいよ」
モナザイトやゼノタイムなど、まだ使い道を決めていない鉱物も澪が収納した。
リュシアはそこで再び床へ目を向ける。
砂利や石材向けの材料まで収納し始めた。
理央が思わず声を上げた。
「石まで持っていくんですか?」
「売れる物を置いていってどうするんだい」
「これ、練習で作ったんですよ」
「練習で作ったら商品じゃなくなるのかい?」
理央が口を開いたまま止まった。
「……なりませんけど」
「なら売れるね」
理央は澪を見る。
止めてほしいらしい。
けれど澪にも止める理由がなかった。
もともとは鉱山側が泥さらいの手間を省けるからと無料で譲ってくれた堆積物だ。そこから使えるものを分け、異世界側で商品や原料として使うなら、置きっぱなしにするよりよい。
「お願いします」
理央の目が少し大きくなる。
「澪さんも渡すんですか」
「置いておいても仕方ないですし」
「商人しかいない……」
「理央ちゃんも作った側ですよ」
「私は訓練してただけです」
リュシアが笑いながら、最後の石材向け材料まで収納していく。
Lv8になったばかりの収納は、約10tだった頃より余裕がある。約30tまで扱える感覚の中へ、床に並んでいた成果物が次々と消えていった。
しばらくすると、秘密基地の床には作業中についた泥の跡だけが残った。
数分前まであれほど物が並んでいたのに、空になると妙に広い。
リュシアは収納した品を意識しながら、何をどこへ回すか考え始めていた。
理央はその横顔を見て、とうとう何も言わなくなった。
リュシアは収納の中のガラス原料のペレットへ意識を向けた。
作るのは、セルマが使っている規格の瓶だ。
真壁が作ったスクリューキャップ付きの瓶を見本に、同じ口径、同じ容量へそろえてある。
これまでも収納Lv7と大量生産を使って作っていた。
ただ、収納Lv8になった今は、ガラス原料を溶かし、同じ規格の瓶へ形をそろえ、続けて出すところまでが一つにつながる。
靄の中から、同じ瓶が次々と現れた。
リュシアは出来上がった瓶をまとめて、セルマのところへ持っていった。
「また作ってくれたの?」
「ああ。足りないんだろ?」
「足りないよ。王都へ送った瓶が全然戻ってこないんだから」
セルマが一本を手に取った。
リュシアが笑う。
「王都で大人気らしいね、この瓶。瓶が戻ってこないらしいじゃないか」
「そうなんだよ。薬を使い終わっても、そのまま取っておくらしくて」
「まあ、蓋が閉まるし、中も見えるからね」
「分かるけど、こっちは困るんだよ」
セルマはもう一本取り出し、最初の瓶と並べた。
「今日はずいぶん持ってきたね」
「収納がLv8になったからね」
セルマの手が止まった。
「……8?」
「8だよ」
リュシアは何でもないように答えた。
「私も、もうすぐ6になりそうなんだけど」
「そうかい」
リュシアは残りの瓶を出した。
「訓練、頑張りな」
セルマがじっとリュシアを見る。
「なんか今日、ちょっと偉そうじゃない?」
「気のせいだよ」
そう答えながら、リュシアは少しだけ機嫌がよかった。
セルマへ瓶を納めたあと、リュシアは残った成果物も、それぞれ使う側へ回していった。
ガーネットやジルコンは宝飾に関わる側へ、金や白金などの金属素材も、それぞれ扱える取引先へ渡していく。石材や砂利も、使う側へ分けた。
高価なものだけを売って終わりではない。使い道があるなら、値段の大小にかかわらず商品になる。
それから時間を置いて、リュシアが戻ってきた。
澪と理央の前へ、重みのある袋を置く。
中で硬いもの同士が触れ、じゃらりと音がした。
理央の視線が袋へ落ちる。
「……何ですか、それ」
「売上」
リュシアは短く答えた。
「もう売ってきたんですか?」
「言っただろ。売れるって」
袋の中にあるのは、異世界側の貨幣だった。売却した素材や規格品の対価として受け取ったものだ。
澪は袋へ目を落とした。
金額を聞く前に、別のことが頭に浮かぶ。
最初に見た時は、川底に積もっていた約9.6tの泥だった。
そこから金属が分かれ、鉱物原石が分かれ、宝石向けの石が選ばれた。砂はガラス原料になり、石材へ回せるものも残った。
さらに練習では瓶や規格化した石までできた。
売れるものはそれぞれ使う相手へ渡り、その対価が袋に入って戻ってきている。
理央も同じことを考えたらしい。
袋とリュシアを交互に見たあと、口を開きかけて止まった。
言いたいことが多すぎて、一度ではまとまらない顔だった。
理央はしばらく売上の袋を見ていた。
さっきまで秘密基地の床に広がっていたものが、もう何も残っていない。
ようやく顔を上げる。
「……今日、収納の訓練だったんですよね?」
「そのつもりだったんですけどね」
澪も袋を見ながら答えた。
リュシアは不思議そうな顔をする。
「売れる物を作ったんだから、売るのは当たり前だろ」
「訓練したら商品ができて、商品が現金になったんですけど」
「いい訓練じゃないか」
「そこじゃないです」
理央の返事は早かった。
疲れているはずなのに、そこだけは譲れないらしい。
澪は袋へもう一度目を落とす。
材料そのものは、もともと泥さらいをしてほしいと言われた川底の堆積物だった。
それが訓練に使えたうえ、売れる成果物は売上にもなった。
「次の練習も材料代くらいは出そうですね」
理央が勢いよく澪を見る。
「次がある前提なんですか?」
その横で、リュシアまで考え始めた。
「今度は何を作るんだい?」
理央は固まり、澪からリュシアへ視線を移したあと、もう一度、売上の袋を見た。
「増えた」
「何がです?」
「次の訓練を楽しみにしてる人が増えました」
リュシアは否定しない。
「売れるならね」
「ほら」
理央は深く息を吐き、椅子の背へ身体を預けた。
収納Lv8になったことを喜ぶ間もなく、次に何を作るかの話が始まりそうになっている。
澪は口を開きかけたが、理央の視線を受けて一度閉じた。
今日はここまでにした方がよさそうだ。
机の上では、リュシアが持ち帰った貨幣の袋がもう一度小さく鳴った。
川底の泥だったものは、最後まで何一つ秘密基地へ残らなかった。